戦風の中に立つ ◆wIUGXCKSj6


 彼らを取り巻く風が一瞬にして全てを斬り裂く鋭利な旋毛と化した。
 二人の女傑――いや、碌でもない人間達による襲撃により唯でさえ飲み込めない事態が劇的に加速する。

 最初に行動したのは風見雄二だ。錯乱により後方から放たれている銃を取り上げると、牽制代わりに足元へ弾丸を放つ。
 対する纏流子はまるで最初から弾丸の描く軌道を見抜いてるかのように軽々しく跳躍し回避、着地と共に風見雄二目掛け走り出す。
 幼児か見れば泣き出してしまうような悪役紛いの笑みを浮かべ、殺し合いの頂点を勝ち取るべく邪悪なる刃を振るう。

 言峰綺礼が体勢を整え、空条承太郎がスタンドを出すよりも先に動いた風見雄二は拳銃片手に迫る纏流子との距離を詰め、彼女の間合いに突入した。
 眉間に狙いを定めて発砲。弾丸は彼女に吸い込まれるも刀で叩き落とし、力強く大地を蹴り上げることで一気に風見雄二を射程範囲に捉える。
「テメェ、邪魔すんなよ……まぁいい、まずは一人ッ!」
「鏡を見たことはあるか? 俺はあるが……どうやらお前は無いらしい」
 刀を豪快に振り降ろす纏流子は一つの確信を持っていた。揺るぎ無き殺害、この一撃こそ標的を斬り裂く一刀也。
 その余裕に満たされた彼女の表情が一瞬にして苦い屈辱でも浴びたように歪む。気付けば風見雄二は一歩引いた状態で軽々しく攻撃を回避していた。
 既に銃を構えていた彼は臆すること無く引き金に掛けた指を動かすのだが、銃弾はまたしても標的を射抜くことは無い。
 剣は銃よりも強いのだろうか。刀身の見えない剣が銃弾を弾き飛ばし、持ち主たる騎士王は彼に狙いを定めていた。
「礼は言わねえからな」
「……構いません」
 纏流子を追い越した騎士王は短い言葉を交わすと剣を対角線上に振り上げ、風見雄二を斬り裂くべく伝説の剣を振り下ろす。
 魔力によってその刀身を隠されてはいるが、世界に名を刻むその剣を生身で受け止めれば無事では済まされない。
「オラァ!」
 初動が遅れた空条承太郎のスタンド――スタープラチナが風見雄二と騎士王の間に現れ拳を放つ。
 騎士王の手元に直撃すると剣の軌道を力で強引に変化させ、大地に深く突き刺さる形となり、騎士王の動きが止まる。
 その僅かな隙を逃す彼らでは無い。自由の身であった言峰綺礼が距離を詰め終えた段階で鍛え抜かれた拳の一撃を騎士王の腹に叩き込む。
「ぐ……っ」
 瞬間的に身体を震わせた一撃に口から透明な液を飛ばす騎士王だが、行動に何一つ支障は生まれず剣を引き抜き――周囲を屈折させる。
 まるで幻想的な空間が現れたようだと、状況を飲み込めていない天々座理世と紅林遊月は遠目から感じていた。香風智乃が殺害されてから、何が起きているのか。
 目の前で潰された生命の余韻や事実を噛みしめる前に、襲撃者は全く止まらずに、時間を与えずに暴れ回っている。
 思考が追い付かない中で動き続ける状況。そして彼女達の目の前には騎士王を中心に世界が歪んでいた。
「これは――まさか」
「説明せずとも分かるでしょう。サーヴァントのマスターを努めた貴方ならば」
 言峰綺礼は思考で案ずるよりも早く直感に近い本能の叫びに従い自らが置かれている危険を察知する。
 最優のサーヴァントを冠するセイバーが放出するは英霊の枠に嵌められ現世に呼び出された規格外の超現象である。
 蜃気楼のように周囲を歪ませる魔力は魔術師としての面を持つ言峰綺礼からすれば、爆発寸前の兵器と何ら変わらない。
 危険だ――言葉を発する前に彼らはその場から退避していた。魔術師としての素質を持っていない空条承太郎と風見雄二ですら騎士王の危険を感じ取り本能で動いている。
 剣で斬り裂くことによって人間は簡単に生命を失うだろう。それに加え魔力による破壊が重なった一撃を生身で耐えられる筈が無い。
 彼らの行動は正しい。騎士王の魔力放出により強化された英霊の一撃を貰えば、死んでしまっても何ら不思議では無いのだ。
「よォ」
 騎士王の周囲から消えたのは彼らだけじゃあない。男達が相手にしている女はもう一人、生命繊維の化身が、怪物が。
「あたしを視界から外したなテメェ……承太郎よォォ!!」
 決して彼女の存在を失念していた訳では無い。騎士王が放つ圧倒的死気から解脱するための僅か意識の空白を纏流子が駆け抜けただけだ。
 全神経が騎士王に集中した一瞬。その刹那の中で纏流子は空条承太郎の死角に回り込み、左方から飛び掛かる。
「テメェ……!」
 彼女が攻めへ転向する前に発した短い言葉に反応した空条承太郎は身体へ脳からの信号が行き渡る前に、強引に後退する。
 しかし完全なる回避には程遠く、左腕に浅めの裂傷が生まれ、彼は表情を崩さないが口元は歪んでおり、頬を伝う汗は確かに流れていた。

 反撃の狼煙はスタープラチナの拳だ。
 纏流子の右頬を捉えるべく放たれた一撃を彼女は首を捻ることにより回避し、上体を大きく下げ顔がスタンドの腹に当たる部分まで移行する。
 刀の持ち手を空いている掌で押し込むことにより突きを放つが、スタンドの腕が彼女の腕を掴む。刀は直撃する前に止められ両者が膠着状態に陥った。
 仲間が攻め込む絶好の機会ではあるのだが、言峰綺礼及び風見雄二は騎士王との戦闘により空条承太郎へ腕を伸ばす余裕はこの瞬間には無いようだ。
 空条承太郎が僅かに見えた彼らの戦闘は騎士王の剣を言峰綺礼が身体に辿り着く限界の瞬間に回避し続けるものの、攻め手に転向出来ていない。
 余裕があるのか騎士王は時折放たれる銃弾の雨を不可視の剣ではたき落とし、時には最初から銃弾が飛んでくる空間を把握しているような動きで回避し続けているのだ。
 埒が明かない。襲撃者のペースに乗せられている彼らは本来の力――最大の力を発揮するには適応する時間が必要である。
 逆に纏流子と騎士王――セイバーは目の前の存在を殺すだけで全てが終わる。ならば行動は迷うことも、戸惑うことも無い。
「少しはマシになる、使え」
 砂利を掴み取った風見雄二は風の流れに乗っ取りそれらをばら撒く。運ばれた砂利は騎士王に辿り着き、子供騙しではあるが彼女の動きを停止させる。
 その隙に懐から取り出した刃物を言峰綺礼へ投げると、彼はそれを握り取り、騎士王が振るう剣を受け流した。
「これは――アゾット剣か」
 柄に宝玉を輝かせた剣――と称されても刃渡りは大きくなく、ナイフより一回りある程度のそれ。
 一般的には刀剣の類よりも魔術礼装として扱われる代物であるが、騎士王相手に生身で挑むよりも勝率は格段に上昇する。最も。
「それがどうと言うのか、たかが一振りを防いだ程度で何を騒ぐと言うのですか」
 次に振るわれた騎士王の一撃を受け流すために構えた言峰綺礼であったが、規格外の衝撃が身体に響き足が止まってしまう。

