勝てるわけねえタイマン上等 ◆eNKD8JkIOw


♪ ♪ ♪



喜びを 受け止めて

君と僕 つながろう


迷い道 やっと外へ抜け出したはずさ


喜びを 受け止めて

君と僕 進むだろう


それは とおい ゆめの カケラ


だけど 愛しい カケラ


彼方へと 僕は DASH!



またひとつ 夢が生まれ



♪ ♪ ♪



それでも、纏流子は変わらなかった。

例え、本来の纏流子の記憶が戻ったとしても。
例え、友人である満艦飾マコのことを思い出したとしても。


それだけで、彼女に植え付けられた価値観は崩れない。


そんなことなど、どうでもいいとさえ思う。


昔の馬鹿な自分のことなど。


もう死んでしまった友のことなど。


纏流子が化け物なのだと知らずに作ってきてしまった思い出など。


今まで味わってきたどの料理よりも満たされて。
今までのどの経験にも勝る快感があり。
今まで着てきたどの服よりも肌に馴染み。
あの、甘美にして、極上にして、最高な着心地に比べれば。

あの、昇天的で、絶頂的で、何もかもが思い通りになるような錯覚さえ感じる体験に比べれば。

昔のことなど、どうだっていい。


鬼龍院羅暁と針目縫によって、神衣純潔と共に縫い付けられた歪んだ思想。


生命繊維賛美の精神。


人は服に着られていただくべきであり。


人は服に服従するべきであり。


そうでないヒトなど、全て死んでしまえば良い。


流子にかけられた洗脳は、未だ解けずにいた。
鬼龍院羅暁の糸は、未だ頑強に流子を縛り付けていた。
寧ろ、海に落ち、波に揉まれ、しばらくの間気絶していたからこそ。
解けかけていた洗脳に対する強い意志を失ってしまっていた流子が、再度それに縛られるのも、道理。
衝撃を与えて解れかけていた糸が、次の衝撃を与えるまでに間が空きすぎて、その間にぐるりぐるりと絡み合い、元の強度に戻ってしまうかのように。
纏流子は、これまでのように、これからも、神威純潔を着こなし続ける。


では、これからどうするか。


流子が目覚めたのは海岸。周りには人っ子一人見当たらない。
流子に敗北の苦汁を飲ませたセイバーとかいう女も。
いつもムカつくニコニコ顔を崩さない神威も。
どちらもいなかった。
見逃された、と、まずは思った。
セイバーの身体能力、戦闘能力は、神衣純潔を纏った流子をして超人的の一言だ。
そんなやつが、海に落ちたくらいの相手を逃してしまうわけがない。
ならば、現在流子が生きているのは、セイバーの気まぐれだろうか。
それとも、神威とセイバーの間で何か、例えば戦闘などがあったことで、結果的に流子が生き延びたのか。
いずれにせよ、生きててラッキー、などとはとてもじゃないが思えない。
生き残ったにもかかわらず纏流子の胸に渦巻くのは圧倒的な怒り、もしくはそれを通り越して、殺意だった。

「私なんざ雑魚だから、見逃してやるってか」

「それとも、人様をデザート扱いして、テメエ一人で勝手に楽しんでやがるのか」

どちらにしても、非常に気に喰わない。
セイバーにも、神威にも、見下されていると感じてしまう。
ならば今すぐ、やつらを血眼で探すか?
探して、再戦して、次こそ息の根を止めてやるか?

いや、違う。

纏流子は一度、セイバーに負けた。
腸が煮えくり返すほど憎たらしいが、それは事実だ。認めざるを得ない。
ならば、なぜ負けた。
弱いからだ。今の纏流子が、セイバーよりも弱いからだ。
ポテンシャルでは、負けてはいなかった。
速度でも、力でも、押している場面は多々あった。セイバーに負けているとは思えない。
ならば、纏流子の敗因はなんだ。どうして私はあの女に勝てなかった?

