「「 what a wonderful world 」-最終回-」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
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<br>
<br>
~ ホワット ア ワンダフル ワールド ~<br>
<br>
♯.13 「 素晴しきこの世界 」 - Made in Heaven -<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
「反対ですぅ! そんなの危険すぎます!<br>
もうすぐで揚陸艇が来ますから、それに乗って逃げるです! 」<br>
膝の辺りまで遠浅の海につかりながら、翠星石が声を上げた。<br>
<br>
蒼星石が落ち着いた顔で答える。<br>
「それじゃあ駄目なんだよ。 逃げたってきりが無い。それに…<br>
ローザミスティカを集めさせるのは、絶対に阻止しなくっちゃあならないんだ… 」<br>
<br>
翠星石と蒼星石は、暫く無言で見詰め合った。<br>
<br>
たがて、翠星石がため息をつく。<br>
「全く… 昔っから蒼星石は、こうと決めたら譲らないガンコ者ですぅ~。<br>
しゃーねーから、私も手伝ってやるですぅ 」<br>
そう言い、少し笑ってみせた。<br>
「ありがとう、翠星石… 」<br>
「なーにが『ありがとう』ですか。<br>
私がいないと成立しない作戦練っといて… 」<br>
蒼星石も、少し笑ってみせる。<br>
「そうだね…。 頼りにしてるよ、翠星石 」<br>
<br>
<br>
―――――<br>
<br>
<br>
海辺を目指して走りながら、薔薇水晶が呟く。<br>
「 … … きらきー… 」<br>
(なあに?ばらしーちゃん? )<br>
「… さっきの… おデコの女の子… 」<br>
(大丈夫ですわ。ローザミスティカを全て集めれば、皆生き返る…<br>
あの子もきっと、むしろ感謝してくれますわ )<br>
「 … … 」<br>
(ふふふ… )<br>
<br>
暫く走ると ――― 見えてきた。<br>
<br>
ローザミスティカは、残り3つ…。<br>
<br>
薔薇水晶は走る足に、より力を込める。<br>
<br>
<br>
―――――<br>
<br>
<br>
「来たようね… 」<br>
真紅が呟く。<br>
金糸雀の設計した揚陸艇、ピチカート5が真紅達の近くに停泊した。<br>
<br>
「水銀燈、あなたは万が一の時のために、操作方法を調べといて頂戴 」<br>
真紅はそう言い、水銀燈を揚陸艇に押し上げた。<br>
<br>
万が一の時、って…?<br>
喉まで出掛かったその言葉を飲み込み、水銀燈は無言で頷く。<br>
そして足を引きずりながら、船の中を調べだした。<br>
<br>
「こっちも来たみたいだよ… 」<br>
蒼星石が、そう告げる。<br>
<br>
浜辺から… 薔薇水晶がもの凄いスピードで近づいてくる。<br>
その速度は… 最早、人間というより、豹やチーターに近かった。<br>
<br>
しかしそれの速度も、海に入ると足を海水に取られ、ガクンと落ちた。<br>
<br>
先程に比べると随分マシになったとはいえ…<br>
その速度は依然、真紅達が平地を走るそれより、ずっと速い。<br>
<br>
薔薇水晶… かつて無い脅威が、徐々に近づいてくる…。<br>
<br>
蒼星石が、唐突に叫んだ。<br>
「真紅! 翠星石! 彼女に三位一体攻撃を仕掛ける!! 」<br>
「ええ!! 」<br>
「はいですぅ!! 」<br>
<br>
翠星石がポケットから植物の種を出し、如雨露で水をかける。<br>
すると種から巨大な蔓が伸び、巨大な柱のように薔薇水晶に迫る。<br>
<br>
薔薇水晶がそれを横に避けた瞬間、蒼星石が鋏の留め金を外し、片刃の剣にする。<br>
その片方を捨てると、残ったもう一本を両手で持ち走る。<br>
(早い! でも、これなら! )<br>
翠星石の蔓を壁に見立て、挟みこむように切りかかる。<br>
<br>
<br>
蒼星石の作戦は、こうだ。<br>
―― すると彼女は絶対に、上に跳ぶ。空にしか逃げ場はないからね。<br>
