11月;

教室内、一つの空席をチラリと見る。
今日も垂髪は休み。
ちょうど4日目、普通の体調不良ならば回復している期間だ。

どうしたんだろうなー…。

そんなことをボーっと考える。
垂髪がいない所為か、このところとても静かだ。

鳥「それでさー、垂髪さんったらさー」
小「ねー、あれはいくらなんでもねー」

そのときタイミングよく垂髪の名前が聞こえてきた。
見ればすぐ傍で鳥越と有栖川が何やら話している。
なんとなく俺もその会話に参加してみることにした。

主「何々、垂髪がどうたって?」
鳥「あ、○○もちょっと聞いてよぉ!」
主「おお、聞く聞く」
鳥「あのさー、今垂髪さん休んでるじゃない?あれってさー、この前のイジメの話が原因なのよ!」

その意外な言葉に驚く。

主「え!?何、垂髪苛められてたの!!?」
小「ばーっか!そんな訳ないでしょ!」
鳥「そう、逆よ逆!」
主「逆ぅ?なのに何で…」
鳥「もー、にっぶい!」
小「立場が悪くなったからこれないに決まってるじゃない!」
鳥「ねー、先生どころかクラス中にまで知れ渡っちゃってねー、かわいそ!」
主「えー…でも俺全然気付かなかったけどなあ…」
小「あんたが鈍いだけじゃないの?」
主「いや、絶対知らない奴多いって!」

キョロキョロと辺りを見渡す。

主「な、暁子ちゃん!」
暁「え!?」

偶然その場を通りかかった暁子ちゃんに話をふってみる。

暁「えっと…?」
主「イジメ、あったって知らなかったよな?」
暁「あ…」

少し困ったように眉を顰めながら言葉を続ける。

暁「うん、こんなのって学級委員長失格かもしれないけど…」
主「あ、いや、違うって!そういうんじゃなくって…」
鳥「バカっ!」
小「サイテーね」
主「いや、だから…!」

リ「○○さん」

思いもよらなかった暁子ちゃんの反応に焦り、どうしようかと言葉を探していたところで名前を呼ばれた。
天の助けとばかりに振り向けば、そこには灰塚さんが立っていた。

主「あ…どうかした?」
リ「○○さん、数学のノートの提出がまだですよね?出していただけますか?」

数学のノート…数学のノート…あ、課題のやつ!

主「悪い!すっかり忘れてた…ちょっと取ってくるから」
リ「いいえ」
鳥「やばっ!そう言えば私もまだじゃん!」
小「あたしもだわ!」
鳥「ごっめーん、灰塚さんちょっと待っててー」
リ「あ、はい…」

暁「…………」
リ「…………」
暁「…灰塚さん、どうかした?」
リ「…茨さん、あなたは…ずるいです…」
暁「…そう…そっか…」



礼「はーい、静かにー!今から中間テストを返します」

そう言うと、先日あったテストの答案を返し始めた。
一人、また一人と、テストを受け取っては席へ戻っていく。
その表情は実に様々だ。

礼「○○くん」
主「あ、はい」

名前を呼ばれ、俺も席を立ち受け取りに行く。

主「…ぅわっ」

ちらりと点数を見て思わず声が上がった。
赤点…とまではいかないが、それでもぎりぎりだ。

主「危ねー…」
羽「なんだ、赤点じゃないのかよ」
主「ぅわっ、羽生治…!?」

突然の背後からの声にまた声を上げる。

主「お前…!勝手に見んなよ!」
羽「まあまあ、細かいことは気にせずに」
主「…ったく。あー…それにしてもどうしよこの点数…」
羽「いいじゃん、赤点じゃないんだから」
主「それはそうだけどさー…」
羽「だってお前、このところずっと遊び呆けてたもんなー…愛しの彼女様と!」
主「そ、それは…」
羽「よっ!色男!」

茶化すようにニヤニヤと笑いながら囃し立てる羽生治。
内容が内容だけに、うざいような嬉しいような恥ずかしいような…

主「そっ、そんなことよりお前はどうだったんだよ、点数…」
羽「あ、ほら、先生テスト返し終わったみたいだぜ、前向けって」
主「うわ、ずりぃ」

仕方なく言われたとおりに前を向く。

礼「えー、それで赤点だった人についてですが…」

先生が赤点の人のための補修について話し始めた。
ホントに危なかったなー…こんなめんどうなの受けたくないもんな。

礼「以上です。…あ、灰塚さんはこのあと職員室まできてくださいね」
リ「はい…」

そう言うと先生は教室を出て行った。

リヨさん、どうしたんだろ…



―ガラッ

主「あ…」

どうやらリヨさんが職員室から帰ってきたようだ。

主「おかえり」
リ「あ…はい…」
主「何だったの?」
リ「その…美化委員のことで…」
主「ふーん?」

なんだか少し、元気がないように見える。

主「リヨさん、どうかした?」
リ「え?」
主「なんか、元気ないからさー」
リ「あ、いえ…このところテストだったもので、徹夜続きで…」
主「うわ、それはキツイな、ちゃんと休んだ方が良いよ」
リ「はい、そうですね…」

