狂気の行方 ◆zUZG30lVjY

「(あーあ、もったいないなぁ……)」

雨生龍之介が抱いた放送への素直な感想がこれだ。
わずか六時間のうちに十七人。
このペースなら次の放送には四十人に減少し、二日目に入る頃には十数人程度になっているかもしれない。
ましてや主催者が禁止エリアなんて代物を設けて間引きを推奨しているのだから、殺し合いのペースが緩むことは当分ないはずだ。

「(ゆっくりしてたらアートを作ってる暇もなさそうだ。そもそも三日間で終わりなんだろ?)」

龍之介はいわゆる殺人鬼であるが、流れ作業のような大量殺人は好まないタイプだった。
彼にとって殺人とは死の探求であり、己の芸術性を発揮する創作活動である。
犠牲者のひとりひとりを丹念に苦しめ、時には半日以上も掛けて死に至らしめ、その過程を好奇心のままに観察する。
そして被害者の亡骸は――場合によっては死に至る前に――龍之介の作品の材料となる(こともある)。
彼が青髭の旦那と慕うサーヴァントと出遭ってからは格段にペースが上がったが、それは単に供給量が潤沢になったからに過ぎない。
一つの作品にしっかり力を注ぎ込む方針は全く変わっておらず、浪費を好む青髭と意見が食い違うことさえあった。

繭が言うところのバトルロワイアル・ルールという環境は龍之介とすこぶる相性が悪かった。

そもそも、七十人という人数の少なさも然ることながら、ほぼ全員が殺し合いを意識しているのが美味しくない。
殺されるかもしれないことを前提に動き、徒党を組んで自衛されてはターゲットを確保することも難しい。
その上、期限はたったの三日間でどんどん人数が減っていく。
モタモタしていたら本当に芸術活動どころではなくなってしまうだろう。

「(あの子達、ほんといい材料になりそうなのに)」

駅のホームのベンチに腰掛けたまま、心の底から残念そうに少女達を見やる。
少女達は一箇所に固まっていつものように話し込んでいるようだった。
……うち一人は未だに眠りこけているが。

「じゅ、じゅうななにんって、本当なのかな」
「多分そうなんじゃない?」
「すー……」

放送で彼女らの知る名が呼ばれることはなかったが、心愛は『誰かが死んだ』という事実に動揺しているらしかった。
可愛らしい思考回路だ。
見知らぬ誰かがドラゴンに屠られたのを見たはずなのに、殺し合いという現実を無意識のうちに拒んでいる。
こういう子には自分が死んでいく過程をゆっくりと見せつけてあげたくなる。
普通の止血や縫合で延命させるのでは物足りない。それでは意識が朦朧としてしまう。台無しだ。
旦那が持っていた不思議な本のように、内蔵を引きずり出しても鮮明な意識と痛覚を維持できる延命法でなければ。
作業過程はきっと素晴らしい映像芸術になるはずだし、そのときの表情を見れば素敵なインスピレーションも浮かぶはずだ。
事切れた後は手足で額縁を作って皮のキャンバスに血肉と臓物を彩った絵画にしてあげよう。
もちろん愛らしい顔は絵画の中央に据える。頭部ごと取り付けて立体的な作品に仕上げるのも良さそうだ。

「すー……」
「それにしても、あの子まだ起きないのね」
「えっと……そういえばずっと寝たままかも」

名前も知らない少女は相変わらず安らかに眠りこけている。
殺し合いの舞台に引きずり込まれてしまったことなど、文字通り夢にも思っていないに違いない。
ああいう子はどんなアートにするのが一番映えるのだろうか。
起こしてから作業を始めるのでは、いつもと変わらない。
一目で不可逆だと分かるほどに解体してから目覚めさせるのも面白そうだ。
あるいは奇を衒って、安らかな寝顔を維持したまま寝具の部品にしてしまうのも良いかもしれない。
安楽な殺し方はもったいないので趣味ではないが、あの寝顔に寄り添われて眠れたら良い夢が見れそうな気がする。
ただ、あの子の身体だけでベッドを作るには体積が足りなさ過ぎる。
別の材料を調達して補うか、もっとコンパクトな道具にしなければならないだろう。

