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『夢の欠片』」(2006/09/06 (水) 14:11:51) の最新版変更点

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夢の話をしよう。苦しみを伴う甘い果実だよ。<br> 君たちは大人になって穢れた世界の中に放り出される。<br> いつか純粋な気持ちは不条理な世の中に壊されてしまうから、踏み躙られてしまうから。<br> 夢の話をしよう。砕かれた欠片の話を―――<br> <br> <br> 今日も今日とて退屈な学校が始まる。ロクに授業も聞かずに私はずっと寝ているか机に忍ばせておいた漫画を読んでいる。<br> 偶に教師に注意をされるが慣れっこなので適当に流してしまう。こんな学校でクソ真面目に勉強なんかして本当に将来なんて約束されるのだろうか?<br> 将来だなんて不安定なものが約束される筈などない。誰にでも不測の事態ということは起きる。下手をすれば此処に居る誰かが帰りに事故にあって死んでしまうかもしれない。<br> この世に生きているということは常に死と隣り合わせだということ…まぁ漫画とかを読んでいて思ったことなのだが。<br> 正直な話、教師の言っている方程式や物理の公式なんかよりも今読んでいる漫画のほうが色々と教えられることがあるような気がする。<br> 今が楽しければそれでいい。こういう考えを刹那主義と言うらしいのだが私はそんな下らない枠に入るつもりはない。<br> 短い命で終わらせたくない。だって、めぐの夢を見届けるってあの日に決めたのだから。<br> <br>  けど―めぐの夢を見届けた私に残るものって何?<br> <br> ふとそんなことを考えてしまう。めぐと夢の話をしたときから私は変だった。今まで一度も真剣に考えていなかった将来を想像している。<br> 将来のことを想像していたって無駄だとわかっているのに…どうしても想像してしまう。<br> 思考は氾濫した濁流のように私の頭の中を駆け巡り止めどなく色々な夢のような将来が浮いては沈んでいった。<br> バカバカしいと私は自分の思考を遮断するために机に突っ伏して寝ることにする。ふとめぐの歌声が恋しくなった。<br> 私を夢の中へ誘ってくれる母親のような子守唄―――。<br> <br> <br> 学校も終わって水銀燈は帰ろうとする。ちなみに水銀燈は教科書も筆記用具も漫画も学校に置いているので帰りのときは手には何も持っていない。<br> いつも病院がある方向の裏門から帰っているのでいつも通り裏門へ向かう。すると其処にはクラスメイトの女子がいた。確か名前は…柏葉 巴だったっけ。<br> 学級委員長で剣道部次期部長の絵に書いたような優等生だ。私とはきっと人種的に正反対な人間なのだろう。<br> けれども今日は平日…近くにある武道場からは竹刀が打ち合う音も聞こえるので部活はちゃんとあるようだ。なのにどうしてこんなところにいるのだろう?<br> ちょうどめぐに土産話を持って行きたかった私は彼女の後を尾行することにした。<br> 尾行して気付いたのだが彼女はとくに目的があって出歩いている訳ではないらしい。さっきから同じ場所をグルグルと回っているだけだった。<br> このまま何も起こらないのでは土産話になんてならない。せめてこの子の裏の顔があの学校の裏番長でチンピラとつるんでるところを目撃できれば話題にはなるだろう。<br> しかし彼女はそのままCDショップに入ってしまう。何か特殊系なところを見るかと思えば普通のJ-POPばかりをチラチラと見ている。<br> <br>  「あ~あ…つまんない感じぃ………ん?」<br> <br> 巴の視線はとても気付き難かったのだが辺りを見回していた。こういうところで首まで振っているのは効率が悪い。何気なく周りのCDを見ている振りをしているが確実に一枚のCDを何回も見ている。<br> 私は彼女に気付かれないようにそっぽを向く。少しして振り返ると案の定、彼女は自分の持っている鞄にCDを入れようとしていた。<br> そしてそのまま彼女はそそくさと店を出て行く。