哭いた赤鬼 ◆G33mcga6tM


気を失った宇治松千夜の頬を、てしてしと叩くうさぎがいた。
高町ヴィヴィオの所有していたインテリジェントデバイス、セイクリッド・ハート。マスターがつけた愛称は「クリス」。
うさぎの姿をしたデバイスは黒カードから再び実体化し、現在の所有者である千夜に覚醒を促そうとしていた。

クリスは千夜がこうなるに至った経緯を知らない。
千夜が雨生龍之介を殺害したとき、クリスはカードに収納されていた。次にカードから開放されたのはやや時間が経ってから。
ずぶ濡れで昏倒する千夜、波打ち際の陸地。千夜は水に落ちて流され、ここに漂着し、朦朧とする意識の中でなんとかクリスをカードから出し、そしてまた気を失った。
クリスはとにかく千夜を目覚めさせようとアクションを続ける。が、疲労と体温の低下から、一向に目覚める気配がない。
自分だけでは埒が明かないと見たクリスは、自身に許された全速力で他の参加者を求めて飛んで行く。

数分、数十分か飛んだところで、クリスは一人墓地に立ち尽くす人影を発見した。
小汚い格好をした初老の男性だ。その容姿はクリスの記憶領域の中に残っている。
個人名、本部以蔵。本部流柔術を修める家元にして、現役の格闘士である。
本部はクリスの主であるヴィヴィオと友好的な関係を築いていた。であれば、同じく顔見知りである千夜を任せるにこれ以上の人材はいない。

「お前さんは」
「たしか、ヴィヴィオ嬢ちゃんの」

本部とヴィヴィオはごく短い時間しか交流していない。
が、そのときクリスの存在は本部に明かされているし、喋れはせずとも意志ある立派なパートナーだとも伝えられていた。
ゆえに本部は、クリスの存在を受け入れる。単なる道具としてではなく、救えなかった友の忘れ形見として。

「……済まん」
「俺が不甲斐ないばかりに、ヴィヴィオ嬢ちゃんは……」

本部は深い悔恨を滲ませ、クリスに頭を下げる。
小汚い男が宙に浮くうさぎに頭を下げている光景は、傍から見れば奇妙なものであったろう。
が、本部当人にそんな意識はない。厳粛に、未来ある一人の少女の死を悲しみ、受け止めていた。

「ん……何だ?」
「そっちに何か……いや、誰かいるのか?」

本部は信頼できる。総判断したクリスは、本部の袖を掴みくいくいと引く。
すぐに本部はクリスの意を察してくれたらしく、クリスを抱え上げて胸元に押し込めると風の如く疾走りだした。

南の放送局へ向かう道から外れる。が、本部には些かの躊躇もない。
放送局に巣食うキャスターを討伐するのはたしかに重要だ。が、クリスがこうして単独で行動している事実は決して無視できない。

クリスが単独で動く。それは、現在のクリスの所有者に何らかの異変があったと推察するには十分である。
そして現在の所有者たる可能性がある者は、ヴィヴィオが死んだときその場にいた宇治松千夜、そして高坂穂乃果の二人。
どちらであろうと放置はできない。キャスターを討つ間に罪なき少女が命を落としたとあっては、とても勝利とは呼べない。

「あれは」
「千夜嬢ちゃんか!」

はたして、走り続ける本部が発見したのは岸辺に横たわる千夜の姿だった。
本部は急ぎ駆け寄り、千夜を抱き起こして状態を確かめる。

「息はある」
「どこかから流されてきたようだが、さほど水は飲んじゃいめえ」
「だが……いかんな」
「体温が下がりすぎている」

濡れた服はいまも千夜の体を冷やし、その機能を奪い続けている。
本部は道着の上を脱ぎ、千夜の震えるその細い体を覆う。気休めだが、多少はましになるはずだ。

千夜を背負った本部は、脳裏に描き出した地図で一番近い施設を選ぶ。
一刻も早く、風を凌げて暖を取れる屋内で千夜を介抱せねばならない。
ここからではD3の基地が至近だ。キャスターが根城にする放送局に連れていく訳にはいかない。

「済まねえ、ディルムっつぁん」
「キャスターを討つのは少し遅れる」

南の方角を強く睨み、本部は踵を返して基地目指して走り出す。
本部に背負われた千夜の呼吸は弱々しく、今にも消えてしまいそうだ。
千夜はヴィヴィオが死んだ直後に姿を消した。千夜がヴィヴィオを手に掛けた可能性は決してゼロではない。
だからと言って、その真偽を確かめもせず千夜が命を落とすのを見過ごすことなど、本部が出来るはずもない。

「ハッ……ハッ……」
「ちと、きついな……」

小柄な少女とはいえ、人一人を担いでいるのだ。本部の額に玉のような汗が浮かんでは流れ落ちる。
一廉の武芸者とはいえ、本部は範馬刃牙やジャック・ハンマー、あるいは花山薫らのような打撃に向いた密度の高い筋肉をまとっている訳ではない。
渋川剛気、あるいは鎬昂昇のように、磨き上げた技術と精密な動作で敵を翻弄・制圧するタイプだ。
その差はここでも、スタミナの差として現れる。刃牙やジャックが本部と同じ行動をしても、息が上がることなどまずないだろう。