「そうだ! ひょっとしたら、お気に入りの目覚まし時計がないと起きられないとか!」
「……はいはい」

リタは心愛が放つほんわかとしたオーラに馴染めていないらしい。
どちらかと言えば心愛の方が普通の少女で、リタの方が浮世離れしてしまっているという関係だ。
それにしても、リタは不思議な雰囲気の瞳をしている。
日本国内だけで活動していたので外国人の子供はなかなかに新鮮だ。
眼球をくり抜いて後ろから小さな電球を差し込めば、開き気味の瞳孔から瞳の色に染まった光が溢れ出るのではないだろうか。
目と鼻は鼻涙管という管で繋がっていて、そこから更に口の中へと通じている。
加工した眼球を嵌め直して銅線を口腔へ通し、そこに電池か何かをセットできるようにするのはどうだろう。
眼球そのものを白色電球に置き換えたオブジェは作ったことがあるが、そこまで手の込んだ仕掛けの人体ランプは未経験だ。
――いや、それは流石にもったいない。
リタが本当にゾンビであるのなら、もっと有意義な扱い方があるはずだ。
青髭の力を借りなくとも生きたまま(?)の創作ができるかもしれないのだから。

三人とも素晴らしく魅力的な素材だ。
それだけに芸術活動に集中できない現状がひどく惜しまれる。
ここが普通の街ならとっくに彼女達を堪能できていたに違いないのに。

「そういえば、旦那は大丈夫かなぁ」

龍之介はどこかにいるはずの青髭を思い、嘆息した。
実のところ、放送で知っている名前が呼ばれなかったというのは正確ではない。
――ジャンヌ・ダルク。
青髭が幾度となく口にしていたため馴染みのある名であり、リタも「知っている相手かもしれない」と言っていた名前だ。
しかしながら、名簿にあるジャンヌ・ダルクとやらが二人の認識上にあるジャンヌと同一である証拠はない。
龍之介の知るジャンヌは世界史の知識と青髭が言っていた鎧姿の女性で、リタの持つジャンヌの知識も大きな国の軍隊の偉い人という程度らしい。
ここで既に食い違っているのだから、名簿のジャンヌが第三第四のジャンヌである可能性は充分にある。
それでも龍之介がジャンヌの死を気にしてしまうのは、ひとえに青髭の『テンション』を鑑みてのことである。
青髭はジャンヌ・ダルクが絡むとブレーキが効かなくなってしまう。
そんな彼が、放送を聞いて目当てのジャンヌが死んでしまったと思い込んだらどうなるか。
テンションが最低にまで落ち込むにせよ、逆に振り切って暴走してしまうにせよ、龍之介にとっては望ましい展開ではない。
特に後者は『自分のいないところでやけっぱちの大パーティーを始めてしまうのでは』という意味で。

「そんときはオレも呼んで欲しいんだけどなぁ……無理かな、やっぱ」
「ちょっと。さっきから何ブツブツ言ってるの」
「ん? ちょっと考え事」

いつの間にか近付いて来ていたリタが、怪訝そうに龍之介の顔を覗き込んだ。
それに対する龍之介の反応は至って平然としたものであった。
別に平静を装ったわけではない。心の底から平然としているだけである。
誰をどのように殺すかという思考は、龍之介にとっては日常的な頭の使い方でしかない。
故にスイッチの切替も容易であり、突然話しかけられたからといって動揺するようなこともなかった。

「放送が終わったら電車で南下する予定でしょう。早く準備しなさい。もう放送からだいぶ経ってるじゃない」
「分かってる、今やるよ」

龍之介は血を見たり、死に瀕した者の前では饒舌になる癖があるが、そうでない時は喋るのも億劫になる性格だ。
そして今のテンションは後者の方。リタの小言に一言返すだけでも妙に時間が掛かっている。

「……ん?」

ベンチから腰を上げた矢先、龍之介はホームの入り口――形ばかりの改札口のところに人影を見た。
見たこともない学校の制服を着た少女だ。背丈からすると高校生くらいだろうか。
武器を持っている様子も、黒いカードを手にしている様子もなく、手ぶらのまま俯き気味に歩いている。
心愛もそれに気がついたらしく、少女に向かって小さく手を振った。

「おーい、大丈夫ー?」

異変が起こったのはその直後のことだった。
少女の全身が突如として光に包まれる。
直後、心愛の首が噴水のような血飛沫を吐き出した。


    □  □  □


駅に着いた犬吠埼風が選んだ戦略は、奇襲だった。
無害を装って接近し、間合いに入った瞬間に攻勢へ転ずる、至ってシンプルな戦術。
手元にカードも武器もない状態から即座に武装できるというアドバンテージの有効性は実証済みだ。
単純ではあるが、効果は絶大。
最初の標的と定めたセミロングの少女は、自分に何が起こったのかも分からないままに、意識を刈り取られた。

