ジ「はぁ、はぁ、つっ・・・クソ・・・。」
ジュンは走り疲れていた。
ジ「こりゃ早くしないとな・・・。」
ジュンは止まり、自分の足をズボンをめくって見た。
水しぶきで濡れ、解けた包帯からは、階段から落ちた時の青あざがある。
ジ「雨が降っているから、どこかに雨宿りをしているはず・・・。」
ジュンはまた走り出し、心当たりのある所を探す。
ジ(会ったらどう言おう・・・。)
ジュンの頭の中はそれで一杯だった。
なにせ、自分を看病してくれた女の子を泣かせたのだから。
ジ(やっぱり素直にごめん・・・かな。)
そんなことを考えているうちに、もう体力の限界が来た。
ジ「はっ、はっ、ふー、ふー。」
ジュンはひざに手をつき、呼吸を整える。
何せほとんど運動していないのだから、すぐにばてるのは当たり前である。
ジ「ふー・・・ホント、何処にいるんだろう・・・。」
水溜りに映る自分の顔を見つめる。
ジ「僕って・・・情けないな・・・。自分で泣かせた女の子を見つけられないなんて・・・。」
苦笑している顔が映る。
ジ「でも、諦める訳にはいかないな。」
ジュンは前を向き、また走り出した。
一方の翠星石は、ジュンから少し離れた公園の土管の中にいた。
翠「ううう・・・寒いですぅ・・・。」
両膝を抱え、震える。
翠「びしょ濡れです・・・。」
翠星石は雨でぐっしょりと濡れている。
雨が降ってきてから、雨宿りの場所を探した結果、ここにいるのである。
翠「・・・ジュンの馬鹿野郎です・・・。」
口ではこう言っているものの、探しに来てくれることを期待しているのだ。
翠「寒いから早く来やがれです。」
欝から多少元気になった翠星石は、はっと気が付く。
何故必死にジュンを看病したのだろうか。
何故ジュンの事を考えると、元気が出たのだろうか。
何故必ずジュンが探しに来ると、期待しているのだろうか。
自分を追い出した張本人なのに・・・。
何故、何故、何故・・・頭の中を巡る思考。
自分自身が自覚していない想い、思考、感情。
――――それはつまり、ジュンに対する恋心。
翠「ぶっ!そんなわけねーです!ありえないです!」
翠星石はそこで思考をとめる。
翠「何でこの翠星石があんな引きこもりの眼鏡チビに・・・。」
少しずつ声が小さくなる。
そして、立てたひざに顔をうずめる。
翠「はぁ・・・。」
重いため息をつく。
猫「にゃあ」
翠「きゃっ・・・野良猫ですか・・・。」
不意に鳴き声が聞こえ、翠星石は少し驚いた。
翠「お前も一人ぼっちですか・・・。こっち来るです。」
猫に手招きをする。
単なる偶然か、理解したのか、猫は翠星石の腿と腹の間に入り、すっぽり収まった。
翠「かわいいです・・・。」
猫の首を優しく撫でる。
猫はゴロゴロとのどを鳴らし、翠星石に擦りつく。
翠(翠星石もこんな風に素直になれたら良いですのに・・・。)
気付けば、猫は裏返って寝ていた。
翠「あったかいです・・・。」
眠りに落ちる。
桜田家の近くにある、小さな商店街。
大きさの割には、近隣住民でなかなか賑っている場所だ
ジ「すいません、下の方を巻いた栗色のロングヘアーの女の子、見かけませんでしたか?」
ジュンは、人がよく集まるこの商店街で行方を捜すという作戦を立てた。
人「う~ん、見かけなかったなぁ・・・。」
商店街の入り口すぐに立つ、雑貨屋の店主は首をかしげる。
ジ「そうですか・・・。どうも。」
ジュンは軽く礼をすると、また別の人に尋ねる。しかし、
人「ごめんなさいね、知らないわ。」
人「ロングヘアーは見かけてないなぁ・・・。」
人「周りは良く見てないからわからない、すまんな。」
人「ん~?さあ?見てない。」
