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これは 未知との遭遇(1)第一種接近遭遇 の続きとして書かれたものです。
変人さんはそこらに落ちてるので探してお読み下さい。正常な方は今すぐ閉じて下さい。どちらでもでもない方は慧音と霖之助が少し仲良くなった状態と考えてお読み下さい。
接近遭遇の順序がおかしいのは仕様です。


第三種接近遭遇

 その日は本格的な冬の訪れを告げるかのような寒さだった。霖之助はストーブをつけている、これからしばら
く世話になるだろうが今季では初稼働だ。
 香霖堂には人影ふたつ、茶を啜る少女と読書に励む青年。青年の方は一応この店の店主なのだが客がいようが
いまいが変わらない、そもそも少女は霖之助の客ではあるが香霖堂の客ではない。香霖堂の客でないなら店主と
してもてなす義理はない。茶を飲んでいるのは霖之助としてのもてなしだ。客でもない人間をもてなすほど香霖
堂の経営状態は芳しくないが、幸いにも彼は生活に困窮することもない。
 空になった少女と自分の湯呑に茶を注ぎながら質問をする。
「魔理沙には会えたかい?」

「ええ、なんとか。神社で捕まえました」
 汚い店内を眺めていた慧音はやっと上げられた声に霖之助を見る。どういう話になったか教えてくれと言われ
ていたのを覚えていたからこそ訪れたというのに、この店主ときたら二、三言挨拶を交わしたかと思えば読書に
耽ってしまった。これではいい人間関係など築けるはずもない、客が少ないのも頷ける。
 人を挑発するようなことも言うし。

「人間というのはわかっていましたからね。誠意を込めて謝罪したつもりなのですが……」
「人違いだと言われた、かな?」
 魔理沙が言いそうなことを読んで慧音よりも先に霖之助が答えた。
「よくわかりましたね。“なんのことを言ってるかわからないぜ”と言われました。私が覚え違いをしていると
 は考えにくいのですが彼女に覚えがないならそうなのかもしれません」
「じゃあもうその件はそれで終わりにするのが賢明です。たぶんなんとかなってますよ」
 慧音は首をかしげ、霖之助は笑いを噛み殺している。
 用は済んだとばかりにそれきりまた霖之助は読書を始めてしまった。手持ち無沙汰な慧音は店内を見て回る。
とはいえ整理されていないのでろくに見られない。よくわからないものを下手に触って壊してしまうのもはばか
られるので、結局見るものもろくにない。おまけに店主が読書をやめる気配もない。
 慧音は本読み半妖にひと声かけて帰ることにした。しばらくここを訪れることはないだろうと予測をして。


 上白沢慧音はまた香霖堂を訪れていた。慧音からすればこの店主はいけ好かないが、里外の者に挨拶回りをし
ようとするとちょうどいい場所にこの店があるのだ。発端である「謎の人間探し」はもう達成されているが、中
途半端を良しとせず踏破しようとしている。
 霖之助としてもこのような好き者はいい退屈しのぎになると受け入れている。魔理沙や霊夢などとはち合わせ
になることもあるが、その度に慧音は念入りに情報収集をしていた。
 まあ早い話がこの店は店主の性格や嗜好を除けば慧音の目的にうってつけなのだ。霖之助がそういう場所を選
んだのだから当然である。しかし残念ながら客の姿は今日も、ない。

