―あらすじ―
蒼星石と巴は残業で遅くなり終電に乗り込むことに。
一駅先で降りるつもり……だが、その電車は駅に停まることなく猛スピードで通過していった!
次の駅も停まることなく猛スピードで暴走する列車。
次々と怒る怪現象を潜りぬけた先でそこで出会ったのは、蒼星石の師匠の結菱一葉と巴の幼馴染のオディール。
そして――たどり着いた先には16年前に亡くなった筈の雛苺が。
さらに、雛苺を死に追いやった女の霊が巴に取り付いて、今にもオディールを殺さんと――
なお、某V社の『最終電車』の舞台を流用してたり、実在の地名、事件が出てきたりしているが、内容にはなんら関係がないことを断っておきます。
注:『******』の部分を境に蒼星石と巴の視点が切り替わっています。
******
――ううっ……。
苦しい。
口の中から何か水のようなものが入ってくる感触。
手足を必死に動かしてみる。
水をかくような感覚はするが……必死にあがいても事態は全く変わらない。
強い水流のようなものに押し流されている気分だった。
四方から勢いよく流れが押し寄せてくる。
まるで――嵐で荒れ狂う海の中に放り込まれた感じだった。
目を開けてみる。
その先には何も無い……いや、何も見えない。
ただ――かすかに人の話し声が聞こえるような……気がした。
『最終電車にて(その8)』
……もうだめ……かも……。
私がそう思って、目を閉じようとしたとき……。
――いやなの!何するの!
幼い女の子の声……雛苺?
私はじっと耳を澄ました。
息苦しくて今にも気絶しそうになるのをじっとこらえる。
――恨ムナラ、アンタノ父親ヲ恨ミナ!アンタノ父親ガアタシヲ捨テタノダカラ!
――アンタモ道連レニシテ、アイツトアノ女、イヤ一族ミナ呪ッテヤル!!
知らない女の人の声。
たっぷりと恨みの感情がこもっているのが分かる。
その時、目の前がはっきりと見えた。
どこかの駅のホーム。
地下駅のようで目の前には線路が見える。
ドン!
後ろからふと勢いよく突き飛ばされた。
誰だかは知らない。
線路に勢いよくしりもちを付く。
プアアアアアン!
警笛の音が耳に響く。
ふとその方向を見ると、電車が猛スピードで迫ってきて……!
上には誰かが飛び降りてきて、覆い被さるように乗りかかってきて……!
そこで再び目の前は真っ暗になった。
――何?今のは……
まさか……雛苺が電車に引かれたときの……!?
それに気付いて、はっとした時――!
――けけけ!邪魔はさせないよ!血のつながりのあるこの小娘の命も奪って、無残な姿をあの男に見せ付けて、じわじわと殺してやる!ぐげげげげぇ!――
再び、先ほどの知らない女の人の声が耳に届く。
まさか――この人が雛苺を殺した女の声――!?
おぼろげに目の前が見えてきた。
その先にいたのは……白髪の初老の男性と、赤と緑のオッドアイの若い女性……
両人とも顔を強張らせてじっとこちらを見つめている。札やら巨大な鋏を手にして。
――誰?
誰たったっけ……知っている人なのだけど……。
そうだ……結菱さんと……蒼星石!
その後ろには――雛苺!?
わき腹を手で押さえながら、苦しそうな表情でこちらを見つめていた。
……え?どういう……?
私は目の前で起こっている事態がよく把握できなかった。
ふと、下のほうを見ると……割れたガラスを握った私の手。
そして、それは……誰かの首元にあてがっていた!
懸命にその先を目で追うと……いたのは……オディール?
私……何してるの!?
殺してやると叫んでいる女の声。
ガラスを握ってオディールの首元にあてがっている私の手。
そして――ようやく把握した。
オディールを……殺そうとして!?
その時、頭の中に……蒼星石の声が響いた。
「……巴!目を覚まして!しっかりして!」
そうだ、ここでじたばたしているわけにはいかないんだ!
私は渦の流れに逆らうように手足をばたつかせながらも動こうとする。
でも……押し流されている……のが何となく分かる。
ここで負けちゃだめ、巴!
