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《世界は色で出来ている》 《」(2007/10/29 (月) 01:55:35) の最新版変更点

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<p>《世界は色で出来ている》  《#0095d9×#38b48b》<br> <br> <br> がらんとした、自分以外誰もいない教室で、ボクは窓辺から空を眺めている。<br> 誰もいないのは当たり前だ。<br> 今はもう、最後―六限の授業が終わってから、たっぷり二時間は経っているのだから。<br> その頃は眩しさを伴う青色だった空も、既に赤みを帯びて久しい。<br> 窓から見下ろせるグラウンドにはちらほらとクラブ活動中の学生も確認できるが、<br> その数も段々と減り始めているようだ。<br> <br> 教室には、少し前までボクとボクの双子の姉、そして、真紅と水銀燈がいた。<br> 姉は『とある目的』の為に残り、ボクはその暇潰しに付き合う形で残っていて、<br> 真紅と水銀燈は共通の話題で騒いでいたようだ。<br> …ようだ、というのは、今日に限って余り其方に関心が向かなかったから。<br> 二人の小さなじゃれ合いは何時もの事だし、普段ならばボクも微笑ましく見守っているのだが。<br> ……何故か、今日はそんな気分にならなかった。<br> 結局、彼女達は騒ぎっぱなしで教室を別々に後にしたが…明日になれば、今日の諍いも何所吹く風で<br> またじゃれ合うだろう。<br> 本人達―少なくとも真紅はそう思っていないだろうけど、傍目から見れば、彼女達にとっての諍いは<br> 可愛らしい子猫二匹がうにゃうにゃ遊んでいる様にしか見えないのだから。<br> 『雨降って地固まる』を言葉通りに実行している二人だから、ひょっとすると、明日には<br> 一歩先に進んでいるかもしれない。<br> <br> 微笑ましい二人を思い出し、少し気分が軽くなる。<br> …だけど、先程からもやもやしているモノは払拭され切らない。<br> 頬杖をつき、別の事を考えようと努力する。<br> 今日の晩御飯はどうしようか。<br> 昨日は確か、姉のリクエストでビーフシチューだったっけ。<br> ボクよりも料理の腕は上なのに、姉はボクに任せる事が多い。<br> 『そーゆー面倒臭い事はお前ぇがやるですよ』なんて言って。<br> ―姉の言葉が本意ではない、そんな事、簡単に見破れる。<br> ボク達は、双子なんだから。<br> …まぁ。そういう、心的な事だけじゃなくて、あの娘はボロを出しやすいんだけど。<br> 料理が面倒と言いながら、片づけは進んでしているんだから台詞の意味がない。<br> くすり、と苦笑いが浮かぶ。<br> <br> ………苦笑い?―自分の笑みに、疑問を覚える。<br> いつもならば、姉との出来事を思い出すと、微笑みが浮かぶ筈なのに。<br> ――いや、ひょっとしたら、自分で気付かなかっただけで、この頃はずっと微苦笑していたんだろうか。<br> だとしたら…この理由のわからないもやもやは、よほど重症なんだろう。<br> こんな事は初めてだ。<br> 姉と―滅多にない事だが―些細な喧嘩をした時でも、彼女とのアレやコレやを考えると<br> 微笑みしか出なかったと言うのに。<br> <br> ……理由はわからない。でも、原因ならわかっている。<br> それが、ボクがここにいる訳だから。<br> 姉が授業が終わっても学校に残っていた理由―『ある目的』。<br> 何て事はない、単に、電車の時間をずらしていただけ。<br> 何故、ずらしたか―姉は否定するだろうけど、まず間違いなく…あの人と同じ電車に乗る為。<br> 2,3週間前だったか…ボクと姉は初めてその人と出会った。<br> 出会い、そして、姉は――――。<br> <br> 窓から空を眺め、ボクは小さな溜息をつく。<br> 結局、ぼうっとしている時に考えつくことなど、普段の小さな出来事しかないんだ。<br> なのだから、思考の行きつく先には必ず姉が出てきてしまう。<br> 今は……考えたくないのに。<br> ―キーンコーンカーンコーン………―<br> 午後五時半を告げるチャイムが鳴り響く。<br> 最終の下校時間を告げるモノは午後六時にもう一度鳴るのだが…もうそろそろボクも出ていこう。<br> 是だけ時間をずらせば、姉とあの人が乗る電車に一緒に乗らなくてもいいだろうから。<br> ……可笑しな話だ。<br> ボクは、姉はいわずもがな、あの人も嫌いではない―いや、ある程度の好意も持っている。<br> だと言うのに、その二人と一緒にいたくない、帰りたくないと言うのだから。<br> ―鞄に教科書やノートを詰め、椅子から立ち上がる―もう帰ろう。<br> だけど、立ち上がり視界が広がった先に、姉の乱雑な机が見えて。