薄氷の殺人 ◆gsq46R5/OE


  ラビットハウスを目指し、進み始めた心愛と龍之介。
  ――だったのだが、その足取りはある理由から一旦停止することになった。

 「うう……ごめんね龍之介さん。私ったらドジしちゃって」
 「いやあ、仕方ないでしょ。急いだっていいことないし、ちょっと休んでから行こうよ」

  大好きなモフモフを手に入れたことが理由か、それとも同行者を得たことで少なからず安心したからか。
  それは心愛本人にとっても定かではなかったが、進み始めて早々に派手に転倒し、膝を擦り剥いてしまったのだ。
  傷の見た目は相応に痛々しいものの、それでもあくまで転倒程度の負傷。
  行動に支障はないと心愛も言ったのだが、龍之介が休むことを提案した。
  雨生龍之介という青年は殺人鬼だ。
  そこに間違いはない。
  しかし彼は、殺人以外の面では普通の人間とさして変わらない常識観を持ち合わせてもいる。

 「傷は一応手当てしたけど、速攻で乗った奴に会ったりしたらちとマズいしさ。
  ココアちゃんに死なれちゃったら、俺の作品も仕上げられないもん」
 「えぇーっ! そこは私の心配をしてよっ」
 「……いっけね、それ素で忘れてたよ。ごめんごめん」

  殺し合いの剣呑さも、勿論承知の上だ。
  殺し合いという趣向は異常なものだが、聖杯戦争のように現実感が吹き飛んでいるわけでは決してない。
  だから龍之介は正常に事態を認識した上で、怪我をしたままでは危険だと判断した。
  殺人鬼の彼の方が事態を正しく見ているというのは、皮肉な話だったが。

 「もー、龍之介さんったら。お姉ちゃんは悲しいです」

  龍之介にとって幸運だったことは、心愛がこの状況にありながらも比較的能天気なことだろう。
  これが独りなら、もっと神経を尖らせていたかもしれない。
  だが、そうでなくなったことにより、彼女は今確かな安心感を抱いていた。
  それがいいことか悪いことかは一概には言えないだろうが、少なくとも今の彼女にとっては好ましくないことだ。
  その安心感こそが、彼女に不穏な未来を約束している。

  そも。
  自分の身よりも、自分をモチーフとした作品の製作を案じる時点で、一歩引くのが普通だ。
  普段の日常ならばまだ奇人扱いで済むかもしれないが、此処は殺し合い。
  繭によって主催された、文字通りに魂を懸けた、『バトル・ロワイアル』である。
  危ういと判断し、逃げるまでは行かずとも警戒心の一つ二つくらいは抱くかもしれない。
  それは些細なことかもしれないが、雨生龍之介という危険分子を予期できるという意味では重要な事だ。

  このまま何も起きずに殺し合いを共に過ごしたとして、心愛に訪れる未来は一つ。
  龍之介の『作品』として、生き地獄を味わうことになろう。
  およそ予定される限り最悪に近い結末を約束する存在――心愛にとっての龍之介は、そういうモノだ。

 「あぁ、でも残念だなあ。此処に旦那がいなかったら、俺、せっかく作った作品見せらんねえや」
 「『旦那』?」
 「そ、旦那。俺の尊敬する人だよ」

  言って龍之介は、心愛の隣へ腰を下ろすと夜空を見上げる。
  その目には確かな親愛と尊敬の感情が宿っていて、会って間もない心愛にも龍之介の想いが伝わってきた。

 「龍之介さんにとって、大切な人なんだね」
 「そうさ。俺も今まで色んな人間見てきたけど――やっぱり、あの人……人かどうかはよくわかんねえけど。
  とにかくあの人ほどクールな奴は見たことがねえ。正直敵わないってすら思う」
 「へえ……なんだか想像できないや」
 「でさ。俺、考えたんだよ。
  世の中色んな芸術家が居るけど、殺し合いの中でアート仕上げた奴ってのはいないだろう――って。」

