シャロと殺意なき悪意 ◆7fqukHNUPM


簡単には教えない、こんなに好きなことは。
――ないしょなの。

ふわふわドキドキないしょですよ
はじめがかんじん、つんだ、つんだ


◆   ◇   ◆    ◇


――それが悪い事だとは、分かっていた。


桐間紗路(シャロ)は、どこにでもいる庶民の少女だった。
否。
どこにでもいる、貧民の少女だった。

両親を出稼ぎに出して一人暮らしをして、それでもシャロ自身だっていくつものアルバイトを掛け持ちしなければ家計は回らなかったし、
住んでいる家は良く言えば『レトロ』、悪く言えば『ボロ小屋』と形容していい有り様だ。
そんな身の上だけれど、ご町内でも有名な私立のお嬢様学校に通えるようになった。
一生懸命に勉強したら成績トップの特待生として入試に合格して、学費の免除を受けることができたからだ。
がんばったおかげで進学ができた。シャロにはそれが嬉しかった。
新しい学校では、あこがれの先輩もできた。
天々座理世という一学年上の先輩で、大人びてしっかりしていて、しかしたまにお嬢様らしく世間知らずで可愛いところもある、本物の才媛と言っていい人だ。
そして、リゼがアルバイトをしている『ラビットハウス』という喫茶店にちょくちょく顔を出すようになるのも、
そこで暮らしているココアとチノとも仲良くなり、幼なじみの千夜を含めた五人で遊んだり勉強をしたりするようになるのも、そう時間はかからなかった。

しかし、高校に入ってからできた友達は、シャロの家のことを知らなかった。
どころか、お嬢様学校に通っていることだとか、シャロという漫画のお嬢様っぽい名前だとか、シャロの髪の毛に光沢があって縦にカールしていること(べつにただの地毛である)だとか、いわく仕草に気品がある(普通にそれなりに礼儀ただしく振る舞っているだけなのに)とかいったこと見て、
シャロのことを『よほどのお嬢様なのだろう』と思い込んでしまった。

悪いことだとは、分かっていた。
でも、訂正することができなかった。
いつしかシャロは、昔馴染みの千夜をのぞく三人の間で、すっかり『お嬢様のシャロちゃん』になっていた。

――美人で頭も良いなんて!まぶしい!

その褒め言葉には『しかもお嬢様だなんて!』という誤解まで含まれているようで、褒められるたびにドキドキした。

――きっとシャロちゃんは、家ではキャビアとか食べてるんだろうなぁ~。

そう言われて、心苦しくないと言えばもちろん嘘だった。

でも、今さら貧しい家の子だとは言えなかった。
必死に、自宅の場所を突き止められないように、自宅への帰途を遠回りしたりして隠してきた。
『お嬢さまのシャロちゃん』が、ご町内でもトップクラスに小さくてボロボロの家に暮らしているところなんて、見られたくなかった。
知られたら、幻滅されてしまう。

今になって思えば、いつまでも隠せるはずがなかった。
なんせ、シャロの家の隣には、ココアたちも出入りする千夜の家があるのだから。
ちょうどそのボロ小屋から出てきたところだった。
千夜の家の前にいたリゼとココアとチノに、ばったり。

