カーテン・コール ◆nig7QPL25k


ラインの黄金から指輪を作り出した者は、この世の全てを支配できる。

けれど心配は要らないわ。指輪を作れる者は限られているもの。

愛の力から逃れた者、愛の喜びを断った者。

その者だけが、黄金を指輪に変える魔力を手に入れることができるのだから。

                                         ――ワーグナー「ニーベルングの指輪」より





 夢を見た。
 私ではない誰かの夢を。
 私と違う時間を生きた、違う場所での誰かの夢を。

「――ぉおおおッ!」

 その男の人は戦っていた。
 鬱蒼と生い茂る木々の中で、不気味な軍団と戦っていた。
 黄金の鎧を輝かせ、大きな翼を羽ばたかせ、たった独りで戦っていた。

 どす黒い甲冑の軍団は、次から次へと数を増やして、男の人を追い詰める。
 不気味な唸りを上げながら、次々と武器を振り上げて、男の人に襲いかかる。
 何故自分は狙われているのか。何故こんな所に自分はいるのか。
 男の人はそれを知らない。何故戦わなければならないのかも、男の人には分からない。

 それでも、その人は戦った。
 自分を殺そうとする人達に、決して殺されないようにと、力の限り戦った。
 戻らなければいけない場所がある。助けなければならない人がいる。
 この身の全てにかえてでも、救わなければならない世界がある。
 だからその人は何があっても、決して立ち止まることはしなかった。
 目の前に何が立ちはだかっても、生きることを諦めず、全身全霊で戦い続けた。

「――ッ!」
「でぇぇぇいっ!」

 最後に立ちはだかったのは、紫色の服を纏った、小さく幼い女の子だった。
 それでもその体からは、男の人のそれにも負けない、ものすごい力が感じられた。
 男の人と女の子は、大地を蹴って宙を舞い、熾烈な戦いを繰り広げた。
 天から注ぐのは鋭い雨。戦場に光るのは二十一の盾。
 立ちはだかる壁はあまりにも強く、あまりにも大きかったけれど、それでも男の人は諦めなかった。
 女の子が手に持った槍を操り、刃の雨を降らせる度に。
 男の人は鎧を光らせ、拳に力と速さを込めて、迫る刃を叩き落とした。

「俺は負けるわけにはいかない……俺を待つ人々のために……俺の帰るべき地上に、愛と平和を取り戻すために!」

 地面を残らずひっくり返し、枝葉を根こそぎなぎ倒し。
 常識を超えた力と力は、周りにあるものを壊しながら、激しく火花を散らし合った。
 そして金と紫の光は、最後の激突の時を迎える。
 持てる力の全てを懸けて、相手を倒すそのためだけに、真正面からぶつかり合う。
 この戦いを生き残るために。
 帰るべき場所へ帰るために。
 その手で果たすべき使命を、あるべき場所で果たすために。

「『天翔ける希望の流星(ペガサスりゅうせいけん)』 ――ッ!!!」

 金の翼が羽ばたいた。
 天馬のいななきが聞こえた気がした。
 夜空を翔ける流星群が、黒い闇をかき消した時――私の夢は、そこで終わった。


 ハロォ――――――ゥ、ユグドラシル・シティ!
 まずはここまで勝ち残ったみんな! 聖杯戦争最終予選、無事通過おめでとう!
 激戦を勝ち残った勇者達に、聖杯戦争本戦に向けて、ホットなニュースをお届けするぜ!

 そもそもの第一予選のために、このユグドラシルに集められたのは、君達を含めた合計100人!
 その第一予選の課題を、タイムリミットまでにクリアしたのは、46人の勇者達だった。
 ホントはキリよく50人くらいは、勝ち上がってほしかったんだけどねぇー。
 まぁそいつはさておき、そうして残った46人から、更に選び抜かれたのが、君達23人なわけだ。

 そしてその本戦は、本日の深夜0時からスタート!
 待たせちまってホントにごめんよ! でもよーうやく本番だ!
 この本戦を勝ち残った、たった一人の優勝者が、晴れて聖杯をゲットできる。
 長い長い戦いの苦労が、ようやく報われる時が来たってわけだ。
 さーぁ果たして君はどうなる?
 全てを失い這いつくばるか、全てを手にする王者になるか。
 どちらのゴールにたどり着くかは、これから戦う君次第! みんなの健闘を祈ってるぜ!

 さて、あともう1つだけ連絡だ。
 最終予選の戦いで、一番いい成績をあげたマスターには、豪華な特典がプレゼントされる。確かそういうルールだったよな?
 一番の人、おめでとう! すぐに令呪をチェックしてくれ!
 成績トップのごほうびとして、君の令呪がもう一角、新たに追加されているはずだ!
 頑張って成果を上げた奴には、相応の対価が贈られる。こいつが聖杯戦争の縮図さ。
 令呪をもらえた一番の人も、もらえなかったそれ以外の人も、このことをよーく覚えといてくれ。
 次の一番さんがゲットするのは、こんなチャチなものなんかじゃなく、万能の願望機なんだからな。

 ……それじゃ、今日はここまでだ!
 みんな聞いてくれてありがとう! また会えることを祈ってるぜ!
 DJサガラのホットライン、次回も是非チェックしてくれよな!


 ふざけた放送を聞いた後だと、すこぶるほどに気分が悪い。
 それもその配信者が、あのDJサガラだと知ったとなれば、不快感は倍増だった。
 商業区画の市場のベンチで、顔を強く押さえながら、 【葛葉紘汰】 はうなだれていた。

(どうしてこうヤな予感ばかりが、ピタリと的中しちまうんだよ)

 紘汰は彼の正体を知らない。
 だが彼が、ヘルヘイムの森とユグドラシル・コーポレーションに関わる、重大な存在であることは理解している。
 奇跡の対価に犠牲を強いる、そんな世界をぶち壊せ――サガラはかつてそう言った。
 しかし結局は彼自身も、その奇跡の実現の対価に、紘汰の人間性を欲した。
 決断したことに迷いはない。それでも決断を求めた者を、信用することはできない。

「くそっ……!」

 結局ここでの戦いも、沢芽市のそれと同じなのか。
 半ば確証を得てしまったことが、紘汰の心をかき乱し、黒髪をわしゃわしゃとかきむしらせた。

「どうかしましたか」

 その時、声をかけられた。
 はっとして紘汰は、顔を上げる。
 ベンチの前に立っているのは、黒髪を後ろでまとめた女性。
 眼鏡の奥の視線は、クールだ。あまり紘汰の身近には、いないタイプの女性だった。
 冷静沈着な印象と、短いポニーテールを束ねた大きなリボンが、妙なギャップを醸し出していたのは気になったが。

「ええっと、その……まぁ、ちょっと悩み事というか」
「なるほど。お察しします。不景気というのは、厄介なものですね」

 不景気、と言われて、一瞬紘汰は首を傾げる。
 そして直後、彼は自分の持っていたものが、求人案内の冊子であることを思い出した。
 彼はつい数分前まで、顔を押さえていた方とは別の手で、アルバイトの募集をチェックしていたのだ。

「そう……そうなんですよ! どこもかしこも冷たいし、それに日払いってなると、また更に数が少なくって!」

 相手に怪しまれないようにと、紘汰は彼女の話に乗る。
 こんな状況で抱えるにしても、少々場違いな悩みではあったが、葛葉紘汰には金がなかった。
 律儀にもこんなところでまで、彼は日々の生活にあえぐ、フリーターという役割を与えられていたのだ。
 サガラあたりの趣味かもしれない。だとしたらろくでもない話もあったものだ。
 食事を摂らないオーバーロードにも、服と住処は必要だというのに。

「日雇いのアルバイトをお探しなんですか」
「えっ、と、まぁ……ちょっと財布が寂しくって……どうしても、すぐにお金が欲しくて」

 言葉を選びながら、女性の問いかけに応える。
 聖杯戦争というものが、どの程度の間執り行われるのかは知らない。
 それでも少なくとも紘汰は、長居するつもりはないと考えている。
 であれば、給料日を待ってなどいられない。すぐに賃金を得られる職場が好ましかった。
 もっともそんな事情を、馬鹿正直に打ち明けるわけにはいかなかったが。

「……でしたら、私の知り合いの所に来ませんか。ちょうど人手が欲しいと言っていたので」
「えっ!? ホントにいいんですか!?」

 ぱっと、紘汰の目が見開かれた。
 これまでの悩みなど忘れたかのように、瞳がきらきらと輝いた。

「はい。条件の方も、私から相談してみます」
「うぉおおおおお~っ! やったぜぇ! ありがとうございます! ほんっとうにありがとうございます!」

 テンションを最高潮に高め、紘汰は女性へと感謝を述べる。
 サーヴァントであるセイバーのため息が、背後から聞こえてきたような気がしたが、敢えてこの場では無視した。
 確かに聖杯戦争というものは、無視できない大きな問題だ。
 だがそれはそれとして、そこで戦い抜くためには、どうしても金が必要になるのだ。
 故に紘汰はこの場では、素直に喜ぶことにした。

《こりゃまた妙なのを拾っちまったなァ》

 その相手である 【鯨木かさね】 が、同じ聖杯戦争の参加者であることも知らずに。

《落ち着きのない子供は、躾ければいい。それだけのことです》
《まぁどっちでも構わないが、『やる』なら目立たないように頼むぜ。別にビビってるわけじゃないが、どうにも旗色が悪くなってきたみたいだからよ》

