返信は、なかった。
午後2時55分。ぴったり面接の5分前に郵便局前についた僕は、自分の社会人ぶりに少しうっとりする。深夜に見たまとめブログにも、5分前行動が社会人のマナーだと書いてあった。これで、採用間違いなしだろう。
高鳴る鼓動を抑えて自動ドアのボタンを押すと、窓口に座っていた目尻の皺の深い女性がこちらをちらっと見て、会釈した。バイトの面接に来た者なのですが、と伝えなければ。
心から絞り出した勇気が、胃袋のあたりにぽた、ぽた、と垂れ落ち始める。それと同時に、急にお腹がきりきりと痛みだし、足は錆びついた鉄のように固くなった。入口で茫然と立ち尽くす僕を、女性は怪訝そうな目で見つめる。いや、怪しんでるのではない、きっとジャケット姿の僕に一目ぼれしてるのだ。僕は、罪な男だ。
後ろで自動ドアの開く音がした。別の客が僕の横を通り過ぎていく。さっと踵を返し、僕は近くのコンビニへと向かった。前に貼られた注意書きを無視し、店員に声をかけることもなく化粧室に入る。
どうしよう。逃げ出したい。深いため息を肺の底から吐き出すと、腕時計を確認する。午後3時きっかりだ。このまま1時間ほどここで時間をつぶして、家に帰ろう。母には、面接は受けたけど、不合格だったと説明すればいい。
何をするでもなく、おもむろに携帯を取り出し画面を見ると、一通のメールが来ていた。
母からだった。
もしかして心配で後ろをつけてきたのだろうか。郵便局で立ち尽くす僕を見ていたのだろうか。何もせずに、哀れにコンビニに逃げた僕に失望したのだろうか。また、母を失望させてしまった―――。
一気に様々な考えが脳内を錯綜し、額から冷たい汗がぶわっと噴き出る。深呼吸をして覚悟をきめ、僕は、そのメールを、確認した。なんてことはなかった。そこには、面接がんばりなさい、の一言しか書かれてなかった。だけど、その一言が、今の僕には一隻の助け舟だった。そうだ。あれほど、もう逃げないと決めたのに、社会に出ることを楽しみにしてたのに、結局僕は、また同じ過ちを繰り返すところだった。もう、大学受験で舐めた辛酸は二度と味わわないつもりだったのに。
すくっと立ち、鏡で容姿の乱れがないかを確認すると、僕は風を切りながら一直線に郵便局を目指した。
肌寒い冬の日差しが、今の僕にはちょうどよかった。
第3章 終
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