穿つべきピリオドは―― ◆gsq46R5/OE


  少年の幼少期を一言で表すなら――それは"孤独"。
  とはいえ、花京院典明の生まれや人物像に問題があったかと言えば、否。
  彼が生まれたのはごく普通の一般家庭だったし、友人だって作ろうと思えば人並みには作れたハズ。
  それでも、彼はそうしようとはしなかった。何故か。答えは、彼に宿りし力にあった。
  スタンド能力。それが、花京院に生まれながらに備わっていた異能の力。
  法皇の緑(ハイエロファントグリーン)。そしてこの力は、花京院以外には見えない。同じ力を持たない限り。
  彼を孤独にしたのは、つまるところ、スタンドの持つその性質であった。

  というよりも、花京院自ら選んだのだ――孤独を。
  自分と同じものを見ることのできない人間とは、真に心を通わせることなど出来やしないのだから。
  彼が初めて自分以外のスタンド使い、邪悪の化身と邂逅する迄に、十七年。
  それから紆余曲折あって、正しい心を持った仲間達と出会う迄に、数ヶ月。
  そこから今度は、一度は屈服した『世界』を倒すために、数十日間の旅をした。
  孤独だった花京院典明はもういない。
  彼は自分の背負った恐怖を乗り越え、仲間との絆に支えられ、遂に宿敵の待つ終わりの館へ足を踏み入れ、


 「参ったな。まさかこんなアクシデントに見舞われるとは……流石に予想していなかった」


  ――そこで、『繭』を名乗るスタンド使いに"嵌められた"。


  エジプトへ向かう旅の途中、本当に様々なスタンド使い達と戦ってきた。
  かつての花京院と同じく、『肉の芽』によって洗脳されていた男。
  彼は正気を取り戻し、花京院たちの仲間として迎え入れられたが、それ以外の殆どは悪しきスタンド使いだった。
  金目当てで立ちはだかった者。中には、一行が不倶戴天の敵と定める吸血鬼に心底心酔した者もあった。
  だが、断言できる。あの『繭』という少女のスタンド使いは――これまで見てきた中で、間違いなく『最強』。
  道具として代用できる応用性、近距離型スタンドのそれにも劣らない力を持つ『竜の手』、
  極めつけに、彼女へと反逆した者の『魂』を『マスターカード』へ封じ込めるという能力まで備えている。

  掟破りも甚だしい。
  一つのスタンドでこれだけのことが出来るなんて、正直お手上げと言いたい気分だった。

 「彼女もまた、DIOが我々を倒すために差し向けたスタンド使いなのか――いや、違うな。それはありえない」

  自分で口にした『可能性』を、間髪入れずに自ら否定する花京院。
  根拠は二つあった。花京院がそう思うに至ったのは、マスターカードで表示された名簿を見たから。
  そこに載っていない名前と、逆に載っている名前。

 「此処にはジョースターさん……ジョセフ・ジョースターがいない。こんな大掛かりな手段を使ってまで僕らを抹殺しにかかって来たのだとすれば、少なくともジョースターの血統を受け継ぐ彼がいないのは不自然だ」

  そも。
  奴、DIOが真に抹殺したいのは誰か。
  答えは分かりきっている。奴にとって因縁のある相手、正確にはその子孫。
  『ジョースター』の血を受け継ぐ者たちだ。即ち、空条承太郎とジョセフ・ジョースター。
  そこでこの名簿へ立ち返る。承太郎の名前はあるが、ジョセフの名前はない。
  確かにジョセフは老いているものの、そんなことに頓着するDIOではないはず。
  更にもう一つ。花京院を信へ至らせてくれたのは、むしろこちらの方だった。

 「そして、DIO――。奴自身が前線へ出てくるということ。これは明らかに不自然だ。奴らしくもない」

  自分の根城まで辿り着かれ、流石のDIOも焦ったのかもしれない。
  しかしそれでも、花京院はそこへ不自然さを感じずにはいられなかった。
  まして、こんな腕輪を巻かれた挙句、命まで握られる醜態。
  たとえ信頼の置ける部下であれ、あのDIOがそんなことを許すだろうか。
  花京院には、そうは思えなかった。

