司会   デビューの前後のいきさつについてどういう紹介で決まったんでしょうか。やはり島田荘司を介してなんでしょうか。

我孫子  介してというよりは、島田さんとは話をするようにはなってたんですけれどこれとは別に、長い話になりますがあるマネージメント会社という形で、その時綾辻さんが契約してたんですね。歌野晶午さんもそうなんです。ぼくも一緒に、本を出して印税の一部を納めるからその代わりにどっかに売り込んであげましょうというそういう形の経営をやってた会社があったんですが。そこの人が積極的に面倒を見てくれたということなんですね。それとは別に宇山さんという、新人発掘という、島田さんがやってたんですかという質問がさっきありましたが、新人発掘という意味では講談社の宇山さんという人の力というか功績というのはすごく大きくて、どんなものかわからない原稿を何でもとりあえず、とりあえず読んでくれる。読んでね、これいけるいけないという返事をしてくれるという編集者は他にそういないと思うんですよね。いまはだいぶ増えたかもしれないけれど。実際出版情況をみててもわかると思いますが八七年以降、賞をとらないで新人が出てくるのは創元と講談社だけなんですよね。まあごく稀にぽつと出てきますけれど。ほぼ創元と講談社が見付けてきた新人がその後生き残るようであればうちも声をかけてみて本をだすというそういう情況ですね。普通の読者が出版情況をみてどれくらいわかってらっしゃるかはわからないですが。やっぱりどこの編集者もですね新人の原稿をみて出すとか出さないとかいう判断ってほとんどしてないと思います。読んでないですね。そういう意味で今メフィスト賞なんてありますけれど、大変だと思いますよ。他の仕事しながら来る変な原稿をとりあえず誰かが読んでるわけだから。ボロ糞に言ってますけれど、読んでくれるああいう場所が今はあるわけだからいい時代ですよ。デビューしたい人にとってはいいことですよね。
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司会}  小説を書くのに紙とペンと他に必要なものはあるでしょうか。例えばこういう経験が役に立ったとか。

我孫子  経験はほんとに無いんで。大学中退して(作家)やってるような人間ですから。社会人経験なんか無いに等しくて、バイトとかはしてますけれどサラリーマンとかそういうのは実感としてはわからない訳で、あくまでもメディアを通した情報とかです。もちろんうちの親はサラリーマンだったんである程度のことはわかりますけれども。何でも経験しとくにこしたことはないという気がするし、書いてて真剣にねぇ一遍公務員試験でも受けてどっかで働いてみるかとかね。とくに専門職、医者とか弁護士とか警官関係はミステリーに関してはなっときゃよかったという気がしないではないですね。実際の捜査活動とか知ってる人が書いたらやっぱりミスはないのだから。ただ、警官が書いたのが面白いかというとそうではなくて、もちろんいろんな資質とかあるんでしょうけれども逆に知ってることによって縛られちゃって自由にものがかけないということもあるでしょうね。一概には言えませんが何でも経験するにこしたことはないかなという気はしますね。正直、例えば死なないとわかってたらちょっと刺されてみようかなとかね。死ぬのは嫌だし痛いのも嫌だから。何かの都合で恐い目に遭うとか。

司会   じゃあわりと何でも芸のこやしになると。

我孫子  なるでしょうね。ときどき乱歩賞とか昔の横溝賞とかでも専門職の人が書いた専門分野を舞台にしたミステリーって結構ありますけれど一作品で終わっちゃうひとって結構多いですね。あれは他にも色々理由があると思いますね。そっちの方でちゃんと食っていける人だったり、ちょっと一発小説でも書いて賞金を当ててみようという感覚で書いて宝くじでも当てたつもりでその後書く気もないという可能性があるんだけれどもしかしたらそうじゃなくてもう書けなくなっちゃったのかもしれないですよ。想像力でもって適当なことを、ほら吹きなんですから要は。ホラを吹く力がない人が専門分野の知識で一冊書けてもその後続きが書けないという人もやはりいるよねという気がしますね。それも専門職が医者とか警官とか弁護士なら長続きするんですけどね。やっぱりそれだけミステリーにしやすい題材が転がってるんだろうなと気がする訳で。だから医者と弁護士と警官の友人は作っとこうと思いますけれど。

司会   専門職でありながら作家というのはいますね。『パラサイト・イヴ』の瀬名秀明さんなんかは薬学部の研究をなさってるかたで。後大学の助教授でありながら小説を書いてるというかたもいますけれど。ここ二、三年でミステリーというのはいろんな流れになってるとはたで見ていて思うんですよ。その辺の新しい作家についてはどう思いますか。

我孫子  まず、一貫して言うとこの二、三年で出た人たちというのはおおむねマニアの呪縛から外れた人たちですよね。そういう意味ですごく新鮮なところがある。京極さんなんかはミステリと思わず読む人がいるだろうし、本人も別にミステリだと主張しないしいろんな読み方ができる。読んでてマニアだけを相手にしてるような書き方と違うんですね。その辺はやはり新鮮で羨ましいけど自分にはできない。こういうのは俺だったらこう書けないなぁと距離を置いた状態で単に読者として楽しめるといところはありますね。森(博嗣)さんなんかも一作目は本格ミステリだなと思ってたんですがどうも読んでいると微妙に興味の対象がずれてるというのがわかってきて。やっぱり(エラリー・)クイーンとかはお好きみたいなんだけれど系統立ててずっと現代の本格などを読んできたのじゃないといういうのが視点の違うところかなぁと思いますね。