「刃牙、ジャック」
「お前たちはいま、どうしている?」

ふと、二人の友が連想されたのをきっかけに別の疑問が顔を出す。
範馬刃牙。ジャック・ハンマー、あるいはジャック・範馬。二人は、範馬勇次郎を父とする腹違いの兄弟である。
勇次郎が人並みに父親の役割を成すなど有り得ない。二人はお互いの顔を知らず育ち、だが勇次郎打倒という同じ目的を掲げて地下闘技場に現れた。
夏の日に行われたトーナメント、その決勝戦はいわばどちらの範馬が勇次郎に挑戦するか、を決める闘いでもあった。
その闘いに刃牙は勝利し、だが未だ刃牙と勇次郎は闘うことなく日々を過ごしていた、はずだったが……

「勇次郎が死んだとなれば、あの二人は人生の目標を喪失したに等しい」
「自棄を起こさなければいいが」

その一念が通じたのだろうか。
走る本部の視界に映ったのは、基地方面から近づいてくる人影。
本部は千夜を下ろし、クリスに任せて自分は前に出た。汗を拭い、気息を整える。

「へえ」
「誰かと思ったら、本部さん」
「アンタかい」

軽いランニング程度の速さで現れたのは、旧知の仲である範馬刃牙だった。

「……刃牙」

その服から覗く手足は細かい傷が無数に走っていた。刃牙の肉体はもともと数えきれないほどの傷が刻まれていたが、そういう古い傷ではない。
出血こそ止まっているが、数日、あるいは数時間以内に出来た新鮮な傷ばかりだ。
しかしその傷とは不似合いなことに、刃牙の双眸は爛々と戦意にギラついていた。
言葉にせずともわかる。刃牙は――ヤル気だ。

「刃牙」
「お前さん……」
「やはり、その道を行くのか」

問いかけは確認。訊かずともわかることだが、それでも訊かずにはいられない。
刃牙は本部をはっきり認識した上で、濃密な闘気を放っている。
普段の刃牙なら、相手が望まぬ闘いを強制することなど絶対にない。それは彼の父、勇次郎の所業であろう。

「勇次郎を生き返らせるため、か?」

「ああ、そうさ」
「俺は、あいつが……勇次郎が」
「俺の知らないところで死んだだなんて、絶対に認めない」

刃牙から笑みが消える。
代わりに現れたのは、本部が刃牙と知り合ってからは一度も見たことがない、父親そっくりの獰猛な獣だ。

「勇次郎を生き返らせる」
「そして俺が倒す」
「そのために俺は闘う」

「そのために、何の罪もない者の命を奪ってもか」
「それはお前が忌み嫌った勇次郎の所業そのものだぞ!」

「言われなくてもわかってるさ、そんなことは」
「勇次郎を超えるために、勇次郎と同じことをする」
「何もおかしくはないだろう」

右拳は顎のあたりに置き、左腕を前に出した半身。攻防一体の刃牙のスタイル。
もはや見慣れたそのファイティングポーズを見て、本部は鉛のように胃の腑が重くなるのを感じた。これは、刃牙の本気の印だ。

「それにその娘」
「運が無いね……」
「せっかく逃げられたのにさ」

「どういうことだ?」
「お前、千夜嬢ちゃんを知って……」
「いや、待て。刃牙」

逃げられた、と刃牙は言った。それは他ならぬ刃牙が、千夜に悪意を持って襲いかかったという事実の告白だ。
そして刃牙が本気でこの少女を襲ったのなら、千夜が逃げ切れるはずがない。
そう――他に誰かがいて、千夜が逃げる間に刃牙を足止めでもしていない限りは。

「刃牙、お前さん……」
「誰を手に掛けた?」

「名前は知らないけど」
「原付に乗った中学生くらいの女の子だったよ」

隠すこともなく、殺人を告白する刃牙。どうせこの場で本部も殺すのだから問題ないとでも言わんばかりに。

「……晶嬢ちゃん、か」
「そうか、刃牙……」
「お前は、人を殺めてしまったのだな」

「……そうだよ」
「だから、顔見知りのアンタだって殺せる」
「たとえアンタが抵抗しないのだとしても」
「俺はアンタを殺すよ」

言い捨てると同時に、刃牙が突っ掛けた。
何の小細工もない、真正面からの突撃。だがその初速は本部の予測を遥かに上回る。
動き出しから最高速に達するまでのタイムラグがほとんどない、瞬間移動のような猛烈な踏み込み。
顔面めがけて放り投げられた左ストレートを、本部は軽く首を傾けて回避。
刃牙の拳が側頭部を擦過したと同時、本部の腕が刃牙の肘を極めにかかる。
そのとき、本部の首は刃牙の前腕に接触・固定している。ここを支点として、極めた肘を掌握し投げるも折るも自在。
だが刃牙もさるもの、本部が腕を絡め取ろうとしたことに気付いた瞬間、腕を引き抜くのではなく右のミドルを放つ。
左脇腹を襲う蹴りを、本部は膝を上げてガード。骨にまで達する衝撃が本部の顔を歪ませる。
その僅かな隙を逃さず、刃牙は瞬時に後退して本部の柔術から逃れる。間合いを開けて本部を睨む刃牙の眼光は、驚きと警戒に彩られていた。

