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※慧音の努力により人里が人外に寛容になったのは霖之助が店を構えた後という設定です。
※霖之助が修行しているのは香霖堂を立てる数年前からであり、店の人間以外は彼が半妖とは知りません。
以上の設定を踏まえてご覧ください。


「……糸も布も残り少ないわね……また買いに行かないと……」

七色の人形遣い、アリス=マーガトロイドの艶やかな口から漏れる声。
本来ならば同性であっても聞き惚れるような美しく儚いその声も、倦怠の色が混ざっては魅力半減である。

これは、森近霖之助が霧雨の店で修行していたころのお話。
魔理沙や霊夢が、まだ無邪気に遊んでいたころのお話。


【彼が気付かせてくれたもの】


自分の生活に問題などない。
アリス=マーガトロイドはそう自覚しているつもりだ。
目標である完全自立人形の完成を目指して、研究と研鑽を重ねる日々。
そのことに全く問題はない……が、人形を作る以上、材料をどこかで手に入れる必要がある。
できれば家に篭っていたいのだが、自分で布や糸まで作っていては時間の無駄だし、そこまでの技術もない。
そういった理由で、たまに人里へ買出しに行くことだけは楽しいこととは言えなかった。


傍らに人形を浮かべ、人里で必要なものを調達するアリス。
すでに何度も訪れているため、商談はスムーズに進んでいく。

そう、商談"は"。

「……」

道を歩くとき、商品を受け取るとき、嫌が応にも感じる。
道行く人間たちの、店員たちの冷たい視線。ひそひそとささやく声。
歓迎されていないことを承知で来る自分も自分だが、いい加減同じことばかりして飽きないのだろうか。
刺さる視線に負けない冷ややかな心で、アリスは淡々と材料を買い込んでいく。

……今度はもっと人形をつれてきて、大量に買い込むとしよう。

別に人間にどう思われようが知ったことではないが、好き好んで味わうような雰囲気でもない。
実際の疲労以上に疲れを感じながら、アリスは家に帰っていった。

ちなみに材料を買う資金は、人形を里の店に卸すことで調達している。
無論、製作者がアリスということは伏せてあり、受け渡しは人の目のないところで行われる。
店の人間も、里の人間である以上アリスを快く思ってはいないが、実際人形の出来が良い上に売れ行きも上々。
面構えだけはにこやかなその店員をくだらないと思いつつ、利害の一致によりアリスの売買は続いている。

次に里を訪れるのは何ヵ月後か。計算している自分が面白くない。
まあ、考えてもその時が先に伸びるわけではないか。
そう自分に言い聞かせ、アリスは人形作りに没頭していった。


祭りの日。
アリスは道端の一角で人形劇を披露する。
まるで生きているような動きに加え、通常ではありえないほど大勢の登場人物。
しかし、文字通り魔法のようなその光景に目を向ける人間はほとんどいない。
まれに目を輝かせる子供がいるにはいるが、そばの大人が諫めるためにすぐどこかへ行ってしまう。

曰く、あれをやっているのは人間ではない。
曰く、あれを見ていたら魂をとられる。

それでなくても、なぜお前なんぞがここにいる、という視線が常について回る。
めでたい祭りに紛れ込んだ異物に一瞬敵意を向け、直後まるでアリスの存在など見えない体を装う人間たち。

ふん、と内心でアリスは鼻を鳴らす。
別に馴れ合いにきているわけじゃない。
一人で家に篭って人形を操るのと、他人の目があるところで人形を操るのとはでやはりどうしても感覚が違う。
だから、これはあくまで自分のため。別にこれをきっかけに人間に近寄ろうとは思わない。
むしろ今はそれでいい。いつか自分を白い目で見ている人間たちが、目を離せなくなるような劇を演じてみせる。


そんなことが幾度か続いたある日。
いい加減いつもの店に行くのが面倒になったアリスは、違う店を探して歩いていた。
すると、一軒の店が目に入る。

『霧雨店』

どうやら生活用品などを売る雑貨屋のようだ。
ちょうどいい、人間の店などどこでも同じだし、ここで買い物を済ませて帰るとしよう。
アリスが店に入ると、眼鏡をかけた銀髪の店員が話しかけてきた。

