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「真紅の茶室 其の参 雪華綺晶編」(2008/01/21 (月) 23:01:56) の最新版変更点
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<p>ここは京都の外れ、静かな山間にひっそりとたたずむ山荘。<br>
茶室に一人籠り、茶を喫している真紅の姿があった。<br>
上洛を果たした際、真紅は和歌の第一人者・細川藤孝よりこの山荘を譲り受け別荘とした。<br>
以来、忙しい日々の合間を縫ってこの山荘を訪れ、茶の湯を楽しむのが真紅の楽しみとなっている。<br>
紅「戦の後の一杯のお茶……このひとときが一番落ち着くのだわ」<br>
自らたてたお茶を味わいつつ、真紅は姉妹や家臣を茶の湯に招いて交流を深めたいと考えていた。<br>
紅「ふぅ。さて、誰を招こうかしら……」<br>
やがて真紅の脳裏に浮かんだのは、水銀燈の片腕ともいわれる軍師の顔だった。<br>
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時節はすでに冬――<br>
粉雪の薄く降り積もる路を静かに踏みしめながら、その少女はやって来た。<br>
雪「お邪魔致しますわ」<br>
紅「いらっしゃい。よく来てくれたのだわ」<br>
雪「素敵な茶室ですわね……噂には聞いておりましたけど」<br>
紅「ありがとう。でもこの山荘は元々細川兵部殿のもの……この茶室も兵部殿の設計と聞いているわ」<br>
雪「まぁ、そうでしたの。私も細川殿とは歌会でたびたびご一緒させて頂いておりますわ」<br>
紅「そうね。貴女と兵部殿と三人で会ったのは……確か二月ほど前だったかしら」<br>
雪「あら……もうそんなになりますのね」<br>
真紅が茶の湯に通じているように、雪華綺晶は和歌の名手として京の社交界で知られていた。<br>
藤孝をはじめ共通の知人も多く、当然二人の間にその手の話題は尽きない。<br>
紅「この間は巴が来てくれたのだけれど、今日も安心してお茶を楽しめそうね」<br>
雪「でも、私などがお相手でよろしかったのですか? もっとお話のお上手な……例えばジュン様とか――」<br>
紅「ゲフンゲフン!……失礼。あんな礼儀も作法も知らない輩を呼んでも、苛立ちが募るだけなのだわ」<br>
雪「そうでしょうか? でもジュン様とお話されている時の真紅は、とっても幸せそうに見えますけれど……ウフフ」<br>
紅(これは選択を誤ったかしら……)<br>
真紅の脳裏に、かすかに不安がよぎった。<br>
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〇本日の客人:雪華綺晶<br>
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紅「さ、お茶をどうぞ」つ旦<br>
雪「頂きますわ」旦⊂<br>
畳の上に差し出された茶碗を受け取り、わずかに回して口元へと持っていく。<br>
程よい緊張感を保ちながら、そこにはいささかの力みも見られない。<br>
刺々しい寒気までが柔らかくほどかれていくような、実に自然な所作であった。<br>
紅「流石ね。惚れ惚れするような動作なのだわ」<br>
雪「そんな、大げさですわ。真紅のお茶こそ本当にお見事……ますます冴えるようですわね」<br>
紅「そうかしら。まぁ忙しい合戦の合間のひとときというのが、お茶にも何か緊張感のようなものを与えるのかもしれないわね」<br>
雪「確かに……渋みの中にも、何か心地良い爽やかさのようなものを感じますわ」<br>
茶の湯を通して、二人は互いの感性が静かに響きあっていくのを感じていた。<br>
紅「さて……雪華綺晶。貴女は姉妹の中でも水銀燈と近しい存在……そこで聞きたいのだけれど」<br>
雪「はい、どんなことでしょう?」<br>
音も立てずに茶碗を置くと、雪華綺晶はじっと真紅の瞳を見つめた。<br>
紅「お父様の念願でもあった上洛を、私達は果たした。これから当家は、何処へ向かえば良いのかしら?」<br>
雪「そうですわね……まずは将軍家に仇をなす三好家を早々に討伐すること。その後は……」<br>
紅「その後は……?」<br>
雪「畿内における地盤をしっかり固め、当家に敵対しそうな勢力を順次打ち倒していくのが上策と思いますわ」<br>
紅「たとえそれが……足利家であっても?」<br>
ゆっくりと首を横に振る雪華綺晶。<br>
雪「公方家は当家にとっても大切な存在。あくまでも幕府を盛り立てる、という形をとらなければ、たちまち信望を失いますわ」<br>
紅「そうね。まったく同感なのだわ」<br>
心底ほっとした表情で、真紅はお茶に口をつけた。<br>
紅「安心したわ。天下を目指すならば、将軍の御名のもとで……上洛以来、私はずっとそう思っていたのだけれど」<br>
雪「想いは皆同じ……そう信じたいものですわ」<br>
ふと障子の隙間から外に目をやると、先ほどまでは止んでいた雪が再び降り始めていた。<br>
真っ白な花弁の欠片のように、ひらひらと舞い落ちていく細雪――<br>
雪華綺晶は、その光景にしばし時を忘れて見入っていた。<br>
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雪「……一首、詠んでみてもよろしくて?」<br>
紅「ええ。是非聞かせて欲しいのだわ」<br>
真紅から短冊と筆を受け取ると、慣れた手つきでさらさらと筆を走らせる雪華綺晶。<br>
やがて筆を置き、空気の粒子を縫うような透き通った声で即興の歌を詠みはじめる。<br>
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雪「しろがねのはねとなりなむ すいしゃうもゆきもこほりのさだめなりせば」<br>
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紅「……素晴らしいわ」<br>
冬の淡い陽光を受け、羽根のようにきらきらと舞い落ちる雪の結晶が真紅の目の前に浮かぶようだった。<br>
雪華綺晶の歌を受けて、真紅もまた歌を返すべく筆をとり、やがて凛とした声を響かせる。<br>
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紅「しろばらのきづなこそあれ かぎろひのはるのひかりにうちとけたりとも」<br>
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雪「……お見事」<br>
薔薇の蔦のような姉妹の絆は、たとえ春の陽射に照らされても溶けることはない――<br>
真紅らしい暖かい気持ちのこもった返歌に、にっこりと微笑む雪華綺晶。<br>
雪「今日は本当に楽しいひとときでしたわ。またお招きいただけます?」<br>
紅「ええ、もちろん。ただ毎回こんな感じだと、作者の神経が持つかどうか不安だけど……」<br>
うふふ、という天使のような微笑を残し、雪華綺晶は辞していった。<br>
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ほの暗い山荘の夕刻。外は相変わらず細やかな雪が降り続いていた<br>
耳を澄ますと、本当に「しんしん」という音が聞こえてきそうなほどに静まり返っている。<br>
紅「……」<br>
真紅は茶を飲みつつ、先ほどの雪華綺晶の歌を思い返していた。<br>
――水晶も雪も、氷の運命なりせば。<br>
「水晶」とは薔薇水晶、「雪」とは雪華綺晶自身のこととも受け取れる。<br>
紅(水晶も雪も、氷のように冷たく儚く、いつかは散っていく……?)<br>
不吉な予感を振り払うかのように、熱い茶を一気に飲み干す真紅。<br>
紅「アツツ……いいえ、雪華綺晶はそんな後ろ向きな歌を詠む子ではないわ。彼女なりの決意の表れよ、きっと……」</p>