それにしても徹夜かー…凄いな。
俺は諦めて寝たんだよな…それでこの点だったわけか、納得。



最近、何故だかリヨさんが少し余所余所しく感じる。
初めはかすかに感じただけのそれも、一度思い込んでしまえば、日を追うごとに大きくなっていく。
そして気づく頃には不安と言う名を掲げ、心の中にどっかりと座り込む。

主「リヨさん!」

放課後の教室、声をかける。

主「一緒に帰…」
リ「すみませんが、」

被せるように口を開く。

主「え?」
リ「少し、用事がありますので…失礼します」

それだけ言うと荷物を持ち教室を出る。

(また、だ)

誘おうとすると、有無を言わさず拒否される。
今日ばかりではない、このところいつもなのだ。

主「ふう…」

ため息をつき、座りこむ。
人気のない教室、時計の秒針がやけに響く。

(俺、何か悪いことしたかな…)

悪い考えばかりが頭の中を巡る。

主「はあ…だめだ」

立ち上がり、窓際の自分の席まで行き座りなおす。
窓から校庭を見れば部活動に励む生徒達。
その姿はとても生き生きとしている。

(こっちの気も知らないで…)

心の中で、まったくお門違いの八つ当たり。

(どうしろって言うんだよ…)

今日、何度目か分からないため息を吐いた。



あのままずっと教室でいろいろと考えては見たものの、結局何かいい案だとか解決策は微塵も思いつかなかった。
そうして時間だけが刻々と過ぎてゆき、気が付けばもう外は真っ暗になっていた。
慌てて鞄を持ち、教室から出る。

(くそ…)

どうしたらいいか分からずに、ただただ苛立ちだけが募っていく。



校庭では数人の生徒達が部活動の後片付けをしていた。
たった今出てきた校舎を見上げれば、ところどころ明かりがついており、動く人影が見える。

主「はあ…」

またため息を吐くと足を進めた。



図書室の前を通りかかると、そこはまだ赤々と電気がついていた。
その光に思わず顔を上げる。

(あ…)

そこで目に入ったのは、俺の悩みの中心人物、灰塚リヨ。
思わず足を止める。

(なんで…)

俺が居ることになど気付かず、平然と図書室から出てくる彼女。
訳が分からず動くことが出来ない。
ただ突っ立ったまま息を潜める。
そのまま俺は帰っていく彼女をただ見つめることしか出来なかった。



放課後、教室内は俺とリヨさんの二人きり。
美化委員の仕事で残っている彼女に、俺も付き合って残っていた。
二人でいるのは久しぶりのことなのに、会話はほとんどなく、ただ、黙々と手を進める。

(………………)

避けられているのではないか、と言う苛立ちは先日から少し治まりだした。
いや、もうそれは諦めに近いのかもしれない。
それでも、やはり気持ちと言うものはすぐさま切り替えることは出来ないものだ。
俺はまだリヨさんのことが好きだし、もしかすると何かの間違いではないのかと言う希望もある。

(多分…聞くなら今しかないよな…)

少し緊張しつつも口を開いた。

主「あのさ…」

リヨさんは少し驚いたようにこちらを見つめる。

主「リヨさん、最近俺のこと避けてない…?」

その瞬間、彼女の顔がビクリと強張る。
それと同時に、何かの間違いだと言う答えはなくなった。
彼女は俺を故意に避けていたのだ。

リ「そんな、ことは…」

答えは明白なのに、彼女の口からは否定の言葉が出る。
治まっていたはずの苛立ちが再発する。
半分、心のどこかでは諦めてはいたのだ。
なのに、彼女が嘘をつくから。

主「そんなこと、あるよな?」
リ「……………」

自分で思っていたよりも低く冷たい声が出る。
その声にリヨさんは押し黙る。
何も言わない、そのことが更に俺の苛立ちに拍車をかけた。

主「リヨさんさ、俺のこと嫌いになった?」
リ「そんなこと…!」
主「じゃあ何で避けるの」
リ「その…」
主「嫌いなんだろ?」
リ「違っ…」
主「はっきり言えよ」
リ「っ………」
主「…俺さ、リヨさんのそういうとこ嫌だったんだよね」
リ「……………」
主「なあ、なんとか言いなよ」
リ「…嫌じゃない、んです…」
主「じゃあ!」
リ「でも、もう無理…」
主「っ………」

その言葉を聞いて、一気に頭の奥から冷えていくのが分った。
篭った声に湿った目。

(なんなんだよ…泣きたいのはこっちだっつーの…)

女が涙を見せるということは、男にとっては脅迫されているのも同じことだ。
まだまだいらだちは治まらないのだが、その潤んだ瞳がこれ以上彼女を攻めさせてくれない。

主「…なら、もういいから」
リ「…っ」

まだ作業の終わりきってない手を止め、鞄を持つと教室を出た。
今の俺にはそう告げてこの場を離れるのが精一杯だった。

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最終更新:2008年08月05日 12:02