それはそれとしてハンバーグが美味い

ヘイス・アーゴイルは武器を売った。自作の武器を売って売って売った。
 人間に売った、魔族に売った、勇者に旅人に、町人に武人に、
 光の者にも闇の者にも、分け隔てなく売った。
 安く売った。

 最初は自分の武器によって争いを起こすためだった。
 高村和花という魔法少女とマスコットの合いの子がどこかの世界でされていたように、
 人間と魔族の合いの子であるヘイス・アーゴイルはどちらの種族にも属せず、差別されたからだ。

 こんな世界は滅んでしまえと思った。
 だから作って、売った。命を奪うための剣を槍をメイスを鞭を爆弾を、売った。
 父は鍛冶屋で、母は商人だった。
 魔王軍のいわれなき殺戮でどちらも喪ったが、
 おかげでヘイス・アーゴイルは武器と防具の開発は得意分野であったから、良い武器はすぐ作れた。

 安く売った武器によって殺し合いが起こった報を聞くことが、彼の百年物の趣味だった。

 悪魔王は討たれたが、ヘイスの世界では今も争いが続いている。
 下等獣人による民族自決のテロ。悪魔王により抑制されていた魔族による人間への本格的な復讐。
 巨悪との一対一の戦争だった時代に比べると、散発的な戦闘しか起こらない今の環境は
 少しやり辛い側面もあるが、ヘイスのスタンスとしてはあまり変わらない。
 いつも通り戦闘のあるところに安く武器を送り届け、戦闘を誘発させるだけである。

 だがサン・ジェルミ伯爵――あの男についに感づかれたということだろうか。
 いつも殺し合いの引き金を引く手伝いをしていただけのヘイスは、
 ついに殺し合いの真っ只中に放り込まれることになったのだった――。


「それはそれとして、ハンバーグが美味い……」


 デパートの最上階、レストラン街の一角にあるハンバーグ専門店。
 カタギリハナコという少女と出会い、別れたヘイス・アーゴイルは、現在ここでハンバーグを食していた。
 その表情は喜色満面、どこからどうみても、のほほんとハンバーグを楽しむ気のいいおっさんにしか見えない。
 というか……実際ヘイスはしみじみとハンバーグの美味しさに酔いしれているのだった。

 いやだってしょうがないでしょう、美味しいんだもの。

「肉をミンチにし、卵などで繋いでナツメグを加え、鉄板で焼く……こんな簡単な料理だというのに……。
 火の通し方ひとつで虹色の味の変わり具合も魅せてくれるし、最高ではないか……。
 これが『異世界の料理』というやつか、素晴らしいな。いや本当に素晴らしい……5皿も食べてしまった」

 アースFでは肉料理といえばローストしたチキンか丸焼き、
 あるいはステーキ、たまに煮込みなどがほとんどで、
 わざわざ肉をミンチにしてからそれをこねて焼くという発想はなかった。
 ハンバーグという名の料理は、ヘイスにとっては初めての体験だったのである。

 幸いハンバーグ専門店のキッチンにあったレシピ表は見ることが出来たし、
 道具作りに適性のあるヘイスに異界の料理道具を扱うことは非常に容易かった。
 方針を考える前にまずは腹ごしらえから、と考え付いて直行したレストラン街だったが、
 予想以上、ある意味予想外にハンバーグの魅惑の味に嵌ってしまったヘイス・アーゴイル。

「とりあえず隣のうどん屋とやらにも行ってみよう」

 隣のうどん屋に行ってみようとするのを止められる者はいなかった。



食食食食食食食食食食食食食食


「――――しまった、食べ過ぎて動けない」

 ヘイス・アーゴイルはデパート最上階の休憩ゾーンで、
 大きくなったお腹をさすりながら添えつけのふわふわソファーに寝転がって天井を仰いだ。
 もうお腹いっぱいである。
 お腹いっぱいすぎてはち切れそうなくらい食べてしまった。
 思えばここ数年、武器屋の仕事で忙しく、まともな料理を食べられていなかった。

 アースFでの料理の水準はそう高くない。
 城にはお抱えの料理人がおり、アースRで言うならイタリアやフランスで出てくるような洒落た料理、
 あるいは中世ファンタジーでよく見るような料理が出てくるところもあるが、
 下等民の食事は芋のスープや森の獣、低級モンスターの可食部を調理して食べるのがほとんど。
 レトルト食や保存食の概念も存在しないため、
 十年も貧民街で暮らせば食事の楽しさなどと言う概念とはお別れするのが当たり前の世界だ。

 そんな胃袋ににアースR式の、
 マニュアル化され一定の味が保障された様々な料理群を叩きこめばどうなるか。

「幸せすぎる……どこの『異世界』だか知らないが、この世界は滅ぶべきではない……」

 こうなるのである。
 ヘイス・アーゴイルは自らの世界を憎んではいるが他の世界まで憎んでいるわけではない。
 長く生きている自分が知らぬ料理があったことから『異世界』の存在を自分の中で確かなものにしたアーゴイルは、
 ハンバーグが食べれる世界は滅ぶべきではないと強く思ったのだった。

 でもそうなるとますますサン・ジェルミが憎いな。

「こんな素晴らしい世界の民を殺し合いに巻き込んで、一体何を企んで……おえっぷ。
 ああ、でもとりあえずそれを考えるのは、もう少し休んでから、この建物を全部回ってからにするかな……」

 デパートの階数表示を見ながらヘイスは顔をほころばせる。
 そこにはまだまだヘイスの知らない色んな店があるようで、楽しみが止まらなかった。
 殺し合い<素晴らしき異文化交流。
 憎しみに染まっているはずの心はあっさりと楽しそうなほうに流されてしまっていた。

 しかしそれも詮無きことかな。
 本人も自覚してはいないが、時の流れというものは人の憎しみをも容易く流し、小さくしていく。
 世界を滅ぼすのを目標に武器を作って売り続けていたこの男の憎しみも、客に感謝されたり、
 売り上げの上下に悲喜したり、隣の店の看板娘と交流したりするうちに、実際少しずつ丸くなっていたのだから。

「これも情報収集……情報収集だから仕方ない……」

 親父腹をさすりつつ幸せそうな顔で脱力するヘイス・アーゴイル。
 彼が本気を出すのは、もう少し後のことになりそうであった。


【E-5/デパート6F/1日目/早朝】

【ヘイス・アーゴイル@アースF(ファンタジー)】
[状態]:健康、満腹
[服装]:店主服
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、不明支給品1~3
[思考]
基本:殺し合いをつぶす
1:『ハンバーグが食べれる世界』は滅ぶべきではないな
2:デパートを探索
3:ほかの『異世界』も確認しなければ
4:協力するなら『異世界』の住人と
5:自分のチームの優勝は断固として阻止する
[備考]
※サン・ジェルミ伯爵が主催者側にいる可能性が高いと考えています
※異世界が存在し、チームは世界ごとに分けられている可能性があると考えています

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最終更新:2015年07月07日 20:13