「……っ!」

少女の首だけが真後ろへぐにゃりと倒れこむ。
踏み込みが少しだけ浅かった。延髄を断つことはできたものの、首筋の肉が残ってしまって頭を落とし切れなかった。
スプリンクラーのように血を吹き出す死体から目を背け、次なる標的に斬りかかる。
袈裟懸けの一太刀によって、ベンチで眠りこけていた少女がベンチごと叩き切られる。

「……ぐ」

弾け飛ぶ鮮やかな色彩に、風は喉の奥からこみ上げる酸味を感じた。
口腔までせり上がってきた消化液を気合で胃腑へと押し戻す。
――耐えろ!
必死に自分に言い聞かせる。
あのときよりも遥かに凄惨で、直視するのも躊躇われる有り様だが、今の自分なら絶対に耐えられる。
覚悟はしたはずだ。もう後戻りしないと決めたはずだ。
殺すというのはこういうこと。
"倒す"のではなく"殺す"のなら、凄惨になるより他にない。

「次……!」

二人分の返り血を拭うのも忘れて、風は残る標的へ向き直った。
多少距離があったので一息の内に斬りかかることはできなかったが、結果は同じこと。
怯え竦んでいるにせよ、逃げ惑っているにせよ、次の攻勢で全て――

「――――」

風は絶句した。
残った二人の反応は風の想像と常識を完全に越えていた。
顔色の悪い少女は死んだような目で冷徹にこちらを見据え、男の方は興味津々といった様子でこちらを眺めている。
目の前で人が死んだのに。血肉を撒き散らして息絶えたのに。
どうしてそんな顔をしていられるのだ。

「リュウノスケ。私の姿が見えなくなるまで走りなさい」
「んー、ちょっとオレに任せてくんない?」

男女は互いに主導権を握り合おうとしていたようだったが、結局少女の方が譲る形で収まった。

「ねぇ君。今のマジ凄かったよ! こう……スタイリッシュっていうの? ひょっとして君もサーヴァント?とかいう奴だったり。
 殺り方はありきたりでも、早業でビシッ!とキメるとなかなか様になるもんだなぁ。見とれちゃったよ、オレ」
「……っ!」

油断なく剣を構える。
喋っていることの意味は理解したくもないが、まるで世間話でもしているかのような饒舌さには戸惑いを覚えざるを得ない。

「でさ。本題なんだけど、ひょっとして君、オレ達も殺しちゃうつもりだったり?」
「……当たり前でしょう」
「やっぱりかぁ。困るんだよなぁ、オレもまだまだやりたいことが残ってるし。だからさ……」

男は顔の前で片手を立てて、片目を閉じてみせた。
それが『軽い態度でお願いをするジェスチャー』だと気付くまでに、風は少しばかり時間を要した。

「オレのこと殺すの、後回しにしてくんない?」
「はぁ?」
「――え?」

真っ先に毒づいたのは顔色の悪い少女だ。
風はまたも男の発言の理解が遅れ、どうにも間の抜けた反応をしてしまった。
ひょっとしてこれは命乞いというものなのだろうか。
死にたくないと必死に懇願される状況は想像していたが、こんなにも軽薄な命乞いは想定外だ。

「な……何を言って!」
「君、一人残らず皆殺しにして『ご褒美』もらうつもりなんでしょ」

休戦協定というなら理解できる。東郷美森ともそんな協定を結んだばかりだ。
けれど男の言い回しには何か引っかかるものを感じる。

「大体、後回しってどういう意味なの」
「どういう意味って、そのままの意味だけど?」

男は小首を傾げながら、顔色の悪い少女の後ろへ回りこんだ。
そして肩に付いた埃を落とすかのような自然さで、少女の繊細な首筋に指を絡め、一気に締めあげる。

「がっ……!」

少女が目を剥き、骨ばった手の甲に爪を食い込ませる。
その耳元で男が一言二言呟いた直後、少女は糸の切れた人形のように脱力し、どさりとその場に崩れ落ちた。
一連の出来事を目の当たりにしていながら、風は何一つ言葉を発することができなかった。
初めて間近で目撃した自分以外の手による殺人。
それは道端の雑草が咲かせた花を引きちぎるような容易さで遂行された。
風が重ねたような苦悩は欠片も感じられない。
ごく当たり前の行為として、男は少女を手に掛けたのだ。

「お前……!」
「睨まない睨まない。でも分かったでしょ? オレがどういうヤツかって」

……どうして。

「オレは別に生き残れなくていいけど、できるだけたくさん殺したい。君は殺して生き残りたい。
 ほら、カッチリ噛み合うだろ? だからさ、オレを殺すのは最後にしてくんないかな。君も楽になると思うしさ。
 さっきの二人だって、もうちょっと来るのが遅かったらオレが殺してたんだぜ?」