 「……あのDIOさえも予想だにしない、未知の敵か」

  口にした言葉に、思わず込み上げる――怖気。
  これまで最大の敵だと思っていた人物さえ、ともすれば超えてしまうかもしれない存在。
  まず間違いなく、一筋縄では行かないだろう。 
  主催陣営が一枚岩とも考えにくいし、何より問題はこの『腕輪』だ。
  外す手段があるとすれば、剣か何かで腕ごと切断してしまうことか。
  しかし、腕の切断を止血するともなれば大掛かりな作業になる。
  よしんば成功したとして、皆が隻腕状態では勝てる勝負も勝てない。
  これについては追々考えていくことになるだろうが――現時点では、はっきり言ってお手上げ状態だった。

  殺し合いに乗るのは言うまでもなく論外として。
  何度も修羅場を潜り抜けてきたとはいえ、自分たちだけの力で主催に与し得るかというと怪しいものがある。
  旅のブレインであるジョセフは不在、アヴドゥルとイギーの力も借りることは出来ない。
  おまけに参加者名簿には、DIOとその刺客、ホル・ホースの名。
  正直に言って、このままではキツいものがある。
  だが花京院は、戦力となり得るまだ見ぬスタンド使いが、間違いなく参加者として混じっているだろうと考えた。

  繭はゲーム性を重んじている。
  それはあの場で彼女が見せた言動の節々からも窺えることだ。
  であればこそ――ワンサイドゲームで殺し合いが幕を閉じるような参加者選出はしないだろう。
  完全に平等な戦力ではないにしろ、花京院たちやDIOへ対抗できる素質を持った者が招かれているハズだ。
  それならまだ可能性はある。繭の定めたルールを打ち破り、彼女を倒せる可能性が。

  それでも、『対主催』の活動は変わらず茨道。
  殺し合いに乗る、DIOたちのようなスタンド使いも紛れ込んでいるのだから、決して油断は出来ない。
  何もスタンドがなくたっていい。
  スタンドは脅威的な力だが、それを操るスタンド使いは――少なくとも花京院達は、銃弾の一発でもあれば死ぬ。

  このゲーム、常に『死』が隣にある。
  それを忘れてしまえば、何も成すことは出来ない。
  過酷で、悪趣味で、それでいて腹立たしいほど完璧で。
  ――だからこそ、許せない。


 「首を洗って待っていろ、主催者。それに、DIO。
  貴様らは必ず倒す……お前達の好きには決してさせない」


  そこに込められているのは燃え上がる闘志。
  ゲーム感覚で人の命を弄び、糧として愉しむ邪悪な鬼畜ども――奴らを、生かして帰すわけにはいかない。
  そのためにまず必要なのは仲間との合流、戦力の確保。道中乗った参加者と出会ったなら、その都度鎮圧。

  この『バトル・ロワイアル』における行動方針を固め終えて、花京院は凭れかかった壁から背を離す。
  地図によればここはD-4、研究所。どこか胡散臭い雰囲気が名前からは垣間見えるが、幸いもぬけの殻だ。
  であれば長居は無用という事に為る。もっと人の集まりそうな場所なりに移動するのが賢明だろう。

 「先ずは――旭丘分校。此処が近いな」

  地図を見、呟き。
  学生が集まってくるかもしれないと期待し、歩き出す。


 「ク、ク、ク。イイ覚悟じゃねえか――なあ、ちょっとばかし遊んでくれや」



 「誰だッ!」

  無人だと思っていた研究所内に、どこからか響く男の声。
  それに声を荒らげ、即座に臨戦態勢を取る花京院。
  彼は運が良かった。後数秒、先程のまま壁に凭れていれば、その勇敢な意思は一瞬にして散っていたに違いない。
  爆音にも似た破壊音。コンクリート仕立ての壁面が――花京院がついさっきまで背を預けていた壁が、
  まるで砲弾の直撃でも受けたかのように弾け飛ぶ。その向こうから、筋骨隆々とした破壊の権化が現れる。

 「な――」

  花京院は思わず絶句した。
  豪快どころの騒ぎでは収まらない、突然の襲来。
  小細工などとは最も縁遠い、ごく原始的な『襲撃』!
  そして何より彼を驚かせていたのは。

 (なんだ――なんだ、この男はッ!? 今、コイツはスタンドを出して『いなかった』!)

