暑い。
いや、冗談じゃなくて。
汗ばんでジトジトする。
この類の暑さは、かなり堪える。
5年も離れるとこんなもんなんだろうか。なんとも人間の環境適応能力は都合のよいものだ。
ここは関西国際空港。
何故僕はここにいるのだろうか。
そんなことは愚問であり、どうでもよいこと。
彼女に渡された封筒の中身は、幸せのチケットではなく航空券。
--何で片道なんだよ…。
封筒の中には、それだけが入っていた。それだけ。
たった1枚の、チケットが入っていただけ。
それは始まりで、
一つの終わり。
日が昇って沈むように。
ただ単に僕は、その終わりの作業を怠って今まで引きずっていただけ。
だからこの地で、
ここでもう、終わらせる。
「えっと…次は三宮か。」
それは、彼女がチケットをくれた時に遡る。
「あのね、ジュン。関空からそのまま神戸まで来て?」
「え?神戸?」
「うん。問題ある?」
「いや、無いんだけどさ。出身神戸なんだよね。」
「え、そうなの?」
「うん。聞かれなかったから言わなかったけど。」
「え、どこどこ?」
「元町だよ。中華街のある。」
「あ、じゃあ近所だね♪私、三宮だから。」
「そうなの?」
「うん。実家があるの?」
「あるよ。薔薇水晶も?」
「今は仕事の関係で芦屋にいるんだけど、実家は三宮だよ。」
「そっか。芦屋でも電車ですぐだな。」
「うん。じゃあ三宮で待ち合わせ。それでいい?」
「わかった。じゃあ、またその時に。」
「うん。またね♪」
彼女は僕に手を振ってその場をあとにした。
それからは大変だった。
上司に休暇の申請を出し、
出国の3日前に受理されたから航空会社への電話やらなんやらであたふたしてしまった。
最も、理由を説明する方が大変だったが。
笹塚にこそバレなかったが、恐らく上司は勘づいたはずだ。
だが運良く実家の近所。
そこはなんとか回避できた。
関空からは電車で1時間ほどだろうか?
寝ていたので覚えていない。
彼女には事前に時間を伝えているので別に心配はないが。
久し振りに降り立った、地元の夏はこうも暑かっただろうか。
人が多い。
それも、ごみごみしている。
調子がおかしくなりそうだ。
ジューン!
どこからか僕を呼ぶ声。
その方向に目をやると、そこにいたのは一週間前に僕のクルマのナビシートに乗っていた人。
「待った?」
「ううん。時間通りだね。」
「まぁねw」
「行こ♪ジュンの地元へ。」
「そうだな。久し振りに行くか。」
地下鉄で、10分くらい。
僕の地元は、そこにある。
といっても、中華街からはずれているが。
まずは、昼食。
結局飛行機の中での朝飯だけだったので正直かなり腹は減った。
「シューマイたべよ♪」
彼女のあどけない笑顔に、フライトの疲れも癒される。
彼女の不思議な力。
と言うのは少しばかり大げさかもしれないが。
近くの中華料理店へと入る。
彼女は真っ先にシューマイ定食を注文した。
追加で、シューマイを単品で1種類づつ。
ホントに喰えるのか?その疑問は、一瞬でシュレッダーにかけられた。
「おいしい♪やっぱここのは何時来ても美味しいね。」
「まぁ、周りは中華料理ばっかだけどなw」
「大阪なんか3件に1件は粉もんでしょw」
「言えてるw確かに串カツと粉もんだけで生きてけるよなw」
「はははw」
粉もん談義に花が咲く。
やっぱりソースはどろソースだろwとか。
バカみたいな話。
それでも、陰は出てこない。
少しは僕も成長したんだろうか。
でも、なんだか・・・淋しい気もする。
忘れる事は、本当に正しい事なのか。
何となく後ろめたいと言うのもあったが、それ以上に彼女が死んだみたいで。
イヤだった。
--忘れる事と、けじめをつけるのって…やっぱり違うよね。
「え?」
「いや、そんな顔してたから。」
「どんな顔だよw」
「そんな顔w」
薔薇水晶は唐突にモノをいうことが多い。
ハワイで案内した最初の時も、いきなりが多かった気がする。
「シューマイ食べる?」
「うん。じゃあ、貰うよ。」
「あーん、して。」
「マジで言ってんの?」
「うん。至極本気。」
「じゃあ・・・お言葉に甘えて・・・」
「あーん♪」
彼女は、なんとも楽しそうだ。
僕にシューマイを食べさせる事がそんなに楽しいのだろうか。
いや、その前に僕らの周りの空気をなんとかしてほしい。
かなり、ピンキーで暑苦しいために他の客からの視線が氷の如く痛い。
涼しくなるどころか、暑くなってきやがった。
その前に気になるのは、彼女が数あるシューマイを見事に平らげていること。
彼女的には、シューマイ=デザートの感覚なのだろうか?