どうしてこんな提案を、微笑み混じりで口にすることができるのか。
風は身の毛がよだつのを感じた。産毛に至るまでが情けないほどに竦んでいる。
あんな発想が同じ人間の脳髄から生まれたなんて信じられない。
いや、信じたくもなかった。

「何が、目的なの」
「目的?」
「どうして殺すんだって聞いてるの!」

威圧するように、あるいは縋るように声を荒げる。
人を殺すのなら相応の理由があるはずだ。
例えば死んでしまった誰かを蘇らせたいという願いのように。
例えば世界を正しい形に変えるという願いのように。
そうでなければ人を殺せるわけがない。自分の行いに耐えられるはずがない。
それが"人間"として当然の感情なのだから。

「うーん、言葉で説明するのって意外と難しいんだけどさぁ」

男は危機感をまるで感じさせない足取りで風の横を通り過ぎ、最初に息絶えた少女の傍で立ち止まった。
そして、懐から取り出した刃物で残った首の肉を手際良く切断し、セミロングの頭部を拾い上げる。

「こういうのCUTEだと思わない? オレはすっげぇ好きなんだけど」

――"ソレ"は少女の首を手にしたまま、まるで人間のように笑っていた。
言葉が声にならない。罵声を吐こうとしても、掠れた息が喉から漏れるだけで音にならない。
風は自分が知らず後ずさっていることに気がついた。
剣を構えるのもいつの間にか忘れていた。
一秒ごとに呼吸が速くなり、過呼吸一歩手前の苦痛が胸を締め付ける。
アレは一体"何"なのか。にこやかな顔の皮を剥ぎ取ったら、異界の生物が蠢いているのではないか。
本気でそんなことを考えそうにすらなっていた。

「……勝手にしろっ……!」

風は現実から目を背けるように踵を返した。
一目散に逃げ出すなんて無様を晒さなかっただけ褒められるべきだろう。
少しでも早く駅から歩き去ろうとする風の背中に、男の脳天気な声が投げかけられる。

「おーい、ちょっとー。名前くらい教えてくれてもいいじゃんかー」
「…………ッ」
「あ、そっか。こっちから名乗んないと。オレは龍之介。そっちは?」
「……風!」

吐き捨てるように下の名を告げてホームを後にする。
名乗る義理など全くないのだが、混濁する思考では冷静な判断など望めない。
姿が見えなくなった辺りから少しずつ早足になり、駅舎を出る頃には歩きを止めて走り始める。

「はぁっ、はぁっ、ハァッ……!」

変身を解いて元の姿に戻り、駅前の適当な建物の陰で膝を突く。

「う、うえぇっ……」

嘔吐感が喉の奥を灼く。朝食をろくに取っていないのは不幸中の幸いだった。
食べたばかりの物が大量に吐瀉物として出てきたら、精神的ダメージがこれよりも何割か増していただろう。
口元を拭って唾液とも胃液ともつかない液体を取り除き、建物の外壁にもたれかかって座り込む。
酸鼻極まる光景や無残な死体に耐えられなかったのではない。
あの男の言動から垣間見えた異常性に吐き気を催したのだ。

理由もなく人を殺すなんて信じられないと思っていた。
けれど、それよりもずっとおぞましいモノがあった。
常人には理解し得ない理由で人を殺す生き物だ。
あれ以上は一分一秒たりとも会話を続けていられなかった。
鼓膜を介して精神が汚染されていく感覚すらしていた。
躊躇わずに殺しておくべきだったと悔やむ一方で、無事逃げ遂せたことに安堵する気持ちも拭い去れない。

今更ながら、上手くいっていると思っていた過去の自分を殴りたい。
ワープ装置で本能字学園の教室に移動し、女子学生の死体から日本刀と黒のカードを2枚手に入れられたところまでは好調だった。
そこで調子に乗って駅にまで足を伸ばさなければよかったのだ。

「……くそぅ……」

そして何よりも腹立たしいのは、結果だけ見れば自分もあの男と大差ないのだと実感してしまったことだった。
無抵抗な少女の首を九割ほど斬り裂いた自分と、残り一割を切断したあの男。
誰に恥じることもない願いのために殺す自分と、楽しみのために殺すあの男。
より残忍なのは果たしてどちらなのか。