口から自然と漏れる呻きの声。殺し合いの会場には不明であるが特殊な魔術的な施しがあっても可怪しくはない。聖杯戦争を取り巻く彼らが存在している時点で輪廻から外されている。
 仮にサーヴァントへ枷が嵌められているならば、勝機はあるのかもしれない。それは淡い希望だった。
「お前の相手は俺がする」
 言峰綺礼がアゾット剣を再び動かす時に、既に騎士王は次なる一撃を放つ体勢へ移行済みだ。両者だけの剣戟ならば騎士王の勝利だろう。
 しかしこの場に抗う男は一人じゃあない。ベレッタに持ち替えた風見雄二が言峰綺礼の背後に回り、襟元を掴むと彼を後方へ飛ばす。
 入れ替わりで騎士王と相対し、挨拶代わりに銃弾を放つも当然のように不可視の剣で弾かれてしまう。
(刃渡りは馬鹿みたいに長い訳では無いようだな)
 剣が振るわれてから銃弾と衝突するまでの一瞬と、空中に現れた火花から相手の獲物をある程度ではあるが、把握した風見雄二は距離を詰める。
 自殺行為とも思われる行動に騎士王は戸惑いを見せるが、その光景は何度も見て来た。己の覇を轟かすために突撃する雑兵と変わらない。
 身の程を知らない人間には限界が、相応しい顛末が訪れるのは過去未来とて変動する訳も無い。
「零距離ならその剣の得意とする距離じゃ無いだろう」
 騎士王の剣が振るわれるよりも早く、膝蹴りを放つ風見雄二。騎士王の動きが止まると更に追加で拳を右から流れるように放ち顎元を貫く。
 突然の衝撃に身体が震える騎士王だが、後方へ跳ぶことにより状況を仕切り直し、口元から溢れる血液を拭う。
 その瞳は多少の驚きを現しているようだが、些細な物であり、動揺にまでは発展していないようだ。

(あいつの動きは迷いを振り切ったようで、何処か綻びが見える)
 本来の戦闘ならば世界の英雄を現代の枠に当て嵌め召喚されたサーヴァントに人間は負ける。抗うことの出来ない圧倒的な力の差が存在するのだ。
 数多の世界が絡み合ったこの空間に置いて騎士王は一つの迷いを抱いていた。過去の世界から続く、永劫に彼女を縛り付ける負の鎖。
(俺の知ったことでは無い)
 殺気が込められた剣は本物である。けれど、説明は不可能であり心境も理解出来ないが、騎士王には僅かに反撃の隙があるようだ。
 相手の、それも殺しに掛かる存在の心など知ったことでは無い。しかし風見雄二達にとっては好機だ、これ以上と無い奇跡の巡り合わせである。
 唯でさえ勝機の少ない戦闘に転がった小光を拾い上げろ、生き抜くことを考えろ。
(どの道長引かせた所で俺にメリットは生まれないからな)
 気付けば頬を伝う血液が大地に付着しており、騎士王との近接戦闘において完全に攻撃を回避しきれていない。
 相手の動きに鈍りがあろうと、英霊の格が人間にまで下がることには至らず、依然として騎士王が優勢である。


『また放送が聞けるといいわね』


「う、ああああああああああああああああああああ!!」


 二つの衝撃が戦場を駆け抜ける。
 一つは放送。彼らは何一つ耳を傾けておらず、気付けば終わりの言葉だけが空間を支配していた。
 そしてもう一つは――大地を蹂躙する略奪の足が、複雑な想いを乗せて、走り出していた。

 時は数十秒遡る。
 紅林遊月の思考回路に一つの繋がりが復旧したのは放送が途切れた瞬間である。
 恥ずかしい話しながら嵐のように吹き荒れる戦場の速度に理解が追い付かず、銃声が響こうが、剣が火花を散らしようが耳には届かない。
 そんな彼女を現実へ呼び戻した音こそが放送である。最も終了の瞬間に意識を目の前に集中させただけであり、内容など記憶していない。
 周りを見渡せば風見雄二と言峰綺礼が、空条承太郎が襲撃者と戦闘を行っていた。そして自分の近くには倒れている天々座理世の姿。
 何故彼女が倒れているのか。記憶を辿ると――そうだ、風見雄二が銃を取り上げると同時に気絶させていた。それもフィクションで見るような手刀だ。
 錯乱状態から放たれる銃弾を阻止するためだろう。彼の冷静な対応により余計な悲劇が生まれることは無くなった。しかし。
 天々座理世は何故、錯乱状態に陥っていたことを考えた場合に出てくるは香風智乃の存在だ。意識が急激に目覚め始め、視界が最悪の結末へ移ってしまう。
 襲撃者の白い女――纏流子により殺害された香風智乃の姿が紅林遊月の瞳を奪ってしまうのだ。逸したくとも、本能が収束している。
 死体の傍に溜まる血の池が戦場を悲劇へ彩るアクセントとなっており、見る者全てを死の印象へ誘う。
「――――――――っ」
 紅林遊月は言葉を発するよりも、思考を案ずるよりも、天々座理世の身体を担ぎ上げれば絵的にも映えるだろうが腕力には限界がある。
 上体を持ち上げ天々座理世の足を若干引き摺りながらも目指す先は待機している神威の車輪だ。この場に留まれば誰かが死ぬと本能が叫んでいるのだ。
 風見雄二も、言峰綺礼も、空条承太郎も。彼らの負ける姿など、斬り捨てられる姿など想像するつもりも無いが、死んでしまった香風智乃の姿が脳裏に焼き付いてしまった。
 最悪の未来は一度感じ取ってしまえば、永劫に身体を支配してしまう。悪夢を見れば人間は例え白昼であろうと思考の影に潜むそれに悩まされることと同義だ。
 纏流子とセイバーに気付かれないようにリヤカーへ天々座理世を寝かせ置くと、紅林遊月は手綱を握り、征服の王たる宝具を発進させる。
 乗り手の緊迫感が伝わったのか雄牛は一切の雄叫びを上げること無く、ただ静かに速度を徐々に加速させ、向かう先は戦乱の地だ。
 この動きに逸早く気付いたのは空条承太郎である。視界の隅に動いていた影――紅林遊月を見逃さなかったのだが、生憎、纏流子の相手で手一杯である。
 こっちに来るな。強い視線を飛ばすことにより進路先を強引に変え、男はただ目の前の相手へ拳を振るい続ける。
 空条承太郎の方角へ向かわないならば、次の候補は必然的に風見雄二及び言峰綺礼の地点となる。先に気付いたのは後者だ。
 風見雄二が騎士王の相手をしているため、呼吸を整えた言峰綺礼は迫る雄牛の頭に掌を置くと、その場で跳躍し基点である腕に力を込める。
 宙に浮いた身体を丁度よく雄牛の背中に落ちるように力加減を調整すると、紅林遊月から手綱を貰い受け、進む先は風見雄二と騎士王の中心であった。

 近接戦闘にハンドガンを用いた戦闘方により風見雄二は騎士王と相対し、主導権を握ろうとするが、今一つ攻め切れていない。
 剣を扱う相手は零距離戦闘を難なく熟し、少しでも隙を見せれば銃を使用している此方が殺されてしまうだろう。放つ意思は本物だ。
 ベレッタを握った右腕を突き出し、騎士王は首を捻って回避。ならばと風見雄二は銃口を肩先に向け発砲するも標的は既にアウトレンジへ移行済み。
 銃弾を放つ僅かな硬直に狙いを定め人間離れした脚力で一瞬に距離を詰める騎士王は、不可視の剣を振り下ろす。
 一刀両断。正面から一撃を身に受ければ人間は簡単に絶命するだろう。風見雄二は最小限のバックステップで回避するも剣先の風圧から瞳を閉じてしまう。
「右……左かッ!?」
 視界を失われたとしても熱源体の感覚から騎士王が右へ移動したことを察知し、銃弾を放つも乾いた音だけが戦場に響く。
「残念ですが貴方は魔術についての知識が無い――故に」
 標的であった騎士王は逆サイドである左側へ移動しており、剣を切り上げる体勢で風見雄二に声を漏らす。
 彼が感じ取った騎士王の居場所は魔力放出による熱源体であり、謂わば騎士王のフェイクにまんまと捕まってしまった訳だ。
「お終いです」
 たった一振りでこの果し合いが終結する訳だが、どうにも運命とやらは騎士王を除く彼らに微笑んだらしい。
 その宝具を忘れることなど無い。かの征服王が駆ける神威の車輪が自らを目掛け接近していることに気付き、このままでは直撃である。

風見雄二に振るう剣を押し止めると、横へ跳ぶことにより車線上から離脱した騎士王は再度、大地を蹴り上げた。
 跳ぶ先には言峰綺礼が雄牛の上から風見雄二へ腕を伸ばしているが、無駄な行いである。
「貴方達には見合わない。その宝具は貴方達が軽々しく触れるべき存在では……ない」
 神威の車輪の側面へ跳ぶ騎士王の両足が着地し音を響かせる中で、もう一つワンテンポ遅れた落下音が轟いた。
 風見雄二達がその落下物の正体に気付いた時、激しい振動が襲い掛かり、脳内から余計な情報が全て吹き飛ぶ。
「征服王ならばこのような事態には陥らない、恥を知れ」
 言峰綺礼は背後に座る紅林遊月へ振り向くと彼女を抱え、その後に後部から天々座理世をも抱え、雄牛の上から跳び、受け身を取りつつ立ち上がる。
 突然の出来事であったが、最小限の損傷で済んだ現実に感謝すべきか。紅林遊月の安全を確認すると彼女を降ろし、背中に付着した土埃を払った。
 雄牛が首を斬り落とされ、神威の車輪は明後日の方向へ走り出し、生命活動の停止と共に動きを止める。
 この一連の動作で一切の傷を負っていないが、移動手段を失った損傷は大きい。何せこの場から逃走する屈強な突撃戦車を失ってしまったのだ。
 強引に戦場を駆け巡り、乗せる主の覇道を切り開く伝説の戦車が消える。そして、伝説の剣を携える騎士王は未だ健在だ。
 最も――彼らの視界の先に小さく映る新たな【足】に目星は付いているのだが。