別に止める必要なんてなかった。私にとっては彼女は他人であってどうでもいいことだったから。<br> まぁ裏番長だったというほどの大きな話題ではなかったが優等生の意外な一面が見られたということで土産話とはしては十分だった。<br> 私は暫くの間、CDショップで新曲のところを見ていた。すると聞き覚えのある歌が店内に流れていた。間違いない、この歌は―――<br> <br>  「めぐの歌………!?」<br> <br> 私はすぐにレジにいる店員のところに行って今流れているこの曲のCDを探して貰うことにした。そのCDの題名は英語で書かれていて意味はよくわからないけれどもいい曲なのは間違いない。私は早速買うことにした。<br> 店を出た私はやっと何時もの道順を経てめぐのいる病院へと向かった。<br> <br> <br> いつもの病室に行くと其処から夫婦と思しき中年の男と女が出て来た。めぐの両親だった。私は挨拶をしようとしたがかなり大股に歩き去っていってしまう。<br> なんだかとてもご立腹の様子だったので声をかけ辛かったというのもあった。何かあったのだろうかと思いめぐの病室に入る。<br> 其処にはいつもと変わらずにベッドの上で横になっているめぐの姿があった。今は点滴をしている最中のようだった。<br> <br>  「あら、いらっしゃい。水銀燈。」<br>  「うん、ねぇ何かあったのぉ?貴女のご両親とも、主にお父様が相当ご立腹みたいだったけどぉ?」<br>  「気にしないで、いつものことなんだから。それよりも手に持ってるそれは何?」<br> <br> めぐは話題を逸らそうと私の手に持っているCDが入っている袋へと話題を持って行こうとする。<br> 無理に彼女の家庭の事情に口出しをするのも気が引けるのでその話題に乗ることにする。<br> <br>  「ああ、これ?いつも貴女が歌ってくれる歌よ。」<br>  「へぇ、よく見つけたわね。結構古い歌であまり人気も出なかった奴なのに。」<br>  「偶然、CDショップでこの歌が流れててねぇ。思わず買っちゃったわぁ。あとそれと…」<br> <br> 私が自分の学校に巴という優等生がいるということとその彼女がCDショップで万引きしているところを見たことを話した。<br> めぐはこの話を真剣に聞いてる風だった。そして悪戯っぽく含み笑いをしながら言った。<br> <br>  「珍しいわね、貴女が学校と関係のある話をするなんて…ってこの間も将来の話とかしたっけ。」<br>  「そお?まぁそれはいいとして…優等生にも意外な一面ってのがあるのねぇ。最初は裏で番長でもやってんじゃないかと期待してたんだけどぉ。」<br> <br> 今どき裏の番長とかないわよとめぐにピシャリと言い捨てられる。まぁ居たら居たで私も笑い話にしていたと思う。けれども一応は万引きも犯罪だ。<br> <br> <br>  「けど…その子ってひょっとしたら迷子なのかもしれないわね。」<br>  「迷子ぉ?確かに同じような場所を行ったり来たりもしてたけど迷子ってわけじゃ…。」<br>  「ううん、迷子っていうのはモノの喩えよ。なんて言うか…その子のそういう行動って不安定だからまるで迷子みたいだなぁって。」<br> <br> 迷子…確かにあの時のあの子の表情は不安そのもので万引きをするときに周りを探っていたその様子はまさしく迷子のように見えた。<br> そう言えばあの子はあの後にちゃんと帰ったのだろうか?調子に乗って色んなところからくすねていなければいいのだけれど…。<br> ふとめぐを見るとジーっとこっちを見ていた。<br> <br>  「な、何よぅ…。」<br>  「気になる?その子のこと。」<br>  「お、おばかさぁん…別に気になんてしてないわよ。それよりもCD聞いてみない?」<br> <br> 私はCDプレイヤーを探す。たしかめぐはポータブルのCDプレイヤーを持っているはずだ。それを見つけて二人で一つのイヤホンを使いCDを聞く。<br> やっぱりいい曲だ。別れを歌った悲しい歌詞だと言うのにまるでそれを感じさせない軽快なテンポの曲がこの歌を明るいものに昇華している。