神威純潔(かむいじゅんけつ) ◆KYq8z3jrYA

陽の欠片も見当たらない時間帯。
鉄をぶつけたような大きな音が街中に響いていた。発生源は暗闇を照らすように白い服装をして線路の上を走る女。
体のラインを隠そうともしない服を着た女は、踏み抜く足音を気にもせず東へ向かっている。
東へ、東へ。足取りに迷いはなく、かつ尋常ではない速度で闇を駆ける。

前髪に入った赤いメッシュ。髪を切るのが面倒なのか肩にかかるまで伸ばしきった黒髪。端正とも言えるだろう顔はひたすら前を見つめていた。
女を表す全体的な象徴は白。白い生地に青い装飾が入った服。穢れなき純白……とは全く別の、襟の眼の模様が一層異質さを引き立たせている。
下には服と同じ装飾のブーツ。それを目視出来ない程の速さで交互に動かしており、女が去った後の線路には何事もなかったように残らない。
その姿は日常とはかけ離れた異常というべき存在だと誰もが気づいてしまう。
獰猛な表情を隠そうともせず周囲に自分の存在を主張させているのは一体何の為であるのか。
女と同じ道に踏み込んでいる者ならば、殺気をばら撒いている事が分かっていたであろう。
纏流子は力強く足を踏み抜き、目的地である駅へ進む。恐らく、人の集まるであろう駅へ殺戮の手を伸ばすために、純白の服を血に染めようと更に加速する。
そこには神衣鮮血を着ていた彼女は居らず神衣純血を纏った纏流子がいた。

羅業と針目縫の策略によって神衣純血を着させられた纏流子が、繭による主催のゲームに否応なしに巻き込まれてから一時間と少し。人が消えた街を彷徨い彼女はここまで参加者の誰とも会わなかった。
苛立ちが彼女を支配していたがある事を思いつき、こうして電車を使わずに直接線路の上を走っていた。
理由とは“広い舞台を闇雲に探すより移動手段として駅を利用する者は多いだろう” という判断のもとである。
では、進行上に電車が来てしまったらどうするのか。回答は単純で“電車ごと叩き潰す”
どう考えても不可能と思えるが神衣純血の力を持ってすれば、途端に可能となる。
道を遮る者は何であろうと破壊して取り除く。それが纏流子のバトル・コロシアムでの指針。
後、数分もすれば駅が見えてくるであろうか。参加者がいれば、そこで繰り広げるのは一方的な蹂躙に他ならない。
生命繊維を限界まで引き出した纏流子は何者もを凌駕する。体の中から溢れ出る力が彼女を包み込み、神衣鮮血を纏っていた頃より圧倒的な実力を持つ。
故に、敗北などあり得ないことは一寸も考えず、纏流子は行く。

そして、現在地はC-6の駅のホーム近く。近年では珍しい一両編成の鉄道。
ただ真っ直ぐに線路上を進んでいた流子の視界に映ったものは遠くに微かに見える列車後部。
追いかけるか、と加速の姿勢を取ろうとした瞬間に改札口より先から何かを叩くような音が聞こえてきた。
数秒だけどちらを取るか迷ったが、改札口の先の方で女の声が続いた事によってそちらを選択した。
列車の方は移動手段に使う者がいるというだけの情報で満足する。これで纏流子の狩場は広がり、スムーズにこの椅子取りゲームを制する事が可能となったのだ。

さて、方針が決まったのならすぐに行動を起こさねばならない。
薄暗いホームに降りて狭い改札口を抜けると夜の闇が纏流子を迎える。
辺りを見回すとすぐに音の発生源であろうと思われる者を見つけた。

ーーそれはベンチに寝転がっている少女の姿だった。






ゲームの宣言から時計の短針が一つ進んだ頃。バス停前の駅の黄色いベンチに一人の少女がいた。
大きめの真っ赤なリボン。黒色の線が入った白色の襟に襟濃紺のスプライトスカート。クルリとした丸い目。保護欲を生じさせる小さな体躯。
茶色の髪は高く左右に縛ってある。が、癖っ毛は纏まりきれていないのか縛った先先から飛び出ていた。
柄の違うニーソックスとスカートの間から白い肌が覗かれる。だらりと力を抜いて座っている姿は無防備という他はない。
身長と容姿は一般的から外れているやも知れないが、それを除けばなんら特別なことはない学生の少女。

