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「―卯月の頃 その3―」(2006/06/25 (日) 01:19:19) の最新版変更点
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翠×雛の『マターリ歳時記』<br>
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―卯月の頃 その3― 【4月20日 穀雨】<br>
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パフェの食べ過ぎで、お腹を壊してから三日後のこと。<br>
今日は、木曜日。明日を乗り切れば、やっと待ちわびた週末である。<br>
だが、もっと待ち遠しかったのは、五月の大型連休の方だった。<br>
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就職組は着慣れないリクルートスーツに身を包み、ゴールデンウィークも関係なく、<br>
会社回りにてんてこ舞いの日々を送っている。<br>
真紅や、巴は、目下のところ就職活動中だった。<br>
景気が上向いてきたとは言え、なかなか大変らしい。<br>
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一方、翠星石と雛苺は大学院への進学を決意して、鋭意勉強中である。<br>
試験の実施は、今月末。もう一週間も猶予が無い。<br>
二人は朝から研究室に籠もり、机に向かって、最後の追い込みをかけていた。<br>
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ふと、教科書と睨めっこしていた雛苺が、顔を上げて翠星石に話しかけた。<br>
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「……翠ちゃん、そろそろ時間じゃないの?」<br>
「ん? あ、ホントです」<br>
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言われて、丸い壁掛け時計を見上げると、約束の時間が迫っていた。<br>
教科書やノートを広げたまま、席を立つ翠星石。<br>
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「ちょっと行ってくるですぅ。戻ってきたら、一緒にお昼にするですよ」<br>
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翠星石は研究室を出て、二階上にある、別の研究室に向かった。<br>
今朝方、そこの教授に呼び止められて、今ぐらいの時間に来るように言われたのだ。<br>
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「なにやら話があるみたいですけど……何なのです?」<br>
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まるっきり、見当が付かなかった。<br>
かの研究室とは、せいぜい新歓コンパの時に同席するくらいの縁だ。<br>
4年になってからは、その教授の講義を履修していないので、関連がない。<br>
仲のいい友人が在籍している訳でもない。<br>
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「それなのに、何故で――わひゃっ!」<br>
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あれこれと思案に暮れながら、足元を気にせず階段を昇っていたため、<br>
思いっ切り――且つ、豪快に――蹴躓いてしまった。<br>
腕を突き出すのが遅れたから、ものの見事に胴体着陸。<br>
顔は腕で庇ったものの、階段の角に、脇腹と両脚の臑をぶつけてしまった。<br>
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「ひぃぃ…………い、痛ぇですぅ~」<br>
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視界が涙で滲んだ。脇腹と両脚の激痛に襲われて、直ぐには立ち上がれない。<br>
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誰かに助け起こしてもらいたい。<br>
しかし、こんな、みっともない姿を見られるのは恥ずかしい。<br>
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胸中に渦巻く葛藤に苦しみ始めた直後、クスクスと含み笑う声と、<br>
ペタペタと階段を下りてくるサンダルの足音が、翠星石の耳に飛び込んできた。<br>
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「あ~らら、派手に転んじゃったわねえ。大丈夫?」 <br>
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若い女性の声が、翠星石に訊ねてきた。<br>
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――大丈夫なワケねぇです!<br>
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そう怒鳴ろうとして、翠星石は、んぐっ……と言葉を呑み込んだ。<br>
折角、気遣ってくれた人に対して、八つ当たりなんてお門違いである。<br>
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相手の女性は降りてくると、脇に屈んで、翠星石を抱え起こしてくれた。<br>
薄手の服越しに、掌の温かさが伝わってくる。<br>
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「あ…………す、すまねぇです」<br>
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翠星石は、羞恥に顔を赤らめて俯いた。<br>
脇腹に残る女性の手の温もりが、翠星石の鼓動を加速する。<br>
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(なに、ドキドキしてるですか……私、実はスキンシップに弱い……です?)<br>
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実際、蒼星石や祖父母以外の他人と触れ合う事には、慣れていなかった。<br>
だからこそ、些細な接触でも、過敏に反応してしまうのだろう。<br>
いつから、こうなってしまったのか……。<br>
本当は、もっと皆と触れ合いたいのに。<br>
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俯いたままの翠星石に、相手の女性は、落ち着きのある声音で話しかけた。<br>