<br> ボクはもう一度、溜息を…大きな大きな溜息をつく―「…なんなんだろうな、このモヤモヤ」<br> <br> 「―何か悩み事かしら?」「……今日は悩みの特異点」<br> 「……え?―わ、金糸雀?薔薇水晶っ?」<br> <br> 急に耳に飛び込んできた二つの声。<br> そちら―入口の扉に目を向けると、クラスメイトの金糸雀と薔薇水晶がいた。<br> ……姉さん、ドアくらい閉めていこうよ……。<br> そんな事を考えつつ、彼女達に近づいていく。<br> 「ん、別になんでもないよ。そろそろ帰ろうと思ってたし」<br> 精一杯の笑顔で先程の独り言を払拭しようとするボク。<br> 自分がよくわからないもやもやを人が分る筈もないだろうし。<br> ―何より、それを話す事は、何故か恥ずかしい様に思う。<br> 「……こんな時間まで一人で残ってて、『何もない』はナンセンス。誤魔化すにしても」<br> 「薔薇水晶、そう言う事は思ってても口に出さないかしら。<br> ―あら、翠星石は?」<br> 好き勝手言ってくれる……。<br> 歯に衣着せぬ薔薇水晶に、今の僕は苦笑を浮かべるしかない。<br> 金糸雀の発言もどうかと思うが…とりあえず、オブラートに包むつもりはあったようなので、<br> 質問に答えよう。<br> 「少し前まではいたんだけどね―先に帰ったよ」<br> 不自然にならない様に、作った笑いを浮かべ、彼女達に顔を向ける。<br> 気持ちを悟られないようにするのは苦手じゃない。<br> ―なんで、友達に嘘の笑顔を見せているんだろう…頭の中で、もう一人の自分が冷めた目をしている。<br> 「そう…―それが、貴女の哀しいお顔の原因?」<br> 「………え?どうして……?」<br> 苦手じゃない筈なのに…金糸雀にはばれてしまったようだ。<br> でも……哀しい?―ボクは今、そんな表情をしているのか…。<br> 「……言っておくけど、蒼星石はちゃんと笑ってる。<br> 金糸雀が凄いの。えへん」<br> 何故か、金糸雀の洞察力を自分の事の様に胸を張る薔薇水晶。<br> ……先程の僕の質問の所為で、薔薇水晶にまで虚勢がばれてしまった。<br> 苦笑し、息をつく―「ボクの負けだ。降参だよ、金糸雀」<br> 「表情や声は作れても、響く音までは無理なのかしら」<br> 金糸雀は少し申し訳なさそうに、眉を八の字に曲げて苦笑しながら、言う。<br> その通りかもしれない―とは言え、そんな事に気付けるのは彼女位だろうけど。<br> ―さて、どうしようか…。<br> ばれたものは仕方がないが、全てをそのまま伝えるのは恥ずかしいし。<br> 「そうだね。―なんか、急に翠星石が妹離れしちゃって。<br> 変化に戸惑ってる…そんな感じなんだよ。あはは…」<br> 咄嗟に出た言葉だけど、自分で妙に納得できた。<br> あぁ、そうか―僕はきっと、戸惑っているんだ。<br> 「……嘘じゃない。だけど―」<br> 「―そうね、心の中、全部じゃないみたい。<br> もっとも……本人自身が気づいてなければ、話せる訳はないのだけれど」<br> 薔薇水晶はじぃ~っと、金糸雀はじっと。<br> ボクの瞳を覗き込みながら、言葉を連ねる。<br> ……舌を巻く―自分よりも幼いと感じていた二人に、其処までばれてしまっているのだから。<br> <br> 苦笑いを浮かべるボクの前に、金糸雀がとん、と軽やかな足取りで近づく。<br> そして、にこりと微笑み、優しい表情と声で語りかけてくる。<br> 「ねぇ、蒼星石。<br> カナにとって、蒼星石と翠星石はお友達よ。―じゃあ、貴女にとって、翠星石は?」<br> ……………………え?<br> 「姉だよ」―当り前な答えが、すぐに返せなかった。<br> 理由は二つ。<br> 一つは、金糸雀の笑顔に見惚れてしまったから。<br> いつも見ている筈の彼女の笑顔…どうしてか、とても奇麗に見えた。<br> もう一つは…当り前だと思っている―思っていた答えに違和感を覚えたから。<br> どうして?―彼女に返答するのも忘れ、その理由を考える。<br> どうして、『姉』という答えに違和感を抱く?―心臓が、どくんどくんと煩い。<br> 「―ターイムアウト。忘れモノも回収したから、行こ、金糸雀」<br> ……ボクが頭をぐるぐる回している隙に、薔薇水晶は教室に戻ってきた目的を果たしたようだ。<br> 多少むっとした表情で、呆けた顔をしているボクの横を通り抜け、金糸雀の腕を取る。<br> ボクの答えを期待していたのか、ずっと此方に視線を向けていた金糸雀だったが、<br> 意外と薔薇水晶の引っ張る力は強い様で、軽くぽんぽんと撫でながら宥めている。<br> 「もぅ、膨れないで、薔薇水晶。<br> ―蒼星石、カナ達はもう行くけど……―答えは、貴女の中にあるのかしら」<br> ずるずると引っ張られていく金糸雀。<br> ぐいぐいと引っ張っていく薔薇水晶。<br> ボクは、そんな二人を笑顔で見送る―作っていない、自然な笑みを。<br> ―と見送ったつもりだったけど、開かれた扉から、ひょこりと薔薇水晶が顔を出してきた。