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「人形劇を手伝って欲しいんだけど」



【嘘から出た真】



いきなり本題を切り出すという行為は、話術としては褒められたものではない。
それでも、主導権を握るという意味ではまずまず有効だ。
切り出されたほうは、相手の言ったことを理解し、その背景を推察し、つまるところ何を要求しているのか予想した上で返答しなければならない。
この作業が終わらないうちに次々と言葉を放たれればどうなるか。
大概の人間は混乱するはずである。

そのように有利な立場にいるにもかかわらず、目の前の少女は最初の一言を発したまま沈黙を保っていた。
どうやら、相当気合を入れてきたか、もしくは極度に緊張していたようだ。二の句を告げることも忘れるほどに。
霖之助はたっぷり時間をかけてアリスの言葉を咀嚼し、最も可能性が高いと思われる仮説を立て、これを証明すべく質問することにした。

「それは今度の祭りでの話かい?」

「ええ、どうしても霖之助さんの協力が必要なの」

どうやら仮説は真理の一片を捉えていたらしい。要はアリスが祭りで披露している人形劇を手伝えということだ。
すがるようなアリスの顔に、ふむ、とあごに手をやって考える。
魔理沙や霊夢とは違い、こうして真摯に頼みに来るあたりがアリスの好ましいところだ。
また、普段見せるそっけない言動の割りに、アリスという少女は人が嫌がることはほとんどしないし、なんだかんだで面倒見もいい。
そんなアリスの頼みとなれば、ここは一つ受けてやろうという気になるのが人情と言うものだ。
北風と太陽の童話を思い出しつつ、霖之助は快く協力を申し出た。

「僕に何が出来るのかはわからないが、君の頼みなら断るのも忍びない。喜んで手を貸すとしよう」

「そ、そう……ありがと」

『君の頼みなら』、『喜んで』と言う言葉に反応するアリス。
その頭は、裏の意味を探ろうとフル回転を始めた。

今の言葉はどういう意味だ? 霖之助にとって自分は特別なのだということか?
突飛な想像だが、あながち間違っていないかもしれない。
この男がここまで言うのだ。なにかよほどの理由があると考えたほうが自然だろう。
もしかしたら好意を抱いてくれているのかもしれない。霖之助が、この自分に。
そう言えば、今までなんとも思っていなかったけど、見た目も悪くないし性格も……。

などと、霖之助が段々と魅力的な男性に思えてくる。
現金な自分に呆れつつも、アリスはなんとなく嬉しくてもじもじしていた。
それに対し、もっと喜んでもらえると思っていた霖之助は首をかしげていたが。

「それで、具体的には何をしたらいいんだい?
 正直僕は人形繰りに関しては門外漢もいいところなんだが」

「え、ああ、まだ説明してなかったわね。ごめんなさい」

霖之助の声で我に返る。
冷静になると、さっきまでの自分が恥ずかしい。
たった一言好意的な言葉をかけられたくらいでなにを舞い上がっていたのか。
先ほどとは違った意味で頬を染めつつ、アリスは霖之助の質問に答えた。

「人形は操れなくても大丈夫よ。欲しいのは霖之助さんの声だから」

別のことに意識を割いているせいか、今日のアリスは言葉が足りなくていけない。
またしても頭に『?』を浮かべる霖之助を見て、アリスは今度やる人形劇には声を当てるつもりでいるのだと説明した。
男役も自分で声を当てようとはしたのだが、どうにも画竜点睛を欠くような気がしたので、こうして男の霖之助に頼みに来たとのことだ。

なんとか納得することが出来た霖之助は、まず今回の演題がどういう物なのかあらすじについて尋ねる。
アリスが語ったあらすじは以下の通りである。

 ある国の王宮のお抱え魔法使いが王女と恋に落ちた。
 身分の違いから周りに反対され、密かに逢瀬を重ねるもこれが発覚。
 2人で駆け落ちし、国からの追っ手を含め様々な困難に立ち向かう。
 全ての困難を乗り越えた2人はやがて小さな村に辿り着き、身分を隠していつまでも幸せに暮らした。