そこを… 真紅が仕留める。<br>
海面では、いつかみたいなトリッキーな避け方は出来ないはずだからね… ――<br>
<br>
<br>
蒼星石の作戦通り、薔薇水晶は上空に逃げた。<br>
しかし… <br>
(高すぎる!? )<br>
人間とは思えないような跳躍力。<br>
落ちてくるのを待っていては、奇襲の意味が無くなってしまう…。<br>
<br>
真紅は意を決して飛び上がる ――<br>
<br>
「わ…私を踏み台にしやがったですぅ~!? 」<br>
<br>
翠星石の頭を踏みつけ、真紅はそこからさらに高く飛び上がった!<br>
<br>
薔薇水晶の顔に、驚愕の表情が浮かんでいる。<br>
予想外の奇襲の効果であろうか…?<br>
<br>
しかし真紅は、そのまま薔薇水晶に全力で固めた拳をぶつけた。<br>
<br>
薔薇水晶の胸に、真紅の拳が突き刺さる。<br>
<br>
そして…<br>
<br>
まるで水晶が砕けるように、薔薇水晶は粉々に砕け散る ――<br>
<br>
…<br>
<br>
人間が…粉々に?<br>
<br>
「 … きら…きー…? 何…で…? 」<br>
薔薇水晶はその一言を残して、光の粒に ―――<br>
<br>
何が起こったのか ――<br>
誰も理解できない。<br>
<br>
パラパラと振り注ぐ、薔薇水晶の破片を、呆然と見つめる。<br>
<br>
その時… 声が聞こえた…。<br>
<br>
「ふふふ… 」<br>
<br>
全員、その方向を見る。<br>
<br>
「ごめんね、ばらしーちゃん。<br>
でも、ちゃんと生き返らせてあげますわ… 」<br>
<br>
伸びた蔓の影から、薄いピンクの髪の少女が姿を現す。<br>
<br>
「この私が… 至高の存在となった『新しい世界』で、ね… 」<br>
<br>
雪華綺晶が、妖しい笑みを浮かべて立っていた。<br>
<br>
「ふふふふ… 」<br>
<br>
<br>
雪華綺晶は、今まで会ったどの時よりも禍々しい気配を漂わせている。<br>
<br>
そして… 真紅を見つめて言った。<br>
<br>
「ローザミスティカは… 全ての可能性を支配できる。<br>
夢… 希望… そして… 宇宙を創り直す事も…。<br>
私の創る新しい世界で、生き返らせてあげるから… 安心なさい… ふふふ… 」<br>
<br>
真紅は、心底震えた。<br>
これは――人間の心の闇なんてものじゃあない… 狂気そのものだ…。<br>
勇気を奮い起こす。<br>
だからこそ――負けるわけにはいかない…。<br>
<br>
…<br>
<br>
雪華綺晶が突然、手を前に突き出す。<br>
「ッ!? 」<br>
蒼星石が片刃の鋏を盾にして、咄嗟に身を固める。<br>
<br>
雪華綺晶は、文字通り、目にも留まらぬ速さで蒼星石に詰め寄ると ――<br>
鋏を握る蒼星石の手を力任せに掴み ――― ……<br>
<br>
「うわぁぁぁあああああああ!!! 」<br>
蒼星石の叫びが響く。<br>
雪華綺晶は力任せに蒼星石の手を掴むと、蒼星石の握った鋏を――<br>
翠星石の胸に深く突き刺してた。<br>
<br>
「そう…せ…? ―― 」<br>
翠星石の手が、力なく落ちる。<br>
蒼星石の握った鋏が、双子の姉の胸を貫いている。<br>
最愛の人の血が、海面に広がる。<br>
<br>
「ふふふ… 遺言くらい聞きたかったかしら?<br>
でも、すぐに生き返らせますから、心配はいりませんわ… ふふふ… 」<br>
雪華綺晶は、狂気の笑みを浮かべる。<br>
<br>
「何故!!翠星石を!!よくも翠星石をぉぉおお!! 」<br>
蒼星石の叫び。<br>
聞く者まで、魂を抉られそうな咆哮。<br>
<br>
蒼星石が翠星石の体から鋏を引き抜く。<br>
そして、もの言わぬ翠星石の体を片手に抱き…<br>
振り向きざまに雪華綺晶に切りかかる。<br>
<br>
しかし ――<br>
その鋏は、雪華綺晶の前でボキンと鈍い音を立てて、叩き折られ ――<br>
鋏の先端がヒュンヒュンと音を立て海に落ち ――<br>
蒼星石の胸に、雪華綺晶の手刀が突き刺さった。<br>
<br>
「 ごめん…よ… すい…せ… ―― 」<br>
蒼星石の涙が線のように、こぼれる。<br>
