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―卯月の頃 その2―」(2006/06/18 (日) 11:50:34) の最新版変更点

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<br>   翠×雛の『マターリ歳時記』<br> <br> ―卯月の頃―  【4月17日  春の土用入り】<br> <br> <br> 自室のベッドに深々と身を沈めながら、翠星石は、妙な息苦しさを覚えていた。<br> 胸の上に重石を載せられているような、鬱陶しい息苦しさ。<br> 払い除けようとする右手は、虚しく空を切る。<br> <br> (……なんなのです、一体)<br> <br> 意識が明瞭になるにつれて、全身に重みを感じるようになっていた。<br> まるで、誰かに――のし掛かられているみたいに。<br> <br> だが勿論、そんな事をする者は居ない。<br> この家から蒼星石の姿が消えた日を境に、二度と、起こり得ない事となったのだから。<br> それなのに、いま感じている、この重みは一体……なに?<br> <br> 圧迫された肺を、風船の様に膨らませるべく、翠星石は大きく息を吸い込んだ。<br> 懐かしい匂いが、彼女の鼻腔をくすぐる。<br> いつか、どこかで嗅いだ憶えのある匂い。<br> 胸がキュンとなる、愛しい匂い。<br> <br> (まさか、蒼星石っ!?)<br> <br> ビックリして目を見開くと、誰かが、翠星石に覆い被さって寝息を立てていた。<br> 蒼星石の匂いは、そこから薫ってくる。<br> けれど、髪の色は鳶色ではなく、艶やかなプラチナブロンドだった。<br> <br> (真……紅……です?)<br> <br> 金髪から彼女を連想してしまったが、早朝から、真紅が来る筈がない。<br> 何らかの理由があって訪れたとしても、こんな馬鹿げた真似をする娘ではなかった。<br> まして、蒼星石の匂いを漂わせているなんて……有り得ない。<br> <br> 「だ、誰です? お前は――」<br> <br> 恐る恐る伸ばされた手が届き、指が触れた途端、その人物が微かに呻いた。<br> ビクッ! と引っ込めた手を追い掛ける様に、ゆっくりと身体を起こしてくる。<br> なだらかな肩から流れ落ちた一房の金髪が、翠星石の口元に、蒼星石の匂いを運んできた。<br> 徐に、顔が上げられる。<br> <br> 「?!?! お、お前はっ!」<br> <br> それは、翠星石が良く見知った娘の顔だった。<br> 言葉を交わしたことは無いけれど、この二週間近く、その娘の事ばかり考えていた。<br> 蒼星石のルームメイト…………オディール=フォッセー。<br> <br> 「何しに来やがったです! 私は、お前のコトなんか大嫌いですっ!」<br> <br> 仰向けのまま、敵愾心も露わに食ってかかる翠星石。<br> オディールは馬乗りになって妖しく微笑みかけ、白く、細い両腕を翠星石の頚に伸ばした。<br> 絡み付いた指に、力が込められる。<br> <br> 「蒼星石は、私のモノよ。貴女は邪魔だから、消えてちょうだぁい」<br> 「っ! そ……う、せ……」<br> <br> 蒼星石は、お前のモノじゃねぇですっ! <br> そう叫ぼうとしたが、凄い力で頚を絞められて、声が出せなかった。<br> <br> こんな事で、死ぬ?<br> 命ばかりでなく、蒼星石まで奪われてしまうの?<br> <br> (そ、そんなの……イヤです!)<br> <br> 翠星石は怒りに震える身体を、勢いよく跳ね起こした。<br> 馬乗りになっていたオディールが、振り落とされる。<br> 圧迫されていた喉が解放されて、声が出せるようになった。<br> <br> 「ふざけるな、ですぅっ!」<br> <br> <br> <br> 飛び起きた翠星石の瞳に、胸元から転げ落ちるチビ猫の姿が映った。<br> どうやら、今までの事は全て悪夢で、息苦しかったのは胸の上に猫が乗っていた為らしい。<br> <br> 「チビチビっ! まぁた私の上に乗ってやがったですか」<br> <br> 腹立たしげな翠星石の言葉に、チビ猫は『知らんがな』と言わんばかりに欠伸した。<br> 昨夜、翠星石が部屋に連れ込んでいたのだから、自業自得というものだ。<br> 普段なら、チビ猫は祖父の布団で寝ていた。