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《薔薇国志》 第一章 第二節 ―少女は拳を唸らせ 少年は胸を高鳴らせる―」(2008/01/18 (金) 00:37:03) の最新版変更点

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<p>○雲南 往来</p> <p>少年と少女は仮の『契約』を済ませた後。<br> 少年・ジュンと少女・真紅は、雲南の往来を政庁に向かって歩いていた。<br> 他の住人達が声をお互いに掛け合う様に、彼らの会話も弾んでいる模様。<br> <br> 「――まずは、永昌を手に入れたいのよね」<br> 「後ろの憂慮を断つためか?わからないでもないが………」<br> <br> 内容は、甚だ物騒であったが。<br> (永昌か………)<br> ジュンは、頭の中でその地の情報をかきだす。<br> 永昌――ここ雲南より、西に二三日の行軍で着ける都市。<br> 南蛮の者たちの監視や遥か西方との交易など、国家として重要な地点ではあるのだが。<br> 今は、統治すべき太守もいず、自衛団が街を守っていると聞いている。<br> そんな状況だからだろう――治安は下がる一方で、盗難や暴行など、様々な狼藉が蔓延中。<br> その状況を放っておくわけにはいかないが………まずは、と。<br> ジュンが別の提案―中央進出の為、北東の建寧を取る―をしようと言いだそうとした所で、<br> 真紅がぽつりと呟いた。<br> <br> 「それもあるけど。――其処に、姉妹の誰かがいるらしいの………」<br> <br> 「………姉妹?お前みたいなのが、二人も三人もいるのか?」<br> 「………『みたいなの』?」<br> 脊椎反射の様に出た軽口に、ジュンは冷や汗を流す。<br> 何故なら、紅の太守様がじと目で睨んでくるから。<br> (言い方をまずったな………)<br> 頬に流れる嫌な冷汗と刺す様な視線を感じつつ、何か機嫌を戻す言葉を探る。<br> 人の機嫌を気にした事などほとんどない少年にとって、それは難題であった。<br> ましてや、相手は此方以上に弁が立つ相手――気の利いた言葉で取り繕わないと。<br> 「あぁ、いや――ぜ、全員が集まったら、大層強そうだよな!」<br> 「考えた上で、それ?………貴方、女の子の扱い、下手ね」<br> 「う、煩い!?――あ、いや、そうじゃなくて………っ」<br> 一蹴され、見事なまでに狼狽するジュン。<br> あたふたと次の言葉を継ぎ足そうとするが、形として出ては来ず。<br> そんな彼の様子に、真紅は小さな溜息をつき、「いいわよ、別に」と彼の思索を断ち切らせる。<br> 「――姉妹って言っても、容姿も性格も………それこそ、能力も全然違うわ。<br> ただ、同じ所で暮らしていた――それだけの関係」<br> 口調は今までの様に、何所か冷めた感のある真紅だったが。<br> 雰囲気や表情は、柔らかく、優しいモノになっていた。<br> 未だ何事かを言い返そうとしていたジュンも、彼女の様子を察知して、静かに耳を傾ける。<br> <br> 「掴みどころのない薔薇水晶、優しい雛苺、凛とした蒼星石、可愛らしい翠星石、賑やかな金糸雀。<br> ――そして、寂しがり屋の水銀燈」<br> <br> 姉妹を楽しそうに語る真紅は、何所にでもいる少女の様で。<br> 彼女達との暮らしを思い出したのだろう。<br> その表情には、微笑みが浮かんでいた。<br> 「でも………私達は、住んでいた所を散り散りになりつつ、離れるしかなかった。<br> だから、誰が何所にいるかも判らない――」<br> 苦い思い出を語る彼女は、その記憶の為か、表情を一転させて曇らせる。<br> 彼女の憂いを帯びた横顔を見つつ、しかし、ジュンは全く違った事を推測していた。<br> (やっぱり、出身が此処って訳じゃなかったんだな。<br> 今までの物腰を考えると………中央付近………か。