<br> 「―ゲームオーバー前だけど、ばらしーどーじょーどんどんぱふぱふ。<br> 蒼星石は木梨軽王子、翠星石は衣通姫~」<br> 「また分り辛過ぎるヒント…しかも、それだと立場が違うし、最後はバッドエンドかしらっ」<br> ……………今の、ヒントなんだろうか。<br> と言うか、人を『王子』とは失礼な。<br> 賑やかな声とそれに対照的な声を耳にしつつ。<br> ボクは、彼女達が残してくれたモノを考え出す。―『姉』以外の、違和感のない解答を。<br> 彼女達が出て行って、少しして。<br> 気を遣ってボクを一人にしてくれた金糸雀の心遣いに感謝しながら、教室を後にする。<br> 一人ではなかなか答えを探せない問題を抱えて。<br> ボクの中にある、ボク自身が見つけなければいけないモノを考えながら――。<br> <br> <br> ぱくぱくぱく、あむあむあむ―小さく響く、ボクと姉の咀嚼音。<br> 今日の晩御飯も、作ったのはボクで、メニューは姉の好物の季節物の秋刀魚となった。<br> 後はご飯と豚汁、お漬物を少々…典型的な和定食と言ったところか。<br> 香りを伴った湯気が食欲をそそる。<br> お茶も冷たい麦茶から温かい緑茶に変え、食卓からも夏が一掃され秋を感じられる様にした。<br> ちりりん、ちりりん……。<br> ……窓に付けられた風鈴も、そろそろ外そう。<br> <br> それにしても―今日の様な、気分がモヤモヤしている時でも、ボクの選択基準は姉にあるんだな、と<br> 調理中に気づき、苦笑した。<br> メニューを、彼女にリクエストされた訳ではない。<br> 単にボクがそれを無意識で選んだに過ぎない。<br> そう……意識していなかった筈だ―だとすれば、よほどのシスコンぶりではないか。<br> 薄々気づいてはいたが、此処まで重症だとは…。<br> <br> 姉に聞こえないほどの小さな溜息をつき、ちらりと、向かいに座る彼女の様子を探る。<br> 普段から自らを淑女と言うだけあって、テーブルマナーはきちりと正しい。<br> そして、正しいだけでなく、周りに圧迫感を与えない食べ方をしている。<br> ついつい形だけになりがちな―冷たさを伴わせた―そういった行為を、<br> 自分のものにしている証だろう。<br> 「……なんですか、蒼星石?」<br> 「え、あ、いや、なんでもないよ」<br> ちらりと見ていた筈だが、いつの間にか凝視してしまったようだ。<br> 手に持っていた箸を箸置きに一旦おさめ、お茶を飲もうとした姉に、彼女を見ている事が<br> ばれてしまった。<br> 少ししどろもどろに取り繕うボクに、姉は「そですか」と余り気にした様子も見せないで、<br> 湯呑を持ち上げ、口をつける。<br> むぅ……ボクも言えないけれど、姉も金糸雀の洞察力には及ばない様だ。<br> 「そう言えば、蒼星石―」<br> 「ん、何だい?」<br> こくりこくりと喉を潤し終えた彼女は、視線をボクに合わせる。<br> 何気なく聞き返したボクなのだけれど…投げかけられた質問に、目が丸くなる。<br> <br> 「―最近、何か悩んじゃいねぇですか?」<br> <br> どくん、どくん……心臓が急に煩く、鳴る。<br> どうやら、料理の腕だけじゃなく、洞察力も姉の方が上の様で。<br> 先程と同様、言葉にならない返答を繰り返すしかなかった。<br> 見つめてくる、ボクとは対照のオッドアイ―吸い込まれる感覚を覚えてしまう。<br> 暫く微妙な視線のやり取りは続き―なかなかちゃんとした答えを返さないボクに、<br> 姉はわかり易い溜息をつき、視線の呪縛を解いてくれる。<br> 「大した事じゃなければ構やしねぇんですけどね。<br> ―少し前から、作るモノにバラツキがあるですよ」<br> 再び箸を取り、つぃと豚汁から大根を拾い上げながら、言う。<br> マナー違反だよ、と質問をずらそうとするが、どう見てもボクに対するデモンストレーションなので、<br> 飛び出そうになった言葉を飲み込む。<br> 言われてみれば、確かに姉の持ち上げているソレと、彼女の視線の先にあるボクの茶碗の中の<br> ソレでは、一見して大きさが違う事がわかるほどだ。<br> 「―あはは、まぁ、ね。でも、君に相談するほどの事でもないよ」<br> タイムラグなく返答する…よし、少し落ち着いてきた。<br> 言葉に嘘はない。<br> だって、ボクが抱えているモノは、ボクだけにしか答えが出せないモノだから。<br> 今の答えで解答は終わり…そう告げる代わりに、ボクはお茶碗を持ち上げ、ご飯を口に持っていく。<br> 未だ、いぶかしむ視線を送ってくる姉だが、彼女もボクの対応に、是以上その話題を続けても得るモノが<br> ない事を悟ったのだろう。<br> ボクと同様に、お茶碗を持ち上げ、先程持ち上げていた大根の切れ端を口に放り込む。<br> 「ま、そう言うんなら良いですが。