「いらっしゃいませ。
 おや、はじめてのお客さんですね。何をお探しで?」

「布と糸。できれば丈夫なものを」

にこやかな店員とは違い、アリスのほうに愛想良くする理由などない。
そっけなく用件を伝えると、店員は少々お待ちを……と言って引っ込んでいった。

「これでいかがでしょう?」

「……。いただくわ」

品質を確かめ、満足するアリス。
普段使っている店よりは上等なものを扱っているようだ。

「それでは御代を……おや、その人形は……」

「……この子がなにか?」

気付かれたか。顔には出さないが内心で舌打ちするアリス。
どうやら自分の悪名は思っていたより人里に広まっているらしい。
どうせこの店員も手のひらを返したように迷惑そうな態度をとるのだろう。
浮かんでいた人形を、念のために腰元に下げて入店したが、徒労に終わったようだ。
また次の店でも探すかな、と思っていたアリスだったが、

「もしかして、あなたがアリス=マーガトロイドさんですか?
 いやあ、お会いできて光栄です。
 ああ、申し送れましたが、僕は森近霖之助。この店で商売人の修行をしているものです。
 それにしても素晴らしい人形だ。お一人で作られているというのは本当ですか?
 できれば手にとってじっくりと見せていただきたいのですが。
 ああ、それに……」

森近霖之助と名乗る店員は、鮮やかに予想を裏切ってくれた。

「僕がなぜアリスさんのことを存じているかというと、気晴らしに向かった人形屋で作品を拝見しまして。
 あまりに精巧かつ繊細にできているものですから、そこの店員に製作者について聞いてみたんです。
 ところが、その店員が頑として口を割らない。
 これは何かあると思って絶対他言しないことを約束した上、袖の下まで使って聞き出してしまいました。
 道具はどのようなものを?
 やはり魔法を使って?
 それとも純然たる技術の結晶ですか?」

……何だこいつは。
今の言い方なら自分が魔法使いだということくらい知っているのだろうに。
まあいい。拒絶されてはいないようだし。
むしろ問題はこの口か。

「あの、早く作業に戻りたいのでお勘定を……」

「ああ、これは失礼。ついつい話に夢中になってしまいました」

一応人の話を聞く余裕はあったらしいその店員に代金を支払い、店を出るアリス。

「今度は時間のあるときにいらしてください。是非人形の話を聞かせていただきたい。」 

「……そうですね。考えておきます」

前向きな返答に喜ぶ霖之助。
変なやつ。
そう思うアリスだが、不思議と悪い気はしなかった。
人形を評価してもらったからだろうと結論付け、アリスは自宅へと帰っていった。


それから、アリスは霧雨店で買い物をするようになった。
人形の材料だけでなく生活用品まで揃っているため、何件も回る必要がないからだ。
何より、この店の店員は自分を嫌がっている様子がない。

特に森近霖之助と名乗った若い男。
会うたび会うたび人形を褒めちぎり、製作のことについて質問してくる。
挙句の果てに、人形屋の店員は魔法使いが作った人形だからといってあれほどの作品の手入れを嫌がっているが、
そんなことで品物の扱いを決めるとは全く商売人失格だなどと、アリスの味方をするような言動まで平然と吐く。
一度彼の不在時に店を訪れた事もあったが、次に来店したときには『勿体無いことをした』を10秒に1回は言う始末である。

気がつけば、アリスは人里での買い物が重荷ではなくなっていた。
そうなると1度に買い込む量も減り、月に1度ほどの間隔で定期的に店を訪れるようになる。
霖之助と話し込むうち、知らず知らずのうちに笑顔になることもあった。
それを見ていた別の客は、

「いやあ、あの氷みたいに無表情な魔法使いでも、あんなふうに笑うことがあるんですなあ」

と、驚きを隠せず、会う人会う人にその事を語ってまわったと言う。


ようやく、アリスにとって本当に充実した日々が訪れた。
唯一の心掛かりがなくなり、心置きなく人形作りに集中できる。
出来上がった人形を見せると、霖之助をはじめ、霧雨店の面々は手放しで賞賛してくれた。
中でもその店の子供である小さな少女は、毎回目を丸くして人形に見入り、別れ際には何度もいつ来るのかと聞いてくる。
自分を正しく評価してくれる存在がいるだけで、こうも違ってくるものか。
アリスの頑なだった心は、徐々に溶け始めていた。