「どうしたい」
「俺がお前の拳を避けられたのが」
「そんなに意外だったか?」

「……驚いたってことは否定しないよ」
「本部以蔵とはこんな水準(レベル)だったのか、ってね」
「横綱相手に小指を取って負けた無様な姿しか覚えてなかったからね」

「苦い失敗を思い出させやがる」
「だが考えてみれば、お前さんと闘ったことはなかったな」
「なら気を引き締めてこい」
「横綱にゃ不覚を取ったが」
「俺はお前の親父と二度やりあってなお」
「こうして生き残っている男だぜぇ」

本部の言葉に奮起した刃牙はにやりと頬を歪め、先ほど以上のスピードで疾走した。
右ジャブ二発からの左フック。本部は前方に突き出した両腕で、刃牙のコンビネーションを一発ずつ丁寧に捌く。
八年前に勇次郎に敗れて以来、本部はあらゆる打撃を研究し、対策を練り、克服することに務めた。
その甲斐あって、本部は「八年前より遥かに強くなった現在の勇次郎」の攻撃すらも凌ぐ体捌きを手に入れたのだ。
上下、左右にいくら的を散らそうとも、刃牙の拳は吸い込まれるように本部の両掌に収まり、逸らされる。
自慢の打撃が命中しないことに苛立った刃牙が、ジャブを目眩ましにくんと体を沈める。
そこから放つは本部の足首を刈る水面蹴り。が、本部は既にその攻撃を予測していた。
軽く上げた足を、垂直に落とす。踵がえぐったのは刃牙の足首。

「~~ッッ!?」

したたかにくるぶしを強打され、刃牙が言葉にならぬ悲鳴を上げる。
本部は深追いせず、残心を保ったまま後ろに飛び退いて刃牙の反撃に備えた。

「やはり……な」
「刃牙、それじゃ俺には勝てんぜ」

「なにィ?」

「俺にはお前の攻撃が手に取るように予測できる」
「だからお前の攻撃は俺に当たらず、逆に俺の攻撃はお前を打つ」

「ハッタリを言いやがる」
「やれるもんならやってみろ!」

足首のダメージは抜けたか、それとも噂に聞くエンドルフィンの脳内分泌で痛みを忘れたか。
三度、暴風となった刃牙の四肢が荒れ狂う。
的確に人体の急所を狙う刃牙の攻撃は、しかし柳のように屹立する本部の体幹を毛ほども揺らすことができない。

「逃げるのだけはうまいもんだぜ……!」

「年の功というやつでな」

戻りが甘かった刃牙の引き腕を掴み、関節を極めて体を崩す。
しかし刃牙は崩れながら――否、自ら飛んでいた。手応えのなさに本部が訝しんだときには、その頭部を刃牙の足刀が襲っている。
本部は慌てて膝を抜くことで体を沈め、足刀を回避。だがその代償に刃牙の手を離してしまい、自由を許した。
回転を終え、刃牙が着地する。と同時にその拳は発射態勢に入っており、一瞬後には本部の胸部へと叩き込まれるだろう。
が……

「っ……!?」

刃牙が顔を顰め、動きを止めた。火急の危機を脱する一瞬の機を得た本部は、転がりながら間合いを脱する。
距離を開けたが、刃牙はすぐさま追っては来なかった。
刃牙が片足を上げる。足元、刃牙が踏み締めた地面には、四角い石――否、麻雀牌が埋め込まれていた。
この麻雀牌を思い切り踏み込んでしまったことで、僅かな痛みと驚きが生まれ、本部を仕留める機会を逃したのだった。

「こいつは……?」

「麻雀くらいしたことあるだろう」
「牌さ」

「いつの間にこんな小細工を」

「こいつでちょいとな」
「五十過ぎの俺ではお前さんの体力にはとても付き合えねえんだ」
「大目に見ねぇ」

本部は大きな鍵――英雄王の宝物庫へと続く鍵剣を手にしていた。
刃牙に自由を許した瞬間、本部はカードから鍵剣を呼び出して刃牙の足元へ麻雀牌を出現させ、後の攻撃を防ぐ歯止めとしたのだ。

「はん……年の功ね」
「こんな道具に頼るようじゃ底は見えたな」
「本部流、超実践柔術とやらも」

「ふ、お前の言うとおりだ」
「磨いた五体以外の何物かに頼みを置く」
「そんな性根が技を曇らせる」

刃牙の挑発に、本部は淡々と同意を返す。
そして、鍵剣を放り捨てた。

「え?」

「要らん」
「何ならお前が使ってもいいぞ、刃牙」
「これもついでだ」

本部は懐から別の黒カードを取り出す。実体化した中身は日本刀。
柔術とは、無手の技のみにあらず。戦場の総合格闘技とも呼べるほど武器の扱いも達者だ。
柔術の達人ともなれば、剣を持たせても一流の剣客と比して見劣りはすまい。
だが、俄に警戒を深めた刃牙を嘲笑うかのように、本部はその日本刀をも放り出した。

「どういうつもりだい」

「見ての通りだ」
「お前さんの頭を冷やすのに武器など要らん」
「殺してしまっては勇次郎に申し訳がたたんのでな」
「気にするな、今のお前さんにならちょうどいいハンデだ」

