Nothing But a Dreamer ◆X8NDX.mgrA
瀟洒な印象の部屋がある。
入り口から見て正面奥に位置する大きな机、それと同じデザインの椅子に、その男は腰掛けていた。
男は左腕にした時計をちらりと見やると、わずかに目を細めた。
「ふむ、そろそろゲームの開始から十八時間か。
駒の数も随分と寂しくなったものだ……そう思わないか、ユウジ?」
「……」
ワイングラスを傾けて、ヒース・オスロは傍らの青年に訊ねた。
日本人離れした銀色の髪と赤色の瞳が目立つ青年は、表情を変えず無言のまま。
そのことに気を悪くした様子もなく、オスロは言葉を続ける。
「彼女……繭の知り合いは、まだ三人もいるらしい。
よほど幸運なのか、はたまた手心を加えているのか……まあ、知ったことではないがね」
オスロはある目的の元で、このバトルロワイアルをお膳立てした。
しかし、繭とオスロの目的は同一ではない。
そもそも、オスロにとって繭は一つの道具に過ぎない。
異なる世界線から招かれた参加者たちで、開かれるバトルロワイアル。
そんな、言わば「お遊戯会」の主催者に相応しい者として、繭が選ばれたというだけの話。
「この盤上から、どうゲームが展開していくか……。
『彼』は生き残ることができるかな?どう思う、ユウジ。はははっ」
「……」
愉快そうに笑う主人と、能面を崩さない従者。
ゲームの進捗状況を肴に、オスロはつらつらと話し続けるだろう。
バトルロワイアルが終局に至るまで、このやり取りは続くに違いない。
「……談笑とは余裕ですな」
――第三者がここに訪れない限りは。
■
「おや、ミスター時臣。お勤めご苦労様」
男性はドアから悠然と歩き、オスロのデスクへと近づいた。
その立ち居振る舞いは、誰が見ても紳士であるその男性――魔術師・遠坂時臣は、渋い顔でこう告げた。
「なぜ私に連絡を取らないのです?」
「連絡とは?」
とぼけた返答をするオスロに、時臣は渋い顔のまま返した。
「この島を隠匿する結界についてです。
結界の基盤は既に二か所が破壊されています。すぐにでも修復作業に取り掛かりたい」
「ああ、そのことか……」
面倒くさそうに視線を逸らすオスロ。
その姿を見て、時臣は更に眉間に皺を寄せたが、何かの言葉をかけるよりも速く、オスロが弁解を始めた。
「連絡をしなかった理由は、その必要がないと判断したからだよ。
結界は四つの基盤から成り立つのだから、一つや二つ壊れたところで、完全に崩壊するわけではない。
それにまさか、簡単に崩壊しかねない程度の結界を構築されたわけでもないだろう?
由緒ある魔術師一族の当主様ともあろうものが」
あからさまな嘲りを入れるオスロに、時臣は厳しい視線を向けた。
年齢は四十近いと推察される目の前の男と、時臣が出会ったのはつい数日前のこと。
数週間前、遠坂家と古くから交友のある、言峰璃正から連絡が来たのだ。
『急にお呼びだてして申し訳ありません』
『いえ、構いませんよ。それで、用件というのは』
遠坂の私邸にて、時臣と璃正の二人は監視や盗聴にも配慮した上で会談を開いた。
『まず、この件に聖堂教会は関与どころか、認知すらしていない。
あくまでも、言峰璃正という個人からの頼みだと理解して頂きたいのです』
『承知しました。……わざわざ人払いまでする内容なのですか?』
『ふむ、どう話したものか……』
いかにも話しにくそうに、老神父は頭をひとつ掻いてから、意を決したように口を開いた。
『数年後の聖杯戦争に際して、準備を進めておられることでしょう。
その目的は無論、根源への到達を成すこと――だが、もしもの話。
“聖杯の力を得ずとも根源に到達できる”と聞いたなら、どう思われますかな?』
『な、それは――』
時臣は瞠目した。
根源。およそ全ての魔術師の悲願であるはずのもの。
万物の起源にして終焉、この世の全てを記録し、この世の全てを創造できる座標だ。
始まりの御三家とされる遠坂、マキリ、アインツベルンは、聖杯を再現することでその奇跡を成そうとしていた。
時代は流れ、今や根源への到達を真摯に求めるのは、遠坂家だけとなってしまったが。
その手段の話となれば、どうしても無視はできない。
『私の古い知人に、とある依頼をされたのです。優秀な魔術師を紹介してほしいとね。
依頼自体は一端の魔術師なら簡単にこなせるものです。ただ、根源への到達の手段を示唆していた辺り……』
『神父が遠坂家と懇意にしていると、知った上でしょうね』
根源への到達というエサをちらつかせて、璃正神父に遠坂時臣へと話を持ち掛けさせる。
璃正神父の知人が、時臣が依頼を受けることを望んでいるのは間違いなかった。
聖杯も無しに根源への到達を成せるなど、眉唾物の話ではあるが。
『……いいでしょう。話の真偽を確かめたい。
璃正神父、話を通しておいてもらえますかな』
『ではそう伝えておきましょう。くれぐれもお気をつけて。依頼主の名前は――』
(ヒース・オスロ……。魔術結界を張ることを依頼してきたのは其方だというのに、どういうつもりだ?)
