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「『モノクローム』 プロローグ」(2007/07/29 (日) 00:18:27) の最新版変更点
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彼女を見かけたのは、夏の暑さも真っ盛り、八月初旬の昼下がりだった。<br>
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焼けたアスファルトから、もやもやと立ちのぼる陽炎を抜けて、歩いてくる乙女。<br>
つばの広い麦わら帽子で強い日射しを避けつつ、鮮やかなブロンドを揺らめかせていた。<br>
右肩から吊したハンドバッグの白が、やたらと眩しい。<br>
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僕は、彼女を目にしたとき、一瞬だけれど、幻かナニかだと思ってしまった。<br>
――何故って?<br>
そのくらい、彼女は人間ばなれした美貌を、兼ね備えていたからさ。<br>
陳腐だけど、もしかしたら本当に美の女神なんじゃないかと、思えるほどにね。<br>
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さて……男だったら誰しも、こんな美人とお近づきになりたいと思うはずだ。<br>
かく言う僕のココロも、その意味では健全な男子として、素直に反応してしまう。<br>
日常会話でもいい。ほんの挨拶だって構わない。<br>
とにかく、なんでもいいから、彼女と言葉を交わす方便を探した。<br>
目を皿にして、およそ今までの記憶にないほど真剣に、ね。<br>
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その時だった。彼女の影が不意に揺らいで、後ろへと傾いでいったのは。<br>
危ない! 咄嗟に胸の中で叫んだ僕は、気付けば、もう駆け出していた。<br>
下心はあったさ、確かに。けれど、信じて欲しい。その場は本当に、無心だったんだ。<br>
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倒れる寸前で、僕は彼女を抱き留めていた。驚くほど華奢で、軽い身体を。<br>
はた……と麦わら帽子が落ちて、彼女の髪から、甘い薔薇の香りが靡いた。<br>
手に伝わる、汗に濡れた肌の艶めかしい感触と相俟って、僕の頭はショート寸前だった。<br>
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プロローグ 『愛のカケラ』<br>
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みっともなくドギマギするも、腕の中で発せられた弱々しい呻きで、我に返った。<br>
こんな状態で、惚けている場合じゃない。どうしたのか、訊いてみないと。<br>
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しかし、彼女の顔を間近に見た僕は、情けないけれど言葉を失ってしまった。<br>
見れば見るほど、綺麗な人だ。張りのある白い肌に、クラクラさせられる。<br>
多分……僕が学校で接している女の子たちと、そう大差ない歳だろう。<br>
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「だ、大丈夫かい? 足を挫いたのかな?」<br>
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気を取り直したものの、彼女にかけた声は、恥ずかしながら上擦っていた。<br>
――どうして、足を挫いたかと思ったかって?<br>
この女の子は、ヒールの高い靴を履いていたからさ。<br>
それが原因で、体勢を崩したのかと思っていたけれど……どうも違うらしい。<br>
彼女の背を支えている僕の腕には、異様に高い体温が伝わってきていた。<br>
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「君……もしかして、熱中症なのか?」<br>
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露わになった首筋や二の腕には、強い日射しに焼かれた赤い腫れも窺える。<br>
この炎天下を、どれだけ歩いていたんだろう?<br>
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「とにかく、涼しい場所で休ませないとなぁ」<br>
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幸い、すぐ近くに公園がある。木陰が多いし、噴水もあるから涼は取れるだろう。<br>
夏休みと言うこともあって、子供たちと蝉時雨がうるさかったけれど、仕方ない。<br>
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なるべく静かな木陰のベンチを選んで、彼女を仰向けに寝かせた。<br>
ヤブ蚊はいないようだ。僕はスーツの上着を畳んで、枕の代わりに敷いてあげた。<br>
手にしたままだった麦わら帽子を、彼女の胸元にそっと置いて、考える。<br>
差し当たって……次は、何をすべきだろう?<br>
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とにかく、体温を下げることだ。それも、可及的速やかに。<br>
辺りを見回すと、都合のいいことにジュースの自販機がある。<br>