訊けども訊けども同じような答え。
ジュンは店主や店員を重点において尋ねる。
買い物客だと見かけた人は、時間から見ていないだろう、という考えからだった。
ジ「ハァ・・・、あそこはあまり行きたくないんだけどなぁ・・・。」
ジュンが尋ねたのは、時計屋。
柴崎元治という老人が経営している、老舗だ。
ジ(ちょっとおかしいからな・・・あの人。)
柴崎元治は、数年前に小さな孫を一人亡くしている。
そのためか、孫に関しては中毒状態である。
ジ(カズキ・・・だったかな。)
まだ孫は生きていると信じて、暇なときは外に出て人通りを眺め、孫を探す始末である。
その為、探し人については役立つ人だ。もっとも、ここの前を通ったかはわからないが。
ジ「あの~、すいません。」
店の引き戸を開け、中を覗く。
元「はいはい、何か御用d・・・。ジュン君じゃないか、どうしたんだい?」
元治はカウンターの上にある修理中の時計から目を離し、ジュンの方をも見る。
ジュンはここで時計を何度か修理してもらっている。既に顔馴染みだ。
ジ「ここの前を、下の方を巻いた、栗色のロングヘアーの女の子、見かけませんでしたか?」
店の中に入りつつ傘をたたみ、戸を閉める。
元「ちょっと待っとくれ・・・栗色、ロングヘアー・・・。」
ジュンが出したキーワードを何度か復唱し、記憶を辿る元治。
不安そうに見つめるジュン。
元「ああ、あの娘の事じゃな?」
ジュンの方を向き、明るく笑う。
ジ「知っているんですか!?」
ジュンは喜んだ。
元「ああ、目の色が左右で違ったから、印象に残っておるよ。」
ジ「それで、何処に!?」
ジュンはカウンターに詰め寄る。
元「おいおい、そんなに慌てなさるな。この道を真っ直ぐ歩いておったよ。」
元治は少しのけぞりながら答える。
ジ「ありがとう、元治さん!」
ジュンは店を出る。
元「もう泣かせちゃいかんよ・・・。」
ジュンが店を出た後、元治はポツリとつぶやいた。
ジ「つつ、イタタタタ・・・。」
怪我に響くのか、速く走れない。
ジ「あーもう、鬱陶しいな・・・。」
歩きに変える。
『ゴロゴロゴロゴロ』
雷が鳴り出し、風も強くなる。
不意の突風。
ジ「おわっ・・・傘が・・・。」
傘は見事に飛んでいった。
ジ「ああ、もう!」
腕を額の前にかざし、痛みに耐えながら走り出す。
ジ(何で僕が・・・。)
もやもやっとしたものが頭の中を巡る。
しばらく走って、屋根があったので、そこで雨宿りをする。
ジ(翠星石は、もうちょっと素直で、毒舌がなければ、かわいいのになぁ・・・。
俗にいう、ツンデレって奴か・・・。)
空模様を見る。雨は弱まってきていた。
そのまま、雨音に聞き耳をたて、疲れた体を休める。
翠「ふえ・・・、さっきのは雷ですか・・・。嫌ですね・・・。」
軽く寝ていたのだろうが、雷の音で目が覚める。
猫も同様に、目を覚ました。
翠「大丈夫ですよ、ここにいれば。」
微笑み、猫の頭をゆっくりと撫でる。
翠「雨風も強くなってるです。雷が鳴っているなら、すぐ止むです。」
土管の外に目をやる。
翠「ジュン!どうしてここに・・・。」
思いがけない人物が目に飛び込んできた。
土管の外、公園の正面に建つ、文房具屋の店の下に、濡れたジュンが立っていた。
翠「こ、こっちには気付いてねーですか・・・。」
なんだかしょんぼりとなる。
翠「ジュンのお馬鹿野郎です!」
翠星石土管の内側を握りこぶしで力いっぱい叩く。
猫「にゃっ」
猫が驚いて、翠星石の上から逃げ出してしまった。
翠「あ、こら、何処行くです!!」
不意に大きな声が出る。
ジ「!!!!」
聞き耳を立てていたジュンは、今の声を逃さなかった。
ジ「翠星石!?」
