新科学論議第3日(第4部)

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  • 斜面を転がり落ちる物体が単位時間に進む距離は、1,3,5,7・・・。この有名な関係がここで登場します。1から始まる連続奇数の和が自然数の平方になることを、ガリレオは当然知っていたでしょうが、落下運動の二法則(等加速度運動、距離の時間二乗則)の直接的証拠となるこの有名な関係に気づいたときのガリレオの感動はどれほどのものだったのでしょうか。この関係をうまく提示することで落下運動の授業は、もっともっと楽しいものになりそうに思います。 -- Leon (2009-01-04 23:37:34)
  • 今日読んでいたドレイクの本によれば、私の前言は誤りのようです。このスペースでは十分な字数を尽くすことはできないのですが、「最初ガリレオはそれ(単位時間に進む距離)を単なる距離と考えなかった。そのため彼は連続する奇数の和を取らず、直ちに時間2乗の法則を思いつかなかった」とあります。 -- Leon (2009-01-06 22:13:07)
  • 皆さま、ご無沙汰しています。久しぶりにwikiを拝見しました。あの頃の熱気が懐かしくよみがえります。今回、斜面の実験を計画するにあたり読み直しています。私自身の理解が、あの頃から進んでいないことに少々気落ちしています。 -- 穂積 (2020-07-13 15:44:40)
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定理1[59]


  定 理一 命 題一

 可動体がある距離を静止からの一様加速運動によって通過する時間は、同じ可動体が同一の距離を、その速さの度合が先の一様加速運動の最大かつ最終の速さの度合の半分であるような均等運動で通過する時間に等しい。
 可動体が距離CDをCにおける静止からの一様加速運動によって通過する時間を、長さABによって表すとせよ。一方、時間ABの各瞬間において増大する度合のうちで最大かつ最終のものを、AB上に任意の仕方で立てられたEBによって表すとせよ。そしてAEを結ぶと、線分ABの各点から、線分BEに平行に引かれたすべての線分は、瞬間A以降の増加する速さの度合を表すだろう。さらにBEをFで二等分し、BA、BFに〔それぞれ〕平行なFG、AGを引くならば、三角形AEBに〔面積の〕等しい平行四辺形AGFBがつくられ、その辺GFはAEをIで二等分する。さて、もし三角形AEB内の平行線をIGまで延長するならば、四辺形内に含まれるすべての平行線の集まり〔aggregatum〕は、三角形AEB内に含まれる平行線の集まりに等しいだろう。というのは、三角形IEF内にある平行線は三角形GIA内の平行線に等しく、一方台形AIFB内の平行線は共通だからである。そして時間ABのすべての各瞬間に線分ABのすべての各点が対応しており、またABの各点から引かれて三角形AEB内に含まれる平行線は、増大する速さの増加する度合を表し、一方、平行四辺形内に含まれている平行線は、同数の増大しない均等な速さの度合を同じく表す。それ故明らかに、加速運動においては三角形AEB内の増大する平行線に従って、また均等運動においては平行四辺形GB〔GFBA〕内の平行線に従って同数の速さのモメントゥムが費やされる。というのは、加速運動の前半部分において欠けているモメントゥムは(実際、三角形AGI内の平行線によって表されているモメントゥムが欠けているのである)、三角形IEF内の平行線によって表されているモメントゥムによって補われるからである。したがって明らかに、二つの可動体の一方は静止からの一様加速運動をし、他方は加速運動における最大の速さのモメントゥムの半分のモメントゥムに従う均等運動をする場合、両者が同じ時間のうちに通過する距離は等しくなる。これが意図したことであった。

  • いわゆる「マートン規則」ですね。線分を帯に置き換えるだけで区分求積法なのですが,双方には思ったより大きなギャップがあるのでしょうね。(yokkun 9/29)
  • もうほとんど「グラフの面積が距離に等しい」に気づいているように見えますが、紹介して頂いた伊藤さんの「落下法則-古典力学の誕生と数学」(http://www.bun.kyoto-u.ac.jp/~kito/rakka2004.pdf)を見ると、その域には達していないようです。しかし直前には見えますが。(Leon12/31)

定理2[60]


