どこに行けばよいのかわからない禪ではあったが、目的地はハッキリとしていた。
・オリバンダー杖店
・イーロップのふくろう百貨店
・魔法動物ペットショップ
以上の三か所である。
杖は必須。
ふくろうは通信手段として。
ペットショップへは癒しを求めてだ。
問題はその移動手段。
移動手段その①、誰かに聞く。
移動手段その②、適当に歩いて探す。
移動手段その③、ここで待つ。
あのセブルス・スネイプがいれば、③を選ばされるだろう。
が、禪はそこまで待ってはいられない。
時間をできるだけ有効利用するのが彼女である。
となると、①か②だが……
①は却下だ。
禪は人にものを尋ねるのは、得意ではない。
ついでに言えば、死喰い人に訪ねてしまうかもしれない。
例えば、ルシウス・マルフォイとか……。
もちろんこちら側の、味方側に話しかける確率の方が高いが、禪はこういう時に確率が低い方を引いてしまうことが多かった。
それは前の世界の事で、今のこの世界であればその運も断ち切られていて欲しかったが、そうもいかないようだ。
つい今朝も、セブルス・スネイプにその確率論をかけて、低いはず(性格からして盛るのはやりそうだったが、女性相手ならやりそうにないなぁッという基での確率を弾き出してみたが……)の真実薬を口にしたばかりである。
味方である彼にならば気を許すが、敵である闇側にそのようなことを許すつもりはない。
まぁ、後々考えてみれば、彼は今現在リリー命。
その形見であるハリー・ポッターの障害になりそうな禪に盛るのは普通だった。
こういう初歩的計算ミスも禪はしてしまう。
だからこその、①回避なのだ。
と、残るは②の適当に歩いて探す。
はぁ、と息を吐き禪はグリンゴッツとは反対方向に歩き出した。
◇~~~~~~~~~~~~~~~~◇
『お、あれかなイーロップのふくろう百貨店。ちょっと離れた横が魔法動物ペットショップか。やっぱりこういう似たお店って意外と近くにあるんだねぇ』
少し歩けば、目的地の三か所のうちに二か所を発見した。
『どっちからいこうかな~』
『ふくろうか猫か……』
しかし、その考え事は背後から肩に手を置かれて中断した。
「貴様は何をしているのかね」
低い低いベルベッドヴォイスが冷気すら漂わせる。
上を仰ぎ見れば、不機嫌な育ち過ぎたコウモリ――セブルス・スネイプが居た。
『え、鳥か猫か考えていたんですよ』
「それはわかっている。なぜここにいるのかと聞いているのだが」
(“何をしているのか”って言ってたのに、そっちの意味かい!)
『ええっと』
「出来るならば、店の外で待つという選択をして欲しかったのだが」
『う、……』
(言われるとは思いましたが、仕方ないじゃないですか。出た時には居なかったのだから)
「全く、貴様には呆れるばかりだ。後でみっちり……」
ブツブツ言い始める彼。
(はい、説教ですね……)
「それで、決めたのかね?どちらに行くのか」
『え、どっちにもいきますよ?ただ、どちらを先に行くか決めかねていただけです』
どうやら彼は途中から聞いていたらしい。
セブルス・スネイプは、その答えを聞いて呆れていた。
「……なら、さっさと決めたまえ」
『では、無難にふくろうから行きましょう』
額を抑えている彼と共に、イーロップのふくろう百貨店へと入った。
◇~~~~~~~~~~~~~~~~~◇
『この子下さい』
禪がそう言って、店員に指差したのは目がキリっとしたアメリカワシミミズクだった。
店員に代金を支払い、店を出る。
鳥籠を抱えたまま、今度は魔法動物ペットショップへと入った。
「蔡塔、持っておいてやる」
ぶっきら棒にセブルス・スネイプがそう言って、鳥籠を奪うように持った。
(全く、素直じゃありませんね。そこがいいんですがっ!)
