華の行方 ◆gsq46R5/OE


  守れなかった――
  どれだけその事実から目を背けようとしても、目の前に転がるものがそれを許してくれない。
  つい先刻までは生きていた少女。今となっては顎を砕かれ、変わり果てた有り様で死んでいる。

 「あ」

  仕方がなかった。
  実際アインハルトが助けに入った時には、もう何もかも遅かった。
  死体……池田華菜はその時点で重傷を負っていたのだから、彼女が責任を感じる必要は本来ない。
  仮に脇目もふらずに逃げていたとして――それで池田が助かったかと言われれば、難しいところだろう。
  しかし、アインハルト・ストラトスは真面目な少女だった。
  その真面目さが、今度ばかりは仇となる。アインハルトには、罪から逃げることで身を軽くする選択肢がないのだ。

 「ああ……」

  『彼』として生きていた時になら、死体など山ほど見てきた。
  それでも、『アインハルト・ストラトス』としての人生では――これが初めてだ。
  おまけに、池田はアインハルトの目の前で息を引き取った。死にたくないと、無念の言葉を遺して。
  過去はどうあれ、今はただの幼い少女でしかないアインハルトが、それを受けて平常でいられるはずがなかった。


 「ああああああ……ッ!!」


  ジャック・ハンマーと出会う前、アインハルトは意気込んでいた。
  非道な殺し合いに怒りを燃やし、必ず打倒せねばならないと強く拳を握り締めた。
  アインハルトはこんな所では死ねない理由がある。それに、死なせられない好敵手(とも)もいた。
  必ず守ろうと思った。あの『グラップラー』に出会ったのは、それからすぐのことだった。
  痛感した。自分という存在がどれだけ弱く、無力なものかを痛感させられた。
  デバイスがあれば戦えたかもしれない? ――そんなことを悔やんだところで、死んだこの人はもう帰ってこない。

  アインハルトは悔やみ、それ以前に恐怖していた。
  それはある意味で、彼女にとって幸運なことだったのかもしれない。
  バトル・ロワイアルという趣向において、綺麗事は通用しないことを思い知ったのだ。
  殺し合いに乗る参加者は確実に存在し、拳で語らうだけでは分かり合えない者もいる。
  インターミドルの戦いが熱湯だったとするなら、こちらは冷水だ。
  誇りも、熱も、何もかも存在しない。あるのはただ、空寒いまでの無常さのみ。
  ――恐ろしい。素直にそう思う。これまでのどんな戦いよりも醜くおぞましく、それでいて激しい。
  目の前で誰かを失う……赤の他人であれ、それによって生まれる痛みを、アインハルトは今痛感していた。

  だが、それは言わずもがな致命的な隙となる。


 「…………子ども、か」


  現れたのは、金髪の少女。
  少女相応の細腕でありながら、無骨な大剣を軽々持ち上げている。
  隻眼の奥底から滲むのは――僅かな罪悪感。子どもを殺すという禁忌を犯すことへの、躊躇い。

  アインハルトほどの人物が、接近を感知できなかった。
  驚いた表情で振り返り、すぐに臨戦態勢を取るアインハルト。
  しかし、聡明な彼女には分かってしまう。感知できなかった、のではない。そうする余裕さえなかったのだ。
  少女の心は、先の衝撃的な出来事を前に、今や傷だらけだった。
  今のアインハルトには、戦いへ向かえるだけの強さすら抜け落ちている。
  その代わりに、守れなかった罪悪感が填っている。

 「ごめんな」

  此処は本物の戦場だ。
  いや、ある意味では本物以上に混沌とした戦場だ。
  血で血を洗う地獄絵図――誰も、少女の都合なんて汲んじゃくれない。
  言葉少なに大剣を構え、そのままアインハルトめがけ振り落とした。

  当然、それでみすみす殺される彼女ではない。
  培ってきた反射神経を駆使するまでもなく、横へ飛び退くことで回避する。
  只の子どもだと侮っていた相手に、殺すつもりで繰り出した攻撃を避けられた――それは少なからず驚きを生む。

  如何に精神的に疲弊しているとはいっても、アインハルトとて死ねない理由がある。
  此処に来てから二度目の変身。少女の華奢な体つきは、二十代前後の女性のものへと急成長を遂げる。

 「……勇者、ってわけじゃないみたいだけど――参ったな」

  参った、とは言いながらも、大剣の彼女に退くつもりは毛頭ないようだった。
  それを確認するなり、先に動くのはアインハルトだ。
  踏み込むと同時に、敵の土手っ腹へと渾身の正拳を叩き込む。