雪華綺晶がそのまま、何かを握りつぶす嫌な音がする…。<br>
蒼星石の体が、ビクンと跳ねる。<br>
<br>
蒼星石が翠星石と重なり合うように、倒れた。<br>
<br>
…<br>
<br>
真紅と水銀燈は ―― 全く動けないでいた。<br>
<br>
雪華綺晶の動きについていけず、ただ呆然と目を見張っていた。<br>
<br>
<br>
「水銀燈!! 」<br>
真紅の声に、水銀燈はハッとする。<br>
揚陸艇に真紅が飛び乗ってきた。<br>
「出して! 」<br>
真紅がそう言うより早く、水銀燈が舵を切った。<br>
<br>
<br>
流石、天才を自称するだけあって、金糸雀の設計した揚陸艇は速かった。<br>
見る見るうちに、陸が遠ざかる。<br>
<br>
真紅と水銀燈は、無言で浜辺を見ていた。<br>
<br>
言葉が見つからなかった。<br>
<br>
悲しみとも、絶望ともつかぬ沈黙だけが、横たわっていた。<br>
<br>
暫く、船を走らせる。<br>
<br>
水銀燈は、ふと真紅の顔を見た。<br>
<br>
その顔が見る見るうちに、青ざめていく…<br>
(… まさか!)<br>
真紅の視線の先をたどると…<br>
<br>
海面を歩くように進む雪華綺晶が見えた ――<br>
<br>
それは ―― 歩いているようにしか見えないが、それでも、どんどん船との距離を縮めてきた。<br>
<br>
その人影は、まるで心に恐怖が這い寄るかのように、じわじわと近づいてくる。<br>
<br>
真紅はその様子を暫く眺めていたが…<br>
拳を強く握ると、水銀燈に近づいた。<br>
<br>
そして ――<br>
その拳で、船を操作する舵を叩き壊した。<br>
<br>
「これで、この船はもう直進しかできないのだわ…。<br>
そして… 雪華綺晶は、ローザミスティカを追って来る。<br>
たとえ…万が一、今逃げ切ったとしても… きっと、どこまでもやって来るでしょうね。<br>
ここで… 決着を付けてくるのだわ… 」<br>
<br>
そして真紅が振り返る。<br>
「水銀燈… 本当は、あなたに普通の女の子として幸せになって欲しかった…<br>
普通の女の子として… 友達になりたかった… 」<br>
<br>
逆光で、真紅の表情は見えない。<br>
<br>
真紅が、ふわりと船から飛び降りる。<br>
<br>
水銀燈が咄嗟に手を伸ばす。<br>
<br>
<br>
<br>
水銀燈は思う。<br>
―― あの時… 崖から落ちたとき、私はローザミスティカを掴めなかった…<br>
いつ死んでもいい…そう言いながらも、無意識に死を恐れて、手を伸ばせなかったのじゃあないのか…<br>
あの時、私の手が届いていれば… 雪華綺晶はこんなに強くなれなかった… <br>
翠星石も蒼星石も…誰も死ななかったのかもしれない… ――<br>
<br>
水銀燈は思う。<br>
―― もう… 誰かを失いたくない…!<br>
それは… きっと、死ぬのより悲しく辛い事だから…<br>
私は… あの時、真紅の手を掴めた…!<br>
もう、恐れない…!<br>
もう一度… 真紅の手を… ――――<br>
<br>
<br>
<br>
「さようなら… 水銀燈… 」<br>
水銀燈の伸ばした手は ―― 真紅を掴む事は無かった ――。<br>
<br>
「真紅ぅぅぅぅうう!! 」<br>
叫ぶ。<br>
親友の名を。<br>
二度と届かない手を伸ばしながら…<br>
<br>
<br>
「水銀燈… あなただけでも … 生きて!! 」<br>
<br>
<br>
真紅は最後に振り返り、そう呟いた。<br>
<br>
<br>
そして…正面を見据え、構える。<br>
<br>
<br>
「来なさい! 雪華綺晶!! 」<br>
<br>
<br>
<br>
―――――<br>
<br>
<br>
<br>
「真紅ぅぅぅううう!! 」<br>
届く事は、決して無い。<br>
それでも水銀燈は必死に手を伸ばした。<br>
<br>
そして ―――<br>
<br>
その指の隙間から ――<br>
<br>
真っ赤な薔薇を散らせたかのように舞う鮮血と ――<br>
<br>
千切れ飛ぶ真紅の右腕が見えた ―――<br>
<br>
<br>
―――――<br>
<br>
<br>