少女の名前は入巣蒔菜という。

ばたばた、そんな音が鳴るような動作で入巣蒔菜は足を揺らす。

その姿は非常に小さな明かりによってぼんやりと影をなしている。深夜の駅で少女がベンチに一人。見る人が見れば怪奇の一旦として広まるだろうか。もしくは家出少女か。
お家に帰りたいのよ。呟き、足を振る行為に疲れたのかベンチの横になる。それもまた無防備極まりなかったのだが理解している様子はない。
時が止まったかのような静けさの中は睡眠に最適なのだがそんな場合ではなかった。鉛のような動作で直ぐに起き上がった彼女は、うーん、と難しい顔をする。

『少女』の説明は最後まで聞けなかったが、その意味は正しく自分でも理解は出来た。ここは殺し合いのための場所で参加者が呼ばれたのは人と人を争わせるのが目的。
彼らを連れてきた“方法” など知る由もなく、考えたところで答えは出ないので保留。
バトル・ロワイアル。たくさんの人間を集め衝突させる。最後の一人になった者には何でも願いを叶えるという。
しかし、だ。彼女がその最後の一人になることは恐らくないだろう。理由なんて簡単 “なんの力のない自分が殺し合いで生き残れるはずが無い”
例えば今、ベンチに座っている彼女にゲームを肯定する参加者が襲いかかってきたら、なす術もなく命は尽きてしまうかもしれない。
それこそ障子紙のように……とまではいかないが、どちらにせよ扱い慣れた人物に銃など向けられようものなら、素人では対応など出来はしない。
確かに入巣蒔菜は風見雄二から護身術の心得を教えて貰ったが、あくまでも身を守る程度でしかないことは自身でも分かっていた。
無力な存在。ネギを背負った鴨。まさに彼女はその言葉を体現するに相応しい。

入巣蒔菜はベンチに腰を預けて重たく息を吐く。

『少女』は他にも言っていたような気がするが眠かったのでよく覚えていない。
というか、初めの方で寝てしまっていた。白のカード説明までの記憶はあるのだが、それもうろ覚えである。
首を動かし視界に映ったのは腕に嵌められている腕輪。白のマスターカードは基本とする情報を埋め込んだもの。
試しに“明るくなれ” と言ったところ、腕輪からゆっくりと静かに光が湧き出した。
暗かった周囲が闇を食い、見るも間に白く染まっていく。光に虫が寄ってくるように、人も引き寄せられる事など知れず発光を続ける。
驚きがしばらく続きドキドキと鼓動が鳴る。年頃ゆえ何にでも興味を持つ彼女は止まらない。
ベンチの上に置いてあった赤のカードを手に取って利き手で腕輪を擦り付け願う。

「チュパカブラス出てこい、チュパカブラス出てこい、チュパカブラス出てこい」

赤いカードから出てくるのはチュパカブラスではなく食べ物で、腕輪を擦る必要もないのだが勘違いしているのか気にせず続ける。
どうやらルールを聞いていなかったようで得た知識に穴があるようだった。
彼女が呼び出されたのはお昼寝の最中だった。眠くて眠くて仕方のない中、くどくどと話を聞かされれば逃げるように意識を手放してしまうことは仕方のないこと。
今も半目で頭を揺らしながらも起きていようと頑張っている。その努力をここからの移動に使う思考は持ってはいなかった。
そろそろ腕が疲れたのか擦る手を止めると、一言。

「壊れているのかもしれないな」

勿論、カードは壊れてなどいないのだが彼女の中では決定事項らしい。不満そうな顔をしてベンチを叩く。

「これでは残りのカードはゴミか」

入巣蒔菜は手元にあるカードを捨てようとした瞬間止まった。
ひょっとしたら赤いカードだけが壊れているかもしれない。実際に白いカードは壊れておらず明かりが付いて起動した。ならば可能性はある、と考える。
ならこれはもういらん。そう言って、不要になった赤いカードは捨て、黒いカードを持って腕輪を擦り願う。

