騎士の誓いは果たせない ◆G33mcga6tM


 その場を目撃したことは幸運だった。
 犬吠埼風――今は、魔王ゴールデンウィンド――は、建物の屋上に身を潜めていた。
 龍之介なる精神異常者と別れ、気分を落ち着けた後。
 揚々と敵の姿を探して高所に登った魔王が見つけたのは、今まさに接触する二つの集団だった。
 一つは、オープンカーに乗る金髪の少女。無骨な鎧を身に着けている。
 もう一つは、黒いセーラー服の女、ヅラっぽい長髪男、そして小学生くらいの女の子が二人。
 彼らは短い会話を交わし、すぐに別れる。
 オープンカーの少女が走り去り、黒髪の女が率いる集団は別の方向へ歩き出す。
 どちらも、風が隠れて見ていることに気づいていない。

「チャンス……でもどっちをやる?」

 普通に考えるなら、小学生を二人抱える集団の方だろう。
 変身して一気に襲いかかり、おそらく戦闘を担当するであろうセーラー服の女とヅラを殺す。
 その後、無力な少女二人を殺す。合計四人。大戦果だ。

「……いや、見た目は幼女でも実際はどうかわからない、か」

 だが現実はそう甘くない。
 何せ、自分だって一般的にはただの女子中学生だ。それが神樹様の力を得て、超絶的な強さを誇る勇者に成る。
 ならばあの幼女二人だってどんな力を持っているか、知れたものではない。
 最悪の場合、勇者と同等の力を持った人物が四人、ということも考えられる。
 無論、単なる幼女の可能性も否定出来ない――が、これはゲームではない。失敗してもリセットなど不可能だ。
 確実を期すならば、勝算が曖昧な四人より多少手強くとも一人の方を選ぶべきだ。
 魔王は四人の集団に姿を見られないように注意して建物を降り、回り道をしてオープンカーを追い始めた。

 数十分ほど走ったところで、風は金髪の少女に追いついた。
 変身した勇者の脚力は車よりも速いが、それを抜きにしても少女は速度を落としていた。
 やがて車は路肩に停車し、降りた少女が車をカードに戻す。風は慎重に身を隠しつつ、また高所からその様子を窺うことにした。
 金髪の少女は風より頭一つ低い。友奈と同じくらいだ。端正な顔立ちは疲労に塗れている。
 少女は周囲を見回し、誰の影もないことを確認して、無人の民家に押し入る。
 ドアを開こうとして、少女は自分の身体をぽんぽんと軽く叩く。
 舞い上がる埃を煩わしげに振り払い、庭に出てきょろきょろと辺りを見回した。

「は、手を洗ってるの。潔癖症なのかな」

 これには思わずゴールデンウィンドも呆れてしまう。
 少女は庭にあった水道から水を出し、両手に汲み上げて顔を洗う。
 ほころんだ表情は、汗と汚れを落とした開放感に彩られている。

「あー……お風呂入りたいな」

 少女を殺すべく隙を探っている最中だというのに、思わず口から零れ出た一言に苦笑する。
 入浴、ひいては自身を清潔に保つことは女子の義務であり権利だ。女子力を重視する犬吠埼風にあっては、やはりそこは譲れない一点でもある。
 もちろんこれはただの願望であって、殺し合いの中でそんな馬鹿みたいな理由で油断する気は毛頭ないが。
 が、風の視界内でその馬鹿みたいな理由を実行している少女がいた。
 あちらも中々の修羅場を潜ってきたのか、全身が埃や土で薄汚れている。
 戦えば多分強いのだろう。立ち居振る舞いには武道を修めた者特有の流麗さがある。
 だがどんな達人も、寝込みや病など、万全の状態でないときには弱さを見せる。
 極度に張り詰めた緊張から開放され、安全なところで気を抜いた瞬間。それこそが狙い目。
 少女が身に纏う鎧が消えた。鎧の下に着込んでいたのは、青と白を貴重としたドレス。
 鎧が変化した黒いカードを水道の袂に立て掛けると、少女はドレスの袖口を割いて小さな布切れを作った。
 布切れを水に浸し、顔や首筋、胸元などを拭い始める。