<br> <br> 「はふぅ…………今、何時です?」<br> <br> 身体を捩って、枕元の時計を確認すると、そろそろ起床時間だった。<br> 今日は月曜日。週明けから、なんて最悪な寝覚めだろうか。<br> 翠星石は憂鬱な溜息を吐くと、身支度を整えるため、ベッドから起き出した。<br> <br> 新学期も始まり、翠星石と雛苺は、同じ研究室に所属することとなった。<br> 真紅と巴は、それぞれ別の研究室に所属している。<br> <br> もうすぐ五月。そろそろ、進路を決めなければならない。<br> 在学か、就職か。<br> 修士課程に進むための試験は、もうすぐ実施される。<br> その為の勉強もしなければならないから、悠長に構えている余裕はなかった。<br> <br> 講義を終えて、研究室に顔を出した翠星石を、雛苺が出迎えた。<br> 四年生ともなると、履修する科目は各々で異なる。<br> このコマの講義を選択していない雛苺は、一足先に研究室で勉強していたのだ。<br> <br> 「あ、来た来た。翠ちゃん、お疲れさま~」<br> 「はぁ……雛苺は、いつでも脳天気ですね。羨ましいですぅ」<br> 「……さり気なく、酷いこと言われた気がするの」<br> 「細かい事を気にすると、ハゲになるです。ふぅ……」<br> <br> いつも通りの軽口を叩いたかと思えば、重い吐息をする翠星石の態度に、<br> 雛苺は表情を曇らせた。<br> 今朝方から、翠星石の様子がおかしかったので、密かに心配していたのだ。<br> <br> 「何か、心配事でもあったの?」 <br> 「別に、何もねぇです。ちょっと、寝覚めが悪かっただけです」<br> <br> やはり、憎まれ口に、いつものキレがない。<br> 雛苺は開いていた教科書を閉じると、席を立ち、鞄を掴んだ。<br> 入口の近くに立ち尽くしている翠星石に歩み寄って、彼女の腕を引っ張る。<br> <br> 「? 何するです、雛苺」<br> 「今日は、もう帰るの。そんな調子で勉強しても、頭に入らないのよー」<br> <br> 確かに、雛苺の言う通りだった。<br> 一限の講義からずっと、頭に浮かんでくるのは、今朝の夢の事ばかり。<br> どうして、あんな夢を見てしまったのか。<br> 鏡に写った自分の心の浅ましさを見たようで、翠星石は、軽く自己嫌悪していた。<br> <br> 「少し、気分転換しに行くの。うふふ……翠ちゃん、きっと驚くのよー」<br> 「はあ? 何処に連れていく気です? 変なところだったら、問答無用で帰るです」<br> 「大丈夫なのっ。たまには、ヒナを信じて欲しいのよ?」<br> <br> 陽気に笑う雛苺に連れられて、訪れたのは、大学の側にある喫茶店だった。<br> 学生たちが頻繁に利用するので、なかなかに繁盛している。<br> しかし、夕暮れ間近なこの時間は、閑散としていた。<br> 禁煙のカウンター席に陣取って、雛苺はマスターに、なにやらジェスチャーを送った。<br> <br> 「? まぁ~た、なにを企んでやがるです。激辛ピザでも喰わせる気です?」<br> 「直ぐに解るのよ~♪」<br> <br> ――と、雛苺が話をはぐらかした直後、<br> 店の奥から、マスターが両手で、巨大な器を運んできた。<br> 独りでは絶対に食べきれないだろう量が、盛りつけられている。<br> <br> 「……な、なんです、これは?!」<br> 「特注パフェ、翠星石スペシャルなのよー!」<br> 「それは、見れば何となく解るです。でも、これは……」<br> <br> あまりのスケールに、翠星石は、ただただ唖然とするだけだった。<br> 翠星石の名を冠しているだけあって、チョコレートシロップで<br> コミカルな翠星石の顔が描いてある。商売柄なのか、とても巧い。<br> キゥイゼリーと、ストロベリーゼリーで緋翠の瞳を表現する芸の細かさだった。<br> <br> 「雛苺…………私の為に、こんなものを特注してくれたです?」<br> 「翠ちゃん、朝から元気がなかったでしょ?<br>  だから、お昼休みに来て、注文しておいたのよ」<br> 「気遣いは、とっても嬉しいですけど……どうして、わざわざ特注パフェを?」<br> 「ヒナが食べたかったからなの! 三十分で完食したら、タダになるの~」<br> <br> どうやら、これ幸いと、自分を出汁にしてくれたらしい。<br> でも、雛苺が朝から気に掛けてくれていたと知って、翠星石は嬉しく思った。