「ネッシー出てぉこい、ネッシー出てぉこい、ネッシー出てぉこい」

アレンジを加えたつもりなのかゆっくりと言葉を出していく。
ネッシーは出てこなかったが入巣蒔菜の前には見知った物があった。熊にも犬にも見える煌びやかな装飾を施されたそれはポーチと呼ばれる小型のかばん。
ポーチには各々の顔のパーツをキラキラとしたラインストーンで貼り付けてある。目や鼻の周りを囲むように小粒のピンク。耳にも大きめのピンクのラインストーン。
口元に取り付けた舌。包帯を巻いたような白い生地。チャックの開け閉めの場所には牙のようなもの。
その正体とは、アルゼンチン北東部に生息する後ろ向きに走るという別名プッシュドッグことヤブイヌのポーチである。
不可思議な現象に彼女は目を白黒とさせるが、非常に眠く細かいことは気にしなかった。
ともあれ、愛用していたポーチが戻ってきた嬉しさは眠気を多少は取ることが出来たのか、バタバタと足を振る。

「なんだこりゃ」

浮かれ喜んでいた彼女は、そこでポーチの横にもう一つ何かが出ていたことに気がつく。
傘である。正確に言うならば紅紫色の日傘。地面に突き刺す大型の物ではなく、雨を避ける用途に使う物でもない。なの通り、日を遮るためにある傘。
持ち上げようと手にするがほんの少ししか浮き上がらない。
重たいんじゃ、ぼけぇ。罵る声も力は出ず傘を手放す。握っていた手は赤く染まっていた。
ポーチを腰に巻き、さて、この役立たずの傘はどうしてやろうかと悩む彼女だがそこで限界が来た。

「仕方ない。ヤブイヌだけで我慢してやるか、ふぁ~~」

やはり眠気には逆らえないのか入巣蒔菜は両腕を下げ再度ベンチに横になる。
年端もいかない少女ともなれば明日に備え布団に入って寝る深夜帯。
チクチクとした芝生でも彼女は良かったのだが、生憎とここには彩りのない灰色しかない。
この場を移動しないのは、危機感の意識のなさと体が眠りを求めていてとても重たいから。
じゃあ、お休み。そんな言葉を残して意識は闇に落ちていくーー

寸前、影が出来た。

「いよぅ」

非常燈の明かりを遮る形で彼女の視界に現れたのは少女。

飛びっきりの笑顔で入巣蒔菜に死の宣告をしにやってきた白い悪魔。




突然に現れた少女は真上から入巣蒔菜を覗き込んでいた。
白い服装をしており布で隠している面積の方が多いのだが、肌色の露出部分がそれを裏返している。
表情は恥ずかしがっている様子はないのか笑みを浮かべながら入巣蒔菜を見ている。
まぁ、趣味は人それぞれだよねぇ。彼女は閉じていく意識の中で思い、瞼は下りていくーー

「寝んじゃねぇ!」
「ひゃあっ」

大声を出され飛び上がり、そのままベンチから転がり落ちて冷たいアスファルトの床を回る。
ぐるぐると、列車と化した入巣蒔菜はやがて白い何かに止められる。ちらりと見上げると、そこには黒い笑みから一転、眉を寄せて面倒そうな表情をした白い少女。

「もぅ」

このまま返事しないでいたら蹴られるかと思ったのか、蚊のような小さい声でしぶしぶ仕方なしといった具合に入巣蒔菜は少女に声をかける。
輪にかけて人見知りが激しい彼女は、普段の陽気さとはうってかわって他者に対して表現を著しく低下させる。
この場に限ればただ眠いから、という理由からでもあるかもしれない。
兎も角、少女の問いに対して反応して答えた。振り上げようとした足を止めて纏流子は大きく舌打ちをする。

「おいおい、こんな馬鹿みたいなやつらばかりなのかよ」

とんだ期待外れじゃねぇか、と纏流子は言う。
期待外れの部分は何を言っているのか分からなかったが、馬鹿という言葉の意味は入巣蒔菜には理解出来た。
慣れた友人ならば彼女は口悪く言い返せたものの、相手は初見の人。ので、ベンチから落ちたまま立ち上がらず、顔を地面に伏して入巣蒔菜は動かず。
それに人が気持ちよく寝ようとしているところ、わざわざ耳元で大声を出していた事から察するにきっと悪意ある人で、
仲良くなれそうもなく服の趣味も合いそうにない。と纏流子に対する対応を彼女は決めていく。