貧しいことが、ばれた。
それも、ボロボロの実家をばっちりと見られた。

終わった、と思った。

頭が真っ白になった。
時間が止まった。

いつまでも、止まっていたような気がした。
それはもう、永遠のように。

ずっとずっと、頭が真っ白で。
そして、気が遠くなった。

そして。



『これからあなたたちには、この部屋の外にある世界で殺し合いをしてもらうの。』



次に目が覚めたのは、本当に悪夢のような場所だった。


◆   ◇   ◆    ◇


「フルール・ド・ラパンかぁ。
おしゃれそうな名前だね。なんて意味なの?」
「うさぎの花……ハーブティーを扱ってる、癒しのお店なの。
お茶のことも勉強できるし、クッキーも焼けるし、ティーカップも可愛いし……おすすめのお店かしら」
「すっごい! あたしは甘いモノが好きだけど、ハーブティーとかあんまり飲んだことなかったよ。どんな味がするの?」
「そ、そんなのモノによって種類とか効能とか全然違うわよ。
そうね、甘いお茶だったら、カモミールとかどうかしら。
ジャーマンカモミールだと、リンゴの香りがして、子どもにも飲みやすいわよ」
「あっ。子どもって言ったなぁ~。シャロさんの方があたしよりも背が低いのに!」
「ちょ、ちょっとそういう意味じゃ……後ろから頭ぺしぺしするのはやめてぇ!」

後ろから軽く頭を叩かれる刺激にびっくりして、両手がつかんでいた白い毛並みをぎゅっと握りしめてしまう。
すると目の前にある『頭』から不機嫌そうな「ぐるる…」という唸り声が聞こえたので、シャロは慌てて手を離した。

「ご、ごめんなさいっ、定春」

唸り声は止んだので、ひとまず安心。
シャロは、紅林遊月と名乗った少女と一緒に、森の中のケモノ道を進んでいた。
より正確に言えば、二人でシャロの『支給品』に乗って移動していた。
とても軽快に、ケモノ道をかき分けて駆け抜け、四つ足で疾走するのは、熊のように大きな体格をした犬だった。

「ごめんごめん……それにしても定春速いっすねぇ。力持ちだし」
「慣れるのには時間かかったけどね。…………お互いに」

遊月と知り合ったのは、定春とお互いに警戒して冷戦状態になっていた時だった。
どうにかこうして順調に移動するに至ったけど、森の中を抜け出して東の町へと進路を取るまで、実に二時間以上も費やしたのは、
グルグルと機嫌悪そうに唸り声をあげる巨大犬をどうにかなだめて落ち着かせて(二人で食べ物のカードを二回ずつも使って、ドッグフードまでも取り出して)、
それなりの友好関係を築くまでに時間を要したからである。
カードの中に戻しておくことも真剣に考えたけれど、遊月と話してそれは可哀想だということになった。
威嚇してくる巨大な犬は怖かったけれど、それはそれとしてシャロも遊月も、犬を小さなカードの中に押しこめっぱなしにしておくには性格が優しすぎた。
(もしもその生き物が巨大なウサギだったならば、絶対に断固として閉じ込めておくところだったけれど)
さらに言えば、こんな巨大な犬と一緒にいれば、殺し合いに乗った人も襲いかかるのには躊躇するんじゃないかという打算も正直なところあった。

「その……ありがと、ね。遊月ちゃんがいなかったら私、たぶん定春もカードの中に戻すとこ――」
「あっ!」

小さな声でお礼を言いかけた時、後ろに乗っていた遊月が驚いたような声を出した。
振り向くと、遊月も後方の景色を見ている。
後ろにあるのは、地図で言うと緑色をしたF-5の森だ。
これからやっと、緑色から黄緑色で塗られた草原へと突入するあたりのはず。

「どうしたのよ?」

遊月は、引きつった笑顔で言った。

「その……さっき、赤いカードを面白いなーと思って見てたら……落としちゃったみたいで……ちょっと拾ってきていい?」
「ええっ!? 大変じゃないの! すぐに定春を戻して――」

シャロもつられて焦ったけれど、遊月はひらりと定春から飛び降りていた。

「いいよ。落としたところは分かってるから待ってて。定春に先に見つけられたら、カード食べられちゃうからさ」

早口で急ぐようにそう言って、止める間もなくぱたぱたと駆け戻っていく。
その背中は、こんな状況でも飾り気が無く普段のままという感じがして、シャロには羨ましく見えた。