<br> 何かあったら、迷わず、このわ…翠星石を頼るですよ―」<br> ……頼れるものなら、頼ってるんだけどね。<br> 端から返答を求めていない態度の姉に、ボクも心の中だけで、言葉を投げ返す。<br> 先程までなら、ひょっとしたら口に出ていたかもしれない。<br> どくんどくんと騒いでいた心臓も、段々と音を小さくしていく。<br> 行為自体はできないが…胸を撫でおろす―そんな気分だ。<br> いや――――気分だった。姉の、締めの言葉を聞くまでは。<br> <br> 「―蒼星石は、翠星石の、双子の『妹』なのですから」<br> <br> どくん、どくん、どくん……………。<br> <br> 『―――――――――』<br> 言葉少ない夕飯は、実時間的にはそうかからなかった。<br> 不意に強くなった鼓動を悟られない様にしていたボクには、とても長く感じられたけど。<br> 姉の追及がなかったのは救いだと思う。<br> 確定しない訳は、彼女の言葉に、求める何かがあった気がしたから。<br> あのまま会話を続けていたならば、もしかすると夕刻の金糸雀の質問の解答、ボクの悩みの<br> 原因、そして、胸のモヤモヤの理由がわかっていたのかもしれない。<br> だけど、続けられなかった。<br> 訳のわからないナニカに、押し潰されそうだったから。<br> 『―――――――――』<br> 夕飯を終えてから、ボクはテレビのあるリビングに移り、姉は後片付けの為にダイニングに残った。<br> 姉と同じ空間にいながら、同じ場所にいない事に、寂しさと少しの安堵の覚える。<br> 二階の自室に直行しなかったのは……自分に再び向き合う事を、恐れているから。<br> 明るくなれるような音楽でもあれば別なのだが、残念ながらボクの持っているCDにそういった<br> 類のモノは皆無に等しい。<br> 今度、金糸雀に子守唄の様なクラシックでも借りてみようか。<br> それとも、薔薇水晶にテレビ漫画の主題歌でも頼んでみようかな。<br> 『―――――――――』<br> 結局、気持ちを晴らす術がない為、テレビで気を紛らわす事にした。<br> バラエティや歌番組でもよかったのだが…何故か、ドラマを流している。<br> ……いや、違う。―訳はわかっている。<br> 姉がいつも見ているモノだから。<br> ボク自身は余りこういったドラマは見ないし、実際に今、視覚と聴覚を委ねていても、<br> 興味が其れほど湧いてこない。<br> ストーリーや登場人物を把握していないから?―そうではない、それらは毎週視聴を終えた姉から<br> 語られて、知識として頭にある。<br> 『―――――――――』<br> ボクと姉は何時も、一日の終わりが近づくとその日あった事をお互いに話す。<br> お互いに、と言うよりは、姉が語り手でボクが聞き手になる事が圧倒的に多いのだが。<br> クラスメイトとの会話、授業の内容、その日の天気―話す事など、幾らでもある。<br> …極端に言えば、ボクにとって会話の内容は重要ではない。<br> ころころと一つの話題に幾つもの表情をする姉を見られれば。<br> 得意な顔をしていると思えば怒りの表情、その後、不貞腐れた様に頬を膨らませ、最後には笑顔に。<br> 毎晩毎夜繰り返し見ている筈なのに、それはいつも新鮮に映る。<br> きっと、今夜も変わらずに見れるだろう―どくん、どくん、どくん。<br> 『―――――――――』<br> 楽しい筈の恒例行事を、今のボクはそれとは反対の複雑な気持ちで迎えようとしている。<br> きっと、話の内容がわかっているから。<br> 姉は恐らく、他愛もない何時もの様な話題を出してくるだろう。<br> 真紅と水銀燈の会話、晩御飯の出来、ドラマの内容。<br> そして、『そう言えば…』等と他の話と同じ様に、他愛のない振りをして切り出す―<br> ―『あの人』との出来事を。<br> それは確かに、他愛ない内容だ。<br> 目が悪いから眼鏡をつけている、好きな食べ物はハンバーグで、趣味は…そう、裁縫だったっけ。<br> 少し前に姉から語られてみた事を思い出しても、やはりソレは他愛ない。<br> ―姉の表情とボクの心情を除けば。<br> 『―――――――――♪』<br> ―――?耳につく、流しているドラマには似合わないBGM。<br> …あぁ、そうか。CMに入ったんだな。<br> ふむ…………「わかっていた事なのにな」…一人ごち、息をつく。<br> 夕刻でもそうだったではないか―ボクの思考は最終的に姉に辿り着く。<br> 一人で座るには大き過ぎるソファに身を沈め、額に片手を当てる。<br> 冷たくなってきた気温と同様に冷えた手に、仄かに温かい額の熱は気持ち良かった。<br> ――姉と向き合う前に「―答えを探さなくちゃ」<br> <br> 「―探し物はなんですか 見つかりにくいモノですか♪―と」<br> <br> 「――――!?ね、姉さんっ、何時の間に……!?」<br> がばりとソファから身を起こし、後方から聞こえる声に視線を向ける。