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《薔薇国史》 第一章 ―少年は少女と出会い、契約を行う―」(2008/01/12 (土) 22:47:35) の最新版変更点

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<p>《薔薇国史》 第一章 ―少年は少女と出会い、契約を行う―<br> <br> 後漢中平六年(189年)―太平を騒がせた黄巾の乱より五年の後。<br> 幾年も重ねられてきた朝廷の腐敗は、今尚進行し………その象徴たる大将軍・何進が暗殺され。<br> 後の世に暴君と字される董卓が台頭する事となる。<br> その影は中国全土に及び………――それ故に、各々の地方から群雄が生まれた。<br> 北に名士・袁紹、東に奸雄・曹操、江虎・孫堅、西に剛志・馬騰。<br> そして、南からいずるは、後の世に薔薇乙女と称される者。<br> 性は朗繕、名は真紅――可憐な少女であったと云う。<br> <br> 後漢中平六年 雲南 某所<br> <br> ―おい、なんでも黄巾の乱を平定した将軍様が殺されたって話だぞ。<br> ―あぁ、しかも、仕出かしたのはその側近殿達らしいな。<br> ―やな話だねぇ。此処まで騒がしくならないといいけど。<br> <br> 戦乱の火よりも速く、人の噂は地を走る。<br> 『将軍暗殺』が為された洛陽より遥か南西の、ここ雲南でもまた然り。<br> その雲南の市場、小さな飯所で、人々の噂話に「我関せず」という様の少年が一人。<br> しかし、その手の話題が出るたびに、少年の形のいい耳が小刻みに動いていた。<br> <br> 「ふん、乱を平定した、ね。<br> 確かに相手方の大将・張宝は討てたけど、それは何進じゃなくて皇甫崇の手柄じゃないか。<br> それだって、あれだけ討伐隊がいたんだから、もっと巧くやれた筈さ」<br> <br> 少年は、誰にともなく―実際、彼に連れ合いはいない―独自の見解を呟く。<br> 嘲る様に語る彼の表情は、一見卑屈なものに見える。<br> だが、見る者が見れば、その卑屈さは小さな自信の表れであると見抜けるだろう。<br> 自分ならば、もっと巧く出来たのに………という。<br> <br> 「――具体的には?」<br> <br> 「そうだな、例えば、討伐軍の幾つかに精鋭の騎兵隊を作らせる。<br> 黄巾党の構成員は、組織されていたとは言え、大半が一般民衆だった。<br> だから、戦闘の専門家の一翼が勢いよく進軍してきたら、<br> 三割………いや、四割は逃げだすだろう」<br> <br> 「ふぅん………民衆を甘く見ているのね」<br> <br> 「当たり前だろ――民衆ってのは、戦闘なんかしちゃいけないんだ。<br> 彼らは国そのものだし、土台に他ならない。<br> そういう人達を戦火に巻き込むのが間違ってるんだ」<br> <br> 「なら、兵士は戦火に巻かれてもいいの?」<br> <br> 「はんっ、兵士なんてのはその為のモノだろ。<br> 統率者がいなけりゃ、そこらのごろつきと変わらないんだし。<br> ――まぁ、それでも、さっきの作戦なら被害も少なく出来るけどな」<br> <br> 「そ。――じゃあ、さっきの騎兵隊って言うのは、相手方の本陣を――」<br> <br> 「話が早いな――その通りだ。<br> 本陣の急襲は正規の軍隊でも混乱しかねない――急ごしらえのものなら尚更さ。<br> 強襲だけでも痛手を与えられる、成功すれば相手の士気はがた落ちだ。<br> そうなれば、一般兵は逃げだすだろうから、無駄な血を流さずに………――って。<br> ………………誰だ、お前?」<br> <br> 絶妙な合いの手に滔々と、少しだけ嬉しそうに語っていた少年だったが。<br> ふと気付く――自分は誰と話しているのだろうか、と。<br> 彼が視線を向けた先にいたのは――少女だった。<br> それも、とびきり不可思議な。<br> 上品な小麦を思わせる髪、鏡よりも奇麗な瞳、そして、まっさらな剣の輝きにも似た白い肌。<br> (………南蛮の娘か?――いや、だったら肌の色が違う………よな)<br> 外敵に備える様に、瞬時に相手を観察する少年。<br> 人は「わからないモノ」に本能的な恐怖を感じる。<br> それ故、少年は向かい合う少女を自分の理解内に収めようと努めた。<br> だが、頭の中をどれだけ掻きまわそうと、少女の珍奇さは微塵も揺るがない。<br> だと言うのに、嫌悪の念は一切浮かんでこない――彼女の指に嵌められている貴金属さえ、<br> ―そう言う類の物が苦手な彼でも―調和がとれている様に思える。<br> 「そ、知らないの。――誰だと思う?」<br> 値踏みする視線をモノともせず、少女は問いを返す。<br> 普通、自らを計る様な目に人は嫌悪を抱くのだが、少女はさも自然な振る舞いで続ける。<br> だからか、少年は気圧された様に、すぐには言葉を返せなかった。<br> 「………………っ。――知ってる訳ないだろ。<br> ふん、まぁ、暇人だってのはわかるけどな」<br> 最初から不意を突かれた事もあって、少年はつっけんどんな態度を取ってしまう。<br> 言葉を吐き、ふぃと視線を逸らす少年。<br> 彼の頭では現在、『此処から立ち去る』『視線を戻し対峙する』『返答を待つ』という選択肢が<br> 拮抗していた。<br> 理性は立ち去れと命じる――こんな訳わかんないのと話しても、しょうがない。<br> 知性は対峙する事を望む――時間を潰す面白い弁論相手じゃないか。<br> 感情は返答を祈る――………まぁ、口調はアレだけど、結構可愛いし。