「はぁ……なんだか、あの子を見てると、ココアを思い出すわ。
声も違うように聞こえるのに、何だか声聴くとドキっとするし」

ココア、と名前を声に出して言ってことで、どんよりと気持ちが曇ってきた。
また、思い出した。
五人ともが、こんなおっかない場所に来てしまったこと。
そして、この場所に連れて来られる直前に、起こってしまったこと。

「ただで『どんなお願いでも叶えてくれる』なら……願ってたのになぁ」

四人が無事なのかはとても心配だし、シャロの独りよがりでなければ、四人もおそらく(特に千夜は)シャロを気にしてくれてはいると思う。
みんな優しい人達だから、殺し合いをするようなことは絶対に無い。

でも、お金持ちだと嘘をついて皆を騙していたシャロのことだ。
リゼたちは、『嘘つき』なシャロのことを信用してくれるだろうか。
みんなとまた会えたら、これまで通りの関係で喜び合えるだろうか。

「ぜんぶ夢なら良かったのに……悪夢から醒めたと思ったら、もっと悪夢だったわよ……」

みんなで殺し合いに呼ばれただけでもぞっとするのに、皆に会いたいのに余計な罪悪感も抱えて行くことになるなんて。
あの時、あんな嘘をつかなければ。隠し通そうとしなければ。
ままらならい自虐に浸りながら、頭をごちんと定春の後ろ頭にくっつけて悶々とする。
……額に犬の白い毛がついてしまったのでやめた。


◆   ◇   ◆   ◇


「あ、遊月ちゃん! 見つかった?」

顔を上げると、まっすぐな黒髪の少女が戻ってくるところだった。
問いかけたシャロは、遊月の右手にすべてのカードが掴まれているのを見つけてほっとする。
しかし、



「うん……それはいいんだけど、あのさ。桐間紗路さん」



すぐに、違和感が襲った。
遊月は、ひどく思いつめたような、怒っているような顔をしていた。
別れた時と、なんだかずいぶん違う表情だ。

「改めて、聞きたいことができたんだけど」

怒っている――そして、これはシャロの穿ち過ぎかもしれないけれど。
この顔は、なんだかシャロのことを責めるような眼に見える。

「シャロさんにはさ、繭に言われたような、叶えたい願いが、あるの?」

なんで、いきなりそんなことを聞くの。
そう疑問を抱いたのに、その鋭い眼に気圧されたことで、聞き返せなくなった。
さっきまで他愛無い雑談をしていた相手の豹変に、シャロは焦る。言葉が迷子になる。

「べ、べつに私はそんな願いなんて……」

さっき考えたことは、あくまで『ただで願いが叶うなら』の話だった。
そう自分に言い訳して『無いよ』と答えようとしたけれど。
遊月のまっすぐすぎるほどまっすぐな眼光に、虚偽を言ってはならないと問い詰められている気がして、

「しいて言えば、お金持ちになれたらな……なんて。それぐらい、だけど」

まさか『お金持ちだと嘘をついていたのがばれたので、その嘘を無かったことにできれば』なんて言えない。
結果的に、ふんわりした表現で、嘘では無い答え方をした。
すぐに答え方が不味かったらしいと分かった。
それを聞いて、遊月の眉が吊り上がったからだ。

「そんな願いなら、止めた方がいいと思う」
「えっ……?」

震えながら押し出すように、遊月は言った。

「お金持ちになって、どうすんの?
それで人の気を引いたり、自慢したりできるの?
それって、人の命と釣り合うような願いなの?」
「そんな……!」

ほとんど決めつけているような調子の、冷たい断言だった。
悪意あるような言いぐさへの戸惑いと、反射的な怒りが去来する。

「私は別に自慢したいなんて……貧乏じゃなかったら、もう少し自由だったのかなって思っただけよ!」
「そんなことを、こんな時に考えてたの!?」
「こんな時に考えるわけないでしょ! ここに来る前に思ったことよ!!」
「そんなのっ……!」