他の女の子たちとはツボが違う禪は、心中喜んでいた。
その喜びを何とか抑え、癒しを求めて猫を探し始める。
(うほぉい!猫がいっぱい猫がいっぱい)
禪は無類の猫好きであった。
前の世界では住んでいた処が猫が飼えないところだった為、飼えはしなかったが、それでもこういうペットショップを見て回ったり、公園で野良猫と戯れていたりもした。
猫カフェにも通っていたほどである。
機会があるならホグワーツにいるミセス・ノリスも触りたい。
(って、フィルチさんが許さなそうだな……)
とにかく、沢山の猫から気になる子を探す。
(三毛にゃんこ~♪ブチにゃんこ~♪シロにゃんこ~♪クロにゃんこ~♪シマにゃんこ~♪)
鼻歌を歌いながら、彼女は猫という猫を見て探し回る。
そうして探し出したのは、ロシアンブルーでとても綺麗な緑色の目をしていた。
二人して動物の入った籠を抱えて店を出る。
一方は笑顔で、もう一方はしかめっ面だ。
『あとは杖ですね!』
「……さようですな。では、付いてきたまえ」
二人連れだって歩き出す。
少し歩けば、古めかしい……しかしどことなく不思議そうな店はあった。
(紀元前三八二年創業とは……。ローマ世紀じゃないか)
セブルス・スネイプがするりとその店に入るのに続いて、禪もそこへと入る。
「いらっしゃい」
どこからともなく……いや気配を消したオリバンダー老人が店内のどこからか言った。
(確かハリーは奥から現れたのを見たはずだが……、いや、カウンターの後ろか?)
「いらっしゃい。珍しい東洋のお嬢様」
身構えて、神経を尖らせるとオリバンダー老人の声が天上からした。
(ほへぇぇぇ?)
まさかそこから声がするとは思わなかった為、禪は心底吃驚した。
どうやらカウンター横にも杖の収納棚があったらしく、そこを整理する為に梯子で天井近くまで登っていたようだ。
(こんなに杖作ってたんですか……)
流石に見るのと聞くのと体験するじゃ、全く違うと彼女は口をポカンと開けていた。
「おお、これは珍しい。スネイプ教授かなり久方ぶりですな。確か君の杖は――」
「今日は、この子の杖を探しに来たのだがね?」
オリバンダー老人が長い物語を語る前に、セブルス・スネイプが遮って禪を指差した。
(ちょ、指差すんですか……)
「……では、これなんてどうじゃな?」
老人はおもむろに杖を差し出してくる。
『ええと、とりあえず下に降りてきませんか?』
結構な高さから杖を落とされては困ると、禪が老人に最初に言った言葉がそれになった。
(というより、メジャーで計らなくていいんですかね?)
◇~~~~~~~~~~~~~~~~~◇
結局、メジャーで計らずに杖選びは始まった。
「では、改めてこれを」
今度はちゃんと梯子を下りた老人に、差し出された杖を握る。
「樫(かしのき)、ユニコーンの毛、二十三センチ。頑固、呪文術に最適」
(とりあえず)と映画通り振ってみた。
ボン!
オリバンダー老人の頭がさらにアフロになった。
「これではないか、では次に柊(ひいらぎ)、不死鳥の羽、二十五センチ、気難しい」
何事もなかったように老人に次に差し出された杖は、握る前に「これではない」と行き成り取り下げられた。
「櫟(いちい)、ドラゴンの琴線、二十六センチ、高飛車」
振ったら今度は、老人がアワに包まれた。
(あれ、私今風呂に入って来なさいなんて失礼な事、考えてないぞ?)と禪が顔をしかめる。
もちろんこの杖も、オリバンダー老人に取り上げられた。
(てか、どれも難しい性格の杖でしたね……)
その後、十五本ほど試したが、セブルス・スネイプが真っ白な服を着るはめ(見ていてヨダレが出るほどレアものでした。本人嫌がって直しちゃったけど)になったり、オリバンダー老人が毛だらけになったり(これもセブルス・スネイプが直した)、梯子がすべて倒れたりした。
他にも色々と被害を出したが、店が壊れないのだけは不幸中の幸いだ。
流石に冷や汗を流し始めた禪と対照的に、老人は目を輝かせていた。
「これは難しいお嬢さんじゃ!」
(超ドMなのか……)
(まだ決まらないとは……こやつ本当に魔女か…………)
難しい顔をする二人は、別の事を思っていた。
「おお、そうじゃ!
取って置きを出そう!」
突然そう叫んだかと思えば、オリバンダー老人は店内の奥へと姿を消した。
『教授』
「何かね?」
『あの人っていつもこうなんですか?』
「違うと思うが……」
客二人は置いてきぼりだった。
それから十分ほどたったが、オリバンダー老人はまだ奥でガサゴソと何かを探している。
『教授』
「今度は何かね?」
『ペット達の籠に防音呪文しておいてくれたんですよね。ありがとうございます』
ふくろうや猫が動揺して暴れていなかったのは、本当に助かった。
ホグワーツの自室に帰って、ペット達の信頼を取り戻すのに時間を費やすのは、正直疲れるだけだ。
「ふん……これくらいはどうってことない。だが、こういうことになるであろうことを予測しておくべきでしたな。動物は音に敏感だ。もし次に同じようなことがあれば、杖を先にしておいた方が良いだろう」
鼻で笑い、腕を組み直し彼は言う。
『そうですね、そうします』
(ツンツン口調ご馳走様です!)