 どこからともなく響く声は、耳を澄ませてみろ、と言った。
 紘汰のそれと同じクラスを持つ、セイバーのサーヴァントの声に応じ、鯨木は周囲に耳を傾ける。

「聞いたか? 例の噂」
「ああ、例の辻斬り事件だろ? 魔術礼装を持った通り魔が、次々と人を襲ってるっていう」
「しかも噂じゃ斬られた奴は、まるで使い魔か何かのように、そいつの言いなりになっちまうそうだぜ」
「怖い怖い。俺も夜道には気をつけないとな」

 聞こえてきたのは噂話だ。
 それも見に覚えのありすぎる噂だ。
 あれは間違いなく、妖刀・罪歌――鯨木の得物を指した話だろう。

(これが令呪の対価ですか)

 恐らくセイバーの口ぶりからして、この噂が広まりだしたのは、つい最近のことだろう。
 どころか、今この瞬間という線もある。
 四画目の令呪を得たかさねの噂を意図的に流し、その存在が察知されやすくなるよう、管理者が仕向けた可能性がある。
 強い魔力の結晶体である令呪――それが最強のマスターに渡ったとあれば、多少のデメリットもなければ、バランスが取れない。

(だとしても、問題はありません)

 だがそれならそれで、それに対応し、行動すればいいだけのことだ。
 それだけの柔軟性は持ちあわせているつもりだ。特に被害を被っていないなら、対応のし方はいくらでもある。
 とりあえず目の前の青年は、このまま『子』の店へと連れていき、アルバイトとして雇わせるようにしよう。
 彼を新たな『子』として迎え入れるのは、状況を見極めてからでいい。
 セイバーのマスター、鯨木かさね。
 彼女が聖杯戦争の最終予選を、最高の成績で突破した強敵であることを、葛葉紘汰は未だ知らない。


 日系人シノン・アサダという身分は、自分でも馬鹿馬鹿しいものだとは思う。
 だとしても明るい水色の髪と目を、日本人である朝田詩乃のものだと主張するのは、無理があるということも理解していた。
 故に 【シノン】 は、そうした身分を、甘んじて受け入れることにした。

《駄目ですね……ここからも、魔力を取り込むことはできないようです》

 橋の上に立ったシノンは、アーチャーのサーヴァントからの念話を受け取る。
 声のする方向にあるのは、泉の中心に浮かんだ政庁だ。

《そう。ウルズの泉というからには、いい線いってると思ったんだけど》

 厳密に言うと、シノンが狙っていたのは、政庁ではなく泉そのものだった。
 魔術都市ユグドラシルの中心から湧き出る、水資源の要・ウルズの泉。
 北欧神話においては、世界樹そのものを生かしている、重要な役割を持った泉として登場している。
 シノンはこの泉から、世界樹に蓄えられている魔力を、横取りできないかと考えていたのだ。
 いいやここだけでなく、既に何箇所にも渡るポイントを、予選期間をフルに使ってチェックしていた。

(魔術師がここの魔力を利用して、研究に明け暮れているというのなら、サーヴァントもまた同じように、魔力を利用することができるはず)

 きっかけは、そんな単純な思いつきだった。
 魔術の研究のために、この土地の魔力が使われている。
 そういう設定があるのなら、魔術師が魔力を得るための方法も、確かに設定されているはずだ。
 そう気付いたシノンは、まず最初に、自力で魔力を汲み上げられる土地を探した。
 テレビゲームのセーブスポットや、回復スポットのような場所だ。
 それを虱潰しに探すというのは、サバイバルゲームというよりも、RPGの謎解きをしているような感覚だった。
 しかし結果として、目当ての場所は見つからなかった。
 どこで行動を起こしても、何やら防壁のようなものに阻まれて、魔力を汲み上げられずにいたのだ。

(考えてもみれば、誰もが魔力を自由に取り出せるようになったら、街はパニックに陥ってしまう)

 もし仮に、誰もがどこからでも、魔力を受け取れるようになったら。
 そうすれば下賤な魔術師が調子に乗って、暴力的な犯罪を犯すかもしれない。
 更には往来で事故が起こって、人や家が吹っ飛ぶかもしれない。
 街に張り巡らされた防壁は、そうした犯罪を、未然に防ぐためということか。

(となると、それを突破する方法を、探り直す必要がある)

 方針の転換が必要だった。
 次に打つべき手は一つだ。井戸が見つからないのなら、それを掘ることを考えなければならない。
 恐らくは魔術師達が知っているであろう、魔力を汲み上げるための術を、何らかの形で知らなければならない。
 ちなみにもう一つの案として、家庭に届いている、電線ならぬ魔力線を使うという手もあったが、これはもっと前の段階で却下していた。
 コンセントから放出されるエネルギー、サーヴァントにとってはあまりにも不足だ。
 そもそもそれ以前に、アーチャーがコンセントの前に座り込んで、微動だにしない状態で魔力を吸い取る光景というのは、滑稽を通り越して哀れだった。

(急がないといけない)

 恐らくこんな単純な発想には、他の人間もすぐ行き着くだろう。
 いいや、もしも魔術師のマスターがいれば、既に実行されている可能性がある。
 ガンゲイル・オンラインのPCには、マジックポイントという概念がない。シノンの使える魔力はあまりにも微弱だ。
 故に早いうちに魔力を蓄え、他のマスターにも対抗できるよう、準備を整えなければならないのだ。

(……こんなことが、根本的な解決になるかは分からないけど……)

 そういう性急な考えは、自分の本心をごまかすためか。
 サーヴァントさえ強くあれば、マスターが戦えなくとも構わないという、弱い考えの表れか。
 不意に自分に嫌気がさして、シノンは小さくため息をつく。
 結局先の敗走の後も、何度か銃を構えてみたが、結果は常に同じだった。
 引き金を引こうとした瞬間、朝田詩乃と同じように、体が銃を拒んでしまう。
 原因は分からない。この身がPCシノンではなく、シノンの姿をした生身であると認識されているのも、その一つなのかもしれない。
 情けなかった。不甲斐ない自分が情けなかった。
 何の力にもなれずに、サーヴァントを振り回してばかりいる、朝田詩乃の弱さが嫌になった。
 こんなことで本当に、聖杯戦争を勝ち抜くことなど――

「――そこで何をしているのかしら?」

 その時だ。
 不意に背後から、声を浴びせられたのは。
 振り返った先には、女性がいる。身に纏うスーツについているのは、公職に就いていることを示すバッヂだった。

「へっ!? あ、いえ、何でも……」

 まずい。不審に思われたか。
 相手の立場は知らないが、取り押さえられでもしたら危険だ。
 何もせずに立ち止まって、じろじろと政庁を眺めていたら、こう思われることは分かっていただろうに。

「……失礼します!」

 結局まともに言い訳もできず、シノンはそそくさとその場を立ち去った。
 不信感を募らせるだけかもしれないが、それ以上の方法など、彼女には思いつかなかった。

(素人ね)

 そして案の定、スーツの女は、その背中を見て不敵に笑う。
 同じマスターである 【湊耀子】 は、そうした彼女を見逃すほど、甘い女ではなかった。

《アーチャー、あの子を追ってちょうだい》

 奇しくも彼女のサーヴァントもまた、シノンのそれと同じアーチャーだった。
 自らの使い魔へと指示を出すと、悪目立ちしないようゆっくりとした動作で、自身もその場から離れる。
 用事もなく要所を見つめる者の心理は、大きく3つに分けられる。
 1つは単純にぼうっとしていただけ。もう1つはその場所に、何らかの思い入れがある。
 残る1つは、その場所に忍び込むため、事前に作戦を練っていたというものだ。

(このユグドラシルでは、私が記憶を取り戻してから、一度も大きな犯罪は起きていない)

 聖杯戦争の爪痕を除けば、魔術都市ユグドラシルの風景は、至って平和そのものだ。
 恐らくは犯罪イベントを起こすことに、管理者が魅力を感じていないのだろう。
 故に彼女の目的が、3番目のものであったとしても、NPCによる犯罪であるという線は薄い。
 であればあれが、聖杯戦争のマスターで、何か戦況を有利にするために、行動を起こしていたという可能性が出てくる。

(ハズレならその時はその時。もちろんアタリなら……)

 これで尻尾を掴めたならば、儲けものというものだ。
 なにせ探すべきライバルの数は、既に半分にまで減少している。
 その分探しにくくなっているのだから、せっかく見つけた可能性を、みすみす取り逃すわけにはいかない。

《くれぐれも頼むわよ》

 間もなく昼休みも終わりだ。
 最後にそれだけを付け加えると、耀子は自分の職場へと戻るべく、かつかつと石畳を歩いていった。
 余談だが、この街における湊耀子の職業が、木っ端の入国管理官ならぬ、入町管理官であることも、この場で付け足しておくことにする。


 行政地区に存在する役所。
 ここが 【マリア・カデンツァヴナ・イヴ】 の職場だ。
 ハイスクールを卒業し、試験に合格した公務員。それが彼女のプロフィールだった。
 ステージに立って歌うでもなく、軍勢を率いて戦うでもなく。
 一昔前のタイプライターを叩いて、黙々と書類仕事をこなすのが、現在のマリアの在り方だった。

(不思議なものね)

 無論、彼女にこんな仕事の経験はない。
 それでも、頭に残った偽りの記憶が、仕事のやり方を教えてくれる。
 読んだこともないような書類を、手癖でてきぱきと仕上げながら、次の手順を考えている。
 そしてそれらの動作には、違和感が一切介在しない。なんとも奇妙な感触だった。

(そういえば、替えのインクがなかったのよね)

 書類が一段落したところで、ふとマリアは思い出す。
 手元にあるインクリボンは少ない。というか部屋全体で使うインクも少ない。
 ちょうどいいから備品室に行って、取り出してくることにしよう。
 マリアはさっと席を立つと、ドアの方へと向かったのだが。