 神威の車輪が通り過ぎ去ったからといって騎士王の動きか止まることには繋がらない。彼女は近くに立つ風見雄二へ駆け出した。
 香風智乃を抱えたまま戦闘を行えない風見雄二は彼女を優しく大地へ降ろすと、再び懐からベレッタを取り出し騎士王へ歩み寄る。
 剣のレンジへ差し掛かる寸前で歩く足を加速させ相手の調子を崩しに掛かるが、この程度の子供遊びに釣られるような相手ではないことは承知している。
 ベレッタで剣の一撃を受け止めてしまえば簡単に銃身が斬り落とされ使い物に為らなくってしまう。後方へ受け流すように自らの身体も騎士王の正面には立たないように調整を行う。
 残弾は不明だが多く見積もって残り三発程度と推定しており、現時点で装填する弾丸も無いため、不要な発砲は己の首を締めることとなる。
 風見雄二はキャリコも所持しているが、騎士王を退けた所でこの会場には多くの快楽殺人鬼や頭の狂った人間が存在しているのだ。武装が潤沢なことに意味はある。
 しかし物資の損失を極限にまで絞って勝てる相手は目の前にいない。居るのは総力を持っても人間を超えた存在であるサーヴァント一人。
 剣を受け流したかと思えば、気付けば右腕に僅かなかすり傷が生じており、どうやら目測を誤ったか騎士王が予想を超える剣撃を放ったらしい。
 血液を左指で辿り付着したそれを騎士王の瞳目掛け振るうが見透かされていたのか、既に頭を下げられていたため、不意打ちは失敗となった。
 懐に入られ距離を取るために後方へ下がる風見雄二ではあるが、騎士王は距離を詰め続け、彼にプレッシャーを与え続ける。
 必死に後退し続ける風見雄二と、彼を逃さないために距離を詰め続け隙を見ては剣を振るい生命を奪おうとする騎士王。気付けばこの戦闘から言峰綺礼は離脱していた。

 空条承太郎と交戦する纏流子は刀を仕舞い込み、代わりに取り出したのは番傘である。
 豪快にスイングを行いスタープラチナの頭部を遥か彼方のバックスクリーンへ叩き込むような勢いであるが、両腕を交差させ防御される。
 鈍い音と衝撃がスタンドを伝い能力発現者である空条承太郎にフィードバックされ、彼の額に汗が浮かぶ。
 その瞬間を捉えていた纏流子の口角が不敵に釣り上がると、水を得た魚のように何度も何度も傘を振り回しスタンドへ猛攻を仕掛けた。
 スタープラチナはその場から離脱せずに迫る傘に合わし拳を放ち、拳を放ち、拳を放ち――ラッシュが吹き荒れる。
 空条承太郎の声が纏流子の耳に届くが、うるせえと言わんばかりに気怠い表情を浮かべ傘を振るい続けていた。弾かれようが関係ない。
 縦に振るい、横に払い、斜めに降ろし、首元を抉るように薙ぐ。
 空間を動き回り筋を空条承太郎に悟られないよう縦横無尽の動きを見せるが、相手は冷静に一つずつ拳を放ち、確実にスタミナを削りに来ていた。
 無論、彼の体力もそれに伴い消耗を続けるが、有り余るスタンドパワーが纏流子の足場を停止さえ、その場に封じ込めている。
 空条承太郎と風見雄二が劣勢ながらも騎士王と纏流子を拘束している間に言峰綺礼達は一つの移動手段を手に入れていた。

「しまっ――」
 響くエンジン音に振り向く騎士王は一つ、戦闘に集中していたためか失念事が生まれていた。
 瞳の先には言峰綺礼がキーを回し、己の足として使用していた乗用車を発進させようとする瞬間だ。
 風見雄二に気を取られていたことにより、想像以上に時間を稼がれてしまったため、獲物を逃がすことになってしまう。
 遅かれ早かれ願いのためには全ての参加者を殺すため、順番が後に回るだけだ。しかし、一度に殺せるならばまとめた方が体力の消費が少なく済むのも事実だ。
 車との距離は数十メートルであり、今から大地を駆ければ充分に間に合う距離であろう。ならばと剣を強めに握り込み風見雄二へ向けるのだが、視界が黒に染まる。
「死体が苦手なのか、冗談はよせ」
 挑発の寸前につま先で雄牛の生首を軽く蹴り上げ、騎士王の眼前に到達させると、動きを止めた彼女の顔面目掛け左足を死角から蹴り放つ。
 上段回し蹴りの形となり直撃を受けた騎士王は身体を宙に浮かせ、大地へ無残に落下するも即座に受け身を取り体勢を立て直した。
 風見雄二は不意打ちが成功したことに若干の疑問を抱く。相手は今更、雄牛の生首を見た所で怯む相手なのか。他人を殺害する人間が動物の死体で動きを躊躇うことなど無いだろう。
「そうか……ごみのように扱うか」
 眼前に転がる神威の車輪の残骸を見つめる騎士王が零した言葉は風見雄二の耳に届かない。その代わりに届いたのが、爆発的な加速を見せた接近だ。
 まるでドーピングにより体内の細胞や血液を活発させた実験動物のように、騎士王は風見雄二の懐へ潜り込むと、剣を振るうよりも早くみぞおちに拳をめり込ませていた。
 彼の口から体液が零れ落ち、上体へ手を添えながら動きを止めるが、数秒前のお返しなのか騎士王の上段回し蹴りが頬を捉え、大きく吹き飛ばされる。
 此方も受け身を取り、騎士王を視界から見失うことは無かったが、どうやら何かしらの地雷を踏んだようである。ベレッタの残り装弾数推定三発。風見雄二にとっての正念場だ。

 逃走者の存在を感知した纏流子は大きく左足を踏み込ませ、腰から豪快に上半身を回し傘をスタープラチナへ振るう。
 比較的弱めのラッシュから間を置かずに放たれた強烈な一撃により、スタンドを通じて更に痛みを感じた空条承太郎の動きか僅かに止まる。
 その瞬間に纏流子は刀を投擲し――乗用車の左後部車輪へ直撃させパンクさせる。するとどうなるかなど、説明する必要も無いだろう。
 急な異常事態によりハンドルからの制御を無視する乗用車に言峰綺礼は焦るも、状況は後方を見れば一瞬で理解出来る程度には刀が目立っていた。
 対処法さえしくじらなければ大きな事故には繋がらない。同乗する紅林遊月に大丈夫だと告げると、彼女は寝かされている天々座理世を庇うように覆い被さる。
 言峰綺礼は無理にアクセルを踏まず、ただ冷静にハンドルを握り、ブレーキを踏むことで事態の収束を図り、無事に乗用車は停止した。
 ギャリギャリと大地に擦れる音が響き、くっきりと痕跡が残っているが、土地の所有者とやらを気にする必要も無かった。
 現在地点と襲撃者、気絶した天々座理世と交戦中の風見雄二及び空条承太郎。これらの要素を繋ぎ合わせた結果、言峰綺礼は紅林遊月へ声を掛け彼女を誘う。
「一度この場から離れるぞ。その後に私は彼らの援護に向かう」

 乗用車を停止させたことに手応えを遠目ながら感じる纏流子であったが、何一つの事故が発生せずに舌打ちを行う。
 つまらねえと言いたげな表情であるが、彼女を飽きさせないため――では無いが、スタープラチナの拳が襲い掛かる。
 番傘で乱暴ながらも確実に裁き続ける中で、彼女は一つ、気になることがあった。それは些細なことでありどうでもいいことであるのだが。
「随分と無口じゃねえか」
 戦闘が始まってから空条承太郎はあまり言葉を発していない。彼が本来から口数が少ない人間の可能性もあるが、やけに静かである。
 まるで機械のように――眼の前の敵である自分を倒すために動いているようにも感じ取っているが、本当に些細なことでありどうでもいいことである。
「返答なしかよ……ったく、まぁあたしには関係無いけど……よォ!!」