「さすがに服を脱ぐほど馬鹿じゃないか。でも、鎧を脱いだのは失敗だ」

 カードに戻した以上、すぐに鎧を着込むことはできない。
 危険とわかっているだろうに、それでも鎧を脱いで汗を拭っている。
 よほど、汗をかいたまま動くのは気持ちが悪かったのだろう。その気持ちは風にも良くわかるが。
 いかに休息しているとはいえ、何らかの武器を持っているなら実体化させたまま手元に置いておくはずだ。
 それをしない以上、少女の装備は先ほどのオープンカー、そして鎧だけと見て問題なさそうだ。
 風に背中を見せ、呑気に身体を清めている少女。四人目の犠牲者は彼女だ。

「ふぅー……っし。行くか」

 大剣を握り直す。使い慣れた得物の感触を頼もしく思い、ゴールデンウィンドは足場にしていた家屋から身を躍らせた。
 限界まで抑えていた勇者の力を一気に開放する。
 壁に足がついた瞬間、全力で蹴る。
 爆発的な加速。比喩ではなく、蹴った壁は砲撃を受けたかのように弾け飛ぶ。
 大剣を槍のように構えたゴールデンウィンドは、まさしく黄金の風となって少女の背中へと無慈悲に剣を繰り出した。
 距離、十メートル、五メートル、三メートル。ここでようやく、少女がはっと振り返ろうとする。だが遅い。
 振り向き終える頃には、大剣は既に彼女を斬り裂いている。

 そう思った。そうはならなかった。

 少女がゆらりと両腕を伸ばす。その手の中には何もない。
 無駄な抵抗だと一笑に付し、一息に少女を斬り捨てようとした風は、しかし驚愕する。
 少女を断ち割るはずだった魔王の大剣は、少女の手先からちょうど一メートルほど上空で硬い手応えを得る。
 そして、滑るように落ちる。少女の身体へ向かう軌道ではない。そこから僅かにズレ、何もない空間を奔る。
 まるで見えない壁――見えない剣に弾かれたように。

(……しまった! 罠だ!)

 風は少女が無手だと思った。鎧を脱ぎ、休息しているのだろうと思った。
 だが、違った。風は、誘い込まれたのだ。
 通りから外れ、奥まった場所で停車したのも。これみよがしに鎧を消してカードを懐に入れたのも。
 全て風を誘き出すための撒き餌。
 受け流された、と風が気付いた時には遅い。全力で大剣を地面に突き立ててしまい、風の態勢は大きく泳いだ。
 その隙を少女が見逃すはずもない。ぞっとするほど酷薄な光を湛える瞳が、風を射抜く。返しの一刀が放たれる。

「こん……のォォッ!」

 命を刈り取られる寸前、精霊が現れ少女の剣を食い止める。
 少女の剣は一体どれほどの力を秘めていたのか、一瞬の均衡の後に精霊は弾き飛ばされた。
 しかし、その一瞬。その一瞬を稼いだおかげで、風は剣を手放し思い切り蹴りつける余裕を得た。
 身の丈以上もある大剣は相応の重量を持つ。剣は十分に踏み台の役目を果たし、風は弾かれたように飛び退る。
 間一髪、少女の反撃から逃れることに成功する。だが、喜んではいられない。
 先ほどまでのリラックした様子が嘘のように――いや、事実、嘘だったのだろう。
 無防備な姿を演じることで、自分を追跡していた者を炙り出す。魔王はまんまとその策略に嵌ってしまった。
 目論見通りに状況を進めたのは少女の方だった。

「くっ……」

 手放した大剣を背中で隠すように少女が立ち位置を変える。これではすぐに大剣を取り戻すことはできない。
 勇者への変身を解けば大剣も消えて、再度変身し直せば手元に再出現するだろう。
 だがそれでは僅かな間、身体能力の強化も打ち消されることになる。その数秒数瞬が生死の境目になることは容易に予想できた。
 この状況を支配しているのは、ゴールデンウィンドではなく金髪の少女。
 少女は相変わらず無手。だがその拳は握り締められている。だからと言って、友奈のように格闘戦を演じるのではない。
 大剣を受け流したのは硬い感触。伸ばされた少女の手からまっすぐに伸びたそれは、まさしく目には見えない剣だった。
 気がつけば少女は見慣れた構えを取っていた。正眼、すべての剣術の基本にして王道とも言える構え。
 もっとも信頼する武器を手放したことは、この手強い少女を前にしては致命的とも言える失態だ。
 少女を視界の中心に捉えたまま、風は手探りで腕輪からカードを取り出す。新たな武器を。