売られた喧嘩を、というわけではないが。
謂れのない中傷に対して、分からないままに言い返していた。
それは、そのまま遊月の口撃をヒートアップさせる。

「貧乏でもお金持ちでも、関係ないよ!
貧乏だからって終わるなら、その程度の人間関係ってことじゃん」

投げつけられたトゲが、ぐさりと刺さり、
刺さった力はそのまま、巨大な反発になった。
貧乏だけど、もっと堂々としていたい。
それは紗路のコンプレックスであり、リゼ先輩にあこがれているところだから。

「なんでよっ!! なんで遊月ちゃんに、そんなこと言われなきゃいけないの!?」

そう叫んでしまった時だった。
定春が動いた。
元より、人に懐きにくい感じのする犬ではあった。
それが、シャロと遊月が口論するのを見て『決裂したようなら捨てて行ってもいいか』と判断したのか。
あるいは、『早く出発したい』と考える理由が彼自身にはあったのか。

「ひゃっ!!」

四つ足を力強くのばし、走り始めた。
森を出て、進路は北へ。
つまり、遊月をその場に置き去りにする形で。


◆   ◇   ◆   ◇


悪いことをした、とシャロは後悔した。

そりゃあ、言われたくないことを言われたのはシャロの方だけれど。
でも、あんな言い方では、『こんな命懸けの場所にいるのに、あの繭という怖いヒトにお金持ちにしてほしいなぁとか夢見てました』と誤解されたかもしれないし。
だから遊月ちゃんも、あんなに怒った顔をしたのかもしれないし。
何より、喧嘩したからと言って、置きざりにするような形で定春を走らせてしまった。それはシャロが悪い。

「大丈夫よね……すぐ近くには、ラビットハウスがあったし。
ラビットハウスなら……先輩たちなら、こんな喧嘩になったりしないし」

今からでも定春をなだめるなり、ドッグフードをあげるなりして、遊月の向かいそうな方角――南東の市街地へと向かってもらうべきだろうか。
そう思いなおそうとしたけれど、それは『ラビットハウスに近づく』ということも意味していた
もしあの子の口から『シャロと喧嘩になってしまった』とかリゼたちに伝わってたら嫌だな、と。
ただでさえ重たく感じていた再会が、よりいっそう重みを増す。
もし、うそつきの悪い子だと思われたら、どうしよう。



「…………そうだ。千夜を、探さなきゃ」



気が付けば、そんなことを呟いていた。

そう、思いついてしまえば、それが一番いい。
千夜を先に探そう。
シャロの幼なじみで、あまりに天然すぎるところがあるから、元から一番心配だったヤツだし。
それに、元から実家の貧乏ぶりを知っていて、シャロが隠していることを気にかけてくれていた。
千夜がそばにいてくれたら、リゼ先輩たちともしっかり向き合える。
千夜を探して守らなきゃいけないし、千夜に相談に乗って欲しい。
『千夜もラビットハウスにいるかもしれない』という可能性からは目を逸らし、シャロは定春が颯爽と走るに任せることにした。

こうして桐間紗路は、ラビットハウスに向かわなかった。

【E-4/F-5との境界付近の道路上/黎明】

【桐間紗路@ご注文はうさぎですか?】
 [状態]:健康、後悔
 [服装]:普段着
 [装備]:定春(乗用中)@銀魂
 [道具]:腕輪と白カード、赤カード(8/10)、青カード(10/10)
     黒カード:不明支給品0~2 (確認済み)
 [思考・行動]
基本方針:殺し合いには乗らない。みんなと合流して、謝る
   1:千夜を探す。
   2:1の後、ラビットハウスに向かいリゼたちと合流して謝る。
   3:遊月ちゃんには悪いことをした…。
 [備考]
  ※参戦時期は7話、リゼたちに自宅から出てくるところを見られた時点です。