 言峰綺礼達が乗用車を停止させる中、風見雄二と騎士王は視線を向けること無く互いの生命を潰さんと交戦を続ける。
 最も依然として圧倒的有利に立つのは後者であり、前者は攻撃を受け流すことに集中しなければ、簡単に人生の幕を降ろされてしまうだろう。
 騎士王の放つ一撃は当然ながら獲物が剣である。扱い人に知識が無かろうと脳天や首を斬り裂かれれば人間は絶命する。
 それに加え歴史に名を刻む英霊級の手練となれば、近所に落ちているような木の枝でも脅威となってしまう。それらを踏まえた上で、風見雄二の勝率は僅かにしか存在しない。
 しかし、彼は最初から勝利を目標しているかと云えば――難しい話である。
「貴方は十分に私の時間を奪った。もう、動く必要はありません」
「ならば終わらせてみろ。お前の手で俺に休暇を与えるまでくだらん戯言を吐くな」
 近接戦闘に置いて相手の息遣いさえ耳に残る距離ならば、小言は脳内にまで瞬時に轟くだろう。騎士王なりに死に行く人間に言葉を贈ったつもりだが、風見雄二は一蹴する。
 相手を挑発した上で銃口をチラつかせ、お前を何時でも殺せる強調しつつ肉弾戦を織り交ぜ騎士王を追い詰めようとするも、現実は甘くない。
 実際に追い込まれているのは風見雄二であり、彼の足は徐々に後退しており、攻め手に移る回数も減っている。
 自らが放つ衝撃と騎士王が繰り出す斬撃。前者は有限でり後者は無限。更に後者は一撃で済み、前者は一撃かどうか怪しいまであるのだ。
 機会すらも騎士王が優位の状態、風見雄二が活路を切り開くには異能に対抗する超常現象を担う能力があれば楽になるだろう。
 しかし彼はあくまで人間だ。人間の中でも上位に名を連ねる存在であり、言ってしまえば人間の中で強いに留まっている。
 彼が勝てない。などと言い張る人間もいるだろうが、現実は違う。けれども圧倒的不利な状況に差異は無い。
 さて――どうにか心臓或いは脳天に鉛玉をぶち込めないかと思案しながら攻撃を受け流し続ける風見雄二であるが、気付けば頬には更に切り傷が増えている。
 捌くにも限度があり、ここで騎士王を倒すなど思わずに適当な段階で見切りを付け、離脱することを第一に。それが一番の効力がある生存方法だろう。
 最も簡単に逃げ切れる相手でも無ければ、空条承太郎は纏流子と交戦を続けている。逃走をするにも、隙を生み出さなければ無理だろう。
 言峰綺礼達を逃がすことには成功したが、全くの運と言っていい。たまたま乗用車があったから遠くへ彼らは移動することに成功した。それだけである。
 仮に風見雄二と言峰綺礼の立ち位置が逆だったならば、前者が乗用車に乗り込み、後者が時間を稼いでいただろう。
 何にせよ、彼に残された時間は多くないようだ。長引けば長引くほど、絶命の可能性が跳ね上がる。後方に追いやられながら、風見雄二は思考をフル回転させ策を練っていた。

 タイヤをパンクさせたことに若干の満足感を抱く纏流子だが、手放しで褒められることでは無い。
 悪趣味とも思える桃色の車体は見覚えがある――蟇郡苛の愛車と瓜二つだった。いや、全く同一の物だろう。
 彼女の脳内にフラッシュバックのように浮かび上がる彼の姿は、どうにも苦く、後ろめたさを感じ取ってしまう。
 死者に用事などあるものか。番傘を再び構えた纏流子は迫り来るスタープラチナを、空条承太郎を殺すべく、接近戦の嵐が巻き起こる。
「テメェも殺してやるよ……承太郎」
「そうか……で、なんだって?」
「うっぜええええええええええなァ、おい!」
 右に触れば左の拳が、左に触れば右の拳が傘の進路を阻み互いの一撃は相手に届かず、激しい応酬が繰り広げられる。
 刃物があれば数分前の戦闘時と同じように優位に進められる風見雄二のだが、乗用車を停止させるために使用してしまったことを後悔する纏流子。
 肉弾戦も臨む所であるのが、リーチを活かすためにも手数で負けるならば一撃毎の重みを増せ。均衡をこじ開けろ。
 徐々にスタープラチナを後退させ、自然とスタンドの発現者である空条承太郎も足を後ろに進めざるを得ない状況になっていた。
「テメェが諦めるキャラじゃねえのは分かってる、けどよぉいい加減に殺されろよ。粘ったってほんの少しだけ生きてるだけだ。
 さっきの小娘のように、無残に死んでいったカス共と同じ場所に送ってやるよ。どうせ死んでるんだろ? お・と・も・だ・ち……の一人ぐらい」

「不可視の剣をよくぞ……見切れてはいないようですが、見事です」
「賛辞のつもりだろうが、俺には嫌味にしか聞こえんな」
 風見雄二が扱う武器は銃火器の類である。本来ならば誰しも弾丸を放てば簡単に空いての生命を奪うことが可能だ。
 一般人を超えた先に君臨する彼が扱えば、それこそ簡単に。障害など発生することも無く、対象を殺害出来るだろう。
 しかし、不運にも相手は一般人を超えた更にその向こう側――人間とは構造の時点で異なる超常現象だ。元は人間だろうが、驚異的な存在である。
 剣一振りで銃火器に対抗し、自らを優勢に戦闘を進め、まるで剣は銃よりも強しを実践するような勢いがある。冗談じゃないと風見雄二は銃口を眉間へ合わせるが――。
「捉えられないことは貴方が一番理解しているでしょうに」
 風圧だ。騎士王の握る剣から溢れ出る風が銃を握る腕を振動させ、照準が定まらずに引き金に掛かる指に緊張が走る。
 発砲されないならば脅し程度の武器に対し騎士王は剣を振り上げ、彼を切断しようと試みるが、黙って攻撃を受ける風見雄二でもあるまい。
 上げられる腕に合わせるように左足の裏を叩き付け、騎士王の身体を吹き飛ばす勢いで蹴り付ける。
「…………………」
 騎士王は顔色一つ変えること無く、蹴られた腕の方向を変え再度、彼を斬るために剣を振るう。
 僅かに生まれた時間を有効に活用し、風見雄二は大きく後退することによって距離を稼ぐ。この距離ならば騎士王からの攻めは無いだろう。
 最も斬撃を飛ばす――ファンタジー寄りな攻撃を騎士王が隠していれば、最早打つ手立ては無くなってしまうが。
(――城、か?)
 腕輪探知機に一瞬ではあるが目を向けてみると、どうやら言峰綺礼達はこの地点より北、西寄りに進んだらしい。
 彼のことだ。紅林遊月達の安全が確保されれば加勢しようと、足を運んでくるだろう。さて、どうしたものかと風見雄二は走り来る騎士王を見た。
「残弾は残り三発。キャリコは今後も考えると温存するべきだが、そんな余裕は無いな。俺の相手はどうやら――任せたぞ、承太郎」

纏流子はまるで底なしのように湧いてくるスタミナを活かし、傘を振るい続け空条承太郎に猛攻を仕掛けていた。スタミナは無限じゃない。気力だけだ。

 スタンドの拳で直撃こそしないが捌き続け、けれども反撃の狼煙を上げることが出来ずに、気負され後退するばかりである。
「とっとと死ね……とっとと死ね……とっとと死ねよォ!!」
 同じ攻撃を何度も繰り返すだけの機械ならば簡単に打ち破ることが可能だ。空条承太郎ならば可能だ。けれども纏流子は一発一発に力加減を調整し、相手にラッシュの縺れを見せないのだ。
 角度、威力、速度、軌道。全てを相手に見抜かれないように。外から見ると暴れ狂う攻撃だ。しかし、この女は口こそ汚いが頭まで腐っている訳では無い。
 面倒な相手だ。言葉にはしないが空条承太郎の表情は明らかにそのような言葉を言いたげそうに。
 しかしよく喋る女だと彼は内心にて思っていた。先程から挑発のつもりなのか、それとも、単純に話したいだけなのか纏流子はよく喋る。
 彼女の素性に興味など欠片も存在しないが、元からそんな女なのか。空条承太郎からしてみれば状況に感化され、強いと思い込んでいる自分に酔っているようにか見えない。
 見方を変えれば何かから逃避しているようにも見えるが、考えすぎだろう。どんな理由が仮に存在しようと、目の前の敵は所詮、敵である。
 向かってくるならば倒すしかあるまいと、スタンドの拳を振るい続ける。傘を弾く度に揺れる、相手の綻びが気になるが、集中しなくては、首を討ち取られるのは自分になる。 
 ジャリジャリと足裏が砂を擦る音が響く。迫る纏流子のレンジに自分が入らないように調整するが、その度に後退を続け、大分、靴底がすり減っただろう。