「ハンデ……だと……」

手加減されている。範馬刃牙が、本部以蔵に。
ぶわっ、と、刃牙の頭髪が逆立つ。怒髪天を衝くオーガの息子は、凄まじい怒気を溜め込んで本部を睨む。

「舐めてるのかい、俺を」

「舐めてなどいない」

「じゃあどういうツモリだッッ」

「どう、とは?」

「いったい誰に手加減するのかって訊いている」
「その肉体(からだ)でッ」
「その技術(わざ)でッ」

刃牙の怒声を、本部は涼風のように受け流す。
捨てた武器には目もくれない。位置としてはむしろ刃牙の方が武器に近いくらいだ。
本部が全力でダッシュしたところで、武器を拾うまでに軽く5、6発は打撃を与えることが出来る距離。
それをわかっていて、本部は不敵な表情を崩さない。

「自分より遥かに弱いおっさんが」
「何をハネっ返ってるんだと」
「俺は天下の範馬刃牙だと」
「見損なってんじゃねぇと」
「概ねそんなところか……」

「ちょっと違うけど……」
「いいやそれで」
「本部以蔵だからじゃない」
「誰であれ許さねェよ」
「俺に手加減することは許さねェ」

「刃牙……お前さんは強い」
「100点満点中の100……」
「否……120点だって付けられる」
「しかし……」
「たかがだ」
「たかが120点だ」
「一方……本部以蔵の徒手の実力はどうなんだ?」
「60点? 70点……?」
「どう甘めに採点しても、80点は越えねェ」
「ところがだ……剣、槍、杖、鎌、縄、忍に至るまで……」
「全て合わせりゃ300点は下らねェ」

本部の言葉を、刃牙はハッタリとは思わない。」
足元に落ちているちっぽけな麻雀牌を見る。
こんなチャチな代物で、本部は刃牙の必殺を見事やり過ごしてのけたのだ。
だが、だからこそ、不可解。

「なら、全部使用ったらいい」
「全部合わせてようやく俺を超越(こえ)る計算だろ」
「なのに何故、武器を捨てるッッ」

武器を使ってようやく優勢。
なのに何故武器を捨てるか?
答えは一つしかない――本部の言うとおり。
範馬刃牙は、本部以蔵に手加減されているのだ。

「武器を拾えいッッ」
「計算違いを思い知らせるッッ」

吠える刃牙に、本部はやれやれと首を振る。

「本当に」
「本当に、ワカっちゃいねえんだな、刃牙」
「その計算はいま、成り立たねえんだよ」

「なに……?」

本部は柔術を構えた。
気息、体幹、乱れなし。
五体に気が充溢し、圏境となって五感以上に鋭く敵意を把握する。
その重圧に思わず刃牙は一歩後退し、それに気付いて更に本部と自身への憤怒を深める。

「来な」
「本部以蔵の80点を以って」
「範馬刃牙の120点を打ち破る」

本部の誘い。
溶岩の如く煮えたぎる灼熱の塊となった刃牙は、その誘いを拒まなかった。

「~~~~~~」
「そう……かい……」
「だったら……」

地を蹴る、刃牙。
一瞬――ただの一瞬で、新幹線並みの加速を得る。


「殺”し”て”や”る”~~~~~~!!!」


本部が瞬きする一瞬。
時間にして半秒にも満たない刹那。
数メートルの距離を飛び越えて、刃牙の拳が本部の腹部に吸い込まれた。


――世界が逆に回転する。


もしこの場に立会人がいたら、目を疑っただろう。
影すら追いつけないほどのスピードで踏み込んだ刃牙。棒立ちで受けた本部。
余人に聞けば百人が百人、本部がボロクズめいた轢死体になると答えるはず。
だが……

「気がついたかい」

刃牙を見下ろしているのは、本部だった。

「……なッッ」
「なにッ?」

数秒の失神から瞬時に覚醒し、刃牙は体を捻って飛び起きた。
本部は追撃するでもなく悠然とそれを見送る。

(なンだッ)
(なにをされたッッ)
(投げられたッッ)
(なんで俺が地面に寝てるッッ!?)

刃牙は思い出す。
自身に出来うる最速の攻撃を本部に仕掛けた直後に起きたことを。
刃牙の拳が本部を砕く寸前――本部はまるで、そこに攻撃が来ると事前にわかっていたかのように、半歩分だけ体を横にズラした。
その半歩で刃牙の拳はいなされ、体は崩され、合気の応用で地面に叩き付けられた。
そこに本部自身の力は殆どない。本部は力を操作しただけだ。
地面に空いた大穴は、それだけ刃牙の突進の威力の凄まじさを物語っている。

(なんで躱されたッ)
(いや、待て)
(この感じ、覚えがあるッッ)
(俺の動きを読んで先手を取る、この戦い方ッッ)

刃牙は膨大な戦闘経験の中から、類似するケースを検索した。
それはもう数年も前、森深き北海道でのある日。

(ガイアにそっくりだッッ!)

超軍人ガイア。
オーガ、範馬勇次郎と並び称される、ミスターウォーズと呼ばれる男。
核を以ってしても殺れやせんと言わしめる戦場の支配者。
ガイアは戦場で命が危険に晒された経験から、敵の殺気を読む力が異常発達した。
刃牙が繰り出す攻撃のことごとくを予測し、軽々と捌ききってみせたあの男との闘いがオーバーラップする。

(この感じッッ)
(ガイアのときと同じだッッ)
(俺の動きが……読まれているッッ!)

