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「ヴァンパイヤガール」(2006/02/28 (火) 19:39:23) の最新版変更点
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<p>ヴァンパイヤガール</p>
<p>「姉さん、ピンチです」<br>
思わぬ驚愕というか衝撃にこんなことを口走ってしまいました。<br>
ちなみにここは教室で休憩時間であり皆教室にいます。<br>
「何がピンチなのかしらーっ!!」<br>
そしてこういうことにだけすぐ反応する奴がいる。<br>
「ハハハ、ナンデモナイヨー」<br>
とりあえず誤魔化して金糸雀を追い払った。<br>
視線は翠星石……というか彼女が隠し持っているそれから離せない。<br>
「……翠星石さん、それは一体なんなんでしょう?」<br>
机の下に彼女が隠したソレ。こうしていれば誰も気付きはしないだろう。<br>
そういう意味では安心している。が、翠星石に知られている時点でマズい。<br>
「たまたまジュンの部屋で見つけたです」<br>
綺麗な瞳で、蔑むように僕を睨む。いや、失望か?<br>
そんな彼女の射抜くような視線に僕は快感を覚え――<br>
(覚えるな。違う。僕はノーマル。ノーマルだよ?)<br>
一瞬背筋の凍るような感覚を何かと勘違いしたようだ。<br>
忘れよう。僕は一般人。僕は一般人。<br>
「ハァ……後で話があるです。放課後に、図書室で」<br>
授業の開始を告げるチャイムが鳴り響く。<br>
あらかじめ用意していたのだろう紙袋にソレを入れ、翠星石は自分の席に戻った。</p>
<br>
<p>
全く授業には集中できなかった。いや、出来よう筈もなかったのだ。<br>
後部から在り得ないほどに冷たい視線を感じ続けていた。<br>
後ろに眼があるわけでもないが、その正体はわかりきっていた。<br>
ノートを取るでもなく、僕はその視線に耐えながら考えていた。<br>
ひたすら必死に、彼女になんと言い訳するかを考えていた……<br>
おかげで先生に当てられた事に気付かず、皆に笑われた。<br>
なのに、その間も視線が止む事はなく、彼女の笑い声は聞こえなかった。<br>
……うわあ、マジ怒ってる?<br>
結局真っ当な言い訳など思いつくこともなく、放課後を迎えた。</p>
<br>
<p>「遅かったですねぇ」<br>
人もまばらな放課後の図書室、彼女は人目につかない奥にいた。<br>
気遣いでもないだろうが、少しだけありがたかった。<br>
「どうしたですか、座らないですか」<br>
いちいち言葉にトゲを感じるが、まあ仕方ないのだろう。<br>
言われるがままに椅子に座り、翠星石と向かい合う。<br>
さあ――何から言い訳しようか。<br>
「翠星石さんひょっとして何か勘違いし」<br>
「してないです」<br>
どすんと、机の上にソレを彼女が出した。</p>
<br>
<p>
標準的な雑誌サイズのそれは、学園憩いの場に酷く似つかわしくないものだ。<br>
その表紙には――えらく薄着の綺麗なおねえさんの悩殺ポーズ。<br>
どう見ても僕の部屋にあったはずの成年向け雑誌です。本当にありがとうございました。<br>
「何か、言い残す事はあるですか?」<br>
翠星石さん。眼が殺気と書いてマジです。<br>
僕はそれを見て説得を諦めた。無駄だと今更ながらに悟ったのだ。<br>
「翠星石……聞いてくれ」<br>
「なんですかその解脱したようないい笑顔……で、言い訳ですか?」<br>
「あのな、翠星石。健康なこの年頃の男子ならそれぐらい当ぜたわば!!」<br>
翠星石の腕が伸びたように見えた。その拳は顔面にめり込んでいる。<br>
「何を開き直ってるですか」<br>
「ご、ごべんばばぃ……」<br>
苦痛に打ち震える。が、多少気が晴れたのか翠星石は落ち着いたようだ。<br>
「ハァ……全く、とんだ変態ですジュンは」<br>
何か諦めたらしい。ただ翠星石は溜息をつくだけだ。<br>
だが、気付いた。その表情は呆れているというよりむしろ……<br>
「翠星石、ひょっとして嫉妬してるのか?」<br>
「なッ!!……」<br>
図星だったらしい。翠星石の表情が一変した。</p>
<br>
<p>
「そうかそうか……まさかそんな風に考えていたのか」<br>
弱みを握ったと見た僕は調子に乗って畳み掛ける。<br>