  壁を破り、男が現れる一瞬。
  粉塵で視界は悪い中、ほんの一瞬だけ見えた光景だったが、それは想像を絶するもの。
  コンクリートを破壊するほどの力となれば、当然近距離型のスタンド能力と予想する。
  然し。花京院が見たその瞬間――男は、確かに素手で壁面を押し潰していたのだ。
  有り得ない。あの体の中に、一体どれほどの膂力が込められているというのか。


 「何だ。意外とヒョロい野郎だな」


  花京院の動揺など露知らず、首をコキコキと鳴らしてみせる男。


 「クク。さっきは随分、威勢のいい啖呵を切っていたな」
 「……」
 「せっかくの祭りだ。普段ならキサマのような雑魚、相手にもしねぇとこだが。
  さっきのを聞いて――少しだけ興味が湧いたもんでな。ちと遊んでくれや、なあ」

  花京院は努めて冷静を装いながら、内心ではこの上ない焦りに駆られていた。
  『柱の男』と戦った経験のある、ジョセフ・ジョースターならいざ知らず。

  スタンド使いとの闘いしか経験したことのない花京院にとって、生身でコンクリートを砕くような存在は化物だ。
  あの拳を直撃でもした日には、どう打ち所が良くても生き延びられはしないだろう。
  ならば、一番上等な選択肢は――。

 「――! キサマッ!!」

  即断即決。
  花京院は曲がり角を勢いよく曲がり、男――範馬勇次郎からの逃走を図った。
  これはジョセフからの受け売りだが。勝ち目のない勝負に、無理をして挑むほど不毛なこともない。
  彼があの場で一騎打ちに打って出ていたなら、もう勝負は決していたかもしれない。
  花京院典明のスタンド能力は、真っ向切っての戦闘向きではないのだから。

 (しかし、あんな危険な男をこのまま野放しにしておくわけにはいかない……
  あの化け物を自由にさせていては、いずれ必ず多くの犠牲者が出る――僕がどうにかしなければッ)

  逃げる花京院。
  その背後からは、勇次郎の追い立ててくる音がする。
  逃げ場に事欠かない室内なことが幸いした。

  花京院は考える。
  無力化や撃退ではダメだ。あの男は一度不覚を取ったくらいでは折れず、いずれまた戦う羽目になる。
  完全に、確実に。
  排除しなくてはならない。



 「敵前逃亡とは恥知らずめがッ!」

  範馬勇次郎は、花京院典明を追う。
  彼ほど暴力という言葉を体現したような存在も、そう居まい。
  筋骨隆々とした体は見てくれ以上に硬く重い。鍛え抜かれた筋肉は、人の手で作られた建造物程度軽々打ち壊す。

  勇次郎にとって、この殺し合いは――娯楽。
  主催の小娘はいけ好かないが、趣向自体は実に彼好みのもの。
  存分に強者と殺し合い、潰し合い、喰らい合い。これほど楽しい祭りは、世のどこを探しても見つからない。
  花京院は勇次郎の初撃を回避する幸運を発揮したが、それを差し引いても有り余るほど不運だった。
  自分を鼓舞する意味合いで口にした啖呵。それを聞かなければ、勇次郎は彼を獲物とはしなかったろう。
  だが、結果として聞かれてしまった。勇次郎は、花京院典明を、試し甲斐のある相手と見做した。