<br> 頭の中の攻防は一進一退を繰り返すが、感情改め煩悩の支援もあって、<br> 結局、少年は逸らした視線を少女に戻した――勿論、本心を隠す為に気だるげに。<br> 待ち受けていたのは、優雅に笑む少女。<br> 柔らかな微笑みに、胸の内を覗かれた様な錯覚を感じた少年は、早口に捲くし立てる。<br> 「――っ、で、お前は誰なんだよ、質問に答えろ」<br> <br> 「此処の太守」<br> <br> 「は、そうかい、太守様がこんなところ………で………?」<br> 耳心地の良い声で、きっぱりと言い放つ少女。<br> 耳に入れた瞬間に文句を返そうとした少年は、彼女の言葉の意味を話している内に理解し、<br> 段々と尻すぼみになっていってしまった。<br> 文字通り目を丸くする少年に、少女は追撃をかける様に、続ける。<br> 「私が収める地ですもの、偶には散策だっていいでしょう?<br> それに、目的はもう一つあるし」<br> 少年が考えた、なんだって太守がふらふらしてるんだよ、と言う口撃を見抜いた様に、<br> 少女は静かに告げた。<br> 言葉を切った少女は、先程自らがされていたように、少年を視る。<br> その美しい碧色の瞳から逃れられず、少年は口を開く。<br> ――その言葉が、少女に導かれたものである事を理解しながら。<br> 「――もう一つの目的って………なんだよ?」<br> あくまで虚勢を張った言い方に、少年自身が心の中で舌打ちをする。<br> (これじゃ、相手の思う壺じゃないか!)<br> 正にその通り、少女は我が意を得たり、と頷き――。<br> <br> 「人材の発掘、よ。<br> ――こんな時代にこんな身分になれたんですもの。<br> 自分が望む世を創りたいと思うのは、可笑しな事じゃないでしょう?<br> だけど……我が軍には、軍士がいないの」<br> <br> 少年の瞳を覗き込みながら――。<br> <br> 「あぁ、でも、勘違いしないで――その才があれば誰でもいいって訳じゃないわ。<br> 味方の被害を最小限に抑え、相手の将をも魅了する様な戦いをし――」<br> <br> 少年の心までを見透かした様に――告げる。<br> <br> 「そして、何より民を大事にする。<br> そんな軍士が必要なの――――貴方の様な、ね」<br> <br> 「――っ、ぼ、僕は別に、そんな事!?」<br> つい、大きな声が吐き出される。<br> 大概の場合、大声は舌戦において有利と言えるだろう。<br> だが、焦れば焦るほど、言葉が乱れれば乱れるほど、少年には少女の術中に嵌っていく己が<br> 感じられた。<br> まるで一本道を走らされる鼠の様だ――微かに残る少年の理性が悲鳴を上げる。<br> 彼女は恐らく、次に口を開いた時、鼠の到着点を告げるだろう。<br> 鼠の、虚勢を張った意思も言葉も、全く意に介さず。<br> そして、そう、きっと――(――僕は、其処に導かれてしまう)。<br> <br> 「――来てくれない?<br> 私の元へ――」<br> <br> 真正面から、真剣な表情で、真っ直ぐな視線を注ぎ、真摯な言葉を。<br> 抗えない――少女の想いに、共鳴する心があるから。<br> それでも、少年は少年たる言動を取り、精一杯に抵抗した。<br> つまり――斜に構え、ぞんざいな態度を崩さず、目を逸らし、恍けた提案で。<br> <br> 「――言っておくけど、僕は矢面に立たないからな」<br> <br> 「見るからに軟弱そうな軍士殿を最前線に放り込むほど、愚かではないわ」<br> <br> 「ふん、脆弱そうなお前に言われたかないね」<br> <br> 「あら、是でも武勇はあるつもりよ?――あと、貧弱って言ったら、殴る」<br> <br> 打てば響くやり取り。<br> 往来の人々が少年と少女の会話を耳に挟めば、春を待つ男女の様に見えたかもしれない。<br> そう思わせるほど彼らの舌戦は、内容と反比例して軽やかだった。<br> <br> 「――で、言いたい事はそれだけ?」<br> <br> 「もう一つ――僕はまだ、お前を僕の君主と認めちゃいない。<br> だから、お前との関係は、対等を望む」<br> <br> 「――まったく。口の減らない人ね」</p> <p>「はん、そんなの判ってるだろ。<br> さぁ………返事は?」<br> <br> 「そうね――何故かしら、数分の邂逅なのに――解っているわ。<br> なら、貴方も、私の返答が理解っているわよね?<br> 何時か認めさせてみせるわ――だから、今、この場では仮の『契約』。<br> <br> ――誓いなさい、この、薔薇の指輪に」<br> <br> 少年は差し向けられた腕を取り、厳かに、嵌められている指輪に口付けを捧げる。<br> 初めての行いなのに、幾度も交わしたかの様な動きで。<br> <br> 「――そう言えば。なぁ、お前の名前って………?」<br> 「今さら?………あら、私も貴方の名前を知らないのだわ」<br> 「………く、はは、あはは、なのに、契約したのか、太守殿!」<br> 「………ぷ、ふふ、くすくす、そうね、契約したわね、軍士殿」<br> <br> 「僕はジュン――桜田ジュン」<br> 「私は真紅――朗繕真紅」<br> <br> ――後の世に、『薔薇乙女』と称される少女・真紅と。<br> ――幾多の戦役において、彼女に傍にいたと伝えられる『契約者』ジュン。<br> <br> ――少年と少女は出会い、契約を交わし………物語は、動き始めた。<br> <br> <br> ―――――――――――――《薔薇国志》 第一章 了</p>

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