技術だ。経験だ。

あの女、セイバーの剣捌き、身のこなし、反射神経、状況把握能力。
どれをとっても、纏流子は遠く及ばない。
槍の入ったカードを使った搦め手を使っても、セイバーは神がかり的な反射神経でそれに即座に反応し、対処して見せた。
流子ではこうはいかなかっただろう。恐らくセイバーに同じことをされていたら、それこそ命の保証はなかった。

纏流子は王でも、騎士でもない。
流子が鮮血と共に行った戦闘は、規模こそデカけれど、彼女にとっては喧嘩の延長線上に過ぎなかったし。
本当の意味で命のやり取りをしたことなど、親の仇を取ろうと刃を振るった数度くらいしかない。
だから、流子は本能寺で鬼龍院皐月に勝ち切れなかったのかもしれない。
ただ力の限り暴れまわることと、相手の息の根を止めることの違いは、流子が思っていた以上に溝が深いのかもしれない。
ならばこそ、流子は今すぐにセイバーと再戦することは望まなかった。
死ぬのは怖くない。だけど、負けるのは嫌だ。死ぬほど嫌だ。死んでも嫌だ。

「勘違いするなよ、逃げるんじゃねえ」

誰にともなく呟いてみる。

「私はもっともっと強くなる」

次に会った時こそ、セイバーを、神威を、上回れるように。
流子と純潔をもってしても圧倒できない存在にも、勝てるように。
もっと戦って、技術も、経験も積んで。
もっと殺して、相手を効率的に殺せるようになって。
もっと『殺し合い』が出来るようになってから。
それからもう一度、戦ってやる。今度こそ、勝ってやる。
そして、その時は。

「お前を殺すぜ、セイバー」

ついでに、神威にも今は会いたくなかった。
自分が負けた無様な光景を見られてしまったことが非常に癇に障るし。
きっと「だから戦いは俺に任せておけばよかったのに」なんて嫌味を言ってくるにきまっているのだ。
近くにいないということは、あいつも今は流子と一緒にいるべきではないと勝手に判断したんだろう。
縁があればまた会える。死んじまったら、所詮はその程度のやつだったということ。それまでだ。

よっこらしょと立ち上がり、せーので走り出す。
目的地、特になし。とりあえずそこらを走りまわりゃあ誰かと会えるだろう。
水を含んだ神衣はいつもよりもずっしりとした重量感があったが、脱げない以上はこのままでいるしかない。
いや、どんなことがあろうとも、この神衣純潔を脱ぐ気はない。なぜなら、この服こそがこの世で最も素晴らしいものだからだ。
その発想はどう考えても普通の感性からかけ離れたものだったが、今の流子にその『洗脳』を解ける術はなかった。

そのまま、走り、走り、走り。
貝殻を踏み潰しながら砂浜を駆け、荒れ果てた更地を飛び。
村とでもいえそうな、まばらに民家や古臭い建物が立ち並ぶ場所をジグザグと走り抜け。
道のど真ん中で空を見上げて呆けた顔をしている、自分と同じくらいの齢に見える少女を見つけ。

少女と自分の直線位置にあった背後のゴミ捨て場に、その少女の矮小な体躯を、シュートした。


「よお、嬢ちゃん」


ケホケホ、と可愛らしく咳き込みながら、目を白黒させて。
痛みに耐えるよりもまず先に、どうして自分はゴミの山に埋もれているのか、といった表情を見せる少女の前に、流子はずい、と立つ。
最初の一撃では殺さない。この少女は流子が殺し合いで強くなるための道具だ。
資源(参加者)の数は有限。せいぜい、役に立って死んでもらわねば困る。

「な、なんで……」

「なんだ、そんなのが辞世の句で満足か?」

ケタケタとわざとらしく悪人らしく笑うこちらの姿に、己の今の状態を、殺されかけているという事態を、正しく認識できたのか。
少女は、道端に咲いているお花のように平和ボケした顔形を精一杯歪ませて、威嚇の表情を作る。
ふらふらとよろめきながら、燃えるゴミ燃えないゴミの中でなんとか立ち上がろうともがいている。
生命繊維の化け物たる流子はあえて、何もせずに放置した。
最初の一撃さえも躱せない弱者など、これくらいのハンデがなければ何の面白みもないまま『終わって』しまうだろう。


さあ、どう来る。


お前はどうやって、私を楽しませて、昂らせて、高めてくれる?