ジュンは土管の中を店から目を凝らして見る。
土管の中にいる人物、翠星石と目が合った。
翠「ジュン・・・。」
ジ「翠星石!」
ジュンは土管に駆け寄る。しかし、
翠「こっち来んなです、この人でなし!」
翠星石の石投げに阻まれる。
ジ「うわっ、翠星石!」
ジュンは手を盾のように構える。
翠「うるせーです!黙れです!」
構わず、土管の中にある石を投げる。
ジ「あの、その、ごめん!」
とっさに出た一言。これが翠星石を止めた。
翠「え・・・、今、なんて・・・。」
信じられない、そんな顔をする。
ジ「だから、ごめん、翠星石!」
雨に打たれながら、懸命に謝る。
翠星石は俯き、
翠「こっち来るです・・・。」
と、一言だけ放った。
ジュンは無言で土管の中に入り、リュックを下ろす。
翠「何でここに来たのですか・・・」
静かに喋りだす。
翠「翠星石はわがままで、子供で、どうしようもない人間です・・・。なのになんd」
ジ「大事だからに決まっているだろ。」
ジュンは、翠星石の言葉を言葉でさえぎった。
翠「え・・・?」
ジ「お前だって大事な人なんだ。姉妹だって、皆そう思ってる。」
眼鏡を外し、レンズに付いた水滴を払う。
ジ「だから、居なくなっちゃ駄目だ。君は、君だけなんだから。」
眼鏡を掛け直し、横を向くジュン。
ジ「!!!! ちょ・・・。」
翠星石は泣きながら笑っていた。
翠「うるせーです、こっち見るなです。」
サッと顔を隠した。
ジ「ごめん・・・それより、ほら。」
リュックの中から出したのは、家で準備した魔法瓶。
多少冷めてはいたものの、まだ湯気が出るくらい温かい。
翠「これを、翠星石にですか?」
呆気にとられた顔をして、カップに注がれたココアを受け取る。
ジ「うん。昔、のりに習った。」
翠「大丈夫ですかね。ぶっ倒れないですかね。」
いつも通りに茶化す翠星石。
ジ「いいから飲んでみろって。」
これを受け流しつつ、勧めるジュン。
翠星石は、少しだけ、口に含んだ。
翠「ん・・・。まあまあですかね。」
ココアを見ながら、感想を伝える。
ジ「何だよそれ、せっかk」
翠「でも・・・温まる、 優しい味がするです。」
懐かしい物を見たような、穏やかな顔。
ジ「そ、そうか、ありがと。あと・・・」
翠「何ですか?」
翠星石がジュンを覗き込む。
ジ「ほ、本当に許してくれるのか?」
ジュンは不安げな顔で、横目で翠星石を見る。
翠「許してやってもいーです。けど、一つ条件があるです・・・。」
声がだんだん小さくなっていた。
ジ「なんだ?」
翠「えっと、その、よ、夜、翠星石と一緒に寝やがれです。感謝しろです。」
耳まで真っ赤にしてそっぽを向く翠星石。
ジ「え、それは、ちょっと・・・。」
もちろんジュンも赤くなって動揺する。
翠「つべこべ言わずに言う事聞けです!」
向こうを向いている翠星石の耳がさらに赤くなる。
ジ(一緒のベッドで、翠星石と寝る・・。)
健全な男子のためか、卑猥な妄想が繰り広げられる。
ますます赤くなるジュン。
ふと、翠星石が振り返った。
翠「す、翠星石は、じ、ジュンとなr・・・。」
声があまりにも小さいので、ジュンには聞こえていなかった。
ジ「え?なんて?」
翠「な、何でもないです!付け上がるなです!!」
一通り怒鳴ると、また外に向き直る。
ジ「あ、雨止んでるな・・・。」
外は雨が止み、光が差し込んでいた。
ジ「出ようか、翠星石。」
翠星石はまだ恥ずかしいのか、ジュンとは反対の穴から出てきた。
ジ「わあ、すごいな、翠星石。」
ジュンは見上げた空に、感嘆を漏らした。
翠「とってもきれいですぅ・・・。」
真っ赤だった顔も、熱は引いていた。
―――――二人が見たのは、青空に架かった虹。
