11月

主「はあ…」

今日は一日中ずっと上の空だったよう気がする。
ほとんど何をしたのか覚えていない。
もちろん、いつもなら一緒にふざけあったりするはずの垂髪とは一言も口を聞いてないし、目も合わせてすらいない。

(なんか、凄く疲れた気がする…)

多分、精神的にきているのだろう。

(…早く帰りたい)

今はただそう思うので精一杯だった。
玄関で靴を履き替え外に出る。

主「!?」

いきなり、誰かに腕を掴まれた。
驚いて振り向く。

主「あ…」
ち「あ、あの、○○…」
主「離せよ」
ち「…じゃあ、話、聞いて…」

ぎゅ、と掴んだ腕に力が込められる。
人気のない玄関に、垂髪の静かな声が嫌に響いた。

主「手、痛いんだけど…」
ち「あ、ごめ…!」

力は弱まったものの、まだ彼女の手は俺の腕を掴んだままだ。

主「…俺は何も話すことないんだけど」
ち「だって○○怒ってる…」
主「怒ってない」
ち「怒ってる!」

(…別に、怒ってない。怒る理由がない)

それでも今は垂髪を見ているだけで苛立ちが治まらない。

ち「ねえ、ごめん…」
主「……………」
ち「許して…」
主「許すも何も…怒ってないって言ってるだろ!?…それに怒ったからって言って、」

(そうだ、何も、変らない…)

主「っ…」
ち「あっ」

俺は垂髪の手を振り払い駆け出した。

ち「あたし、○○と一緒にいられなきゃ、学校に来る意味ない…!」

後ろで彼女が何か言うのが聞こえる。
それでも見向きもせずにただ走る。
早く彼女の声が耳に入らないように、雑踏の中に紛れ込んでしまえるようにと。



礼「はーい、席についてー!」

先生が教室内に入ってくると、それまで騒がしかった教室内は一気に静かになる。

礼「それでは出席をとります」

毎朝の恒例だ。
出席番号順に、次々と生徒達が呼ばれ、返事をしていく。

礼「○○くん」
主「あ、はい」

俺も例に倣って返事を返す。

礼「…以上。欠席は垂髪さんだけですね」

え…?
返事がなかったからてっきりいつもの遅刻だと思ってたけど、休み…か

ふと、昨日のやりとりを思い出す。

いや…でも、体調不良だよな…きっと。



何となく重い気持ちで、もう何回通ったか分からない道を歩く。
手にはプリントの束。
垂髪が学校を休み出してから、こうやって届け物をするのがいつの間にか俺の役目となっていた。
それもこれも、担任が言うには彼女のご指名らしい。

主「はあ…」

ため息をつく。

(いつからだっけなあ…)

初めの方は毎日のように届けに行っていたそれも、今では週一。
休日にまとめて行くようになった。
日が立つごとに、どんどんそれが憂鬱に、重荷になっていく。

数ヶ月前までは、よく一緒に遊んだりもした。
この道を歩くのも、さほど憂鬱ではなかった。
それどころか、楽しんでいた。

(いつから、こんなことに…)

いつからか、そう考えたところで辿りつく答えはいつも1つ。
あの日からだと分かりきっているはずなのに。
もしもあの日に、俺が裏庭にさえ行かなかったら、何かが変っていただろうか。
あのことを知らなければ、今も変らず幸せに過ごせていたのか。
分からない。
それに今更そんなことを思っても仕方がない。