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「よし! ちょっとガマンしてるんだぞっ。すぐに戻るからね」<br>
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返事を期待できる状況じゃなかったけれど、それだけ伝えて、自販機に走った。<br>
何でも良いから、よく冷えた缶ジュースを4本買って、女の子の元へと戻る。<br>
そして、二本を彼女の細い首筋に当てて、もう二本は、彼女の脇の下に挟ませた。<br>
動脈を冷やすことで、早く体温を下げられると、聞いた憶えがあったからだ。<br>
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「頑張るんだよ。すぐに、楽になるから」<br>
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僕はベンチの傍らに立つと、麦わら帽子を手にして、彼女を扇ぎ続けた。<br>
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~ ~ ~<br>
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小一時間くらい、そうしていただろうか。扇ぐ腕が、かなり怠い。<br>
この見ず知らずの女の子は、漸くにして、うっすらと瞼を開いてくれた。<br>
そして、呆然とすること数秒。急にハッと表情を固くして、僕を鋭く睨んできた。<br>
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「わ、私に……なにをしたの?」<br>
「いや……誤解しないで欲しいんだが、僕は何も――」<br>
「…………」<br>
「本当だよ。いきなり、君が倒れたものだから、日陰に運んで休ませてたんだ。<br>
誓って、変なイタズラなんかしてないよ」<br>
「……そう……だったの。ごめんなさい、疑ったりして」<br>
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素直に謝るところを見ると、倒れた自覚みたいなものが、少しはあるのだろう。<br>
彼女が身体を起こし、ベンチに座り直すのを待って、僕は口を開いた。<br>
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「どのくらい日なたに居たのか知らないけど、暑気中たりしたんだと思うよ。<br>
ちゃんと水分補給してなかったんじゃないのかい?」<br>
「それは…………ええ、まあ」<br>
「ここ数年、日本の夏は、だんだん暑くなってるみたいだからね。<br>
君は、どこの国から? あ、いや……差し支えなければ、だけど」<br>
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僕の問いに、彼女は暫し思案して、徐に「昨日、フランスから」と言った。<br>
フランスなら緯度的に見て、およそ日本の北海道と、同じくらいの気候だろうか。<br>
長旅の疲れと時差ボケが重なれば、この暑さに目を回してしまうのも頷ける。<br>
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「あの――私……人を探しに来たんです」<br>
「そうなんだ? この近所に住んでる人なのかい?」<br>
「分からないんです。なにしろ、古い手懸かりしかないものですから」<br>
「古いって……どのくらい? 10年前くらいかな?」<br>
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訊ねると、彼女はハンドバッグから、茶色く変色した封筒を抜き出した。<br>
「亡くなった私のお祖母様が、大切に保管していた手紙です。75年昔の――」<br>
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75年前とは、また大変な昔だ。逆算すれば1932年のことになる。<br>
太平洋戦争もあったから、この娘のたずね人が今も存命中かは、甚だ疑わしい。<br>
僕は「いいかな?」と断って、彼女の隣りに座り、封筒を受け取った。<br>
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「宛名は……【Yuibishi】か。この人を探しているんだね?<br>
もう少し、詳しく話を聞かせて欲しいな。まあ、ジュースでも飲みながら」<br>
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言って、彼女の体温を下げるために使った缶ジュースを差し出す。<br>
すっかり温くなってしまったソレは、よくよく見ればコカコーラだった。<br>
黙って缶を受け取った彼女は、それでは……と、静かに語り始めた。<br>
この手紙にまつわる、あるエピソードを――<br>
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プロローグ 終<br>
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【3行予告?!】<br>
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出会いはいつでも、偶然の風の中――<br>
僕と彼女が巡り会ったように、彼女たちもまた、邂逅を果たしたんだ。<br>
ホイップクリームみたいな、真っ白な夜霧の中で。<br>
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次回、第一話 『Face the change』<br>