◆   ◇   ◆   ◇


それが悪いことだとは、分かっていた。


痛いほど、分かっていた。


悪いことをした、と遊月は後悔した。
とても、ひどく、罪悪感をもって後悔した。

桐間紗路の『願い』をのぞき見するという低劣な真似をして、
しかもその『願い』を責めたててしまった。

紅林遊月にもまた、どうしても叶えたい願いごとがある。
彼女はこの殺し合いに呼ばれるまでの間、その願いごとを叶えるために『危険な遊戯(セレクターバトル)』というものをしていた。

バトルのルールは単純明快だ。
ウィクロスというカードゲームを手に入れ、『ルリグ』という特殊な『願いを叶える少女のカード』を相方として勝ち抜けばいい。
戦って勝ち抜いて、いつしかルリグに『願いを叶えるだけの資格を持った』と判断されれば、『夢限少女』という存在になれる。
『夢限少女になる』とは、『願いを叶えられる自分になれる』ということ。
ただし、三回負けてしまえばその時点で失格となる。夢限少女にはなれなくなる。

遊月は相方のルリグ――花代(ハナヨ)からそう説明を受けたし、
そんな奇跡があるのなら飛びつくしかないと、セレクターバトルへ参加した。

しかし、戦いを続けていくにつれて、知ることとなってしまった。
花代も黙っていたが、代償の伴わない奇跡なんて有り得ないことを。

もし三回負けてしまえば、願いは叶わなくなる――絶対に、叶わなくなる。
失格となったら、願いは反転する。
『友達がほしい』という願いを持った少女は、一生友達ができない身体になる。
『お金持ちになりたい』という願いを持った少女は、一生お金とは縁のない極貧生活という巡りあわせが返ってくる。
『好きな人と結ばれて幸せに暮らしたい』と願ったとしたら、好きな人に嫌われるか、あるいは好きな人を永遠に……。

それを知って、遊月は嘆いた。騙されたと思ったし、花代を責めた。
しかし、それでも止まれなかった。
友達だった小湊るう子は、願いが反転することを知ったら戦うことを辞めた。
遊月にも、辞めるように説得をされた。
でも遊月は、辞退することをしなかった。
他の願いを持った少女たちを、『三回目の敗北』という処刑台に送ることになったとしても、勝ち続けることを選んだ。

そうまでしなければ、叶わない願いだったからだ。
『友達がほしい』とか『お金持ちになりたい』とか『普通に恋をして好きな人と結ばれたい』なんて願いだったら、本人のがんばりしだいで叶えることもできただろう。
仮に叶わなかったとしても、もしかしたら努力しだいで実現していた可能性はゼロじゃなかった。
けれど、遊月の願いは、普通にかんばっても叶わない。
違う。
最初から遊月には、一生懸命にがんばることさえも許されない。
もし遊月が『私の願いはこういうことです』と口に出したら、社会の全てからお前は悪い女の子だと糾弾され、弾かれる。
そんな願いだった。
奇跡があるとしたら、それにすがりつかなければ耐えられなかった。

だから、初対面の繭という怪しげな少女から『どんな願いでも叶う』と言われた時はドキリとした。
まるで、セレクターバトルのことだとか、遊月に願いがあることを、見抜かれたようで。
まるで、『この戦いは、セレクターバトルの代わりとなる、最後のチャンスなんだぞ』と言われたみたいで。

けれど、願いを叶えるために人を殺せるかと言われたら話は別だ。

遊月はたしかにちょっと人道に外れた願いを抱えているけれど、それでも、人を傷つけることにも本当なら罪悪感を覚えるような、中学二年生の女の子に過ぎない。
ましてこの場には――道をたがえたとはいえ、大切な友人だった小湊るう子もいるし、
セレクターバトルに参加した少女たちだって、願いは異なれど切実な望みを抱いて集まった子ばかりだった。
殺し合いに呼ばれた人たちだって、ここで死ぬわけにはいかないとか、そんな事情があるはずだ。
カードバトルで勝ち抜くことはできても、この手を汚して命を奪い取るようなことはできない。
何より、人を殺した手で『あの人』に触れて、何食わぬ顔で『あの人』に抱きしめられるのは、怖かった。

