「一つ屋根の下 第百十一話 JUMと節分」



今日は2月の3日。まぁ、俗に言う節分の日だ。最近では豆撒きをしてる家はどれだけあるか知らないけど
我が家では毎年恒例の行事になっていたりする。
「今年の鬼は真紅と蒼星石だったわよねぇ。どんな格好か興味あるわぁ。」
銀姉ちゃんが全員分の豆を用意しながら言う。文字通り、赤鬼と青鬼って所だろうか。
ちなみに、去年は僕とキラ姉ちゃんが鬼の役で、僕は僕で主に翠姉ちゃんに思いっきり豆をぶつけられたり、
キラ姉ちゃんはキラ姉ちゃんで投げられた豆をマトリックスもビックリの動きで捕食していたなぁ。
「今年は薔薇しーが衣装提供とか言ってたですからね。マトモな格好じゃないのは間違いないですぅ。」
翠姉ちゃんがせっせと恵方巻を作っている。具は玉子焼きや、しいたけ。かんぴょうにキュウリ等オーソドックス
な物になっている。僕的には、恵方巻を模したロールケーキだっけ?あれは邪道だなぁって思う。
「今年の恵方も美味しそうですね。翠星石、ちょこっと味見を……」
「駄目です!味見と言いながら去年全員分食べたのは誰ですかぁ?お陰で仕方なくお店に買いに
行く事になったのを忘れたですか。」
物欲しそうに恵方を見るキラ姉ちゃんだが、それを断固拒否する翠姉ちゃん。まぁ、去年を見れば当然だろう。
翠姉ちゃんが必死で作り上げた恵方はキラ姉ちゃんの『味見』で消滅してしまった経緯があるからね。
二人の恵方を巡る激しい攻防戦を見ていた時だったろうか。ドアを挟んだ廊下から蒼姉ちゃんと真紅姉ちゃん。
そして薔薇姉ちゃんの声がリビングまで届いてきた。
「ね、ねぇ薔薇水晶。やっぱりこの格好は恥かしいんだけど……」
「何、気にする事はない……何だかんだ言いながら着てるんだし……」
「そ、そうは言っても少しはしたないわ。」
どんな格好してるんだ?薔薇姉ちゃん提供だから、ロクでもないコスプレな気はするが……果たしてその衣装は
本当にロクでもなく……ある意味神のような衣装でもあった訳で。
「じゃあお披露目……」
ガチャリとドアが開かれて先ずは薔薇姉ちゃんが入ってくる。鬼の役でもないから当然私服だ。
問題なのは、次に入ってきた真紅姉ちゃんと蒼姉ちゃん。二人はそれぞれ赤と青の全身タイツ姿。
さらに今にも『ダーリン♪』とか言いそうな豹柄のブラとパンツをはいていた。



「あらぁ、なかなか面白い格好してるじゃなぁい。」
銀姉ちゃんが二人を見ながらクスクス笑う。銀姉ちゃんは面白いとか言ってるけど、僕にはただ刺激が強い
コスチュームなんだけど。ピッチリしたタイツだから嫌でも体のラインがハッキリと……思春期の青少年には
どう考えても目に毒だ。とか言いながら僕はしっかり目に焼き付けちゃってるんだけどね。
「JUM君、そんなにジロジロ見られると少し恥ずかしいよ……」
本当に恥かしそうに蒼姉ちゃんが言う。そんな謙虚な鬼は居ないんじゃなかろうか。
「……JUM、鼻の下が伸びすぎです。エロイ目で蒼星石をジロジロ見るんじゃねぇですぅ。」
おっと、そんなに鼻の下が伸びてただろうか。翠姉ちゃんに釘を刺される。
「って、真紅姉ちゃんならいいの?」
「ん~……まな板の真紅は別にエロくないから無問題……いたっ!何するですか真紅!」
ムスッとした顔に真紅姉ちゃんが、棍棒の代わりと思われる木刀で翠姉ちゃんを小突く。
「失礼ね。それより、早く済ませて頂戴。この格好は寒いし恥ずかしいのよ。」
こっちはまた随分事務的でやる気のない鬼だ。去年の僕の役作りを見習って欲しいものだなぁ。
去年の僕なんてその寒い中で、体中ペイントされて豹柄パンツ一丁にさせられたのに。
「じゃあじゃあ、豆撒きするの~!鬼は外~、福は内なの~!」
「カナもやるから覚悟するかしら。鬼は外、福は内かしら~!」
ヒナ姉ちゃんとカナ姉ちゃんを筆頭に二人に豆を撒き始める。豆を当てられた二人は窓の方に逃げるように
移動していく。まぁ、鬼は外って言うから外には行かないとね。
「モグモグ……三秒ルール、三秒ルールです。」
キラ姉ちゃんは豆も撒かずに撒かれた豆をひたすら食べている。それは自分で撒いてからにして下さい。
「じゃあ僕も……鬼は~外~、福は~内~!」
パラパラと真紅姉ちゃんと蒼姉ちゃんに向かってパラパラと豆を投げる。その隣で薔薇姉ちゃんも撒いている。
「きゃー、やめてやめて~。」
蒼姉ちゃんが結構ノリノリで役作りをして外に出て行く。一方事務的赤鬼は溜息を付きながら外へ。
そんな赤鬼目掛けて二人の鬼が豆を投げる。剛速球で。いや、豆だから剛速豆か?
「そぉれぇ、鬼は外ぉ!真紅も外ぉ!内はこの水銀燈とJUMだけでいいのよぉ!」
「大体真紅は五女の癖に翠星石よりも偉そうなんですぅ!この機会に反省しやがれですぅ。」



