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【たまにはこんな日曜日】」(2007/12/01 (土) 02:48:50) の最新版変更点

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    どうして、こうなるのでしょう。  なんとなくわかってる。わかってるの。  材料よし。  器具よし。  今日は、今日と言う日は、なき言を言っている場合ではないのに。 「……」  今、はじめに考えていたのとは大分違う現実が、広がっている。 【たまにはこんな日曜日】 ―――――  ほんとうに、食べるのがすきだね。  何気ない一言だった。それを聞いたのは、駅前のラーメン大食い一番勝負の看板のかけられた店を瞬殺した直後のこと。あの店長さん、本当に眼をまるくしてた。比喩じゃなく、驚くとそうなるんだ、なんて思ったりしていた。 「……きっと食べるのがすきなら、作る方もいけるんじゃないかな」  正直、あんまり考えたことがなかった。そう言われてみれば、私の眼の前には『食の道』が果てなく続かんとばかりに、気付けば食べ物がある。  ただ、それはひとえに、自分の生活が恵まれているおかげなのではないかしら? たとえ眼の前に何かしらの食材があったとしても、どちらかというと素材そのものの味を楽しんでいる自分の姿が思い出された。 「も、もちろんそうですよ。私、こう見えてもお料理は得意なのです。ちょこちょこ、作ったりもしてるんですよ! ほら、調理実習とかあるじゃないですか」 「へぇ……じゃあ今度、何か食べさせて」 「いいですよ! じゃあ今度の日曜、腕によりをかけてごちそうしてあげます!」 「うん……楽しみにしてるね」  にこー、と。とても裏のあるようには見えない笑顔を受けて、いよいよ私の引っ込みはつかない。  いいでしょう、やってみせます。  私、雪華綺晶は……食の神に愛された女! 作る方だってちょちょいのちょいなのです! ―――――  ――あまかった――  がっくりと膝をつく。  あああ、たかだかお野菜を切って、お肉を炒めて、化学的ななにかを入れて煮こむだけ! なんて言ってごめんなさい、食のかみさま。  今は私の頭の向こうにあるのは、はじめに考えていたものからすると、ちょっと首を傾げてしまうような、『煮物のようなもの』だった。別にこれを食べて誰かがしぬような残念な味ではなかったから、凶器として代名詞的に『ようなもの』と言っているのではない。  食べてもらって、『うん? ……んー……うん』という反応がとってもかんたんに想像できる意味で、まさしく『煮物のようなもの』。我ながら、何でこんなものが作れるのかがふしぎ。  そして、なんとか物としては出来上がっているものの、それを生み出す為に使われたお台所がさらに残念なことになっている。と言うのも、これが出来上がるまでに何回かの失敗を繰り返しているせいだった。  もうぼろぼろになってしまったお野菜たち。皮をむくのがこんなに難しいなんて……ああ、ごめんなさい。私なんかにお料理されたせいで、あなたたちはあられもない姿になってしまった。  一度、よくわからないが鍋から火が上がったりもした(何とか消し止めたけど)。それによって炭くずになってしまったお肉。ああ、ああ……  なんとなく、わかっていることが、はっきりとかたちになる。  私、お料理が出来ないんだ。  でも、それを認めてなお、私は諦めるわけにはいかない。だって、約束したんですもの。  美味しい料理を食べさせる、って。けれど出来たのは、とんでもなく微妙な代物で……  泣きそうになる。  その時、台所に近付いてくる足音が聴こえて、私はびくんとして立ち上がった。まさか、あの娘がもう。 「お嬢様? おや、お料理をされておいででしたか」  聞きなれた声。この家で、いつもいつも私達に、美味しい料理を提供してくれる彼の声。 「し、白崎……わたし、わたし、」 「はい?」 「わたし、もうだめなんです~……!」  緊張の糸が切れた私は、ついに大声で、はしたなくも泣き出してしまった。 ―――― 「――はぁ。事情はわかりました。兎にも角にも、落ち着きましたか?」 「くすん……取り乱してごめんなさい」  彼の淹れてくれた紅茶を飲んで、ほっと一息。本当、白崎という人間は、何でもこなせるスーパー執事だ。 「それにしても、まあ……随分と派手にされましたね」 「うぅ、ごめんなさい……」 「いえいえ、お嬢様にお怪我がなくて何よりです。しかしながら、一言申し上げることがあるとすれば」 「――はい」 「この家のキッチンは僕が預かっておりますので。言ってくだされば、協力すること位は出来ましたよ」 「……」  それは、はじめから知っていた。だからこそ、しなかったのだ。  私はいつも当たり前のように彼の作った料理や、それに外食を続けてきていて――それは自分で生み出したものではない。だから、今回は誰の力も借りずに、作ってみたかった。 