柳生有情剣

「この音声は削除されました…」
「…おいおい、何だこりゃあどうなってる」

困ったことになっちまった。
今の俺の一言で述べてみるとそう言える。今日は久々の剣客商売、しかもおエライさんからの依頼だってのに。こんなことしてる場合じゃないだろうよ。
俺、柳生十兵衛(やぎゅう じゅうべえ)は頭を掻きむしりながらボソっと呟いた。
あの露出少女かつ俺の居候先の主人こと不死原霧人(ふじわら みすと)が、「偉い人に会うんだから身なりをしゃんとするのよサムライ!」だとかなんとかで着慣れない「すーつ」を着までしたっていうのによぉ。あーあ散々だねえ。
俺はどうもこの服が嫌いだ。なんでわざわざ体にぴったりとした服を着る必要がある。んな格好しちまってたら、いざっていう時剣を鞘から抜きにくい。単純に慣れてないだかもしれねぇがね。

(…まあいいさ。チャッチャッとあの訳わからんこと言ってる奴らを切り伏せちまおうかね)

そうだ。親父殿までとはいかんが、剣術であればそんじょそこらのモンには負けねえ自信がある。
腐ってもこちとら、柳生一派の新陰流(しんかげりゅう)の後継者なんでね。次の仕事のためにあの意味分からんヤツの居場所見つけて切り捨てるとすっか。
俺はそう思い鞘に手をかけようとした。

「…あれ?」

…かけようとしたんだ。柄の部分に手をかけようとしたんだが、その俺の手は空を切ることになった。

そこで気づいた。俺の三池典太(みいけてんた)が無い。俺の愛刀が。脇に差していた俺の刀が。

(うっわー…)

やっちまった。何処で落とした?忘れてきたか?霧人の家か?
いや、それは絶対ない。侍の魂とも言える刀だ。俺の愛刀だ。
しかも刀だけじゃない。常に持ち合わせてる鉄扇も無くなってる。衣服にいつも忍ばせてるはずのモノがだ。

…と、なると。俺の三池典太取ったのが誰か居るって訳か?
ただこんな場において、モノ取りでもされたとはどーも考えにくい。俺の刀と、ましてや懐の鉄扇を気づかれずに取る力があれば、ついでに殺すはずだ。
だとしたら…

「あのあかねってヤツが、取ったってことか」

まったく殺し合いさせる気があるならなーんで俺から武器を奪うかねえ。
…まあそりゃあさあ。正直霧人ん所に来てから俺も緩くなっちまったとは思う。けどな、流石に柳生家の一員として教えられた命とも言える、そして侍の魂とも言える刀を取りやがるってのはどういうこった。
一人知らない世界に来た俺という存在を繋ぎとめる唯一のモノが、無くなっちまった。
「かーっ、流石にオイタが過ぎるんじゃないか」

そりゃあこっちは徳川イエミツをぶん殴ったせいで親父殿から絞られた身だから、キレるのはよくねーのは知ってるさ。
ただ流石に、流石にこれはちょーっと見過ごせないだろう。

俺の魂を、侍としての魂を取り返さなくては。元の世界に帰るに帰れない。

(ぬるま湯につかりきってたみたいだが、どうもここじゃそうは行かないみたいだ)

定期的に現れる敵達を、ただ仕事と称して切り伏せる日々。
希望に満ちた学生たちに模範的な剣道を教える日々。
そんな定期的な生活慣習では生き残れないし、剣も取り返すことができない。
そんな当たり前はもう通用しない。
覚悟を決めなきゃならないみたいだ。刀を取り返して、これを開いた阿呆共を斬り捨てる。
反逆するなとかなんとか言ってるがどうでもいい。刀を返してもらった瞬間に斬ってしまえば殺される心配もねえだろうよ。
実践形式は久々だが、待ってろよ観測しすてむなんちゃら。

「と、なったらどうすっかねぇ。どっか建物の中でも入って貰ったモンの確認でも…ん?」

そうやって俺は一息つくと目の前、大体三十歩くらい先の方で少女が走っていってるのが見えた。
表情からは焦りが見えた。口は下がり、目からは涙が出ているようにも見える。
年齢は霧人よりわずかばかし年下か?しかも女子(おなご)と来た。

「はぁー、あんな子すらここに呼ぶとはねぇ。悪趣味なこった」

霧人が「せっと」した髪の毛をぐしゃぐしゃ、とまたかき回して、俺はその子の元へと向かっていったのだった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆>◆

「…はあっ、はあっ、はあっ」

怖い。
黒髪でセーラー服の少女、花巻咲(はなまき さく)の頭の中はそれ一色であった。いつも通り部活を終えて、友達たちと帰りにクレープを食べて。
明日の宿題を怒られないようにせっせとやって、いつも通り布団に入ったはずなのに。
なんだこの首輪は。なんだあの音声は。そしてどこだここは。そして、なんで自分がいるんだ。

(なんで、なんで、わたしなの?わたし、なんか悪いことした?)