「ワカったか」
「そうだ、俺はお前の動きを読んでいる」
「だからお前の攻撃は俺に当たらず」
「俺の攻撃はお前に吸い込まれていく」

静かに、本部は解説する。
その様は誇らしくなどなく、むしろ悲しげにすら見えた。

「これが闘技場での立会ならばこうはいかん」
「スタミナ、膂力、スピード。全てにおいて俺よりお前のほうが上だ」
「俺が勝っているのは技術と経験……いや」
「例のリアルシャドーの分を加味すれば、経験でさえもお前は俺の上を行くだろう」
「ゆえに、闘技場で立ち会えば百回やって九十九回、お前が勝つ」
「だがこの場は違う」
「百回やれば百回、千回やれば千回、必ず俺が勝つ」
「何故だかわかるか、刃牙」

「わかるかよ……」
「アンタがそれだけ強かったってことじゃねぇのか」

「違う」
「俺が強くなったのではない」
「お前が弱くなった……いや」
「お前の拳が、曇ったのだ」

「なにぃ……」

「刃牙、お前の拳は」
「相手に勝つための、打ち倒すための拳だったはずだ」
「決して、殺すための拳ではない」
「お前はさっき、俺を殺そうとして打ち込んできた」
「闘技場でのチャンピオンとしてのお前なら、俺を倒すための拳だったはずだ」
「その拳なら、俺もああまで容易くは読めん」
「だが殺すための拳なら話は別」
「敵意、殺意が強すぎる拳は気配もまた強い」
「そんな拳はどれだけ速かろうとも物の数ではない」

「で、でも親父は……」
「範馬勇次郎の拳は、こいつのはずだ!」

「そう、勇次郎の拳は殺すための拳だ」
「奴は生涯を懸けてその拳を磨き上げてきた」
「今日この場で変節し、仮初の殺意に堕ちたお前とは違う」
「勇次郎の拳であれば、気配を読んだとしても防ぐのは難しい」
「奴の拳は奴の体に馴染んでいるからな」
「予備動作が自然なものとなっていて、読めんのだ」
「だが刃牙、お前は違う」
「普段勝つための拳を振るうお前が、急に殺すための拳を振るえば」
「その意は必ず表に出る。体に馴染んだ動きをしていないのだからな」
「気付いていたか?」
「お前はさっき、俺を殺すためにいつもより半歩深く踏み込んでいた」
「その半歩の踏み込みがお前の技のすべてを狂わせている」
「だから、動きを読めるのだ」

「そん……な……」

悄然と刃牙は項垂れた。心が、折れたのだ。
見下ろす本部、完勝といってもいい結果だが、言葉ほど楽な仕合ではなかった。
いくら動きが読めるとはいえ、自力で圧倒的に負けている。
まぐれで一発でももらってしまえば戦局は一気に刃牙に傾く。
刃牙が技を繰り出すたびに無力感を味わっていたように、本部もまた技を凌ぐたびに神経をすり減らしていたのだった。

「刃牙……ワカっただろう」
「お前に誰かを殺すことなど向いていないんだ」
「勇次郎のこと、俺も友として残念に思う」
「だが俺たちが闘うべき相手は別にいる」
「この状況を利用し、我欲を満たさんとする者」
「悪を為す者を、俺たちが討つのだ」
「手を貸してくれるな、刃牙?」

本部が差し出した手を、刃牙が弱々しく握り返す。
視線が合う。本部はにやりと男臭い笑みを見せた。
が……刃牙は……がっしりと掴まれた、本部と自分自身の掌を凝視した。

「……そうか、そうだったのか」

「刃牙?」

「本部さん、アンタ嘘つきだ」
「俺の拳は……人を殺せる拳だ!」

掴まれた手をぐいと引かれる。
本部の顔面めがけて刃牙の足が跳ね上がる。
かろうじてブロック、返す刀で刃牙に目潰しを仕掛ける。
一瞬早く刃牙は離脱。本部の片腕にしびれを残す結果となった。

「刃牙!?」

「俺に殺すための拳は合わない、アンタそう言った」
「じゃあさ、こういうことだろ」
「俺に殺すつもりがなくても」
「結果として死んでしまうような拳なら」
「アンタは防げない!」

立ち上がった刃牙は、身体をゆらゆらとくゆらせる。
先ほどまでの火のような攻めではなく。
流れる水のように……風に揺れる木の葉のように……

「たしか… こう……」
「全身の……」
「液体を……イメージ……」
「これだッ」

刃牙の掌が――消えた。

「~~~~~~~~~~……………………ッッッ」

次の瞬間、本部は無様に地面へ転がっていた。
その肩口は真っ赤に腫れている。
否、腫れているどころではない。
皮膚が剥ぎ取られ、肉がむき出しになっているッッ。

「こ、これ……は」
「鞭打……か……!」

「へえ、さすが。よく知ってるじゃない」

刃牙が繰り出したのは、父勇次郎から女子供の護身技として手慰みに伝授された技。鞭打。
読んで字のごとく、掌を一つの鞭に見立てた皮膚への打撃。
一言で言えば、平手打ちである。

「鞭打……」
「ただの平手打ちではない」
「急所ではない皮膚を叩くだけの技にもかかわらず、あまりの激痛でショック死を起こす」
「肉体(からだ)が死を選択(えら)んでしまうほどの激痛」
「なるほど、これならば俺を殺す気がなくとも」
「数度、数十度打ち続けていれば俺は死に至るだろう」
「敵意を読んだとしてもこの速度」
「簡単に防げるものではなく、防いだとしてもその防御自体がダメージとなる」