私は気持ちを奮い立たせて、何とか流れに抵抗しようとする。
これで、はたしてオディールを殺そうとするのを阻止できる……という保証はない。
だが……自分の知っている人が――自分の手で殺されるのを見るのは絶対に嫌だった。
負けるわけにはいかない……負けてたまるか!!
私はとにかく抵抗を続けた。そして――
******
「ぐぎゃぎゃ!オディール!恨むならあんたの伯父を恨みな!」
巴の声でそいつは耳障りな笑いたてながら……オディールさんの首元に突き立てたガラスの破片を横に動かそうとした――。
畜生!
僕は前へと駆け出した!
仕方がない。
こうなったら――巴を傷つけてでも――!!
鋏の切っ先を巴に向けて突進した。
――!!
途端――目の前では異変が起こった。
「ぎゃあああああ!!こんぢくしょう!!」
巴が甲高い絶叫を上げた。
ガラスの破片は肉体に一条の切り傷をつくっていた。
――巴の左足に!!
太ももの部分から、赤い血がゆっくりと下へ垂れる!
僕は目の前の光景に一瞬呆然とした。
その横ではオディールさんもまごまごしながら、その様子を見つめている。
「うげええええ!!目を覚ましやがった!」
巴は左足の傷口を押さえながらも、じっと下を俯いていた。
息も絶え絶えになりながら。
「……させない……絶対にあんたのいう通りになんかさせない!」
怒気のこもった巴の声。
正気に――戻ったようだ。
自我を取り返したんだ……そして、咄嗟にオディールさんを傷つけまいと、自分の足を切りつけて――!
そして――巴の口から――黒い靄があふれ出てきた!
その気体は彼女の真上で固まっていき……人の顔のような模様を形作って!
何――まさか、こいつが女の霊?
僕はその場にじっと立ち止まりながらその様子を見張っていた。
「……ぢくじょう!こうなったらオディールに取り付いて!」
耳障りな……しわがれた女の声がした。
そしてその気体は目にもとまらぬ速さで――オディールさんの方に迫っていった!!
しまった――!!
僕は鋏を構えなおして、それの方向へと駆け出そうとした時――!
「げええええ!!」
そいつはさらに絶叫を上げていた。
――どこからともなく無数の蔦が生えてきて、その物体をからめとっていた。
「……させない……絶対にオディールに取り付かせないんだからッ!」
雛苺の叫びが耳に入る。
わき腹の傷の痛みをこらえながらも……懸命に手から蔦を生やしていた。
「うっとうしい娘だね!でも無駄だよ、ぐげげげげ!!」
その物体は蔦に縛られながらも、気体を触手状に変形させて、オディールに猛烈な勢いで迫ろうとした――!!
だが――さっきと違い……そいつと僕の距離はかなり近かった。
ジャキン!
僕は鋏でその触手状の気体を切断した。
気体に浮かんだ顔がみるみるうちに歪んでいく。
「邪魔をするな!うぜええんだよ!」
そいつは……標的を僕に変えて、触手を伸ばしていく!
ジュウ!
何かが解けるような音がして……。
「げええええええええ!!」
そいつはこれまでに無いほど甲高く絶叫を上げる。
見ると、そいつの周囲には結界が出来ていて、周囲からじわじわと消滅しかかっていた!
結界を作り出していたのはマスター。いつの間に……。
「往生際が悪い。心配せんでも冥府に送ってやる。じっくりと頭を冷やして己のした悪行を悔いるがよい」
マスターは静かにそう言うと、真言を唱え出した。
そして……札を投げつけると同時に、指先から霊力を放って――!!
「ぎゃああああ……」
そいつは断末魔を残して……消滅した。
まるで、ブラックホールに飲み込まれるかのように……。
「……終わったな」
マスターは一息つくと、ゆっくりと周囲を見回していた。
「巴!大丈夫?」
「巴!貴女……」
僕もオディールさんも、その場に蹲っている巴に駆け寄っていた。
- to be continiued -(その9(最終回)に続く)