「…………違う」

後戻りなど出来ないことは理解している。
最後まで殺し続ける覚悟も決めていたはずだ。
自分には理由がある。何に代えても果たさなければならない役割がある。
"守るために殺す"自分があんなモノと同じはずがないのだ。
あんな奴とは違うあんな奴とは違うあんな奴とは違うあんな奴とは違うあんな奴とは違う――
風は何度も何度も繰り返し、自分に言い聞かせ続けた。


    □  □  □


「ふぅ、何とかうまくいった」

大剣の少女、風――名簿にある犬吠埼風のことだろう――が立ち去っていったのを見届けて、龍之介は胸を撫で下ろした。
下手をしたら四人まとめて切り捨てられてもおかしくない状況だった。
初撃で殺されず、風が人殺しに慣れていないと看破できた上で、幸運とハッタリでどうにか凌げたようなものだ。

――そう、ハッタリである。
龍之介が風に語った内容にはいくらかの嘘が含まれている。

別に死んでもいいと思っているのは嘘だ。
確かに、あらゆる形の死を"観察"してきた龍之介にとって、死は恐れるに足るものではない。
殺人を繰り返しながら全国を渡り歩いていた間も、虜囚となって処刑されることそのものは全く恐れていなかった。
しかしながら、死を"理解"していることと、死んでもいいと思うことは別の問題だ。
死刑にされることは怖くなくても、捕まって死刑にされてもいいと思ったことはない。
自由と生命を剥奪されても得る物は何もないのだから、司直の手から逃れ続けて人生をエンジョイするのが"人間"らしい生き方だ。
今回もそれと同じ。風に殺されてあげるつもりはないし、適当なところで脱落してくれればいいのにとすら考えている。

大量に殺すつもりだというのも、半分嘘だ。
龍之介は殺人のひとつひとつを丹念に堪能する質であり、雑に食い散らかすのは好きではない。
青髭の協力を得て以降も、質より量の重視を訴える青髭の主張に難色を示したこともある。
不利な環境である点も考慮すると、大量にストックを貯めこむ手段を得ない限り、龍之介が三日間の殺し合いで殺す人数は片手で楽に数えられることだろう。

ついでに、風の殺し方を褒めたのも少しだけ嘘だ。
龍之介が好む殺人の妙味とは、犠牲者をじっくりと嬲りものにし、その生命を有意義に使い尽くすことにある。
ただ死体の山を築くだけの大量殺人など災害に等しく、命の無駄遣いに他ならない。
それでも一応、鮮やかな立ち回りには感じるものがあった。
メンタルがまだまだ未発達なのも含め、殺人者としては今後に期待といったところだ。

「さて、と……」

いい加減、他の誰かが駅にやって来てもおかしくない。
今後の行動に支障を来さないよう、最低限の隠蔽工作はしておかなければ。

最初に与えられた支給品の一つであるクーラーボックスをカードから取り出し、切断した心愛の首を収納する。
カードに戻れと念じると、説明書きにあったとおり、クーラーボックスは中身ごと黒のカードに変化した。
実は、首の確保は隠蔽工作とは関係ない。
心愛を作品にしてあげるという当初の予定を果たすため、最低限の部品を回収しておいただけだ。
胴体の方と、眠っていた少女は残念ながら諦めることにする。
近場に冷蔵庫でもあればしばらく保管しておくこともできるが、流石にそこまで時間的余裕はなかった。
ついでに心愛のカードを白のカードを除いて全て回収しておく。
本来なら、龍之介は殺した相手から金品を奪うことをしないのだが、これも偽装工作の一環だ。

次に、血溜まりを歩いたことで靴底にべったり付着した血液をどうにかする。
このまま歩き回ったら、コンクリートの地面に消えない足跡がこびりついて『平均的な背丈の男が犯人だ』と誤解されてしまう。
使うのは青カードと病院で医療用具として確保した清潔なタオル。
青カードから出したミネラルウォーターで靴底の血を洗い流し、水気をタオルでしっかり拭き取ってから、乾いたアスファルトに足を置く。
これを両足分済ませれば足跡の問題は無事クリアだ。
もしこの作業を済ませなかったら、殺害現場から転々と続いている風の足跡のように露骨な証拠を残すことになる。
残ったミネラルウォーターは地面にぶちまけ、ペットボトルも適当に転がしておく。
こうしておくことで靴底を洗った痕跡は完全にごまかされ、襲撃を受けた際に飲み物をこぼしたとしか思われなくなるはずだ。

