セブルスと私


十七時になる三十分前。


はぁ~。


私は図書館でため息をついていた。
理由は、この後セブルスに会うためである。

「まったく、人生とは教科書通りにいかないもんですねぇ」

ハーマイオニーは寮で勉強(まだ、すんのかよ……)をしているし、ネビルは寮で荷物の把握と紐解きをしている。
つまり、私は一人だ。

本来、セブルスに一人になるなと言われてはいるが、こういう考え事の時は一人になりたい。

 

 


こういう時――それは、岐路に立っている時だ。

 

 

もしも、洗いざらいセブルスに言えば、どうなってしまうだろうか?

嫌われるのだろうか?
卑下されるだろうか?
ああ、殺されるかもしれないな。

マイナス方向に思考が向いてしまう。


なーう


ん?

足元を見れば、庸が心配そうに見ていた。

『おまえ、ついてきてたの?』

どうやら、寮からこっそりと付いてきたようだ。
禪がいるのは、図書館でもけっこう奥の場所だ。
生徒も先生さえもよほどのことがない限り、そのような場所には来ない。
そんなとこに庸が来る方法は、禪に付いてくるしかないのだ。

ほらおいで、と膝を叩いてみせると、ぴょんと乗ってきた。

数回撫でて、頬を緩ませる。

『庸が鳴くってことは、よほど私ひどい顔してた?』


にゃ-ん


答えるように、庸が鳴く。

 

『はは、心配させちゃったね。昨日は一人にさせちゃったし』

 

ロシアンブルーはあまり鳴かない猫として有名だ。
王室の猫としても有名であったが……
鳴かないゆえ、世界大戦時気づくのが遅く助かる確率が低かった品種でもある。

 

『私は、声を上げるぞ?』

 

なぜか猫の品種に思考がいってしまってから、覚悟が決まる。

 

我ながら、悪い癖だねぇ。

 

考えている最中ではなく、それが途切れ、尚且つ、何かをしている時に不意に覚悟が決まったり、肝が据わる癖は。

 

だが、これで覚悟は決まった。

 

声を上げないまま、終わりを迎えるくらいなら、声を上げてやろうではないか。

もう、耐え続けることは散々前の世界でやったのだ。
だからこの世界では自分を抑えない。

『といっても、狂気は抑えてやるけどね』

抑えるのは、それだけでいい。

『庸に教えられるとは、ほんと私まだまだだね』

 


コンコン

十七時になったと同時に、私はセブルスの私室をノックした。
庸も杖の慧を銜えたまま、足元に控えていた。
流石、忠実な性格のロシアンブルーなだけある。

 

 


「……来たか、入りたまえ」

 

 

 

さぁ、行こう。


セブルスの声を聴いて、肝が据わり、目がスッと細まる。

扉を空け、セブルスに促されるまま、またソファに座った。

 

「我輩がなぜ呼び出したか、分かっておるかね?」

 

『予想は付きます。目立つなという事でしょう?』

 

「そうだ。まさか、校長があのように目立たせるよう組み分けするとは思いもしなかったが……」

 

『それでも、目立ちすぎているというのでしょう?』

 

「ああ、そうだ。

 なぜ、貴様は初日から寮に居(お)らん!

 なぜ、貴様はっ!!

 マクゴナガルの授業で目立つ!!」

 

色々ストレスが溜まっているのであろう。
セブルスは喋っていくたびに、その声を荒げていく。

 

『セブルス』

 

私は出来るだけ静かに、言った。
彼はまだ冷静ではない。
事を荒げる必要はない。

 

『セブルス』

 

ただ一言。
彼の名を静かに繰り返す。

 

『セブルス』

 

切なくもなく、怒りも含まず。
脅しも、悲しみも感じさせずに。


ただ、繰り返した。

 

『セブルス』

 

彼もハリーもハーマイオニーも、怒りが頂点に達せば、冷静さを忘れてしまう。


だから彼が冷静さを取り戻すまで、

 

『セブルス』


その名を静かに呼び続けた。

 

 

 


ただただ無言で怒りを表すセブルス。

 


それにセブルスの名を静かに言う私。

 

 


別に、部屋に入ってすぐこうなる事を予想していたわけではない。

 


私はただ、流れに沿いながら、少しだけ軌道をずらしてやるまでだ。

 

 

 


そうして、彼の名を呼びながら、三十分は経っただろうか。

 

 

 

 