「おっと」
「あっ」

 扉を開けたその拍子に、外にいた人影と鉢合わせてしまった。
 ぶつかる手前で踏みとどまったが、結果として道を遮ってしまう。

「すみません」
「いや、構わんよ。私も不注意だった」

 ぱっと頭を下げるマリアに、低く老いた声がかけられる。
 声色からして男性だろうか。顔を上げるとそこにいたのは、黒い眼帯の目立つ男だった。
 顔には深く皺が刻まれているが、髪の毛の色ははっきりとしている。
 中年と老人の境目――60代くらいといったところだろうか。

「えっと……ブラッドレイ司令、でしょうか」

 そしてその顔には、見覚えがあった。
 確か、治安維持のための軍隊の責任者――キング・ブラッドレイだったはずだ。

「意外かね?」
「ええ、まぁ……こういった役所に来られるとは、思いませんでしたから」
「はっはっは。まぁ、私くらいの立場にもなると、色々な仕事があるということだ」

 だからこういう所にも、用事ができることもあるのだよと。
 ともすれば、無礼とも取られかねないマリアの態度にも、ブラッドレイは寛大に笑う。
 写真で見た時にも、顔を合わせた時にも、厳つい男だと思ったが、意外と気さくな人物のようだ。
 つられてマリアの顔にも、微かに笑みが浮かんでいた。

「ところで、何か用事があったのではなかったのかね?」
「あっ、はい。備品室の方まで、インクを取りに……」
「そうか。引き止めてすまなかったな。早く行くといい」
「いえ、こちらこそご迷惑をおかけしました」

 失礼しますと一言言うと、にこにこと笑うブラッドレイを残して、マリアはその場を立ち去った。

(これから戦争をするってことを考えると、気分は憂鬱になるけれど……)

 それでも、こうして人を傷つけることなく、労働に従事している時間は悪くない。
 仮初の姿にしたって地味な職場だが、戦場やかつての実験施設よりは、よっぽどマシなのかもしれない。
 そんな風に思いながら、彼女は備品室へと歩を進める。
 マリアの後ろ姿を眺める、ブラッドレイの単眼が、冷たい瞳を放っていたことには、遂に気づくことはなかった。

(匂うな)

 確証ではない。あくまで勘だ。
 それでも今の反応を、見過ごすことはできないと、ブラッドレイはそう考えた。
 この地に用意された住民達は、いずれも本物の人間ではない、仮初の人形なのだという。
 事実として出会った人々は、皆判を押したかのように、一様に恐縮したリアクションを見せていた。
 それがどうだ。その中で唯一、あのマリアだけは、曖昧な反応を見せるにとどまっていた。
 特に理由もない限り、わざわざ人形の集団の中に、違う思考回路を持った個体を混ぜるなどあり得ない。
 どんなメカニズムであれ、そうするための面倒の方が、得られるメリットよりも勝るはずだ。

(やはり、自分の足を使って正解だったのかもしれんな)

 いくらロボット軍団を味方につけようと、どうしても限界というものはある。
 こういう複雑な思考判断は、マスター自身でこなさなければならない。
 どこかにマスターが潜んでいないかと、睨みを利かせて探していたつもりだったが、おかげで可能性にはたどり着くことができた。

(機を見て、反応をうかがってみるか)

 とはいえ、ここで襲うわけにもいかない。
 本戦前の戦闘行為は、禁止されているわけではないが、騒ぎにならない状況ができるまでは、静観に徹するのが正道だ。
 幸い、監視の駒にはこと欠かない。ワイリーナンバーズの1体に、あの娘を見張らせることにしよう。
 そう考えると、 【憤怒のラース】 は、自身のサーヴァントに向かって念話を飛ばした。


「特級住宅街の方で、最近変な幻聴が聞こえるんだって」
「爆発の音とかが聞こえるんだけど、どこを見回しても、爆発なんて起きてないんだってさ」
「女の人の声が聞こえるって話も聞いたわよ」

 以上の噂は、メンターのサーヴァント・高町なのはが、市井で耳にしたものだ。
 その内容から察するに、恐らくは自分達の戦闘訓練の話だろう。
 奇妙な点は、結界内での訓練の音が、外に漏れているということだ。
 通常、それはあり得ない。
 仮になのはの結界に、魔術師が入り込んだというのなら、何故自分達の姿を見ていないのだということになる。

(目をつけられちゃったかな)

 まずい傾向だと感じた。
 これは恐らく、管理者側が、意図的に流した噂だろう。
 最初にマスターと出会った時から、なのは達は結界に篭もり、ひたすら訓練に徹していた。
 要するに最終予選において、敵サーヴァントを倒すどころか、戦闘行為を一度も行っていないのだ。
 このまま引きこもっていては、勝負が成立しなくなる。だからさっさと出てこいと、警告を発せられたのだ。

「どうしたの、メンター?」

  【ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール】 が問いかける。
 目の前で魔法の杖を構えた、高町なのはのマスターが尋ねる。

(魔力操作まではクリア。その先も形になりつつはある)

 指導者(メンター)・なのはの教導は、ある程度身を結んでいた。
 不器用ではあるものの、自身の特殊な魔力を操作し、安定させる段階にまでは到達したのだ。
 その先の最優先目標である、防御魔法の習得も、完成形には近づきつつある。
 不測の事態に備えた迎撃の魔法が、未完成というのは痛かったが、防衛だけに回るのであれば、何とか形にはなりそうだ。

「ちょっと状況が変わってね。方針を変えようと思うんだけど、いいかな?」

 これからは訓練一辺倒ではいられない。戦場に出るつもりはなかったが、強引に戦場に引きずり込まれてしまった。
 であれば教導のプランも、順序を変える必要があるだろう。
 技巧より出力に秀でたルイズは、バリアジャケットの構築よりも、シールドの飲み込みの方が早い。
 であればそちらを優先し、せめて片方の防衛手段だけでも、盤石にしておく必要がある。
 その先は、今後の作戦次第だ。
 魔法の訓練を打ち切ると、なのはは戦争を生き残るため、作戦会議を切り出すことにした。


「カノン先輩ってさ、あたしの知り合いによく似てるんだよな」

 ハイスクールの授業を終え、クラブ活動に向かう途中。
 合流した一つ下の後輩に、カノン・メンフィスこと 【羽佐間カノン】 は、不意にそんなことを言われた。

「天羽の、知り合い? どういう人なんだ、その人は」
「いや、なんというかこう、マジメなところとかさ」
「真面目か……柔らかくなろうとは、努力していたつもりなんだがな」

 要するに堅物ということか。面白みのない人間だということか。
 かつて機械的な兵士だったカノンにとっては、少々ぐさりとくる言葉だった。
 もちろん後輩にはそんなことなど、知る由もないのだろうが。

「そんな落ち込まないでくれよ。それが嫌いだって言ってるわけじゃないんだからさ」
「そっ、そうか……それはすまなかったな」
「そこ。そういうとこがマジメ君なんだよ、先輩は」

 けらけらと笑う後輩の少女は、竜宮島にはいなかったタイプの娘だ。
 強いて言うなら咲良が近いが、目の前にいる後輩の方が、少し落ち着いているような気がする。
 一つ年下であるはずなのに、頼りたくなってしまうような、そんな雰囲気を感じるのだ。
 防衛組織で働く自分の方が、ただの一般人である彼女よりも、ずっと大人であるべきなのに。

「………」

 校舎から渡り廊下に出る。
 大きな窓からは、学校を出て、帰路につく生徒たちの姿が見える。
 子供の数は竜宮島よりも、比較にならないほど多い。
 たとえNPCであっても、プログラムされた設定であっても、その一人一人に人生がある。

「人ってのはさ……何のために生きるんだろうな」

 不意に、後輩がそんなことを言った。
 明朗快活な少女の顔が、どこか遠くを見るような、物憂げな顔つきに変わっていた。
 それは今日まで羽佐間カノンが、見たことのない顔だった。

「……存在するためだろう」

 面白みのない堅物であっても、悩みを聞いてやることはできる。
 何を思っての問いかは知らないが、自分なりの回答を、口にして話すことはできる。
 カノンは後輩の少女に向かって、口を開き声を発していた。
 仮初の身分を演じるのではなく、本心から思っている言葉を。

「人がそこにいる限り、可能性は開ける。なすべきことは見つからなくとも、できること、やりたいことならば、無限に見つけられるんだ。生きてさえいればな」

 それは大切な想い人が、身をもって教えてくれたことだ。
 命令に従って死のうとした自分を、彼は現世へと留まらせてくれた。
 失われたはずの人間性や、人並みの幸せな日常を取り戻す、そのきっかけを掴むことができた。
 あそこで死んでいたならば、そんな可能性なんてものは、決して手に入ることはなかっただろう。
 その男が、今は命の使い道がどうのと言って、死地に赴いているというのは、何とも腹立たしい話だったが。

「結局人は、ただ生きるために生きているんだ。……というのでは、駄目だったか?」
「……いや。いいんじゃないかな」

 サンキューな、と言う後輩の顔には、元通りの笑みが浮かんでいた。
 釣られるようにしてカノンも笑う。口元に柔らかな笑みを浮かべる。
 生きようとしていなかった頃には、決して浮かべることのなかった表情を。

「悪いが、用を思い出した。今日は休むと、皆に伝えてくれ」

 おかげで気持ちを固め直せた。
 カノンはそれだけを短く告げると、身を翻して廊下を進む。
 そうだ。今はそうすべきなのだ。
 羽佐間カノンのやりたいことは、元の島へと帰ること。そして大切な人々を、この手で守り抜くことだ。
 そのためになら、戦える。やりたいと思えることのためなら、己の力を出しきれる。
 この聖杯戦争に挑み、生き抜くこともできるはずだ。
 そのために決意を握り締め、カノンは戦場へと向かった。