それが済んだら、一旦駅舎に戻って目当ての物を調達してから、眠っていた少女の方へ向かう。
ベンチ周辺の床は流血に覆われているので、整然と並んだベンチの上を膝歩きで接近する。
駅舎で手に入れてきたのは、各種申し込み用紙の記入用に用意されていたペンの一つ。
具体的には紙以外の物にも書きやすいサインペンだった。
そのペンを使って、ベンチの表面に簡潔な文章を書き記す。


  『 ふう に
           ころされ る 』


設定としてはこうだ。
風は無害を装って少女二人に接触し、情報を引き出した上で心愛を惨殺した。
このとき、心愛が飲んでいたミネラルウォーターの中身がぶちまけられる。
次いでこちらの少女も殺害したのだが、その前にダイイングメッセージを遺された挙句、身体の陰にあったために見落としてしまうという失態を犯す。
そして血の足跡にも気付かぬまま駅から立ち去った――という流れだ。

筆跡から偽造だとバレる心配はまずない。
龍之介はこれまでの"観察"の成果から、死に直面した少女がどんな風に文字を綴るのかも"理解"している。
精神的な動揺のせいで筆跡が乱れるのが当然であり、本来の筆跡を真似る必要はないのだ。
文字のブレ具合をそれらしくすれば事足りる。

心愛のカードを回収したのもこの偽装工作に繋がってくる。
ベンチの死体は全てのカードを失っていて、心愛の死体は全てのカードを持ったままだと、後で駅に来た連中に両者の死が別件だと誤解されかねない。
どちらか片方からはカードを奪い、もう一方からは奪わないというのはいかにも不自然だからだ。
もちろん、二人が合流した時点で片方は既にカードを失っていたという正しい推理をしてもらえるかもしれない。
だが、できることなら確実に風を危険視してもらい、容赦なく排除に向かってもらいたいところである。

「足跡よし。遺言よし。あの子の足跡はハッキリ見える。これで万全っと」

急拵えの偽装工作だが存外うまくいった。
龍之介はベンチの下にサインペンと蓋を転がしてから、倒れ伏したままのリタの元へと戻った。

「もう起きてもいいよー」
「……まったく……顔に似合わず乱暴なのね」

むくり、と当然のようにリタが起き上がる。
風に投げつけた最大の嘘がこれだ。龍之介はリタを殺してなどいなかった。
首を締めた直後に呟いた囁きは、「ハッタリで追い払うから。死んだフリして」という耳打ちであった。
打ち合わせナシのアドリブ芸だったが、リタも見事に合わせてくれたことで、思惑通りに風を追い払うことができた。
実のところ、ハッタリに説得力を持たせるため割と本気で首を絞めていたのだが、手元が狂って本当に絞め殺してしまうことはあり得なかった。
長時間かけて殺人を味わい尽くすためには、必然的に『なるべく殺さずに傷めつけ続ける技術』が求められるのだから。

「ごめんってば。あんな感じでハッタリ効かせるしか思いつかなかったんだって」

感謝の気持ちを込めながら謝り倒す。
あの場を凌げたのはリタの『名演技』あってこそ。
下手な演技では容易く見抜かれていたかもしれない。

「まぁ、結果が伴ったのならいいんだけれど……あら? 心愛の頭は……?」
「んー? あれ、そういえば……」

ごく自然な流れで白を切る。
クーラーボックスが支給されていたことは、リタはおろか心愛にも教えていない。
最初から『いずれ死体の部品の運搬に使おう』と考えていたからだ。
頭の確保もリタが死んだフリを続けていたのを確かめてから実行に移している。
心愛の頭を閉じ込めた黒のカードは、龍之介の懐で作品に昇華される瞬間を待ち続けるのである。

「……ねぇ、リュウノスケ」

ホームに電車が近付いてくる。
長居は無用だ。いつ風の気が変わらないか知れないのだから、駅に居座り続けるのには危険が伴う。
あの電車が停まり次第さっさと乗り込んでしまおう。

「フウって子に言ったこと、本当に嘘なんでしょうね」
「もちろん。当然でしょ」

リタへの返答に嘘はない。
趣向は違えど殺人を犯すつもりではある、という点を隠しているだけで。
とはいえ、これで誤魔化しきれたとは到底思えない。
緊急事態であっても普通の一般人は死体の首を切り取ったりできないだろう。
『アイツは死体慣れしている。只者ではない』程度の疑いは抱かれていると考えるべきだ。
風に対するダメ押しのパフォーマンスでもあったのだが、少しばかりやり過ぎたかもしれない。
それもこれもうっかりテンションが上がり過ぎてしまったのが原因だ。