  かはっ。
  たまらず肺の空気を逆流させる相手を逃さず、追撃を入れんとして――アインハルトのこめかみに衝撃が響いた。
  打撃を受けて蹌踉めいた体勢から、半ば意地でもって蹴りを繰り出されたのだ。
  格闘家である彼女が冷静に見たなら大したことはないだろう一撃は、しかしやけに重く響く。
  そこで彼女は気付く。自分が初撃に出る前、相手が呟いた独り言。
  『勇者』。アインハルトにはまったく未知の単語だったが、この力は素人のものでは間違ってもない。
  きっと、その『勇者』へと変身している。なら、どうするか……その答えを出す前に、顔へ鈍い痛みが走った。

  大剣の柄を突き出すことで、どうやら視界を潰そうと図ったらしかった。
  結局狙いは反れたものの、『勇者』の力で繰り出された攻撃を顔で受けたことに変わりはない。
  大きな衝撃にぐらりと視界が歪む。だがそこは覇王流の少女。気合で体を動かし、距離を取って態勢を立て直す。
  ぺっと口の中に漂う、折れた何本かの前歯を吐き出した。


 「(最初は焦ったけど……よかった。そんなに強い相手じゃないみたいだ)」

  敵にこんなことを思われていると知ったなら、アインハルトはどう思ったろうか。
  大剣の勇者……犬吠埼風に、アインハルト・ストラトスという少女を嘲る意図は皆無だ。
  ただ、事実として彼女はそんな感想を持った。侮れない相手ではあるものの、勝てない相手ではないと。

  アインハルト自身は認識していないが、彼女の動きは普段に比べ格段に落ちていた。
  彼女は近接戦に精通している。天性のセンスと純粋な努力に裏打ちされた強さは、勇者の風にも勝るだろう。
  少なくとも、柄での突きは普段なら止めることだって出来たはずだ。
  受け止めてから身動きを封じた風に拳を入れ、武器を取り落とさせることだって出来たかもしれない。
  しかし彼女はそうしなかった。いや、出来なかった。今のアインハルトは、万全の状態ではなかったから。
  心技体とはよく言ったものだが、格闘でも何でも、戦いとメンタルは密接な関わりを持っている。
  アインハルトには技はある。それに相応しい体もある。だが、この時に限って言えば心(メンタル)はボロボロだ。

  風の大剣が、アインハルトの首を切り落とさんと振るわれる。
  ――恐ろしい威力なのは見ただけで分かる。もし受ければ、確実に頭ごと持っていかれるだろう。
  だから避ける。そして、無防備になる瞬間を見計らって打って出た。

 「覇王空破断ッ」

  拳と共に、飛んで行くのは衝撃波。
  風は咄嗟に大剣を面で構えて受け止めるが、硬直の隙を逃すアインハルトではない。
  狙うのは一つ――覇王断空拳だ。
  足から練った力を糧に、胴への拳の直打でもって終わらせる。
  殺しはしない。只、落ち着くまでは気絶していてもらうだけだ。
  渾身の力を込めた拳をいざ見舞わんとし、凜と腕を引くアインハルトだったが。

 「――!?」

  風の次なる行動には、思わず虚を突かれた。
  彼女はなんと、自らの得物であるはずの大剣を――アインハルト目掛けて投擲したのだ。
  それはセオリー外れもいいところの行動だったが、しかし狙いは正確で、無視できる行動ではない。
  剣の重量と勇者の力が合わさったそれは、型破りであろうと何だろうと立派な脅威だ。
  アインハルトはそれを弾き飛ばすべく、やむなく断空の拳を剣へと見舞う。

  面の部分に拳は直撃し、剣はくるくると宙を舞い――走ってくる風の手元へと収まった。
  そのまま、面での横薙ぎが繰り出される。
  これが線の部分でなかったのは僥倖だった。アインハルトは、この薙ぎを避けられなかったのだから。
  脳震盪を引き起こしそうになる衝撃。今度ばかりは、蹌踉めくだけでは済まない。

  地面へと引き倒されたアインハルト。
  風はその彼女を見下ろして、一言だけ呟いた。
  最初に言ったのとまったく言葉で、勇者は戦いを締め括ろうとしていた。

 「ごめんな」

  そこだけは、ジャック・ハンマーと違った。
  同じ殺し合いに乗っている者でも、この勇者はどこか悲しげに戦うのが印象的だった。
  どうして、こんなことを。そう問おうとしたが、それよりも速く、アインハルトを叩き割る剣が落ちてきて――



 「――――ちょおおおおっと、待ったぁぁああああ!!!!」



  アインハルトの背後から飛び込むように現れた、弐つの刀を持った少女が、それを真っ向から食い止めた。
  大剣の勇者はその人物を見て、驚きとも悲しみとも、怒りともつかないごちゃ混ぜな表情を浮かべる。
  その反応からしても、二人が既知の間柄にあるのは明らかなことだった。
  鍔迫り合いをやめ、後ろへと下がる風。
  現れた双刀の少女はアインハルトを庇うように立ち、毅然とその姿を見据え、目に焼き付けている。