 普段は日光が和らぎ始める頃合いに訪れる慧音だが、今日はまだ日が頂点にも行きついていない。
「今日はずいぶんと早いね。奥まで行くのかい?」
「それもありますけどちょっと今日は報告がありまして。普段は森近さんを楽しませるようなことを言えないの
 でどうかと」
 霖之助は慧音なんぞに面白い話を期待していない。彼の楽しみ方はあくまでも彼女を観察することに集約され
ており、話すも聞くもこれ以上つまらない存在はないと思っている。一応顎をしゃくって先を促す。
「二年ほど前から温めていたのですが稗田家との連携や場所の確保ができたので、挨拶回りがひと段落着いたら
 里に学校を開こうと思います」
 慧音の言葉が終わる前に霖之助が茶でむせた、そしてそのまま噛み殺すこともできずに大笑いに移行。彼女の
真剣な言葉は時に練りに練られた皮肉や冗談よりも彼の腹を苦しめる。しかもこれは今までにない大当たりだ。
「はあ、はあ、ふう、苦しかった。それにしても言うに事欠いて学校! 半妖が人間にものを教えるのかい、君
 もたった数ヶ月でずいぶんと言うようになったものだ」
「私は本気だ、人が真剣に準備してきたことを嘲笑うのは感心しないな。次世代を担う里の子らに歴史を教える
 ことが笑われるようなことだとは思えない。それとも教えるのが私だからでしょうか?」
 思わず地の言葉使いが出ている、そしてそれに気付かないほど興奮している。彼女も面白いこととは言ったが
まさか笑い飛ばされるとは思っていなかったのだろう。霖之助は素早くそれを察知して声のトーンを下げる。ま
たぶん殴られるのは嫌なようだ。
「すまない、僕が笑ったのはそこじゃないんだ。確かに人間は忘れっぽいからそういうのも必要だろう。教える
 のが白沢というのも理想的と言える。でも、昔の人間の半妖への態度を思い出すと、ね」
 霖之助もわかっている。当時、大多数の人間にとって妖怪とは畏怖の対象でしかなく、人間のすべてが強くは
なかったことを。ましてや半分もそれらの血が混ざっている子供がどれほど気味の悪い存在だったか、も。
「後で混ざったとは言え、君もわからなくはないだろう?」
 慧音がは息を飲む。彼が先天性であることを失念していたのだろうか、彼女が比較的恵まれた環境だったのだ
ろうか。
「す、すみませんでした。でも――」
「その学校のおかげで妖怪について理解が進み、結果僕のような子供が今後たとえ昔のように荒れたとしても出
 ないのならば、喜ばしい限りだよ」
 椅子から立ち上がり、そもそも笑いはしたが反対をした覚えはないな、と優しく言い放って目の前に座る少女
の頭に手を乗せる。
 慧音はその手を取り、はっきりと宣言する。
「はい、私の力が及ぶ限り」

「香霖邪魔――」
 見事なタイミングでドアが開けられる。魔理沙と霊夢は店内をぽかんと眺め。
「したぜ!」
 すぐさまドアが閉じられる。
「あれ? 魔理沙に霊夢、来たそばから帰るとはどういう了見なんだ?」
 さすがは霖之助。慧音はそれを受けて。
「そういえば最近私が来ているとこういう風なことがありますね。もしかして嫌われてしまったのでしょうか…
 …」
 負けてはいなかった。

 薄暗い店内で近い境遇の男女が互いに手に手を取り合い、見つめあう様が人にどうとられるか、などという簡
単なことを、博学聡明と言われるふたりは考えたことはないのだろうか。


「いやーしかし香霖もやるときはやるもんだな」
 香霖堂から離れながら魔法使いが巫女に声をかける。
「そうね、霖之助さんは死ぬまでああなのかしらと思っていたわ。でもいいの? 霖之助さんのこと、好きなん
 じゃないの?」
「ああ、大好きだぜ。大好きなお兄ちゃんの幸せを祈るのはかわいい妹の大事な大事な役目だ」
 強がりのない本心からの明るい声。
「それに香霖はいろんなところが適当だから少し真面目すぎるくらいがちょうどいい。そこ以外はいろいろと似
 た者同士だしな!」
「でもあそこが使えなくなるといろいろと不便ね」
「女を気にして私たちを嫌がるほど気の利いたやつじゃないのは私が保障するぜ?」
「なら問題はないわ」
「まったく、冬はまだまだ続いてるってのにけしからんやつだぜ」
 ストーブもあるしね、とは巫女。ふたりは、霖之助は冬を楽しむ気がないと結論付けたようだ。



 当然ながら歴史の学校が始まってから慧音の香霖堂を訪れる回数は激減した、激減はしたが休日になるとひょ
っこり顔を出し続けている。挨拶回り珍道中が学校の生徒談義と切り替わってしまったのが霖之助としてはいさ
さか残念に感じていた。
 ひとつ彼が気づいたことがある。この少女、話しだすとやたらと長い。しかも自分の話にのめりこんでこちら
の言うことなぞ聞きやしない。話し相手としては落第だ。
「……という具合でな。断ってはいるんだが授業料として食べ物を頂くんだ。いつまでも断れるものでもないし
 結局受取ってしまうのだが、少しならいいんだが量が多すぎてこれがなかなか困る。もらったものを腐らせて
 しまうのも悪いし――」
 霖之助が誰かのことを棚に上げ、その長い話を聞き流してさりげなく読書を始めようとすると。
「こら、人の話を聞くときは相手の顔を見なさい」
 という具合で、仕方なしに慧音の顔を見つめる羽目になる。魔理沙霊夢にもこういうときに限って訪れると同
時に帰られる。おかげで彼は彼女の顔をはっきりと覚えてしまっていた。笑うとどこがへこむだとか、渋い顔を
するとどこに皺がよるだとか。だからと言って何かがあるわけではないが。
「で、今日は何の用なんだい? 学校での話をするためだけにうちに来るほど暇じゃないんだろう。先、生?」
 一瞬の隙をついて霖之助が話の腰を折る。話題は何でもよかったので適当だったのだが何やら痛いところを突
いてしまったらしく、先ほどまでいい調子でしゃべっていた慧音が急にしぼんでしまった。
「えっと……あの、ええとええと。もっ! 森近さんは、いや違う、香霖堂は……妙に女性客が多いですよね。
 霧雨の娘さんに博麗の巫女、紅魔館のメイドとか」
 言われてみれば確かにそうだ。一見さんは同じくらいの割合だが常連は少女が多い。常連連中は客じゃないこ
とが多いのが悩みの種でもあるのだが。
「実は、ですね。教え子のひとりに相談をされまして」
 これでもかというほど言いよどむ。その姿を見てさしもの霖之助も深刻な話なのかと息を飲む。
「す……好きな男の子と仲良くなるにはどうしたらよいのかと……」