  定 理二  命 題二

 もしある可動体が一様加速運動によって静止から下降するならば、任意の時間のうちにその可動体が通過する距離相互の比は、それらの時間相互の二倍比〔duplicata ratio〕(1)、すなわちそれらの時間の平方相互の比に等しい。
 ある最初の瞬間Aからの時間の経過を長さABによって表し、AB上に任意の時間AD、AEをとると考えよ。そしてHIを、可動体がちょうど運動の始点である点Hから一様に加速されて下降する線分とせよ。さらにHLを第一の時間ADのうちに通過する距離とし、またHMを時間AEのうちに下降する距離とせよ。距離MH対距離HLは時間EA対時間ADの2倍比をなす、言い換えれば距離MH、HLが持つ比はEA、ADの平方が持つ比と同じであると主張する。線分ABに対して任意の角をなすように線分ACをとり、さらに点D、Eから平行線DO、EPを引くとせよ。両者のうち、DOは時間ADの瞬間Dにおいて獲得した最大の速さの度合を表し、一方PEは時間AEの瞬間Eにおいて獲得した最大の速さの度合を表すだろう。ところで通過距離に関しては、可動体が静止からの一様加速運動によって通過した距離と、可動体が加速運動において獲得した最大の速さの半分の速さで均等運動をし、同じ時間で通過したもう一つの距離とは互いに等しいことが先ほど証明されている。よって明らかに、距離MH、LHは、速さが〔それぞれ〕PE、ODの半分である均等運動によって時間EA、ADのうちに通過された距離と同一である。そこで、もしこれらの距離MH、LHが時間EA、DAの二倍比をなすことが示されるならば、意図したことが証明されるだろう。しかし第一巻〔「均等運動について」〕の命題四〔定理四〕において証明されたように、均等運動をする可動体の通過距離が相互に持つ比は、速さ相互の比と時間相互の比とから合成された比と同一である。ところがこの速さの比は時間の比と同一である(というのは、PEの半分がODの半分に対して、あるいはPE全体がOD全体に対して持つ比はAEがADに対して持つ比に等しいからである)。よって通過距離相互の比は時間相互の比の二倍である〔dupla est rationis〕(2)。これが証明すべきことであった。
 このことからさらに以下のことが明らかである。すなわちPE対ODはEA対DAに等しいから、距離相互の比は速さの最大の度合相互、すなわち線分PE、OD相互の比の二倍と同一である。

【訳 注】[601]


 (l)「パオロ・サルピへの書簡」における 'la proporzione doppia' と同じ意味で、比の各項の平方同士の比のことであるハ「パオロ・サルピヘの書簡」注(2)参照)。
 (2)「二倍比」と同じ意味である。すなわちA^2対B^2という比はA対Bという「比の二倍」となる。

系1[61]


   系〔corollarium〕一
 これより以下のことが明らかである。すなわち、もし運動の最初の瞬間あるいは発端から等しい時間を次々と、たとえばAD、DE、EF、FGのように任意の数だけとり、それらの間に〔それぞれ〕距離HL、LM、MN、NIを通過するものとすれば、これらの距離相互の比は単位から始まる奇数、すなわち1、3、5、7相互の比に等しいだろう。なぜならこの比は、それぞれが同じように他より大きく、それらの差が最小の線分自身に等しいような〔幾つかの〕線分の平方相互の差、言い換えれば単位から続く平方相互の差がなす比となるからでる。したがって、速さの度合が等しい時間において単純な数列〔自然数列〕に従って増大する場合には、同じ時間における通過距離は単位から始まる奇数列に従って増加する。
  • 十数年前はじめて「ぼくらはガリレオ」を読み、この美しい関係を知りました。最近は等加速度運動の授業で必ず紹介しています。(Leon01/01)

サグレード[62]