自問するが、答えは帰ってこない。真夜中で一人。その状況は孤独と不安感を更に倍増させる。
更にディパックの中に入っていて、今は右手に握られた鉄パイプの冷たい感触が、非日常感を尚更強くさせているようにも感じた。
焦りからか、恐怖からか、咲の足取りはいつの間にか早くなっていた。
そして段々と、そしてまたこれもいつの間にか、咲は走っていた。
行き場も無く、打開するという訳でもなく、人を殺すという訳ではなく。ただひたすらに走っていた。
理由はない。ただ、単純に怖いのだ。『殺し合い』をさせられるということが、あまりにも非現実すぎて。

(助けて、助けて幸太せんぱい。助けて花子ちゃん。わたしもうやだよ意味わかんないよ)

つい最近付き合ったばかりの彼氏、山村幸太と、自分の友人である片桐花子の姿が頭に浮かんだ。幸太は笑顔が爽やかで、イケメンで、でも何処か抜けているのがたまにキズの男の子。
でも何より自分のことよりも咲を一番に考えて優しく接してくれる人だ。
片桐花子は、自分がジャック・ザ・リッパーの生まれ変わりだとかなんとか不思議なところはあるけれど、よく一緒に買い食いをしたりする、仲が良い友達だった。
その山村幸太も片桐花子も、今この場所に居ない。自分を守ってくれる彼は、今いるはずがないのに。
早く、安心感が欲しかった。助けが欲しかった。死にたくない、こんなところで───






「おい、そこのお前さん!ちょっと止まってくれねぇか!」





唐突に男の声が、咲を呼び止めた。後ろの方からだ。
咲は振り返るのも怖かった。自分を殺そうとしてるかもしれない。
しかし咲はその気持ちを押し殺して、走りながらゆっくりと後ろを振り返った。
もしかしたら、もしかしたら誰か助けに来てくれたのかもしれない。だから呼び止めているのだろうと。
その一抹の期待がそうさせたのか、咲は少し、頭を後ろにやった。自分をこの悪夢から目覚めさせてくれるような、ヒーローがそこにいるのを信じて。




「くそっ、待たねえかこの野郎っ!!!」





しかしそこには、ピンチを助けてくれそうなヒーローではなく、まるで獲物を狩る野獣のような眼光で、今にも自分を殺そうとするような形相のスーツで長身の男が自分を追ってきていたのだった。

「いやあああああああああああっ!!!」

咲は大声を挙げた。自分でもこんなに大声が出るのかと不思議に思うくらいに。
後ろの男はその声を聞いて驚いたのか、走るのを止めた。
そして咲も、大声を出した事で咲のさらに荒くなり、その歩みを必然的に止めることになった。
荒い息を制しながら、目の前の男に目をやる。自分と同じようにこの殺し合いに巻き込まれた証拠である鉄製の首輪を巻いている。
目を凝らす。喉元の所に書いてあるアルファベットは、『H』。
自分の文字は、最初の音声放送後確認した。『R』。つまり、この男は自分の敵だ。

「ちょ、ちょっといいか?お前さん誰かに追われてんのか?」
「やだっ!やだっ!私は帰る!こんなところから早く逃げて、帰るんだっ!花子ちゃんやせんぱいが待つ、普通の世界に帰るんだ!」
「…おいっ!落ち着け、大丈夫だ、俺は何も危害は───」

男が言い切る前に、咲は自分の持っていた鉄パイプを構えた。
咲は武道の心得はない。ましてや暴力沙汰なんて一番嫌いだ。本が友達だったような自分にとってそういったことはまったく無縁だった。
だからこそ腰は引けていて、両手でただしっかりと握り直しただけだ。
しかし、咲にはそういったことはどうでもよかった。必要なのは、元の世界に帰るために、元の平和で当たり前が続く日常に帰るために、殺られる前に殺らなきゃならなかった。
そのことに躊躇はない。自分の恐怖心よりも、使命感だとか、そういったものに近い感情が彼女を揺れ動かしていた。