「……ほう」

 ここで初めて、少女が口を開いた。
 このとき風が咄嗟に手にしたカードは、ある意味では当たり、ある意味では外れ。
 所持していた黒カードは三枚、そのすべてが刀剣に変化する。
 征服王の佩剣、キュプリオトの剣。真選組副長の愛刀、村麻紗。そして呪いを振りまく妖刀、罪歌。
 このうち、村麻紗と罪歌は強大な力を持ち主に与える代わりに、持ち主の心を侵す作用がある。
 風は勇者としての特性、自殺を阻止する精霊が呪いを遮断したため難を逃れていたが。

「その刀」

 風がこのとき手にしたのは、村麻紗だった。
 選んだ訳ではない。少女を前にして武器を選り好みできるほどの余裕はないのだから。
 たまたま掴んだカードが村麻紗であり、そこに何者かの意図が介在する余地はなかったはずだ。
 しかし、それが結果として風の命を繋ぐこととなる。

「なぜ貴様が持っている?」

 セイバーは、風が新たに手にした村麻紗に興味を示した。村麻紗は、セイバーが最初に斬った男、土方十四郎の刀。
 彼を下した後、セイバーはその刀を捨て置いて去った。刀は侍の魂であると言う。
 ならば、命を断ってさらに魂までも奪うことはない。それがかの勇敢な侍に対する礼儀だと思ったからだ。

「それは私が斬った侍の刀だ。彼の遺体から奪ってきたか?」

 セイバーの問いに風は眉を顰める。
 奇襲を凌ぎ武器を一つ奪った状況で、何故そんなことを訊いてくるのかという顔だ。
 己が手に掛けたとはいえ、誇りを掲げて散った男の死に様を穢したとなれば、セイバーとて看過することはできない。
 が、風の返答は膨れ上がりかけたセイバーの怒りを霧散させるものだった。

「あいにくだけど、何を言ってるかわからないな。この刀を持ってた男は生きてたよ。さっきまではね」

 数秒の沈黙の後、風も返答した。足先はじりじりと重心を小刻みに変えている。攻めるか退くか、考えあぐねているように。
 少しでも対応を練る時間を稼ぐべく、会話に応じた。セイバーはそう見た。
 そしてその答えは、セイバーが抱いた風への興味を急速に失わせるものだった。
 道理は合う。納得も行く。ならばこの少女にもう価値はない。

「……そうか。その某があの侍から刀を持ち去り、それを貴様が殺したと」
「そういうこと。だから私に怒るのは筋違いよ。文句はあの黒子の似合うお兄さんに言ってほしいな」

 が、風を斬り捨てる算段をつける一瞬前、風の口にした一言がセイバーの剣気を危ういところで押し留めた。
 セイバーの瞳が見開かれる。風の言葉はセイバーにとって、とても無視できないものだったのだ。

「今、何と言った」
「は?」
「頬に黒子のある男。その男と出逢ったのか」

 努めて声が震えないようにしながら、セイバーは風に確認する。
 黒子の男。特徴とも言えないような曖昧なものだが、セイバーにはそれで十分だ。
 この場には、誰よりも黒子が人の目を惹きつける男がいたはずだ。かつて剣と槍を交えた、あの誇り高い騎士が。