「……あたしも、今できることをやることにするよ」

 そしてその背中を見送りながら、後輩の少女はぽつりと呟く。

「生きていられるうちにさ」

  【天羽奏】 にとって、先の問いが、いかなる意味を持っていたのか。
 きっとそれもカノンにとっては、知る由もないことだった。


《マズイ》
《わざわざ念話で言うことかよ》

 ライダーのサーヴァントに向かって、 【犬吠埼風】 が飛ばした言葉が、それだ。
 彼女の不平の元凶は、カウンターに置かれた食べ物である。
 醤油ベースの黒っぽいつゆに、白く太い麺が浸された食べ物――うどんである。
 初めて訪れる海外の地に、日本食を出す料理店があったことは、最初僥倖だと思った。
 ジュニアハイの食堂などで、食べ慣れない洋食ばかりを口にするのは、どうにも落ち着かなかったからだ。

《麺がボソボソ。汁も辛い。あぶらげに至っては何よコレ》

 しかしそこで出されたうどんは、うどんをソウルフードとする四国民には、到底耐えられない酷いものだった。
 麺も出汁も具に至っても、美味い部分が見つからない。
 うどんの良さというものを、完璧に皆殺しにしてしまっている。
 これはもう小学校時代に食べた、ソフト麺のようなものではないか。
 むしろ健康に配慮して、汁が薄味になっていた分、あちらの方がマシだとすら思えた。
 所詮外国の人間に、本場香川の絶技を再現することなど、不可能だったということか。

《だったら何でこうしょっちゅう食いに来るんだ。金をドブに捨てる気かよ》
《だってー。うどんは私の血肉なのよー。私の女子力の秘訣なのよー》
《中毒かよ! 無駄なものに金使いやがって! 俺なんて月2000円だったんだぞ、小遣い!》

 割と衝撃的な情報を耳にしたが、別段知って得になることでもないので流した。
 どれだけ不味いものであろうと、うどんを食べるのは最早習慣なのだ。
 そこにうどんがあるからには、こうして食べずにはいられない。

(……帰ったらまた、みんなで食べられるかな)

 そうやって食べてしまうのは、かつてそうしていたことを、懐かしんでいるからだろうか。
 妹の声が戻らないと知り、怒りに震えた犬吠埼風は、大赦を襲撃しようとする暴挙に出た。
 結果思いとどまりはしたものの、その場にいた勇者部の仲間達には、随分と迷惑をかけてしまった。
 もしもここから帰れたならば、仲直りをして、またみんなで、うどん屋に行くことができるだろうか。
 失われてしまった仲間の味覚も、聖杯の力で取り戻して、仲良く味わうことができるのだろうか。

「ごめんね、ちょっとここいいかな?」

 そう考えていたその時、不意に横から声が聞こえた。
 我に返った風は顔を起こし、声の聞こえた方を向く。
 スクールバッグを脇に抱えた、東洋風の顔の少女だった。
 ジュニアハイの制服を着ていない。私服姿ということは、恐らくは高校生だろう。自分より1つ年上くらいだろうか。

「あー、はい、どうぞ」

 どうやら隣の席に座りたいらしい。一人用のカウンター席は、そこを除けば満員だった。
 断る理由もなく了承すると、少女は「ありがとう」と言って、風の隣の席についた。

「ね、ひょっとして日本人?」
「そうですけど……ひょっとして、貴方も?」
「わーやっぱりッ! 同じジャパニーズ仲間に、学校以外で会ったのは初めてなんだ」

 問いかけてきた高校生の少女は、風の返答に対して、うきうきとした反応を示す。
 ハイスクールというと、もっと大人な印象があったが、思ったよりもノリは変わらないようだ。

「まー何しろヨーロッパですからねー。私の学校にもちらほらいるけど、まぁそれこそちらほらなりでして」
「分かるなー。やっぱりテンション上がるよね、同じ肌の人に会うと。……あ、何かおすすめってある?」
「おすすめっすか? どうだろなー、まだうどんしか食べてないからなぁ」
「あっ、うどんあるんだ? よく食べてるってことは、美味しいの?」
「いや全っ然! そらもう酷いのなんのって! 香川県民なめんなってやつですよ!」

 力説する風を見て、少女はけらけらと笑う。
 それから料理を注文した後も、2人はとりとめもない会話に花を咲かせた。

「でね、響さん。わたしゃやっぱり思うんですよ。日本だろうが海外だろうが、やっぱ狙うなら年上だって!」
「まー風ちゃんくらいの年頃だと、男の子ってやっぱ子供かもねぇ。私もそんな詳しい方じゃないけど」

 波長が似た者同士だったのだろう。
 両者はあっという間に打ち解けて、次々と会話のボールを投げ合っていた。
 やれクラスの男子はアホばかりだの、やれ魔術史なんて習って何になるだの、やれ魔術師がそんなに偉いのかだの。
 半ば愚痴り合いの様相を呈してはいたものの、同じ立場の者同士ということもあり、会話は自然と弾んでいった。

(まぁ、今くらいは、いいよね)

 そしてその2人の様子を、傍らから見つめる視線が、もう1つ。
 不可視のサーヴァントはライダーではない。与えられたクラスはキャスターだ。
 今まさに風と会話を交わす、 【立花響】 という名の少女のまた、サーヴァントを連れたマスターだったのだ。
 思い返せばキャスターの前では、響はよく暗い顔をしていた。
 戦うことに迷いを抱き、力になれないことに苦悩し、明るいはずの顔を曇らせていた。
 それが誰かは知らないが、この中学生の少女と出会ったことで、久々に笑顔を見せている。
 なればこそ、今はその安らぎを、ここで見守ってやるべきだろう。
 もうすぐ聖杯戦争の本戦が、否応なしに始まることになる。
 そこにはきっと今まで以上に、過酷で厳しい戦いが、響を待ち受けているのだから。


 魔術都市ユグドラシルは、文字通り魔術師達の住む街だ。
 必然、強い魔力を持つ者が、大手を振って歩くことになる。
 しかしその街の影では、魔術を使えないはずの少年が―― 【黒咲隼】 が活躍していた。

「ひえぇぇっ!」

 頬に痣を作った男が2人、悲鳴を上げて走り去っていく。
 カジノの店先でそれを見送り、黒咲は唾を吐き捨てる。
 闇の世界に流れてくるような、半端な人間の集団には、魔術師はほとんど存在しない。
 必然、ほとんどのシチュエーションにおいて、単純な腕っ節こそが物を言う。そういう意味では、黒咲は間違いなく強者だった。
 あくまでもその箱庭に留まり続け、お山の大将に満足するつもりなら、の話だが。

(くだらん)

 人の気も知らずいいご身分だと。
 黒咲隼は苛立っていた。
 傍から見れば弱い者いじめだ。現実には自分の方こそ、魔術をまともに扱えない弱者だというのに。
 まるで自分より弱い者だけを、選り好んで狙っているようで、自分の有り様に嫌気が差した。
 間もなく本戦が始まるというのに、これでは平和ボケもいいところだ。

「聞きしに勝る狂犬ぶりだな」

 その時、背後から聞こえる声があった。
 振り返ると黒い人影が、カジノのドアを開け姿を現している。
 白いショートヘアに黒ずくめのスーツ。黒咲と同じ東洋風の顔立ちと、そしてやけに目立つ大きな胸。

「お前がミヤビか」
「いかにもだ、シュン。こうして会うのは初めてだったな」

  【雅緋】 。
 ユグドラシルの歓楽街に現れ、瞬く間に勢力を広げた女マフィアの名だ。
 つい先日には、黒咲の所属していたグループも、彼女に取り込まれてしまった。
 決して大きくはないにせよ、魔術都市の影の力は、既に全てが彼女の手にある。
 プログラムされた人間にしては、不自然なまでの台頭ぶりだった。

「消えろ。話すことはない」
「つれないな。せっかくのご対面だというのに」
「それが気に入らんと言っているんだ」

 肩を竦めて笑う雅緋を、黒咲は鋭く睨みつける。
 こういう上から目線の奴が、一番嫌いな人種なのだ。
 生殺与奪を握ったつもりで、笑って踏み潰すあいつらのことを、否応なしに思い出してしまう。

「随分と嫌われたようだな」
「……仕事の時には従ってやる。それで文句はないだろう」

 それで終わりだと言わんばかり、黒咲はコートを翻した。
 ただでさえ機嫌の悪い時に鉢合わせたのだ。これ以上言葉を交わすのは、どうしても耐えられなかった。
 そうして踵を返し、その場を立ち去ろうとしたその時。

「!」
「わっ……と」

 危うく一つの影に、ぶつかりかけた。
 ちょうど黒咲の行く手に、一人の少年が歩いていたのだ。

「……チッ!」

 より一層の不快感を込めて、わざとらしく舌打ちをする。
 そうして黒咲は言葉もかけずに、少年の脇を通り抜けると、早足でその場を立ち去った。
 無駄に大きな靴音が、かつかつと石畳を叩いて消えた。

「大丈夫か?」
「ええ、まぁ……」

 その場に残された雅緋が、少年に対して声をかける。
 フードつきのコートを目深に被っているが、覗く顔立ちは自分よりも若い。
 恐らくは黒咲より少し上の、ハイスクールくらいの年頃だろう。
 男子ではなく女子だったが、雅緋には馴染みの深い世代だった。

「病か?」

 そして雅緋は見逃さなかった。
 少年の頬のあたりに広がる、赤茶けた色の異様な肌を。
 まるで硫酸か何かを被り、爛れてしまったかのように、そこだけ周囲から浮いている色を。