「ふむ、身分違いの恋に襲い掛かる困難、そしてハッピーエンドか。
 使い古されている内容だが、使い古されるということはそれほど人の心を揺さぶるということだろうし、悪くはないな」

「まあ、奇抜さはないのは認めるわ。
 でも私の持ち味はストーリーじゃないもの。ここは奇をてらわず王道で行くのが無難でしょ?」

「それには同意しておこう。それで、僕にこの魔法使い役をやれ、と」

「ええ。出来れば王様とか追っ手の騎士もお願いしたいんだけど、そこまでは言わないわ。
 ナレーションでなんとか誤魔化せるしね。
 それじゃあ台本を渡しておくわ。明日から稽古を始めるからしっかり覚えて頂戴」

どうやら霖之助が承諾することまで予想済みだったようだ。
まあ、たまには物語の傍観者をやめて登場人物になるのも悪くはない。
その日、霖之助は夜遅くまで台詞練習に没頭していた。



そして次の日。

「おはよう、霖之助さん。セリフは覚えられた?」

「大体はね。あとはやりながら覚えたほうが早いと思うんだが」

「あら、頼もしいわね。それじゃあ早速始めましょうか」

まずは人形抜きでセリフの確認と演技の稽古をする。
これは打ち合わせをした際、とにかくここさえしっかりしておけばなんとかなると言う結論に至ったためだ。
最悪セリフ練習しかできなかったとしても、アリスならぶっつけ本番で人形の動きを演技に合わせられるだろう。
そんなこんなで稽古は続き、今はこっそり落ち合った2人が愛を語る場面を練習している。

「どうして私は王女になど生まれてきたのかしら?
 ただの町娘に生まれていれば、身分の差に苦しむことなんかなかったのに」

「ですが、もしあなたが王女として生まれていなければ、私とこうして出会うこともなかったかも知れません。
 ならば今はこうして、互いに愛する人と出会えた幸せを喜びましょう」

「もう、2人でいるときは敬語なんてやめてっていってるじゃない」

「おっと、これはすまないね。ついいつもの癖が出たようだ」

感情移入しやすくするため、台本に書かれている2人の口調は霖之助とアリスそのまんまになっている。
もちろん2人きりの場面に限ってだが。
そんなアリスの狙い通り、霖之助はかなり演技に熱が入っている。が、今回は入りすぎたことが問題になった。

そう、人形も置かずに向かい合って演技をしているため、霖之助とアリスが本気で愛を語りあっているような状況になっていたのだ。
アリスもなんだかんだ言って女の子。こういう場面はかなり気合を入れて書いているし、アリス本人の憧れるシチュエーションやセリフも存分に盛り込んである。
そんな"アリスが言って欲しい愛の言葉"を、霖之助が真剣そのものの顔で語ってくるのだ。おまけに今は香霖堂に2人きり。
恥ずかしいようなくすぐったいような思いで徐々に頬が熱くなるアリス。

一方、そんなことは微塵も意識していない様子で演技に没頭する霖之助。
演技に集中するのは悪いことではない。
それでも、自分だって面と向かって愛の言葉を投げかけているのだ。もう少し照れたりしてもいいではないか。
やはり霖之助に女として見られてはいないのだろうかと、少しだけ悲しくなるアリス。
だが、そんな悲しみなど吹き飛ばすような事態が起こった。それは、この場面も終わりに近づいたときのこと。

「そろそろ戻るとしよう。あまり長く抜け出していては怪しまれるからね」

「そうね……。どうして楽しい時間はすぐ終わってしまうのかしら。
 ねえ、別れる前にもう一度聞かせてくれる? 私のことを愛してるって。
 言われなくてもわかってるつもりだけど、あなたの口から聞いておかないと不安で仕方なくなってしまうもの」