やっと彼は冷静になっていった。

 

『セブルス』

「もういい」

 

沈黙以外の答えが返ってくる。

ならば……

 

『ありがとう』

 

私は感謝の言葉を口にした。

セブルスの目が揺れ動く。

 

『ありがとう、セブルス』

 

 

温かい笑顔で温かいまなざしで。

 

 

 彼は怒りが頂点に達するもしくはイライラが募る時、本来の冷静さを失う。
 それは彼の短所であり、私からすれば彼の可愛い所だ。



「……どうしてだ」



 普段、生徒達に良い印象を持たれぬ彼は戸惑いながら、呟いた。


『心配事他にも抱えていらっしゃるのに、私の心配をしてくれてありがとうって言っているの』


 彼は戸惑ったまま、私を見る。





『初日に寮に入れなかったのは不可抗力。ミネルバの授業で一発で成功したのは、セブルスとここで練習した成果』





『どちらも意図してなったわけじゃない。目立ちたくてしたんじゃない』




「禪」


 ようやくハッとしたのか、私の名を彼は呼んだ。
 私はあえて言葉をつづける。





『でも、私もそろそろちゃんと本当のことを言いたい。わざと分かりにくく言う癖だとセブルスには教えたよね。だから、もう洗いざらい言っておきたい』









 まるで、穏やかな心で断頭台に向かうような目でそう言った。





 



 
 もう、抑えるのには飽き飽きしたんだよ。
 セブルス、君は聞いてくれるかい?




 

 



「何を言うというのだね?禪は、貴様は既に訊問済みで……」


 目を左右に揺らして戸惑いながら、セブルスは困惑をあらわにしている。



『セブルス』



 名を呼べば、彼は黙った。



『貴方も、うすうす気づいているでしょう?私が』





『私が、例のあのお方に似ているのではと』



 


何とも言えない顔で、セブルスは私を見ていた。


『何となく自覚はあった。でも私は一番似てながら、一番似ていないと思うんだよ』


「……それでは矛盾しているのではないかね?」


『セブルスもそう思うけど、そうなんだよ』


「……なぜ、言いきれる?」


『簡単さ。ずっと、自分が嫌いだったから』


そう言うと、セブルスは難しい顔をした。


『幼い頃から私は、“夢見がち”まぁよく言えば“想像力豊か”でね。ずっとずっと現実を分かっていなかった節があったの。でも、そんな私でも両親は喜んでいたわ。ある日までは』

庸に膝に乗ってもらうように身振りをし、飛び乗ってきたそのふわふわとした毛並みをなでる。

『その日は、七歳から十二歳までが通う学校の入学式だったかな。沢山のお花が咲いていて、私以外にも沢山の入学生がいて。親も喜んでいたよ。家に帰るまでは』

目を閉じて、なでつづける。

『家に帰った途端、私の視界は真っ暗になった。母親の方がカーテンを閉めていてね。父親は鍵という鍵を閉めて回ってたんだよ。そんで、なぜかリビングの机に本がいっぱいあって、その前に座らされて、ずっと何かを書き取るように指示された。それが勉強をさせられていると自覚するのも、“夢見がち”な性格のおかげで何年もかかちゃったなぁ』


『思えば自業自得というとこもあったよ』と苦笑しながら、言う。


「周りはおかしいと言わなかったのかね?」


『私は無視されていたんだよ。友達もいなかった』


「幼馴染の一人もいなかったのかね?」


『幼馴染かぁ、欲しかったけどいなかったよ。幼馴染って周りのクラスメートにはいるから、ずっと羨ましかったし。ホントなんでいないんだろうって思ってた。それから何年もたって大人になってから分かったよ。親が幼馴染を作るのを阻止したんだって』


「なに?」


『ほら、私女の子だからさ。でもって私は両親にとって初めての子だったの。だから、大事に大事にするあまり、外で遊んでも他の子と遊ばせるようなことは、あまりさせてくれなかったんだ。例え一日だけでも誰かと遊んでも、次の日は遊び場に行かせてくれない。同じ遊び場に行くのも数週間おきだったらしいから、当然遊び相手が見つからない。遊んだ子も私の顔を覚えてなどいない。だからいつも一人ぼっち。そんな状態でそのまま育ったから、ずっとずーっと一人だったよ』


「助けを求めはしなかったのか?」


『今なら、そう思えるけど、ほらさっき言っていた“夢見がち”な性格。この性格の影響もあってずっと自分も周りも騙してしまったのよ。“私はずっと勉強していれば褒められるんだ”とね』