<br> 聞き終わった私達は暫くのあいだその歌に酔いしれていた。<br> <br>  「ちゃんと聞いたらいい歌でしょ?ちょっと古いけど…。」<br>  「そうねぇ。でも私はやっぱり貴女が歌ったほうが好きだわぁ。」<br> <br> 褒めたって出せるのはゲロみたいな病院食ぐらいよ、とめぐは苦笑した。何も出なくたっていい、私にとって貴女と過ごせるこの時間が大切な贈り物なのだから。<br> <br> <br> 翌日、学校へ行くと巴が生徒指導室に呼び出しを食らっていた。きっと昨日のことがバレてしまったのだろう。<br> あの現場を目撃してしまったことは今思えば面倒なことに首を突っ込んだものだった。だからという訳ではないのだが私は生徒指導室の前で話しを聞いている。<br> <br>  「本当にお前がやったんだな?柏葉。」<br>  「はい…。」<br>  「何でこんなことするんだよぉ!!」<br> <br> 廊下にいる私にもハッキリと聞こえるほどの大声で梅岡は怒鳴っている。見えてはいないのだが巴が竦み上がっている姿が容易に想像できる。<br> たかが万引きだなんて誰でもやっていることなのに……何故か巴という子が哀れに思えてしまった。<br> <br>  「お前はその辺の生徒とは違うんだぞ!?この学校の模範生の一人になるって話まで出ていたし…。<br>   それに何よりお前は剣道部の次期部長じゃないか!お前がそんなことをして警察にでも届けられていたら県大会にすら行けなかったかもしれないんだぞ!県大会!!」<br>  「あの…すみません。」<br>  「警察に届けられなかっただけ有り難いと思え!警察に厄介になっただなんてことになったらお前の将来に響くんだぞ!?<br>   大学受験にだって影響が出るかもしれないんだぞ!?お前はそんなに恵まれているのに人生を棒に振るつもりか!!」<br> <br> 五月蠅い…そんな言い方、全部学校の体面に関することじゃないか。私は気付けば生徒指導室の扉を開けて大股で梅岡の前に進み出た。<br> 突然のことで梅岡も巴も呆然としていた。そして我を取り戻した梅岡がまた怒鳴る。<br> <br>  「何だ水銀燈?今は大事な話をしてるんだ。出て行きなさい!!」<br>  「私なのよ。」<br>  「何?」<br>  「私が柏葉をそそのかして万引きをさせたっていう意味よ。おばかさぁん。」<br> <br> <br>  「え、違………」<br> <br> 私は巴を睨んで彼女を黙らせた。あとわざとらしく付け加える。<br> <br>  「あーあ、貴女って本当に使えないわねぇ。万引きもロクに出来ないなんてとんだ役立たずだわぁ。」<br>  「水銀燈…お前、自分が何をさせたのかわかるのか!?犯罪だぞ、犯罪!!<br>   お前は柏葉の将来を潰すつもりなのか!!」<br>  「五月蠅いわね…私が潰そうとしたのはこの子の将来なんてものじゃないわ。貴方たち学校の体面じゃない。<br>   さっきの話を聞いたけど貴方が心配してるのは全部学校の体面、というよりも柏葉を模範生に推してた貴方の立場じゃないの?」<br> <br> 普段見せないような真剣な眼差しで水銀燈は梅岡を睨んだ。血のようなその赤い目がまるで梅岡の胸を抉るように見えるほど鋭い眸で。<br> 確信を衝かれたのか梅岡は顔を真っ赤にして激怒していたが反論できずに口をパクパクとしているだけだった。<br> 何かを言われる前に私は指導室を出て行く。これ以上、面倒ごとには巻き込まれたくはなかった。まぁ停学ぐらいは覚悟しといた方がいいだろう。<br> <br>  (ま、停学になったらめぐの所へ行けばいいんだしぃ…。)<br> <br> 今日はもう学校にいる気分じゃないので一回も授業も受けずに帰ることにした。<br> <br> <br> 裏門まで来たところで後ろからやって来る声に呼び止められる。<br> <br>  「ま、待って!」<br>  「あらあら?説教はもう終わったのかしらぁ?」<br> <br> 息を切らしているところを見ると走って来たのだろう。まだ朝の湿っぽい空気がするこの裏門前の細い道で私と巴は対峙する形となる。<br> <br>  「どうしてあんなこと言ったの…?