ガードを上げて鞭打を防いだとしても、そのガードの手足に鞭打の激痛は刻まれる。
鞭打に肉を裂き骨を断つ威力はない。
だが、恐るべきはその手数、速さ、そして当たれば確実に痛みを与えられる確実性だ。

「そう、アンタは鞭打を防げない」
「そこの女の子に上着を貸したのは失敗だったね」
「剥き出しの肌に鞭打はさぞ痛いだろう」

千夜へちらりと視線を投げ、刃牙は再び全身を脱力させる。
そして、猛攻が始まった。
掌だけではない。リアルシャドーを日常的に行う刃牙の想像力は、足の甲すらも鞭に見立てる。
四本の鞭が超音速で本部を襲う。
顔面、心臓、金的などの急所はかろうじてカバーするもの、たちまち本部の全身が赤く染まっていく。
形成はここに逆転した。本部は膝をつき歯を食いしばって刃牙を睨む。

「一分前とは立場が逆転したねェ」
「あのとき俺を殺しておけば良かったのにさ」
「人のことはどうこう言えないぜ、アンタ」
「甘いんだよ、本部以蔵ォォッッ」

鞭打で繰り返し打ち据える。だが本部は決して悲鳴をあげない。
全身を襲う激痛に立ち向かい、抗っている。
驚くべき精神力という他あるまい。

「なるほど……」
「痛みには屈しないか」

「是非もない」
「俺は守護らねばならぬ」
「千夜嬢ちゃんも、穂乃果嬢ちゃんも、そしてまだ見ぬ力なき者を」
「そして、刃牙……お前も」

本部以蔵、窮地にありてなおその守護の意志に翳りなし。
鞭打でいくら打ったところで、本部という男の芯を砕くことはできない。
そう悟った刃牙は、目を細める。

「いいぜ……」
「アンタを殺すよ」
「殺すための拳が俺には似合わないとアンタは言った」
「ならここでアンタを殺して、俺はもっと強くなる」
「その強さで誰が相手だろうと俺は勝つ」
「そして優勝して、俺は勇次郎の前に立つ!」

「させんぞ、刃牙……」
「守護るのだ、俺が……!」

「言ってろよ」
「アンタは誰も、守護れやしない」
「ここで死ね!」

全方位から鞭打に打ち据えられ、本部の視界が朱に染まる。
飛び込んでくる刃牙。左のアッパーが本部の顎をかち上げた。
動きの取れなくなった本部、だが鞭打では決定打にならぬと、殺すための拳をついに開放した。
弱った本部はその拳を感知していたが、身体がついてこない。

(もらったッ)
(死ね、本部以蔵ッッ!)

左のアッパーで浮き上がった本部の顔面の急所、人中へと引き絞った右ストレートが放たれた。
人の頭蓋を粉砕するには十分な速度と硬度、そして捻りが組み合わさった拳。
刃牙は十分な勝算を持っていた。
だが、

カッ、と本部が目を見開いた。

本部は固めた拳を、刃牙ではなく、自身の頬に叩きつけた。
弾く血飛沫。歯が何本か折れたかもしれない。
だがその反動で本部の顔面は僅かだが横にズレる。
刃牙の右ストレートを躱した。

(なっ)
(なにッッ)

本部はそのまま刃牙の腕にしがみつく。
着地した本部が、再度跳躍。両足が開く。

虎の顎のように。

刃牙の背筋に電流が走る。
本部の右足が背後から刃牙の首を狙う。
本部の左足が前から刃牙の首を狙う。

(こっ)
(この技はッッ)

上下から同時に頸部へと襲いかかる本部の蹴り。
まったく同時に、本部は抱えた刃牙の右腕を極める。
虎の顎が閉じる。脇固めが決まる。
極めた腕を折りつつ、後ろからさらに頸部を圧迫して敵を頭から地面に叩きつける古流柔術の奥義。

一撃必殺の大技。
本部以蔵の切り札。

その名も、虎王。




――虎王 完了――


「……刃牙」
「お前、知っていたのか」
「この技を」



――虎王、未完了――



「ザンネンでしたぁ~~~~ッッ」
「虎王……アンタだけの専売特許じゃ、ないッッ」

本部は、宙吊りになっていた。
刃牙の首を前後から襲った本部の蹴り。
前からの蹴りはフリーの左腕を挟んで止めた。
後ろからの蹴りは思い切り頭を後ろにそらすことによって打点をズラした。
ハサミ蹴りによるダメージはゼロ。

そして、蹴りが不発に終わったことで、刃牙の右腕に仕掛けた脇固めも十分な力を込めることができず、失敗した。
刃牙が握った拳を開き、本部の首を絞める。
大の男が片腕一本で首筋を締めあげられ、宙吊りにされていた。

「が……ぁ……ば……き」

「手こずらせてくれた」
「だが礼を言うよ、本部サン」
「アンタのおかげで俺はまた強くなれた」
「それに大事なことも教えてもらった」
「殺すための拳」
「親父に近づくために何より必要な覚悟を」
「アンタを殺して手に入れる……!」

本部にとっての不幸。
それは、古流柔術の秘伝たる虎王を刃牙が体得していたことだろう。
本部が虎王のモーションに入った瞬間、刃牙は自分がどんな技をかけられているか理解した。
そうすれば破るのは簡単だ。
そして必殺の大技ゆえに、破られた本部はこれ以上もなく無防備。
勝敗は、鬼の血を引くチャンピオンに傾いた。