<br> 独り言を聞かれた気まずさと驚きで、心臓の音が一気に跳ね上がる―が。<br> 何故か、その音は、先程に比べて耳障りに聞こえなかった。<br> 「―?ようやっと片付けが終わったので今来たですよ。<br> あむ、―ひゃひゃんひょひゃかひょ ひゃひゃんひょひゃかひょ♪」<br> 秋刀魚に使うつもりで添えていたレモンを口に小さく頬張り、謎の呪文を呟く姉。<br> えーと………「何の儀式?」<br> 「―♪…ひちゅれひ―失礼な奴ですね。――!?すっぱ、すっぱ……!」<br> 姉は、呪文を唱え終わり、レモンを口から外し、返答した後に、手を口にあて首を左右に振る。<br> 目の前で行われた事象の客観的分析終わり。<br> うん―「………何してるのさ」<br> 心底呆れた表情で、姉に言葉を放つ。<br> 何事か反論しようとする姉だが、自ら口を抑えているのでそれもあたわず。<br> 結局、数十秒間、ボクの半眼の視線と口の中に広がる酸味に耐えるしかなかった。<br> 「けふこふ……今なら、ニュージーランド産のチョコレートも幾らでもどんとこいですよ…」<br> 「甘過ぎて、普段はあんまり数はいらないんだよね…」<br> むせている姉の背中を摩りつつ、言葉に同意する。<br> ………くん……とく…………――あれ?<br> 心臓が少し騒いだ…と思う―今まで体験した事のない感じだった為、不確かだけど。<br> 「ぅー…蒼星石が折角用意してくれたモノですから、残すのは勿体ないじゃねぇですか。<br> ――はぅ!?も、もう始まってるじゃねぇですか!?」<br> 言葉を正しく補足すると、「私が片づけをしている間に、ドラマが始まっているではないですか」<br> 毎週視聴しているだけあって、姉の慌て様はそれだけで面白かった。<br> 何時もなら、その表情を眺めて楽しむのだけれど―とく…、…くん、と…ん。<br> ……質問した時間から少しタイムラグのある解答を聞いて、ボクの心臓が、また騒ぎ出す。<br> 姉に気付かれない様、そっと自分の胸を触ってみるが…どうしてだろう、<br> 今の音も、不快ではなかった。<br> <br> 『―――――――――』<br> ドラマは続き、姉は息を飲んで見守り、わいわい騒ぎ、―瞳を潤ませる。<br> ボクはと言うと…説明が必要だろうか?―ずっと、姉の横顔を眺め続けた。<br> もう、すぐに訪れる時の為にも、モヤモヤの答えを探さなくてはいけないのに…。<br> 「わぁ、ぁ、ぁ……」<br> ―思考は、姉の短い歓声により中断される。<br> その声は可愛らしく愛らしいのだが…何所か、切なさを伴っていた。<br> その原因を知りたくて、ボクも視線をテレビに移す。<br> 其処に映されていたのは―何処にでもある、何でもない、キスシーン。<br> 少し拍子抜けする―実際に体験した事はないが、映像でならば何度も見ているではないか。<br> でも、少し不可解だ。<br> ボク以上にドラマを見ている姉なのだから、今更どうして、そんな声を上げる?<br> ――思いつく、幾つかの選択肢。<br> ―――そして、そして……辿り着く最悪の可能性。<br> 『その行為を、今日、体験したから』。<br> <br> どくんどくんどくんどくんどくんっ!<br> <br> 出鱈目に鼓動が加速する無茶苦茶に心臓が煩い刺を刺された様に心が痛い―胸が、張り裂けそうだ。<br> 何故、心臓が悲鳴を上げる?なんで、涙が出そうなんだ?<br> どうして…どうして、『最悪の可能性』等と思うっ!?<br> 「―蒼星石、蒼星石…」<br> 「―――!?な、何、姉さん……?」<br> 表情を見られたら、ボクの奇妙な態度を恐らく気付かれただろう。<br> だけど、姉はドラマに夢中な様で視線は其方に向けられっぱなしだ。<br> 表情だけでなく、声も相当に震えていた筈だが…大丈夫、気付かれちゃいない。<br> 何時もなら、そういう態度をほんの少しだけ不快に感じるのだが…今は感謝しよう。<br> 姉の続く言葉に備え、出来る限り平静を取り戻そうとするボク。<br> 深呼吸の一つでもしたい所だが、そんな事をすれば流石にばれてしまう。<br> ―僕の動揺など全く気にせず、姉は次の言葉を語りだす。<br> 「キスって、どんな感じなんですかねぇ……」<br> 「……………………………………………は?」<br> 深呼吸をしないでよかった―多分、むせただろうから。<br> 思いっきり間の抜けた声―表情もそうなのだろう―を出してしまったが、誰がボクを責められよう。<br> 思春期真っ只中の少女じゃあるまいし…いや、真っ只中か。<br> とは言え、今日日そんな質問をされて真面目に聞ける者も少ないだろう。<br> 「な、なんですか、その馬鹿にした様な顔は!?<br> ままままま、まさか、蒼星石はもう既に済ましていて、『えー?キスもまだー?』とか―」<br> 漸く此方に顔を向けたかと思うと、わいわい騒ぎだす姉。