祭りでの人形劇も、気がつけば足を止めてみている人間がちらほら出始めた。
見ているのは、子供や面白いものに飢えた若者がほとんどだ。
もしかしたら、霖之助が霧雨店を訪れる客に自分のことを語って聞かせたからかもしれない。
そう思うと、なんだか心が温かくなるアリスだった。
優しい微笑を浮かべるアリスが水面下の噂となって、観客にやや男たちが増えもしたが。


しかし、そんな生活も唐突に終わりを告げる。

「出て……いった?」

「ああ、いつか自分の店を持ちたいって言ってたからなあ。
 直接あんたに告げられないのが残念だって言ってたぜ。
 たしかあいつの店は……あ、ちょっと!」

「っ!」

最期まで話を聞くことができず、アリスは自宅へ向かって飛び出していた。
もう会えなくなったことも、そのことについて何も言ってもらえなかったことも、何もかもが辛かった。


自宅の椅子に座り込み、ぼうっと考えこむアリス。
なぜ自分はここまで取り乱しているのだろうか。
別に彼がいなくなっただけで、かつての生活に戻るだけではないか。
大丈夫。今までそうして生きてきたんだから。
言い聞かせることで胸の痛みは小さくなる。
小さくなりはしても、消えてはくれなかった。

それは、アリスが他者と触れ合うことの楽しさに気付いてしまったから。
気付かせてくれた彼が、なんの断りもなく一方的にその触れ合いを絶ってしまったから。

もう、かつてのように生きていくことはできなかった。



ちくちくちく。
布に糸を通す音が聞こえる。
が、

「……集中できない……」

音の発生源ことアリスは、この1ヶ月というもの人形作りに身が入っていなかった。
人形を作ることで霖之助との繋がりが絶たれたショックを振り切ろうとするのだが、人形を作るということはその完成形をイメージするということ。
イメージするたび浮かんでくるのだ。完成した人形を褒め称える霖之助の姿が。
どこに居るのかわからない以上、彼が褒めてくれることなどありえないというのに。
結局、彼のことを忘れるための人形作りで、自分にとって彼の存在がどれほど大きかったか痛感する破目になる。
心に刺さった針は、いまだに抜けてくれない。

「はぁ……気晴らしに外を歩いてこようかな……」

どの道このまま家に居ても何も変わらない。家に居て何とかなるならこの1ヶ月で何とかなっている。
アリスは珍しく散歩に出ることにした。


しばらく森の中を歩くアリス。
鳥の囀り、木々の葉からこぼれる日の光、清清しい空気。
心の痛みがさらに小さくなっていくのがわかる。小さくなった分鋭くもなったが。
だがまあ、たまにはこういうのも悪くない。
新しい楽しみを見つけた喜びを味わうアリス。

と、ここで1ヶ月前にはなかった物に気がついた。

「なんて読むんだろう……こう……??……どう?」

名前からしてどうやら何かしらの店らしい。
こんな森の入り口に店を立てるなど、どんな変わり者なのだろうか?
……まあどうせ暇だし、冷やかすのもいいか。
なにやら興味を引かれたアリスは、香霖堂と看板のかかった店の戸を開けた。

「いらっしゃい……おや、アリスじゃないか。
 折角開店したのに1ヶ月も来ないからどうしたのかと思っていたよ」

「……え、なにこれ」

店の中にいたのは、もう会えないと思っていた男、森近霖之助だった。
店に入ってくるなり疑問の声を上げ、ぽかんとしているアリスを見て、随分表情豊かになったなあなどと考える霖之助。
アリスは2~3回ほど目をパチパチさせると、