司会   ミステリーの流れを見てみるとマニアの呪縛を逃れることによって拡散してるんですよね。ちょっと前、島田荘司ぐらいはまた拡散してそこを本格になおそうという部分がありましたね。新本格とかいって。
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我孫子} 直そうというか結局、おおむね綾辻さんとかですね、京大から出た人たちや有栖川さんとかその辺の人はあくまでも読みたいものを書いてる。別にハードボイルドが嫌いなわけじゃないですし、綾辻さんなんかも当初売れるとは思ってなかったんですよね。編集者なんかもムーブメントなんかにしようという意識はなくてまあ例えば昔からいわれてるんですけれどもコアな本格ミステリファンというのは大体一万人ぐらいしかいないんだと。というのも当時泡坂妻夫さんとかの本格ミステリが大体それ位が上限だったそうで。当時ですよ。だからそんなに売れるもんじゃない。でもそれでいいじゃないかという感じで最初出てたんですよね。ところがだんだん売れてきて。こうしようという意識は全然なかったんですね。出版社側は知らないけれど。だからどうなのかな、別に拡散だとしても全然悪いことじゃないし。読んでてすごく面白い情況だなと思います。

司会   でも歴史は繰り返すというじゃないですか。だから将来のミステリーなんかを考えたときに今面白い方向に結構拡散しているのにまたど本格を書こうという第三次本格みたいなのが起こるんじゃないかと予測してますけれど先生は将来はどうなるかなという予測はりますか?
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我孫子} 笠井さんに言わせると今の新人の台頭は第三の波ということになってるんですが、波っていうぐらいだから終わる時があると思うんですよ。まずど本格が台頭するかはわからないけれど本格の新人はとにかく数出てますよね。冒険小説の新人が五年に一人の割合でしか出てないような感覚があるんですよ。少なくとも書評家が名前を出してきてだれだれの新作はなかなか良いとかっていうような人、北方謙三や志水辰夫みたいな人がまとまって出た時代があったわけですけれどそれ以降本格自体はすごく読まれるように、冒険小説・ハードボイルドが読まれるにもかかわらず気軽に新人が出られる情況では今ない。なんか知らないけれど本格の新人の方がずるずるといつまでも毎年出てるなぁていう感じはするんですよね。ただそれがいつまでも続くかどうか不安というか。不安ではないんですよ。終わってもいいし。とりあえず自分が本を書かせてもらえばそれでいいわけで。
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司会}  この中に作家になりたいと思ってる人もおられると思いますが、その人たちにアドバイスがございましたらお願いします。

我孫子  黙って家でしこしこ書いててもしょうがないなというのはありますね。発表の場があるのならいいですけれど、思ってるだけじゃもちろん駄目だし家で書いてるだけでも駄目だし、積極的にアクセスするに越したことはない。ていうぐらいかな。

司会   それは自分の力を試す場があればいいということですか。

我孫子  そういう意味じゃなくて駄目元というか色々やってみればということしかできないですが。例えばゲーム作家になるにはどうすればいいですかと聞かれることもあるんですけれど、聞かれても困るんですよね。こういう情況があったからこうなんだというものであってそれでは全然参考にはならないでしょ? 小説を書いててたまたまそういうのが来たから連絡とったらやりましょうと盛り上がっただけのことなんで。そういう、小説も書きたいしゲーム業界とも関わりたいというのであればぼくみたいなやり方もあるかもしれませんし。だからといって自分からやりたいといったわけじゃないのでゲーム業界とかかわることはそうそうないと思いますけれどね。いろんな所でゲームが好きだといっておくというのも手ですね。例えば活字メディアに出せるとお得なことがあって本を送ってきてくれたりですねあるいは「このミステリーがすごい!」ってありますよね。そこで自分が好きで投票しておくとですねその本を出した編集者が喜んでですね、また投票してくれないかという意味で次に担当した別の本を、ぼくが好むかもしれないというような本を見本ができた段階で送ってくるんですね。ゲラを送ってきてですね解説を書かないかとかね。そうやってどんどん広がっていくもんでゲームなんかもこれからすごく垣根が低くなればどんどん以来がのびる可能性はありますね。ぼくが「かまいたちの夜」をやってから以降綾辻さんや竹本健治さんに話が来たり。ミステリ作家にゲーム好きな奴一杯いるじゃないかというゲーム会社側の意識というのはあると思いますね。

司会   読書経験が大きいぞということはありませんか? 作家っていったら結構小さいときから本ばかり読んでるというイメージがあるのですが。

我孫子  さっき京極さんや森さんがマニアの呪縛から自由だというのはですね、やっぱりミステリーだけ読んできたんじゃないということなんだと思うんですよ。ある意味でミステリマニアであることの強みというのはないことないんですけれど余計なものであるケースもある。当然読書経験というのが呪縛になる場合もあるだろうし肥やしにもなるだろうし。一般的に本が好きでない人は本書かないと思いますし。たまに本なんか読まないくせに小説ですごいのをさらっと書けちゃうひともいるとおもうんですよね。そういうのは特殊な天才みたいのものでたまには出てきて欲しいなあというのはありますけれど天才じゃない人はこつこつといろんなのを読んでどういうのが面白いかとかですねあくまで自分にとってですけれども面白いとかですねそういうようなことを考えながら模索していくしかないんではないんですかね。