<br> 勝手に被害妄想を膨らませ、事実無根なボクの恋愛エピソードを垂れ流す。<br> ……ボクが誰の所為で頭を悩ませていると思っているのだ。<br> <br> …………………………………………あれ?<br> <br> なんだろう…なにか…そう、モヤモヤの答え。<br> 求めていた答えに、少しだけ触れた様な気がした。<br> 何所だ?何だ?―必死に、霧散しようとする解答に手を伸ばす。<br> 姉の耳朶によい騒ぎっぷりを「そして」無視して「夜二人きりの公」再度「ロストヴァ―」…。<br> 「ちょ、ちょっと待って!何、勝手に物凄い話を捏造しているのさっ?」<br> 「うぅ、翠星石は悲しいですよ。まさか蒼星石が屋外で初め――」<br> 「ストーップ!誰もそんな事してない、相手もいない、キスもした事ない!」<br> さめざめと泣いている―涙まで流していやがる―姉の肩を掴み、無理やり現実に戻らせる。<br> 彼女は、本当ですか?と問う様に、可愛らしく小さく首を傾げているが。<br> 妄想の中で大変な事にされていた此方としては、半眼で睨みつけるのが精一杯の返答だ。<br> 「よかった…わた―翠星石も、蒼星石にはちゃんとした寝室で」<br> 「続けなくていいよ!」<br> 「―つけないとあかちゃ」<br> 「続けないでってば!」<br> がくんがくんと姉を揺さぶりながら、ボクは絶叫する。<br> 彼女はきょとんとした表情をしているが、<br> 全く…なんでボクはこんな彼女の事で悩まないといけないのか。<br> ―だけど、心の何所かで、何故か少し安堵する自分がいた。<br> (また、『何故か』…)<br> 姉に見られない角度に俯きながら、自嘲するように笑む。<br> ボクという存在は、何と不確かで脆く、弱い生き物なんだろう。<br> 自分の思考どころか、感情さえ理解できないなんて。<br> 「――せいせき、蒼星石?」<br> 「――ん、なぁに、姉さん?」<br> 呼ぶ声に、一拍の間を置いて顔を上げる――向ける顔は、作った偽笑。<br> 金糸雀にはばれたけど……姉にはばれない自信がある。<br> 今まで―『あの人』の話をする姉に、ずっと向けていたのに一度もばれていないから。<br> 「ってぇ事は、蒼星石も知らねぇんですねぇ……」<br> 「――何をだい?」<br> 「………聞くなですよ。うーん……どんな味なんですかねぇ…」<br> 少し前のやり取りを根に持ち、返答をはぐらかす姉。<br> 行為の瞬間を想像しながら…だろう、―唇に人差し指を当て、ぼぅとした表情になる。<br> その表情は、とても幼いモノにも、とても大人びたモノにも見えた。<br> ―どくん、とくん、どくん、とくん、どくん…―<br> 姉の指と同じ様に、彼女の唇に視線が促され…心臓の音が、また高鳴る。<br> (誰の為に、そんな顔をするの)<br> (柔らかくて…甘そう…)<br> 種類の異なる―そう感じる心音は、そのまま、ボクの二つの心の声と重なる。<br> 意識を統一できない、思考がまとまらない。<br> 「口と口ですから…やっぱりぷにぷにしてるんですかねぇ」<br> 姉は疑問の形をした独り言を続ける。<br> 言葉と同時に唇をゆるりと撫でる人差し指に、ボクの視線はずっと奪われたままで。<br> だけれども、心の声と音は、一つにならないままで揺れ続けている。<br> ―どくんとくんとくんどくんとくんどくん―<br> 自分の表情が曖昧にしか想像できない。<br> ボクは今、泣きそうなんだろうか…それとも、微笑んでいるんだろうか。<br> 曖昧にわかっている事―それは、酷く脆い顔をしている事。<br> ―そして、姉は上唇の中央で指を止め、呟く。<br> <br> 「『あいつ』の口も、柔らかそうでしたねぇ……」<br> <br> ――――――――!<br> ―どくんどくどくんどっくんどくんどくんっ!―<br> 嫌だイヤだいやだ嫌だいやだイヤダ―いやだぁっ!<br> 心の内で、ボクは言葉にならない咆哮を上げる。<br> 姉の言葉を理解したくない―その本当の真意を受け入れたくない。<br> 「――…姉、さん」<br> 理性と本能がぶつかり合う。<br> ―ボクは今、何をしようとしている?<br> ―わかっているだろう?止められない事も。<br> 「ぇ…?あ、ぇと、何ですか、蒼星石?」<br> ボクの声に応じる姉の顔は、少し上気していて―頬を桜色に染めている。<br> ―それは、誰を考えて?<br> ―端から理解っているじゃないか。ボクじゃない『あの人』…ダヨ<br> <br> ― ド ク ン ッ ッ !! ―<br> <br> 「―……試して、みようか。―――…ボクと、翠星石で」<br> 「そう、せいせき―?ん………―――――!?」<br> <br> ― ト ク ン … … ―<br> <br> 唇と唇が合わさり、―気付けば、心音が変わっていた。<br> それは、とても暖かくて、優しくて―甘い音。<br> あぁ…見つかった……いや、気づいた。