「まぁ……そんなところです」
「……あまり深く聞くのも野暮か」

 他の人間とは異なる容姿に、一瞬、よぎった考えがあった。
 しかし、それはここで聞くべきことではない。空振りだったなら、いたずらに自分の正体を明かすことになる。
 そもそも聖杯戦争の参加者でなく、本物の病人であったとするなら、それは無礼にも程がある問いだ。

「すまなかったな、引き止めて。この辺りは物騒だ……体に障らないよう、早めに帰るんだぞ」

 そう言って雅緋は会話を打ち切り、自身もその場から立ち去る。
 少年は一言礼を言うと、これまた道を歩いて行って、街並みの奥へと消えていった。

「特にこれからはな」

 そう呟いた雅緋の言葉は、少年の耳には届かなかった。
 間もなくこの街は比喩ではなく、本物の戦場と化すことになる。
 半分が死ねば終わる予選ではなく、全員が死ぬまで終わらない、聖杯戦争の本戦が始まるのだ。
 真の強者のみが勝ち残り、生存ではなく勝利を目的とした戦場の苛烈さは、これまでとは比較にならないだろう。
 未だ迷いのある身でも、そうした戦いに飛び込む覚悟は、既に胸に固まっている。

(そうなれば、周りに気を使っている余裕はなくなる)

 なりふり構わぬ戦いとなれば、あのような少年が近くにいようと、気に留めてやることはできない。
 であればあんな少年の命の灯など、吹いただけで簡単に消えてしまうだろう。
 故に雅緋は警告の言葉を、少年に向かってかけたのだった。
 この時の雅緋の判断が、幸となるか不幸となるか。
 その結果が判明するまでには、しばしの時を要するはずだ。

(凄い剣幕だったな、さっきのアイツ)

 しかしこの時見逃されたのは、少年にとっては幸運だった。それだけは確かに断言できた。
 おかげで 【衛宮士郎】 は、相手がライバルであるとも知らぬままに、無事に戦場から逃げおおせることができたのだから。

《気圧されたか、マスター》

 鏡の向こうから声が聞こえる。
 正確には鼓膜を通してではなく、頭に直接響いてくる。
 あんなチンピラ少年風情に、恐怖心でも抱いたのかと。
 窓ガラスの向こうで歩いているのは、士郎のサーヴァントであるキャスターだ。

《まさか。怖いものなら山ほど見てきた。今更恐れるつもりはないさ》
《ならばいい》

 あの程度の輩に臆していては、到底勝ち残ることなど不可能だからなと。
 キャスターからかけられた言葉を、士郎は脳内で咀嚼する。
 そうだ。恐れてなどいられない。
 たとえ不良少年でなくとも――先日ぶつかったセイバーのような、超常の英霊であったとしてもだ。
 それ以上の惨状は既に見ている。
 そしてそれすら超える地獄こそが、自分の立ち向かう相手であることも理解している。
 なればこそ、恐怖は捨て去るべきだ。

(たとえ心すらも消し去ってでも)

 その先に、求めてやまなかった未来が、待ち受けているというのなら。
 正義も善意も良心も捨てて、己が定めた悪道を、まっすぐに突き通すべきだ。
 改めて決意を固く握り、士郎は歓楽街の道を進んでいった。


「……何か?」

 それは偶然の出会いだった。
 喫茶店で一服し、思い立ってトイレへ向かい、用事を済ませて出てきただけだ。
 その時たまたまその少女が、席に戻るまでの道のりに、立っていただけのことだった。
 茶色い髪を両サイドでまとめた、高校生くらいの少女が。

「いや……すまない。知り合いのような気がしたんだが、勘違いだった」
「ああ、そう」

 短く言葉を交わすと、 【忌夢】 はその場から立ち去り、すぐに自分の席へと向かう。
 早足で元の席に戻ると、座ってテーブルで頬杖をつき、ふうっと小さくため息をついた。

(何も不思議なことじゃない)

 よく似たNPCがいただけだ。そうやって自分に言い聞かせる。
 知人の姿を模した人間には、既に何度か会っていた。
 家に帰れば妹がいるし、大学には赤ブチ眼鏡の似合う教授がいる。
 恐らく今出会った少女も、そういう類の傀儡なのだろう。

(しかし……そうか)

 本当ならこうだったんだろうなと、自分の服装を見て振り返る。
 平日の日の出ているうちから、私服姿でうろついている忌夢は、21歳の大学生だ。
 対して先ほど出会った彼女は、いかにもなスクールバッグを抱えた高校生。
 5つも歳の差がある彼女とは、そもそも本来、何の接点もないはずだったのだ。

(妙な縁だな)

 それなのにあの蛇女子学園では、同じ制服を着て戦っていた。
 最初は警戒すらしていた彼女を、いつしか仲間として認めて、共に肩を並べていた。
 そうなったのは、雅緋に付き添い、蛇女を休学していたからだ。
 もしも雅緋の味わった過去を、なかったことにしてしまったなら、出会うこともなかったのだろうか。
 そう考えると、少しばかり、憂鬱な気分になった。

《マスター》
《分かってる。いちいち人のリアクションに口出しするな》

 背後から声をかけてきたバーサーカーに、憮然とした顔で応じる。
 主を乗っ取ろうとするとんでもないサーヴァントだが、今だけはその獰猛さのおかげで、事の本質を再認識できた。
 この血に飢えた狂戦士は、ただひたすらに敵を求め、闘争に身を投じることを望んでいる。
 それでいい。願いを叶えるためにも、生き残るためにも、そうする以外に方法はない。
 感傷に浸っている場合ではないのだと、忌夢は両手を広げて、己が頬をぱんと叩いた。

(そんなわけがない)

 そして同じ屋根の下で、同じく考えを巡らせる者が、一人。
 忌夢とすれ違い、案内された席へと座って、メニューを手に取った高校生の少女だ。
 他人の空似でもなんでもなく、その席についた茶髪の少女は、忌夢の知る 【両備】 本人だったのだ。

(あり得ないわよ、そんな偶然)

 つんけんとした対応は、動揺を押し殺すためのものだ。
 内心で両備は、この遭遇によって、随分と心をかき乱していた。
 自分は特に前触れもなく、偶然この場所に連れてこられ、聖杯戦争に巻き込まれた。
 そして忌夢もまた同じように、偶然巻き込まれたというのか。
 どういう確率だ。そんなことがあり得るものか。
 仮に本物だったとしてどうする。戦うのか。殺すというのか。
 自分の願いを叶えるために、学校の先輩を殺すと――

(……何を迷ってるのよ、両備は……!)

 そこまで考えたところで、両備は一瞬我に返ると、直後頭をわしわしと掻いた。
 どうしてあんな奴相手に、躊躇いを覚える必要があるのだ。
 思い出せ、自分の抱えた願いを。蛇女子学園に来た理由を。
 自分があの学校でなすべきことは、筆頭・雅緋への復讐だ。
 姉を殺した忌まわしい悪忍を、この手で抹殺することだ。
 であればその側近である忌夢も、排除すべき敵ではないか。
 情が移ったのか。今更仲間ヅラするつもりか。
 あまりに情けない自分に腹が立ち、苦虫を噛み潰したような顔を作る。

「ご注文はお決まりでしょうか」
「……アイスコーヒー」
「お砂糖とミルクは……」
「要らない! ブラック! 分かったら早くして!」

 注文を取りに来た店員に、当たり散らすようにして叫ぶ。
 そそくさと立ち去るのを見ると、テーブルに置かれたお冷のコップを、ひったくるように掴んだ。
 棒付きキャンディーが好物の両備は、基本的には甘党だ。
 しかし今は、ダダ甘いコーヒーなど、飲みたいとはとても思えない。
 気持ちの整理もつかぬまま、それらを押し流すようにして、冷水を一気に飲み干した。


 譲れない願いは胸にある。
 助けたい人は確かにいる。
 されどそのために、その人が嫌う方法を、進んで実行している自分は、果たして正しいのだろうかと。
  【小日向未来】 はそんな問いを、何度も自問し続けていた。

「ゾンダァァァ……」

 薄暗いキャスターの体内には、不気味な人影が蠢いている。
 宝具で生み出したゾンダー人間も、結構な数が揃ってきた。
 これだけ揃えば、サーヴァントを使えないというデメリットも、カバーすることはできるだろう。
 もっともそれは、それだけの数の人間を、犠牲にしてきたことを意味する。
 いいや、予選で撃破された分も含めれば、ゾンダー化したNPCの数はそれ以上だ。
 それだけの人間を、エゴのために、平気で踏みにじってきた。
 作り物の人間であっても、それを蹂躙することを、響は決して許さないだろう。

(ううん、違う。そんな迷いに意味はない)

 軽く首を横に振って、未来は思考を振り払った。
 そんなことを言っていられるほど、余裕のある状況ではないのだ。
 何しろ救うべき響は、いつ命を落としても、不思議ではない状態なのだから。
 それに響は、何度止めても、その度にこの手を振りきっていった。
 戦ってはいけないと言っても、決して聞き入れることなく、戦場へと勇んで飛び込んでいった。
 だからこれは、お互い様だ。
 望まぬ方法を取られて、やきもきさせられてきたのは、自分だって同じなのだ。

(だから、私は迷わない)

 誰にも文句は言わせない。
 この道の正しさだけを信じて、ゴールへと走り抜いてみせる。
 それ以外の道を選べるほど、響にも未来自身にも、余裕というものはないのだから。

「いよいよ時は来た。マスターよ、全てはこれからだ」
「分かっているわ」

 キャスターの声に、短く答える。
 踵を返して、廊下を歩き、地上へとの道を進んでいく。
 異形の怪物を従えて、自らも怪物となりながら、少女は孤独な魔道を目指す。

(そういえば、朝に倒したサーヴァントのマスター……)