「――任せたぞ、承太郎」

 風に流れるように言葉が耳元を通り過ぎ去ったかと思えば、視界には風見雄二が映り、発砲音が響く。
「ぐっ……ぁ、テメェ!!」
 スタンドの隙間を縫うように弾丸は纏流子の左太ももに吸い込まれ、鮮血を散らしながら彼女は犯人である風見雄二へ怒号を飛ばす。
「左肩に無視出来ないような傷がある。俺はまだ一度も狙っていない、場面を選べ」
「あの女はお喋りが好きらしい……うぜえ女だ」
 短い言葉を交わすと彼らはそれぞれの相手をスイッチさせ、大地を一斉に蹴り上げた。

「次の相手は貴方ですか――っ!」
 騎士王は風見雄二から空条承太郎に変わったことに言葉を少々であるが述べようと口を開くも、直ぐに閉じることとなった。
 発現されたスタンドの拳が嵐のように自らの眼前へ放たれる。不可視の剣を振り上げ、横に構えることによって即席の盾とする。
「誰でも俺は構わねえが、テメェみたいな奴に容赦も情けも……必要ないだろ」
 刃渡りが全く見えない剣を、スタンドの拳から通じる感覚によって空条承太郎は把握を試みる。どうやら、明らかに短小でも無ければ、馬鹿みたいに長い訳でもないようだ。
 西洋の剣と考えるべきだろう。東洋の刀を比べると鋭くは無いが、厚い刀身は一時には防具としても扱える。目の前の敵がそうするように。
 気付けば騎士王は守りに手一杯で後退するばかりだった。剣と拳では速度が違う。一発一発を細かく放つのは後者だ。
 風見雄二は戦闘の流れで体術を騎士王に叩き込むには、剣のレンジに食い込む必要があった。しかし、半ば不意打ちのようにラッシュを始めた空条承太郎ならば、途切れるまでは優勢である。
 纏流子と風見雄二の影が遠くなる。もう、先程のように互いの戦闘が交差することも無いだろう。そして。
「――壁が」

 時間に表わして数分、いや、数十分は空条承太郎のスタンドによるラッシュを騎士王が捌いただろう。
 鎧が何かに衝突したかと思えば、背中には城が存在しており、エリアを跨ぎっていたらしい。
「オラァ!」
 生まれた僅かな隙に狙いを付け、空条承太郎は渾身の一撃を右拳に乗せ放つ。ガラガラと壁が崩れる音が響き、騎士王の声がやけに耳へと残る。
「どうやら大分時間を費やしてしまったようだ――終わりにしましょう、この一撃で」
 スタンドの拳は誰も捉えること無く、城の壁を破壊した。対象たる騎士王は背後に移動しており、空条承太郎は下に視線を向けた。
 そこには大地が何かを引き摺った痕跡が見られ、騎士王は瞬間移動を行った訳ではなく、自分の目の前から移動したらしい。
 魔力放出。彼は知ることも無いが、魔力による一時的なブーストにより大地を駆けた騎士王は空条承太郎の背後に移動し、剣を振り下ろす。
 空条承太郎が振り向いた時、既に遅い。彼の左肩に深々と不可視の剣が、鮮血と共に、空間を斬り裂いた。

 空条承太郎と騎士王の戦闘が終わりを見せたその数十分前には風見雄二と纏流子が互いに距離を詰めながら、汗と血を流す。
 纏流子の左太ももに埋め込まれた鉛玉によって彼女の行動は制限される。少なくとも空条承太郎と戦闘していたように、縦横無尽に大地を駆け巡ることは無い。
 ならば、威力よりも速度に重点を置き、相手の意識を奪う一撃を急所に叩き込めばいい。そう思う風見雄二であるが、そうであればどれほどよかっただろうか。
「テメェだけは今この場でぶっ殺してやる」
 銃声は嘘だったのだろうか。懐に潜り込んだ風見雄二の腹を左膝で捉えた纏流子は、怒りの声と共に傘を彼へ向ける。
 距離を取られたならば詰めればいいと、大地を蹴り、一瞬で相手を視界に収めると、獲物を振り下ろす。
(あれだけ頑丈ならば銃弾も弾くだろうな)
 大地に亀裂が走り土煙が舞う。空条承太郎のスタンドであるスタープラチナと正面でやりあったのだ、鉄塊よりも脅威だろう。
「ちょこまかと動き回ってんじゃねえよ、こちとらテメェに撃ち抜かれて痛いってのに」
「その痛みで昇天すればいいだろう。黙って死ね」
「――殺す、っ!」
 文句を放つ纏流子に対し風見雄二は彼女の足が損傷していることを上手く利用すべく、手数で攻めるために零距離で陣取る。
 番傘を振るわせなければ攻撃されることも無い。空間をあらゆる角度から拳、蹴りと様々な体術を組み合わせ、相手に反撃の隙を与えない。
 流れるような連撃は徐々に纏流子を追い込み、彼女は後退せざるを得ない。そう、空条承太郎との時とは逆だ。手負いの怪物が、後退りしている。
「調子に乗んなよテメェ!」
「ぐ……貴様」
 風見雄二が放った右拳を引くと同時に纏流子は頭突きを繰り出す。彼の額に吸い込まれて行き、鈍い音と濁った血液が宙を舞う。
 してやったりと笑みを浮かべた彼女は番傘をキューのように見立て、風を斬り裂くような突きを放った。
 脳が振動し視界が覚束ない風見雄二であるが、目の前の凶器を何とか見切り、首を捻ることで回避し、右拳を放つ。
「当たらねえぞ」
「当てるつもりは無い。馬鹿め」
 纏流子も首を捻り回避するのだが、風見雄二の狙いは次にある。右手には拳銃を逆手に握っているのだ。
 その事実に彼女が気付いたのは既に鉛玉が自らの左肩に叩き込まれた時だ。耳元で響いた銃声により、周囲から音も消えた。
 呻き声を轟かし、風見雄二に対する怒りが此処に来て爆発するのだが、相手は銃をそのまま右肩に振り下ろした。
 更に激痛が体内を駆け巡る。殺してやる、殺してやると殺意だけが上昇し、瞳は赤く染まる。今度は何だ、まだ、怒らせるのか。