 「あれだけ大層なことを口にしておいて、よくもまあ抜け抜けと背中を向けられたものだなッ」

  敵前逃亡を働いた花京院に、勇次郎が吐くのは侮蔑の言葉。
  しかし、それで失望し、興味を失いはしない。
  花京院の小癪な考えを、根底から覆して踏み潰す、その姿はまるで猛獣か何かのよう。
  勇次郎は花京院を見つけ出すだろう。そして花京院は彼に為す術もなく――捻り潰されるだろう。

 「ぬッ!?」

  だが、花京院とて無抵抗のままに狩られる獲物ではなかった。
  研究所の一室から転がり出てくる、手毬ほどの大きさをした黒い球体。
  それが何かしらの意図を持って転がされたものだと勇次郎は理解するが、既に遅い。
  球は弾ける。手榴弾のように破片と爆炎こそ撒き散らしはしないが――代わりに、閃光と爆音を発生させて。

  花京院が使った道具は、俗にスタングレネードと言われる暴徒鎮圧用の武器だ。
  ドラマや映画の世界ではお馴染みの道具である。使ったことはなくとも、聞いたことがある者は多いだろう。
  閃光で目を。爆音で耳を。一時的に失明、難聴状態にさせることで相手を無力化する。
  もちろん、これを投げた花京院もただではすまない。
  背を向け、目を覆うことで目への影響は最小限に留めたが――聴覚を埋め尽くす、キンキンという耳鳴り。
  この様子では、しばらくの間耳は使い物にならなそうだった。

  一方の勇次郎はと言えば。


 「――邪ッッッッ!!」


  一喝。
  声だけで衝撃波が巻き起こるような気合の喝。
  信じられないことだが、この一喝で勇次郎は耳へのダメージの殆どを吹き飛ばしていた。
  視覚へのダメージは、最初から微弱なものでしかない。
  範馬勇次郎は紛れもなく人間である。しかし、常人ではない。彼を表すには、月並みな言葉だが――、

 「見つけたぜ」

  ――『超人』と言う言葉を使うしかないだろう。

  花京院は足を伸ばし、勢いよく扉を閉め、飛び退いた。
  だが相手は勇次郎。行儀よく扉を開けなどしない。
  勢いよく振るわれた回し蹴りがハンマーか何かのように扉を捻り潰し、折れた扉の破片が花京院を直撃する。

 「うぐッ!」

  苦悶の声が漏れるが、悶え苦しんでいる暇はなかった。
  体の上から扉の残骸をどけ、勇次郎から一刻も早く離れようとして。

 「よう」

  全てがもう遅いのだと気付かされる。
  自身が蹴り壊した扉の半分を、まるでギロチンか何かのように持ち上げて。
  ニタニタと微笑みながら近寄ってくる範馬勇次郎の姿は、まさしく『鬼』としか形容のしようがない。
  だが勇次郎は、花京院をすぐに殺そうとはしなかった。
  笑顔を浮かべたまま、来い来いと、手招きをして挑発している。
  もしもこの期に及んでまだ花京院が自分に背を向けるようなら、彼は躊躇なく花京院を殺すだろう。
  要は、勇次郎の余裕の表れだった。

 「どうした? 一発でもいい、俺にキサマの攻撃を撃ってみろよ。もしかしたら俺を殺せるかもしれねえぜ」

  心にも思っていないことを。
  花京院は心の中で毒づいた。
  彼の心中を満たすのは屈辱感と、絶望感を通り越した諦観。
  長旅の中で培ってきた経験も、人生を共に歩んできたスタンド能力も、こんな暴漢一人にさえ届かない。
  それでも、花京院は自分のスタンド能力――『法皇の緑』を出現させた。勇次郎の言う通りに、打つことにした。

 「コイツは驚いた! これまたけったいなモンを使うじゃねえか」
 「…………食らえ」

  『法皇の緑』が、範馬勇次郎へ矛先を向ける。
  そこに現れるのは緑宝石(エメラルド)。正しくは、スタンドによるエネルギーの塊。

 「――エメラルド・スプラッシュ」

  一風変わった仕掛けはない。
  だがそれだけに協力。極めた一芸は、時に多芸のそれを凌駕する。
  『法皇の緑』が生成した輝けるエネルギー弾が、水飛沫のように範馬勇次郎へ襲い掛かる。
  それは決して。そう、決して易しい攻撃などではなかったが。