<br> ――………人の事は、言えないけど)<br> 様々な色を見せる少女の横顔を見ていたい、と言う不純な心を抑えつけ、彼の思考は続く。<br> (………こいつが此処まで言うんだ、ほんとに大事なんだろう。<br> だけど、情に流されてちゃ、戦なんかはできない。<br> それに………真紅には悪いけど、姉妹達がどうなってるかもわからないし)<br> 彼は考える――姉妹達が全員生存している可能性は、極端に少ないだろう。<br> それ故、そんな僅かな可能性の為に軍を使うなんて論外だ、と。<br> ――口を開き、伝えようとした所で。<br> <br> 「判らないけれど――探しだすわ。――絶対に………絶対に。<br> 何にも変えられない、大切な………姉妹だもの」<br> <br> いつもそうだ――ジュンは、会ってまだ数刻しか経っていない少女に、そう想う。<br> いつも、僕が何か言おうとすると、邪魔する………心を覗いたかの様な方法で。<br> 彼は溜息をつき、両手を開いて肩まで上げる。<br> <br> 「はん、お甘い太守殿で。<br> ………建寧を取られても知らないぞ?」<br> 「――ありがと、軍士殿」<br> <br> 短く素気ない、数秒のやりとり。<br> お互いに足りない言葉は、想いで繋ぐ。<br> 彼は照れ隠しの為に、言葉を隠した―「永昌に進んでいる間に」。<br> 彼女は彼の配慮の為に、言葉を短くする―「貴方が反対なのは解っているけれど」。<br> 彼と彼女は、互いに奇妙な相性の良さを感じずにはいられなかった。<br> <br> それから暫くの間。<br> 往来を歩く彼らに、実のある会話はなかった。<br> 感じてしまった相性に、お互いが気恥しさを持ってしまい――<br> 「空がきれいね」「曇りだぞ」<br> 「お、小鳥」「鴉よ、あれ」<br> ――等と、とんちきな会話が繰り広げられる。<br> 気まずい雰囲気を持余しつつ歩く彼らを変えたのは――街の喧騒であった。<br> <br> 「おぅおぅ、てやんでぇべらぼうめぇっ」<br> 「んだこら、やんのか、ぉおうっ」<br> 市場のど真ん中で、壮年の男性と血気盛んな若者が大声で怒鳴り合っている。<br> 両人とも、相当に沸騰しているのであろう――既に何を言っているのか、判別できない。<br> ジュンは顔を顰め、さっさと通り過ぎようと少しだけ早歩きになる。<br> だが、彼の連れは―彼女は彼以上に顰め面なのだが―動こうとしなかった。<br> 「――放っておけよ。あんなの、わざわざお前が気にかける事もないだろ?」<br> 「私は、此処の太守よ?」<br> 「ごろつきなんて、屯所の衛士に任せとけよ。<br> ………最近、此処の衛士は質もいいしさ」<br> それが誰の手によってか――素直に人を褒める事が出来ないジュンに、真紅はくすりと微笑む。<br> 心中を察せられた彼は、顔を背け―さて、どうしようか、と考える。<br> この太守殿は、こうと決めたらなかなか聞かないぞ、と。<br> (簡単な護身術なら身につけてるけど………付け焼刃だしな。<br> ………そもそも、やっぱり放っておくべきなんだよ―うん)―「なぁ、真紅――?」<br> 言葉を発しようとした彼は、さっと真っ直ぐに伸ばされた彼女の腕に発言を抑えられた。<br> 彼女の腕―指し示す先には、喧嘩の片割れの壮年男性。<br> 疑問符を張り付けながら、ジュンは真紅に説明を求める為に、顔を向ける。<br> <br> 「彼はね。………我が街の衛士長兼歩兵隊隊長なの」<br> <br> やっぱり兵士なんてごろつきと変わらないじゃないか!<br> 天を仰ぎ、手のひらを額に乗せ、嘆く。<br> その隙に――真紅は、睨みあう男達に無遠慮に近づいて行った。<br> <br> 「――何を揉めているの、歩兵士長?」<br> 「止めてくれるな娘さん、喧嘩と火事は………って、真紅嬢ちゃん!?」<br> 「………嬢ちゃんは止めなさい、と言っているでしょう」<br> <br> 壮年の男性―歩兵士長は、己の失態を見咎められ、首を抓まれた猫の様に覇気が薄くなる。