翠「大きいですぅ・・・。」
ジ「こんな大きな虹、久しぶりに見たよ。」
二人で空を見上げ、虹を見た。
―――――まるで、二人の心の中を映したような、晴れ渡る空。
ジュンは虹から目を離し、
ジ「帰ろうか。皆が待ってる。」
と翠星石に告げる。
翠「もうちょっと、このままがいいです・・・。」
翠星石は、虹にすっかり見とれていた。
ジ「・・・わかった。あと少しだけな。」
ジュンは同意し、再び空を見上げる。
結局、虹が消えるまで見ていた二人。
―――――隣り合った二人の手はやさしく、握られていた。
ジ「ただいま。帰ったぞ。」
玄関を開け、家の中に入る。もう夕方だった。
翠「ただいまですぅ。」
翠星石も後に続く。
の「おかえり~。まあ、びしょ濡れじゃない。お風呂、沸いてるよ。」
のりが、プラスチックのたらいを持ってきて、そこに濡れた上着を入れて、と促して
きた。翠星石には、髪拭くタオルを渡している。
準備のいい奴、とジュンは思った。
もちろん、姉の事ではなく、真紅や他の薔薇姉妹に対してである。
ジ「翠星石、先に入りなよ。」
翠星石は頷いて、濡れた髪をタオルで拭きながら風呂場へ向かった。
の「あ、お湯沸いちゃってる。良く拭いてから上がるのよ。」
のりはそれだけ言うと、台所へ消えていった。
見計らってか、水銀燈がリビングから出てきた。
銀「おかえりぃ。それで、どんな交換条件で許してもらったのぉ?」
水銀燈は壁にもたれると、小声でジュンに訊いた。
ジ「・・・今夜一緒に寝る。」
事実を率直に述べた。
銀「!!!!」
水銀燈は、ポカンとしていた。
ジ「ん、どうした?」
頭をガシガシ拭きながら、水銀燈を見る。
銀「あ、え、何でもないわぁ。」
そういうと、リビングに戻っていった。
ジ「変な奴・・・。」
銀(羨ましい、なんて口が裂けても言えないわぁ。)
リビングにはいつもの面子がずらり。
雪「それで、どんな条件だったの?」
wktkしながら、水銀燈に訊く。
銀「今夜一緒に寝る、だそうよぉ。」
水銀燈は、はあ、とため息をついた。
薔「・・・私の勝ち・・・。」
にやりと笑う薔薇水晶。
金「かしら~!この策士、金が負けたのかしら~!」
金糸雀は頭を抱えた。
蒼「こういうことで賭けなんてしていいのかなぁ・・・。」
苦笑いで成り行きを見る蒼星石。
雛「雛も負けたの~、納得いかないの~。」
頬を膨らませる雛苺。
真「くんくんの推理が外れるわけないのだわ!」
ヒスを起こしそうになる真紅。
雪「仕方ありませんわ。負けですわ。」
両手を挙げ、やれやれと首を振る雪華綺晶
今日も、明日も、明後日も、桜田家は騒がしくなりそうだ。
夜、ジュンの部屋のベッド。
翠「ジュン、暖かいですか、感謝しろです・・・。」
翠星石は今、ジュンと同じベッドの上にいる。
ジ「ああ、そうだな。」
ジュンの心臓は、爆発しそうだった。
翠「オヤスミです・・・。」
ジ「あ、ああ、オヤスミ。」
この夜、ジュンは翠星石の寝相の悪さと寝言のお陰で、いろいろと羨ましい出来事が起こったとさ。
ちなみに、薔薇姉妹の『翠星石がどんな条件を出すか。』賭け品。
水銀燈・・・・ヤクルト20本(容器の蓋は金箔でコーティング)
金糸雀・・・・お気に入りのウォークマン(クソニー製)
蒼星石・・・・元から賭けをしていない(対象が翠星石だったため)
真紅・・・・・くんくん人形(オーダーメイド)
雛苺・・・・・絵描きセット(キャンパス付きフル仕様)
薔薇水晶・・・自分の体(性的な意味で)
雪華綺晶・・・香水(有名メーカーブランド)
結果・・・薔薇水晶の一人勝ち。
最終更新:2006年05月27日 11:51