 「ヌルいなあ。それでこの範馬勇次郎を殺せるつもりかよ」


  範馬勇次郎にしてみれば、それこそ『水飛沫』でしかなかった。
  相手は生身でありながら、近距離パワー型スタンドにも匹敵するパワーを持つ勇次郎。
  飛んでくる弾丸(タマ)を腕で掴み取って握り潰し。
  身体で受けた分もかすり傷程度の損害に止めてしまう。
  掴んだエメラルド・スプラッシュの弾丸を無造作に放り捨てれば、勇次郎は失望したような表情を浮かべた。

 「つまらねえ。どうやら見当違いだったみてえだな」

  握った扉の破片を、万力にも似た腕力で握り潰す。
  それから勇次郎は、もはや興味もないと拳を握り締め、花京院へ肉薄した。
  彼本人が重量級なこともあって、花京院はまるでダンプカーが突っ込んできたような錯覚さえ覚える。
  花京院の反射神経と身体能力では、範馬勇次郎から逃れることは不可能だ。

  いや――本当に彼から逃げたいと思うなら、そもそも勝負になど打って出るべきではなかった。

  では、どうして花京院は勝負に出たのか?
  彼は範馬勇次郎という『超人』と自分の力量差も理解できない馬鹿だったのか?
  答えは否だ。彼の真意は――


 「ッ?!」
 「範馬勇次郎、か」


  勇次郎の手足に、緑の紐状をした物体が絡み付いていた。
  それは彼の力ならば容易く引き千切れる程度の強度しかないが、花京院とてそれは承知の上だ。
  彼は最初から、無謀な勝負などするつもりはない。
  勇次郎が人間を超越していると仮定して考えれば、エメラルド・スプラッシュが通じないことにも考えが及んだ。
  しかし。範馬勇次郎という男がどれほどの怪物でも、決して鍛えることの出来ない弱点はある。
  それを突くために花京院はこの部屋へと逃げ込み、急拵えの『法皇の結界』を張り巡らせた。
  本来は触れた対象へエメラルド・スプラッシュを自動的に放つ技だが、今回のものはそれを拘束に特化させたもの。
  触れた相手に『法皇』の体が絡み付き、その動きを止めにかかる。

 「ならば覚えておけ、範馬勇次郎」

  勇次郎が結界を引き千切る。
  彼を止めていられたのは、時間で言えば二秒にも満たない間だった。
  それで十分。集中すれば狙いを定めることは出来るし、それだけじゃない。

  『法皇の結界』に邪魔立てされた驚きとそれを引き千切る動作。
  範馬勇次郎をして隙を生む、二つの要素。
  それが歯車のようにカッチリと噛み合うことで、花京院典明は満を持して『王手』をかけることが出来た。


 「花京院典明。おまえを殺す、スタンド使いの名前だ」


  どんなに優れた生物でも、眼球は鍛えられない。
  そこを通じて脳を破壊されれば、どんなに優れた生物でも生き延びられない。
  人間という生き物に区分される以上。相手が範馬勇次郎であれ、そこは変わらない。
  威力を一点特化させたエメラルド・スプラッシュが、彼の両の目を目掛け迸った。




 「な」

  驚きに目を見開いたのは、花京院の方だった。
  確かな手応えをもって放った、渾身のエメラルド・スプラッシュ。
  勇次郎の両目を突き破り、眼窩から脳髄へ侵入。そのまま頭の内部を破壊し、とどめを刺すはずだった。
  にも関わらず、である。

 「やるじゃねえか」

  範馬勇次郎は生きていた。
  右目を潰され、額から微かに流血しながらも、確かに生命活動を保っていた。
  一瞬のことではあったが、花京院は彼がどのようにして必殺のエメラルド・スプラッシュを破ったのかが見えた。