「ま、それはそれで楽でいいか。モブが何人掛かろうと構いやしねぇ。それだけ優勝も近くなるっていうなら歓迎するぜ。で、だ。まずはカードを全てよこせ」

横暴にして上から目線。初めて会う相手にこうも威圧しているのは、ここがバトル・ロワイヤルならば自然なことかもしれない。
カードは参加者にとって生命線と言っても過言ではない物であるのだが、入巣蒔菜にとっては
不要な物でしかなく元々捨ててしまったカードの所有権は誰の物でもなかった。
赤のカードは壊れて、黒のカードは持てやしない傘一つと既に所持済みのヤブイヌポーチ。青のカードに未練はあったが、逆らうと大変な事になりそうなので我慢。
さっきまでいたベンチに置いてあるカードと地面に落ちている赤いカードを指す。
もちろん、顔を上げないまま。

簡単に手放すことに纏流子は首を傾げたが、どうでもいいかとベンチに向かいカードを拾う。
彼女としては別に殺してから奪っても良かったのだが(というか、そうするつもりだった)少女を見て気がそれてしまった。
赤、青、黒。合計6枚のカードを手にして、煮えたぎっていた体の中の熱が冷めていくのを感じる。
それは鮮血を着た纏流子だった頃の戦いの記憶が微かにだが残っているのかもしれない。

「これは傘、か。こんなもんが支給品かよ。ついてねぇな」

カードと同じベンチに置いてある日傘を見て纏流子は同情するような声を出す。

「こんなんで勝てると思ってんのか。あたしを殺すつもりなら、少なくともこの世にある全ての武器でも持ってこなくちゃ話にならねぇ」

日傘を手に取る事はなく入巣蒔菜を見る。

「これはありがたく頂いていく。それと、ここに来てから他の人間と出会ったか」

ふるふる。地面に顔を付けたままであるので、入巣蒔菜は体ごと否定の意味を込めて振る。
彼女はここで目を覚ましてからというもの、纏流子と出会うまではずっとベンチの上にいた。

「そうかよ、じゃあな」

唐突にーーいや、纏流子にとってカードも情報も得るものは得た。ならばもう入巣蒔菜に用はなく生かしておく理由などない。
本来なら流子の顔など見ることもなく命を散らしていた筈なのだ。それが何の気まぐれかここまで生きている。
けどそれももう終わり。時間切れ。ゲームオーバー。短い間だったが鼓動が鳴り自由に体が動かせる期間を伸ばせた。もっとも、最初から最後まで彼女は動かなかったのだが。
体に風穴を開けようと纏流子は入巣蒔菜に足を伸ばしていく。そうなれば、彼女はこのまま自分が死んだと気がつくこともなく生き絶えてしまうことだろう。
迷いなど欠片もなく一息で踏み抜こうとしてーー

後方に無視のできない存在を感じて振り返った。

「ーーああ、もう始まっていたのか。俺も混ぜてほしいな」

そこには、

傭兵三大部族の一つ、夜兎族の一人である男ーー神威がいた。




殺気を出している者が目の前にいる。ならば、やる事と言ったら一つしかない。

口火を切ったのはベンチにある日傘を手に取り神威に目掛けて投げた流子だった。
日傘は弾丸よりも早い速度を伴って迫る。常人ならば避けることなど不可能。『プロ』であっても反応など出来ず肉塊と化す。
戦えるレベルにまで持ち込むには、鬼龍院皐月のような天才か針目縫のような化物だけ。
傘は男を貫きアスファルトすら砕け散ることを確信してーー裏切られた。
神衣純血によって身体能力が飛躍的に上昇した流子が見たのは、小細工などなしでそのまま傘を受け止めた男の姿。挑発のつもりなのか日傘を手に笑みを浮かべて飄々としている。
肉体を一つも散らすことはなく、たった今投げた日傘を持って肩に担いでいたのだ。
顔が歪んでいくのが流子には分かった。少しは遊べる相手が出来たからか。胸に燻る炎は止まることをしらない。
今度はベンチの足を持ち再度投げつける。先ほどとは違うのはベンチを追いかけるように、後ろについて疾走していること。
今度は受け止めることはしないのか、一歩後ろに跳躍して傘を流子に構える。
それを向けられた瞬間、流子の頭の中に警戒のアラームが鳴り、アスファルトを思い切り横に蹴って進路変更。
瞬間、火花が散る。傘の先端から弾丸が飛び出し先程まで流子がいた場所を通り抜ける。轟音が響きベンチが砕け散る。バス停前に黄色いプラスチックの破片が降り注ぐ。