「よ……せ……ば、き」
「おま……えの……闘……は」
「ゆ……じ……郎とは……違……う」

「最期までウルサイおっさんだな」
「もういいよ、本部以蔵さん」

刃牙の背に、鬼の顔が浮かぶ。
父親譲りのヒッティングマッスル。
その筋肉の全てを、本部の細首を折ることだけに注ぎ込む。




「し ね よ」



ゾ ブ リ


その音は、驚くくらい近くから聞こえた気がした。



「カハッ」

「が……ハァッ! ご……ホッ! ハッ、ハァ……!」

酸欠に陥りかけた脳が急激に酸素を取り込み、本部はあえぐ。
瞬く視界を強引に維持し、本部は周囲を見回した。

「なん……だ?」
「刃牙、何故……」
「……ばっ、刃牙ィッ!」

本部が刃牙を見つけたとき、あまりにも多くのことが違っていた。
先ほどまでの刃牙には、こんなものは生えていなかった。
三つの筒が連なったような棒状のもの。
持ち手があり、柄がある。だが決して剣とは呼べぬ異質な何か。
千夜の腕輪に封じられていた黒カード、その中にあったものは希望か絶望か。
銘は、乖離剣エア。英雄王ギルガメッシュが真に頼みとする原初の理を知るもの。
エアは、刃牙の胸を背後から貫通していた。

(これは……)
(もう、助からん……!)

格闘士は大概において人体工学にも精通している。
その知識が語る。これは、致命傷だと。
エアの筒はそれぞれが別の向きに回転している。
回転の度、禍々しい赤い光が漏れだして刃牙の肌を溶かしていく。
どうやらただの刺突武器というわけでもないらしく、刃牙の肉体の細胞そのものが破壊されていくようにすら見えた。
そして、その柄を握っていたのは。

「千夜……嬢ちゃん……?」

気を失っていたはずの宇治松千夜だった。

「あ……わ、私……」
「本部さんが、あの人に殺されるって、そしたら」
「こ、殺さなきゃって」
「私が殺さなきゃって」
「晶ちゃんが、私がみんなを殺さなきゃ、って!」
「だから、だから、私は!」

千夜の様子は明らかにおかしかった。
そもそも、刃牙はここに来るまでに千夜と晶を襲撃し、晶を殺したのだ。
今また本部を殺そうとしていた刃牙を見て、殺さなければ殺される。
覚醒して間もなく、ひどく混乱していた千夜は、そういった恐怖に駆られたのだろう。
そして、本部に意識を集中させていた刃牙の背後へ忍び寄り、刺した。
普段の刃牙なら気付いただろう。
だが今の刃牙は、本部に対して怒り狂っていた。高揚していた。視野が狭くなっていた。
だからこそ、格闘士でもなく気を放つこともない少女の歩みに気づかなかった。

「だって、私もう、ひとり殺してて」
「だから私、紗路ちゃんたちがこ、心愛ちゃんみたいになる前に」
「こ、こ」
「殺さなきゃ……って」

「もういい」
「もういいんだ」

涙を流してまくし立てる千夜を、本部はゆっくりと抱き締めた。
クリスはあたふたと足元で手足をばたつかせている。
が、クリスを責めるのは酷だろう。誰も止められなかった。
どうやら本部は……遅かったようだ。何もかもが。
千夜は誰かを殺し。
晶は刃牙に殺され。
刃牙は千夜に殺される。
誰も守護れていない。
本部以蔵は、誰も守護れていない……!

(すまん、勇次郎)
(お前との約束)
(破ることになる)

だが。
だがまだ、たったひとつ。
今この場で、本部が守護れるものがあった。

「貸しな」

「あ……っ」

「がふぁッ……がああああああごおあああああああッッ!?」

本部は千夜から強引にエアの柄を奪い取り、千夜を突き飛ばした。
そしてエアを引き抜いていく。その動きは、まだ生きている刃牙に想像を絶する苦痛をもたらしているだろう。
しかし本部は顔色を変えず、エアを刃牙の身体から解き放った。
崩れ落ちる刃牙。まだかすかに息がある……
その頭部めがけて。

「も……もと……べ……さ……」
「許せ、刃牙」

千夜に聞こえぬほど、風に流されるほどの小さな声で、詫びる。
そしてエアを振り下ろした。
刃牙の頭部が、ザクロのように弾け飛んだ。
血と脳梁が本部の身体に降り注ぐ。
しかし、不動。本部はやはり表情を動かさない。
範馬刃牙をその手で殺害して、なお、巌のような無表情。

「ひっ……!?」

目の前で刃牙の、一人の少年の頭部が粉砕される様を見た千夜が悲鳴を漏らす。
千夜も直前に刃牙を刺した。
だがこの光景は、それとも比較にならないグロテスクさに満ちていた。
エアが回転し、刃牙の脳を撹拌し、飛び散らせる。
およそ数十秒、本部はそのままの姿勢で範馬刃牙という物体を破壊し続けていた。
千夜に振り返ったとき、その姿は、返り血で真っ赤に濡れていて……