「もちろんだとも。……愛しているよ、アリス。この世界の誰よりも」

「……え?」

「……あ」

いつの間にか劇の役と現実の自分が混ざってしまったらしく、王女の名前を呼ぶところでアリスの名前を呼んでしまった霖之助。
思わぬ不意打ちに、アリスは真っ赤になって口をパクパクさせている。
一方の霖之助も、あんまりといえばあんまりなミスに気まずくて仕方ない。
第一、これでは隠していた想いがつい口をついて出てしまったようではないか。

「す、すまない。ずっと君を見て稽古していたものだから、つい」

とにかくこの空気を何とかしようと声をかける霖之助。
アリスもこのままでは不味いと気が付き、なんとか事態の収拾をつけるべく霖之助の言葉に乗ることにした。

「ま、全く仕方ないわね。本番でやったら承知しないわよ」

「ああ、気をつけるよ」

どうにか落ち着くことは出来たようだが、こんな心境で稽古を続けられるはずもない。
霖之助は慣れていないから疲れたのだろう、ということで今日の稽古は終了となった。
2人ともこれが建前なのはわかっているが、わざわざそこを指摘して稽古を再開する理由もない。
明日また同じ時間に稽古を再開するということにして、アリスは自宅へと戻っていった。



その帰り道、アリスは帰り道を歩きながらため息を吐く。

「見ていたらつい、か」

やっぱり意識しすぎなのだろうか。ホッとしたような残念なような不思議な気持ちだ。
霖之助という協力者を得て、祭りの準備はとても順調だというのに、何か心が晴れない。
気が付けば霖之助のことばかり考えている自分に、アリスは顔をパシンと叩く。
そうだ、とにかく今は劇をやり遂げよう。自分が霖之助をどう思っているのかなんてその後で考えればいい。

「さあ、明日も頑張るとしますか!」

おー、とアリスは右手を振り上げた。



一方、アリスの帰った香霖堂にて、霖之助は最後にやらかしたミスについて考えていた。
なぜ自分はあそこでアリスの名を呼んだのか
目の前にアリスがいたから? 
違う。アリスにはああ言ったが、どうも他に理由がある気がしてならない。
その違和感が気になって考えていると、一つの可能性に思い当たった。

「気付かぬうちにアリスに惹かれていた……か?」

流石にそれはない。確かに目を閉じればアリスの顔が浮かぶが、これは今日ずっと2人で稽古をしていたからだ。そうに決まっている。
ぶんぶん、と頭を振り、今日の自分はどこかおかしいのだと結論付けた霖之助は、普段より早めに就寝することにした。



そんなこんなで稽古は続き、ついに迎えた祭り当日。
生まれてこの方味わったことのない濃密な特訓を乗り越えた2人は、意気揚々と道の小脇にセッティングを進めた。

結果としては大成功。あまりの人だかりが通行の妨げになるほどだ。
観客たちの中には、感動して涙すら流しているものまでいる。
また、劇が終わった後は次々にアリスや霖之助の手をとり、その想いをぶつけてくれた。

「感動した!」

「いい話をありがとう!」

「また次の祭りでもお願いします!」

「辛い思いをしてきたんだねえ」

「おめでとう! お幸せに!」

どう聞いても劇の感想ではない発言も紛れ込んでいたが、とにかく返事を返すのに必死な霖之助たちは気付かない。
疲れ果てながらもなんとか香霖堂まで荷物を運んだ2人は、そのまま奥の部屋で眠りに付くのだった。



数日後、

『発覚! アリス=マーガトロイドと森近霖之助に隠された波乱万丈の過去!』

なる見出しの新聞が大量に発行される。
どうやら人里では、あの人形劇が2人の過去を忠実に再現したものということになっているらしい。
そこには連れ添って香霖堂に戻る2人の写真もあり、アリスが朝帰りした所も見ていたと鴉天狗が証言している。
これを見た幻想郷の女性陣はアリスと霖之助を尋問すべく結託。
逃げ回る2人の間にはいつしか愛情が芽生えたりもするのだが、それはまあ別のお話。