 「よりにもよって、あんたが乗ってるなんてね――見損なったわ、風」
 「……夏凜か。正直、思ってたよ。最初に私の前に現れるのは、多分友奈かお前だってさ」


  犬吠埼風は勇者である。
  それと同じように、三好夏凜もまた勇者である。
  勇者とは弱きを助けて悪を挫くもの。それは他ならない、風自身が定めたことだった。
  それを知っているからこそ――夏凜には、今の風が許せなかった。

 「一応聞いておくわ。どうして、あんたは殺し合いに乗ったの」

  風は勇者部の部長だ。
  その彼女が殺し合いに乗り、目の前で参加者を殺そうとしていた。
  平静を装ってこそいるが、夏凜にとってもそれは決して少なくない驚きだった。
  失望よりも疑問が勝る。どうして、よりによって風なのか。なぜ彼女が殺し合いに乗ったのか。

 「どうしてって? ……分かりきったこと聞くなよ」

  問われた風は、キッと目を鋭く細めた。
  歴戦の勇者であるはずの夏凜をして、思わず気圧されそうになる気勢。
  風の戦う理由が決して独り善がりなものではないのだと知るには、それだけで十分だった。

 「世界を変える。バーテックスも、大赦もだ。何もかも、正しい形に変えてやる。
  ムカつくけど――出来るんだろ、あの繭なら。だったら私は戦うだけだ。私なら、絶対にやれる」
 「……何言ってんのよ! 樹は!? 友奈と東郷はどうするのよ! まさか、必要な犠牲だとか――」
 「………………違う。そんなことは、思っちゃいない」

  沈黙の後に返ってきた言葉を聞き、夏凜は確信した。
  今の風は、正気じゃない。
  世界を変えるという願いを叶えるには優勝する必要があり、そうなれば当然、彼女の最愛の妹さえ殺すことになる。
  その大きな矛盾を後回しにして、見ないふりをしながら殺し合いと向き合っているのだ。
  何が『私なら絶対にやれる』だ。夏凜は、反吐を吐きたい気分にさえなった。

 「二対一はちと不利だ。一旦出直させてもらうよ。出来ればお前には、もう会いたくないけどさ」
 「……逃すと思ってるの?」
 「頼むよ」

  風は無防備な背中を向けて、夏凜たちの前から去ろうとするその間際、足を止めて懇願した。
  悲痛な声だった。いつもの風らしくもない、言葉を失ってしまうような泣き混じりの声だった。

 「私に、皆を……勇者を殺させないでくれ」

  そんな台詞を聞いた夏凜は、もう掛ける言葉が思いつかなかった。
  きっと今、何を言ったところで風には焼け石に水なのだと冷静に分析する自分が居た。
  力づくで無力化させて、ふん縛ってから説教をする選択肢もあったろう。
  ――しかし風の懇願を聞いた夏凜にはそれが出来なかった。
  今の夏凜は孤高ではない。勇者部の一員であって、犬吠埼風の仲間なのだ。
  だから……ただ、その背中を見送るしか出来なかった。




  アインハルトの傷は、幸い命に関わるものではない。
  しかし決して軽いものでもなかった。
  歯は所々が折れて隙間だらけになり痛々しく、脳震盪の影響もあり、しばらく歩き回らせるのは危険だろう。
  子どもの姿に戻った彼女の診察を終え、夏凜はようやく一息をつく。

  アインハルトの境遇も、傷を診る片手間ではあったが聞いた。
  戦う力を持たない少女一人、自分には守ることが出来なかった。
  確かにそれはキツいな、と夏凜は思う。自分の立場に置き換えて考えれば、それがよく分かった。
  夏凜も、そしてアインハルトもだ。
  力のない人間を守れる力をなまじ持っているから、守れなかった時の痛みは必然的に大きくなってしまう。
  たとえ自分の努力ではどうにも出来なかった状況であろうとも、だ。

 「……あのさ。私が言うのも何だけど、あんまり気に病むんじゃないわよ」
 「…………」
 「――あー、もう! そうやってウジウジするなって言ってんの!!」

  ……それはそれとして、他人がこうしているのを見ているとどうにもやきもきする。

  夏凜はアインハルトを正面から見つめ、両肩をがっしりと掴んだ。
  驚いた表情を浮かべるアインハルトへ、夏凜は言いたいことを整理もせずに捲し立てた。

 「覚えときなさい! あんたが悔やもうがどうしようが勝手だけど、死んだ人間は戻らないの!
  それに……あんたの友達も此処に居るんでしょ? だったら今、あんたがすることは何!」
 「私が、すべきこと……」