<br> その時、一人取り残されたジュンは、漸く視線を水平に戻し………真紅が、二人の男性に<br> 割り込んでいる事に気がついた。<br> <br> ――あんの馬鹿野郎!<br> <br> 大声で怒鳴りそうになったのを、ぐっと堪える。<br> 今ここで、自分まで冷静さを失ってはいけない。<br> 若者―ジュンからすれば年上だが―は現在進行形で喚いているし、<br> 歩兵士長と呼ばれた男性も、いつまた逆上するかわかったものじゃない。<br> <br> 「少しは落ち着いたと思ったのだけれど………また喧嘩なんかしているのね」<br> 「いや、違うんだよ、嬢ちゃん。<br> こいつが嬢ちゃんの悪口を言ってたもんだから、つい――」<br> 「あぁ!?俺がいつ、そのじゃりの悪口言ったよ!?<br> 俺ぁ、此処の太守が小娘だって言っただけだろうがよ!」<br> 「てめぇ、まだ言うか、こらぁ!」<br> 「………いいから、二人とも落ち着きなさい!」<br> <br> (まぁ実際、小娘だしな)<br> 二人から三人に喧噪の輪が広がった様を見つつ、ジュンはじりじりと、その輪に近づく。<br> 歩兵士長の様子を鑑みるに、彼は真紅を傷つける事はないだろう。<br> ならば、若者にだけ注意をし――隙があれば、真紅の手を掴み、連れ出せばいい。<br> 自分の行動に半ば呆れつつ―なんで僕がこんな事を―、ジュンは隙を伺う。<br> しかし、その行為は水泡に帰した――驚愕すべき、二撃のお陰で。<br> <br> 「何度でも言ってやらぁ!小娘が俺らの上に胡坐をかいてるなんざ、信じられねぇってな!<br> 文句があるなら、やってやらぁ!」<br> 「餓鬼がわかった様な口を聞くんじゃねぇ!<br> 嬢ちゃんは、てめぇみたいな餓鬼にゃ想像もできねぇ大望があんだよ!<br> 嬢ちゃんが貧弱なのは乳だけ――って、あぁぁぁ!?」<br> <br> 「――落ち着きなさい、と言ったでしょう」<br> <br> ジュンが、怜悧な声色がしたと知覚した瞬間――どさり、と二人の男が<br> 糸の切れた人形の様に地に伏す。<br> 彼は、真紅と男二人を凝視していた――(筈なのに………!)<br> 見えなかった――真紅の動きが。<br> 正確に言うならば、「どのような動作の下、男二人を瞬時に倒したのか」が知覚できなかった。<br> 聞いた事はある、武人と呼ばれる人々ならば、瞬く間に敵を倒せると。<br> だが、それは「武器を持っている」「馬に乗っている」「一対一」など、様々な条件下の話である。<br> だと言うのに、彼女は、条件外の下、それをやってのけた。<br> <br> 「――全く。………どうしたの?」<br> 「え、ぁ………どうしたのって、お前、今、どうやって………?」<br> 「ちょっと、はしたないけど………お腹に拳を入れたのよ。<br> ――武勇はあるつもりって言わなかった?」<br> <br> そう言う問題じゃない!<br> 叫びそうになったが、急に真紅に片手を掴まれ、彼は声が出せなくなってしまった。<br> 彼女は彼の後ろに視線をやりながら、早口に言う。<br> 「――衛士が漸く来たみたい。<br> 面倒になりそうだから、さっさと離れるのだわ」<br> 「いや、お前、太守――まぁ、いいけど」<br> <br> ――僕も面倒なのは嫌いだし。逆らうと怖そうだし。<br> <br> 口には出さず、彼女に引っ張られながら、駆ける。<br> 自分の手を掴む、小さく白い手。<br> ひょっとすると、この手の主は、一騎当千の兵(つわもの)なのかもしれない。<br> <br> (一人の武力で戦をするわけではないし、そう言う考え方は嫌いだ。<br> ………だけど――)<br> <br> だけど――胸が高鳴る。<br> その兵と、共に戦える事に。<br> 自身の胸の高鳴りをそう解釈し、少年は少女と共に駆けた。<br> <br> ―――――――――――――《薔薇国志》 第一章 第二節 了</p>

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