その後、オスロと出会い依頼内容を確認した時臣は、その容易さに拍子抜けした。
依頼とは、殺し合いを隠蔽するための装置、すなわち結界を張るだけだったのだ。
それ自体は当然だろう、と時臣は感じた。
魔術は秘匿されるべきもの。魔術師の鉄則を厳格に守る身としても、遊戯の隠蔽自体はなんら疑問ではない。
しかし、その結界を張り終え、殺し合いが本格始動してからが問題だ。
(セイバーの『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』により病院は倒壊。
それに、度重なる戦闘の結果として放送局は崩落。
結界の基盤とした四か所のうち二か所が、既に修復が必要な状態だというのに……)
確かにオスロの言う通り、結界は基盤の全てが壊されるまで効力を持ち続けるが、それでも限度がある。
危うい状態で放置するのは、隠蔽という本来の意図を外れている。
時臣は目の前で悠然と構える男を観察した。
魔術回路の脈動を感じることはない――つまりは、魔術的素養を全く持ち合わせていない。
油断のない物腰から、完全なる一般人ではないと見受けられるが、それでも魔術とは無縁の生き方をしてきたに違いない。
(……この男は魔術を軽んじているのだろう。
大方、結界の重要性もそれほど考えていないに違いない)
魔術のいろはも知らずに、上からの命令を聞いているだけ。
結界の修復は頼まれていないからする必要がない――時臣には、オスロがこう考えている怠慢な人間に見えた。
(となると、根源への到達もいよいよ信憑性が薄くなる)
オスロ自身が殺し合いの主催者に利用されるだけの存在ならば、その口から出た根源への到達はおそらく虚言。
全ては時臣を釣るための文句だったと考えられる。
「そう睨まないで欲しいな、ミスター時臣」
「これは失敬。しかし、私は魔術師として不十分な結界を放置するというのは看過できない。
依頼された仕事であれば猶更のこと。それは理解して頂けるでしょう?」
時臣は半ば高圧的に、結界の修復作業を認可させようとしていた。
オスロに説いた意図も確かにあるが、それ以上に時臣自身の矜持が、おめおめと退室することを拒んだのだ。
すると、ため息をついて、オスロは椅子に深くかけた。
「……少し話し合おうじゃないか。今後のことも含めて」
「ありがとうございます」
時臣はオスロに促されて、机の前にあるソファに腰掛けた。
オスロが傍に立つ青年に「お飲み物を差し上げなさい」と命じると、青年は時臣に一礼し、足音も立てずにドアから出て行った。
まるで御三家の一角、アインツベルンのホムンクルスを思わせるアルビノ。
オスロと同じく魔術の脈動は感じないものの、何か妙な雰囲気を漂わせている。
時臣の直感は、青年は単なる執事役ではないと告げていたが、今は指摘する理由も必要もない。
そうこう考える内に、オスロが改めて話を切り出した。
「さて、ご協力には感謝しているよ、ミスター時臣。
この殺し合いには魔術に関わる参加者もいる以上、君のように優秀な魔術師の存在は不可欠だった。
とはいえ結界を張り終えた時点で、君から得たい力添えは充分。
あとは結果を待つだけだ。君の求めるものが、いずれ掌中に収まるときが訪れるだろう」
暗に結界の修復作業は不要だと告げたオスロ。
話をはぐらかして終わらせるつもりだと時臣は察知して、別の問いをぶつけた。
「ところで、そもそもこの殺し合いは何が目的なのでしょう。
集めて殺し合わせるという形態は蟲毒のようにも思えますが、それにしては実力差に幅がありすぎる」
殺し合いの情景は、時臣も“窓”から観察していた。
無垢な女子高生から『セイバー』のような英霊まで、多種多様な人選には些か驚いたものだが、殊更それを嫌悪することはなかった。
魔術や呪術といった世界に足を踏み入れていれば、外の世界から見て残酷に思われる儀式も多く存在する。
根源への到達の手段としては疑わしいが、この殺し合いも何らかの儀式の側面があると時臣は考えていた。
ただし、それにしては力の優劣があまりに大きすぎるとも感じていた。
「フ、フフ……」
問われたオスロはニヤニヤと笑う。
何を馬鹿なことを質問するのだとでも言うように。
「どれだけ実力に差があろうとも、殺さなければ殺される状況下なら、人は誰でも殺せるさ」
言われて時臣は、今までに見た死者の姿を思い出した。
スクールアイドルが麻雀少女を殺した。
神樹に選ばれた勇者が槍の英霊を殺した。
喫茶店の店員が快楽殺人鬼(シリアルキラー)を殺した。
この殺し合いにおける死者は、必ずしも強者に蹂躙された弱者ばかりではない。
「極限状態の中で殺し殺される、その過程に意味がある。
なぜなら、この殺し合い自体が、根源へと至るための手段なのだから」
「根源へと至るための手段……?」