『バカみたいでしょ?』と自嘲気味に言った。


「……」


セブルスはもう何も言わない。


『そう言うことで、私は自分も周りも騙しながら勉強だけした。勉強して勉強して、テストでいい点数とって、もっと上の学校、高校とか大学とか行って―――』

 

 


『――それで、自分がわからなくなった』

 

 



「は?」


 「それどういう意味だ?」という表情のセブルスに説明していく。


『私はどんな人物なのか、どんな人が好きなのか、どれを優先してどれを選ぶか分からなくなちゃった。人に自己紹介するのに、それって必要じゃない?でも、それすらわからない私は、うまく人と付き合えなくなっていたんだ。もともとは人懐っこい性格でもあったはずだから、フツーに人に声をかけることはできる。でも、雰囲気が全く分からなかった。極端にわからないとかじゃない。感じ取る事が出来なかったの。大学に行って、それを痛感したわ』


 『あ、大学っていうのは多分この世界にもあるはずよ。ただし、マグル界でね』と言ってウィンクする。
 重い内容なのに、その仕草は如何なものかと、セブルスが片方の眉を上げた。


『大学は、高校とかと違って広い地域から生徒を集めるの。だからいろんな人が集まる。そこでは学術だったり専門的な分野を学ぶの。でも、一番求められるのは統率力とか、コミュニケーション能力だった。統率力なんて、まず持ってはいなかった。出だしで何とか皆をまとめても、それが結局誰かに任せるしかないほど、私にはコミュニケーション能力も統率して、操る能力もなかった。私にはとても務まらないほど、私の手は狭かったの』


 庸の肉球をもみながら、話す。


『でも、わざわざ家から遠い大学にしたからなのか、やっと大学で友達は出来たよ。似た子ならいくらでもいるというように、“何かかけた子”は沢山いたんだ。話して、遊んで、助け合って、喧嘩して話し合って、和解して、また遊んで。あっという間に大学卒業するくらい楽しかった』



「よかったではないか」



 セブルスが安堵したように憮然と言った。




『そう思う?でもね、地獄はそこからだった』


「なに?」




 予想外だったのであろう、驚きを隠せず、彼は目を見開く。










『私は親に失望されたの』









 

 


「失望だと?」

 


『うん、失望。“夢見がち”な性格が祟って“嘘つき”とか“知ったかぶり”になっちゃってたし、それを正しても雰囲気なんか分からなかったし。んで、大学を卒業できるくらいの学力があるとね、就職で結構高い水準を求められるんだよ。もちろん、高い統率力と抜群のコミュニケーションも求められるの』

 


「…………就職できなかったのかね?」

 


『うん、ぜーんぜん!全くできなかったよ。二年の就職活動したのに、これぽっちもね!でも、それでもパートとかバイトなら受け入れてくれるところがあってね、そこで地道に頑張って稼いでいたんだ。お客さんからの受けもよかったし、一緒に働いている人たちとも仲良かったから、ほとんど社員同然に働いて、待遇もそれなりに良かったんだ。なんとか生きていけそうなくらいでの給料ではあったけど、精神的に楽だったよ』

 


「ならばよかったではないか」

 


『えへへ、セブルスもそう思う?けどね、親はそう思ってなかったんだ。親はそれを決して認めなかったんだ』

 


「なに?!」

 

「周りに認められているのに、認められないとはどういう事だ?」とセブルスが聞いてくる。

 


『給料に納得してくれなかったの。大学まで出ているんだから、もっと上に行きなさいってね。親が高望みしちゃったんだ』

 

「なんと」

 

『でも、自分がどんなけだめな人間か分かっていたから、素直に身を引いて、再度の就職活動を諦めさせようとしたんだ。けど、諦めなかった両親は再三就職を押し付けてきてね。もう嫌だった。自分も、何もかも。自殺なんていくらでも考えた。でも生きていたかったから、だから……』

 

 


私、生きるために家出同前で一人暮らしし始めたの

 


自分の命を選んで、親を捨てた私は、セブルスにとってどう見えているだろうか。

 