流子は無意識に、この場所に呼ばれたのはみんな特別な人間なのだという錯覚を持ちつつあった。
この、神衣純潔の纏流子にも迫る戦闘力を見せる神威はもちろん。
流子を打ち負かしたセイバー、元の世界で何度も戦った針目縫。
蒲郡苛や鬼龍院皐月といった本能寺学園のやつらだって。
流子が戦い、殺した、虫を操る病人ヅラした男や、金髪の、どこかセイバーにも似た雰囲気の女もそうだ。
流子と神威を相手にして熟睡を決め込める駅にいた少女とて、ある意味ではとてつもなく大物だ。
みんな、何かしら普通じゃない。何かしらおかしい。
流子に及ばぬ者も多いが、皆一様に、なんだかわからない『強さ』を感じる。
だから、この少女にも少しだけは期待する。

期待してしまう。

そんな心持のまま、待ちの姿勢を崩さない流子に対し。
少女、高坂穂乃果は、彼女なりに警戒心を最大限に引き出し、流子をちらちら見ながら。
立ち上がる際に偶然手に触れ、そのまま掴んだ、ゴミ捨て場に捨ててあった大きめの瓦礫片をよいしょ、と両手で持って。
ててて、と助走をつけ、決死の形相で手に持った武器を掲げ持ち、振るう。
纏流子の脳天めがけて、殺される前に殺すといわんばかりに、振るう。
直撃の瞬間、そうしなければ自分が死ぬのだと、自分自身に言い聞かせるように。
苦虫をかみつぶしたような、自分自身の行為に恐れるような顔をしながら、それでも、振るう。



「テメエ、ナメてんのか?」



穂乃果が思いっきり振り下ろした瓦礫片は、流子の指先一つで止められていた。



今の流子の頭にあるのは、穂乃果にとっては理不尽ともいえる、苛立ちと困惑だった。
なんだこいつは。何がしたいんだ。
実はとんでもない身体能力を秘めていた、わけでもない。
魔法使いのように、特殊な能力を持っている、わけでもない。
とても強力な支給品を持っている、わけでもない。
どこをどうとっても、どこにでもいる普通の女の子。
超人と殺し合いなんてできそうにない、貧弱な一般人。


「えいっ」


それなのに、こいつは、この纏流子にタイマンを挑んでいる。
獅子に立ち向かう小動物、ですらない。
これではまるで、蟷螂の斧だ。
人間よりもずぅっと小さいカマキリが、鎌を向けているかのようだ。
負ける気が微塵もしない。そもそも勝負の成り立つカードではない。


「えいっ」


それなのに、こいつはなんでこんな無駄な行為を繰り返している?


「えいっ」


再三振るわれる瓦礫片を、次は手の甲でぱしっと払う。
それだけで瓦礫片は少女の身体ごと、ゴミのように地面を転がる。
力の差は歴然だ。それはこいつも分かってる……はずだ。
なのにこの女は敵意を全く衰えさせることなく、スカートの汚れも払わずに、きっとこちらを睨んで再び己の武器を構えるのだ。
焦燥した瞳で、追い詰められた鼠のように、ふぅふぅと息を切らしながら、流子へと戦いを挑みに来るのだ。