  心愛に芸術家の気持ちはわからない。
  小学生の頃に絵のコンクールで金賞を取ったくらいのもので、最近はすっかりご無沙汰だ。
  当然、殺し合いの中で仕上げるアートがどんなものになるのかもさっぱりである。
  危ないからやめた方がいいと思わないわけではなかった。
  けれど、彼の真剣な眼差しを見ていると――とてもそんなことは言い出せない。
  それどころかむしろ、応援したい気持ちにすらなってくる。

 「だから旦那にも是非見てもらいたいんだけど……
  持ち帰るってのは厳しいしなあ。いっそあの繭って子から、力分けてもらおっかなあ」

  分けてもらう、という表現が面白くて、心愛はくすっと笑った。
  笑うなよー、と唇を尖らせる龍之介がなんだかかわいらしくて、もっと笑った。

  心愛は思う。
  そうだ、殺し合いなんて絶対に続かせてはならない。
  皆で喧嘩をやめて、繭ちゃんとじっくりお話したら、きっとあの子も分かってくれるだろう。
  龍之介が語ったことから人知れず勇気を得て、心愛は笑っていた。

 「よいしょっと。もう大丈夫、ココアちゃん?」
 「うん! もうばっちり行けます! 足だってこのとお――あいたた……」
 「……やっぱりもうちょっと休んでからにしようか」

  苦笑する龍之介と、てへっと頭を小突いて舌を出す心愛。歳の離れた兄妹か何かのような光景が繰り広げられる。

  と。
  その時、あることに気付いたのは心愛だった。

 「みてみて、龍之介さん。あれ」
 「ん? ――何だろ。あれ、人っぽいけど」
 「だよね……おーい! 聞こえますかーっ!」

  手を振る心愛を制そうと思う龍之介だったが、もう遅い。
  ――ま、相手が乗ってたら残念だけどそれまでか。
  そんなどこか達観したような感情で、近付いてくるシルエットを見つめる。
  近付くにつれて、それが年端もいかない少女であるとわかってきた。
  年は間違いなく、心愛よりも更に下だろう。
  なのにも関わらず、随分と落ち着いている。
  こんな状況でしかも一人で行動していながら、不思議と恐怖している様子は微塵もないようだった。


 「まずは答えて。アンタ達も、参加者?」

  心愛達を見て、少女の口にした第一声はそれだった。
  初対面の相手への対応としては無礼この上ないが、幸いかこの二人はそんなことを気にする質ではない。

 「そうだよーっ。ほら!」
 「……つまらない質問をしたわね。此処に来てから誰かと会ったのは初めてだから、つい聞いてみたくなっただけよ」

  元気に腕輪を示す心愛に毒気を抜かれたのか、少女は肩を竦めて謝罪する。
  彼女としても、その質問にあまり深い意味はなかったようだ。
  主催側が回し者を送り込む可能性もゼロではないだろうが、居たとしても精々一人二人の筈。
  だとするなら、会う相手すべてにその可能性を疑っていくのはあまりにも過剰警戒が過ぎるというものだ。
  無論、警戒を怠っているわけでは決してなかったが。

 「俺は雨生龍之介。こっちはココアちゃん。んで、君は?」
 「リタ」
 「リタちゃん、ね。ところでさ」

  龍之介は自己紹介を終えるなり、あろうことかリタの額へぽんと手を置いた。
  相手が子供とはいえ、女性相手に行うには軽薄な行為だが、本人にその自覚は期待できない。
  それから手を離すと自分の顔へ当て、うーんと首を傾げる。

 「……おかしいなあ。リタちゃん、めっちゃ顔色悪いから熱でもあるかと思ったんだけど。
  でも顔は熱いっていうよりメチャクチャ冷たいし、そういう体質なのかな?」
 「……アンタ達、なんていうか……どっちもどっちで前途多難ね。少なくともこういう荒事向きじゃないわ」

  緊張感の欠如した言動に、リタは思わず嘆息する。
  心愛も心愛なら、龍之介も龍之介だ。
  自惚れるつもりはないが、この二人でずっと行動していたなら、まず長生きは出来なかったのではなかろうか。
  ……もしも私が乗っていたら、間違いなく格好の獲物だと思うだろうし。