ぐちゃぐちゃになった脳中から、全てを追い出すように頭を振ると、また彼女の家までの残りを歩いた。



垂髪のアパートの部屋の前、静かにチャイムを押す。
ドア越しに小さな呼び出し音が聞こえ、それを合図にバタバタと足音が聞こえる。

―ガチャ

開けられたドアから垂髪が顔を出した。
前、見たときよりも少しやつれたような気がする。
そして俺を見た瞬間、満面に笑顔を浮かべる。

ち「●●、待ってたよ」
主「あ…これ…」

その表情に、今まで思っていたこと全てを後ろめたい気持ちになる。
思わず目を逸らし、手に持ったプリントを押し付けるように差し出す。

ち「ありがと…」

彼女はそれを受け取ると、まるで何か大切な宝物かのように抱きしめる。
何となくそれを見ているのが辛くなり、足早に立ち去ろうとする。

主「それじゃ、俺はこれで…」
ち「待って…!!!」

突如大声を出し、手ぶらになった俺の腕を引っ張る。
縋りつくように力の込められた手、眼差し。

ち「その、上がってって!お茶、入れるから!」
主「でも…」
ち「ね、お願い…!」

今にでも零れ落ちそうなほどに涙を溜めた瞳。
泣かせてしまう、そう思った時、

主「…分かった」

思わず頷いてしまう。
どこか常に良い人でいたいというエゴがそうさせる。
そしてその分、何かが俺の中でスーッと引いていく。
それはまるで諦めにも似ていて。

案内されるままに部屋へと足を踏み入れた。



今日の垂髪は良く喋る。
まるで昔のように。
まるで何もなかったかのように。
本当に何もなかったのだと錯覚を起しそうになるほど。
いや、もうすでに起していたのかもしれない。