でも、違う。


こいつは、今まで戦ってきたやつらとは違う。


自分を支える信念だとか、敵を打ち倒す意志だとか、後ろに控える守るべきもののためだ、とか。

そういう、流子に言わせれば『くだらねえ』もんさえ、感じない。

ただ、自棄になっているだけのようだった。
子供が、ただ意固地になって「やだやだ」と我儘を言っているようだった。
自分自身では遠く及ばない高み、太陽に向かって、無謀にも羽ばたき続ける小鳥のようだった。
これだけやっても己と相手の力量差が分からぬ馬鹿なのか。
それとも、手の込んだ自殺志願者なのか。
いずれにせよ、こいつからは『強さ』を全くと言っていいほど感じない。
募る苛立ちを抑え、とっとと殺してしまおうかという考えを自制して、問いかける。

「よえぇよ、お前」

「なのに、なんで逃げねえ」

「なのに、なんで誰かを呼ばねえ」


「つまんねえんだよ」


こんなやつを倒しても、強くなれる気がしない。
こんなやつを倒しても、これっぽっちも楽しくない。


「30秒だけ待ってやるから、のこのこ逃げ出しても構わないんだぜ?」

「もしかしたら万が一、億が一、私から逃げ切れるかもしれねえ」


それなら、まだ。
悲鳴を上げて逃げ出したこいつを追いかけながら。
少しずつ、少しずつ身体を切り刻んで、動けなくなったら殺してやる方が面白い。


「ほら、やってみろよ。オンナノコお得意の『誰か助けて!』ってよ」

「そうすりゃ正義の味方がすたこらさっさ現れて、少しは面白くなるかもしれねえだろうが」


それなら、まだ。
正義のヒーローを求めて喚くこいつを散々に馬鹿にしながら。
本当に現れたヒーロー様をこいつの目の前で殺してやる方が面白い。



「だって、そんなことしても無駄だもん」



だけど、こいつは。



「もう、誰も信じられないよ……」



息を切らし、瞳をうるうるさせ。
己の中に溜まりに溜まった膿を吐き出しながら。
そんなことを言ってのけた。




「みんな、きらい」




堰を切って溢れ出す、呪詛じみた言葉。
それは、ここに至るまでに彼女がどれだけ傷ついたかを示すものだった。
普通の女の子がどう頑張っても抱え込みきれないストレスの表れだった。




「私を助けてくれないランサーさんも、本部さんも」



穂乃果はただ、己を害そうとする敵に立ち向かう。
そうすることでしか、今の自分を保つことができないから。
それを止めてしまっては、苦しくて、辛くて、悲しくて、それでも生きている意味が、なくなってしまうから。
何もかも信じられなくなった彼女は、人間の持つ原初の感情、生存本能に寄り掛かり、無駄な行為を繰り返すしかない。
逃げても、この世界に彼女を救ってくれる場所などない。
助けを求めても、この世界で彼女が信頼できる人間などいない。
だから、立ち向かうしかない。



「私にいじわるする千夜ちゃんも、カイザルさんも」



何度も何度も瓦礫片を強く、固く握り締めたせいで。
幾度も幾度も吹き飛ばされ、そのたびに地面を転がったせいで。
穂乃果の手は傷だらけだ。穂乃果の身体も傷だらけだ。
とてもじゃないが、スクールアイドルには似つかわしくない。
だけどそもそも、ここはキラキラ輝くステージではなく、殺し合いなんていう悪趣味な舞台の中の、どこかもしれない寂れた片田舎で。
手に持っているのは観客に歌声を響かせるマイクではなく、普通の人の脳天に振り下ろせばそのまま殺せてしまえるであろう鈍器物だ。



「私を迎えに来てくれない絵里ちゃんも、希ちゃんも」



彼女は傷だらけの身体を、狂気に塗れた凶器を、流子にぶつけ続けた。
流子の身体を、この世への怒りをぶつけるためのサンドバッグにしているように。
棘付きの、サンドバッグを相手にしているように。
超人である流子には無意味な、攻撃したほうが打撲や打ち身や擦り傷になるような行為を、ずっとずっと。
自分の大事な身体を、酷使した。痛めつけた。削り取った。