 時間からして、恐らくは、予選の最後の失格者。
 サーヴァントを撃破され脱落した、あのマスターはどうなったのだろうと、不意に、そんなことが気にかかった。


 苗字で呼んでほしいと言っていたのは、結城友奈がそう言ったからだ。
 自分の苗字がカッコいいと、彼女は目を輝かせてくれた。
 それ以来、 【東郷美森】 は自分のことを、東郷と呼んでほしいと言い続けてきた。

「ねぇ、美森。まどかが休んでた理由って、何か知らない?」

 しかしここには彼女がいない。結城友奈がいない世界では、そう呼ばせる理由が存在しない。
 だからこそ東郷は、このクラスメイトの少女からは、下の名前で呼ばれていた。
 もちろん、そこは性格が出るのか、苗字で呼ぶか下の名で呼ぶかは、人によってまちまちだったが。

「さぁ……知らないわ。むしろ美樹さんの方が、詳しそうだと思うんだけど」
「うーん、そっか……まぁ、そういうことなら、他当たってみるよ」

 じゃあね、と言うとその少女は、東郷の元から立ち去った。
 原因不明のクラスメイトの欠席。
 珍しいことではないが、見逃していいことではなかった。
 こうした事態が発生した場合、考えられる原因は3つだ。
 まずマスター同士の戦いに巻き込まれて消滅したか、あるいはクラスメイト自身がマスターで、戦いに負けて脱落したか。
 この場合時期的に考えれば、予選の最後の犠牲者、ということになる。
 残る第3の原因は、生き残ったクラスメイトが、聖杯戦争を戦うために、行動を開始するしたということ。

《アーチャー、捜してほしい人がいるんですが》

 であれば、見過ごす手はなかった。
 すぐさま背後で霊体化している、自らのサーヴァントに念話を飛ばす。
 クラスメイトの容姿を伝え、この辺りに姿が見えないか、捜索してほしいと要求する。

《了解だ。宝具を使って空から捜す。念のため、単独行動スキル行使の許可を》
《承認します》
《ありがとう。何かあったらすぐ呼んでくれ》

 そう言うとアーチャーの気配は、すぐさま空へと飛んでいき、そして感じられなくなった。
 こういう時、弓兵の単独行動スキルは便利だ。魔力を消費する宝具を使っても、問題なく偵察や捜索任務につくことができる。

(このまま見つけてしまったら……もう、『東郷さん』と呼ばれることは、二度とないかもしれないわね)

 仮にクラスメイトが生きていたなら、3番目の選択肢の可能性が高まる。
 それならば自分はクラスメイトに、殺害を命令しなければならない。
 そうすれば東郷は、聖杯戦争優勝に、一歩近づくことになる。
 それは世界の崩壊と、友奈の安らかな眠りを意味している。
 そうなればあの町に帰ることも、あの子に苗字で呼ばれることもないのかと思うと、ほんの少し名残惜しく思った。

《セイバー、いい?》

 そして動いた者がもう1人。
 東郷美森に話しかけた、同じクラスの中学生―― 【美樹さやか】 。
 彼女もまた、セイバーのサーヴァントを従える、聖杯戦争の参加者だったのだ。

《いつも一緒にいた、まどかって子がいるでしょ? あの子のこと、手分けして捜してほしいんだ》
《彼女をか? 何のために?》
《何の音沙汰もなく消えたんだよ? ひょっとしたら、聖杯戦争に関わってるかもしれない》

 本戦が目前に迫った以上、ちょっとの手がかりでも見逃すことはできない。
 少しでも敵マスター特定の手がかりになるなら、すがるべきだとさやかは言う。

《……分かった。何かあったら、すぐ俺を呼び戻せよ》

 そう言うとセイバーは、霊体化したまま、街へと走り去っていった。
 残されたさやかは、自身の使い魔とは反対の方へ、極力目立たない速さで歩き出す。
 どこに敵の目が光っているか分からない。あまり歩みを急ぎすぎて、悪目立ちするのもよくないだろう。
 無論さやかには、その敵が、すぐ近くの車椅子の少女であることなど知るよしもないが。

(まどか……)

 いなくなった友人の名を、心の中で繰り返す。
 ここで出来た友人ではない。元いた見滝原中学校に、最近転入してきたクラスメイトだ。
 少々気の弱い子だったが、いつもの調子で接していくうちに、少しずつ心を開いてくれた。
 といっても付き合いは未だ浅く、昔馴染みの志筑仁美のような、特別な親友というわけでもない。

(……でも、だからって)

 それでも、級友は級友だ。
 仮に彼女が、本物を模したNPCでなく、聖杯戦争の参加者だったとしたら。
 そして襲撃を生き延びて、今もサーヴァントを連れて、戦いに備えているのだとしたら。

(どうすりゃいいのよ……!)

 戦うのか。そして殺すのか。
 大層な使命を叶えるために、友人の命を犠牲にして、血みどろの手で聖杯を掴むのか。
 たった一人の友人のために、倒すべき敵を見逃して、無責任にも使命を投げ捨てるか。
 何が正しいのか分からない。
 どう接していいのか分からない。
 ぐちゃぐちゃした気持ちを抱えたまま、さやかは少し早足で、学術都市の街並みへと向かった。


 万能の願望機とやらにも、再現不可能なものはあるらしい。
 森羅万象を塗りつぶし、意のままに改竄する己の力は、随分と弱体化してしまっている。
 今の自分に使えるのは、せいぜいお伽話のような、何でもできる魔法くらいだ。
 それにしたって、ただの魔法少女とは、一線を画した奇跡なのだが。
 ジュニアハイスクールの屋上で、学術地区を一望しながら、 【暁美ほむら】 は思考していた。

「心配そうね」

 くすくすとセイヴァーのサーヴァントが笑う。
 悪魔の仇敵であるはずの娘が、今は悪魔のしもべとして、すぐ傍らで笑っている。

「まさか本人でもあるまいし。虚像に過ぎない彼女ですらも、見境なしに追い求めるのが、貴方の愛とやらなのかしら?」
「作り物であればこそ、意味のないものは存在しない。わざわざ用意されたからには、きっとそこにいる意味がある」
「ロマンチストね」

 口で言うならタダ、だからか。
 こいつはその口を開くたびに、悪口ばかりを並べている。
 手を出すことも歯向かうことも、令呪で封印されているからか。何とも卑しい性分だ。

「手っ取り早く、貴方の魔法で、予知することはできないの?」
「構わないけれど、そういう的を絞ったな使い方には、相当量の魔力が必要よ」
「融通が効かないのね」
「だから勝てたのだと思いなさいな」

 純粋な技量勝負でなら、お前ごときには負けなかったということか。使えない上に嫌味な奴め。
 内心で吐き捨てると、ほむらは階段へと向かう。

「直接捜しに?」
「そうするわ。これ以上は不毛だから」

 背後のセイヴァーに短く告げると、ドアを開けて建物へと戻り、下り階段を歩いていった。
 一人のNPCを探すという、戦略上無価値な行為のために、貴重な魔力は使えない。
 だとしても、その行為そのものを、無価値だからと切り捨てることはできない。

(悔しいけれど、今の私には、貴方の真贋を見極めることはできない)

 力を封じられた自分には、相手が本物なのかどうかを、見破ることは不可能だ。
 だとしても、本人であったら。
 ここに存在する彼女が、作られたNPCではなく、正真正銘の本物だったなら。

(見捨てはしないわ)

 絶対に見つけ出してみせる。
 そして絶対に守ってみせる。
 自分が悪へと堕ちた動機は、たったそれだけなのだから。


 桐ヶ谷和人――否、敢えて 【キリト】 と通称しようか。
 黒髪を長くストレートに伸ばした、線の細い女顔の少年。
 それがアサシンのサーヴァントである、ヘルマン・ルイスのマスターだった。

「駄目だな、こりゃ。どこからも入る隙間がねぇ」

 そんな彼らの現在地は、世界樹の北東に位置するダーインの塔だ。
 結界魔術を駆使することで、世界樹の魔力や環境を管理し、ユグドラシルを維持するための施設。
 聖杯戦争には乗らず、この場からの脱出を目指すキリトは、まずここを調べるべきだと考えたのだ。
 ユグドラシルを維持する結界があるなら、それを破壊してしまえば、ユグドラシルの外へ出られるのではないかと。

「やっぱ、そう簡単にはいかないか……」

 しかし、それで終わりというわけにはいかなかった。
 たどり着いたダーインの塔は、それ自体が強靭な結界によって覆われ、他者の侵入を拒んでいたのだ。
 ヘルマンも試しに周囲を巡って、入り込める隙がないか探してみたのだが、結局徒労に終わってしまった。
 塔の防壁は、サーヴァントであっても、突破することはできないらしい。

「どうする? 一度正面からぶち壊してみるか?」
「相変わらず暗殺者(アサシン)の発想じゃないな、それ……」

 すぐ傍らにやって来たヘルマンに対し、キリトは半ば呆れ気味に言う。
 幸いにして周囲には、人っ子一人見当たらなかった。故にヘルマンも霊体化を解き、姿を現して行動しているのだ。

「……まぁ、今はやめといた方がいいだろ。休戦状態に入った今じゃ、どさくさ紛れってのも無理があるし」

 結局キリトの判断は、この場は大人しく引き下がる、というものだった。
 本戦まで空白の期間が生じた以上、どうしても自分達の行動は目につきやすくなる。
 であれば、ここで荒っぽい手に出れば、即座に見咎められてペナルティを課せられる可能性があるのだ。
 それはヘルマンらにとっても本意ではない。よってここは何もせず、街へと帰ることを選んだ。