「それとうちに女性客が多いのと、何か関係が?」
 当然の疑問である。
「き、近所の方に聞いたらすぐに広まってしまう! そんなことになったら私を信頼して相談してくれた子に申
 し訳ない!」
 本人にとってはとても深刻な問題らしく、顔を押さえて髪を左右に振っている。霖之助はあきれ顔で溜息をつ
く。彼はうちにはどうして一風変わった客しか来ないのだろう、と考えているのだが答えは簡単だ。まともなや
つはこんな場所に寄り付かない。来ても霖之助が追い払う。
「ならば自分の経験から抜粋して答えてやればいいだろう。相談者が女の子なら尚のことだ」
「ぐぅっ」
 彼女は変な声をあげてうつむいてしまう。
「……んだ」
「よく聞こえない。悪いがもう一度大きな声で頼む」
「私にはそういう経験がないんだ!」
 やけっぱちの悲鳴のような怒号のようなものが場を凍らせる。
 慧音はうつむいたまま動かない。霖之助は呆れて動けない。
「君は長い人生何をしていたんだ」
 静かな声に反応して、まるで痙攣するように顔が跳ね上がる。
「そんなの人の勝手だろう!? 恥を忍んで頼んでいるのだから何も言わずに教えてくれ……」
「生憎彼女らが寄り付いているのは僕じゃなくて外の道具だ、ちなみに僕もその類の経験はない、そんなことに
 時間を割くくらいなら道具の手入れか読書をするね」
 首まで朱に染め、目を潤ませた慧音をただの一言で切り捨てた。

 霖之助は置物のように固まってしまった慧音を放っておいて読みかけの本に取り掛かる。二、三頁を捲ったあ
たりで素っ頓狂な声が上がった。
「それにしてもこの店は整理されてないな。言い方が悪いがまるでがらくたの山だ」
 哀れな半獣を見て霖之助は眉間に指を当てて考える。追い討ちを掛けてもいいがそれはさすがにかわいそうだ
ろうか、それに逆上されても面倒だ。
「ひどい言い分だね。ここにあるものはみんな僕の宝物の、がらくたの山さ。君にだって宝物のひとつやふたつ
 あるだろう?」
 珍しく霖之助が救い舟を出す。泥船かもしれないがないよりはましなはずだ。慧音もこんな苦し紛れで話をそ
らしてもらえるとは思っていなかった。
「あ、ああ、ある。どれだけ金を積まれても絶対に手放したくないものがね」
「それは興味深い、ぜひともお目にかかりたいものだ」
 慧音はきょとんと霖之助を見る。窓の外を見る。見たいかと尋ねる。
 何か不審な気配を感じながらも霖之助が肯定の意を表すと、慧音はそそくさ帰り支度を始めた。
「ちょうどいい、いつかの話を聞いてからずっと見せたいと思っていたんだ。ここに持ってくることができない
 ものだから付いてきてくれないか? まだ時間も早い」
 霖之助が窓の外を見ると確かに陽は天頂を過ぎたばかりのようだ。
 すっかり支度を終えたところでやっと思い出したらしく、苦々しい口調で声をかける。
「しまった、店番をしなければいけないのだったな。また今度にしよう」
「こうすればいい。どうせ客なんか来ないさ」
 朝と晩に付け替えられる木製の板を取り出す。そこには「準備中」と書かれていた。


 霖之助の胸には後悔が渦巻いていた。慧音の家を知らない手前金魚の糞のように彼女に付いて行くしかないの
だが、老若男女問わず道行く人々のほぼ全てに声をかけられる、もちろん慧音が。いや、それだけならかまわな
い、たとえひとりひとりと談笑するせいでやたら時間がかかろうともそれだけならかまわないのだが、これまた
ほぼ全ての人が霖之助のことをちらちら見ながら慧音に素性を聞いているのだ。これは見世物になっているよ
うで霖之助としては面白くない。不満は言うのだが。
「もうしばらく辛抱してくれ」
 と繰り返されるばかりだ。
 しばらくはそんな状態にも耐えていた霖之助だが、一向に家に着く気配がないのでいよいよ飽きてきた。もう
「あの人誰?」だの「そちらさんは?」だのには反応する気にもなれない。それでも彼が帰らないのは慧音の言
ういくら積まれても手放したくない代物を拝んでないからだ。彼女は物に執着するタイプではない、その彼女を
してそこまで言わせる物……興味がある。