倒した勢いを止めないまま、弾丸の射線から守るためかバス停前から駅前入り口近くの駐車場に移動する。
白線に沿って止められた自動車が流子の姿を隠し、続く形で神威も入っていく。駐車場のスペースは然程広くはない。接触は時間の問題だった。
大型トラックの陰から奇襲を仕掛けたのは流子。硬く拳を握りしめ凶拳が振るわれる。大きく体を反らして攻撃を避けた神威は、一足跳びでトラックの上に立ち傘を構える。
二度目の弾丸が放たれた。しかし流子を狙ってのものではない。逃げるルートを遮るように弾はアスファルトに当たり跳ね返っていく。
それを何度か繰り返し、駐車場から飛び出した流子に神威は深い笑みを浮かべーー吹き飛ばされた。
神威の視界から外れ次第流子はすぐにUターンをして、迅速な動きで行動の選択を与えずトラックを蹴り飛ばしたのだ。
宙を舞うトラック。崩れる足場。これには神威も予想外だったのか、空へ無防備に体を晒してしまう。
絶好のチャンス。足の筋肉を収縮させ流子は空へ飛ぶ。蹴り上げたトラックを一度足場にして加速し、より確実に仕留めるため牙を剥く。

右の拳が胴体を貫かんと放たれる。が、左手で弾かれる。右がダメなら左の拳で心臓を穿つ。が、右手でいなされる。
凶器となった左足が真っ二つにせんと走る。が、空で思うように身動きが取れないにも関わらず、器用に体を曲げ避けられる。
追い討ちを掛けるように右足。が、同じように避けられる。ならばこのスピードに乗ったまま頭をかち割る。が、両足に首を取られ足場を与えてしまう
反撃とばかりにナイフよりも鋭い手刀が流子に迫るが腕を掴まれる。握りつぶそうとされる前に、ゼロ距離での傘による銃の乱射は間に合わない。
神威の手を掴み流子が思い切り投げ飛ばした為だ。きっちりと首を締めていたにも関わらず、強引な力によって振りほどかれた。
上空十メートル付近での攻防は共に無傷。だが、落下していく二人の目に殺意の色は消えてはいない。
トラックが駐車場のアスファルトに激突して遠くにまで響き渡る轟音が鳴る。その結果は当然のように他の車も巻き込んでいた。
直撃を受けてもはや人が乗ることなど出来ない小型車。周辺に散らばる鉄屑はバイクの部品だろうか。
車の窓ガラスが大量に割れた影響か、素足で歩くことなど出来ようもないガラスの破片がそこらにある。
鈍く高い音が鳴った。二人の着地の音だった。お互いに花が開くような笑顔をしていた。決して彩り豊かな花を咲かすとは限らないが。