<br> 探していたもの―金糸雀の質問の解答、ボクの悩みの原因、そして、胸のモヤモヤの理由。<br> 答えは、金糸雀の言うとおり、ボクの中にあったんだ。<br> 解答は?――――『翠星石』。<br> 原因は?――――『翠星石が恋をしているから』<br> 理由は?――――『翠星石にボクが』…恋をしているから。<br> <br> ボクは、翠星石が好きなんだ。<br> <br> 何故、もっと早く気付かなかったのだろう。<br> ……いや、もういい。もう、……手遅れだ。<br> 翠星石の唇を奪う瞬間に見えた、彼女の表情は―驚き、戸惑い…恐れ。<br> ボクは答えを得た代わりに、……『答え』を失った。<br> ボクの行為は、余りに自業自得で、身勝手で、呪うべき略奪。<br> あてがった唇を、今更ながらに離す―愚かしいボクは、それでも惜しむ様にゆっくりと。<br> 「ん………蒼星石」<br> 翠星石の呼ぶ声が、ぼうっとしている頭に響く。<br> 気丈な彼女は、加害者のボクの名も震える事なく言ってのけた。<br> なのに…なのに、彼女を傷つけたボクは今、ぼろぼろと涙を流している。<br> あぁ、あぁ、あぁ……駄目だ、ボクに彼女を呼ぶ資格はない、彼女に縋りつける訳がない。<br> 「ごめん、すい、せいせき…ごめん、ごめん…ごめん……」<br> 思考は彼女から離れる事を命令している。<br> でも、身体が動かない―彼女の肩を掴んだまま、懺悔の言葉を繰り返す。<br> ―霞む視界が、意識の外で彼女の腕を捉えた。<br> そのか細い両腕は、ゆっくりとした動きでボクの両肩に伸ばされる。<br> そう…ボクの腕を外す為に。ボクの体を遠ざける為に。―ボクを拒絶する為………え?<br> <br> 「――やぁっと、呼びやがりましたねぇ―私の名前を…」<br> <br> ――ボクが聞き取り易い様に、幼子をあやす様に…淡々と、だけど優しく。<br> 言葉と同時に、頭を抱え込まれ、抱き締められる―愛しむ様に。<br> 思考も身体も、理性も本能も、丸ごと機能を一旦停止してしまった。<br> 身動きできないボクに、翠星石は語りかけてくる。<br> ゆっくりとゆっくりと。<br> ―固まったボクの全ては、彼女の言葉を燃料にして、歯車を回し始める。<br> 「お前ぇが何をどう悩んでいるかは、相変わらずわかりませんが…。<br> とりあえず、『姉さん』とか『君』とかばっかりは止めるですよ」<br> あぁ…、ずっと、名前で呼んでなかったんだね、ボクは。<br> 翠星石―それは、単に名前。<br> ―名前なんてモノの本質を示すのには至らない些細なもの。<br> 翠星石―それは、呟くだけで、ボクに色々なモノをくれる言葉。<br> そう、だから―必要なもの。<br> ―なんて、格好をつけ過ぎかな。<br> 「こちとら、わざわざ一人称を昔に戻して、二人称も使わなかったと言うのに。<br> 金糸雀や雛苺のお子様ーズじゃあるまいし、気付かなかったですか」<br> ……気付かなかったなぁ。<br> そう言えば、翠星石の一人称、『私』だもんね。<br> ―そんな事にも気付けないほど、周りが見えてなかったんだ。<br> 周り……うぅん、一番近くにいて、一番大好きな人、だね。<br> 「大体、四六時中一緒にいるのに、ずぅっと辛気臭い面されてるんですから、<br> 悩んでいないなんて信じられる訳がねぇですよ」<br> あ……ばれてたんだね、あはは…。<br> でも、辛気臭いは酷いんじゃないかな。<br> あと、女の子が『つら』なんて言っちゃいけません。<br> 「あぁもぉ、うるせぇですよ。―さっきのは、別にどうとも思っちゃいません。<br> て言うか、アレがカウントされるなら、私もお前ぇも幼稚園の頃に体験してるじゃねぇですか」<br> ………それはそれで、少し残念なんだけど。<br> ボクはこんなに、どきどきしているのに。<br> ―でも、…………ありがとう、翠星石。<br> <br> 「あぁぁぁもぉー!どうとも思っちゃいませんから、さっさと泣きやむですぅ!」<br> 「――――すい、せいせき…すいせ、いせき、すいせいせき…―翠星石ぃ……」<br> <br> ―君が…翠星石が、誰を好きになろうと…誰を隣に選ぼうとも…ボクは、君が好きだよ。<br> <br> ―――――暫くして。<br> と言うよりは、ボクが泣き止むまで。<br> 翠星石は、文句を言いつつも背を撫で続けてくれた。<br> その所為で、涙が止まらなかった気もするけど。<br> 「……落ち着いたですか?」<br> 「――うん、ありがとう。も、大丈夫」<br> 名残惜しさを感じつつ、彼女から身を離す。<br> 泣き過ぎたためだろうか―目と頭が痛い。<br> ……訳のわからなかった、胸の痛みよりは何倍もマシだけど。<br> 水滴が残る頬を人差し指を丸めてこすっていると、翠星石が「そ言えば」と切り出してくる。<br> 「結局、お前ぇの悩みってなんなのですか?」<br> …………………………へ?