「……つまり、自己防衛として家を出たという事か」

『まぁね。で、五年くらいバイトやパートで食いつなぐ生活してて、そんで住んでいた所ごと河に流されて、こっちの世界に来ちゃったわけ』


 『マジで長い話してごめんね』とセブルスに断りを入れてから、実は最初に彼が用意していたであろう紅茶に口をつける。
 それはすっかり冷めてしまっていた。
 彼の信頼も、この紅茶の湯気のようにすっかりなくなってはいないかと、目を瞑って考えてしまう。





「禪」





 しばらく落ちていた沈黙を破って、セブルスが呼んだ。

 ふと顔を上げ、彼の顔を見ればとても不機嫌そうな顔をしていた。






「貴様は、馬鹿なのかね?どこがどう似ておるというのだ」


 あ、やっぱりそうきますか。


『何時も一人でいて、勉強が友達になっていて、両親を捨てたことですよ』


 家出同前で一人暮らしを始めるという事は、“親を捨てた”事と同意義なのだ。








「馬鹿か、似ておらぬ」






『あはは、だから言ったじゃない

一番似ていて、一番似ていないって





 


 

(セブルス視点)

また怒りで我を忘れていた。

 


禪が目立ちすぎていることを、自覚しておろうが自覚してなかろうが、指摘してやらねばならんと手紙で呼び出した。

手紙を届ける際、学校のモリフクロウを使ってやろうと考えていた。
しかし、ふくろう小屋に行ったとき愕然とした。
禪が選んだアメリカワシミミズクが、他のふくろうを威嚇していたのだ。

学校のものでも、生徒のものでも容赦はしないようで、ずっと威嚇していた。

 

……また忠告が増えた。

 

はぁ、とため息をつき、威嚇しているのをやめさせ、昼食時に主人の所に行くよう言い聞かせる。
しかし、手紙などという大きなものを今は運ぶ気になっていないようなので、致し方ないと、通信筒などという昔のやり方で簡易的なメモを届けることにした。
それを着けようとすると、アメリカワシミミズクはそっぽを向いた。

 

……なぜそうなる。

 

一瞬、疑問が浮かんだが、こやつの主人がどういう奴か思い出してなんとなくわかった。

「名か?我輩が言っておいてやるから、届けたまえ」

そう言うと、嘘のようにこいつは大人しくなった。

 

やはりか……

 

禪は猫の時でもそうだが、名前を付けろと迫られていた(いえいえ“つけて?”とねだられるような目で見つめられていただけです)。
杖も猫も名前を付けてくれたのに、なぜ自分には付けてくれないのか怒っておるのだろう。

我輩のメモの裏に、こやつの事を書き、再び筒に戻した。
それをちゃんと確認し、大人しく足をつき出した。

 

……まるで人だな。

 

つき出された足に筒を取り付け、頼むぞと言って小屋を出る。

 

その後、自分の授業(午前にあった)をし、昼食の席でまだ懲りていないクィレルを牽制しつつ彼女を見た。

禪は初日で寮に入り損ねたようだが、それでもすぐに友達ができたようで、三人で食事をとっていた。


なによりだが、クィレルの奴がうっとおしくてかなわん。
さっさと諦めてくれればよいものを。


彼女が自分のふくろうから、我輩のメモを受け取った後。
昼食の席で、禪はマクゴナガルの授業に早くいこうと言っていた。

『授業に遅れたら、雷が落ちるどころか、変身させられちゃうぞ?』

聞こえてきた話の一端がそれであった。
それは一種の脅しであり、彼女であれば遅刻者にそう言って脅すであろう言葉であった。
禪は知らないかもしれないが、このホグワーツでは噂が素早く広がる。


……禪のやつは、預言者とでも噂されるつもりか。


それでは身を危うくするだけではないか。

昼食が終わり、午後の授業をして、自室に戻る。

その間、禪があのハリー・ポッターよりも噂されていた。
我輩はまた頭を抱えて、考えねばらならなかった。

 

あやつは、守られているという事を分かっておるのか?

 

怒りが頂点に行きそうになりながらも、彼女を待つべく、ソファで書類に目を通しながら紅茶を入れた。

 

 


禪が時間通りに訪ねてきて、ソファに座らせたまでは、我輩も冷静であったと思う。

 

 

がその後、怒りをぶちまけていくと同時に我を忘れてしまったようだ。

 


彼女が我輩の名を呼んでいるのに気付いたのは、結構な時間がかかってからだ。
もういいと彼女を出ていかせようとすれば、禪はお礼を言ってきた。

 

 

……なぜ、こやつは平然としておられるのだろう?

