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第七話 『今でも・・・あなたが好きだから』」(2007/08/28 (火) 01:42:59) の最新版変更点

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<p> <br>  <br> ピアノが、好き? 訊ねられて、雪華綺晶は間を置かず、好きと答えた。<br> 特に、コリンヌが奏でるピアノの音色は、大好きだった。<br> <br> 鍵盤を叩けば、誰でも音は出せる。老人でも、生まれたての赤ん坊でも。<br> けれど、僅かな間や力加減は、人それぞれに違う。音色の質も、そこで変わる。<br> 本当に艶のある和音を引き出せる人間は、ほんのひと握りに過ぎない。<br> そして、コリンヌはその数少ない者の一人だと、雪華綺晶は常々、感じていた。<br> <br> 「マスター……あ、いえ……コリンヌの弾く旋律は、特に心地よいですわ。<br>  まるで、上質の羽根箒で、素肌をくすぐられているような――<br>  得も言えない恍惚に、私を誘ってくれるんですもの」<br> <br> 思いがけず賛辞を呈されて、コリンヌは「そんな大袈裟な」と、はにかんだ。<br> <br> 「その心地よさは、演奏者の手柄ではなく、旋律を生み出した人たちの功績よ。<br>  いま弾いていたのは、ラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』という曲ね。<br>  他にも、サティやドビュッシーといった著名な作曲家の曲を、よく弾くわ。<br>  みんな、パリ音楽院で学んだ素晴らしい才能の持ち主たちなの」<br> <br> 澄んだ瞳を輝かせて、活き活きと語るコリンヌを見つめながら、<br> ああ、本当にピアノが好きなんだな――と、雪華綺晶は思った。<br> そして……彼女の言い分は、やや間違っている、とも。<br> <br> 卑近な例をあげるなら、料理と同じだろう。<br> どれほど素材が良かろうと、調理の仕方が拙ければ、美味しくはならないから。<br> <br> <br> <br>   第七話 『今でも・・・あなたが好きだから』<br> <br> <br> <br> 素晴らしい演奏者が居てこそ、ステキな旋律は、最高の音楽へと昇華できる。<br> まだ蕾だけれど……コリンヌは確実に、才能という花を咲かせつつあった。<br> 別の曲なら、この娘はどんな風に弾くのだろう。想像して、雪華綺晶は胸を躍らせた。<br> <br> 「コリンヌ。お疲れでないようでしたら、もう少し、聞かせてください」<br> 「ええ、いいわよ。でも……まずは、わたしの話を済ませてからね」<br> <br> 即答に、雪華綺晶は戸惑った。話とは、ピアノの件だと独り合点していたのだ。<br> それが実は、本題を切り出すための緩衝材だったなんて……。<br> クッションを要するくらいだ。これから話されることは、それなりに痛いのだろう。<br> ストレートにぶつけられれば、ショックで目が眩んでしまうほどに。<br> <br> 「ねえ、雪華綺晶。正直に答えてね。約束してちょうだい」<br> 「は、はい。誓いますわ」<br> 「貴女……わたしの手紙、勝手に読んだでしょう?」<br> <br> がっつん! 折角の緩衝材も、全くの役立たず。<br> バレていた。その事実に、雪華綺晶はクラクラと眩暈を催した。<br> なぜ、コリンヌに知られたのだろう? まさか……雛苺が告げ口を?<br> <br> ――有り得ない。雛苺と雪華綺晶は一蓮托生。密告したって、なんの得もない。<br> ただ……そそっかしい彼女のことだ。うっかり口を滑らすことは考えられた。<br> <br> 雪華綺晶の沈黙を、肯定の返事と受け取ったのだろう。<br> コリンヌは「仕方のない子ね」と、呆れたように苦笑った。<br> 「挟んであった箇所が、1ページ違っていたわよ。すぐに、誰の仕業か判ったわ」<br> <br> どうやら、迂闊という点では、雪華綺晶も大差ないらしい。<br> 自分の過失を棚に上げて、一瞬でも雛苺を疑ったことを、彼女は恥じた。