「それにしても、どういうことなんだ、これは?」

 しかし、何も成果がなかったわけではない。
 いや、成果と呼ぶには微妙ではあったが、気になる発見は一つあった。
 それは塔に設けられた、ある奇妙な装飾だ。

「どう見ても、ヴァリアンテとかには無かったタイプの飾りだわな」
「神様を縛って留めるための結界……っていうのは、確かに理解できるんだけどさ」

 それは本来ならばあり得ないもの。
 ここまで緻密に守られてきた、西洋魔術の世界観を、根底からぶち壊しにするもの。
 膨大な設定を敷き詰め、構築されたユグドラシルでは、許されるはずのないミステイクだ。

「何で、ヨーロッパの建物に――注連縄が結ばれてるんだ?」


 世界樹ユグドラシルの頂に、巣を構える巨鳥・フレスベルグ。
 世界に吹く風の全てを、その羽ばたきで起こすという魔物の名は、死体を飲みこむ者という意味を持っていた。
 なればこそ、魔術都市の政庁には、その名が相応しいのだろう。
 この街の実権を牛耳る、最高権力者の席には、一人の男が座っている。
 死人の軍団を蘇らせて、遠き大地に動乱をもたらした、野望の男がほくそ笑んでいる。

「神樹の結界……星をも滅ぼす災厄からも、人類を守った神々の聖域。このユグドラシルの守りとするには、まさにうってつけだったな」

 赤毛を長く伸ばした若者は、名をアンドレアス・リーセと言った。
 朗らかで優しい物腰と、相反する力強い思想とで、街の人々の心を掴み、都市の実権を握った市長だ。
 それが用意された設定だ。
 彼が一言そう謳えば、それらは全て事実となる。
 何しろ指導者アンドレアスは、この世界樹の創造主――ルーラーのサーヴァントなのだから。

「その割には、イレギュラーの侵入を許してたけどな。やっぱり宗教が違うと、神様も喧嘩しちまうんじゃないのか?」

 そしてその傍らには、おちゃらけた衣装を纏った男が一人。
 先ほど本戦に関する情報を、マスター達に通達した、 【サガラ】 という名前の男だ。
 もっとも、不敵に笑うその顔からは、ノリノリでまくし立てていた、DJサガラの面影は存在しない。

「あれは会場の不備ではない。むしろ奴を招いたのは、私自身と言うべきだろう」
「ほぅ、熱烈なファンもいたもんだ」

 実を言うと、最終予選の通過者は、通達された23人ではない。
 42人の半分の、21人だけだった。
 それが覆されたのは、たった一人のイレギュラーが、この街に紛れ込んだからだ。
 そしてその侵入者を叩き出すために、新たなサーヴァントが召喚された。
 既に追っ手から逃れたイレギュラーは、サーヴァントの一人としてカウントされ、自らのマスターを得てしまっている。
 こうなればもみ消すことは不可能だ。増えた二人の通過者は、そうして登録されたのだった。

「彼女の管理はお前に任せる。聖杯戦争の監督役としてな」
「前々から思ってたんだが、こういう時こそ、ご自慢の神闘士(ゴッドウォーリアー)を使えばよかったんじゃないのか?」
「彼らには嫌われてしまってな。私が呼びかけたとしても、降りてくることはあるまいよ」

 肩を竦めながら、アンドレアスは苦笑する。
 なるほど、と納得したような顔をすると、サガラもそれ以上の追及はせず、市長室を立ち去った。
 監督役の離れた部屋には、ルーラーただ一人が残される。
 支配者アンドレアス・リーセは、たった一人の室内で、誰にも聞かれず言葉を呟く。

「時代を越えて、人を変え、それでもなおも立ちはだかるか――射手座(サジタリアス)」

 そう言う彼の横顔には、既に笑みの色はなかった。



【クラス】ルーラー
【真名】アンドレアス・リーセ
【出典】聖闘士星矢 黄金魂 -soul of gold-
【性別】男性
【属性】秩序・悪

【パラメーター】
筋力:C 耐久:C 敏捷:A 魔力:A+ 幸運:C 宝具:EX

【クラススキル】
真名看破:A
 ルーラーとして召喚されることで、直接遭遇した全てのサーヴァントの真名及びステータス情報が自動的に明かされる。

【保有スキル】
気配遮断:EX
 サーヴァントとしての気配を断つ。EXランクは「規格外の」ではなく、「特別な」の意味である。
 アンドレアスは正体を明かさない限り、サーヴァントではなく普通の人間としてしか認識されない。
 ただし、気配そのものを消すことはできず、近づけば普通に感付かれる。

世界樹の秘法:A
 神器グングニルを生み出す世界樹・ユグドラシルを創り出す術。
 この術によって、本聖杯戦争の舞台である世界樹は、「アスガルドのユグドラシル」の特性を得ている。
 本来は異教の戦士の魔力を吸い上げ、無力化する特性を有していたのだが、
 本聖杯戦争では公平性を保ち、その性質を周囲に悟らせないようにするため、オミットされている。

カリスマ:C-
 軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。
 カリスマは稀有な才能で、小国の王としてはCランクで十分と言える。
 ただしこのスキルは、彼の生み出したユグドラシルの影響によるところも大きい。

聖人:C
 聖人として認定された者であることを表す。
 聖人の能力はサーヴァントとして召喚されたときに"秘蹟の効果上昇"、"HP自動回復"、 "カリスマを1ランクアップ"、"聖骸布の作成が可能"から、一つ選択される。
 アンドレアスはHP自動回復を選択した。

医術:D
 宮廷医師アンドレアスが、もともと持っていたスキル。
 平均的な医師の技術を有している。

【宝具】
『反魂の葬送騎士団(エインヘリヤル)』
ランク:D 種別:対軍宝具 レンジ:測定不能 最大補足:1000人
 アスガルドに伝わる禁術を行使し、亡霊の兵士達を生み出す。
 世界樹から流れ込む魔力によって、その効果範囲はフィールド全域に及んでおり、どこにでも死者を召喚することができる。
 ただし、マスターおよびサーヴァントを蘇生させることはできない。
 そのため、必然召喚される死者の力も、それなり程度のものになっている。

『終焉の神闘衣(ロキゴッドローブ)』
ランク:EX 種別:対人宝具(自身) レンジ:- 最大補足:1人
 アスガルドの邪神・ロキが纏う神闘衣(ゴッドローブ)。
 神の力を宿しているどころではなく、神自身が纏う鎧・神衣(カムイ)であるため、規格外の神秘性を有している。
 この神闘衣を然るべき者が装着すれば、装着者の全ステータスが2ランクアップするのだが……

【weapon】
なし

【人物背景】
北欧の大地・アスガルドに君臨する、主神オーディーンの地上代行者。
しかしその正体は、邪神ロキの魂の一部を宿した依代であり、アスガルド転覆を目論んだ野心家である。
本来はいち宮廷医師に過ぎなかったのだが、のちに神闘士(ゴッドウォーリアー)となるバルドルが、
ロキの封印を解いたことによって、その力に毒されることになった。
邪魔者であるオーディーンを倒すため、アスガルドの究極の神器・グングニルを我が物にしようとしている。

もともとの物腰は穏やかで、医師らしい優しさを持った人物であったとされている。
世界樹ユグドラシルを創り出し、地上代行者となって以降は、そうした態度も相まって、理想的な指導者として迎え入れられていた。
しかし、ロキによって歪められた心は、それまでとは似つかぬ冷酷非情なものとなっており、敵対者を笑って踏みにじる残忍な人物へと変貌している。

冥王ハーデスが蜂起しているうちに、自身の野望を果さんとしたロキは、
ユグドラシルの成長を加速させるため、冥界で散った黄金聖闘士(ゴールドセイント)の聖衣(クロス)を利用することを画策。
アンドレアスを操り、黄金聖闘士達を復活させ、黄金聖衣(ゴールドクロス)をユグドラシルに集めさせた。
しかし、乗り込んできた黄金聖闘士達との戦いで、劣勢になったアンドレアスを見ると、
ロキは自らその意識を乗っ取り、彼の心を塗りつぶしてしまう。
更にアテナエクスクラメーションの直撃を受けたことで、肉体も破壊され、アンドレアス自身は完全に消滅してしまった。

【サーヴァントとしての願い】
聖杯の力を我が物とし、再び地上支配に乗り出す




 フレスベルグの屋根の上には、一人の少女が立っていた。
 小学生程度の、幼い童女だ。虚ろに遠くを見ている瞳は、何かを見つめているようで、しかし何も見ていない。
 霊体の透明の体は、彼女がサーヴァントであることを、雄弁に物語っていた。
 見えないはずの不可視の姿が、存在を主張するというのも、奇妙な表現ではあったが。

「本音を言うと、お前さんは、勝つべきではないと思ってる」

 その傍らに立っているのは、先ほどまで市長室にいたサガラだ。
 見えないはずのサーヴァントの、気配を察知できるというのは、彼がマスターであることの証明に他ならない。

「まぁ、中身のないお前に言っても、意味はないかもしれんがな」

 少女は何者でもなかった。
 与えられたバーサーカーのクラスも、自我を持っていなことの、言い訳として用意されたものだ。
 その実そこにいるサーヴァントには、あるべき中身が存在しない。
 戦記と戦史を斜め読みし、力と姿だけを模したそれには、魂が込められていないのだ。
 当然、英霊などとは呼べない。英霊と呼ぶことすらおこがましい。

「この聖杯戦争を演ずる者は、胸に願いを抱えた者達――望みのために命を懸けて、命を輝かせる連中達だ」

 お前にはその願いがない。願う心が存在しない。
 故に本来ならばこの舞台には、上がるべきではない役者なのだと。

「……といっても、そいつはあくまで、俺の願望なんだけどな」

 最後にサガラはそう付け足した。
 それらの言葉を聞き流してなお、バーサーカーの表情は変わらない。
 散々に貶され続けながらも、いかなる感情も見せることはない。
 本当に理性も本能すらも、この抜け殻には存在しないのだ。