真紅と出会ってから、水銀燈は『絶望』を信じなくなった。<br>
どんな所にも、必ず『希望』はある。<br>
<br>
そう信じさせてくれた真紅。<br>
<br>
その真紅は… もう居ない…。<br>
<br>
暫く、船の上で嗚咽をもらし続けた。<br>
<br>
<br>
その時 ――<br>
不意に視界が光に包まれた ――<br>
<br>
「な…何 ――― 」<br>
<br>
そのまま、意識が遠のくのがわかった…。<br>
<br>
<br>
―――――<br>
<br>
<br>
気が付くと ―――<br>
見知らぬ、水晶の城の中に、一人で倒れていた。<br>
<br>
「ここは…? 」<br>
水晶から透けて見えるのは全て、光一つ無い闇だけだった。<br>
<br>
「ここは、新たな宇宙の… 私の世界の始まりの場所 」<br>
<br>
声に振り返る。<br>
そこには… どういう原理であろうか。雪華綺晶が宙に浮いている。<br>
<br>
そしてその手には ―――<br>
拳程の大きさの、ローザミスティカが輝いていた。<br>
<br>
「貴女は、私の世界にふさわしくありません…。<br>
古い世界の遺恨は… ここで全て断ち切らせていただきますわ… 」<br>
<br>
雪華綺晶が、ニヤリと見下ろしてきた。<br>
<br>
<br>
水銀燈は、動かない足を引きずり、後ろに逃げようとする…<br>
その時、手に何かが当たった。<br>
<br>
それは… 蒼星石が捨てた鋏のもう片方だった。<br>
せめてもの護身に… そう言い、真紅が拾ってきたのを貰ったものだった。<br>
<br>
足は動かない。立つ事も出来ない。<br>
それでも… 鋏を拾い上げ、構える。<br>
<br>
「あら? ふふふ… そんなもので抵抗するおつもりですか? 」<br>
雪華綺晶が笑う。<br>
<br>
無視して、言う。<br>
「あなたこそ… そんな可愛い顔して、性根は腐ってるわねぇ。<br>
もうちょっと性格に合った、ブサイクに生まれるべきだったんじゃなぁい? 」<br>
<br>
雪華綺晶の瞳に、チラッと怒りの色が浮かぶ。<br>
<br>
「あらぁ? 怒った顔はブサイクねぇ。<br>
あなたの性格みたいで、とぉっても似合ってるわぁ 」<br>
<br>
「貴女は… 生き返らせてもあげませんわ…! 」<br>
そう言い、雪華綺晶が飛び掛ってきた。<br>
<br>
速い…!<br>
動きが全く見えない…<br>
<br>
そして雪華綺晶が、全てのスピードを乗せた一撃を放つ ―――<br>
<br>
鈍い音が、水晶の城に響いた。<br>
<br>
雪華綺晶の手刀は… 誰にも見切れなかったその一撃は…<br>
水銀燈の持つ、蒼星石の鋏で防がれていた。<br>
<br>
水銀燈が言う。<br>
「… 挑発に乗って、見事に『顔』を… 『首を刎ね』にきてくれたわねぇ…<br>
お馬鹿さぁん 」<br>
<br>
しかし、雪華綺晶は力に物を言わせ、そのまま手をなぎ払う。<br>
水銀燈は吹き飛ばされ…<br>
鋏は衝撃で粉々に砕け散った…。<br>
<br>
水銀燈は、倒れたまま、それでもニヤリとした。<br>
「ふふっ… たった『一回』…それだけ防げれば、十分だったのよぉ…。<br>
だって… あなたのローザミスティカ… とぉっても大きいものねぇ…<br>
… 今のでも… 私にも沢山の力が流れ込んできたわぁ… 」<br>
<br>
そう言うと、キッと瞳に力を込め、水銀燈はその背中から翼を広げた。<br>
<br>
少しも力の浪費はできない。地面からは、起き上がらない。<br>
そして ―――<br>
「そして ――― ッ! 」<br>
全ての力を注ぎ、翼をどんどん巨大にする。<br>
「フルパワーよぉ!! 」<br>
左右の翼はますます膨れ上がり ―― <br>
<br>
その姿を、巨大なドラゴンへと変えた ――!!<br>
<br>
「雪華綺晶ぉぉ!! 」<br>
水銀燈がそう叫ぶと同時に、ドラゴンが青い炎を吐いた。<br>
<br>
雪華綺晶はそれをヒラリと避ける。<br>
そして、水銀燈目指して宙を翔ける。<br>
<br>
ローザミスティカの影響だろうか ――<br>
雪華綺晶の動きが見える。<br>
<br>
しかし ――<br>