  彼の右目に、エメラルドの弾丸が突き刺さったまでは良かった。
  だが勇次郎はそこで、自分自身の額を使ってエメラルド・スプラッシュを迎撃する選択肢に打って出たのだ。
  人間離れした怪力から繰り出される頭突き。
  重量の乗った一撃で、目を抉った弾丸は眼窩から外れ、あらぬ方向へ飛び出した。
  後は単純だ。勇次郎の額はエメラルド・スプラッシュ相手に少々血を流しこそしたが、遅れは取らなかった。
  ただ、それだけの話。花京院典明の敗因は、範馬勇次郎という生物が余りに『理不尽』の塊だったことだ。
  作戦もタイミングも、何もかも完璧だった。しかし、勇次郎には通じなかった。

 「だが、俺の右目を抉った代金――キサマの命で支払ってもらおうかッ!!」

  今度身動きを取れなくなるのは、花京院の番だった。
  彼の戦意はまだ消えていない。ただ、彼は敗北を認めてしまってもいた。
  完璧に決まった策を、ただの力技で切り抜けられ。
  花京院典明という少年は、こう思ってしまった。『範馬勇次郎には勝てないのではないか』と。

  勇次郎の腕が、花京院の腹に触れる。
  肺の空気が逆流し、彼は吐血した。

  それから更に勢いを維持し、花京院の土手っ腹に風穴を穿たんとし――





           ガ   オ   ン   ッ   !




  そこで、範馬勇次郎という生物は、花京院へと伸ばした右腕を残して完全にこの世から消滅した。





  【範馬勇次郎@グラップラー刃牙  死亡】
  【残り67人】







  何が起きた?
  花京院は自分の腹から力なく地へ落ちた、腕輪の巻かれた隻腕を見、思う。
  そして同時に、こうも思った。それは彼がこれまで旅してきた中で身につけた、半ば直感のようなものだった。

 (マズい――この場に留まっているのはマズいッ!!)

  迷いなく、彼は部屋の窓枠へと手を掛けた。
  飛び越えることに躊躇いはない。それよりも、この部屋へ留まる方が余程危険に思えたからだ。
  範馬勇次郎が死んだ。
  エメラルド・スプラッシュを意にも介さない、超人としか言い様のない怪物が――呆気無く死んだ。
  腕から先を残して、一瞬のうちにこの世から消滅してしまった。
  当然ながら、花京院にそんな力はない。だとすれば、あの場に誰か、第三者が存在したことに為る。

  地面へ着地。衝撃を逃すために、学生服が汚れるのも厭わず地を転がる。
  素早く体勢を立て直すと、花京院は脱兎のごとく駆け出した。
  一刻も早くこの場から離れるために。もちろんそれは殺し合いを止める者として、決して最良の選択ではない。
  範馬勇次郎を一撃で殺せるような能力。野放しにしておけば、当然より多くの死人が出るに違いない。

  しかし花京院の行動は正しかった。
  あの狭い部屋の中で、奇襲の主と戦えば、彼はまず勝てなかっただろう。
  ただでさえ急拵えの『法皇の結界』は勇次郎によって破壊され、原型をとどめていなかった。
  そこに逃げ場がない以上、無駄死にを晒すよりかは余程賢明な行動を取ったのだ。

 「一度体勢を立て直し、それから今後について、もう一度よく考えなくては……」

  範馬勇次郎。
  そして勇次郎を葬った、未知のスタンド使い。
  この『バトル・ロワイアル』には、まだあんな連中がゴロゴロいるというのだろうか。
  果たして自分は――そんな奴らを相手に、本当に通用するのだろうか。