「……貴様が。彼を、ランサーを殺したのか?」

 虚偽や引き伸ばしは許さない。セイバーは裂帛の気合を叩きつけ、風に返答を迫る。
 瞬きの一瞬。その一瞬でセイバーは彼我の距離を踏み越えて、風の喉元に剣を突き付けていた。
 反応できなかった、という訳ではない。確かにセイバーは速いが、それでも風が本調子なら、回避するなり防御するなりはできたはずだ。
 できなかったのは、セイバーの気迫に呑まれていたからだった。
 まるで全身を槍で突き刺されているような。物理的な影響を錯覚しそうになるほどの、凄まじい圧力。
 騎士の中の騎士、騎士王とも称される少女の殺気に晒され、風の頬に一筋の汗が流れる。
 風がかつて経験したことのない、研ぎ澄まされ、純化された殺意。バーテックスが持ち得ない、人間固有のエゴの表れだ。
 いくら勇者としてバーテックスとの戦いを重ねても、こればかりは決して体験することはなかった。
 ごく、と小さく風の喉が鳴る。時間稼ぎなどもはや考えられない。
 一言でも誤った言葉を吐いたなら、セイバーの剣はその瞬間に風を分割せしめるだろう。
 直面する濃厚な死の気配が、風の意志とは関係なく舌を滑らせる。

「……殺したわ。私がこの手で」
「信じられんな。あのランサーが貴様ごときに遅れを取るとは思えん」
「騙して……後ろから斬った。あいつは、悲鳴を上げた私を助けようとしたから」

 言った。言ってしまった。
 セイバーとランサーがどういう関係かなど、風は知らない。
 だがどういう関係であれ、知己を騙し打って殺したなどと聞かされては、笑って許してくれるはずもない。
 いよいよ死を覚悟する。瞬間、風の脳裏に断続的に再生されるのは妹の、樹の笑顔。
 その笑顔を取り戻すと誓った。瞬間、死の恐怖を圧倒するほどの意志が、魂の奥底から湧いてくる――

「……やはりそんなものなのか、ランサー。私と貴方の運命は」

 が、風の意志が暴発する寸前、セイバーは自ら剣を引いた。
 あれだけ暴力的に撒き散らされた殺意は霧のようにさっぱりと消えていた。セイバーは風に興味を失くしたかのように天を仰いでいる。
 その瞳が映す感情は哀惜。セイバーがランサーと相見える可能性は、無くなった。
 セイバーを貫くのは我が槍。ランサーを斬り裂くのは我が剣。そうお互いに誓約した。だが第四次聖杯戦争では、ランサーは切嗣の策略の果てに全てを呪って死んだ。
 そして今。奇跡と思える二度目の機会は唐突に幕を下ろした。
 アルトリア・ペンドラゴンとディルムッド・オディナは、永遠に決着を着けることができない。その想いがセイバーの裡に空虚となって広がる。
 ランサー殺しの下手人たる風に応報することすら、思い浮かばないほどに。

「……いや、そもそも私に貴方の仇を討つ資格などないか」

 自嘲するようにセイバーは呟く。
 風の口ぶりからして、ランサーはこの戦場でも変わらず、気高い騎士のままであったのだろう。
 聖杯に、セイバーに、切嗣に、世界に、呪詛と無念を残して死んだディルムッド・オディナ。
 そんな彼が、無辜の民が巻き込まれたこの殺し合いの中では正しい騎士であろうとしたのだ。
 ならば既に外道に堕ちたセイバーが、誇り高く生きたディルムッドの無念を晴らすなど、どの口で言えようか。

「何……? あんた、私を殺すんじゃないの」
「そのつもりだったがな。もう、いい。どこへなりと失せるがいい」

 本来のセイバーであれば、先に仕掛けてきた敵など生かしておく道理はない。
 だがそんな風の存在がどうでもいいと思えるほど、ランサーが死んだという事実がセイバーを打ちのめしている。

「何なの? 見逃してくれるってこと?」

 茫洋と立ち尽くすセイバーに不気味なものを見る目を向けて、風はそろそろと近寄っていく。
 風の手には依然として村麻紗が握られている。だが、今なら殺せるかもしれないと思うほど、楽天的ではいられない。
 セイバーは何か事情があって呆然としているだけで、いつ気を持ち直すか知れたものではない。
 猛犬の尾を踏む前に、大剣を回収してこの場を離脱しようと風は決めた。見逃すと言っているならそうさせてもらうだけだ。
 庭を迂回し、大剣に走り寄ろうとしたところで。