「(まぁいいや。収穫もあったことだし)」

突然の襲撃は瞬く間に二人の命を奪い、龍之介からは貴重な創作機会を奪い去った。
それ自体は間違いなく災難だ。恨み言のひとつやふたつは許されるに違いない。
しかし、得る物はあった。何物にも代えがたい『確信』だ。

「(リタちゃんってば、本当に死体だったんだなぁ。スゲェ面白そう)」

首を絞めたときに確信に至った。
あの温度、あの弾力、あの質感――リタの肉体は間違いなく死んでいる。
何十体もの死体を弄んできた龍之介の経験がそう告げていた。

好奇心と探究心が止め処なく湧き上がってくる。
動く死体はどれだけ損壊させれば再び死ぬのだろうか。
それとも死体を動かしている不可思議な力が途切れるまで傷めつけることができるのだろうか。
こんなにもインスピレーションを刺激されたのは何時ぶりだろう。

この瞬間、龍之介は心に決めた。"殺すために守ろう"と。
動く死体の死を味わい尽くすその瞬間まで、何が何でもリタを守り抜こうと。
今はダメだ。ここではまだ殺せない。最良の場所と最良の器材を用意してからでなければ勿体無い。


それはさながら、唯一無二の素材を死守せんとする芸術家のように。


    □  □  □


結論から言うと、二人を雨生龍之介の魔手から逃がす試みは予想外の横槍によって水泡に帰した。
完全に事故だった。無関係な第三者の手で殺されてしまったのではどうしようもない。
リタは心愛と名も知らぬ少女を哀れみながら、今後のことを考えようと思考を切り替えた。
彼女達のことは残念だが、いつまでも引きずっているわけにもいかなかった。

「…………」

電車という乗り物に揺られながら、向かいの席に座る龍之介に目を向ける。
何故か妙に上機嫌なのが気持ち悪い。
リタはこの男の素性に関してある程度の"あたり"を付けていた。

どのような社会で生きてきたのかは知らないが、雨生龍之介は人殺しだ。

威嚇のためとはいえ迷わず死体を損壊した迷いのなさも、痕跡を誤魔化す手際の良さもそれを示唆している。
数ある状況証拠の中でリタが最も重要視したのは、ハッタリのためと言って首を絞められたときだった。
――あまりにも迷いが無さ過ぎた。
一説に、人を殺すときの罪悪感は殺害手段のリーチの長さに応じて増減するとされている。
飛び道具は罪悪感を感じにくく、槍や剣は素手よりはマシで、素手で直接締め上げるのは最悪中の最悪という理屈だ。
どこまで信用できるのか知れたものではないが、何の躊躇いもなく絞殺の真似事ができるのは尋常ではあるまい。

「(……まぁ、それ自体は別にいいんだけど)」

人を殺すのに慣れているというだけでは糾弾には値しない。
戦乱で慣れざるを得なかっただの、自衛のため賊徒を殺しているうちに身につけただの、納得せざるを得ない理由はいくらでもある。
そうでなくとも――仮に職業暗殺者や快楽殺人者であったとしても、ネクロマンサーである自分が偉そうな口を叩けるかどうか。

「(問題は、これから先も役に立ってくれるかどうかね)」

先刻まで、リタは龍之介のことを純然たる脅威と見なしていたが、今は少しだけ評価を上げていた。
風を言いくるめて生き延びるだけなら、龍之介はリタを生かしておく必要などなかった。
余計な演技などさせずに首を締めあげて――それでゾンビが死ぬかはともかくとして――殺してしまえばよかったのだ。

龍之介は多少のリスクを負ってでも自分を生かそうとしている。
それだけは間違いないと断言できる。

どうして死なせまいとするのかを考えると、やはり悪趣味極まりない理由しか想像できないのだが、それはそれ。
利用できる限りは利用させてもらうだけだ。
幸いにも、アスティオンを始めとするこちらの手の内は一切知られていない。
それどころか、直接的な戦闘能力の点では既に龍之介の底が見えている。
恐らく風とまともに争ったら一瞬で斬り捨てられていた程度だろう。だからこそあんな奸計を用いたのだ。
自分一人でも抵抗の余地は充分にあるし、カイザルやファバロと合流できれば、万が一のときにも容易く対処して貰えるようになる。