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「貴女……翠星石ちゃんよね?」<br>
「へ? は、はいですぅ」<br>
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驚いて顔を上げた翠星石の前には、眼鏡を掛け、髪を結い上げた女性が立っていた。<br>
学生たちに、みっちゃんと呼ばれて親しまれている講師の先生だった。<br>
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大学の講義は、教授や助教授ばかりでなく、講師や助手も受け持つ。<br>
みっちゃんも、週に数コマを受け持つ講師である。<br>
大人しげな風貌に反して、成績の評価は非常に厳しく、<br>
彼女の担当する教科は、単位を取るのが難しいことでも有名だった。<br>
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みっちゃんは、なだらかな顎の線を指でなぞりながら、眼鏡の奥の瞳を輝かせた。<br>
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「良かったわ。約束の時間に来てくれないから、すっぽかされたかと思っちゃった」<br>
「? どういうコトです? 私は――」<br>
「ウチの教授に呼ばれたんでしょ?<br>
アレってね、実は、あたしが伝言を頼んだのよ」<br>
「ちょっ……教授を使いっ走りにしたですか!?」<br>
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なんて畏れ多い事をするのだろうか。みっちゃん……やはり、徒者ではない。<br>
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「じゃあ、私に用事があるのは、みっちゃんです?」<br>
「ええ、そうよ。取り敢えず、ウチの研究室に来て。詳しい話は、そこでね」<br>
「解ったですぅ」<br>
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みっちゃんの後ろに付いて、歩き出そうと足を踏み出した途端、<br>
翠星石は臑に激痛を感じて呻き、蹌踉めいてしまった。<br>
下り階段の方へ落ちそうになる翠星石を、みっちゃんが慌てて抱き留める。<br>
思いがけず、みっちゃんの顔が間近に迫って、翠星石はビクッと身体を震わせた。<br>
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「怪我してるのかな? だったら、治療もしなきゃあね」<br>
「はうぅ~。か、勝手にしやがれ……ですぅ」<br>
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優しげに微笑んで、悪戯っぽくウインクするみっちゃん。<br>
翠星石は、彼女の顔をまともに見る事ができずに、プイッとそっぽを向いた。<br>
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みっちゃんに連れられて訪れた研究室で、臑の擦り傷に絆創膏を貼って貰い、<br>
翠星石はコーヒーを御馳走になっていた。<br>
お昼時という事もあって、研究室には、誰も居ない。<br>
みっちゃんと翠星石の、二人っきり。<br>
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「わ、私に話って……な、な、なんなの……です?」<br>
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緊張した面持ちの翠星石。訊ねた声音も、硬い。<br>
それも、そのはず。翠星石は、みっちゃんについての怪しい噂を耳にしていた。<br>
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可愛い娘は目を付けられて、お持ち帰りされてしまうとか――<br>
酒に酔うと、デビルマンレディーに豹変するとか――<br>
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胡散臭そうな翠星石の眼差しに気付かないのか、みっちゃんはコーヒーを啜って、<br>
徐に、本題を切り出した。<br>
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「ねえ、翠星石ちゃん。貴女、ゴールデンウィークって、暇?」<br>
「え? 暇……と言えば、暇ですぅ」<br>
「本当に? それは良かったわあ」<br>
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みっちゃんの瞳が、ギラリと光る。それは、獲物を見付けた猛禽の眼だった。<br>
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「実はね……連休中、あたしと一緒に旅行してくれないかなぁ~、なぁんて」<br>
「なっ! なんですとぉー?!」<br>
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二人で旅行?! 翠星石は、その言葉に、なにやら危険な香りを嗅いだ気がした。<br>
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(あの噂が本当なら、私はお持ち帰りされて……にゃんにゃん、されちまうです!?)<br>
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想像して、身震いする翠星石の様子を見て、みっちゃんは失笑した。<br>
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「あはははっ。翠星石ちゃん、なんか誤解してるわね」<br>
「は、はぁ?」<br>
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翠星石は訳が解らず、苛ついた声を上げた。<br>
そんな彼女を、みっちゃんが「まあまあ」と、両手で宥める。<br>
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「ごめんね。ちょっと、言い方が紛らわしかったわ」<br>
「一体、どういう事です? ちっとも話が見えねぇですぅ」<br>
「実は、連休中に外国の大学へ出かける用事ができちゃってね。<br>
その手伝いを、翠星石ちゃんに頼みたいってわけよ」<br>
「? どうして私ですか。この研究室の学生を連れていけば――」<br>
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普通は、こういう場合、研究室に在籍する修士課程や博士課程の学生を動員する。<br>
余所の研究室から、それも学士ですらない翠星石を借り受けるなんて、異常だった。<br>