物凄い私怨で真紅姉ちゃんに豆を投げつける二人。真の鬼は人の心にいるみたいです。
「ちょ、ちょっと貴女達いい加減に……あうっ!!」
真紅姉ちゃんの眉間に銀姉ちゃんの投げた剛速豆がヒットして思わず仰け反る。
「あははっ、やったぁ~。赤鬼やっつけたわぁ~♪」
大層ご満悦な黒鬼。しかし、仰け反りから復活した赤鬼は真の力を解放し始める。
「ふふっ…・ふふふふっ……貴女達はいつもいつも……いい加減にしなっ!!さいっ!!」
翠姉ちゃんが投げた豆を、棍棒代わりの木刀でヒッティングする真紅姉ちゃん。王さんもビックリの豪快な
バッティングで打ち返された豆は翠姉ちゃんの眉間を正確に打ち抜いている。
「きゃう!?な、何で鬼が反撃しやがるですかぁ!?鬼は大人しく豆にやられ……きゃんっ!」
さらに豆を打ち返されドターンと音を立てて倒れる翠姉ちゃん。
「馬鹿な子ね。私は鬼なのでしょう?鬼は……強いに決まってるのだわ。さぁ、覚悟はいいわね水銀燈。」
木刀を肩に背負った赤鬼が修羅のオーラを発しながら我が家に攻め上がってくる。標的は銀姉ちゃん。
「ちょ、ちょっと趣旨が違うでしょぉ?鬼は大人しくやられなさいよぉ!」
「問答無用!!そもそも鬼が豆如きに敗れるなんて勘違いもいい所よ!!」
木刀を振り回しながら銀姉ちゃんに襲い掛かる真紅姉ちゃん。それを言ったら節分はお終いですよ……
「きゃー、鬼は外なの~。」
「わー、やめてやめてよぉ~。」
ヒナカナ蒼は相変わらず平和に節分を過ごしている。
「うんうん、ところで豆は何個食べるのでしたっけ?きっと多く食べた方がご利益がありますね。」
数え歳+一個がいいんじゃなかったっけ。まぁ、そんな事関係なしに豆を拾っては食べるキラ姉ちゃん。
「待ちなさい、水銀燈!貴女の心の鬼を追い払ってあげるわ!」
「い、いやよぉ!!JUM、助けてぇ~!」
追い追われを展開する二人の鬼。
「……ダーリン、好きだっちゃ……」
そしていつの間にか例のコスプレを……しかもタイツは着ずに素肌にブラとパンツを着てるだけの薔薇姉ちゃん。
どうやら、今年も我が家は鬼が住み着くのが嫌になりそうなほど騒がしいようだった。



「う~……まだ眉間が痛いですぅ……さ、恵方巻を食べるですよぉ。今年の恵方は北北西ですぅ。」
赤くなった眉間を押さえながら翠姉ちゃんお手製の恵方巻が遂にその姿を現した。その数九本。
「目を瞑って願い事を浮かべながらまるかぶりするんだよね。毎年の事だけど、大きいよね。」
蒼姉ちゃんが恵方巻を手に取る。男の僕でもそのまま口に入れるには少し大きい気がする。
「ふふっ、私がこれ食べてるトコ見ちゃ駄目よぉ?JUMがエッチな気分になっちゃうかもしれないしぃ~。」
そう言いながら銀姉ちゃんは恵方巻の先のほうを舌でぺロっと舐めてニヤニヤする。それ、何の意味が?
「JUM……こんな大きいの……お口に入らないよ……」
何でそんな艶っぽい声で言うんですか薔薇姉ちゃん。
「ねぇー、ヒナお腹空いたよ~。早く食べたいの~。」
「私もさっきから恵方巻が早く食べてと言ってるのが聞こえて可哀想で可哀想で……」
キラ姉ちゃん、それ絶対幻聴。何はともあれ、僕もお腹すいてるし食べましょうかね。
「じゃあ、みんなで北北西を見てぇ、目を瞑ってぇ、後は無言で食べましょうかぁ。変な空気になりそうだけどぉ。」
銀姉ちゃんが北北西を向く。それに倣って僕等も北北西を向く。そして目の前で恵方巻を構える。
「それじゃあ、いただきまぁす。」
銀姉ちゃんの声を筆頭に、近くからカプッと食べるような音が聞こえる。隣を見るとヒナ姉ちゃんとカナ姉ちゃん
が必死に恵方巻を丸かじりしてる。逆隣では真紅姉ちゃんが目は瞑っているが、丸かじりとはほど遠いような
小さく自分のペースで食べている。あ、キラ姉ちゃんは早くも食べ終わりそう。
薔薇姉ちゃんは何故か顔を紅潮させながら恵方巻を咥えて顔を前後させてる。だからさ、何の意味が?
さてさて、余り姉ちゃん達を眺めててもどうかと思うし、僕も食べようかな。目を瞑り口を開く。そして、そこに
恵方巻を突っ込む。む、ちと大きいか?でも、食べられない事はない。
そういえば、願い事を浮かべながら食べるんだったなぁ……願い。僕の願い事……一通り頭で考えてみる。
ん~……困ったな。特に無いような気がする。でも、少し発想を変えてみる。
願いが無いって事は僕はきっと、今の生活にとても満足しているんだと思う。だったら、僕の願いは一つ。
『いつまでも、この生活が続きますように……』
END

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最終更新:2007年02月17日 16:38