けれど、『この戦いに勝ち残らなければ、願いは叶わないんじゃないか』という嫌な予感は消えなかった。
人を殺すことで叶えたくはない願いだったけれど、
同時に、あっさりと諦めていい願いでも、なかった。
それは、とてもささやかで小さな願いだけれど、
紅林遊月という少女の、人生に関わることだったのだから。

諦めるしかなかった。
でも、諦めていいのかと、『願い』は絶えず遊月の胸を圧迫する。
このままじゃ叶わない、そうなったらお前は幸せになれないと。
頭では分かっているのに、感情がジクジクと胸を刺す。
一度にひとつ以上のことを背負えるほど、遊月は器用には動けなかった。
シャロと他愛ない談笑をしていても、その会話を楽しめているのかが分からないぐらいだった。
このままでは、この恐ろしい場所で生きていけるのか、ひどく心もとなかった。

だから、どうしても諦められない願いを、この場では封印するために、
遊月は、とても不本意かつシャロに対してひどく身勝手なことに。
その支給品を使うことにした。
カードを落とした振りをして少し遠くまで離れ、そこで私服のポケットに入れていた『それ』を取り出す。


「ピルルク……あんたの『ピーピング・アナライズ』。使わせてもらう」



黒いカードから出てきたのは、青い少女の絵が描かれたカードと、一束のカードデッキだった。
『ルリグ』というカードの一人である少女、青い髪に青い瞳。そして青い服。
名前は、ピルルク。遊月も大嫌いな卑劣プレイヤー、蒼井晶が使っていた、本当なら絶対に頼りたくなかった大嫌いなカードだ。
その少女、ピルルクは感情をみせない声で問いかける。

「いいの? あんなにこのアーツを毛嫌いしていたクセに」
「きらいだよ!! やっちゃいけないことだよ!」

このカードのアーツ『ピーピング・アナライズ』は、人間の心を読む。
相手が、どんな願いを以って戦いに臨んでいるかを曝け出してしまう。
本当なら、それはセレクターバトルの対戦中に、カードの持つ技として発動する能力だ。
一般人相手には使えない、ウィクロスのバトルフィールドでしか使えない力だ。
でも、シャロと出会う前に、ピルルクから嫌々ながら聞き出した限りだと、『使える』。
カードバトルで、アーツを使うために何ターンかエナチャージしなければならないように、
『何時間か力をためなければいけない』という制限はついているけれど、使える。

「でも、このままじゃ、いつかもっとひどいことを考えそうで……シャロさんをそれに巻き込みそうで、怖いんだよ!」

人を殺すなんて考えたくはないけれど、
もし遊月がこんな風にガタガタになって、それでシャロの足を引っ張り、悪いこと、致命的なことが起こったとすれば。
そんなのは絶対にいけない。
かといって、『願い』のことをルリグの花代と友達のるう子を除いて、誰にも打ち明けてこなかった遊月に、『こんな願いのことで困ってるんです』と相談できるわけもない。

最終的に遊月が出した結論は、『桐間紗路の心を読むことで紗路が抱いている『願い』を知り、『だから、そんな願いを踏みにじるのは止めよう』と自分自身に釘を刺す』というものだった。
ひどく勝手だ。心を読まれるシャロからすれば、たまったものじゃない。
一度、同じように心を読まれて傷だらけにされたことがあるから、その重さは嫌というほど知っていた。
でも、逆に、自分勝手だとしても、それだけ酷いことをすれば。
それ以上の酷いこと――『死なせる』とかに至る前に、絶対にブレーキがかかる。
罪の重さをしれば、それ以上に酷いことをしようなんて思えなくなるはず。

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいと。
彼女には聞こえないのだから、言っても意味の無い謝罪を言いかけて、止めて。
ピルルクから、彼女の願いを聞き出した。
それが、どんな結果を生むかなんて予想もせずに。