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みっちゃんは、ちょっと頬を膨らませて、大仰に肩を竦めた。<br>
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「み~んな、都合が悪いんですって。信じらんないわよね。<br>
仕方ないから独りで行こうと思ってた時、教授に、これを見せられたのよ」<br>
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言って、みっちゃんが差し出したのは、翠星石が春休み前に提出したレポートだった。<br>
苦労して纏めたのに、あっさり受理されて、拍子抜けした記憶が甦ってくる。<br>
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「このレポート、凄く良いわ。あたしが成績を付けるなら、間違いなく『優』ね」<br>
「……あ、ありがとです」<br>
「うん。それでね、貴女に手伝って貰えないかなあって。<br>
渡航費用は、こっちで持つから……どうかしら?」<br>
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これも、良い経験かも知れない。費用の心配をせずに済むのも魅力的だった。<br>
連休中なら進路のこともカタが付いているし、海外旅行を愉しむ気分で行くも良しだ。<br>
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「具体的に、どこの国へ行くです?」<br>
「ああ、それはね――」<br>
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みっちゃんの口から紡ぎ出された国の名と、大学名は、翠星石も良く知っていた。<br>
なにしろ、蒼星石の留学先だったのだから。<br>
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なんという偶然だろう。正に、千載一遇のチャンスではないか。<br>
巧くすれば、蒼星石に会える。会いたい! なんとしてでも!<br>
翠星石は、もう躊躇うことなく、力強く頷いていた。<br>
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「それなら、こっちからお願いするです! ぜひ、私を連れてって欲しいですぅ!」<br>
「えっ? 本当に良いの? やったあ♪ これで荷物持――げふんげふん」<br>
「……今、なんて言いかけたです?」<br>
「気のせいよ。ねぇねぇ、それより、もう一人くらい都合つかないかな?」<br>
「もう一人ですか。うぅ~ん……雛苺なら、もしかしたら誘えるかも、です」<br>
「よし、採用決定! 絶対に連れてきて。良い? 絶対よ?」<br>
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みっちゃんは翠星石を、ずびしっ! と指差して『絶対』を繰り返した。<br>
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いつになく強引な態度に辟易したが、翠星石は、それでも構わなかった。<br>
蒼星石に会うためなら、このくらいの労力は、苦労の内に入らない。<br>
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(蒼星石……いま、会いに行きます、ですぅ)<br>
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翠星石は、拳を握って遠い異国に居る妹に、想いを馳せた。<br>
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『保守がわり番外編 のびるんです』<br>
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翠「ジュンのヤツ、いきなり電話してきて、蒼星石の鋏を持ってきてくれとは・・・・・・。<br>
私を使い走りにするなんて、どういう了見です?」<br>
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翠「おらー、ジュン! 持ってきてやったです。さっさと出てこいですぅ!」<br>
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ピポピポピポピポピポピポーン!!<br>
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ジ「うるせーっ!! なに連打してんだよ、翠星石っ!」<br>
翠「おお、ジュン。蒼星石の鋏を、持って来てや・・・・・・いぃぃぃ?!<br>
そ、その腰まである長髪は何ですっ?! 一瞬、貞子かと思ったですよ!」<br>
ジ「・・・こういう理由で、鋏を持ってきて欲しかったんだよ」<br>
翠「どうして、こんな――昨日まで、普通だったじゃねぇですか」 <br>
ジ「実は、通販で『トンでもノビールZ』って商品を1ダース買ってみてさ。<br>
取り敢えず一本、飲んでみたら、こんな事に・・・」<br>
翠「あぁ、その商品なら知ってるです。一ヶ月で40センチ背が伸びるとかって・・・。<br>
それで、身長は変わらず、髪だけが伸びた・・・と。バッカですぅ」<br>
ジ「バカって言うなよ! 僕にとっては、切実な問題なんだっ。<br>
まあ・・・そんな事より、その鋏で僕の髪を切ってくれないか、翠星石」<br>
翠「ふへ? 私が切っても良いですか」<br>
ジ「ああ、頼むよ。翠星石に切って貰いたくて、呼んだんだからさ」<br>
翠「・・・私は、そんなに暇じゃねぇです」<br>
ジ「ダメか?」<br>
翠「ひ、暇じゃねぇですけど、しゃ~ねぇです。特別にカットしてやるですぅ」<br>
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ジョキ、ジョキジョキ、ジョキジョキジョキ、ジョキ・・・。<br>
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翠(あ・・・やっばぁ・・・・・・こっち切りすぎたです。<br>
はうっ、こっちも・・・ええい、めんどくせぇです! まとめて毛刈りですぅ!)<br>
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翠「お・・・終わったですよ、ジュン?」<br>
ジ「・・・・・・おい、翠星石。僕は、丸刈りにしてくれなんて言ってないぞ」<br>
翠「お、お前が動くから、失敗したですよっ! やり直しですぅ。<br>
ぐずぐず言ってねぇで、さっさと、もう一本『ノビールZ』を飲みやがれです!」<br>
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・・・こうして『トンでもノビールZ』1ダースは全て消費されましたとさ。めでた・・・し?<br>
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