<br> さり気なく支えてくれる友達の存在を、心から頼もしいと感じた。<br> <br> (ありがとうです、雛苺。お前が居てくれて、ホントに良かったです)<br> <br> 彼女が誘ってくれなかったら、今もきっと、下らない夢のことで悶々としていた。<br> 蒼星石とオディールの仲を勘繰って、ウジウジと不貞腐れていただろう。<br> けれど今は、そんな事なんて、鼻で笑い飛ばせる心境だった。<br> <br> 「さあ、頑張って、三十分で食べ切っちゃうのよ!」<br> <br> 言うが早いか、雛苺は舌なめずりしながら、描かれた翠星石の顔面にスプーンを突き立てた。<br> <br> 「あああぁっ!? そんなザックリと……ひ、ひでー事するヤツですぅ!」<br> 「うよ? だって、ストロベリーゼリーが欲しかったんだもの」<br> 「だからって…………なんか、そこはかとなく悪意を感じたですぅ」<br> <br> 「考え過ぎなの。ヒナは、翠ちゃんのこと大好きなのよ?」<br> 「?! 急に、なにバカなこと言い出しやがるですっ」<br> <br> 見る間に、顔を紅潮させる翠星石。<br> 雛苺は、翠星石の変化を意に介さずパフェを取り分けて、ぱくついている。<br> 一口ごとに、ニコニコと幸せな笑みを見せていた。<br> <br> その様子を見て、翠星石は、ふっ……と、頬を緩ませた。<br> 雛苺の言う『大好き』に、恋愛の意味は含まれていない。あくまで友愛の事だ。<br> それなのに、動揺してしまったなんて……みっともない。<br> <br> でも、好きでも嫌いでも、誰かに想われるのは嬉しかった。<br> なんとも想われずに、路傍の石の扱いをされるよりは、ずっとマシだ。<br> <br> (こんな親友を持てて、私は……つくづく幸せ者です)<br> <br> 気を取り直して、翠星石はスプーンを手に取った。<br> 折角、雛苺が特注してくれた翠星石スペシャル。食べなければ罰が当たる。<br> <br> 「こうなったら、自棄の大食いですぅ!」<br> 「…………それを言うなら、痩せの大食いなの」<br> 「それは、方言ってヤツです。さぁさぁ、無駄口を叩いてる暇はねぇです!」<br> 「うぃー! 時間は待ってくれないのよー」<br> <br> 二人は、この後も雑談を愉しみながら、仲良く特大パフェを食べ続け、完食した。<br> <br> <br> 翌日、二人がお腹を壊した事は、喫茶店の『おバカ伝説』として語り継がれていくのだった。<br> <br> <hr> <br> 『保守がわり番外編  丑の刻の乙女』<br> <br> 雛「ジュン・・・じゃなさそうなの。髪が長いのよー」<br> 翠「と、なると・・・女ですか。一体、誰です?」<br> 雛「んーとねえ。なんだか、背格好が銀ちゃんに似てるのー」<br> 翠「へえぇ・・・って、本人じゃねぇですか、アレ」<br> 雛「なぁんだ。銀ちゃんなら怖くないのー。おーい、銀ちゃーん」<br> 翠「あっ! バカ、ちょっと待つで・・・あ~、見付かっちまったですぅ」<br> <br> 銀「あらぁ・・・ヒナちゃんに、翠ちゃん。どおして此処にぃ?」<br> 翠「銀ちゃんこそ、なんてコトしてるです」<br> 銀「病気の回復祈願よぅ。この方法が、効果覿面って聞いてぇ」<br> 雛「藁人形に『柿崎めぐ』って書いてあるのよ? 胸にザックリ五寸釘なのー」<br> 翠「はあぁ? 一体、誰が、そんなガセネタを言ったです?」<br> 銀「真紅が教えてくれたのよぉ」<br> 翠「な、なななっ! 真紅、ひでぇヤツですぅ!」<br> 銀「真紅は、ヒナちゃんに聞いたって言ってたわよぉ?」<br> 雛「ヒナは、翠ちゃんに聞いたのよー」<br> 翠「・・・・・・」<br> 銀「・・・・・・」<br> 雛「・・・・・・」<br> 銀「翠ちゃん・・・ちょっと、こっちにいらっしゃぁい♪ 八ツ墓明神の祟りよぉ~」<br> <br> 翠「ひっ! や、やめるですっ! そ、そんな・・・・・・ひぃぎゃあぁぁぁ!!」<br> 雛「・・・・・・自業自得なの」<br> <br> その頃、めぐは――<br> 「胸が・・・苦し・・・・・・すい、ぎんと・・・助け・・・・・・」<br> <br> ・・・一時的に心停止していましたとさ。<br>

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