「……赤い、鬼」

千夜の呟きに、本部はゆっくりと頷く。
本来であれば違う者に冠されるはずの名だが、今の本部には相応しいかもしれない。

「そうだ、俺は鬼だ」
「この俺が、本部以蔵が、範馬刃牙を殺した」
「忘れるな、千夜嬢ちゃん。この光景を忘れるな」
「お前さんとは違う」
「偶然でも、恐怖に駆られたからでも、自衛のためでもない」
「殺意を持って殺した」
「刃牙は殺し合いに乗った危険人物だ」
「だから殺した」

本部の声は、鋼鉄の響きで鎧われていて、感情を読み取らせない。
それでも千夜には、その声が……表情が……泣いているように思えて仕方がなかった。

「自らの意志で人を殺すとは、こういうことだ」
「こんなことができるのは、人間じゃあない」
「鬼だ」
「オーガだ」

本部の前には、オーガと呼ばれた男の幻が立っている。
息子を殺した男を睨んでいるのか……
あるいは修羅道に堕ちた男を嘲笑っているのか……

「だから千夜嬢ちゃん」
「俺みたいにはなるな」
「人を殺して泣けるのなら、嬢ちゃんは鬼じゃない」
「千夜嬢ちゃんは、人間だ」
「犯した罪から逃げるな」
「受け止めて、向き合うんだ」
「それが、人間として生きる者の義務だ」

本部以蔵はこの瞬間、二つの選択をした。
一つは、宇治松千夜の心を守るため、彼女の殺人を肩代わりすること。
まだ息のあった刃牙にとどめを刺すことで、刃牙を殺したのは千夜ではなく自分だと、事実を改ざんした。
千夜と自分は違うと、千夜はまだ戻れると、そう示すために。
そのためだけに、刃牙を殺めたのだ。

二つは、冥府魔道を征く覚悟を決めたこと。
全ての参加者を守護る。その過程でいつかこういうことが起こるとわかってはいた。
だがその相手がよりによって刃牙。友であり、友の息子でもあった少年。
もはや助からなかったとはいえ、必要以上に苦しめてその命を奪った。
命の取捨選択をした。
生かすべき命と、殺すべき命の選別をした。


本部以蔵はこの瞬間、人間ではなく鬼になったのだ。


涙は流れない。
鬼は涙を流さない。
罪なき者を守護る、血塗られた道を進むと決めたのなら。
いまさらどの面を下げて、人間のように泣くことができようか。


「俺の、鬼となった人間の、たった一つの望みだ」
「千夜嬢ちゃん、どうか」



「人間の心を、失くさないでくれ」



本部以蔵――これより修羅の道を往く。







【範馬刃牙@グラップラー刃牙  死亡】

【D-3/基地/午前】

【本部以蔵@グラップラー刃牙】
[状態]:全てを守護る強い決意、背中に刀傷(処置済み)、ダメージ(極大)
[服装]:胴着
[装備]:黒カード:王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)@Fate/Zero、乖離剣エア@Fate/Zero、紅桜@銀魂
[道具]:腕輪と白カード、範馬刃牙の白カード、赤カード(19/20)、青カード(17/20)
    黒カード:こまぐるみ(お正月ver)@のんのんびより、麻雀牌セット@咲Saki 全国編
    カイザル・リドファルドの不明支給品1~2枚(カイザルが確認済、武器となりそうな物はなし)
[思考・行動]
基本方針:全ての参加者を守護(まも)る。
0:鬼になる覚悟。
1:放送局に行き、キャスターを討伐する。
2:放送を行い、高坂穂乃果の説得を試みる。
3:騎士王及び殺戮者達の魔手から参加者を守護(まも)る。
4:騎士王、キャスターを警戒。
[備考]
※参戦時期は最大トーナメント終了後。


【宇治松千夜@ご注文はうさぎですか?】
[状態]:疲労(大)、精神的疲労(極大)
[服装]:高校の制服(海水でずぶ濡れ。腹部に血の染み)
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/10)、青カード(9/10)
    黒カード:セイクリッド・ハート@魔法少女リリカルなのはVivid、不明支給品0~1枚
    黒カード:ベレッタ92及び予備弾倉@現実、盗聴器@現実、不明支給品1~2枚(うち最低1枚は武器)
[思考・行動]
基本方針:人間の心を……。
0:……。
[備考]
※現在は黒子の呪いは解けています。
※セイクリッド・ハートは所有者であるヴィヴィオが死んだことで、ヴィヴィオの近くから離れられないという制限が解除されました。千夜が現在の所有者だと主催に認識されているかどうかは、次以降の書き手に任せます。



【乖離剣エア@Fate/Zero】
宇治松千夜に支給。
英雄王ギルガメッシュの宝具。
便宜上剣と呼ばれているが、剣という概念ができる前に生まれたもの。
エアというのはギルガメッシュが愛称的に呼ぶ名であり、本来は銘などない。
回転する三つの円柱を縦に束ねたような形状であり、突くことはできても斬ることは不可能。
通常の剣のように使うのではなく、その真価は「「空間を斬る」ことにある。
最大出力時には擬似的な時空断層を引き起こし、世界そのものを切り裂く。
その現象『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』こそがこの宝具の真名開放であるとも言える。
本ロワでは制限によって真名解放時の攻撃範囲が狭められている。


時系列順で読む


投下順で読む


115:高坂穂乃果の罪と罰 本部以蔵 129:誰かの為の物語
112:覚醒アンチヒロイズム 宇治松千夜 129:誰かの為の物語
112:覚醒アンチヒロイズム 範馬刃牙 GAME OVER

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最終更新:2016年01月25日 21:53