「いけすかねぇな、その顔」

流子は呟く。返事を期待してのものではない。

「俺の流儀なんだ。これから死んでいく者に対して最後は笑顔でーー」

言葉は最後まで続かなかった。両者は立っていた車をバネにして同時に踏み込む。
乾いた音と共に二人の�茲に拳が叩き込まれる。どちらも口元は三日月に曲がっていた。破壊の衝動を抑えきれないのか、今も相手の顔をミンチにしようと力を入れている。
今この時、この舞台でどこまでも自由である二人は、殺し合いを加速させようと更に力を込める。
仕掛けたのは神威。拳を引き、片手に持つ傘をアスファルトに叩きつけた。トラックが落ちた轟音にも劣らずアスファルトが砕け散り破片が散らばる。
これは避けきれないと判断し流子は後ろに飛び退く。驚きが支配したのはすぐ後。飛び退いた流子を追っての追撃。
弾丸が流子を襲うその前に、転がっていたアスファルトの破片を拾い発射口である傘の先端に投げつける。小気味いい音がした直後、逸れた弾丸はあらぬ場所へと飛び散っていく。
しかし、向かって来たのは弾丸だけではない。弾切れなのか用済みになった傘を手放した神威は、いつの間にか流子の間近にまで踏み込んでいた。
その姿、まるで虎のよう。全身が地面に付いてしまいそうな姿勢から突き上げるように掌底。銃弾に意識を持っていかれていたとはいえ、反応する事が出来ず顎に喰らい仰け反る。
人体の急所を狙ったのであろう。重い脳震盪が流子を襲うが歯を食いしばり強引に抑えた。抑えられるものではないのだが、霞がかろうとしていた視界は戻る。
神衣純潔の力が影響を及ぼしているのだろうか。だが、そんなことはどうでもよく。こうして動ける体があれば問題はない。

「ふんっ!!」

続けて首を刈ろうと目の前にまで迫って来ていた手刀を叩き落として、流子は神威を見据える。
やはり笑っていた。このような状況にも関わらず、日常と変わらないような笑みでもって流子を見ている。
腹立たしい。この男を見ているといつでも余裕をこいてる鬼龍院皐月を思い出す。皐月をぶちのめす前に不幸にも下らない催しに呼ばれてしまったが、しかしそれも時間の問題だ。
幸いにも皐月も同じく巻き込まれている。ならば、モブ共々皆殺しにすれば一石二鳥で苦労も減る。
だからまずは目の前の男を殺してから初めて纏流子のバトル・ロワイヤルは始まる。�茲に一発、顎に一発、拳を食らった恨みも当然忘れていない。
なによりこのままやられて終わるたまではない。やられたらやり返す。それはどんなに頭を弄られて記憶を改ざんされていようとも変わることはなかった。
本気も本気。純潔の最大限の力を出そうとした瞬間、男は後方に引き構えを解いた。
何かしようとしている流子に恐れをなしたのだろうか。否、闘争本能の塊である神威が恐怖することなどあり得ない。
では、どういう意図で自ら退くような真似をしたのか。直前まで殺意は継続していた筈だ。
気にせずブチ殺せばいいと思ったが、あんなにも闘志をむき出しにしていた奴が戦闘の手を止めるのが、どうしてか気になった。
そうして場は固着状態に陥る。服に付いた埃を叩いて神威は口を開いた。

「どうやら、君は俺とは違うようだ」





殺意はある。それに対する熱意もある。しかし、夜兎族の血統を持つ神威から言わせてみれば目の前の女は偽物でしかなかった。
そう、偽物。まるで表面的な部分だけ入れ替えられたような、塗り替えられたような継ぎ接ぎだらけの紛い物。
殺したいほど憎らしい訳でもなく本能的に戦いを求めている訳でもない。この殺し合いならばどこにでもいる生き残りたいという意思がある。
しかし、核と呼べる物がそこにはない。気が付いたのは一分にも満たない戦闘の最中。いや、初めて見た時からだろうか。

惹かれ合うように出会った瞬間に小さな疑問が頭の隅を占めた。溢れ出る殺意が存在をハッキリとさせているのに、どこか浮いているような印象を持ったのだ。
確信に変わったのはついさっき。何を考えていたのかは分からないがほんの一瞬だけ殺意の方向性がぶれた。
目の前に己を殺そうとする敵がいるというのにだ。偽りの一切ない本物ならば命を捨てるような真似はしない。
凶暴で凶悪で自分勝手な自分と同じなのではないかと思ったが違った。凶暴で凶悪で自分勝手なのは違いはないのろうが、本質をどこかに置き忘れたような違和感がある。

しかし、そんな小さいことは自分を満足させてくれる人物ならばどうでもよかったのだが、少し興味が湧いた。
謂わば、この女は殻を被った状態だと推測する。それがヒビが入り本当の彼女が姿を現したならどれほど楽しめるのだろうか。
その結果、偽物の方が強かったのならそれはそれで仕方がない。しかし、幾たびも強者と巡り合ってきた感が告げるのだ。彼女はそんなちっぽけな存在ではないと。
そして、龍のような暴力的な殺意の矛先は一体どちらに向かったのか。この会場内にいるのならば是非会って殺し合いたい。
やりたいことは沢山ある。どれもこれも捨てる気など一切ない。だからこそ、今も疼いている本能を止めてまで選択をした。