「私を置いていっちゃうことりちゃんも、にこちゃんも」



まるで。




「だいきらい」




一番嫌いなのは、こんなことを考えてしまう自分自身なのだと言わんばかりに。




それで、流子は得心がいった。

どうしてこいつは、こんなにも手ごたえがないのか。

どうしてこいつは、こんなにも一人きりで戦っているのか。




どうしてこいつは、負けるのか。




「馬鹿だな、お前」




纏流子は思い出す。

邪魔だ、と無造作に腹を穿ち、はじめて殺した男のことを。
こちらの神経を逆撫でする笑みを見せながら、皐月との再会を予言した女のことを。
何故か、さっぱり見当もつかなかったが。
どんな危険な状況でも纏流子のもとへと駆けつけ、他人なんて知ったこっちゃない、私は流子ちゃんを助ける!と、マイペースを貫いたあのバカの顔が、思い浮かんだ。




「こっちがちぃと小突いたくらいで死んじまう、弱っちい生きもんのくせに」




纏流子は思い出す。

鮮血と心を通わし、流子が殺した男と、女と共に、果敢に立ち向かってきた鬼龍院皐月のことを。
皐月と共にこちらに背を向け、流子を置いていった、男どもや少女たちのことを。
どうして今思い出すのか、自分のことが分からなくなったが。
あのバカの家で、あいつと、あいつの家族と、皆で仲良く暮らしてきた毎日が、思い浮かんだ。




「一人じゃ生きられねぇ、群れることしかできねぇ生きもんのくせに」




纏流子は、思い出す。

満艦飾マコを。

鮮血を。

鬼龍院皐月を。

本能寺学園のみんなを。

思い出す。







「『そいつら』まで捨てちまったら、私に勝てるわけねえだろうが」








それじゃあ、おんなじじゃねえか。







幕引きは、酷くあっさりしていた。




流子の手刀が、穂乃果の腹に、文字通り突き刺さり。




それで、おしまいだった。




穂乃果は、何が起こったのか分からない、という顔をした。
その後、緩慢に首を下に動かし、己のお腹に流子の腕が入っていることを確認し。
己のお腹から、血だらけになった流子の腕が引き抜かれたことを確認し。
ぼどぼどと、穴が開いたお腹から、本来出てはいけない色々なものが出ていくことを確認し。
自分が、死ぬのだと、理解し。
それから、どさり、と地に伏した。


纏流子の身体には、傷一つなく。
高坂穂乃果の身体からは、生気が失われていく。
穂乃果の腹からは、とめどなく血が流れ続けた。
間違いなく、致命傷だ。


たったこれだけのために無駄な時間を喰った。そうとしか思えなかった。
人はこんなにも簡単に殺せるのだ。殺せてしまうのだ。
目視するのが面倒な分、まだアリを潰す方が手間がかかる。
アイツのテンションマックスボケにツッコミを入れる方が、何十倍も疲れる。

殺さない理由はなかった。
駅で神威に会った時に、忘れ物を取りに行くように何の罪もない少女を殺そうとしたように。
今の流子に、戦う力のない少女だから殺さないという理屈は通用しない。
また、誰のことも信じられないと宣う、何の力もないこいつが、神威のように利用できるとも思えなかった。
かといって、獲物としても下等。
ただ単に弱いだけではない。逃げもしない。助けを呼ぶわけでもない。
突如、気の利いたカミサマから謎の力を与えられて超人と化すなんて夢物語も、今のこいつからは程遠い。
そういうのは、愛だとか友情だとか、そんなチンケなもんを心から信じる少女に宿るものだ。