「……待て。やはり気が変わった」

 目を開いたセイバーが、剣を突きつけてきた。

「く、やっぱりやる気って訳!?」
「そうではない。貴様、名は何と言う」

 剣越しに放たれる誰何。これもやはり、答えねば斬るという、先ほどと同じ気迫が込められている。
 大剣のためとはいえ不用意に近づきすぎ、離脱もままならない距離。風は歯噛みし、ゆっくりと名乗る。

「いぬ……いえ。私は魔王、ゴールデンウィンドよ」

 光が奔る。風の右のおさげがぽとりと落ちた。

「冗談は好かない。次は首を落とす」
「……犬吠埼風よ!」

バランスの悪くなった頭に嘆きつつ、風は自棄気味に名乗る。
さすがに他人に名乗る名前としては、名簿に載っていないゴールデンウィンドは不適当だった。

「フウ、か。やり方はどうあれ、貴様はランサーを殺した。それは私にとっても朗報と言える」

 鬱屈した感情を押し殺し、現実的に判断する。優勝を目指すのなら、ランサーの脱落は喜ぶべきことだ。
 槍を奪われたとはいえ、かのフィオナ騎士団の一番槍は剣も達者だったはず。
 仮にセイバーと出逢っていれば、先ほどの纏流子にも劣らぬ強敵となっていただろう。
 そのランサーが除かれたのならば、セイバーも無用の消耗を避けられたということになる。
 決着を望む心情を度外視するならば、やはりこれは朗報だ。

「故に、貴様はここでは殺さない。ここまでは良いか」
「見逃すってことは変わらないわけね。じゃあなんで呼び止めたの」
「有無を言わさず襲ってきたということは、フウ、貴様も勝ち残りたいのだろう。ならばそこに、私と貴様の妥協点がある」

 セイバーは改めて剣を下ろす。が、風の大剣の前からは動こうとしない。
 そのまま告げる。

「フウ。私と同盟を結べ」
「は? ごめん、何言ってるかわからないんだけど」
「私もお前と同じく優勝を目指している。だが、この場には数多くの強者がいる。一人でそれら全員を駆逐することは難しい」
「だから手を貸せって? 随分余裕じゃない。私が背中から斬りかからないと思うの?」
「それならそれで構わない。貴様ごとき未熟者、斬るのは造作も無い」

 挑発は、淡々とした罵倒で返された。

「敵を追うなら、風上から追うのは止めておくことだ。戦場に長く居る者なら血の匂いを嗅ぎ取ることはさほど難しくない」
「……っ」

 セイバーの言葉は助言でも何でもない。風がどれだけ迂闊だったかを、呆れとともに指摘しているだけだった。

「私が鎧を消し、無手だと侮って仕掛けてきたな。思い切りは悪く無いが、考えが浅い。
 初手で仕留め損なったとき、二の矢三の矢を放ち主導権を握れないのならば、奇襲には何の利もない」

 確かに、無防備な少女など一撃で仕留められると考えたのは事実だった。
 実際、今までもランサー、保登心愛、入巣蒔菜といった者達をそうやって殺してきた。
 だが今回の相手であるセイバーは、予め風の気配を察知し、万全の態勢で迎え撃った。
 結果として、主導権は終始セイバーに握られることになった。

「力はある。意志もある。だが経験がない。フウ、貴様は……人間と、それも闘争を日常とする戦士と戦った経験が乏しい。違うか?」

 僅かな交戦を経て、セイバーは犬吠埼風という存在の背景を推し量っていた。
 勇者、犬吠埼風。彼女とバーテックス、異形の神々との闘いは片手では足りない。
 どの戦いも死闘と呼べる。数はともかく密度は濃い。実戦経験で言えば決して新兵とは呼べないだろう。
 だが、あくまでバーテックス相手の戦いだ。無論バーテックスといえど愚鈍な化物という訳ではない。
 勇者の裏をかき、連携を取って動くこともあった。だが、セイバーが指摘する経験とはそういう意味でもない。
 剣術の冴え、体捌き、二手三手先を読む思考、状況判断。すなわち、対人間に特化した戦術であり、戦法である。
 勇者はバーテックスから人類を守る存在。必然的に勇者の敵は人間ではなく、勇者と同等の力を持った人間など勇者を置いて他に無い。
 勇者同士の衝突というケースも無くはないが、今の犬吠埼風にその記憶は無い。
 対してセイバー、アルトリア・ペンドラゴンは様々な脅威に晒されるブリテンを守護した稀代の騎士である。
 彼女の戦歴の中には幻想種たる竜や、ほぼエイリアンなピクト人など、明らかに人外の存在との戦いもあるが、多くは人間との戦いだ。
 剣と剣、人間と人間との戦いならば、風を圧倒するほど膨大な戦闘経験を持っていることは自明である。