「おい!お前さんやめろっ!降ろせ!」

男が静止する言葉を振り切るように、咲は男のもとに走り出した。別に狙いはない。ただこの鉄パイプを大きく振りかぶるだけ。その文章が咲の頭を支配していた。

「あああああああああっっっ!!」

自分を奮い立たせるように声を振り絞る。
優しくて大好きなせんぱいが待つあの日常に。ちょっと変だけどかわいい花子のいるあの日常に。家で待つ親や兄弟たちが待つあの日常に。
咲は大きく、大きく鉄パイプを男の頭上に振りかぶった。
その愛する日常に帰るために。

(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい)

そう、最後に罪の意識を感じながら、大きく、頭上に振りおろした。
ぐさっ。




しかし、振りかぶった後に男の姿はなかった。目の前には土に刺さったままの鉄パイプがある。

(なんで、なんで?ちゃんと振りおろしたはずなのに)

咲は目の前のことが理解できず、この状況を理解しようとする。
後ろに避けたか?鉄パイプから前に視線を向けるが、男は居ない。ならばどこへ───


「ガキが…そんなもん振り回すんじゃねえよっ!!!」

その声がした瞬間、黒い『何か』が咲の右脇に写った。そして、動く黒いそれが、先程鉄パイプを振りおろしたその男と気づくまで、多くの時間はいらなかった。

そして、右脇腹に走ったのは衝撃と聞いたことない鈍い音。
そのあと襲いかかったのは、信じられない程の激痛だった。

「かっ……はっ……」

今まで人生で体験した事無い痛み。その痛みに、ただの平凡な女子高生である咲が耐えれるはずもなく、その場に崩れ落ちた。
徐々に意識が遠くなっていく。瞼が重くなってきている。痛みは続いているが、おそらくこのあと自分は殺されるのだろう。
怖い。怖いが、その恐怖を感じずに死ねるというのなら───それはそれでいいのかもしれない。

(…幸太せんぱい、花子ちゃん、お母さん、お父さん、ごめんなさい…)

咲は諦めに近い気持ちを胸に抱きながら、闇の中へと意識を飛び込ませたのだった。

=============

「…やっちまった」

拝啓親父殿へ。またあなたの息子はやっちまいました。人生初女子の脇腹に一発殴打を加えちまいました。
いや、避けるまではよかったんだけどなあ。つい授業の体術の癖でやってしまった。いけねえいけねえ。
俺がいる世界でこういう一般の子に危害を与えちまうのは、確か重罪だったかなんとかだと、霧人が授業で習ったと言っていた。
つまり、このままだと俺は元の世界に帰ったところで有罪になっちまうということになる。

…いやいやいや!それはダメじゃないか?それを防がなくては。なんとかしてこれが正当防衛と許してもらえるためにはどうすればいいんだ。

「…この子に誤解を解いてもらうしかねぇよなぁ。殺し合いに乗っちまってた場合は口封じるために殺すしかねえだろうけど…それも気が引けるしなあ…」

俺は目の前に倒れた少女を肩に担ぐと、彼女が持っていた鉄パイプを握り、辺りを見回す。
ここでこの子が目覚めるのを待つのは危険だ。何処か建物の中にでも入って、身支度を整えるついでにでも、覚めるのを待てばいい。

(ん?なんだあのはいからな建物。南蛮風?ってやつか…)

東の方角を向いた時に見つけたのが、大きな南蛮風の館だった。
ああいうところはどーも苦手だが、屋根もあって突然の雨は防げるだろうし、何より夜をこのまま迎えるのも危険だ。仕方ねえか。
ちょっくらあそこまで行ってみてこの子と話をしてみますかね。


俺はまた大きなため息を吐いた。さっさと終わらせて、元の場所に帰らないといけねえ。あと三池典太も取り返さないといけねえ。
あー。色々大変そうだなー。ちーむとか色々あるけど頑張れ俺。

(あ、今日メシ作る当番俺だったか…こんな事してる場合じゃねえぞほんと。帰ったら何作ろうかなあ。霧人が好きな卵料理でも作ってやっかなあ)

【G-4とH-4の境/森/1日目/黎明】

【柳生十兵衛@アースH】
[状態]:罪悪感、焦り
[服装]:スーツ
[装備]:鉄パイプ@アースR
[道具]:花巻咲のディパック、支給品一式、不明支給品1~3
[思考]
基本:刀返してもらってすぐに主催者を切り伏せる
1:この子を館に連れて行ってとりあえず話を聞く
2:基本挑む奴には容赦はしない。
3:今日の献立を考える
[備考]
※ディパックの中身を見ていません。

【花巻咲@アースR】
[状態]:気絶
[服装]:学生服
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:帰りたい…
1:…
[備考]
※気絶中です。

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最終更新:2015年07月04日 21:43