 風見雄二は右腕を引く際に纏流子の左肩を通過させ、単純に痛みを与えると同時に、血液を纏わせた。
 引いた腕が彼女の肩から離れた瞬間に左右へ振らす。それにより纏った血液が彼女の瞳目掛け飛び散り、視界を赤く染めたのだ。
 ベレッタの銃弾は残り一発。この場で終わらせると眼前へ照準を合わせたが、不運なことに手負いの獣が放った一撃は状況を一変させる。
「調子によぉ……舐めんじゃ、ねえぞォ!!」
 風見雄二の側面から襲い掛かったのは纏流子がデタラメに――いや、本能に従って放った渾身の一撃だ。
 番傘は彼の身体全てを抉るように衝撃を轟かせ、人間だろうとお構いなしにまるで球体のように、彼の身体は大地を転がる。
 受け身を取ろうにもあまりの衝撃と速度により、彼は為す術もなく、ただ、大地を転がるだけであった。そして獣は雄叫びを響かせた。
「ッしゃああああ! 散々手間を掛けちまったが終わりだなあ。テメェを殺して空条承太郎もぶっ殺す。
 逃げてった男とガキもぶっ殺す。さっき殺したガキとおんなじようにな。だからまずはテメェを、殺してやる」
 腕で瞳を拭うと、未だに視界には異物が混入しているかのような、気色悪い感じになっている。苛立ち混じりの唾を彼女は吐いた。
 遠くで倒れている風見雄二をどうやって殺すか――と、考えた所で彼女は新たな笑みを浮かべる。勿論、悪役に似合うどす黒い笑みだ。
 不本意ながらも纏流子は一対一の戦いに於いて、近接戦闘に銃撃を織り交ぜた風見雄二の攻撃を捌ききれていなかった。
 その証拠が左肩に埋め込まれた銃弾。そして、後退させられ、乗用車の傍まで移動していたことだ。気付けば、遠くにまで追い込まれたものだ。
 互いに決定打を与えていなく、銃弾を叩き込まれようが優勢は纏流子であった。手数だけならば相手が優勢だが、重みが違う。
「綺麗さっぱり終わらせてやる……有難く思えよ」
 刀を拾い上げると、刃毀れが発生していないか目視で確認――問題は無いようだ。流石、対生命繊維用だと褒めるべきか。
 走る乗用車のタイヤに突き刺しても、刃毀れどころか折れることすらしないのは、名刀の証だろう。最も、彼女が住まう世界がおかしいだけではあるが。
 逃走した言峰綺礼や憎き空条承太郎の殺害もまだ終えていない。風見雄二一人に時間を費やし過ぎた。挽回とは云わないが、刀の一撃にて一瞬で精算を。
「おいおい……テメェからわざわざ近付いて来るなんてなあ、よっぽどの死に急ぎ野郎かぁ?」
 口元を拭う風見雄二は衝撃から立ち上がり、まだ意識もはっきりしていないだろう。その証拠に震える右腕に左腕を添え、ベレッタを構えている。
 ブレブレな銃口に纏流子は笑いを堪え切れず、ケタケタと大声を上げるが、決して腹を抱えたりなどしない。瞳は一切笑っておらず、風見雄二を捉えていた。
 ただの人間でありながら、おそらく鍛え上げられたと思われる肉体的能力だけでよくも此処まで粘ったものだ。敵ながらに、出会いが違えば賞賛していただろう。
 故に最後まで油断はしない。最高の賛辞だろう、自分が確実に殺害可能な状況を作るまでは、隙を見せるな。
「よく動く口だな……寂しいのか?」
「テメェらが無口なだけなんだよ根暗インキャボーイズ」
 空条承太郎との戦闘時にも言えることだが、纏流子が一方的に声を荒らげるだけであり、会話には繋がらない。
 風見雄二はまだ、反応し、時には自ら口を動かすこともあったが、空条承太郎は皆無に等しい。無論、話さないことに苛立ちを覚える纏流子でも無い。
 張り合いのない――行き場の無い怒りや感情を抱いている彼女にとって、相手の言葉は様々な意味を含めて必要である。人間が人間であるために。
 敵対側からすれば知る必要も術も無い事柄である。現に風見雄二は空条承太郎から聞いていたとおりのよく喋る女、それが纏流子に対する印象だった。
 けれども、本当によく喋る女だなとも思う。此処まで上手く誘導出来るなど、流石に風見雄二と云えど想定外であったのだから。

「……おいおいおいおいおい、ちゃんと狙えよ」
 乾いた銃声が響いた後に金属音が耳に届く。風見雄二の放った弾丸は逸れてしまった。
 纏流子は挑発を言うも、相手が照準を定める体力すら残っていないのかと勝手に幻滅したりもするが、しょうがないと溜息を吐く。
 これでもう終わらせてやると、歩み始めようとした所で、鼻先を刺激する匂いに気付き足を止めた。
 嗅ぎ続ければ気分を害するような重たい匂いの元は乗用車から。風の流れを読み取るに風見雄二の弾丸が着弾した付近からだ。
 視線を動かし乗用車を見ると、鉛玉は給油口に直撃しており、風穴が空いていた。どうやら匂いの正体はガソリンらしく、纏流子は固まった。
「――ッ!? テメェエエエエエエエエ!!」
「俺のことか? 名は風見雄二だが……名乗るのは初めてか? まぁ、どうでもいい」
 ガソリンに弾丸。映画で何度も使い古しされるパターンだ。日本を飛び出した各諸国で見られるような、全米が好むようなワンシーンを思い出す。
 纏流子は最悪の状況を避けようと、少ない時間で自分の身体に基本支給品である水をぶっ掛け、番傘を開き乗用車と自分の間に割り込ませる。
 些細な、本当に些細な抵抗だろうが、少しでも衝撃を和らげ、生き残るための手段だ。他人から見れば滑稽だろうが勝手に笑え。そして殺す。
 生き残った者が勝者だ。ならば爆発を凌いだ後に風見雄二を殺害すればいい。彼は逃走しているようだが、手負いの身だ。追い付ける可能性は十分にある。
 どう殺してやろうか。刺殺か斬殺か……どうでもいい。過程に浪漫など求める質では無く、結果させ残せれば問題は無いのだ。

「……風見雄二、テメェは本当にムカつく野郎だ」
 結論を述べよう。乗用車に銃弾を叩き込んだ所で映画のように爆発する可能性は低い。事前にガソリンを浸しておけば話しは別になるが。
 着弾した給油口を中心に炎が伸び始め、車体と纏流子を中心に炎上するだけで留まり、爆破など勝手に彼女が思い込んでしまった未来となった。
 炎に囲まれた纏流子は車体を蹴る。ボンネットに叩き込まれた踵落としは車体を大きく凹ませていた。
 策に嵌った。手玉に取られた。裏をかかれた。相手が一枚上手だった。
 風見雄二の逃走を許し、騎士王と一瞬ながら手を結び襲撃を仕掛けたが、殺害数はたったの一人だ。
 生命こそ失っていないが、負けである。完全に、纏流子は負けた。
 炎を巻き上げる風が肌を撫で、どうも鬱陶しく感じてしまう。生きている限り戦うだけだ、その標的に新しく一人の男が刻まれた、ただそれだけ。

【H-5/路上/夜】


【風見雄二@グリザイアの果実シリーズ】
[状態]:ダメージ(中)疲労(小)右肩に切り傷、全身に切り傷
[服装]:美浜学園の制服
[装備]:キャリコM950(残弾半分以下)@Fate/Zero、ベレッタM92@現実(残弾0)
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(9/10)
   黒カード:マグロマンのぬいぐるみ@グリザイアの果実シリーズ、腕輪発見機@現実、歩狩汗@銀魂×2、旧式の携帯電話(ゲームセンターで入手、通話機能のみ)
[思考・行動]
基本方針:ゲームからの脱出
   0:言峰綺礼達との合流
[備考]
※アニメ版グリザイアの果実終了後からの参戦。
※折原臨也、衛宮切嗣、蟇郡苛、空条承太郎、紅林遊月、言峰綺礼と情報交換しました。
※キャスターの声がヒース・オスロに、繭の声が天々座理世に似ていると感じました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。
※『越谷小毬殺人事件の真犯人はDIOである』という臨也の推理(大嘘)を聞きました。必要に応じて他の参加者にも伝える可能性があります。
※言峰から魔術についてのおおまかな概要を聞きました
[雄二の考察まとめ]
※繭には、殺し合いを隠蔽する技術を提供した、協力者がいる。
※殺し合いを隠蔽する装置が、この島のどこかにある。それを破壊すれば外部と連絡が取れる。
※第三放送を聞いていません。


【纏流子@キルラキル】
[状態]:全身にダメージ(中)、左肩・左太ももに銃創、疲労(大)、精神的疲労(極大)、数本骨折、説明出来ない感情、苛立ち、水でビシャビシャ
[服装]:神衣純潔@キルラキル(僅かな綻びあり)
[装備]:縛斬・蛟竜@キルラキル
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(19/20)、青カード(19/20) 、黒カード1枚(武器とは判断できない)
    黒カード:不明支給品1枚(回収品)、生命繊維の糸束@キルラキル、遠見の水晶球@Fate/Zero、花京院典明の不明支給品0~1枚
[思考・行動]
基本方針:全員殺して優勝する。最後には繭も殺す
   0:炎を何とかし、風見雄二を探して殺す。
   1:次に出会った時、皐月と鮮血は必ず殺す。
   2:神威を一時的な協力者として利用する……が、今は会いたくない。
   3:消える奴(ヴァニラ)は手の出しようがないので一旦放置。だが、次に会ったら絶対殺す。
   4:針目縫は殺す。
[備考]
※少なくとも、鮮血を着用した皐月と決闘する前からの参戦です。
※DIOおよび各スタンド使いに関する最低限の情報を入手しました。
※満艦飾マコと自分に関する記憶が完全に戻りました。
※針目縫に対する嫌悪感と敵対心が戻りました。羅暁への忠誠心はまだ残っています。
※第三放送を聞いていません。