「すぐに答えを出せとは言わない。そうだな……私はここで待つ。
 受けるのなら一時間後、戻って来い。拒むのならどこへなりと行け」
「へえ、選ばせてくれるんだ」
「拒めば次に会ったときに斬るだけだ。そのときは、交渉の余地はないと思え」


 ◆


「何なのよ、あいつ……」

 犬吠埼風は変身を解き、民家の壁に身を預ける。疲労は思ったよりも濃い。
 セイバーと接触した民家から数百メートルほど距離を取った場所で、風はセイバーの言葉を思い返していた。
 圧倒的有利な状況からセイバーが投げた、同盟を結べという誘い。
 その誘いは新たな選択肢となって風の前に提示されている。
 宣言通り、セイバーは風を見逃した。今、風はどうすべきかを一人考えている。
 今回は運良く場が流れたが、あのままセイバーとの戦闘を続けていれば間違いなく満開のゲージは溜まりきっただろう。
 セイバーとの接触で得たものは、多くはないが大きくはある。敗北の屈辱と、経験の無さを痛感できたことだ。
 いくら覚悟を決めても、この場にはそれ以上の強さを以ってねじ伏せてくる奴らがいる。
 ざっと聞いた限り、DIO、纏流子、神威と言った、セイバーと同等の強さを持っている者が少なくとも三人。
 セイバー一人討てなかった風がそんな奴らを相手にして勝てるか、いや生き残れるか。

「満開すれば倒せる……でも、それじゃ先はない」

 残念ながら難しいと、風は自答する。
 一人だけなら、あるいは勝てるかもしれない。だが複数だともう無理だ。
 それこそ散華を覚悟で満開するか、東郷と協力でもしなければ――と、その考えを風は打ち消す。
 殺すと決めたのなら、頼らない。樹のために仲間でも殺すと決めたのだから、どの面を下げて手を貸してくれと言えるのか。
 そういう意味では、セイバーは後腐れのない一度限りの共闘関係である。裏切ろうと見捨てようと心が痛むことはない。

「あいつ、強い……あの強さを手に入れられるのなら……」

 身近でセイバーの闘いを観察すれば、風に足りないもの――人間相手の闘い方も、今より深く理解できるかもしれない。
 拒んだところでさほどデメリットはない。敵になるのが早いか遅いかだけだ。
 だが受け入れた際のメリットは、強力無比な手駒が一つ増えるに等しい。

「一時間後、か。どうする……かな」

 風は考えながら手にしたカードを見る。
 カードは二枚。村麻紗と、罪歌。キュプリオトの剣は、見逃す代価として置いて行けとセイバーに凄まれた。
 命と交換としては安いものと思うしか無い。
 ぶらぶらと揺れる手先の中、二振りの妖刀はじっと開放の時を待っている。

 風が拾った幸運は、もう一つあった。罪歌を手に取らなかったことだ。

 風は知らぬことだが、セイバーは一度罪歌を手にしている。そして、罪歌がもたらす呪いの一端に触れていた。
 最優のサーヴァント、ブリテンの騎士王を以ってしても忌まわしいと感じさせる妖刀。それを、敵対者が振るうことの脅威。
 仮に風が罪歌を手にしていれば、その瞬間にセイバーは躊躇なく勇者の細首を刎ね飛ばしていただろう。
 犬吠埼風は、短い時間に何度も危機に晒され、その度に僅かな運を掴み命を拾ってきた。
 セイバーとの同盟を受けるか、拒むか。どちらの道の先に幸運が待っているか、未だ魔王ゴールデンウィンドが知る由は無い。