 


真実薬を口にさせた時もそうだ。
こやつは――禪は、ただただ温かいまなざしで微笑みかけてくるだけであった。
ショックもせぬし、我輩を嫌悪しない。

 


我輩は、一体何が彼女なのか分からぬ。

 


とにかく、彼女には出て行ってもらおうと思ったが、それを感じ取ったのか、禪は話し始めた。

 


自分に例あのお方に似ていることがあるという事を、彼女は自覚していたようだ。

 

 

しかし、それは杖のせいであろうと我輩は示唆をする前に、彼女はこれまでの事を話し始めた。

 


それは、告白であった。

 

懺悔とか、贖罪とかではない。

 

 

もっと深い根のようなものが、彼女についてしまっているのだと我輩は感じた。

 

 

彼女は勉強を強いられ、それを苦にもせず、友達どころか幼馴染すらいない環境で育ったといった。


それを苦にしなかったのは、自分が“夢見がち”な性格で思い上がっていたこと(いえ“思い上がる”ではなく“知ったかぶり”です)があったせいだと。

 

愕然とした。
まさか、こやつがあの“ウスノロ”達と同じような事をしていたとは。

 

彼女は話をつづけた。
そんな勉強の果てに、親に失望されたと言っていた。
就職できず、自分の能力にあった場所に落ち着いて何とか食べていけるくらいにはなっていたというのに、それでも親にダメ出しされたという。


そんな親から逃げるため。
また精神的に追い詰められた己の自殺を防ぐため、家出同前に家を出て一人暮らしを始めたとも言っていた。

その一人暮らしのさなか、河に流され、ここにきてしまったのだと。

 

 

まったく――――そう、全くと言っていいほど似ておらぬ。
なぜ、校長は似ているとおっしゃたのか分からなかった。
そしてこやつ自身もだ。
我輩は杖が原因だと思うておるのに。
なぜだ。
なぜ……

 

 


理解できぬほど、こやつは理解不能だ。
だが、分かっていることもある。

 

こやつは、それらを受け入れるのを何とか精一杯で重みに耐えれないのだという事だ。


その証拠に、禪は静かに泣いている。


覚めてしまった紅茶に口を着け、壊れそうな雰囲気で『だから言ったでしょ?一番似ていて一番似ていないって』と笑いながら言う。

 

こちらが見ていて耐えれないと、紅茶を新しくし、彼女が見ていないうちにまた薬を盛った。

 

それを禪が飲むと、彼女は寝てしまった。

 

我輩が持ったのは睡眠薬だ。
強力な、な。


既に、真実薬など彼女に試しても無意味であるし、それ以前に彼女は壊れてしまいそうだった。
彼女は、泣いていることも気づいてはおらぬ。

 


ソファに寝かせたままではいかぬと、我輩のベッドに寝かせてやった。

 


まぁ、あと一時間でもすれば目が覚めるだろう。
本当は横にある彼女の自室に寝かせればよいのだが、万が一他の生徒に見られる可能性もあるから致し方ない。

 

禪には壊れてなど欲しくはない。
もっとちゃんとしてほしい。

 

……心配事が減って、また増えたな

 

警告せずとも彼女は杖の危険性に気づいて、それに名を付けた。
ピーブスを出し抜けるほど、気配の消し方が上手いことも分かった。
呪文術が上手い事も変身術が上手い事も、既に我輩と練習している時に分かっている。

だが、その禪はとても壊れやすそうだった。

安らかに寝ている彼女は、やはり幼い。
やはり、似ているはずもなく、ただ壊れそうな禪の頬に伝う涙を指で拭ってやる。

 

 


我輩はその寝顔を確認し、ソファにまた座って一度は片づけた書類を出し、目を通し始めた。
彼女の猫が我輩の足元に来る。
確か庸と言ったな


「お前の主人は大丈夫だ。もう少ししたら起きる」


そう言えば、ロシアンブルーはトテトテと自分の主人のとこまで行き、杖を彼女の枕元におとしてから此方へ来おった。
訝しげに見れば、猫は何と我輩の横で丸まる。


はぁとため息をついてから、丸まったその体を少しなでてやった。
猫は満足そうに、目を細める。

その後、我輩は書類に向き直った。


月はまだ登らない。
今度はちゃんと寮に行けるだろう。

                                                                       (セブルスside end)

 

 

                                                                       次ページ:魔法薬学へ

 

最終更新:2015年05月03日 23:58
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