交渉ごとは苦手だが食い込むであろう餌はあった。




流子には全く意味不明な言葉を呟いた後、神威は話を続けた。

「難しいことは面倒くさいから結論から言おう。俺と協力する気はないかな」

どんな話が飛び出すかと思いきや、手を組まないか、と言っている。一人しか生還は出来ないと聞いていなかったのだろうか。そんな間抜けな奴がいるのか。
余りにも期待はずれの言動に流子は落胆する。これ以上聞く意味はないと戦いを再開しようとして「まぁ、最後まで聞いてから判断してほしい」という言葉に不満を覚えながらも構えを解いた。
もう殺すことは決定しているのだ。男の物言いを真似て言うならば、“これから死んでいく者に対して最後くらい話をさせてやる”
隠そうともしない殺意に神威は苦笑いをして口を開いた。

「この会場に集められた参加者は70名だそうだ。これをどう見る」
「はっ、その程度の数、敵でもねぇな。あたしにとってはあたし以外は全員モブキャラでしかない。70どころか7000でも問題はないくらいだ」
「随分と大きく出たな。いや、君にとっては小さいのか」

そう、人間を遥かに超えた生命繊維で生まれた怪物、纏流子は最強だ。ひとたび手を振ればその風圧だけでも周りの物質は吹き飛び、拳を打てば戦艦だろうが何だろうが壊す力を持つ。
鮮血を纏った鬼龍院皐月だろうと純潔を纏った流子には手も足も出ないだろう。

「確かに、君の力なら可能なことだろう。深手一つ負うことなくゲームを制するかもしれない。だけど、同じような者がいないとは限らない」

殺し合いを楽に制し繭を殺し関わった者全てを皆殺しにして、元の世界に帰還をする。そんな目標も目の前の男の存在によって崩れ去った。
思えば銃弾に危機感を感じたのはどういうわけだ。今もなお、神威が立って笑っているのはどういう意味だ。

ただの人間ごときが纏流子に一撃を加え傷を与えるーーそんなことは地球上の全ての生物を集めようともありえない。
ひょっとして自分と同じ化物なのだろうか。いや、それはない。滲み出る殺意は凄まじかったが、感は神威を人間だと確信する。
では、何故人間が化物に対抗できるのか。たった一人で軍隊も捻り潰せる流子の攻撃を、ああも避けて受け止められるのか分からない。
もしかしたら、これは異常ではなく正常なのであろうか。集められた大半は人間でありながら化物のような者ばかり。
つまり、言いたいことはそこに秘められていると流子は考える。

「ていうと、なんだ。てめぇみたいな人間もいるかもしれないって言うのか」
「君みたいな化物もそこら中にいるかもしれない。生き残ることが目的なら互いに協力は可能というわけだ」

なるほど、と流子はうなずき、

「それで、どうだい。道中、少しは楽になると思うんだけど」
「無理だな」

提案をキッパリと否定した。

「理由を聞いても?」
「てめぇと組むのと一人で殺していくの。どっちを選ぶのなら一人の方がやりやすい」
「一人より二人じゃないのか。と、数は問題ではなかったか。つまり、俺が問題か」
「あぁ? 死にたいのか。身近に下手なリスクを置いておきたくないとあたしは言ったんだ」

いつ背中を狙われ襲われるかも分からない者といるより、一人でいる方がいいと判断をした流子の論に、神威は確かに正論だと息を吐いた。

ーーしかし。

「ああ、大事なことを忘れていた。君は戦わなくていい。争いごとは俺が全て受けよう」

とんでもない爆弾を投げたことにより、交渉は迅速に収束を迎えた。




「いいか、次はないぞ」

駅に背を向ける形で二人の男女が歩いていた。
纏流子は今にも舌打ちしそうに神威を睨みつけ、息荒く不機嫌であることを主張している。
原因は、散らばったベンチの欠片の中、響き渡る音にも起きずに、アスファルトでいつの間にか寝ていた少女。流子が手を下す寸前で運よく生きながらえた少女。
発端は、交渉がどちらにとってもプラスに働いた後。神威を一時的なパートナーとして同行を認めた流子が、忘れ物を取りに行くような手軽さで少女を殺そうとしたのを止められたこと。
その理由がとても馬鹿らしく、理解など一ミリも出来ずに怒りが収まらなかったこと。