指の隙間から水が零れるように、力が失われていくのも分かる。<br>
(それでも… 私はッ!! )<br>
<br>
ドラゴンを雪華綺晶目掛けて差し向ける。<br>
<br>
しかし――<br>
雪華綺晶はそのドラゴンを目の前でピタリと止めると…<br>
その巨大な顎を、素手でミリミリと引き裂いた ――!<br>
<br>
「ッ!! 」<br>
水銀燈の背中に激痛が走る。<br>
でも… 痛みにへこたれてる暇は無い。<br>
<br>
「まだまだぁ!! 」<br>
残ったもう一匹のドラゴンに全ての力を注ぐ。<br>
<br>
翠星石の笑顔を…<br>
蒼星石の涙を…<br>
そして…<br>
真紅…<br>
「私は… あなたを… 絶対に許さないッ!!」<br>
<br>
ドラゴンはさらに巨大になり ―――<br>
その全身に青い炎とともらせた。<br>
<br>
燃えるドラゴンを、自分ごと、雪華綺晶を囲むように展開させる。<br>
そして、徐々にその輪を狭めていく。<br>
<br>
雪華綺晶は自分を囲む炎をぐるりと見渡す。<br>
「なあに? 心中でもするつもり? 」<br>
そしてニヤリと笑い、両手を広げた。<br>
<br>
すると… 見えない壁に遮られ、ドラゴンが動きを止める…。<br>
<br>
雪華綺晶がさらに高く浮き上がり、水銀燈を見下ろす。<br>
<br>
しかし…<br>
水銀燈はここにきてもまだ、水銀燈の目から希望の光は失われない。<br>
「そぉよねぇ…<br>
やっぱり、真の支配者ってのは、そうやって高い所から見下してくるものよねぇ… 」<br>
「今頃、力の差が理解できまして? 」<br>
雪華綺晶が得意げに顔を歪める。<br>
<br>
「泣いて謝れば、せめて菌類にでも生まれ変わらせてあげますわよ…? 」<br>
「お馬鹿さんと煙って、高い所が好きよねぇ… 」<br>
<br>
雪華綺晶の表情が能面のように硬くなる。<br>
<br>
そして、さらに高く浮かび ――<br>
「消えなさい ―― 」<br>
その手を水銀燈に向けた。<br>
<br>
その時 ―― 雪華綺晶の視界が不意に揺れる。<br>
(!? )<br>
何が起こったのか理解できないまま、それでも後ろに滑るように回避する。<br>
足元では… 相変わらず水銀燈もそのドラゴンも、動けないままでいる。<br>
<br>
では何故 ――!?<br>
<br>
しかし… よく見ると、ドラゴンは静止したまま、それでも静かに青い炎を灯らせている ――<br>
水銀燈がこちらを見上げてる。<br>
「火事で人が死ぬのって、焼死より中毒死の方が多いんですってねぇ…<br>
知らなかった…? 『火事のときは、身を低くしなさぁい』って… 」<br>
<br>
「このッ…!! 」<br>
雪華綺晶が水銀燈に止めを刺すために手を伸ばす ――<br>
しかし、その瞬間、意識が遠のき ――<br>
そのまま力無く地面に墜落した。<br>
<br>
床に這い蹲りながら、それでも必死に起き上がろうとする ――<br>
いつの間にか、水銀燈が近くに這い寄ってきてるのに気が付く。<br>
<br>
そして… ドラゴンの顎が、ゆっくり雪華綺晶の頭を咥える。<br>
<br>
「ま…待ちなさい…! そう!真紅も、皆生き返らせてさしあげますわ! 貴女の足も…! 」<br>
「ごめんなさいねぇ… あなたの創る偽者には、これっぽっちも興味が湧かないのよぉ…。<br>
私が好きだった真紅は… 誰にも創る事なんて… 出来ない… 」<br>
<br>
ドラゴンがゆっくり顎を閉じ始める。<br>
ミシミシと音が聞こえる。<br>
<br>
「私は… 苦しみも悲しみも無い世界を…! 」<br>
「まだ分からないの?<br>
辛くても悲しくっても… だからこそ、希望が輝くんじゃない…<br>
人間はねぇ… そうやって… 成長するものなのよぉ…? 」<br>
<br>
それを私に教えてくれたのは、かけがえの無い親友。<br>
<br>
いつしか… 喋りながら涙を流している。<br>
<br>
「止めなさい!私は ―――!! 」<br>
<br>
雪華綺晶が手を伸ばすより早く―――<br>
ドラゴンはその顎を完全に閉じた―――<br>
<br>
グシャっと、果物を砕いたような音がした。<br>
<br>