それに、至極個人的な理由としては。

これ以上、この女の無様で、みっともなくて、どうしようもない姿を見たくはなかった。
夜闇の中で不安定な水面に映りぐにゃりぐにゃりと揺れ動く見姿を消すために、水面ごと全てを蒸発させたとしたら、こんな気持ちになるのかもしれなかった。
色調もバランスもめちゃくちゃで下手糞な似顔絵をくしゃくしゃと丸め、シュレッダーにかけ、溶鉱炉に投げ入れたとしたら、こんな気持ちになるのかもしれなかった。
一人殺して、皆殺しという最終目標にまた一歩近づいたというのに。
感慨も達成感もない。準備運動にもならなかったし、強くなった気も、まるでしない。
どちらかというと、不快感の方が増したくらいだった。


「じゃあな」


だから、これ以上ここにいる理由もないだろう。
どっちに行くかなと、きょろきょろと辺りを見渡す。
地図を見ればここがどこなのか、どこに人が集まりやすいのかも分かったのかもしれないが……面倒だ。
どうせ、どこにいっても誰かがいたら殺す。誰もいなかったら別の場所に行く。
その繰り返しなのだから。むしろ、ぶらぶらと歩き回った方が意外と強敵に出会えるかもしれない。
そうやってテキトーに一歩を踏み出そうとした、瞬間。


アスファルトの最底辺から、天上たる流子に向けて。
身体を潰されたアリが、残った頭を微かに身動ぎさせるかのごとく。



「ご……」



小さな小さな、声がした。



掠れた声で、何かを伝えるために絞り出している声がする。
己に語り掛けているのかと思い、流子は足を止めた。
だけど、なんで足を止める必要があるんだと思い直し、はぁ、と溜息をついた。
思ったよりも、自分は疲れているのかもしれない。
半目になりながら、この際もういいや、と耳を傾ける。




「……め、んねぇ…………」




違った。



殺した相手に、どうでもいいような恨み言でも吐くのか、などと。
もしくは、彼女が「きらい」といった誰かへと、流子に何か伝言でも頼みたいのか、などと。


とんだ思い違いだった。




高坂穂乃果はもう、纏流子のことなど見てはいなかった。




穂乃果が虚ろな瞳で見つめているのは。
死に際に、語り掛けている対象は。
震える手を伸ばしている相手とは。
この『間違った世界』ではない何処かの、誰かだった。



彼女が吐き出したのは。



「ヴぃ、ヴぃ……」



贖罪の言葉だった。



「……こ、とり、ちゃ」



後悔の言葉だった。



「ご、め………んねぇ………」



最後の力を、全てここで出しきってしまおうとでもいうように。
高坂穂乃果の罪を認め。
高坂穂乃果の罰を忍び。
言葉はつかえ、つかえながら。
言葉はとぎれ、とぎれながら。
確かに、流れ続けた。



「ころしちゃって、ごめんね」



何もかも、掛け違え。



「しんじゃって、ごめんね」



何もかも、狂い尽くし。



「たすけられなくって、ごめんね」



何もかも、失った。



「ごめんねぇ…………」



彼女にとっての。




高坂穂乃果という、女の子にとっての。





「ごめんねぇ…………みんな」






大切な人達へと向けた、言葉だった。




「……やっぱり、バカだ」


「おせえよ、死ぬほどおせえ」


だけど。



結局テメエは、そうなるのかよ。



何故か、どうでもいい相手のはずなのに、裏切られた気分になった。
先を越された気分になった。
何故か、完膚なきまでに勝利したはずの相手なのに、負けたような気分になった。
試合に勝ったのに、勝負に負けた気分になった。

イライラが、さらに募る。

だから、離れようと思った。
別に、逃げるわけじゃない。
ただ、早く強いやつらと戦って、もっともっと強くなりたい。それだけだ。
自分がささっと殺した相手のことなんて、こんな弱弱しい生きもんのことなんて、別にどうでもいいはずなのだ。
このイライラが、先ほどまでのイライラとは別種のものだと、感じるわけなどないのだ。
そう自分に言い訳しながら、ふん、と鼻息を鳴らす。
足を動かす。意識して、足を動かす。一歩、二歩、三歩。
順調だ、良い感じだ。やれば出来るじゃねえか。
このままかっとばしちまおうぜ、わたし。