<br> <br> 実際には、文面を読んでなどいない。けれど、読もうとしたのは事実だ。<br> 雪華綺晶は、雛苺のことを一切語らずに、深々と腰を屈めた。<br> <br> 「ごめんなさい。偶然に見つけて……外国郵便でしたから、そのぉ」<br> 「差出人が気になって、つい見てしまったのね?」<br> 「はい。さもしい真似を、してしまいました。この上は、どんな処罰も受けます。<br>  出て行けと仰られるならば、今すぐにでも、お屋敷を去りますから」<br> <br> 見ず知らずの雪華綺晶に、コリンヌは親切にしてくれた。<br> のみならず、心を開いて、お友だちとすら呼んでくれた。<br> それなのに……コリンヌの信頼を、雪華綺晶は裏切ってしまったのだ。<br> <br> <br> 雪華綺晶は項垂れ、全身を緊張させて、断罪を待った。<br> きっと、屋敷を追われる。着の身着のまま、無一文で放り出される。<br> そしてまた、真夜中の山中を彷徨い歩いて、親切な誰かに拾われるのだろう。<br> 或いは心ない者に捕らわれ、慰み者に堕ちるだけかも知れないけれど……<br> それも、天が下した罰なのだろうと、雪華綺晶は甘受するつもりだった。<br> <br> はふぅ――<br> 長い沈黙を破るコリンヌの深い溜息が、固まりかけていた部屋の空気をかき混ぜる。<br> それに対して、雪華綺晶の身体は、更に硬くなった。<br> <br> すっかり畏縮しきった彼女に、コリンヌは、短い言葉をかけた。<br> <br> 「まあ、良いわ」<br> 「……はい?」<br> 「許してあげるわ。元はと言えば、本に挟んでおいたのが悪いんだもの。<br>  それに、コソコソと秘密にするような事でもないから」<br> <br> <br> あれから、もう二年も経つのね。<br> 呆気にとられている雪華綺晶を余所に、コリンヌは遠い眼をして、続けた。<br> <br> 「あの人と――彼と、お知り合いになってから」<br> 「カレ?」<br> 「嫌ぁね、しらばっくれるなんて。手紙に書いてあったでしょう?」<br> 「え……っと?」<br> <br> なんだかハッキリしない雪華綺晶の受け答えに、コリンヌは小首を傾げる。<br> が、少女の感受性が培った鋭い洞察力は、コトの真相を的確に見抜いていた。<br> <br> 「雪華綺晶、貴女……本当は、手紙を読んでいないんじゃなくて?」<br> 「は、はぁ……まぁ」<br> 「もう! 正直に答えてって、最初にお願いしたでしょう」<br> 「だってぇ。弁明できるような雰囲気じゃなかったですしぃ」<br> <br> ムッと柳眉を吊り上げるコリンヌの前で、雪華綺晶は唇をすぼめて、<br> バツが悪そうに、もじもじと肩を揺すっていた。<br> その様子が、おかしかったのだろう。コリンヌは、やおらククッと喉を鳴らし始めた。<br> <br> 「本当に、仕方のない子なのね」<br> コリンヌは雪華綺晶の腰を抱き寄せ、隣りに立たせた。「この人が、彼……二葉さんよ」<br> <br> 言って、コリンヌが、譜面台の脇に置かれたフォトスタンドを指す。<br> その小さなモノクロームの世界を見るなり、雪華綺晶は、ハッと息を呑んだ。<br> <br> 写真の中で、あどけない顔の少女――二年前のコリンヌが、はにかんでいる。<br> その背後には、彼女の肩に手を置いて、柔和な笑みを浮かべる青年の姿。<br> それは紛れもなく、雪華綺晶が昨夜、夢の中で出逢った青年の笑顔だった。<br>  <br>  <br></p> <hr>  <br>  <br>   第七話 終<br> <br> <br>  【3行予告?!】<br> <br> 愛の日々と呼べるほどには、心は何も知っていない――<br> 程々に。そう。何事につけても、程々が良いのかも知れない。<br> お料理の塩加減も、幸せも、私と彼女の距離も。だけど……私は欲張りだから……。<br> <br> 次回、第八話 『Feel My Heart』<br>  

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