「雑誌のモデルに嫉妬なんて意外と可愛いとこあるなあ」<br>
わなわなと震える翠星石。俯いていてその表情はよく見えない。<br>
「まあでも僕はやっぱり翠星石の方がそんな雑誌よりい」<br>
「……言いたいことは、それだけですかぁ?」<br>
「え?」<br>
気付けば、その震えは止まっていた。顔は俯いたまま。<br>
表情は相変わらずよく見えない……が、口元が歪むのだけが見えた。<br>
「自分の立場をよくわかってないみたいですね、チビ人間」<br>
――調子に乗りすぎた。彼女が僕のことを名前で呼ばないのは。<br>
「悪い子には、お仕置きが必要ですぅ」<br>
本気で、我を忘れるほどに怒っているときだ……<br>
「翠星石さん、ここ図書室ですので静かにお願いします」<br>
「そうですねぇ、静かに出来るかはチビ人間次第ですぅ」<br>
暗い瞳に笑みを浮かべ、翠星石がにじり寄ってくる。<br>
どうやら僕は調子に乗りすぎて地雷を踏んだらしい。</p>
<br>
<p>「吸血鬼って知ってるですか?」<br>
背後に立ち、首筋にその細い指先を這わせ、翠星石は言った。<br>
名前くらいは誰でも知っている。おそらく世界一有名な怪物だろう。<br>
「吸血鬼は、人の血を吸って相手を操るんですよ」<br>
「え?な、何言ってるんだ翠星石」<br>
「もう二度と妙な口答えできないように、しもべにするです」<br>
言っている事の意味がよくわからない。が、何をされるかは……<br>
「生意気なチビ人間は、こうです」<br>
腕を僕の首に背後から絡めながら、抱きついてくる。<br>
そして、言葉を合図にしたか……肩口に、鋭い痛みが奔った。<br>
「ッ……ぁ、な、何するんだすいせいせき」<br>
翠星石の八重歯が立っている。僕の肩に、彼女が噛みついている。<br>
声をあげそうになるが、ここは図書室だ。無理矢理抑える。<br>
「お仕置き、です……こうすれば、二度と逆らえないです」<br>
傷口から痛みが伝わる。だが、伝わるのは痛みだけではない。<br>
流れ出る血液の上を滑る、生暖かい感触。翠星石の、舌。<br>
「な、なめてる!?や、やめろすいせいせ」<br>
「噛まれて、女の子みたいな声で啼いて。本当に、とんだ変態ですぅ」<br>
僕を虐めるように、翠星石が嘲笑う。そんな声すら感覚を刺激する。</p>
<br>
<p>
意識がまともに保てなくなる。目の前がぼやけて来る。<br>
貧血なんてほど、血は出ていないはずなのに。<br>
屹度、だから僕は彼女の声と感触に中てられてしまったんだ。<br>
「はぁ、ジュンの味がするですぅ」<br>
うっとりとしたような声を上げて、首から彼女が離れる。<br>
振り返ってみれば、口元からは紅い一筋の糸が流れている。<br>
それが酷く艶かしいものに見えて、ぐらりと脳が揺れた。<br>
「ついでに、こうですぅ」<br>
何かを言っているが、何かはよくわからない。<br>
そんな僕の蕩けた頭が、再び覚醒させられる。<br>
翠星石の、頭が、近づいてきて、唇が、僕の、唇に。<br>
舌が僕の口内を侵し尽くす。それだけじゃあない。<br>
僕の中に入り込んでくる。彼女の唾液と、唾液に混ざった僕の血が。<br>
「ぁ……っは……」<br>
まともに考えられない。息が苦しい。気持ちいい。<br>
ワケがわからないまま、口移しで流れ込んだ自分の血を、僕は飲んだ……</p>
<br>
<p>
「さ、契約完了です。これでジュンは二度と翠星石に逆らえないです」<br>
先程までしていたことなんて、てんで気にしていないように言ってくれる。<br>
だがもう、二度と逆らおうだなんてヘタなことは思えない。<br>
「あ……反省、しました。もう、本は捨てます」<br>
あんな風にされて、異常なほどに気持ちが良かっただなんて。<br>
僕はやっぱり、まともじゃあないのかもしれない。<br>
「それでいいです。さ、それじゃあ帰るです」<br>
ハンカチで口元を拭い、椅子を仕舞って鞄を抱えた。<br>
いつも通りの表情と、先程までの艶やかな表情がダブって消えた。<br>
「あ、うん。そうだな。帰ろう」<br>
無邪気に僕の手を引いて帰る翠星石。<br>
先程のそれと、どちらが本当の彼女なのだろうか。<br>
……まあ、どうでもいいや。<br>
足早に図書室を出て行きながら、思った。<br>
こんなに可愛い吸血鬼になら、血を吸われてもいいか、と。</p>
<br>
<p>END</p>