そして… その後には、静寂だけが残った。<br>
<br>
「そう… ローザミスティカなんて無くったって…<br>
希望さえ失わなければ… 私は強く生きていける… そうよねぇ… 真紅… 」<br>
<br>
主の居なくなった水晶の城で、水銀燈はポツリと呟いた。<br>
<br>
<br>
そして… 動かなくなった雪華綺晶の体から…<br>
<br>
ローザミスティカが静かに浮かび上がった。<br>
<br>
ローザミスティカ…<br>
全てを可能にする力…<br>
これさえあれば… 真紅も… 皆も…<br>
それに… 私の足も…<br>
<br>
知らずの内に、手を伸ばしている自分に気が付き、水銀燈は苦笑いをした。<br>
<br>
そして ―――<br>
<br>
「ふふ… つまんなぁい… 」<br>
<br>
そう呟くと、ローザミスティカを指で軽く弾いた。<br>
<br>
<br>
<br>
「また… 会えるかな… ねぇ… 真紅…… 」<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
――― 光が広がった。 ―――<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
―※―※―※―※―<br>
<br>
<br>
水銀燈は、自宅のベッドで目を覚ました。<br>
<br>
何か…大事な事を忘れてるような…<br>
ひどく…長い夢を見てたような…<br>
<br>
さっぱり思い出せない。<br>
<br>
とにかく、最悪な目覚めだった。<br>
<br>
<br>
うんざりした顔をしながら、車椅子を器用に使い、朝刊を取りにいく。<br>
<br>
今日の記事は…<br>
『朝から超絶健康! 巨大乳酸菌入りヤクルト新発売!』<br>
「コレは…買いねぇ… 」<br>
『無血でテロを鎮圧 ―新型音響兵器― 』<br>
「ふぅーん… 随分なものじゃなぁい… 」<br>
『新型エネルギー炉の開発者らにノーベル賞』<br>
「この名前… 何って読むのかしら…? 木に鬼…? キキ…? ボッ… まぁ、いいわぁ 」<br>
<br>
バサバサと新聞をたたむ。<br>
ふと窓を見ると… 今日は天気がいい。<br>
<br>
「ちょっと散歩にいってくるわねぇ 」<br>
家族にそう言い、表に出る。<br>
<br>
暖かな木漏れ日を追って、公園に辿り着いた。<br>
<br>
吹く風が少し冷たいが… それが逆に、心地よい。<br>
<br>
のんびりと風にゆれる枝葉を眺めながら、車椅子で進む。<br>
<br>
と、上ばかり見ていたせいで、木の根っこに引っかかり、躓いてしまう。<br>
<br>
「ちょっとぉ… 何なのよぉ… 」<br>
自分の不注意を棚に上げて、そうぼやく。<br>
<br>
すると…<br>
<br>
「あなた、大丈夫!? 」<br>
金髪の少女が、そう叫びながら駆け寄ってきた。<br>
<br>
「ええ… ちょっと躓いただけよぉ…? 」<br>
水銀燈は笑顔でそう答える。<br>
「気を付けるのだわ… ほら、手を貸してあげる。つかまって 」<br>
少女が手を差し延べてくる。<br>
<br>
「ありがとう… 」<br>
そう言い、少女の手を握った瞬間 ―――<br>
<br>
何故か、不意に涙が零れた。<br>
<br>
どこも痛くないのに、涙が止まらない。<br>
<br>
自分でも突然の事に驚くが ――<br>
少女の方が、もっと驚いていた。<br>
<br>
「やっぱり、どこか怪我したんじゃあ…<br>
あぁ…大変! どうしましょう…! 」<br>
<br>
あまりの慌てっぷりに、水銀燈は思わず吹き出してしまった。<br>
<br>
涙を拭き、再び少女に手を貸してもらい、車椅子に乗る。<br>
<br>
何故だろう… 不思議と、とても温かい気持ちになる――。<br>
水銀燈は初めて出会ったこの少女に、礼を言う――。<br>
涙と逆光で少女の顔が霞む―――。<br>
<br>
<br>
「ありがとう、『真紅』―――――― 」<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
→ What a Wonderful World ←<br>
<br>
end <br>
</p>