 すみませんが、たった今思いついたある考えについて論じる間、読むのを少し待ってください。この考えを私にも、あなた方にもよりわかりやすく説明するために、少し図をかきましょう。この図において、線分AIを、最初の瞬間Aからの時間の経過と考えます。次に点Aから、〔AIと〕任意の角をなす直線AFを引きます。また端点Ⅰ、Fを結び、時間AIをCで二等分し、IFに平行にCBを引きます。そして速さの度合は、最初の瞬間Aにおける静止〔零の度合〕から始まり、三角形ABC内に作られるBCに平行な線分が長くなるのに従って増加していき(時間の増大に従って増加するということと同じことですが)、その最大の度合がCBになると考えます。これまでになされた論議から、次のことに異論はありません。今述べたような仕方で増大する速さで落下する可動体が通過する距離は、同じ可動体が、BCの半分であるECに等しい速さの度合で同じ時間ACのうちに一様運動するはずの距離に等しいのです。そこで、加速運動をしながら下降する可動体が瞬間Cにおいて速さの度合BCを持つことを考えに入れて、さらに話を進めましょう。すると明らかに、もしこの可動体がそれ以上加速せずに同じ速さの度合BCで運動を続けるならば、続く時間CIのうちにそれが通過する距離は、〔CIに〕等しい時間ACのうちに、BCの半分である一様な速さの度合ECで通過する距離の二倍となるでしょう(1)。しかし可動体は、任意の等しい時間において常に一様に速さを増しながら下降するのですから、続く時間CIにおいて速さの度合CBに付け加わる速さのモメントゥムは、三角形ABCに等しい三角形BFG内の平行線に従って増大していきます。したがって速さの度合GIに、加速運動において得られた、三角形BFG内の平行線によって規定される速さの度合の中で最大のものであるFGの半分を付け加えると、速さの度合INが得られるでしょう。この速さの度合INは、時間CIのうちに〔落下物体が通過するのと同じ距離を通過する〕一様運動の速さの度合なのです。この度合INは度合ECの3倍ですから、第二の時間CIのうちに通過する距離は、最初の時間CAのうちに通過する距離の3倍になるべきことが納得できます。そしてAIにさらに等しい時間IOを加え、三角形をAPOにまで拡大したと考えましょう。時間AIにおいて加速運動によって得られた速さの度合IFで運動が時間IOを通じて続くとすると、度合IFはECの4倍ですから、時間IOのうちに通過する距離は、最初の等しい時間ACのうちに通過する距離の4倍になることは明らかです。しかし三角形ABCにおける場合と同様にして、一様加速による〔速さの〕増大が三角形FPQにおいても続き、この増大によって、均等運動に還元するとECに等しくなる〔速さの〕度合が付け加わります。したがってECに等しいQRが〔IFに〕付け加えられるので、時間IOのうちになされる〔一様加速運動が通過するのと同じ距離を通過する〕均等な速さ全体は、最初の時間ACにおける均等な速さの5倍になります。それ故、〔時間IOにおける〕通過距離は、最初の時間ACにおける通過距離の5倍です。したがってさらに、静止から出発し、時間の増大に従って速さを獲得していく可動体が等しい時間のうちに通過する距離相互の比は、単位から始まる奇数、1、3、5相互の比に等しいことが、このような単純な計算によってわかります。そして通過距離をまとめて〔累計を〕とれば、二倍の時間のうちに通過する距離は、その半分の時間における通過距離の4倍であり、3倍の時間での通過距離は9倍であり、結局通過距離相互の比は、時間相互の二倍比、すなわち時間の平方に等しいことがわかります。

シンプリーチョ[63]


 私は、私にとってわかりにくい著者の証明よりも、このサグレードさんの単純明快な議論がとても気に入りました。ですから一様加速運動の定義を仮定し、それを受け入れるならば、そのようになるはずであることはよくわかりました。しかし落下する重い物体運動において自然の用いる加速がそのようなものであるかどうかについては、私はまだ疑いを抱いています。そこで、あなたは多くの実験が、ここで様々の場合において証明した結論に一致すると言われましたが、私や私と同じような人々の理解を助けるために、その幾つかを挙げていただきたく思います。

サルヴィアーティ[64]


 あなたは、真に学識ある人として全くもっともな要求をなさいました。そのようにすることは、数学的証明を自然に関する結論〔le conclusioni naturali〕に適用する学問においては通例のことであり、またそうせねばならないのです。実際、視覚論〔遠近法〕、天文学、機械学、音楽論などの研究者たちが、後に続く構成全体の基礎となる原理をよく考えられた実験によって確認するのが見られます。したがって、無数の結論からなる一大体系がその上に築かれているこの第一で最大の基礎について余りに長々と論ずるとしても、我々が余計なことをしているとは思わないでください。著者は、この本ではこれらの結論のうちのごく一部しか提示していませんが、それでも思索に秀でた人々に対してこれまで閉ざされていた入口の扉を開くのに大いに役立つことでしょう。それ故、著者は実験をすることをなおぎりにはしませんでした。実際、自然落下する重い物体の加速が前述の比に従うことを確かめるために、私は彼と一緒に次のような仕方で何度も実験をしたのです。
 長さは約12ブラッチョ(7.2m)、幅は、一方が約半ブラッチョ(0.3m)、他方が約3ディート(0.18m)である木の定規あるいは角材の幅の狭い方の面に、1ディート(0.06m)よりもわずかに広い溝を彫りました。溝は極めて真っ直ぐなものにし、またきれいでなめらかにするために、できるだけよく磨かれた羊皮祇をその内側に貼り付けました。そしてその溝の中で、極めて堅く、十分に丸いよく磨かれた青銅の球を転がしました。その定規の一端を任意に1ないし2ブラッチョ(0.6ないし1.2m)だけ水平面から持ち上げて定規を傾かせ、(これから述べるように)前述の溝に沿って球を転がし、溝全体を通過するのに費やした時間を次に述べるような方法で記録しました。この時間の量をよく確認するために同じことを何度も繰り返しましたが、脈の1搏の10分の1ほどの相違もありませんでした。このような操作を正確に行い、確認した後で、同じ球をこの溝の長さの4分の1だけ転がしました。そしてその降下時間を計ると、それは常に、極めて正確に先ほどの時間の半分であることがわかりました。それからその他の〔異なる長さの〕部分についても実験を行い、あるときは全体の長さの場合の時間と、半分の長さ、3分の2や4分の3の場合の時間を、そして最後に任意の他の分け方の場合の時間を互いに比較しました。実験をたっぷり100回は繰り返しましたが、通過距離相互の比は時間の平方相互の比に常に等しくなりました。そしてこのことは、面のあらゆる傾き、すなわち球を転がす溝のあらゆる傾きに対して成り立ちました。またこの実験では、傾きの異なる場合の下降時間が相互に持つ比は、著者が与えて証明している比に正確に等しいことも観察されました。その証明については以下で見ることになります。さて時間の測定についてですが、水で一杯にした大きな桶を高い所に掛けておき、その底に取り付けられた細い管を通して細い一筋の水を流し、その水を、球が溝あるいはその一部を転がる間だけ小さな器に受けました。それから、このようにして集めた少量の水の重さをその度ごとに極めて正確な天秤で量り、それらの重さの差や比から時間の差や比を得ました。そしてこの測定は何度も繰り返しましたが、前にも述べたように目につくほどの差が決して生じなかったほど正確でした。
  • 有名なガリレオの斜面の実験です。持ち上げた斜面の高さを0.6mとすると傾斜は4.76°。7.2mをころがりおちる時間は4.2s程になります。斜面の下端での速さは3.4m/s。脈の1搏の1/10を0.1sとすると、この間には球は0.34m転がることになります。「脈の1搏の10分の1ほどの相違もありません」は、ずれが0.34m以内ということになります。私も4mほどのアルミアングルを使って実験していますが、これ程の精度では実験できていないと思います。次回の読書会では必ず取り上げたい実験です。(Leon01/01)
  • 「実験をたっぷり100回は繰り返しましたが、通過距離相互の比は時間の平方相互の比に常に等しくなりました」落体の法則の報告です。(Leon1/8)