  脳裏に浮かぶのは、今もどこかで殺し合いの恐怖に曝されているだろう、コロナとヴィヴィオの顔。
  インターミドルの戦いで全力を尽くし合ったゴーレムマイスターの彼女と、そして自分の最大の好敵手。
  ――彼女達は、死なせたくない。いや、死なせられない。

 「私は、ヴィヴィオさん達を……」
 「守りたいんでしょ? だったらくよくよしない。
  いくら力を持ってたって、ダメな時はダメなのよ。大事なのはそれを繰り返さないようにすること」

  ……我ながら、ずいぶん背中が痒くなってくるような台詞が出てくるものだと思う。
  少し前の自分なら考えられなかった。そう考えると、やはり勇者部に入って得たものは大きいのかもしれない。
  だからこそ、止めなくてはならないだろう。
  凶行に走る風を引っぱたいてでも止めて、根性を叩き直してやる。それこそが、彼女の友人としての務めだ。

 「…………」

  アインハルトは、夏凜の言葉を噛み締めているようだった。
  心なしか、その表情は先程よりも明るい。
  此処から先は彼女次第だ。夏凜はあくまで背中を押す役割でしかないのだから。
  アインハルトの容態が回復したら、可及的速やかに仲間を増やしていこうと夏凜は考えていた。
  友奈達やアインハルトの友人……ヴィヴィオとか言ったろうか。とにかく、その子達も見つけねばならない。
  やることは山積みだ。しかし、やるのみ。

 「だって――『三好夏凜』は、勇者だものね」

  三好夏凜は勇者である。
  双刀の勇者は、決して挫けない。


【F-2/森/一日目・黎明】
【三好夏凜@結城友奈は勇者である】
[状態]:健康
[服装]:普段通り
[装備]:夏凜のスマートフォン@結城友奈は勇者である
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
     黒カード:なし
[思考・行動]
基本方針:繭を倒して、元の世界に帰る。
   1:アインハルトが回復次第動き出す。
   2:風を止める。


【アインハルト・ストラトス@魔法少女リリカルなのはVivid】
[状態]:魔力消費(小)、脳震盪(回復中)、歯が折れてぼろぼろ、鼻骨折
[服装]:制服
[装備]:なし
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(20/20)、青カード(20/20)
     黒カード:1~5枚(自分に支給されたカードは、アスティオンではない)
[思考・行動]
基本方針:殺し合いを止める。
   1:私が、するべきこと――。
   2:仲間を探す。
[備考]
※参戦時期はアニメ終了後からです。




 「くそっ……」

  犬吠埼風は、仲間の勇者から逃げるように走っていた。
  ――やれるつもりだった。
  参加者を全員殺して、繭に願いを叶えてもらえばすべてが丸く収まると信じていた。
  もしもあそこで夏凜が現れなければ、アインハルトは殺せていただろう。
  もしもあそこで夏凜が現れなければ、こんな気持ちになることもなかったろう。

 「くそっ……」

  大赦。
  神樹。
  勇者。
  満開。
  散華。
  樹。
  ――様々な言葉が、ぐるぐると頭の中で回っている。

 「くそっ……くそっ……!!」

  仲間との接触を経ても、風は自分の矛盾には気付かない。
  気付かないのではない。気付けないのだ。気付ける筈なのに、無視しているから、気付けないのだ。
  後戻りなんてするつもりはない。それに、もう出来ないと風自身思っていた。
  結果的に戦う手段を持っていたとはいえ、無力なものだとばかり思っていた子どもに刃を向けた時点で。

 「やめろ……もう、私の前に立たないでくれ。私はもう、勇者なんかじゃないんだよ――」

  犬吠埼風は勇者ではない。
  大剣の少女は、坂道を転げ落ちるように、あらぬ方向へと信念を歪ませていく。


【F-3/森/一日目・黎明】
【犬吠埼風@結城友奈は勇者である】
[状態]:腹部にダメージ(小)、精神不安定
[服装]:普段通り
[装備]:風のスマートフォン@結城友奈は勇者である
[道具]:腕輪と白カード、赤カード(10/10)、青カード(10/10)
     黒カード:なし
[思考・行動]
基本方針:繭の力で、世界を正しい形に変えたい
   1:勇者部の皆には会いたくない。
   2:出会った参加者は殺す
[備考]
※大赦への反乱を企て、友奈たちに止められるまでの間からの参戦です。
※優勝するためには勇者部の面々を殺さなくてはならない、という現実から目を背けています。


時系列順で読む


投下順で読む


三好夏凜 062:逆境に耐える
015:グラップラー アインハルト・ストラトス 062:逆境に耐える
犬吠埼風 050:New SPARKS!