  膨れ上がる不安に唇を噛みながら、花京院は研究所から離れるべく走る。


【D-4/研究所周辺/一日目・深夜】
【花京院典明@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
[状態]:疲労(小)、難聴(中)、脚部へダメージ(小)、腹部にダメージ(中)、自信喪失気味
[服装]:学生服
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
     黒カード:不明支給品0~2
[思考・行動]
基本方針:繭とDIOを倒すために仲間を集める
   1:研究所から離れる
   2:承太郎たちと合流したい。
   3:ホル・ホースと『姿の見えないスタンド使い』には警戒。
[備考]
※DIOの館突入直前からの参戦です
※繭のことをスタンド使いだと思っています

 「妙だな」

  誰もいなくなった研究所で、下手人はその姿を現していた。
  虚空に不気味に顔を出すスタンド。その口から這い出るように現れ、喰らい損ねた勇次郎の隻腕を拾い上げる。
  彼はそれを自身のスタンドでもって、残さず喰らい切ろうとする――が、食えない。

 「……『腕輪』は我が『クリーム』の力でも飲み込むことは出来ん、というわけか」

  忌々しげに呟き『姿の見えないスタンド使い』……ヴァニラ・アイスは隻腕を放り捨てようとし、やめた。
  現状では、確かにこの腕輪を外す手段は存在しない。
  しかし『サンプル』として予備の腕輪を確保しておけば、追々何かの役に立つ可能性は十分あるだろう。
  ヴァニラ・アイスは腕輪を解除する方法があるなら、自らの肉体を犠牲にしても明らかとしたい思いだった。
  それは、殺し合いを円滑に進める為などではない。彼にとっては、もっと崇高でかけがえのない理由である。

 「見下げたド畜生女めが……よくもDIO様にこのような狼藉を働いてくれたな。貴様は死でも生ヌルい」

  ヴァニラ・アイスには許せない。
  崇拝するこの世の支配者、DIOへこんな物を装着させる不敬。
  自分の身分も弁えず、駒か何かのようにあの方を扱う狼藉。
  断じて許せない行いだった。決して生かしておいてはならぬと、自分の全神経が告げていた。

 「だが、腹立たしいことに好都合でもある……」

  名簿にあった三人の名前。
  空条承太郎、花京院典明、――ジャン=ピエール・ポルナレフ。
  DIOに仇をなす、ドブネズミのように下等で救いようのないクズども。
  ……そして、一度は自分が遅れを取った相手。ポルナレフ。奴も存在していることが、ヴァニラには重要だった。

  ヴァニラ・アイスは一度、ポルナレフに敗北している。
  イギーとモハメド・アヴドゥルを殺しはしたが、あのような男に負けた身で、DIOに顔など合わせられない。
  彼は思う。次に自分がDIO様の前に立つ時があるとすれば、あの方の為に他全ての参加者を殺し尽くした後だと。
  承太郎を、花京院を殺し、ポルナレフへの雪辱を果たした後であると。
  信じているからこそ、ヴァニラはあえてDIOを探そうとはしなかった。

 「逃しはせんぞ、花京院。DIO様に支配される栄誉を自ら放棄した裏切り者めが」

  ヴァニラは暗黒空間へ潜り込み、外へと脱出。
  周囲を見渡し、花京院の姿がないことを確認すると、彼を追い立てるべく行動を開始した。

 「貴様も、承太郎も、そしてポルナレフも。皆、このヴァニラ・アイスが始末してくれるわ」

  一度死に、蘇った吸血鬼ヴァニラ・アイス。
  その殺意は死してなお執拗に、すべての参加者の脅威となる。


【ヴァニラ・アイス@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
[状態]:健康
[服装]:普段通り
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
     黒カード:不明支給品0~3、範馬勇次郎の右腕(腕輪付き)、範馬勇次郎の不明支給品0~3枚
[思考・行動]
基本方針:DIO様以外の参加者を皆殺しにする
   1:花京院を追い、殺す
   2:承太郎とポルナレフも見つけ次第排除。特にポルナレフは絶対に逃さない
[備考]
※死亡後からの参戦です
※腕輪を暗黒空間に飲み込めないことに気付きました


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範馬勇次郎 GAME OVER
花京院典明 025:Just away!
ヴァニラ・アイス 025:Just away!