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あらすじ


霖之助の協力のもと日本人形を完成させたアリス
次は一人で作ろうと自宅に篭るが、いつの間にか霖之助にフラグを立てられていたらしく寂しくなって香霖堂へ。
なんだかんだでめでたく毎日通うことになり、ひたすら悶えるアリスだった。



アリスが毎日香霖堂へ通いつめるようになって数日、そろそろ生活のリズムも定まってきた。
朝は夜明けともに起床。サンドイッチなど簡単な朝食を作ってバスケットに押し込み、身だしなみを整えて香霖堂へ。
霖之助も朝は早いのでアリスが来るころには起きている。挨拶を交わしつつ奥の座敷にあがりこむ。
持ってきた朝食を2人で平らげ、食後はのんびりと霖之助が淹れてくれた紅茶を味わう。
本当は自分が淹れてあげたいのだが、『このくらいはさせてくれ』と言われては無碍に断るわけにもいかない。

使った食器を仲良く台所で並んで片付け、霖之助が店の部分を、アリスが住居部分の掃除を行う。
このとき服が汚れてはいけないからと割烹着に三角巾を借りるのだが、日本人離れした顔の割りに良く似合う。
一段落したら霖之助は店番。アリスは客の邪魔にならない場所に椅子を置いて人形作りに取り掛かる。
紅白の巫女や瀟洒なメイド、竹林の師弟に白玉楼の庭師などが来店するが、
これら頻繁に訪れる客にはすでにアリスが霖之助に師事していることを説明済みのため、特にどうこう言われることはない。

日が西に傾き始めれば夕食の用意を始める。
アリスの専門は洋食だが、霖之助が和食を好むため教わりながら作ることも多い。
かつてアリスが語った通り、彼女の腕前は人形たちより数段上だった。夜雀のように店でも開けば大盛況間違いないだろう。
2人で存分に舌鼓を打つと暗くならないうちに自宅に戻る。
人形作りの道具は全て香霖堂に置いてあるため、帰宅してからはスペルカードや人形の操作について研究し、早めに就寝する。

何の不満もない幸福な生活。強いて言えばいっそ香霖堂に住み込んでしまいたいが、それはまだ早いだろう。
自分も霖之助も人間に比べてずっと長く生きる。焦らなくて良い。むしろ親密になっていく過程をじっくり味わおう。
自分の人生はいまから絶頂期に入るのだ。

……そう、思っていた。



「いやー疲れた疲れた。やっと研究が形になったぜ」

そう言いながら入ってきたのは、最近めっきり足が遠のいていた黒白の魔法使い、霧雨魔理沙だった。

「おや、久しぶりだね魔理沙。だいたい2ヶ月ぶりかな?」

「あ~、そういやこの前来たときは会わなかったんだよな。あの時は口やかましい奴がいたからなあ」

「口やかましくて悪かったわね」

どうやら部屋の隅に居たためか気付かれなかったようだ。人がいないと思って好き勝手なことを言う悪友に声をかける。

「うおっと、今日もいたのかアリス。和裁だか白菜だか知らんが、お前ならもう香霖なんかに教わることはないだろうに」

「なんかとはなんだなんかとは」

「そうよ失礼な。言っとくけど霖之助さんの腕前は相当なものよ?
 だいたい、あんたも裁縫くらい覚えなさいよ。一応仮にも生物学上女の範疇に引っかかってんでしょ?」

「ひどいぜ。こんなに可憐な美少女を捕まえて」

「可憐だと自称するなら、せめて言葉遣いくらい何とかするべきね」

「善処するぜ。んで、まだ香霖にアドバイスもらいにこんな埃臭い所に通ってるわけか。お前も物好きだよなあ」

「別にアドバイスはもらってないわよ。とりあえず一人で作り上げて、何ができて何ができないのか確認するつもりだから」

流れるように掛け合いを続ける2人を眺め、本当に仲が良いなと微笑みつつ口を挟む霖之助。

「この前は一人で作ることにこだわる必要はないとか言ってたような気がするんだが、気のせいだったかな」

「気のせいね。ダメよ霖之助さん、人の話はちゃんと聞かないと。それとも私に話しかけてもらえなくて寂しいのかしら?」

「あれだけ根掘り葉掘り聞き出そうとしていた君がパッタリと質問しなくなったからね。なんとなくしっくり来ないだけさ」

「人間正直が一番って聞いたことがあるわよ?」

「それなら人妖の僕には当てはまらないな」

「ああ言えばこう言う……」

「君がそれを言うのかい?」

今度は魔理沙が2人の会話を眺める。

(……こいつらこんなに軽口叩き合うほど仲良かったか?)

