阿部次郎『三太郎の日記』「芸術のための人生と人生のための芸術」

 芸術の製作ならびに鑑賞は、いうまでもなく人間の一つの活動である。ゆえにそれは一個人の内部生活において、また個人の集団なる社会において、他のもろもろの活動や目的や理想と交渉するところなきを得ない。これらもろもろの活動や理想の中にあって、芸術の製作ならびに鑑賞はいかなる位置を占め、いかなる価値を有し、いかなる使命を持つか――芸術はかくのごとき着眼点から評価されることをこばむことができない。そうして他のすべての活動と等しく、芸術もまた人生全体の意義と理想とに参加し、窮極理想の実現に貢献する程度に従ってその価値を獲得する。この意味においてすべての芸術が人生のための芸術でなければならないことは、繰り返して言うまでもないことである。もし芸術のための芸術と言う主張が、かくのごとき着眼点から芸術を評価する権利をこばむことを意味するならば、それは主張ではなくて片意地とわがままとである。思想ではなくて思想の放棄である。芸術の意義に対する解釈ではなくて、単にがむしゃらなる独断である。ゆえにこの意味における芸術のための芸術と人生のための芸術との対立は、最初から考察に価しない。それがいやしくも一つの主張として意義あるものであるためには、芸術のための芸術とは他との比較をこばむ独断ではなくて、他のもろもろの価値と比較せる後にもなお芸術の価値の優越または至上なることを主張するものでなければならない。



昭和48年 名古屋女子大学 家政
昭和48年 京都産業大学 経営・外