 「顔色が悪いのも、体温が冷たいのも当たり前よ。だって私、ゾンビだもの」
 「――はい?」

  さしもの龍之介も、思わず聞き返す。
  『青髭』ことジル・ド・レェを召喚して聖杯戦争に携わる中で、彼は様々な不可思議を目にし、触れてきた。
  他愛無い会話の中で、『青髭』からきちんとした説明をしてもらったこともある。
  だが結果は、よく分からなかった。
  どうにも現実感がなく、凄いと思いこそすれど、今ひとつ頭へ入ってこない。
  しかし『ゾンビ』などと、言ってしまえば俗で分かりやすい形容をされれば話は別だ。
  今時の若者である龍之介も、映画やゲームでその存在を知っているし、どういうものかもある程度知っている。
  だから素直に虚を突かれた。顔色の悪さを指摘して、そんな回答が返ってくるとは思わなかったからだ。

  けれど、もしもそうなら?
  本当に、そうだとしたら?


 「すっげえ……!」


  目を輝かせてそう答える龍之介に、リタは一瞬沈黙し、それから溜息混じりに呟く。


 「冗談よ。アンタの言う通り、これはただの体質」
 「えぇっ。私すっかり信じちゃってたよ」
 「……アンタは少し疑うということを覚えなさい、心愛――だったっけ」
 「お姉ちゃんと呼んでもいいんだよ! リタちゃん!!」
 「呼ばないわよ」

  目を輝かせて寄ってくる心愛を両手で押し返し、リタは龍之介へ視線を向ける。
  彼は「なぁんだ」とがっかりした様子を見せ、それからぼうっと夜空を見上げ始めた。
  ……心愛の足に怪我の処置がしてあることは、初対面の時点から気付いていた。
  大方彼女が転倒でもして、痛みが和らぐまで小休憩中、といったところか。

 「あのね、リタちゃん。私達、もう少しだけ休んだらラビットハウス――此処に行こうと思うの!
  私の下宿先だから、チノちゃ――友達のみんなも集まってくるかと思うんだ。
  リタちゃんも折角だし一緒に来るよね?」
 「……さてね。どうしようかしら。アンタの友達と言うと、なんだか頼れなさそうだし」
 「そ、そんなことないよー! 
  チノちゃんは可愛いし千夜ちゃんは優しいし、リゼちゃんは男らしいしシャロちゃんもお金持ちなんだよ!」
 「あら、それは確かに素敵な友達ね。挙げた長所が殺し合いに全く関係ないことを除けばだけど」

  しかし、リタは立ち去る素振りは見せない。
  なんやかんや言いながら、彼女も同行自体には賛成のようだった。
  リタは見かけによらず大人びてこそいるが、やはり小さな女の子をこんな場所で一人にはしておきたくない。

 「……ところでリタちゃん、ずっと気になってたんだけど――肩に載ってるその子はなに?!」
 「『アスティオン』。私の支給品。触りたければ好きにすればいいわ」
 「ほんと!? わーいっ、リタちゃんありがとー!」
 「……私に抱きついていいとは一回も言ってないわよ」

  それに、やはり道中を共にする人間は多い方がいい。
  そう考えていた心愛は嬉しそうに頬を綻ばせる。

  それを見てリタは、本当に能天気な少女だと再認識した。
  皮肉でもなんでもなく、素直に彼女はこんな所に居るべき人間ではないと思う。
  心愛はきっと、戦いだの殺し合いだのといった剣呑な話題からは遠ざけて、陽だまりの中で暮らすべき人間だ。
  仮に友人の死があったとしても、その性格上、殺し合いには乗らないに違いない。
  頼りにはならないだろうが、リタは彼女をとりあえず信用に足ると判断した。
  問題はもう一人――雨生龍之介の方である。

 「(考え過ぎだと思うけれどね)」

  リタが咄嗟に一度は明かした自分の正体を嘘だと偽ったのは、彼の反応が原因だ。
  あの時、龍之介が見せた少年のような驚きと、無邪気な喜びに満ちた表情。
  そこから、別段悪意は感じなかった。
  だが、一瞬だけ――ほんの一瞬だけ、背筋を蛇が這い回るような悪寒を覚えたのだ。