 ◆


「あれで良かったの? 戻ってこない可能性も高いと思うけど」
「それならそれでいい。元より、さほど期待している訳でもない」

 犬吠埼風が去った後、セイバーも民家に入り身体を休めていた。話相手はカード。ルリグ、花代だ。
 セイバーは風に監視されたことに気付いたとき、芝居を打つと決めた。
 風上から漂ってくる血の匂い、決して強くはないが隠し切れていない気配。さほど探知能力に優れていないセイバーでもすぐにわかった。
 これみよがしに隙を晒し、花代のカードがあたかも鎧を生むものだと勘違いするような演技までして、風を誘い出した。
 風の存在に気付いておきながらあえてそういう手段を選んだのは、今のセイバーの状態では正面からやり合うには不安が残ったからだ。
 左肩にはランサーの宝具により治療できない傷がある。
 短時間の戦闘であれば支障はないが、仮に流子や神威ほどの強さを持った相手ならばこのハンデは致命的だ。
 故に、あえて敵に先手を取らせ、それを打ち破ることで精神的に優位に立った。

「仮に逆襲を企てているとしても、剣で立ち会う限り私に負けはない。今の状態でもだ」
「貴方は片腕、向こうは片目……まあ、ハンデはあちらの方が大きいものね」

 逃げようと向かってこようと、それはどちらでもいい。
 当初は何ということもなく斬り捨てるつもりだったが、そうしなかったのはやはり、ランサーの死が予想以上に大きなストレスになったからだろう。
 だが、見逃すのは一度だけだ。次に会えば、犬吠埼風はランサーの仇ではなく、ただの敵である。
 風に過度な期待をしている訳ではない。
 ただ、部下を何人か抱えるDIOといずれ相対することを思えば、自分の方でも対策を――味方か、あるいは敵の敵か――打っておかねばならない。
 これはその一つだ。最悪、DIOという脅威がいるという噂が広まるだけでも構わない。

 思考を切り替え、セイバーは壁に立てかけてあるキュプリオトの剣を眺める。征服王の剣をランサーが持っていたのは皮肉な話だ。
 風がこれをランサーの遺体から奪ったと知ったとき、セイバーは半ば強引に譲るように要求した。
 騎士王の聖剣がある以上、武器はさほど必要ではない。にも関わらず所有権を主張したのは、これがある意味ではランサーの形見となるからだ。
 もういなくなってしまったランサーを感じられる唯一の名残り。この剣をランサーを殺した風に預けておくのは、どうにも納得がいかなかった。
 本音を言えば侍の刀も回収したかったが、そこまですると風に持ちかけた同盟の話にも差し障りが出る。故にキュプリオトの剣のみに留め置いた。

「私の手には聖剣があった。が、貴方は己の槍と出逢うこともなく散った……か。皮肉なものだ」

 数刻前に交戦した纏流子が手にしていた槍を思い出す。
 ランサー、ディルムッド・オディナの宝具。かつてセイバーを苦しめた破魔の長槍と呪いの短槍。
 もしランサーが己の槍を手にしていれば、未熟な犬吠埼風になど遅れは取らなかったはずだとセイバーは思う。

「……ディルムッド・オディナ。その名は永遠に私の記憶に刻み込もう」

 誇り高く高潔な、騎士の中の騎士。
 セイバーは彼に応えることができなかった。二度目の現界を果たしたこの場ですらも。
 あるいはディルムッドとの決着だけが、神威が言った、セイバー本来の在り方を取り戻す無二の方法だったかもしれない。
 そしてその機会は永久に失われた。今のセイバーは、果たされることのない誓いに空虚を感じている。
 しかし反面、自身を繋ぎ止める最後の楔もまた、砕けて散ったのだとセイバーは感じていた。

「貴方は止まってしまった。だが私は進む。
 たとえこの道が、かつて我らが奉じた騎士の道ではないのだとしても」

 今のセイバーの戦い方は曇っていると神威は言った。
 だが――もう、それでいい。その在り方を受け入れる。
 かつて掲げた騎士道は、ディルムッド・オディナが抱いて逝った。
 ならばセイバーは、騎士道ではない己の道を行くだけだ。