シンプリーチョ[65]


 もし私がそのような実験に立ち会っていたならば、大いに満足したことでしょう。しかし、あなたが実験をするにあたって十分に注意をし、忠実に報告してくださっていることを確信していますから、これで満足し、この実験を極めて確実で正しいものと認めましょう。

サルヴィアーティ[66]


 それでは講読を再開して先へ進みましょう。

【訳 注】[661]


 (1) 以下の議論では、定理一を用いて、時間部分AC、CI、IOにおいて一様加速運動によって通過する距離を、同じ時間において速さの度合EC、IN、ROでの均等運動によって通過する距離で表している。

系2[67]


   系二

 第二に結論されることであるが、もし任意の二つの時間内に通過される二つの距離を運動の始点からとるなら、それらの時間相互の比は、一方の距離が、両方の距離の比例中項〔medium proportionale〕である距離に対して持つ比に等しいだろう。たとえば運動の始点Sから二つの距離ST、SVを取り、両者の比例中項をSXとすると、ST上の落下時間対SV上の落下時間はST対SXに等しくなる。あるいは言い換えれば、SV上の落下時間対ST上の落下時間は、VS対SXに等しくなる。何となれば。通過距離相互の比は時間相互の二倍比、あるいは(同じことであるが)時間の平方相互の比に等しいことが証明されており、一方、距離VSの距離STに対する比はVSのSXに対する比の二倍、あるいはVS、SXの平方相互の比と同一である。それ故明らかに、SV、ST上の運動時間相互の比は距離あるいは線分VS、SX相互の比に等しい。
  • SXがST、SVの比例中項のとき、ST:SX=SX:SV。すなわちSX=\sqrt{ST*SV}。SV、STの落下時間をt(SV)、t(ST)とすると、サグレード[62]の最後より「通過距離相互の比は時間相互の二倍比、すなわち時間の平方に等しい」から、
      t(SV):t(ST)=\sqrt{SV}\sqrt{ST} であり、
               =SV:\sqrt{ST*SV}=SV:SX  ということですね。
    はじめてTeXを使って書いてみました。(Leon01/02)
  • t(SV):t(ST)=SV:SX=SX:ST とも書けるのでした。比例中項はこのあともくり返し使われています。第3日の証明を支える重要なパーツです。(Leon 1/4)

  注 解〔scholium〕
鉛直線上を通過する運動に関して証明したことは、さらに任意の斜面においても同様に生じると理解すべきである。というのは、斜面上でも加速の度合は同一の比で、すなわち時間の増加に従って、あるいは言い換えれば単純な第一の数列〔すなわち自然数列〕に従って増大することが前提されているからである。(1)

【訳 注】[671]


(1)全集版では、この注と次の命題との間に、『ガリレオ著作集』(Opere di Galileo Galilei 1656年)においてヴィヴィアーにがガリレオの意志に従って挿入した対話部分が数ページにわたって掲載されている(Ⅷ,pp.214-219)が、本訳では省略した

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最終更新:2020年07月13日 15:44