「なんで? どうしてこんなところに霖之助さんが?」

と聞いてきた。
霖之助はそれを聞いて、どうやら1ヶ月も訪れなかったのは愛想をつかされたのではないらしい、と内心安堵する。

「ふむ、霧雨の親父さんに聞いていなかったのかい?
 しっかり伝えてくれるように何度も念を押したんだけどなあ」

「……そういえば最後まで聞かずに出ていったんだったっけ」

「ん? 何か言ったかい?」

「え、う、ううん、なんでもないわ」

「そうかい?
 まあ折角だし、僕が店を持つに至った経緯を説明しておこうか。
 一応これでも、僕は商売人の端くれだ。
 いつかは自分の店を持つ。そんな目標を持ってはや幾歳。
 霧雨店で修行を積んではいたが、なかなかその機会に恵まれなかった。いや、正確には自分の持ちたい店がわからなか
 ったんだ。
 そもそも僕が店を持ちたいのは、僕の『道具の名前と用途がわかる程度の能力』を生かしたいがため。
 ならば普通の店では意味がない。
 そんな時、外の世界の道具が流れ着くという無縁塚のことを思い出した。
 試しに無縁塚に行ってみればあるわあるわ。見たこともない道具でいっぱいだ!
 これはこの道具たちを扱えという天からのお達しに違いない。
 そう思った僕は、人も妖怪も来れる場所、無縁塚にも近いこの場所で外の商品を扱う、それが僕の使命だと悟ったのさ!」

やたらテンションが高く、なにやら芝居がかった話し方をする霖之助。
もう会えない……とか考えていた自分が情けないやら恥ずかしいやらで、一気に力が抜けるアリス。

「はあ……一体この1ヶ月は何だったのかしら……。まあ、いいか……」

そんなアリスの言葉は当然のように聞いていない霖之助は、ここで常連を1人作っておこうと話しかける。

「そうそう、一応普通生活用品なんかも取り扱っているから、良かったら糸や布などひいきにしてもらえるとありがたいんだ
 が」

こいつこっちの様子はお構いなしか、と半眼で睨みつつ、アリスはここに来てから抱いていた疑問をぶつける。

「……ええ、まあそれは構わないわよ。人里に下りるより楽だし。
 それより、前とかなり話し方が変わってるのはどういうことかしら?」

「ああ、霧雨店では、僕は修行の身だったからね。
 お客さんへの対応は霧雨式でやっていたんだ。
 しかしここは僕の店だ。よって僕は僕の思うがままに応対させてもらう」

「お客さんとして言わせてもらえば、品揃えが同じでも店員の態度がいい店を選びたいものよ。
 と言いたいところだけど……この店と競争する店なんかないわよね……」

「まあそういうわけだ。これからもよろしく頼むよ」

「ああ、それともう1つ。
 ここがいくら入り口と言っても魔法の森よ。
 人間のあなたにはちょっと危険すぎない?おまけに無縁塚にまで行ってるんでしょ?」

心配してくれるアリスを見て、この子も本当に変わったなあ、と思いつつ霖之助は答える。
おそらく出会ったときのアリスなら、例え目の前で襲われていても素通りだったろうに。

「そう言えば君には言ってなかったかな。
 僕は半分妖怪だから、妖怪に襲われることはめったにないよ」

「……ちょっと、何でそんな重大事項教えてくれなかったのよ?
 それとも霧雨店の人たちに知られたくなかったとか?」

「いや、彼らは皆僕が半妖だということを知っているよ」

「……あ、そう……」

随分懐の深い人間もいたものだ。
それなら魔法使いの自分を嫌がる様子がないのも当然か。

しかし自分は彼のことを何も知らないのだな、といまさらながらに実感するアリス。
まあ自分から人付き合いを遠ざけていたのだ。自業自得というものか。
そんな自分を反省しつつ、アリスは右手を差し出した。

「それじゃあ、今後いろいろとひいきにさせてもらうわ。よろしくね」

「ああ、こちらこそ」

そういえば誰かと握手するなんて初めてかもしれないな、とアリスは思う。
そして、かつての自分がどれだけ勿体無いことをしていたのかようやく理解した。
人と触れ合うことはこんなにも楽しいのだ。
他人に評価される楽しみも、別離の悲しみも、再会の喜びも味わった。
その感情の起伏こそが、生きているということをまざまざと感じさせてくれる。
これからはもっと積極的に他人とかかわっていこう。

そう決意するアリスの前途は、これまで以上に輝いていた。