「そうですねえ……とりあえず、ちょっと作ったものを見ても宜しいですか?」 「え、ええと……」  私の返事を待たず、席を立ち鍋の方へと近付いていく。 「……お嬢様、」 「は、はい!」 「この食材の切り出しなどは――ご自分で?」 「そ、そう……です」  あきれて、声もでないのだろうか。しゅんとしてしまう。 「お嬢様……確かお料理は、初めてでしたか?」 「……はい」  ちょこちょこ作ってるだなんて、うそ。まともに料理したのなんか、これがはじめてだ。  調理実習は、私は出来上がる直前、ことこと煮立っているお鍋を見守る役で、ほとんど食べる専門だった。  でもあの娘は私の言葉を信じて、期待して、待ってる。 「なんと言いましょうか……よくここまで、出来ましたね。レシピは無かったのでしょう?」 「か、……簡単そうって……ごめんなさい。ぜんぜん、だめでした」  下を向く私の頭に、ぽん、と手が載せられる。  おそるおそる顔を上げた先には、彼の笑顔があった。 「大したものです。だいたい包丁のみで野菜の皮むきを上手くするなんて、そもそも難しいのですから。もっと便利な器具があるんですよ? ほら、例えばこのようなものが」  ピーラー、とかいう名前の器具を持ち出した彼は、それを使って、いとも簡単にじゃがいもの芽ぬきと皮むきをしてみせた。 「あと、そうですね。こちらの煮物ですが、ちゃんとお出汁はとりましたか?」 「え、と、おだし?」 「そうです。あと、灰汁取りなども」 「あ、あく……」 「お嬢様。料理は愛情込めて、と、よく言われるでしょう? それはまさしくその通りでして、気持ちを込めてこそ、技術も活きる訳です。お嬢様は、まずその前提を乗り越えていらっしゃる。知らないことは、知りましょう。そして手先による何がしかは、繰り返しです。  勿論、その道はやさしくはありません。想いだけで世界は変わりません。かたちにするには、自分が動かなければ――それを身につけなければ、ならないのです」  ――ついて来れますか? お嬢様。  にっこりと笑う彼へ向けて、私は。 「もちろんです!」  大きな声で、返した。  私はちゃんと、彼からの修行を受けようだなんて、思ったのだ。  私の気持ちを、ちゃんとかたちにする為に。 ―――――  ~~♪  日曜の、お夕飯前のひととき。私はこの時間、お料理をしてゆったりお鍋が温まっていく様子をみるのが、とてもすき。  味を見る。……ん、中々のお味。  日曜日は、なんといってもカレー。別に曜日に限ったお話ではないけれど、カレーが作れるということは、カレーが食べられるということなのだから、幸せだ。 「さ、できましたよ! どうぞ召し上がれ」 「いただきまーす……」  お皿によそったカレーを、スプーンで掬うのは。  私の料理を美味しいと言ってくれる、可愛い可愛い私の妹。 「……お姉ちゃん、お料理上手だよね……カレーなんて絶品だもんね……」 「そうですか? 嬉しいです、ばらしーちゃん。何せ、先生がいいですから」 「でも、お姉ちゃんのお料理って、随分昔から食べてるような気がする……」 「……いつでしたっけ? ええと――」 「小学校の高学年位の頃でしたね、お嬢様」 「……白崎。お疲れ様……」  庭の手入れを終えたらしい彼が、お台所へ入ってきた。 「ああ、その位でしたか。本当、良い先生に教わることができて、幸せです」  ――褒めても、何も出せませんが。  我が家のスーパー執事は、そんな風に言いながら、照れる。 「もう雪華綺晶お嬢様に、私からお教えできることはないですね。見事に、貴女のお気持ちを込める腕を、持たれております」  ……私の方こそ、褒められたって何にも出せないというのに。  強いて言うなら、消費役だけじゃなく、美味しい食べ物を生み出して――それを食べてもらうことが、できるくらい。 「白崎も、どうぞ。今回はちょっとスパイスを変えてみました」 「やや、それはありがとうございます。槐も早く、日本に戻ってくるといいのですけどねえ」  私と妹は、血が繋がっていない。槐とは、私にとっては叔父様だけれど、今はお父様と呼んでいる。妹にとっては、本当の父親。白崎とは、随分古い友人のようだった。  今は海外に人形の個展へ赴いていて、家に帰ってくるのはもう少し先の話になるようだった。  ばらしーちゃんと、本当に姉妹になってから。  私は妹に、お姉ちゃんらしいことをしてあげたかった。  今私は、その役目を、果たせているだろうか? 「仲良きことは――美味しいお食事から。さ、お嬢様もお座りになって。私がよそいましょう」 「ありがとうございます」  遠い日から、相も変わらず。私の食べる量は多い訳だけれど――  流れる時間そのものは、勿論変わらない。  いつだってこの家には、幸せな時間が流れるのだから。  ただ、昔のことをなんとなく思い出すことだって、ある。  たまにはそんな日曜日だって、あるのです。  ねえ、白崎? 【たまにはこんな日曜日】おわり

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