1章,

小兎side

夕暮れ時、空を見上げ、兄貴のことを想った。
もう、この世にはいない彼。
昔の記憶を掘り起こしてみると、彼は日向君にも…それから○○にも似ていたように思う。
私は兄貴のことが好きだった。
果たしてそれは恋愛感情なのか、それともただの憧れだったのか、彼のいなくなってしまった今となっては分からない。
ただあたしは兄貴が大好きだった。
それだけは確かに覚えている。

小「…似ている、か」

もしかしたら日向くんは兄貴よりもあたしに似ているのかもしれない。
だから、一緒にいられれば良いな、なんて思って…それから好きになった。
でも彼が私に似ているからこそ、彼の茨さんにむけられている気持ちも手に取るように分かった。
こんなの、一度振られているのだからさっさと諦めてしまえば良いのに。

そうは思うものの、自分の執念深さにはウンザリさせられる。
未だに彼のことが諦めきれていないのだ。
兄貴のことだって、ずっと引きずっているあたしなのに。

そんなあたしの我侭に付き合ってくれてる、○○。
彼はあたしには似ても似つかなくて…やっぱり、兄貴とそっくりなんだ。



日「ごめん、みんなー!ちょっと聞いてくださいー!」

その声が響いたのは、ざわざわと騒がしい放課後の教室だった。
少しだけ教室内の音量が下がる。

日「今から空き教室の机の入れ替えがあるんですけど、委員会だけでは手が足りないので、少しだけ勇姿で手伝ってくれる人を募集します!誰か手伝ってくれませんかー?」

また元のボリュームに戻る教室内。
様々なところから「どうしよう」だの「めんどくさい」などと言った会話が聞こえてくる。

(あ…)

回りの様子を見ていたところで、ふと目に入った有栖川。
何ともいえない表情でそわそわと立ち上がったり座ったり、もうすっかり変える準備の整った荷物を弄ったりしている。

(…まったく、こいつは)

その様子を見ていると自然と笑みがこぼれた。
近づけばこちらに気付いたようで、ぴたりと動きを止める。

小「な、なによ…!?」
主「ほら、手伝い行くぞ」
小「え?」
主「…お前どうせ暇だろ?せっかくだから人のためになることでもやろうぜ」
小「まあ、そこまで言うならやってやらなくもないわよ?」

言葉とは裏腹にへにゃりと口元がにやけている。

小「さあ!ぐずぐずしてないで行くわよ!」
主「へいへい」

(…なんか、笑えるくらいの張り切りようだな)

有栖川は凄く強そうに振舞うが、それでもやっぱり本当は弱いただの女の子なのだ。
そんな有栖川が、彼女らしく有栖川小兎をやっていけるように、俺がその弱い部分をなくしてあげたいと思った。
常に余裕のある笑顔でいれるように。



小兎side

小「・・・茨さんって、日向くんから大切にされてるよね」

ガヤガヤと騒がしい教室内。
一人でいる茨さんを見つけ、ついつい声をかけてしまった。
多分、それは抑えきれなくなった嫉妬。

暁「そんなことないよ」

彼女は優しい笑みでそう答えた。
何の掴みどころのないその笑顔。
知らぬ間に侵食されていく。
そういうところは、彼によく似ている。
やはり双子だな、と痛感させられた。

小「でも仲良いよね」
暁「うーん・・・姉弟だったら普通じゃないのかな?」
小「・・・・・・・・・・・・」

普通か…。
違う、普通っていうのはそんなのじゃない。

小「・・・普通は、そこまで仲良くないと思う」

ぼそりと呟くように、精一杯の反論。
きっと、私が言えたことじゃないのだろうけど。

だけど一度ついてしまった嫉妬の炎はなかなか消えない。
我侭な自分に嫌気がさす。
けれども、大好きな彼に似ている彼女にもそれ以上に嫌気がさした。
彼が、日向くんがどれだけ彼女を思っているのか考えれば考えるほど余計に。
だけど、あたしはそれを彼女自身に報復できるほど強くなんてない。
そんな勇気、ない。
だから、何処か別の場所で見つけなくちゃいけない。

きっと、私は彼女を好きになることはないだろう。



―キーンコーンカーン

羽「あー、メシだメシ!」

チャイムが鳴り、昼休みが始まると共に教室内が一気に賑やかになる。

羽「な、お前今日弁当?」
主「いや、購買か食堂かで食おうと思って」
羽「なら食堂行かねえ?」
主「お、行く行く」
羽「よし、早く行こうぜ。場所なくなっちまう」
主「ああ、ちょっと待てよー…」

ええっと、財布財布、と…

がさごそと鞄の中を漁っていると、やけに響く甲高い笑い声が聞こえた。

ち「ね!上城さん、お昼外で食べない?」
小「上城さん、お弁当だったわよね?」
鳥「一緒に食べようよー!」
白「あ、はいです…!」

横目でその光景を見つめる。

有栖川、この前の体育祭の時とか一人だったわりに、けっこうクラスに上手く馴染んでるじゃん。
俺が一緒にいなきゃ、とか思い込んでたけど、案外そんな心配いらなかったかもな。

