そこにあったのは獣の肉塊だった。
破壊されたコンクリートの中央に、黄色と黒の毛皮が付いた肉塊が打ち捨てられていた。
もともとその肉塊に付いていたらしき首は、肉塊のすぐそばに転がっている。
虎――にしては巨大だが――虎型の獣であっただろうそれは、
徳川家康とムッソリーニの二人が現場に着いたときにはすでに動かぬ肉塊と化していた。
「すごい音がしたから参じてみたが、想像以上じゃのう……」
「おいおい、これも参加者か?」
「首輪は無い……が、首を取られている以上なんともいえんの。
まあ、これを“この有様”に出来るだけの力を持った何かが近辺にいる、というのが今分かる情報じゃな……」
当たりに散らばるガレキを見ては、徳川家康が目を細める。
「とてつもない有様じゃ」
巨大虎は顎を砕かれていた。おそらくは戦闘がここであり、
この巨大虎は何者かに鈍器か何かで“殴られ”、道からこの場所まで飛ばされて家を破壊したのだ。
家康の常識にはそのような力を出せる兵器などない。
奇特な発明力を持つ平賀源内であっても、この大きさの獣を殴り飛ばす馬力を持つカラクリを作れるかは怪しい。
在りうるとすれば、アースE(エド)の闇にはびこると言われる妖魔の類であろうが――妖気はこの場には感じられぬ。
「おそらくは、別の“ちいむ”じゃろう。……危険な奴らも居たものじゃ」
ムッソリーニと共にパスタを食すため南にある学校を目指す途中で、家康は彼との情報交換を一通り終えた。
分かったのは、どうやらムッソリーニと家康はまったく違う時代、そしておそらく違う世界から来たということである。
第二次大戦で日本側が勝利した世界と、そもそも第二次大戦以前に江戸が終わらなかった世界。
戦国時代に天下統一を果たした武将とイタリア共和国首相。
二人が歩んできた歴史や常識を照らし合わせて、噛みあわぬ点が多かったのが動かぬ証拠。
とすれば不可思議なことに慣れている家康には、チーム分けの条件、そこから得られる推測も可能だった。
別の常識、別の世界ごとにされたチーム分け。
さらには――別の世界には家康の知り得ぬ力を持った者達がいるということ。
一度死んで少女として蘇るという奇なる歴史を辿ってきた彼女としては、受け入れられないわけではない概念だ。
「むっそりーによ。ここは危険じゃし、一度……なにをしとる?」
ともかくこの場は危険。一刻も早く動くべきだ。
と思考し、隣にいるムッソリーニに声をかけようとした家康は、彼が隣から消えていることに気付く。
見ればムッソリーニは虎のそばに座って何かをしていた。
近寄ると、支給されたらしい大ぶりの鉈を使って、彼は肉塊から肉を斬り分けようとしている所だった。
「お、お主……まさか」
「うむ、イエヤスよ。ちょうどよかったではないか。パスタの具が見つかったのだからな!」
「食べるつもりか! 出自も分からぬ獣じゃぞ……衛生的にもどうだか」
「まだほんのり暖かい。新鮮な肉であることは確かだし、火を通せば食べられんことはないだろう。
食糧の調達は戦時にはとても重要! ここは尊い命に感謝して頂こうじゃないか」
家康は見開いた目をぱちくりさせた。
その間にムッソリーニは慣れた調子で虎肉の脂の乗った部分をブロック状に切り取った。
破壊された家の中からタオルのような布を引っ張ってくると、肉を包んで縛る。
「完了!」
無駄のない手際だった。しかもしっかり終わった後に、死骸に向かってムッソリーニは敬礼さえした。
食事への感謝を怠らぬ真面目な軍人の顔に、家康は呆れ、ため息を吐く。
「はあ……命に感謝と言われては、反論のしようもないのう。
分かった、その肉はワシも頂こう。じゃが代わりに一つ提案がある」
「ん? なんだ?」
「むっそりーによ。お主には悪いが、……学校へ行くのはよそう」
「……なぁ~~にぃ~~~~!?!?」
家康の言葉にムッソリーニは急激に真面目顔を崩して変顔状態になった。
「何を言っている何を言っている何を言っているイエヤス・ス・ス・ス!!!