少なくとも前に2人の会話を見たときはもっとよそよそしかった筈だ。
なのに、今の会話からはなんとなく甘い雰囲気すら漂っているように思える。

「何でお前らそんなに仲良くなってるんだ?」

霖之助はアリスとの会話を一時中断、魔理沙の質問に答える。

「そりゃ毎日顔を合わせてれば嫌でも相手のことを理解するようになるさ」

「あら、霖之助さんは私のことなんか分かりたくないって言うわけ?」

「今のは言葉のアヤというか極端な例えを提示しただけだよ。いくら僕でも嫌いな相手に部屋まで貸すほど酔狂じゃない」

「あ~、待て待て待て!」

放っておけばすぐに2人で話を進める。なんとなく自分が蚊帳の外のように思えてイライラする。
おまけに聞き捨てならないことが聞こえた。

「毎日顔を合わせて部屋を借りてる? いつからアリスはここに引っ越してきたんだ?」

「いや、別に住んでるわけじゃないよ。ただ、最初に日本人形を作ってるときは事あるごとに質問しに来てたからね。
 ほとんどうちで作ってたせいか体がこっちに順応してしまったらしい。
 今では一人で閉じこもっているよりここで作ったほうがはかどるんだそうだ。
 部屋は人形作りの道具や材料の置き場所として提供しているだけさ」

「……ふーん……つまり通い妻か。香霖にそんな甲斐性があったとはなぁ?」

「「通っ……!?」」

アリスだけならまだしも、霖之助までそろって顔が赤くなる。
これが他のやつならニヤニヤとしつこいくらい笑ってやるところだが、今回ばかりはそうはいかない。
自分がからかったのは認めるが、その反応はなんだ。
自分がいくら好意を匂わせても歯牙にもかけなかったくせに。
ストレートに伝えても、回りくどくほのめかしても全く動じなかったくせに。
だから、

「……なんでだよ」

気がつけば、不満が口からあふれ出して止まらなくなっていた。

「なんで!? なんでアリスなんだよ!?
 ついこの前まで赤の他人だったのに! その他大勢の客の一人でしかなかったくせに!!
 私のほうがずっと昔から香霖の近くにいたんだ!
 実家で修行してるときも!
 この店を建てたときも!
 私が実家から出てった時だって!
 途中でふらっと出てきたくせに私の場所を取らないでくれよ! そこはお前の場所じゃない!!
 今までもこれからも死ぬまでずっと! 香霖に一番近いところにいるのは私なんだ!!!
 他のやつに取られるなんで耐えられないんだ!!!
 だから……だからっ……」

「……魔理沙」

声が詰まって俯いてしまった魔理沙になんと言って良いか分からず、霖之助はただ名前を呼んだ。
ビクッと肩を震わせ、顔を上げた魔理沙の両目は、今にも涙が溢れそうになっていた。

「……う……うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

耐えられなくなったのだろう。魔理沙は箒をつかむと、叫びながら香霖堂から飛び出していった。

「魔理沙……」

こちらはアリス。
考えたこともなかった。いつも自分勝手で人の迷惑を顧みないあの魔理沙がこんなに取り乱すことがあるなんて。
魔理沙は強いわけではなかった。弱い自分を一生懸命隠して、それを他人に絶対に悟らせないようにしていただけなのだ。
気付かなかった? 違う。気付こうともしなかった。
思えば霊夢は魔理沙の内面をなんとなく察していたような節がある。だからこそ、魔理沙と上手くやっているのだろう。

「……やれやれ」

そんなアリスの思考は、もう一人の当事者によって中断することになった。

「霖之助さん……」

「驚かせてしまったようだね。だいぶ成長したようだが、あの子もまだまだ子供のようだ」

なぜ……そんなに落ち着いているんだろう?