唐突に出た核心の言葉に、時臣は疑念を隠せなかった。
結界の重要性を無視するような無知な男を信用していいのか、と。
虚言や妄言の類ならば即座に一蹴するつもりで、オスロが続きを語るのを待った。
「不思議に思わなかったかい?参加者が一様に嵌めた“腕輪”を。
理不尽な殺し合いに従わせる抑止力としてなら、毒物や爆弾でも事足りる。
それなのに、用意する時間も手間もかかる“魂を吸い取る腕輪”を使う理由はなんだ?」
一呼吸置いて、オスロは天気について話すかのような気軽さで言った。
「答えは簡単。魂を封じ込めたカードが、根源へと至る鍵となるからだ」
根源へと至る鍵。
時臣はオスロの言葉を反芻する。
遠坂家が追求してきた願望の手がかりが、そこにあると感じて。
「魂とは意志。死ぬ間際のそれはとても強く光り輝いている。
その強い意志のエネルギーをカードに封じ込める。ここまでは分かるかい?」
「……えぇ」
この説明を、時臣は簡単に理解することができた。
魔術師の備える魔術回路は、通常時は普通の人間と同様の神経として存在しており、精神面のスイッチにより反転して機能する。
つまり、精神と魔力の間には関係性があるのだ。
わざわざ殺し合わせる理由も、精神を平常時と異なる状態で封じ込めるためだと言われれば納得できた。
「そうして出来た参加者のカードが重要な鍵となり、根源への道筋は開かれる。
もちろん、その鍵を使用できる者は選ばれている。少なくとも優勝者は確実だろうね」
「……その鍵の使用には資格がいるという訳ですか」
時臣は冷静に相槌を打ちながら、心中では油断なく思考を巡らせていた。
必要な資格と、それを得る方法を暗に聞き出せれば、根源への到達ができるのか、と。
「時に、ミスター時臣。WIXOSSという遊戯を知っているかな?」
とはいえ、全ての思惑が上手くいくとは限らない。
オスロの唐突な話題転換により、それ以上の追及は難しくなった。
「ウィクロス?いえ、世俗の遊戯には疎いものでして」
「ならば、教えてあげよう――」
そして、オスロが時臣へと告げたのは、世間の大半が三流芝居と酷評するだろう物語。
たった一人の少女が、新たな世界を創造して、現実世界にその原理(ルール)を持ち込むなどと。
しかし、今しがた殺し合いの意味を聞いた時臣は一笑に付すことができない。
「……俄かには信じがたいですな」
「しかし事実なのだよ。信じるか信じないかは別にして、ね」
オスロは口元に笑みを浮かべている。
話は一応理屈が通っているので、虚言や妄言と一蹴できないのがもどかしい。
まさしく「信じるか信じないか」は時臣に委ねられているというわけだ。
結局、時臣は適当な相槌を打ちながら話を聞くしかなかった。
「そして、その遊戯を創造した少女というのが――おや、ようやくお茶が来たようだ」
いよいよ核心に迫るタイミングで、話の腰を折るようにオスロは時臣から目を逸らした。
時臣が反応するよりも早く、銀髪の青年はソファの横に居た。
気付けなかったのは、魔術師としてオスロの話の続きに興味を引かれていたからだ。
「……おっと、ミスター時臣。ここは一旦退室願おう」
しかし、青年にティーカップを配ろうとする様子はない。
オスロの言葉で、時臣は第三者が訪問してきたことを察した。
改めて振り向けば、やはりドアのそばには幼気な少女が立っている。
薄緑の色の髪をした少女――オスロが「繭」と呼んでいるその娘の詳細を、時臣はまだ知らされていない。
(あるいは、この少女が?……まさかな)
この薄幸な雰囲気の少女が、根源へ至る資格を持つのだろうか。
否定しつつも断定はできない状況に、時臣は再びもどかしさを覚えた。
「やあ、繭。放送は無事に終わったかい?」
「ええ……それより、いくつか相談があるの。
まずはアーミラの魂が封じられたカードのこと……」
少女には似合わない事務的な会話に後ろ髪を引かれながら、時臣は部屋を去る。
最終的に結界の修復は許可されなかったが、それはもはや二の次だ。
根源への到達、その手段が未だ抽象的であるにせよ明かされた。
自らの手で悲願を達成するためにも、時臣はその手段をどうにかして知らなければならない。
(白いカードが鍵となる、か……)
しばしの黙考の後、魔術師が向かった場所は――。
■
「ふう、繭のお陰で助かったよ」
「なんのこと?」
「此方の話さ。気にしなくてもいい」
「……まあいいけど。とにかく、よろしく頼むわよ」
「もちろん、協力は惜しまないさ」
「それならいいの。それじゃ」
「一ついいかな、繭」
「なに?」
「このゲーム、楽しんでいるかい?」
「――ええ、とても」
※島には結界が張られており、結界の基点が四つ、どこかに存在します。
既に病院と放送局の二つの基点が破壊されています。
時系列順で読む
投下順で読む
最終更新:2017年07月10日 07:21