あれは私が勝手にやったことなのに…」<br>  「さぁね…まぁ見て見ぬフリをしたのも私だしぃ、あそこに割って入ったのも私の勝手よねぇ?」<br> <br> 正直、どうしてあそこでこの子を庇ったのかがわからなかった。憐れみから来た行動なのだろうか?笑わせる。私はそんな心情で行動することはない。<br> <br>  「どうして私の邪魔を…するの?あのまま…梅岡先生に叱られて模範生から外れたかったのに!!」<br> <br> ああ、そうかこの子は―――<br> <br>  「私は完璧な人間なんかじゃない、皆から優等生だとか言われるけれど私だって皆のように遊びたいし仲良くだってしたい!<br>   でも…優等生なままじゃそんなことできない。それに優等生じゃない私なんて存在しちゃいけない!!私……どうしたら。」<br>  「そんなの知らなぁい、貴女の生き方なのだから貴女が見つけなさいよ。」<br>  「あ…ま、待って!!」<br> <br> 此方を追いかけて来ようとする巴の胸部に向けて私はポケットの中に入っていたお昼前に飲むはずだったヤクルトを投げ付けた。<br> 行き成りものを投げ付けられた巴はその場に金縛りにあったように呆けてしまっている。<br> <br>  「乳酸菌でも入れてゆっくり考えなさい。貴女はどういう生き方をするのかを…。」<br> <br> 私は巴が呆けているうちに学校を出て行った。めぐのところへ行く前にコンビニへヤクルト買いに行かなきゃ。<br> <br> <br>  「で、今は停学で自宅謹慎中ってことなのね?」<br>  「ええ、けど学校の連中もおばかさんねぇ…私が大人しく自宅にいるとでも思ってるのかしらぁ。」<br>  「でもそれって自宅に連絡入れられたらバレちゃうわよね。流石にヤバイんじゃないの?」<br>  「ん~…めぐと一緒に居られる時間が増えるから別にいいわぁ~。」<br> <br> 冗談で私はめぐに抱きついて見せる。実際、自宅謹慎になってから毎日のように彼女の病室に顔を出している。<br> その間で学校に何が起こっているのか私は知らないし興味もない。まぁ謹慎が解けたら行ってやらないこともない。どうせ授業なんて聞いてないだろうが。<br> <br>  「けど今の話の水銀燈、カッコイイわね。」<br>  「私もどうかしてたわぁ…今思えば恥ずかしいことしたわねぇ。」<br> <br> 巴という子にはあんな偉そうなことを言ってしまったが自分はまだ自分の生き方を見つけていない。<br> あの子には打ち込めるものがなかったのかもしれない。それなのに周りの大人にどんどん背中を押されてあんな形になってしまったのかもしれない。<br> そう考えるとある意味うちの親の放任主義には感謝せざるを得ないかもしれない。なんだかんだいって生きる上では必要なことは一通りこなす自信はある。<br> <br>  「水銀燈は天使みたいな子ね。」<br>  「何よぉいきなりそんなこと言っちゃって…」<br>  「だって貴女は気付いてないかもしれないけどあの子にやり直すチャンスを与えたのよ。」<br>  「そうかしらねぇ…中途半端に世話焼いただけじゃないのぉ?」<br> <br> そしてまためぐはあの歌を歌った。明るい別れを歌うあの優しい歌を…。眠かった私はまた母のような優しい子守唄に抱かれてゆっくりと眠りに落ちた。<br> めぐが眠っている私の頭を撫でた気がした。心地いいシルクのような柔らかいその手は私の大好きな手…。<br> 浅い眠りの中でめぐが優しく囁いた気がした。何を言ったかはわからないけれど何だかとても嬉しい。<br> <br>  「そうよ、私だって貴女にやり直せるチャンスを貰ったんだから。」<br> <br> <br> 夢の話をしよう。極上の味のする果実だよ。<br> 踏み躙られた夢の欠片を君たちはいつか落として失くしてしまうから。<br> でも失くしてしまってもまたそれを拾い集めれば夢は何度だって黄泉帰る。<br> 夢の話をしよう。継ぎ接ぎだらけの君たちの宝物の話を―――<br>

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