「多分、父か兄が取られて悔しいような気分なんだろう。しばらくそっとしておけばまた元気に……」

パァン!

「あなた……本気でそんなこと言ってんの……?」

考えるより先に、全力で目の前の男を張り飛ばしていた。
ずれた眼鏡を直すことすら忘れているのだろう、呆然としてこちらを見ている霖之助にさらに苛立ちを増す。

「朴念仁だとは思ってたけどここまで救いようがないとは思ってなかったわよ!
 お父さんが取られた!? お兄さんが取られた!?
 ふざけんじゃないわよ!
 そんなことで女の子が、あの魔理沙が! あそこまで取り乱すわけがないでしょうが!
 人の感情に疎いのも大概にしなさいよ!」

ああ、さっきの魔理沙と同じことをしてる。
どこかで冷静な自分がささやくが、止められない。

「他人の気持ちなんて気にならないような顔をして!
 気にならないんじゃないわ。分からないのよ!
 勝手にああだろう、こうだろうって結論付けて、それを疑いもしない。
 普段なら笑って済ませてあげるけどね、今回だけは絶対許さない!
 自分が何をしたのか、なんで魔理沙が泣いてるのか、悩んで悩んで悩みぬきなさい!
 それが分かるまではそのとぼけた顔を見せないでちょうだい!」

そう言い残すと、アリスもまた香霖堂から出て行ってしまった。



「荷物……置きっぱなしだったなあ……まあいいか……」

怒鳴り散らして出てはきたが、少し言い過ぎたかもしれない。
そもそも魔理沙の内面を見ようとしていなかったのは自分も同罪だ。
それなのに自分だけは分かっていたような言い方。
自己嫌悪で足が止まりそうになるが、それを押し込めてでもやるべきことが残っている。
とにかく足を進めるアリスが辿り着いたのは、魔理沙の家の前だった。

大きくノックするが、返事はない。
それでも、今の魔理沙が他の誰かのところに転がり込むことは考えられない。
深呼吸して、家の中の魔理沙にも聞こえるよう声を上げる。

「魔理沙……いるんでしょう?」

「まずは謝っておくわ……。
 そんなつもりはなかったけど、結果として私はあなたから霖之助さんを奪おうとしている。
 しかもあなたが研究でいない間にこそこそとね。
 卑怯といわれても構わない。それだけのことをした自覚はあるもの」

やはり返事はない。だが間違いなく聞いているはずだ。
そして、アリスは決定的な言葉を口にする。

「それでもこれだけははっきりさせておくわ。
 私は霖之助さんが好き。今までに出会った誰よりもね。
 だから誰にも渡したくはない。例えあなたや他の誰かに恨まれたとしても。
 あなたはどうなの?
 こうして一人で閉じこもって泣いてるだけなの?
 失いたくないなら、奪われたくないなら……立ち上がりなさい。
 それができないなら、あなたの思いは所詮その程度のものだったということになるわ。
 どういう結果になるかはまだ分からないけど、あなたの想いが本物なら、また私の前に立ちふさがりなさい。
 ……待ってるから」

勝手なことを言っている。謝っているのか喧嘩を売っているのか分かったものじゃない。
魔理沙にはすまないと思う。それは間違いない。
それでも霖之助を失うのは嫌だ。
……自分は一体何がしたいのか。
霖之助に怒鳴ったのも意味が分からない。魔理沙の方を向いて欲しいわけではないのに、魔理沙の気持ちを考えろなどと。
とにかく、自分も気持ちを整理する必要があるだろう。



アリスが遠ざかる足音が聞こえる。
声は聞こえていた。
だが、答える気にはならなかった。
自分がいない間に霖之助を取ろうとするアリス。
自分の気持ちになんて気付こうともしてくれなかったのに、知り合ったばかりのアリスといちゃついてた香霖。
2人とも大嫌いだ。
そして、そんなことを考えている自分はもっと大嫌いだ。
ベッドにうずくまったまま、とにかく今は何もしたくなかった。