「(それなら……今は一緒に動いておいてあげるわ……)」

ゾンビにしてネクロマンサー。
シリアルキラーにしてサイコキラー。
濃密な死の気配を漂わせた二人は同じ旅路を進み続ける。
互いが胸に抱く思惑を知らぬままに――









【保登心愛@ご注文はうさぎですか? 死亡】
【入巣蒔菜@グリザイアの果実 死亡】










「――リュウノスケ。ラビットハウスは南にあるのよね」
「そうだよ?」
「この電車、西に向かっているみたいなんだけど」
「そうだよ?」
「……………………」
「南行きの電車が来るの待ってたら、さっきの子が戻ってきちゃうかもしれないじゃない。
 それに他の連中が駅に来て、オレ達がヤッたんだーとか誤解されても困るし。とにかく手近な電車に乗るのが一番でしょ」
「乗り間違えた言い訳じゃないでしょうね」
「アハッ、ひょっとしてオレって信用ない?」
「あるとでも思っていたことが驚きよ」
「うわ、真顔でそれ言っちゃうか。オレだって傷つくことくらいあるんだけどなぁ」


――どことなく楽しげに見えるのは、きっと何かの錯覚だろう。

【C-6/駅周辺/一日目・朝】
【犬吠埼風@結城友奈は勇者である】
[状態]:健康、優勝する覚悟、精神的消耗
[服装]:普段通り
[装備]:風のスマートフォン@結城友奈は勇者である
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(39/40)、青カード(39/40)
     黒カード:樹のスマートフォン@結城友奈は勇者である、IDカード、キュプリオトの剣@Fate/zero、村麻紗@銀魂、罪歌@デュラララ!!、不明支給品0~2 枚
     犬吠埼樹の魂カード
[思考・行動]
基本方針:樹の望む世界を作るために優勝する。
   0:駅周辺で少しだけ休息を取る。
   1:南下しながら参加者を殺害していく。戦う手法は状況次第で判断。
[備考]
※大赦への反乱を企て、友奈たちに止められるまでの間からの参戦です。
※優勝するためには勇者部の面々を殺さなくてはならない、という現実に向き合い、覚悟を決めました。
※東郷が世界を正しい形に変えたいという理由で殺し合いに乗ったと勘違いしています。
※村麻紗と罪歌の呪いは、現時点では精霊によって防がれているようです。




【C-5/電車内・海上/一日目・朝】
【雨生龍之介@Fate/Zero】
 [状態]:健康、軽い興奮状態
 [服装]:普段着
 [装備]:手術用のメスやハサミ(現地調達)
 [道具]:腕輪と白カード、赤カード(9/15)、青カード(8/15)
     黒カード:ブレスレット@Fate/Zero、クーラーボックス(首入り)@現実、ライター@現実、携帯ラジオ@現実 、医療用具(現地調達)
[思考・行動]
基本方針: ラビットハウスを目指して心愛の友達を探す。
   1: リタに対する強い興味と執着心。
   2: 旦那ともいずれ合流し、作品を見てもらいたい。
   3: 心愛と心愛の友人で作品を作り、“お茶会”を開く。
   4: 作品を延命させる方法を探す。
 [備考]
  ※キャスターが龍之介の知る青髭ということに気付きました。
  ※心愛の友人に関する情報を得ました。
  ※クーラーボックスの存在は他人には伏せています。


【リタ@神撃のバハムートGENESIS】
 [状態]:健康
 [装備]:なし
 [道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/15)、青カード(10/15)
    黒カード:不明支給品0~2枚(本人確認済)、アスティオン@魔法少女リリカルなのはvivid、具@のんのんびより
 [思考・行動]
基本方針:カイザルとファバロの保護。もしカイザル達がカードに閉じ込められたなら、『どんな手段を使おうとも』カードから解放する
   1:カイザル達の捜索。優先順位はカイザル>ファバロ
   2:龍之介を警戒しつつ利用して人探しをする。手始めにB-2駅周辺から。
   3:繭という少女の持つ力について調べる。本当に願いは叶うのか、カードにされた人間は解放できるのかを把握したい
   4:アザゼルは警戒。ラヴァレイも油断ならない。
 [備考]
 ※参戦時期は10話でアナティ城を脱出した後。
 ※心愛の友人に関する情報を得ました。


【支給品説明】
【クーラーボックス@現実】
雨生龍之介に支給。
バッテリー搭載タイプで丸3日は温度を維持できる。
中に物を入れたままカードに戻すことも可能。
ただし腕輪は例外(収納は可能だが入れたままではカードに戻せない)


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079:こんなに■■なことは、内緒なの 保登心愛 GAME OVER
079:こんなに■■なことは、内緒なの 入巣蒔菜 GAME OVER
079:こんなに■■なことは、内緒なの 雨生龍之介 109:二度殺された少女たち
079:こんなに■■なことは、内緒なの リタ 109:二度殺された少女たち
098 :誰かの為に生きて 犬吠埼風 124:黄金の風