<br> えーと………うん―「さっきも、本当にわからなくて言ってたの?」<br> 「そですけど?<br> いや、多分、私が絡んでるとは思っちゃいますが……違いましたか?」<br> は、はは……あははははは……。<br> 力なく笑い、へたり込むボク。<br> ―どこまで鈍いんだ、この人は!<br> 「な、何を笑ってやがるですか!しかも人を小馬鹿にした様な!<br> ……ったく。―そ思えば、さっきもそんな顔をしていたような…ややややっぱりお前ぇ!?」<br> 何がどう、やっぱりなんだ―翠星石の、何時もの突飛な妄想に苦笑する。<br> 苦笑しながら、心の中でだけで答える―うん、さっき、済ませたよ。<br> ぶんぶか片手を振り回しながら妄言を騒ぎ立てる彼女に、それとなく聴いてみる。<br> 「あはは―翠星石は、早く………―『あの人』と済ませたいのかな?」<br> 「え、え、え?べ、べべべべ別に翠星石は、あんな『眼鏡』、どうともー!」<br> 「ボク、誰とも指定してないけど?」<br> 「ふぇ?………………は、はめやがったですねぇぇぇぇぇ!!」<br> ―少しだけ、胸がちくりとした。<br> だけど、先程までの様な痛みではなく…何所か、気持ち良さを伴う痛み。<br> ……ボクの服の襟を掴み、思いっきり前後に揺らす迂闊な彼女。<br> ―そう、まだ、ボクにもチャンスはあるんだ。<br> 「あははは、ごめん、ごめんよ、翠星石。<br> ―ねぇ、突然だけど、一つ賭けをしようか?」<br> 「ごめんで済んだら警察はいらね――なにをです?、と――」<br> ぽふ……揺らしていた勢いを削ぎ切れず、翠星石はボクの胸に飛び込んでくる形になった。<br> このまま、ぎゅっと強く抱きしめたいところだけで…それはまだ、早い。<br> だから、ボクは……弱く抱きしめる。<br> 「君の恋が実るのが先か―ボクの恋が実るのが先か」<br> 「えええ!?―お前ぇ、恋とかそんな、あ、いや、私は別に!?」<br> 投げかけられた言葉に、混乱を隠さない翠星石。<br> あーだこーだ、ボクを詮索しつつ、自分を誤魔化す。<br> ―頬を、真っ赤にしながら。<br> あ、駄目だ―ぎゅっとしちゃえ。<br> 「わぷっ!?――蒼星石?」<br> 翠星石はそのままの顔で―真っ赤な頬のまま、見上げてくる。<br> ボクは笑顔を向ける―意識も何もしていない、自然な笑顔を。<br> ―ボクが恋する少女に…翠星石に。<br> <br> 「―君が早く、『あの人』を捕まえないと、ボクが、姉さんを捕まえちゃうからね。<br> ――――――好きだよ、大好きだよ、翠星石」<br> <br> ――――――――――――――――《#0095d9×#38b48b》 end<br> <br> <br> 《世界は色で出来ている》《#0095d9×#38b48b》 After episode<br> (もしくは、―百合な保守を致すんだよ―)<br> 「水銀燈、水銀燈―昨日のドラマ、見てたですか?」<br> 「勿論、見てたわよぉ。やっと結ばれたわねぇ」<br> 「……昨日のって、九時から放映しているモノ?」<br> 「そうだよ、真紅。…あれ、君って見てたっけ?」<br> 「…昨日、嫌ってほど、水銀燈に勧められて……」<br> 「ふむ…それで君が見るってのも不思議な話だけど…」<br> 「―ま、まぁいいじゃないのよぉ!あ、あはは……」<br> 「何を空笑いかましてるですか?―ま、いいですよ。そ言えば…」<br> 「そ、『そう言えば』、…何なのだわ?」<br> 「いえ、あー…笑うなですよ?<br> ―結局、キスの味…特に初めてのってどんな味がするんですかねぇ…等と思いまして」<br> 「乳酸菌の味よぉ」<br> 「涙―塩ね」<br> 「即答ですか!?―しかも、なんかまたイメージにそぐわない…」<br> 「そうだよね、普通、酸味のある味だもんね」<br> 「……お前ぇはお前ぇで、遠回しな言い方をするですね」<br> 「あはは、だって、ボクの場合、まんまレモンの味だったからね」<br> 「はぁ!?な、なななんで過去形ですか!?」<br> 「いや、なんでって。―ボク、昨日済ませたもん」<br> 「へ?………………だだだだからっアレはノーカンだと!」<br> 「翠星石にとってはね。ボクにとっては、甘酸っぱいファーストキスだったよ」<br> 「えぇい、下級生がぶっ倒れそうな笑顔しても騙されねぇですよ!」<br> 「ボク的には翠星石が倒れて欲しいんだけど」<br> 「さらっと言うなですぅ!?―あ、二人とも、今のは蒼星石の妄言で―!?」<br> 「―聞こえてないんじゃないかな。さっきから、なんか乙女モード入っちゃってるし」<br> 「………こいつらは」<br> 「羨ましい話だね。じゃ、ボクらもー」<br> 「だぁぁぁ、自然に促すなですぅ!―開き直りやがりましたねぇ…はぁ…」</p>

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