墜落する悪 ◆gsq46R5/OE
電車が停まった。
地図が示すのはG-6――所謂市街地。
使う価値もない男を殺してから、どれだけの時間が経ったろうか。
人を直接的に殺めるのはさしもの伊緒奈……もとい、ウリスも初めての経験だった。
しかし、感慨は特にない。
壊す価値もない、面白味に欠ける退屈な男。
既に、彼の名前すら半分忘れかけている。
したたかにも、彼が世間話として聞かせてきた『知り合い』の情報についてはある程度記憶していたが。
「ラビットハウス、ゲームセンター、万事屋銀ちゃん……か」
ゲームセンターはまだ分かる。
ラビットハウスとは、しかし一体どのような施設なのだろうか。
名前通りに受け取るなら近頃流行りの動物喫茶か何かを思わせるが、いずれにせよ施設の営業形態に意味はあるまい。
伊緒奈が注目していたのは残る一つ、『万事屋銀ちゃん』だった。
殺した男――長谷川だったか。兎角、その彼が語って聞かせてくれたのを伊緒奈は記憶している。
彼によれば『銀さん』なる、相当腕の立つ男が経営しているという。
万事屋というからには便利屋紛いの真似をして生計を立てているのだろうが、重ねて言うがそこはどうでもいい。
重要なのは、そこを指標として参加者が集う可能性が非常に高いこと。
少なくとも、長谷川の知り合いたちは少なからず此処を目指すのではないかと伊緒奈は踏んでいた。
「目指すだけの価値は十分にありそうね」
彼と顔を合わせたと言えば、ああいった間抜けな男の同類ならすぐに信じ込むに違いない。
嘘とは、多数の真実の中にほんの僅かな虚偽を含めることでこそ信憑性を増していくもの。
『長谷川泰三』という男に会い、情報を共有したのは真実だ。
無論殺したことは偽るが、そこ周りの理由はどうとでもこじつけることが出来る。
こうして狡猾に取り入ることで手札を確保し、アドバンテージを積み重ねていく。
それは殺し合いのみならず、カードゲームにおいても基本と呼べる戦術だ。
ひとまず近場のラビットハウスからゲームセンターと施設を渡りつつ、万事屋を目指す。
伊緒奈は取り急ぎの方針を定めると、その懐から取り出した一枚の黒カードを使用した。
ごとり――重量感を伴って伊緒奈の手元に現れたのは、可憐な少女の外見に似合わない『凶器』だった。
サブマシンガン。
正式名称をイングラムM10。
伊緒奈に無価値に殺された男が遺した支給品である。
武器があるということを売りの一つとして協力を提案してきただけはあり、伊緒奈の予想以上に強力な品物。
多少厄介な相手を直接抹殺しなければならない状況に立たされても、これならば問題はない。
瞬きをする間もなく引き金一つで終いだ。
尤も、あくまで使うのは万一の時だけ。
武器の性質上これで殺すのは非常に目立つ上、伊緒奈自身、自らの手で殺めるのは趣味ではないのだ。
不要となった『手札』を切る時も、極力は別な手段に頼った方がいいだろう。
しかしそれでも、役に立つ代物であるのは確かだ。
「本当に何の価値もないクソッタレだったけれど、ほんの少し程度は役に立ったわ」
きっと、あと数時間もすれば忘れてしまうような下らない男。
長谷川泰三というクソッタレに、伊緒奈――もといウリスは心の中で少しだけ感謝した。嘲笑混じりに、ではあるが。
このような大仰な物を持っていれば、当然疑われる可能性はある。
しかし彼女はそれを承知した上でなお是としていた。
怯えて逃げ惑うような輩を安堵させる話術も、取り入る術も心得ている。
むしろ好都合でさえあった。浦添伊緒奈の体を操るルリグにとっては。
駅を離れ、歩き出す。
この広大なバトルフィールドに胸の内を湧き立たせながら。
「そこの小娘。止まれ」
だが、伊緒奈の一歩は空中から響いたよく通る声音によって妨げられた。
上方という不可解な位置からの声に、反射的にその方向へ視線を向ける。
すると、どうだ。
そこには不敵な笑みを口元へ浮かべ、伊緒奈を睥睨する青年の姿がある。
――その背から生えた二枚の羽で宙へと舞い、見下したような瞳でそこにいる。
「何かしら、貴方」
「フン、答える義理はない。貴様はただ、俺の命令へ従えばいい……そうすれば取って食いはしないぞ?」
「あら、そう」
動じた様子のない伊緒奈に、上空の悪魔は僅かに眉を顰めた。
見たところ、あれは明らかに人間ではないようだが――中身は所詮人の延長線上に過ぎない。
小娘に肩透かしの反応をされて苛立ちを覚えるような、典型的な小物だろうと伊緒奈は思った。
「……貴様の手にしている、その武器だ。それを俺に渡せ」
「まさかだけど……タダで寄越せとでも言うつもり?」
「ハッ、決まっているだろう。そこな小娘、ましてや人間風情が持つよりは、俺が持った方が余程有意義だろうさ」
「…………、」
浮かびかけた失笑を堪えるので必死だった。
どうやらあの様子を見るに、この男、本気で言っているらしい。
女性蔑視に人間風情などという言い回しも、全てが月並みだ。
当然、伊緒奈にはみすみす武器を手放してやるつもりなど欠片もなかった。