羽「あいつら、最近仲良いよなー…」
主「え、あ、うん」

突如同じ光景を見ていたらしい羽生治に声をかけられる。

主「なんか良いよな、ああいうの」
羽「あー…まあ、なぁ…」
主「どうした?」

どこか同意しかねるといった曖昧な返事に思わず聞き返す。

羽「いや、別にどうもしないっちゃあどうもしないんだけど…」
主「なんだよ」
羽「んー…前に垂髪、上城さんは苦手だって言ってたのになあ、と」
主「ふーん?」

どうやら俺と違って羽生治の興味の対象は垂髪と白雪だったようだ。
その言葉に先ほどの羽生治と同じように曖昧な返事をしながら、楽しそうに教室から出て行く女子の集団を見送る。
そう言えば、一学期は白雪が誰かと一緒にいるところなんてほとんどみなかったな…。
今じゃあんな風にみんなで楽しそうにしているわけだ。

主「まあ話してみると良い奴だったってこともあるしー…えーと、あれだ。昨日の敵は今日の友って言うじゃん」
羽「…それなんか違くね?」
主「気にすんなって…と、そうだ!食堂、食堂!」
羽「あー!早く行かんと場所なくなるぞ!!急げ!」
主「あっ、ちょ、待てよ!!!」



―ガラリ

勢いよく扉が開く。
その音に顔を上げると、先生がツカツカと教壇に上がっていくところだった。
朝のチャイムが鳴ったのはもう5分も前のことだ。
いつも時間厳守のはずの先生の遅い到着の所為か、教室内は騒がしい。

礼「静かに!」

少し大きめの声を出して生徒達を静める。
ぴたりと生徒達の声が止んだ。

礼「それでは出席…といきたいところですが、今日はその前に大事な話があります」
主「?」

突然の話に生徒達は疑問符を浮かべる。

礼「大変残念な話なのですが…どうやらクラス内でイジメが起こっているようです」

クラス中が一気にざわめきだった。
反応はといえば、どこか好奇心に目を輝かせる者、キョロキョロと辺りを見回す者、近くの生徒と喋り出す者とさまざまだ。

礼「静かに!!」

再び先生が声を張り上げ生徒達を静める。

礼「高校生にもなってこのようなことが起こるというのはとても残念です。と言うよりも、あってはいけないことです。今回のことで誰がどうだなどと問い詰めるようなことはしませんが、もし心当たりがある者がいればそのような行為は今後一切しないように。…それでは出席をとります」

それだけ言うと先生はいつもと同じように生徒達の名前を読み上げ出した。

それにしてもイジメ…か。
そんなもんがクラス内にあったんだなぁ…俺は気付かなかったけど。
でも普通、こんなことぐらいでなくなんないよなあ…。
もしかしたら逆上して酷くなるかもしれんのに。
ま、言われるまで気づかなかったし、俺には関係ないな。



休み時間に入ると、案の定と言うべきか、先ほどの先生の出した話題で持ちきりだった。
そこらかしこでイジメについての話題が飛び交っている。

主「イジメ…ねえ…」
リ「○○さん、どうしました?」
主「え…あ、いや…」

どうせ暇だし、この話題に俺も便乗してみるかな。

主「イジメなんかあったんだなーって思ってさ」
リ「あ、今朝の…」
主「そ。俺全然気付かなかったわー」
リ「………」
主「でも誰だろーなー…」
リ「それは…」
小「ねえ、灰塚さん!」
リ「え…!?」

何か言おうとした瞬間、リヨさんの名前を呼ぶ声が響いた。
その声に彼女は吃驚した表情で口をつぐむ。

主「有栖川か、なんだよー」
小「うるっさいわね!あんたには用なんてこれっっっぽっちもないわよ!」
主「………」

何だか今日はいつもにも増して有栖川の俺に対する扱いが酷い気がする。
まあ別に、どうでも…いいんだけど。
俺は大人しく二人の話が終わるのを待つことにした。

小「で、さ、灰塚さん」
リ「あ…はい…」
小「先生が呼んでたわよ」
リ「え…」
小「ね?」
リ「あ、はい…」

そこまで言うとリヨさんはくるりとこちらを振り返り、軽くお辞儀をする。

リ「あの、そういうことですので…では」
主「え、あ、ちょ、ちょっと!」
小「だーかーらっ!あんたには何の用もないって言ってんのよ!ついてこないでよねっ!」
主「う…」

