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川の流れは絶えずして」(2006/10/14 (土) 23:32:59) の最新版変更点

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<p><br> ★そして、僕らは交際を始めた。<br> <br> 「実はさ、いま、とっても後悔してるんだ」<br> 「……何を?」<br> 「どうして僕は、もっと早くに、気持ちを伝えなかったんだろうって」<br> 「うふふ……そうだね~。ジュンってば奥手なんだもん」<br> <br> ――でもね。<br> と、彼女は僕の左胸を、細くしなやかな人差し指でつついた。<br> <br> 「それが、あなたの良いところだよっ♪」<br> 「……ばか」(こういうのって、なんか照れるな)<br> 「えへへっ。私はね、いま……世界で一番、幸せよ」<br> <br> バカップルって呼ばれてもいい。僕は、薔薇水晶が大好きだ。<br> 世界中の、誰よりも。<br> <br> <br> <br> ★一年後:僕らの幸せに、怪しい影が落ちた。<br> <br> 「具合、どうなんだ」<br> 「今は平気。ごめんね……心配かけちゃって。ただの……貧血だと思う」<br> 「……そっか。この頃、忙しかったもんな。出産の支度とか、いろいろ。<br>  僕がもっとシッカリしてれば、君の苦労を減らしてあげられたのに……ゴメン」<br> 「……謝らないで。私なら、大丈夫。きっと……元気な赤ちゃんを産むから」<br> 「ありがとう――」<br> <br> こんな時、気の利いた台詞を言えない自分に腹が立った。<br> もうすぐ父親になるっていうのに、僕は――――相変わらず、ダメな奴だ。<br> <br> <br> <br> ★三年後:僕らの間に産まれた太陽でも、怪しい影を消せはしなかった。<br> <br> 「ママー!!」<br> 「こらこら、雪華綺晶。病室では、静かにしなきゃダメだって」<br> 「ふふっ。お見舞いに来てくれたの? ありがとね、雪華綺晶」<br> <br> 僕と彼女の娘、雪華綺晶は、やたらとママに懐いている。<br> 僕の方が、一緒にいる時間はずっと長いのに……なんでだよ?<br> <br> 娘の面倒を彼女に任せて、僕は主治医の元に向かった。<br> 病状は、思わしくない。彼は、そう宣告した。<br> 妻の退院は、まだ先延ばしになりそうだ。<br> ちょっとだけ……寂しい。<br> <br> <br> <br> ★五年後:影は徐々に大きくなっていく。<br> <br> 「おはよう、薔薇水晶」<br> 「おはよ。あれ……雪華綺晶は?」<br> 「幼稚園だよ。それより、調子はどうだい?」<br> 「いつもよりは…………ちょっとだけ、マシ」<br> 「そっか。安心した」<br> 「今日は、一緒に居られる?」<br> 「ゴメン……これから仕事なんで、もう行かなきゃいけないんだ」<br> 「そう――――ガンバってね」<br> <br> 寂しげに微笑む彼女に見送られて、僕は病室を後にした。<br> 本当は、僕だって彼女の側に居たい。<br> 彼女を蝕んでいるのは、脳の病気。だんだんと記憶を失っていくのだと言う。<br> <br> <br> <br> ★八年後:僕らは闇に閉ざされていた。<br> <br> 「おはよう」<br> 「……」<br> 「今日も、いい天気だよ」<br> 「……」<br> 「雪華綺晶も、小学生になったんだ。結構、成績が良いんだぜ。君に似たのかもな」<br> 「……」<br> <br> 『最後まで、ジュンのこと忘れないから』<br> その約束どおり、薔薇水晶は最後に僕の名を呟いて、記憶を失い尽くした。<br> 今の彼女は、ただ呼吸しているだけの、温かい人形。<br> 薔薇水晶の澄んだ瞳に、僕の顔が映っている。<br> ははは……なんだよ、間抜けな面してるなあ。<br> <br> 僕の頬を伝い落ちた涙が、彼女の頬を打つ。<br> だけど、薔薇水晶は反応してくれない。<br> <br> <br> <br> ★十年後:疲れた。僕はもう、生きることに疲れ切っていた。<br> <br> ひと気のない病室で、僕は――<br> <br> 「……薔薇水晶。今…………楽にしてあげるよ」<br> <br> そして、お互い、楽になろう。<br> 痩せ細った彼女の首に、ロープを巻き付けた。<br> ゆっくり……ゆっくり……締め上げていく。<br> <br> 「…………」<br> <br> 彼女は顔色ひとつ変えずに、黙って、僕のなすが儘になっている。<br> 違うっ! 僕は、こんなコトをしたいんじゃない!<br> これじゃあ、自分が救われたいばかりに、厄介払いしてるだけじゃないか。<br> <br>  あんなに、愛していたのに――<br> <br> 堪えきれず、僕はロープを手放し、頭を抱えて泣き喚いた。<br> <br> <br> <br> ★十年後の翌日:僕は決断した。<br> <br> 「長い間、お世話になりました」<br> <br> 車椅子に座らせた薔薇水晶を伴い、僕は病院を後にした。<br> いままで、間違っていたんだ、僕は。<br> 大好きな彼女のことを、他人任せにしてきた自分が、信じられない。<br> 結婚の約束をした、あの日――僕は、誓ったじゃないか。<br> <br>  ――どんな時でも、一緒に居ると。<br> <br> 彼女の看病をするため、僕は会社を辞め、自宅で出来る仕事を始めた。<br> 暫くは経済的にキツかったけれど、友人達の協力もあり、なんとか暮らしている。<br> 苦しいけれど…………今は家族三人で、幸せだ。<br> <br> <br> <br> ★十一年後:この歳になって、初めて気付いた。明けない夜はないってことに。<br> <br> 「おはよう、薔薇水晶」<br> 「お母様、おはよう。今朝は、私がご飯つくったのよ」<br> <br> 僕らが、にこやかに話しかける先で――<br> <br> <br> 「……ホン……ト? お……いし……そうね」<br> <br> 彼女は、ぎこちなく微笑む。まだ、身体を思い通りには動かせないみたいだ。<br> でも、僕の愛妻は、ゆっくりとだけど記憶を取り戻し始めている。<br> そもそも、記憶って失われないものらしい。<br> 脳内の神経ネットワークの繋がりかた次第で、ド忘れしたり、思い出したりするんだってさ。<br> もしかしたら、本当に薔薇水晶を蝕んでいたのは、彼女の寂しさだったのかも知れない。<br> それを癒せる特効薬は、僕だけが持っている。<br> <br> <br> 「今日も綺麗だよ、薔薇水晶」<br> <br> 娘の前だろうと構わずに、僕は彼女にキスをした。<br> だから、いつも雪華綺晶にからかわれている。<br> でも、愛してる気持ちは…………止められないから。<br> <br> 「愛してる」<br> 「……アイ……シテル」<br> <br> 魔法の言葉を唱えあって、僕たちは再び、唇を重ねる。<br> さあ! 今日も、幸せな一日を始めよう。<br> <br></p>

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