手札として使えるか否かを考えないわけでもなかったが――無駄そうね、と切り捨てる。
この手の直情的なタイプは、戦力がいかに頭抜けていても手駒としては落第点だ。
それに、伊緒奈は彼の下へ遜るつもりなど毛頭ない。
「どいつもこいつも………………わね」
「なに?」
怪訝な顔をする青年。
伊緒奈の身体能力では、宙を舞う相手を殺すことは出来ない。
だが、その為にこれがあるのだ。
イングラムの筒先を向け、酷薄に伊緒奈は嗤った。
「使えないって言ったのよ」
●
悪魔……アザゼルは、二枚の羽をはためかせて会場の上空を飛行していた。
その片手で掴んでいるのは、意識を失い昏倒している黒髪の少女。
他ならぬ、浦添伊緒奈その人であった。
「人間の割にはいい度胸だったがな。しかし、相手を見るべきだった」
伊緒奈が銃口を向けた瞬間、アザゼルは即座に動いた。
銃口を合わせてから、引き金を引くまでの間には若干の時間がある。
そしてそれだけの間隔があれば、悪魔である彼が伊緒奈の背後を取るには十分だった。
怪我と魔力の消耗で弱っているとはいえ、彼は人外の生命体だ。
少女一人を相手に不意を突くぐらいのことは朝飯前。
背後に回り、彼女が振り向くより早く手刀を打ち込み気絶させた。
それで終わり。彼は斯くして不覚を取ることなく彼女の支給品を獲得し、今に至る。
当然、今の彼には伊緒奈を文字通り裁量一つで殺すことが出来るのだが……
「そら、運否天賦よ」
そも。アザゼルが伊緒奈へ接触して武器を奪おうとした理由の最たるところが、前述した力の衰えだ。
傷が癒えれば自動的に回復する程度のものであれ、それでも不快な障害となることに変わりはない。
そして、その状況でもしもあの忌まわしき聖女や、悪魔にも匹敵する力を持った参加者と出会しでもすればどうなるか。
語るまでもない。そこで彼は、不本意ながら武器を集め、その力に頼ることにしたのだった。
首尾よく強力な一品を手に入れ、彼は今上機嫌だ。
だからこそ、確実に止めを刺すのではなく、運などという不安定な概念へ結果を委ねるような真似をする。
享楽的に――悪魔じみた娯楽の一環として。
伊緒奈の体を上空から、地上へ放り捨てた。
打ち所が悪ければ死ぬだろうが、逆もまた然りである。
地へと墜落していく悪女の姿を見納めれば、悪魔は興味を失ったようにその場を飛び去っていく。
【G-4/アナティ城周辺/1日目・早朝】
【アザゼル@神撃のバハムート GENESIS】
[状態]:ダメージ(大)、飛行中
[服装]:包帯ぐるぐる巻
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
黒カード:不明支給品1~3枚、イングラムM10(32/32)@現実
[思考・行動]
基本方針:繭及びその背後にいるかもしれない者たちに借りを返す
1:借りを返すための準備をする。手段は選ばない
2:ファバロ、カイザル、リタと今すぐ事を構える気はない。
3:繭らへ借りを返すために、まずは邪魔となる殺し合いに乗った参加者を殺す。
[備考]
※10話終了後。そのため、制限されているかは不明だが、元からの怪我や魔力の消費で現状本来よりは弱っている。
※繭の裏にベルゼビュート@神撃のバハムート GENESISがいると睨んでいますが、そうでない可能性も視野に入れました。
そして。
彼の言った通り、運否天賦の懸けに勝利し――浦添伊緒奈は生きていた。
地面の柔らかい部分に墜落したことでクッションとなり、致命傷にはならずに止めている。
だが、彼女が目を覚ますのはもう少し先の話だ。
心を壊すことを生業とする彼女が目を覚ました時、その目の前にはいかなる光景があるのだろうか――
【浦添伊緒奈(ウリス)@selector infected WIXOSS】
[状態]:気絶、全身にダメージ(大)
[服装]:いつもの黒スーツ
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
黒カード:うさぎになったバリスタ@ご注文はうさぎですか?
ボールペン@selector infected WIXOSS
黒カード:長谷川泰三の不明支給品0~2枚(武器が他にあるかどうかは不明)
[思考・行動]
基本方針: 参加者たちの心を壊して勝ち残る。
0: ………………。
1: 使える手札を集める。様子を見て壊す。
2: 使えないと判断した手札は殺すのも止む無し。
3: 蒼井晶たちがどうなろうと知ったことではない。
[備考]
※参戦時期は二期の10話で再び夢限少女になる直前です。
※E-6の川底に長谷川泰三の死体が沈んでいます。
支給品説明
【イングラムM10@現実】
長谷川泰三に支給。
アメリカ製の短機関銃。小型であるためマシンピストルに分類されることもある。
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最終更新:2015年09月19日 22:38