ピルルクにこっそりと見させた『シャロ』を、言ってもらった。

『家がお金持ちだと嘘をついた。貧乏だとばれたら、がっかりされると思ったから』

たぶん死にたくない、とか大切な人を死なせたくない、みたいな願いだろうなと思っていた。
それ以外の、どんな願いであれ、尊重するべきだと思っていた。
自分の願いだって、人から見たらとても不健全なことなのだから。
しかし、その願いは。

『そしたら、そのウソが友達と好きな先輩にばれた。みんなにボロ小屋みたいな家を見られた』

それが『恋愛』に関する願いであることも、予想していなかったわけではなかった。
たとえば好きな人もここにいて、その人を喪いたくないとか。
だけど、その願いは。

『好きな人に、嫌われた』



その願いは、『嫌われるかもしれない』というものだった。



――「紅林遊月は、双子の弟である紅林香月に恋をしている。

――それは許されないことで、隠しているから、香月は遊月のことを訝しんでいる。

――このままだと、香月に嫌われる。他の女に、香月を取られるかもしれない。

――紅林遊月の願いは、紅林香月の恋人になること。

『恥ずかしい。絶対に幻滅された』

恥ずかしい?

幻滅される?

嫌われる?

自分のついた嘘がもとで、そうなったのに?

相手も笑って許してくれるかもしれない嘘ひとつが、そんなに恥ずかしい?
実の弟に、下心をもって接するよりも?
ひとつ屋根の下で、同じ学校で、思いを悟られないかハラハラするよりも?

『あこがれの先輩に嫌われた。……なかったことにしたい』

あこがれの先輩。
それは、何の負い目もなく好きになれる人なのだろう。
自力で、ちょっと勇気を出して向かい合えば、嫌われずに済むことで。
それでも嫌われてしまうようなら、それまでの関係だったというだけだろう。

遊月の願いはどんなにがんばっても叶わない。
違う。遊月には最初から、がんばることさえも許されない。
遊月の顔が、かっと熱くなった。
平静な顔をして、シャロと話をするために、何度も深呼吸をしてから彼女の元に戻った。

だけど。
その時点では、『そんな願いのためにあんな誘惑に惑わされるなら、止めよう』というおせっかいの方が大きかった。
少なくとも、勝手にのぞき見した『願い』に勝手にキレて、くだらないと断じるような下劣で悪趣味な人間にはなりたくなかった。
桐間紗路にとっては切実なことなんだ。己にそう言い聞かせながら、戻った。

だけれど。

「お金持ちになれたらな……なんて」

お金さえあれば、好きな人に嫌われずに済んで、
お金さえあれば、好きな人といっしょにいられる。
シャロがそこまで意図しての発言では無かったとしても、
遊月の耳には、そう聞こえた。

陳腐な例えだけれど、
頭で『プツン』という音がした。

そこから先は、感情の赴くままに言葉を発していた。

◆   ◇   ◆   ◇


「謝らなきゃ……私、すっごい理不尽なヤツじゃん……」

セレクターでもない、普通の女の子を傷つけてしまった。
その罪を後悔しながら、遊月は歩く。
シャロが当初の目的地には向かわなかったことを知らず、市街地の建物が見える方へと。

「大丈夫だよね……定春もいるから、何かあっても逃げられるはずだし……。
私なんかと一緒にいるより、安全だよね……?」

遊月は、まだ気づいていない。

シャロから、この場所にいると説明されていた四人。
保登心愛と、香風智乃と、宇治松千夜と、天々座理世。
シャロにとっての『好きな先輩』とは、その中の天々座理世であること。
紅林遊月と道をたがえた結果として、シャロは彼女たちに会えそうな『ラビットハウス』に向かわなくなったということを。