そう甲高い声でぴしゃりと言いつけられては、ぐうの音も出ない。
そのまま二人は行ってしまった。



休み時間の教室、それぞれ体操服の入った袋を持った生徒達が1人2人と出て行く。
それに習い、俺もロッカーの中から体操服の入った袋を取り出した。

羽「ほら、次の体育急がないと遅れるぞ」
主「ああ。そういや今日って何やるんだっけ?」
羽「えーと…確かサッカーだったような…」
主「あー、サッカーか」

窓から外を見やる。
空は眩しいほどに晴れている。
それと同時に、もう早くも誰か校庭に出て遊んでいるのだろうか、微かに声が聞こえた。

羽「早く行くぞ」
主「あ、おう」

もう既にドアのところで待機をしている羽生治に急かされ、教室を出る。
休み時間と言うこともあり、廊下は生徒達で賑わっていた。
ざわざわと騒がしい話し声があちこちから聞こえてくる。
それらをいつものように聞き流し、特に気にも留めずに歩く。

「キャアッ!」

突然その中に、甲高い女性の悲鳴が木霊した。
一瞬、そこにいた全員が悲鳴の聞こえた方を向き、時が止まったかのように静かになった。
かと思えば、すぐにまた騒がしくなる。
先ほどよりも、より一層。

羽「今の…って、おい!」

好奇心からか、気が付くと俺は、まるで条件反射のように悲鳴が聞こえた方へと走り出していた。

(一体何だ…?)

そのまま廊下を直進する。
たった今俺たちが向かっていた先、1階へと降りる怪談のところに人ごみができていた。
一体何があったのか、僅かにできた隙間から覗き込んでみる。

(有栖川…)

階段の踊り場の少し下の段に座り込み、青い顔で呆然と下を見つめている。
その視線の先を辿っていく。
そして、行き着いたその先を見て息を呑んだ

(…暁子、ちゃん…?)

ちょうど階段を下りきった場所に横たわっていた。
その目は閉じられ、身体は動かない。
頭の下に少量の赤い液体が広がっている。

(階段から、落ちた…のか…?)

おそらくそれしか考えられないこの状況。
集まった野次馬達もどうしたらいいのか分からずオロオロと戸惑い、騒いでいる。

主「ちょっと、すいません…っ!」

何とか人を掻き分け、有栖川へと近寄った。

主「おい、どうした!」
小「………あ…違っ…その…」

酷く混乱しているようで、口をパクパクと動かしながら必死に何か言おうとはしているものの、言葉になっていない。
まるで何かに怯えているかのような表情。
身体も僅かに震えている。

主「くそッ…!」

有栖川から話を聞くには落ち着くまで待つしかないと悟り、階段を駆け下りると暁子ちゃんのもとへと向かった。

主「暁子ちゃん!おい!」

呼びかけてみるものの、何の反応もない。
せめて起そうと、手を伸ばす。

礼「待ちなさい!」

と、彼女の身体に手が触れる前に、突如抑制の声が振りかかる。
ビクリと止まる手。
見上げるとそこには担任の青木先生、そしてその後ろには羽生治がいた。

羽「先生呼んできた」
主「あ…」

軽く肩で息をしている羽生治。
いきなりのこの状況で、気が動転していて先生を呼ぶということを忘れていた。
羽生治の行動は、常に落ち着いていて的を得ている。
感心すると共に、少しだけ自分が恥ずかしくなった。

礼「頭を打っているんだったら、動かしてはいけない」
主「は、はい…」

いつも以上に厳しい口調の先生。
伸ばしかけていた手を下ろす。
先ほどのことにも重ねて、自分は何をやっているのだと自己嫌悪に陥った。

礼「とりあえずこのまま…」
暁「…ん………」
主「あ!」

そのとき、ピクリと彼女が動いた。
そして、ゆっくりと瞼が持ち上がる。

暁「あ、れ…私…………っ痛」

起き上がろうとしたものの、体中を強く打ったのだろう、痛みに顔を歪める。
額を切ったのか、血が重力に従い下へと落ちる。

礼「大丈夫ですか?」
暁「あ…先、生…?」
礼「血が、でてますね…」

そう言ってポケットから綺麗にアイロンのかけられたハンカチを取り出すと傷口に当てた。
意識を取り戻した彼女に、安堵のため息を漏らす。
おそらく、今この場にいる全員が安心しただろう。

―キーンコーンカーン

ここでチャイムが鳴る。

礼「さ、みんなは早く授業に行きなさい!」

そう言って先生が野次馬を散らす。

主「あの、先生…!」
礼「ほら、早く君たちも授業に向かいなさい」
主「でも…」
礼「茨さんは先生が保健室まで連れて行きますから。」
主「…………」

ぐいっ

渋っている俺の襟元が誰かに引っ張られ、立たされた。

羽「ほら、先生の言うとおりにしとけって!授業遅刻だぞ!」
主「あ…!」

そう言えば体育だというのにまだ着替えてすら居ない。

(でも、今はそんな気分じゃ…)

主「って、ちょっと!」
羽「ほら、早くしろ!!」

そのまま引きずるように俺を連れて行く羽生治。
遠ざかり、だんだんと小さくなる暁子ちゃん、先生、それから…

(有栖川?何で…)

そこには本来居るべき暁子ちゃんと先生、それに加え確かに有栖川が残っている姿が確認できた。

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最終更新:2008年09月10日 15:07