別腹と言うの機能が働いているのかもしれない。
それも周囲からの痛い視線のひとつだったりしないでもない。
そう思うのは、器の小さい僕だけかもしれないが。
「よく食べられるよなw」
「普段はこんなに食べないよ?何か特別な事があってシューマイが食べられる時だけ。」
「シューマイ限定かよw」
「にひひ♪シューマイ以外はあんまり食べないんだ。」
「そうなの?」
「ハワイでもあんまり食べてなかったでしょ?」
そうでもない気がする。
と言うか、何かあれば食べてた気がする。
それでいながら小食ですと言われても説得力にかなり欠けるが。
「あ、疑ってるだろー」
「え?いや、そんなことは「嘘ー」
「疑ってないよ?」
「ホントに?」
「ホントに。」
「全財産賭けられる?」
「10分間考えてもいいかな?w」
「ほらぁw疑ってんじゃんw」
「いやぁ、悪い悪いw」
ほのぼのとした良い雰囲気。
僕が一番好きな雰囲気・・・と言うか空気である。
反面、人ごみは嫌いだ。ごちゃごちゃした場所は好きじゃない。
だからハワイに就職したのかもしれないが。
「でさ、話って何?」
「うん、こないだノースショアでいろいろ話してくれたでしょ?」
「うん。」
「あのね、私はまだ話してないことがあるの。」
「何?」
「それは追々話していくつもりだから。その前に来てほしいところがあるの。」
「どこ?」
「北野・・・駅で言うと新神戸。」
「異人館?」
「うん。クラウンプラザにジュンが泊まれるようにしてあるから、近いよ?」
「ありがとう。」
「こないだのお礼だから。でも、地元だったのはビックリ。」
「僕も。色んなところから人が来るから、同じ出身ってのはいるけどいないんだよな。」
「あるあるw話し方とか聞いてるとわかるw」
「そうそうwバスの中とか飛行機の中とかよくあるよね。」
僕には、分からない事がいくつかあった。
中でも一番気になるのは、彼女が僕を日本に呼んだ理由。
正直、全く見当たらない。
異人館にでも行けば、何かわかるのだろうか。
ただ、僕としては有難かった。
久し振りに日本に、それも地元に帰ってくることが出来たわけだから。
中華街は6年ぶりくらい。
羽根を広げて、伸ばすには丁度良い時間なのかもしれない。
ハワイにいるときは観光地での仕事。
他の日本人が遊んでいる中で仕事をすると言うのは、案外精神力がいるとか。
その点無頓着な僕は、ある意味強い。
「どう?久し振りの日本は?」
「帰ってきたばっかりだから何ともいえないけど、懐かしい感じはするよ。」
「そっか。よかった♪」
「ありがとな。なんか機会がなかったら多分絶対戻ってこなかったと思うし。」
「それはダメだよ。ちゃんと戻ってこないと。」
「忙しいから。」
「それだよ。」
「え?何が?」
彼女は、何時になく真剣な目をして僕の顔を直視していた。
僕は驚いた。
こんな彼女は、見たことがなかったから。
Phase4-Spread Your Wings-
fin.