スリザリン特有の口調は、禪にとってはツンデレの境地。
しかもそれが、ベルベッドヴォイスからとなれば腐女子にとってはご馳走だ。
「おおお、これじゃこれじゃ!」
何かに捧げるようにしてオリバンダー老人が奥から走ってきた。
(うん、なぜ捧げるようにして持ってきたのかはわかりかねますが、これだけは言えますね。良い子のみんな。店内ではくれぐれも走らないでくださいね)
(前の世界ではスーパーの店員だったからそう思うんだよねぇ……)と、オリバンダー老人を見ながら禪は思った。
オリバンダー老人が持ってきたのは、小さなトランクケースだった。
(こんなの映画や原作になかったけど……)
老人がトランクを開けた。
そこには杖の箱がズラリと入っていた。
「これはワシや先代達が若気の至りで作ってしまった。いわゆる一点ものじゃ」
(いやいや、杖は全て一点ものなんですけど……)
「本来、使うはずのない素材を使い、とても素晴らしい出来になったのじゃが、使い手が現れないものだったのじゃ。これらはそういう杖達じゃ」
(ヴォル様やハリー、アルバスじいちゃんも選ばれなかったていうパターンなんじゃ。いや、ハリーはこの後での買い物だったから、まずないか)
「さて、とにかく試してみなされ。お嬢ちゃんは……」
『日本人です』
「東洋の方と見て分かったが、日本人じゃったか!ならば、この三本のうちいずれかじゃろ」
(……結構絞り込んだわね)
「さて、一本目じゃ。これは蓬莱(ほうらい)の枝、三番目の九尾の尾、二十七センチ、孤高にして気位」
(イキナリキタ―――!
超大妖怪様!!
玉藻か妲己か華陽夫人か!!
てか、蓬莱の枝って竹取物語……)
無茶苦茶な杖だが、とにかく振ってみる。
何も起きない。
「ふむ、では次じゃ」
(御大層な内容の杖なのに、リアクションなしでスルーですか。発動したらしたで恐そうですけど……)
「御用松、四不像(ふしぞう)の角、二十八センチ、従順かつ獰猛」
(来たぜ、封○演義の主人公の相棒ス○プシャン!!
漫画とアニメはカバと言われたけど……)
この杖も振ってみたが、なんともなかった。
(西洋版、太○望に成り損ねた……)
ここまで禪が試した杖は、どれも良い印象のない物ばかりであった。
それはそうだろう。
何しろ素材はいいとして、全て性格が悪かったのだから。
「では、最後に柳の枝、騰虵(とうだ)の鱗、二十七センチ、気難しく獰猛で孤高」
(もはや陰陽師の世界か)
(これであっていなけでば、どうしようか……)と握ると同時に、全身に熱が伝わった。
まるで火山の火口から熱風が、下から吹き付けられるように、禪の全身は不安に襲われる。
赤い目玉に見られているような気配にも襲われた。
怖いようで恐くないような声が、脳裏に響く。
【認めるぞ、小娘】
その声と共に、熱さも不安も視線も無くなった。
後ろにいたセブルス・スネイプも目を見開いていた。
「どうやら、決まりじゃな」
オリバンダー老人が言ってくる。
その目は真剣で、先程のような無邪気さなど微塵も見せない。
「その子は、例のあの人にもアルバス・ダンブルドアにも懐かなかった。いや、認識されんかった」
(神だもんな、騰虵(とうだ)って。そりゃ天下の闇でも、喰えない狸でも存在を認識されんて)
「性格も先程言ったものに、まだ寂しがり屋で意固地というのがつく。それほど難解な杖じゃ」
(……)
「御代はいらん。どうか、この子をよろしく頼む」
真剣に言い始めたあたりから、段々と視線が下へとずれていく。
そうオリバンダー老人は、まず膝立ちになり、そこからどけ座をしていた。
(あれ、息子をお婿さんに出す親になってませんか、オリバンダーさん。てか、どけ座してるし)
禪は慌ててオリバンダー老人を立たせ、少々呆気にとられているセブルス・スネイプと共に店を後にした。
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