ち「ちょっと、●●!聞いてんの?」
主「え、ああ、悪い」

少しだけ、どこか懐かしい気分に浸っていた。
用意されたお茶を一口含み、喉を潤す。

~~~♪(着信音)

その時、ポケットの中で着信音が鳴った。
ふ、と我に返る。
黙る垂髪。
俺は携帯を取り出し通話ボタンを押した。

主「もしもし?」
白「あ・・・主人公くん・・・」
主「白雪?」

その名前を口にした瞬間、垂髪の顔色が変わる。

白「急に、ごめんなさい。あの、実は、またいつもみたいに気分悪くなって、でも、今誰もいなくて、不安で・・・」

電話口からでも分かる、弱々しい声が聞こえてくる。
そうだ、俺はここへはただプリントを渡しに来ただけで、長居するつもりはなかったのだ。
俺はチラリと横目で垂髪を見た。

主「分った、すぐ行く」
ピッ

そう一言返すと、すぐさま電源を切った。

ち「あ、あの、主人公…」
主「…それじゃ、俺、もう行くから」
ち「で、でもでも…」
主「用あるならさ、代わりに羽生治でも呼んどけよ、仲良いだろお前ら」
ち「だからって!なんで、上城さんなんかのところに…」
主「………垂髪」
ち「……………」
主「お前は、自分のしたこと分ってんの?」
ち「それは…!それ、は…」
主「……………」
ち「……………」

何も言わなくなる。

主「それじゃ、俺はもう行くから」
ち「あ…!」

垂髪が何か言いかけた気がするけど、もうそれには構わなかった。



あ………。

昼休み。
そろそろ半分が過ぎ、昼食も食べ終えみんなが思い思いの行動をとる。
校庭や他のクラスに遊びに行ったのだろうか、現在教室内には極めて人が少ない。
白雪も先ほど青木先生に呼ばれたとかで美術室へ行ってしまった。
そんな中、一人自分の席に座っている暁子ちゃんが目に入る。
多分、白雪のことを話すなら今のうちだろう。

主「暁子ちゃん」
暁「あれ、○○くん?どうしたの?」

彼女は何か本を読んでいたようで、俺が声をかけると本を閉じこちらを振り向いた。

主「その…ちょっと相談したいことがあるんだけど…」
暁「ふふ、なあに?改まっちゃって」
主「いや、迷惑だったらいいんだけどさ…」
暁「ううん、私で力になれることがあれば協力するよ!」

にこにことした笑顔と優しい声で答えてくれる。
その声にほっとして話を続けた。

主「白雪のことなんだけど…」
暁「え?」

一瞬、彼女が眉を顰めるたが分かった。

主「あ…えっと…」
暁「どうしたの?続けて?」

がらりと変わった雰囲気に言いよどむ。
しかし暁子ちゃんが、まるでぺったりと張り付いたような笑顔と起伏のない声で話の続きを催促する。

主「その…」
暁「もしかして、青木先生との話?」
主「え?」

思いもよらない言葉。

主「いや…」
暁「○○くん知ってるよね、私が先生のこと好きだって」
主「え、ああ…」
暁「○○くん、ちょっと無神経だよ」
主「………」
暁「誰も私の気持ちなんて考えてくれないの…もっと、考えてよ…ッ」
主「だから…」
暁「もう、聞きたくないの…上城さんのことなんて…!」
主「違うって!」

白「○○くん?」
主「!?」

突如その場で聞こえるはずのない言葉が聞こえた。

主「白雪…?」

もしかして、今の会話、聞かれてた…?

主「あ…戻ってきたのか?」
白「はいです!ただいま戻りました!」

いつものように元気良く返事を返す白雪。
その態度に安心する。
良かった、そう多くは聞かれてなかったみたいだ。
多分、少なからず白雪が傷つくような内容だったから。

白「暁子ちゃん…?」
暁「○○くん、ごめんね?私、ちょっと用事あるから…」
主「え!?あ、ああ…こっちこそ、なんか、ごめん…」
暁「ふふ、、○○くんが謝ることないよ」

そういい残すと暁子ちゃんは教室から出て行った。

白「……………」



礼「それでは、出席を取ります」

いつものように出席番号順に名前が呼ばれていく。
そしてそれにそれぞれ返事を返していく。

礼「…以上、ですね。上城さんは、体調不良でお休みだそうです」

淡々と話す先生に、無関心なクラスメイトたち。
ちらりと横目でぽつりと空いた白雪の席を見た。

(また休みか…)

最近、白雪は前にも増して、よく学校を休むようになった。
理由は常に決まって体調不良だ。

(……心配、だな)



―キーンコーンカーン

本日の学校に終わりを告げるチャイム。
それを合図に生徒達は部活動、友達と雑談、帰宅などと思い思いの行動をとり始める。
その中で、未だ席から動こうとせずにぼんやりと外を眺める暁子ちゃんの姿。
目線の先には冬独特の白い空が広がっている。
それは、まるで今の暁子ちゃんの心を表しているようで。

(………………)

ここのところの彼女には、少し違和感がある。
なんとなく、ただ漠然とそう思う。
何かが変ったのかと聞かれれば、そうではない。
彼女が変ったというよりも、彼女の何かが喪失した、と言う方がしっくりくるだろう。
しかし、それが何なのか、それが、分からない。

今日は1日中使われることのなかった白雪の机。
それに目をやる。
やっぱり、関係してるのかな、と考えてしまう。

元々は親友同士だった二人。
それがいつの間にか、一つのことをきっかけにどんどん崩れ、今では言葉を交わしているところすら滅多に見ない。
そして日に日にと気まずくなる仲。
もしかすると、白雪が最近良く休む理由も…

(どうにか、ならないかな……)

もしも二人が、また以前のような関係を取り戻すことができたのなら。
そうは思うものの、本来まったく関係のない俺には口出しする権利も理由もないのが事実だ。

(いや、)

違う。
理由ならある。
俺が彼女を好きだということが理由だ。

そう自分に言い聞かせると、携帯を手に取る。
おもむろに席を立つと暁子ちゃんへと近づいた。

主「暁子ちゃん」
暁「え…?」

俺の呼びかけに、振り向く。

―パシャ

それと同時に起動させたカメラの撮影ボタンを押す。
目を丸くさせる暁子ちゃん。

主「はは、激写!」
暁「もう、いきなり…」

そう言うと、ぷうと頬を膨らませる。

主「悪い悪い」
暁「ううん、嘘。ちょっと、驚いただけ…」
主「それじゃ、今度は一緒に撮らない?」
暁「どうして?」
主「あ、いや…なんとなく?」
暁「…ふふ、いいよ。私なんかで良かったら」
主「サンキュ」

了承を貰うと、彼女に寄り添うように近寄った。
そうして携帯のカメラを自分達へと向ける。
それを通して液晶画面に映る自分達の顔。

主「ほら、笑って」
暁「あ、うん」

―パシャ

撮れたのは、どこか少しだけぎこちない笑顔の暁子ちゃんと俺。
ちゃんと映っているのを確認すると、すぐに保存する。

主「よし、良いの撮れた」
暁「そう?」
主「ああ、ありがと」
暁「うん」

携帯をたたむと、また自分の席へと戻った。

(よし、これで…)

再び携帯を開く。
新規メールを作成。
カチカチと文字を打ち込んでいく。

宛先:上城 白雪姫
件名:大丈夫か?
内容:体調不良だってな。早く良くなれよ。

そして最後に、先ほど撮ったばかりの写メールをつけて送信。

(完了、と)

とりあえず、今の俺にできること。
たったこれだけの些細なこと。
ただ、これが二人のきっかけになれば良いな、なんて思う。
少しだけ、胸に期待が膨らんだ。

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最終更新:2008年08月02日 04:46