まだ気付かずに、市街地を目指す。

【G-6/F-5との境界付近、市街地の近く/黎明】

【紅林遊月@selector infected WIXOSS】
 [状態]:健康、後悔
 [服装]:普段着
 [装備]:ブルーアプリ(ピルルクのカードデッキ)@selector infected WIXOSS
 [道具]:腕輪と白カード、赤カード(8/10)、青カード(10/10)
     黒カード:不明支給品0~2 (確認済み)
 [思考・行動]
基本方針:叶えたい願いはあるけれど、殺し合いはしたくない
   1:シャロを探し、謝る。
   2:るう子には会いたいけど、友達をやめたこともあるので分からない…。
 [備考]
  ※ピルルクの「ピーピング・アナライズ」は(何らかの魔力供給を受けない限り)チャージするのに3時間かかります
  ※参戦時期は「selector infected WIXOSS」の8話、夢幻少女になる以前です

【定春@銀魂】
桐間紗路に支給。
万屋で飼われている身長170cmの超大型の犬。
正体は天人襲来後「たーみなる」建造のために取り壊された神社にあった「龍穴」と呼ばれる場所を守護する狛神で、神社の巫女の阿音・百音の経済的理由により捨てられたところを神楽に拾われた。
当初は神楽にしか懐いていない(神楽以外の人物には牙をむいて襲いかかるほどの)猛犬ぶりだったが、「定春編(原作71~73訓、アニメ45話)」で狛神に変身して暴走したところを止めてもらった際に銀時達への恩義を感じたのか、賢くなり懐いてきた。
「金魂編(アニメ253話~256話)」では、銀時をはじめとした神楽以外のメンバーにも懐いていることがはっきりと明らかになり、
人に襲いかかるシーンも戦闘だったり神楽の命令だったりスキンシップだったりをのぞけば減少しつつある。
ただ、それでも人見知りが激しいところ自体は治っていないようで、神楽いわく知らない人が家にくるとやたらと吠えるらしい。
殺し合いの状況はよく分かっていないが、所有者から離れてはいけないという制限はぼんやりと理解しているらしく(それが無ければ勝手に神楽たちを探しに走り出していると思われる)、会場のどこかにいる万屋メンバーの元に帰ることを希望している。

【ブルーアプリ(ピルルクのカードデッキ)@selector infected WIXOSS】
紅林遊月に支給。
蒼井晶のアニメ一期でのルリグ、ピルルクが収納されたカードゲーム『ウィクロス』のカードデッキ。
エルドラと同じくロワに関する説明はあまり受けていないようだが、人間に作用するアーツ『ピーピング・アナライズ(後述)』を使用できることは理解している模様。

※ピーピング・アナライズ
ピルルク固有のアーツにして、蒼井晶の十八番である戦法。
またルリグが使える能力の中では、アニメで唯一確認されている、『(ゲーム中での効果だけでなく)現実のプレイヤーへも攻撃(精神攻撃だが)をすることができるアーツ』でもある。
それは、ピーピング・アナライズを受けた人物(対象1人)は、その心に持っている『願い』をつまびらかに覗き見られてしまうというもの。
ただし、彼女と対戦した時の小湊るう子のように、相手が「何の願いも無く、ただ戦うためだけに戦っている」ような時は心が読めなくなる。
本ロワではカードゲームでエナコストを溜めるのに必要な1ターンを現実の時間として見なし、1時間で1コストが溜まるものとし、3コストを消費することで(つまり3時間に一度だけ使用できるという条件で)『ピーピング・アナライズ』を発動できるようになっている。
また、ルリグカード自体も魔力を持っているために、参加者や支給品による魔力(もしくはそれに類するエネルギーの)供給を受けることができれば、エナを溜める手段もこの限りではないかもしれない。
他のルリグカードもコストや魔力しだいではこの会場で持ち技を使えるのかどうか。
それともピルルクのピーピング・アナライズだけが(先述のとおり、カードバトルだけでなく現実の人間にも効果を及ぼせるからこそ)限定的に使えるものなのかは現時点では不明。


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桐間紗路 053:ハジケなくちゃやり切れない
紅林遊月 058:スマイルメーカー