 どれほど走っただろうか。呼吸を整える紅林遊月は地図上にて城と記載された施設で一瞬の安らぎを得ていた。
 安らぎと言ってしまえば語弊があろうに。天々座理世は未だ気絶から回復せず、共に居るのは言峰綺礼だけだ。
 風見雄二と空条承太郎、それに香風智乃は居ない。そう、減ってしまった。特に香風智乃とはもう、会うことも無いだろう。
 死体との対面など誰が臨むものか、誰が彼女して扱うものか。
 そもそも、自分の気持ちに整理を付けられない状況で、そんなことなど想像出来る余裕が無い。
 香風智乃――チノが死んだ。死んでしまった、あの世へ行ってしまった、土へと還った。
 ぐちゃぐちゃな心の中を整理するには時間と静かな場所で、一人になりたい。けれども、誰もがそんな状況になることに協力はしないだろう。
 現に騎士王と纏流子が襲撃した際には言峰綺礼達が対応したため、紅林遊月自身には時間が生まれていた。けれど、考え事など出来るものか。
 視界に入り込む剣やスタンド、銃声に車、殺されてしまった神威の車輪など、情報量が多過ぎる。 
 ならば比較的落ち着いた今ならば整理――などど上手く話が進むだろうか。まずは走り終えた呼吸や身体を整えるのに手一杯だ。
 次に案ずるは戦う仲間達のこと。襲撃者は強い、戦闘を見ていた限りではどちらも素人で無いことは簡単に理解出来た。
 風見雄二達が負けるなどと思うつもりは無いが、心配なものは心配であり、人間の心は常に最悪の未来を弾き出してしまう。
 もし放送で彼らの名前が読み上げられてしまったら。実際に発生しないと想像は発想されないが、無心でやり過ごせる可能性は限りなく零である。
 この段階にて放送を聞きそびれていたことに気付くなど、やはり数分前の状況は嵐のようだったと再認識してしまう。詳しく云えば放送の終了と共に意識を確立したのだ。
 神威の車輪を自らの意思で動かし、天々座理世を拾いその流れで言峰綺礼も乗牛させ風見雄二の番が回った所で――安らぐ暇など存在しなかった。

 やっとの思いで離脱したものの、外からは金属音や怒号が聞こえ始め、男性の声色は空条承太郎のものだ。
 気付けばどれだけの時間が経過しただろうか。己が放心している間に言峰綺礼は城の内部から外を見ていたが、会話は無かった。
 故に時間の進み具合を確かめる指針は無い。何にせよ空条承太郎と誰かが近くに来たことだけが事実としてしっかりと認識出来る。
 誰か――残念ながら風見雄二は確認出来ない。目視した訳では無いが、おそろくもう一人は襲撃者の片方だろう。
 戦闘がこの場まで続いている。互いに一歩も引かず、素人には世界に入り込むことさえ許されない緊迫の一戦なのは分かっている。
 自分に出来ることは何も無い。戦闘において出しゃばった所で味方の邪魔をするだけであろう。肉弾戦では足手まといだ。

 戦闘音が聞こえ始め、言峰綺礼が紅林遊月へ振り返る。
 口は動かされていないものの、想像は容易に出来る。大方、戦場へ赴くためだ。
 外で戦う空条承太郎へ加勢するのは当然だが、言峰綺礼が居なくなれば紅林遊月と気絶状態である天々座理世を守る存在が消えてしまう。
 城の内部を散策していないために、暗殺者が潜んでいる可能性を否定しきれず、そんな状況に少女達を残せるだろうか。
 騎士王は強い。その事実は言峰綺礼の身体が、記憶が、本能が知っている。空条承太郎と云えど苦戦は間違いなく、現に押されている。

「行って……ください」

 小さき紅林遊月の声が静かな空間を支配するように隅々にまで響く。
 自分の気持ちすら整理出来ずに、体内から溢れ出そうになる感情を抑えるだけで手一杯だ。本音を言えば言峰綺礼には傍にいてほしい。
 けれど、彼を必要としているのは空条承太郎だ。自分よりも危険なのは外で戦っている勇敢な戦士である。
 自分の情けない部分で言峰綺礼を拘束してしまい、それが原因で空条承太郎が死ぬ最悪の未来は見たくない。

 頑張っているのだ。外で戦う空条承太郎や風見雄二は頑張っている。幼稚な言葉であるが嘘じゃあない。
 彼らに手を貸せるのは言峰綺礼だけである。外部からの戦力などアテに出来るはずもなく、確実なのは彼だけだ。
 近くで呼んでいる声が轟くのならばその腕を差し伸ばせ。紅林遊月と天々座理世の護衛はその後で果たせばいいだけのこと。

「……あっ」

 自分にも何か出来ることは無いか。言峰綺礼を見つめながら思案すると、とある出来事を思い出す。
 空条承太郎と初めて遭遇した時のことだ。あの状況で紅林遊月は彼から何かを貰い受けた。
 支給品の類であろうが、受け渡された時に身体へ走る熱のような痛みしか記憶していないが、もしかしたら。
 もしかしたらの話だ。もしも、この状況に対し少しでも力を貢献することが出来るとしたら――神頼みである。
「……私も力に、なれますか」
 言峰綺礼の瞳が大きく開かれた。どうやら神へ紅林遊月の叫びは届いたらしい。



 空条承太郎の左肩へ斬り込まれた不可視の剣は風を纏っているため、永劫に傷口を抉り続ける。
 刺激を発生させる風の旋毛は微々たるものでありながらも魔力として成立しているため、無視出来る損傷を超えている。
 切断されていないことを喜ぶべきだろう。漫画のように左肩が斬り落とされていれば空条承太郎は確実に絶命していたに違いない。
「俺と同じくらい苦しそうな顔をしているが、何か辛い過去でも思い出したのか……?」
 そもそも何故、剣は肩へのめり込んだままなのか。そのまま斬り抜けば空条承太郎の左肩は切断される。
 勢いが足りずとも一度引き抜き再度、攻撃を加えれば既に致命傷を与えているのだから、殺害へ大きく近付くことが可能である。
「う、うるさい……っ」
 風見雄二が空条承太郎と別れる寸前に残した言葉がある。左肩だ。
 騎士王の左肩には治療を施されていないような傷があり、時折だが気にしている様子もあった。無視出来ない痛みが発生しているのだろう。
 応急処置程度ならば済ましているかのようにも思えたが、まるで一種の呪術のように消えない傷が騎士王に刻み込まれているのだ。
 空条承太郎は不可視の剣を振り下ろされる寸前にスタンドで拳を左肩へ叩き込み、痛み分けとなってしまったが効果はあったようだ。
 現に騎士王は痛みに表情を歪ませており、不可視の剣を引き抜くことすら出来ていない。最もスタンドで掴んでいる力加減もあるが。

 しかし、何時までもこの状態を続ければ苦しいのは明らかに空条承太郎だ。何せ剣が刺さったままだ、無視出来るはずも無い。
 スタンドで殴り付けように騎士王の動きが予測出来ない分、密接した距離でもあるため迂闊に行動し、見切られれば、殺される。
 何か状況を好転させる外部因子を求めてみるが、神様とやらが存在するならばこの瞬間だけは空条承太郎に微笑んだようだ。
 背面に聳え立つ城の内部から跳び出した言峰綺礼が騎士王へアゾット剣を古井、空条承太郎への加勢となって現れた。
「ぐーーッ!!」
 襲撃者に対応するため騎士王は痛む左肩を気にしながらも空条承太郎の左肩から不可視の剣を引き抜いた。
 衝撃に伴い、耳には彼の声が聞こえるも今対処すべき相手は目の前の言峰綺礼だ。
「!?」
 アゾット剣を弾き返したつもりだが力を押し返すことが出来ずに鍔迫り合いが発生し、騎士王の表情に驚きが見られた。
 ただの人間ならば簡単に屈せる程度の一撃を放った筈だが、敵は押し返し、更に刃を滑らせ懐に潜り込んだ。
 呼吸だ。言峰綺礼の呼吸音が聞こえたかと思えば次には腹を中心に衝撃が発生し、騎士王は唾の混じった血液を口から吐いた。
 状況が飲み込めずに焦りを覚える騎士王が顔を上げた瞬間、彼女の瞳には直撃寸前である言峰綺礼の拳が迫っていた。
 対処することも不可能だ。振り切られた拳の先には宙を浮く鎧の騎士が一人、金属音を響かせ大地へ落下する。
「通用するものだな……この会場に招かれて初めて思うが、良い事もあるようだ」