「…………ぁっ」


小さな呟きを境に、後ろから微かに聞こえていた声が、完全になくなった。
どんなアホヅラを晒しているのかと、きまぐれで一度だけ振り向いて見る。
そして、自分が思ったよりもあの場から離れていなかったという事実に気付き。
自分の足取りが思ったよりもずっとノロマだったことに気付き。
自分が、耳をそばだてていたことに気付き。
何かを握り締めるように、ぎゅっとグーの形をとり、地に落ちた、血だらけの手が見えて。
あの女の、這い蹲りながらこちらに向けていた顔がはっきりと見えて。







後悔した。






まるで、彼女の手の先にいた誰かに、許されたかのように。







まるで、ずっと会いたかった誰かに、ようやく出会えたかのように。











高坂穂乃果は、
安らかな顔で、
ねむるように。











【高坂穂乃果@ラブライブ! 死亡】



「……なんだよ」



このバカが必死になって、死に逝きながら、最期の瞬間まで。
手を伸ばしていた方向を見据える。手を握りしめ、何かを掴んだ彼方を見つめる。
その先には、何も見えない。まだ、何も見えない。
人の姿も、変わった建物も、救いだとか希望だとかいう曖昧模糊としたものも、見えはしない。


「その先に行きゃあ救われるってのかよ」


だから、纏流子は走り出す。
ウォーキングは次第にランニングになり、気が付けば人の身を超えた疾走のペースだ。
神衣純潔はとっくの昔に乾ききっており、流子の動きを全く阻害することなく彼女に力を与えてくれる。
生命繊維の力が漲る流子自身の身体も、セイバーとの戦いで負った傷を驚異的な生命力で癒し、神衣の全力に応えられるコンディションだ。


「冗談じゃねえ」


何が救いだ。
何が希望だ。
そんな弱弱しいもん、願い下げだ。
そんな、私が触れたらすぐにでも壊れちまいそうなもん、必要ねえ。
私は一人で、他のやつらを全員ぶっ殺して、悠々と元の世界に帰ってやる。
そんで、笑ってやるんだ。嘲ってやるんだ。
「あの場に呼ばれたやつらは全員、皐月も、縫も、あのバカも、私にとって要らねえやつらだったんだ」ってな。
「私は一人で、生命繊維のために生きていけるんだ」ってな。


だから、まずはそのために。





「この先のもん全部ぶっ壊して、あたしの勝ちってことにしてやる」





♪ ♪ ♪



となりに 君がいて



となりは 君なんだ



♪ ♪ ♪

【C-2/一日目・午前】

【纏流子@キルラキル】
[状態]:健康、苛立ち
[服装]:神衣純潔@キルラキル
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(19/20)、青カード(19/20) 、黒カード1枚(武器とは判断できない)
    黒カード:神衣純潔@キルラキル 不明支給品1枚(回収品)破魔の紅薔薇@Fate/Zero
[思考・行動]
基本方針:全員殺して優勝する。最後には繭も殺す
   0:高坂穂乃果が手を伸ばしていた先(放送局)に向かい、全部ぶっ壊す。
   1:次に出会った時、皐月と鮮血、セイバーは必ず殺す。
   2:神威を一時的な協力者として利用する……が、今は会いたくない。
[備考]
※少なくとも、鮮血を着用した皐月と決闘する前からの参戦です。
※DIOおよび各スタンド使いに関する最低限の情報を入手しました。
※満艦飾マコと自分に関する記憶が完全に戻りました。


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114:La vie est drôle(前編) 纏流子 133:色即絶空空即絶色-Dead end Strayed-(前編)
115:高坂穂乃果の罪と罰 高坂穂乃果 GAME OVER