  二百年を生きた彼女にとって、恐怖などという感情は最早無縁のものである。
  それでも敢えて、あの瞬間の感覚を表現するなら……それはきっと、『戦慄』という言葉になるのだろう。

  後でバレたとしても、この二人相手ならいくらでも取り繕える。
  そう判断し、リタはもう一度青年へ目をやった。
  どこからどう見ても普通。
  顔立ちが整っていること以外に、特筆すべきものはない。
  ひょっとして自分は、予想以上にこの状況に動揺を覚えているのだろうか。
  だとすれば少し、気を抜いた方がいいのかもしれない。

  ……ああ。そういえば、まだしていないことがあった。
  彼らへカイザル、そしてファバロを知っているか否かを聞いていない。
  あまり期待はしていないが、いずれにせよ情報交換を行うことは同行する上で重要になるだろう。


  ――リタの心を余所に、雨生龍之介は考える。

  ゾンビ。
  不死なる者。
  そんな存在ならば、言うまでもなく延命させる必要すら存在しない。

 「リタちゃん、さっきの……ホントに嘘だったのかなあ」

  誰の耳にも届かないようなか細い声で、龍之介は呟いた。
  別にそう思うことに根拠はない。
  どちらかと言えば、それは龍之介自身の希望だった。
  絶対に死なない存在――正確にはもう死んでいる存在だが、あそこまで人間に近ければ関係はない。

 「ま、こればっかりは俺にはわかんねぇけどさ……」

  真実がどうあれ、一つだけ変わらないことがある。
  保登心愛に続いて、リタ。
  彼女もまた、彼の『創作欲』の標的となったということだ。

 「ホントかウソか、試すのはその時でもいいよな」

  ホントなら、これ以上のことはない。

  ワクワクとした想いを胸の内で高鳴らせながら、彼は誰からも認識されない狂気を自覚すらなく研ぎ澄ます。


【B-5/黎明】

【雨生龍之介@Fate/Zero】
 [状態]:健康、少年のようなワクワク
 [服装]:普段着
 [装備]:手術用のメスやハサミ(現地調達)
 [道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
     黒カード:不明支給品0~2枚、医療用具(現地調達)
[思考・行動]
基本方針: 心愛と一緒にラビットハウスを目指して心愛の友達を探す。
   1: リタに激しい興味。彼女もいずれ作品とする。
   2: 心愛を使って作品を作りたい。
   3: 作品を延命させる方法を探す。
 [備考]
  ※キャスターが龍之介の知る青髭ということに気づいていません。

【保登心愛@ご注文はうさぎですか?】
 [状態]:足に擦り傷(処置済、軽度)
 [服装]:ラビットハウスの制服
 [装備]:なし
 [道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
     黒カード:1~3枚、具@のんのんびより
 [思考・行動]
基本方針:龍之介たちと一緒にラビットハウスを目指して友達を探す。
   1:怖いけどお姉ちゃんとして頑張る。
   2:リタちゃんは不思議ちゃんなんだね~。

【リタ@神撃のバハムートGENESIS】
 [状態]:健康
 [装備]:アスティオン@魔法少女リリカルなのはvivid
 [道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
    黒カード:不明支給品0~2枚
 [思考・行動]
基本方針:カイザルとファバロの保護。もしカイザル達がカードに閉じ込められたなら、『どんな手段を使おうとも』カードから解放する
   0:とりあえずはラビットハウスへの道のりに同行しつつ、人探しを並行させる
   1:カイザル達の捜索。優先順位はカイザル>ファバロ
   2:繭という少女の持つ力について調べる。本当に願いは叶うのか、カードにされた人間は解放できるのかを把握したい
   3:アザゼルは警戒。ラヴァレイも油断ならない。
   4:心愛については信用。龍之介はまだ疑ってこそいないが、妙なものを感じてはいる。
 [備考]
 ※参戦時期は10話でアナティ城を脱出した後。


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009: 雨生龍之介 079:こんなに■■なことは、内緒なの
022:ネクロウィッチ リタ 079:こんなに■■なことは、内緒なの
009: 保登心愛 079:こんなに■■なことは、内緒なの