「安心していい。次はあんなことはしないよ」

神威が少女の命を助けた理由は傘の礼であった。黒いカードによって支給されたのであろう自分の傘は少女の物だと後に分かったことが、流子の魔の手を止めるに至った。
強い女に、将来に未知の可能性がある子供は出来るだけ殺さないように。最初に出会った小さな少女を見逃した訳ともまた違う。
なんの悪意もない純粋なお礼。あの騒ぎの中で豪胆にも目覚めなかった少女に、何か感じたのかもしれない。

「で、何処か行く宛でもあるのかい」
「本能字学園だ」
「すぐ近くの施設だね。シンボルマークを近場からしらみつぶしに、ってことかな」
「あぁ、学園なんだから人は集まりやすいだろう」
「それにしても本能字とは大胆な名前だ」
「同感だ。趣味の悪い名前付けやがって」

流れるように進路を決めていく二人に迷いというものは見受けられない。

「それと、あんたが全部やってくれるって件だが……あれは撤回する」
「それはまた、どうして」
「自分より弱い奴の後ろにいるなんてつまんないじゃないか」
「傷の度合いから見れば君の方が弱いと決められるのだけどねーー」

こうしてお互いに名前も知らない人間と化物の二人は場を去っていく。
残ったのは半壊した駅の駐車場と、未だ眠り続ける少女一人。
次の行き先は本能字学園。そこで獲物となる者が現れたなら、今回のような“気まぐれ” などない。



【Cー6/市街地 北/一日目 黎明】
【神威@銀魂】
[状態]:健康
[服装]:普段通り
[装備]:日傘(弾倉切れ)@銀魂
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
     黒カード:不明支給品1~3枚
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを楽しむ。
0:俺が全員相手をするから、君は下がってていいよ。
1:本物の纏流子と戦いたい。それまでは同行し協力する。
2:纏流子が警戒する少女(鬼龍院皐月)とも戦いたい。


【纏流子@キルラキル】
[状態]:健康
[服装]:神衣純潔@キルラキル
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(20/20)、青カード(20/20)
     黒カード:神衣純潔@キルラキル 黒カード:使用済み。
[思考・行動]
基本方針:全員殺して優勝する。最後には繭も殺す 。
   0:いいや、あたしが全員殺す。てめぇが下がってな。
   1:本能字学園へ行く。
   2:神威を一時的な協力者として利用する。
   3:手当たり次第に暴れ回る。
[備考]
※少なくとも、鮮血を着用した皐月と決闘する前からの参戦です。



【Cー6/駅/一日目 黎明】
【入巣蒔菜@グリザイアの果実】
[状態]:健康 睡眠中
[服装]:制服
[装備]:ヤブイヌのポーチ@グリザイアの果実
[道具]:腕輪と白カード。
[思考・行動]
基本方針:帰る。
0:……zzz
[備考]
※参戦時期はアニメ終了後。
※ルールを聞いたのは白のカードの説明までです。ですが、それもうろ覚えです。
※赤、青、黒、のカードは流子に渡りました。
※名簿は見ていません。


【ヤブイヌポーチ@グリザイアの果実】
小峰幸が作成した手づくりのポーチ。ラインストーンが貼り付けてアレンジしており、十種類の鳴き声の機能がある。
アルゼンチン北東部に生息する後ろ向きに走るという、別名プッシュドッグことヤブイヌをモチーフにしている。
制作時間は20分(フタマルマル)


【日傘@銀魂】
夜兎族が苦手とする日光を防ぐ為、常に持ち歩いている。
銃が仕込まれており、弾丸をも防ぐ頑丈さを持ち、それ自体で相手を殴り飛ばせる頑丈な傘。


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016:その『目』が映すもの 神威 051:本能字の変(1) バクチ・ダンサー
017:他の誰にも着こなせない 纏流子 051:本能字の変(1) バクチ・ダンサー
入巣蒔菜 079:こんなに■■なことは、内緒なの

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最終更新:2015年09月18日 12:06