 やがて日が暮れる。もうかなりの距離を歩き回り、自称インドア派の霖之助にはやや疲労の色が見える。
「もういいだろう。そろそろ家の方に連れて行ってくれ」
「私の家? 別にかまわないが」
 こういうときの慧音の不思議そうな顔は本当に無防備で、永い年月を歴史にしてきた賢人には見えない。
 そしてその表情が霖之助が感じていた違和感をさらに顕著にする。なんだろう、この「家に行く」を本当に意
外とでも思っていそうな雰囲気は。

 いざ家に向かうとものの半刻ほどでそこに着いた。上がると部屋は外観からの予測以上に広い、というより物
がない。霖之助は香霖堂を基準に考えるので物が多い家などほとんどないのだが、慧音の部屋には本当に物がな
い、学校で使うと思われる道具がなければ箪笥と机ぐらいしかない。半妖などの存在は生命としての根源的な欲
求を捨てるときに一緒に他の欲求も一部捨ててしまうのか、物に対する執着心が極端にないか極端にあるかのど
ちらかであることが多い。ただ単に慧音がそういう性格なだけかもしれないので考えるだけ無駄なのだが。
「緑茶紅茶豆の茶があるがどれがいい? ああ、すまない。紅茶は切らしていた」
 勝手から声がする。霖之助は一応客として扱ってもらえるらしい。
「珈琲で頼むよ」
 そういえばいつの間にか彼女の敬語が影を潜めている。どうでもいいことだが。

「これは……苦いな」
 運ばれてきた珈琲を一口啜るなり霖之助は渋い声を上げた。
「砂糖とミルクを持ってこようか?」
「いやいい。慣れてないだけさ、それにいつだか読んだ本に珈琲は苦くて黒くないといけないだかそんなことが
 書かれていたはずだ。確か続きもあったはずなんだけどちょっと思い出せないな」
 霖之助がちびちびと珈琲と格闘する一方、とっくに飲み干してしまった慧音がその様子を眺めている。
「それで件の宝物とやらはどこにあるんだい?」
 どことなく不快な視線をそらさせようと本題を切り出す。これも最初は慧音のごまかしから始まったので本題
もへったくれもないのだがここまで来て見ないという選択肢はない。
「おや、たっぷりと見せてきただろう?」
 妙な違和感は……これか。
「人里の風景とか言うんじゃないだろうな」
「安心しろ、違う。里の中を練り歩いてたくさんの人と言葉を交わしたわけだが、私から声をかけたのがその内
 の何人だか覚えているか?」

 霖之助は今日のことを思い返す。最初は確か村人の方から声をかけてきた、次もそうだ。それから……。
 ん?
「そう、普段はもちろん違うが、今日はあえて私からは一度も声をかけていない。若い衆はまだしも、ご年配の
 方の中には妖怪の恐怖が身に染み付いている方もいるのにだぞ? こればっかりはいくら積まれようが手放す
 ことはできないな」
 霖之助は自らの額を手で覆った。
 この半獣、愚直な堅物かと思いきやなかなかやるではないか。半妖と人間の信頼関係、ね。いつかの話とやら
を今ここで持ち出してくるとは。
「確かに素晴らしい宝物ですが、これはうちでは取り扱っていない代物ですね。買い取りはあきらめてお暇させ
 ていただきますよ」
 空のカップを机に返し、立ち上がる。もう時間も遅いし長居は無用、ボロが出る前にさっさと切り上げるのが
上策だ。
「そうか。ここからなら帰りに襲われることもないだろうが一応気をつけるんだぞ? 何かがあってからでは遅
 い」
 わかりましたよ先生、と皮肉で返したつもりなのだが、彼女は満足気にうなづくだけだった。

「土産に持って行け」
「ついさっき素晴らしい宝物をごちそうになったばかりでね、遠慮しとくよ」
 大量の食糧を霖之助に押し付けようとする慧音をかわし、霖之助は帰路に着いた。彼は暖房の効いた部屋にい
たわけでもないのに冬の寒風を実に心地よく頬に感じていた。


 ふたりは気づいているのだろうか。今日の行動が俗になんと呼ばれるものなのか、人々の目にどう映っていた
のか。気づいているのだろうか。



つづけーね