 騎士王が立ち上がった段階で既に言峰綺礼は接近を終えており、蹴りを放っていた。
 不可視の剣を横に構え置くこと防いだものの、伝わる衝撃は空条承太郎のスタンドが放つ拳を超えていた。
 一撃の重さはまるで同じサーヴァントとしての枠を以って現代に召喚された英霊に迫る勢いだ。おかしい、この男は一介のマスターだ。
 聖杯戦争中にこの男が規格外の強さを発揮した記憶は騎士王の脳内に残っていない。仇も衛宮切嗣と密接に情報を交わす間柄だったならば事前に見抜けていたかもしれないが。
「……!? 何故、まさか聖杯戦争は続いていると言うのですか!?」
「さあな。私にも終了しているのか続行しているかは分からぬ」
 言峰綺礼の手の甲に走る入れ墨に騎士王は既視感を抱く。そんな筈は無い、あれが存在するならば自分は一体なんだと言うのか。
 この会場には衛宮切嗣も招かれている。ならば自分達は再度の契約が結ばれた――違う、誓いの証は存在しない。
 ならば何故、言峰綺礼は持っているのか。彼が監視側の人間だからだろうか。これも違う、ならば対等の立場として殺し合いに参加するものか。
 理解が追い付かない。けれども、目の前に君臨する敵が脅威になったことだけは、理解出来てしまった。
「呆気ないものだな。セイバーよ、お前は強い。流石はサーヴァントだ、私のような人間が敵うなど、馬鹿の見る夢だろう」
 彼の発する言葉が挑発に聞こえてしまう。剣を深く持ち直し騎士王は目の前の敵に対する評価を改める。
 残るは二画だ。一画の効力も消えてない中、どうやら戦闘を長引かせれば不利になるのは己らしい。
「しかしだな。所詮はお前も私達と同じ人間として生まれたのだろう――人間同士の争いならば、行く末は見ものだな」

 赤き令呪を発動し、言峰綺礼が騎士王に挑む。
 元の彼らを知る人間がこのことを知ってしまえば、笑うことになるだろう。
 戦闘とは程遠い催し物で、例えば夕食を賭けて戦うなどと云う砕けた争いを想像するだろう。
 けれど、違う。背負う物は互いに存在し、引けぬ戦いだ。賭ける物は己だ。意思も、夢も、生命も全て。

 アゾット剣と不可視の剣――約束された勝利の剣が衝突し、鋼の旋律を響かせる。
 曲は既に奏でられた。奏者たる二人が止まらない限り――片方の生命が消えるまで、止まらない。


【G-4城周辺/路上/夜】


【天々座理世@ご注文はうさぎですか?】
[状態]:気絶、状況をまだ飲み込めていない可能性あり、疲労(大)、精神的疲労(大)
[服装]:メイド服・暴徒鎮圧用「アサルト」@グリザイアの果実シリーズ
[装備]:
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(10/10)
    黒カード:不明支給品0枚
[思考・行動]
基本方針:ゲームからの脱出
   0:気絶
[備考]
※参戦時期は10羽以前。
※折原臨也、衛宮切嗣、蟇郡苛、空条承太郎、一条蛍、香風智乃、紅林遊月、言峰綺礼と情報交換しました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。
※『越谷小毬殺人事件の真犯人はDIOである』という臨也の推理(大嘘)を聞きました。必要に応じて他の参加者にも伝える可能性があります。
※第三放送を聞いていません。


【紅林遊月@selector infected WIXOSS】
[状態]:口元に縫い合わされた跡、疲労(中)、精神的疲労(大)
[服装]:天々座理世の喫茶店の制服(現地調達)
[装備]:超硬化生命繊維の付け爪@キルラキル
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(18/20)、青カード(19/20)
黒カード:ブルーアプリ(ピルルクのカードデッキ)@selector infected WIXOSS
[思考・行動]
基本方針:叶えたい願いはあるけれど、殺し合いはしたくない
   0:冷静になる。心を落ち着かせる。気持ちを整理する。
[備考]
※参戦時期は「selector infected WIXOSS」の8話、夢幻少女になる以前です
※香風智乃、風見雄二、言峰綺礼と情報交換をしました。
※ピルルクの「ピーピング・アナライズ」は(何らかの魔力供給を受けない限り)チャージするのに3時間かかります。
※チノの『演技』に気付きましたが、誰にも話すつもりはありません。
※チノへの好感情、依存心は徐々に強まりつつあります
※第三放送を聞いていません.


【空条承太郎@ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース】
[状態]:ダメージ(大)、疲労(中)、精神的疲労(中)胸に刀傷(中、処置済)、全身に小さな切り傷、左肩に裂傷、出血(大)
[服装]:普段通り
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(9/10)、噛み煙草(現地調達品)
[思考・行動]
基本方針:脱出狙い。DIOも倒す。
   0:目の前の相手をぶっ飛ばす。
[備考]
※少なくともホル・ホースの名前を知った後から参戦。
※折原臨也、一条蛍、香風智乃、衛宮切嗣、天々座理世、風見雄二、言峰綺礼と情報交換しました(蟇郡苛とはまだ詳しい情報交換をしていません)
※龍(バハムート)を繭のスタンドかもしれないと考えています。
※風見雄二から、歴史上の「ジル・ド・レェ」についての知識を得ました。
※参加者の時間軸がずれている可能性を認識しました。
※越谷小鞠を殺害した人物と、ゲームセンター付近を破壊した人物は別人であるという仮説を立てました。また、少なくともDIOは真犯人でないと確信しました。
※第三放送を聞いていません。


【言峰綺礼@Fate/Zero】
[状態]:疲労(中)、精神的疲労(中)全身に小さな切り傷、令呪1画消費によるブースト
[服装]:僧衣
[装備]:アゾット剣@Fate/Zero、令呪(残り2画)@Fate/Zero、
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(18/20)、青カード(17/20)
黒カード:不明支給品0~1、各種雑貨(ショッピングモールで調達)、不明支給品0~2(ポルナレフの分)、スパウザー@銀魂
     不明支給品2枚(ことりの分、確認済み)、雄二のメモ
[思考・行動]
基本方針:早急な脱出を。戦闘は避けるが、仕方が無い場合は排除する。
   0:セイバーを倒……せるのか?
※第三放送を聞いていません。


【セイバー@Fate/Zero】
[状態]:ダメージ(中)、疲労(中)、精神的疲労(小)魔力消費(中)、左肩に激痛、左肩に治癒不可能な傷?
[服装]:鎧
[装備]:約束された勝利の剣@Fate/Zero
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
    黒カード:レッドアンビジョン(花代のカードデッキ)@selector infected WIXOSS、キュプリオトの剣@Fate/zero
[思考・行動]
基本方針:優勝し、願いを叶える
 0:皆殺し。
 1:島を時計回りに巡り参加者を殺して回る。
 2:時間のロスにならない程度に、橋や施設を破壊しておく。
 3:衛宮切嗣、空条承太郎、鬼龍院皐月には警戒。
 4:銀時、桂、コロナ、神威と会った場合、状況判断だが積極的に手出しはしない。
 5:銀時から『無毀なる湖光(アロンダイト)』を回収したい。
 6:ヴァニラ・アイスとホル・ホースに会った時、DIOの伝言を伝えるか、それともDIOの戦力を削いでおくか……
 7:いずれ神威と再び出会い、『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』を破壊しなければならない。
 8:WIXOSS、及びセレクターに興味。
[備考]
 ※参戦時期はアニメ終了後です。
 ※自己治癒能力は低下していますが、それでも常人以上ではあるようです。
 ※時間経過のみで魔力を回復する場合、宝具の真名解放は12時間に一度が目安。(システム的な制限ではなく自主的なペース配分)
 ※セイバー以外が使用した場合の消耗の度合いは不明です。
 ※DIOとの同盟は生存者が残り十名を切るまで続けるつもりです。
 ※魔力で車をコーティングすることで強度を上げることができます。
 ※左肩の傷は、必滅の黄薔薇@Fate/Zeroが壊れることによって治癒が可能になります。
 ※花代からセレクターバトルについて聞きました。WIXOSSについて大体覚えました。
 ※第三放送を聞いていません。


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168:妹(前編) 風見雄二 198:目覚めたその部分
168:妹(前編) 纏流子 198:目覚めたその部分
168:妹(前編) 天々座理世 188:GRAND BATTLE
168:妹(前編) 紅林遊月 188:GRAND BATTLE
168:妹(前編) 空条承太郎 188:GRAND BATTLE
168:妹(前編) 言峰綺礼 188:GRAND BATTLE
168:妹(前編) セイバー 188:GRAND BATTLE

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最終更新:2017年05月08日 09:14