「――という事で、明日の薬売りは任せたわよ」
「はい。解りました。でも、その、いいんですか師匠? この人、どうみても・・・」
「ん・・・気持ちは解るけど、患者は患者よ。外来人とてそれは一緒。
今のここは医療機関なんだから、その辺は割り切りなさい」
「はぁ・・・」
「まぁ、どうせ獣か妖怪に追い回されて疲れてしまっただけでしょうけどね。
怪我らしい怪我も特にないし、今はぐっすり寝てるし。すぐに退院できるはずよ」
「そうですか、ならいいんですけど・・・
では、明日の準備がありますから私はもう寝ますね」
「えぇ、おやすみなさい」
〔からら〕
小さな音が静かな部屋に響き、見習いが居なくなる。
「さて・・・どうしようかしらね、この子」
静かに眠る少年に向けて、赤と青の薬師は苦笑していた。
『また、厄介なことになりそうね』と。
真っ暗から少しずつ赤くなる。少しして白くなっていく。朝、らしい。
〔ホホッ、ホホゥ――〕
「えいりーん、ごはんできたわよー?」
聞こえるのは耳慣れた鳥の鳴き声や羽ばたく音。だけじゃなくて・・・
「今どこに居るの? こっち?」
全く聞きなれない『女』の声も一緒だと気づき、まどろみが一気に失せていったのを感じる。
〔バッ〕
「まさかっ!?」
つい、勢いよく起きてしまった。
こんな風にまどろんでる所に姉貴達の声がするのはよくある事だったが、
いつもと違うその声、その光景に、まさかこれはよく聞く『エロい夢』なのではないかと思い至る。
寝ぼけ気味だったはずなのに妙に頭はすっきりとしていて、俺のドキドキは収まりがつきそうにない。
「・・・いや、ほんとにこれ、そういう夢じゃね?」
一人ごちる。しかし夢とは残酷だ。クラスメイトの藍子(かなり可愛い)が出てくる夢だと思ってたら、
それは担任の紫子(48歳・独身)の・・・いや、考えるのはやめよう。怖い。
〔からら〕
おっかなびっくりどうなるのかと想像していると、静かにフスマが開いた。
「あら、違ったわ。もう、どこ行っちゃったのかしら。
もういいわ、朝の団欒がどれだけ大切なのか解ってないのね永琳は」
「――ぁ?」
開いた先には、綺麗な黒髪(しかもロング!!)のお姉さんが居た。
夢ではありがちだけど、こういう何の突拍子も無いところで、知りもしない人が現れるのには驚く。
和服っぽく見えるのに、どこで見た事もない不思議なその服装が、非現実をより際立たせていた。
期待? いやもうそんなんじゃない。正直ビビってた。
「ん・・・?」
目が合う。それだけで、ぴくりとも動けなくなった。
「なんだ、目、覚めたのね。良かった」
にこ、と、屈託なく笑った。
「あ・・・いや、その、ども・・・」
ろくな言葉が出なかった。そんな笑顔だった。
「あ、そうだわ」
思い出したように、お姉さんがとことこと近づいてくる。
俺は及び腰になる。逃げたい。
だってほら、どうせならもっと、こう、夢で位かっこよくいきたいじゃぁないか。
「ねぇ、あなた」
ぐい、と顔が近づく。
「な・・・なんだ・・・ょ・・・」
――実を言うと、家族以外で年上の女と話した事なんてほとんどない。
無理だ、勝てない。諦めよう。負けを認めるのは悪い事じゃないはずだ。
そんな俺を見てか、くすくすと上品に口元を押さえながら、
「朝ごはんが出来てるの。朝ごはん。
折角の出来立てが冷めるのはもったいないでしょ?
だから、よろしければ一緒にいかが?って誘おうと思ったんだけど・・・」
と続けた。
「へ? あの、ごはんって・・・」
「今ならちょうど、仕事に夢中でだらしがない薬師の分が余ってるんだけど。
それとも、朝は食べない人なのかしら?」
「あ・・・いや、そういう訳じゃないけど・・・」
夢って突拍子もなく変な方向に変わっていくよな、なんて思いながら、
どう答えたものかと迷う。
「そう、じゃあとりあえずその寝ぼけたトサカ頭、なんとかしないとね。
起きられるわよね? ついてきなさい」
俺の返答をYesと取ったのか、お姉さんは言うだけ言って部屋を出て行く。
「・・・なんなんだよ、ちくしょう」
断る暇も与えられなかった俺は、もうこれが夢でも夢じゃなくてもどうでもよくなってしまって、
やけ気味にお姉さんの後についていった。
そこは、見たことがない位に長く、広い廊下だった。
誰の影も見えなくて、一歩進むごとに孤独感に苛まれる、そんな薄暗い小路のようで。
そんな不安な路を二人、静かに歩く。
「んー・・・」
前からは、考え事の時のような低い声。きしきし、と静かに軋む古臭そうな足下。
それが続くかと思った矢先に
「そうだ!!」
お姉さんはいきなり大きな声を上げ、立ち止まって振り向いてきた。
「うぁっ」
いきなりだったので、顔からぶつかりそうになるが、なんとか留まる。
ただ、びっくりして声が出てしまって、なんとも決まりが悪かった。
「な、なにごと・・・」
「何か大切な事を忘れてた気がしたんだけど、これを忘れてたのよ。
私は輝夜。ここの主なの。あなたは?」
せめて一言と苦情を言いかけたのに、彼女は、挨拶がまだだったのよ、
と、つかえが取れたような楽な笑顔で俺の顔を見てくる。ぐうの音も出ない。
「あ・・・え、えっと・・・」
だが、さすがにさっきの時のような間抜けな返答は出来ない。
名前を聞かれたんだから、こんな時位、男らしく名乗ってみせる!!
「こ、言波、か、かかかか、翔(かける)っす!!」
男らしい俺はどこに行ったんだろう。いやそんな奴は最初からいなかった。
「そう。よろしくね。とりあえず他の者は追々紹介するわね。時間も掛かるだろうし」
「はぁ・・・? あぁ、そう・・・」
話しながら、また歩き出す。俺も続く・・・が、
「――さ、ついたわよ洗面所。笑われる前に、その情けない頭を直してらっしゃい」
くすくす、と笑いながらすぐに振り向く輝夜さん。
そこで初めて、トサカ頭の意味と、この人がずっと笑っていた理由に気づいた。
髪、切ろうかな・・・
最終更新:2009年11月22日 08:43