俺たちはパスタ! パスタを! まだ! 食べてないのに学校に行くの止めないだろ普通!」
「落ちつけい。パスタを早く食べたい気持ちは分かるが、状況を考えよ。
その獣の身体もまだ温かいということは、“それをやった者”は近くにまだおるということ。
今はおらんが、こちらに戻ってこないとも限らんし。学校へ行く途中で見つかる可能性もある」
「……」
「そうなったとき、この地形は非常にやりづらいとは思わんか。
建物に囲まれて、逃げる方向は限定されておる。狙撃もされほうだいじゃ。
メリットとしては、建物に隠れてやりすごせる可能性じゃが――この下手人が建物を壊せる以上意味がない」
これならばまだ最初に居た草原のほうが視界が効くだけマシじゃ、と家康は述べた。
「む……むむむむむ……地の利まで持ちだされては、俺としても何も言えんな。
軍人でもあるが、どっちかと言えば俺は政治屋だしな……ここはそちらに従おう。
だが草原に戻るとしてパスタはどうする! パスタは茹でなければ食べれんのだぞ!!」
「誰も草原に戻るとは言っておらんじゃろ。あそこじゃよ、あそこ」
憤慨するムッソリーニをなだめつつ、家康は空を指差す。
そこには、地図で言えば中央に鎮座している、「城」と呼ばれる巨大な施設の頂上付近が見えていた。
目立つ施設である。
なにせその「城」は……言及するのがためらわれるほど、いびつなかたちをしていた。
「目立ちすぎるがゆえに。初手から乗り込むのは控えようかとも思ったがの。
斯様に恐るべき力を持った個がおるならば、取るべき策は“有利を取って迎え撃つ”じゃ。
そうなればむしろ――早めに城を抑えて、敵に対し構えておくべきではないかのう?」
「あそこにも厨房はあるのか?」
「あるに決まっておろう。少なくとも“半分”は、ワシの知っておる城じゃからな。
カテイカ・シツとやらと違い、食材はあるかどうか判然とせんが、蔵があればもうけものじゃ」
「なんだそうなのか! ならば一つも問題はない!」
眉間にしわを寄せて口をとがらせていたムッソリーニは、
パスタを食べられる可能性が潰えていないと分かったとたんにけろりと表情をにこやかに変えた。
「パスタ! パスタパスタパ~スタをあの城のてっぺんで食べると言うのも乙かもしれん!
いいぞイエヤス、目標変更だ! 城へ往こうではないか!!!! ふふふ、るんるん♪」
「……お、おう……」
るんるん言い始めたムッソリーニに家康は乾いた笑いで応えた。
……まったく、此度の同行者にはいろんな顔があるものだ。
虎から肉を頂くときの真面目な軍人の表情。
パスタが食べられぬと知った時のパスタ大好きおじさんの表情。
さらに、パスタが食べられると分かった瞬間の子供じみた愛嬌のある表情。
ここまでころころと表情を替えられては、面白すぎて退屈しない。
いい同行者を手に入れたものだと家康は思う。
(ま、それだけではないがの)
また、家康はしかりと同行者の分析もしていた。
(往々にして、このような色んな顔を持つものほど、実戦では“強い”ものじゃ。
先ほど一瞬見せた軍人とやらの顔、あれは何事にも一切妥協せぬ男の顔だった。
むっそりーに殿は一国の主であったとも聞く。きっと、パスタにも為政にも、妥協せず取り組んだのじゃろう)
ムッソリーニがパスタ大好きおじさんの裏に秘める、為政者としての“顔”とその強さ。
パスタに左右される精神性に危うい所を感じもするが……あるいは。
この同行者となら、あるいは主催の打倒も可能かもしれぬと、家康はそう思うのだった。
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かくして二人は行路を替える。向かう先は中央の「城」。
それは西から見れば、家康の知る日本式の城に近い姿をしていた。
だが東から見れば、ファンタジー世界にあるような古城に近い姿をしている。
世界の中央にそびえたつそれは、見れば一目でこの世界がただの世界ではないと分かる施設。
その名を「安土シンデレラ城」。
まるで雌雄を合わせてしまったかのように、
ちょうど半分が安土城で、もう半分がシンデレラ城になっている不思議な城である。
【C-6/住宅街/1日目/黎明】
【徳川家康@アースE(エド)】
[状態]:健康
[服装]:ふりふりの着物、頭にリボン
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0~2
[思考]
基本:この下らぬ遊戯を終わらせる
1:むっそりーにと共に安土シンデレラ城へ向かってぱすたや甘味を食す
2:むっそりーに殿には“妥協せぬ強さ”があるのう……
【ベニート・ムッソリーニ@アースA(アクシス)】
[状態]:健康
[服装]:
[装備]:大きな鉈@アースEZ
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1~2、パスタの麺、怪獣虎の肉
[思考]
基本:パスタを侮辱したクソビッチを処刑する
1:イエヤスと共に安土シンデレラ城へ向かってパスタを調理する
※マップ中央の「城」は安土シンデレラ城でした。
西から見ると安土城、東から見るとシンデレラ城に見えます。
【大きな鉈@アースEZ】
ゾンビものとかでよく恐い敵が持ってる系のやつ。血錆びに年季を感じる。
最終更新:2015年07月01日 20:31