「さらば、輝く貌のディルムッド。もう二度と、貴方を思い出すことはない」

 王は己の心を鞘に収める。
 騎士道という剣は、二度と抜かれることはない。
 かつて交わした騎士の誓いは、もう二度と果たせないのだから。

【D-6/民家/一日目・昼】

【セイバー@Fate/Zero】
[状態]:魔力消費(極大)、左肩に治癒不可能な傷
[服装]:鎧
[装備]:約束された勝利の剣@Fate/Zero、蟇郡苛の車@キルラキル
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
    黒カード:レッドアンビジョン(花代のカードデッキ)@selector infected WIXOSS、キュプリオトの剣@Fate/zero
[思考・行動]
基本方針:優勝し、願いを叶える
 0:今後の動向についてを考える
 1:島を時計回りに巡り参加者を殺して回る。
 2:時間のロスにならない程度に、橋や施設を破壊しておく。
 3:戦闘能力の低い者は無理には追わない。
 4:自分以外のサーヴァントと衛宮切嗣、ジョースター一行には警戒。
 5:銀時、桂、コロナ、神威と会った場合、状況判断だが積極的に手出しはしない。
 6:銀時から『無毀なる湖光(アロンダイト)』を回収したい。
 7:ヴァニラ・アイスとホル・ホースに会った時、DIOの伝言を伝えるか、それともDIOの戦力を削いでおくか……
 8:いずれ神威と再び出会い、『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』を破壊しなければならない。
 9:WIXOSSの内容についても、いずれ把握しておく必要があるか……?
10:一時間、風を待ってみる。花代にWIXOSSについてもう少し聞いてみるか。
[備考]
 ※参戦時期はアニメ終了後です。
 ※自己治癒能力は低下していますが、それでも常人以上ではあるようです。
 ※時間経過のみで魔力を回復する場合、宝具の真名解放は12時間に一度が目安。(システム的な制限ではなく自主的なペース配分)
 ※セイバー以外が使用した場合の消耗の度合いは不明です。
 ※DIOとの同盟は生存者が残り十名を切るまで続けるつもりです。
 ※魔力で車をコーティングすることで強度を上げることができます。
 ※左肩の傷は、必滅の黄薔薇@Fate/Zeroが壊れることによって治癒が可能になります。
 ※花代からセレクターバトルについて聞きました


【D-6/民家/一日目・昼】

【犬吠埼風@結城友奈は勇者である】
[状態]:健康、優勝する覚悟、魔王であるという自己暗示
[服装]:普段通り
[装備]:風のスマートフォン@結城友奈は勇者である
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(39/40)、青カード(39/40)
     黒カード:樹のスマートフォン@結城友奈は勇者である、IDカード、村麻紗@銀魂、罪歌@デュラララ!!、不明支給品0~2 枚
     犬吠埼樹の魂カード
[思考・行動]
基本方針:樹の望む世界を作るために優勝する。
 0:我が名は魔王、ゴールデンウィンド……。
 1:南下しながら参加者を殺害していく。戦う手法は状況次第で判断。
 2:市街地で東郷と会ったら問い詰める。
 3:一時間後、セイバーの元へ向かうか、あるいは……。
[備考]
 ※大赦への反乱を企て、友奈たちに止められるまでの間からの参戦です。
 ※優勝するためには勇者部の面々を殺さなくてはならない、という現実に向き合い、覚悟を決めました。
 ※東郷が世界を正しい形に変えたいという理由で殺し合いに乗ったと勘違いしています。
 ※村麻紗と罪歌の呪いは、現時点では精霊によって防がれているようです。
 ※村麻紗の呪いは精霊によって防がれるようです。
 ※罪歌はただの日本刀だと考え、黒カードにして詳細を確認せずしまい込んでいるようです。
 ※東郷美森が犬吠埼樹を殺したという情報(大嘘)を知りました。


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127:そして騎士は征く セイバー 153:時は来たれり
124:黄金の風 犬吠埼風 153:時は来たれり