「ま、役名をやるつもりはないが、黒子としてなら使ってやるさ。
 お話が進まなくなったら、お前さんがちょっかいをかける。といっても物語を進めるだけだ。無理に勝ちに行くのはナシだからな」

 その程度で死んでしまう相手なら、その程度の役に過ぎないという話でもあるがと。
 そう言うと、サガラの姿も薄れていき、立ちどころに気配を消してしまった。
 日の沈みかけた夕焼けを、不可視の少女だけが見つめる。
 世界樹の頂に立ちながら、戦いの頂に立つことを望まれなかった、空っぽの人形だけが残る。

 その雛形の名は――乃木園子。

 かつて乃木園子は勇者であった。
 記録に残る乃木園子は、大切な友を守るために、その命を懸けた最強の戦士だ。
 しかしここにいる彼女は、英雄の上澄みだけをかすめ取った、見せかけの操り人形でしかない。
 乃木園子の本当の心は、この世界樹の、どこにもいない。



【クラス】バーサーカー
【真名】乃木園子
【出典】鷲尾須美は勇者である
【属性】中立・狂

【パラメーター】
筋力:B 耐久:A+ 敏捷:A 魔力:A+ 幸運:A 宝具:B

【クラススキル】
狂化:B
 全パラメーターを1ランクアップさせるが、理性の大半を奪われる。

【保有スキル】
神樹の勇者:A
 園子のパスはマスターを介して、世界樹そのものと繋がっている。
 そのため園子は世界樹から、無尽蔵に魔力を受け取ることができる。

対魔力:A
 A以下の魔術は全てキャンセル。
 事実上、現代の魔術師では園子に傷をつけられない。後述する宝具『輝けよ、眩いほどに(せいれいけっかい)』に起因するスキル。

戦闘続行:A
 往生際が悪い。
 瀕死の傷でも戦闘を可能とし、決定的な致命傷を受けない限り生き延びる。

神性:B
 神霊適性を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされる。
 生前、肉体のほとんどを神樹様に捧げられ、生き神として崇められた園子は、
 後付けながらも高い神性を獲得している。

【宝具】
『輝けよ、眩いほどに(せいれいけっかい)』
ランク:C 種別:対人宝具(自身) レンジ:1 最大捕捉:1人
 かつて大赦から贈られた、「精霊」と呼ばれる生命体。勇者をサポートする存在であると銘打たれていた。
 現実には、貴重な戦力である勇者の損耗を避けるための安全装置であり、
 勇者に危害が及ぼうとした場合には、たとえ本人が自殺しようとした場合であっても、無条件に勇者の身を守るようになっている。
 本来ならば宝具と呼べるほどのものではないが、園子は合計21体という、規格外の数の精霊を保有している。
 その堅牢な守りは、直接攻撃・魔力攻撃の双方に対して、鉄壁と言っていい耐久性を発揮する。
 ただし、精霊が自らの身を盾として、攻撃を阻む宝具であるため、音波攻撃などの間接的なダメージには効果がない。
 また、神の力に由来する結界であるため、神性スキルを持つ者や、神殺しスキルを持つ者であれば、その効力を低下させることができる。

『咲き誇れ、想いのままに(まんかい)』
ランク:B 種別:対人宝具(自身) レンジ:- 最大補足:1人
 勇者の力を最大限に発揮する姿。
 勇者の敵であるバーテックスを、単独で撃破できるなど、平時を遥かに超えた戦闘能力を発揮する。
 この姿になった勇者は、戦闘後に「散華」と呼ばれる現象によって、身体機能の一部を喪失してしまう。
 ……しかし園子にはこの現象が発生せず、常時満開状態を維持している。

【weapon】
 宙に浮いた複数の刃を持つ独特な槍。
 満開状態では数が爆発的に増加し、文字通り刃の雨を降らせることができる。

【人物背景】
新樹館に通う小学6年生の少女。
世界を守護する神樹様を管理する組織・大赦に関わる家系であり、同時に大赦から、バーテックスを倒すために選ばれた勇者でもある。
独特なテンポで生きている天然女子だが、天才的な頭脳の持ち主であり、戦闘時には的確な指示で仲間達を導く。
かつて侵略者バーテックスとの戦いで、友を救うために満開を繰り返し、全身の身体機能を喪失した。

……以上が乃木園子という人物の、本来の顛末である。
しかし今回召喚された園子は、上記の通りに満開を繰り返した状態でありながらも、散華の影響を受けていない。
それどころか、散華という概念そのものが存在せず、永続的に満開状態を維持することができる。
ここに存在する乃木園子とは、神樹様が観測・記録した、「最強の勇者」の戦闘データを投影した存在であり、本物の乃木園子の中身を持たない虚像である。

ちなみに、今よりも未来の世界において、本物の乃木園子は身体機能を回復し、五体満足のままこの状態に至っている。
しかしその時の年齢は、現在より2つ年上の14歳。
この世界樹に召喚された乃木園子は、本人が生きたどの時間軸にも該当しない、「存在しないはずの英霊」なのである。

【サーヴァントとしての願い】
なし

【基本戦術、方針、運用法】
特定の敵を排除するため、ルーラーの手足として用意された、存在そのものが規格外のサーヴァント。
それ故にパラメーターも高く、あらゆるデメリットが排除されている上、魔力も世界樹から無尽蔵に供給されている。文字通り「インチキ」じみた存在である。
欠点は常に単独で行動しているため、理性的な行動を、全く取ることができないということ。
複人数で取り囲み、戦略を駆使して勝利すべし。間違っても、単独で勝負を挑んではいけない。



【マスター】サガラ
【出典】仮面ライダー鎧武
【性別】男性?
【令呪の位置】額(バンダナで隠れている)

【マスターとしての願い】
?????

【weapon】
なし

【能力・技能】
森の蛇
 ヘルヘイムの森の住人として、その植物を操る能力。世界の境界を跨ぐ門・クラックを開くこともできる。

DJサガラ
 サガラの表向きの顔。ネット上の番組を、MCとして盛り上げる演出力を持つ。

【人物背景】
沢芽市で活動するダンサー・ビートライダーズ。
その動向を伝えるWeb番組「ビートライダーズホットライン」を、個人で配信している男。
しかしその正体は、研究機関ユグドラシル・コーポレーションに雇われたエージェントであり、
ロックシードの試験運用を円滑に進めるため、若者を扇動する役割を担っていた。

番組上ではいかにもDJらしい、ノリノリな表情を見せている。
一方でひとたびスタジオから離れると、不敵な笑みを浮かべながら、意味深な言葉を口にする姿も見られていた。

実は地球の人間ではなく、ヘルヘイムの森からやって来て、黄金の果実の争奪戦を進めるために動いていた人物。
フェムシンムの王であるロシュオからは、「蛇」と呼ばれ蔑まれていた。
怪物としての姿を持たず、時にはホログラムのような姿で現れるなど、怪人インベスとも異なる存在であることが伺える。
あまりにも謎めいた彼の正体は……

【方針】
聖杯戦争の監督役を務める。
園子は膠着した状況をかき回すために利用。勝ちを狙いには行かない。




 あれから随分と長い間、こうして歩いている気がする。
 東から昇った太陽が、沈みかけるほどの時間を、ただ歩いて過ごしている。
 痛む体を引きずりながら、ほとんど意識もないままに、ただ遠くへと歩いている。

 始まりは、なんてことのない戦いだった。
 周りに怪しまれないよう、それまでの生活スタイルを崩さず、家を出て学校へ出かける。
 しかしその道のりには、他のマスターが待ち受けていた。
 やむなく応戦したものの、戦いには敗北してしまった。
 恐ろしい軍団とおぞましい光は、自分を守ってくれたサーヴァントを、蹂躙し抹殺してしまった。
 そうして他ならぬ自分自身も、浅からぬ傷を負いながら、こうして追っ手から逃げ続けている。

 サーヴァントを失ったというのに、いつまで経っても何も起きない。
 強制退場させられるまでの、タイムリミットは切っているはずだ。
 それでも未だにこの体は、世界樹に留まり続けている。
 気がついたら、左手の令呪の形も、なんだか変わっているような気がする。

 このままここにいることが許されるのか。
 否、果たしてこのまま殺されずに済むのか。

 聖杯に願うような願いはない。だから英霊同士の戦いにも、いまいち乗り気にはなれなかった。
 だとしても、今はそうではない。
 どうしても掴みたい願いが、今はこの胸に宿っている。
 朦朧とした意識の中でも、たった一つの願望だけが、この体を動かし続けている。

 帰りたい。

 生きてこの世界樹を出たい。

 大切な人達が待っている、あるべき場所に帰りたい。

 今はただ、それだけだった。
 帰りたいという言葉だけが、胸の中でリピートしていた。

 自分のいるべき場所へ帰る。
 その帰るべき場所とはどこ?
 家族の待っている見滝原の街?
 思い出の残るアメリカの街?
 それとも――

「あ……」

 その時、目に飛び込んだものがあった。
 鬱蒼と茂る木々の中に、違ったものが見えてきた。
 それは石造りの大きな塔。
 細い注連縄が結ばれた、森の真ん中にそそり立つ塔。
 そしてそこにもたれかかるように、座り込んでいる人影だった。

 その人の姿は、黄金だった。
 茜色の光を浴びて、眩く照り返す鎧は、金色の彩りを放っていた。
 それはまるで、この地上にも、もう一つの太陽があるかのように。
 太陽に照らされる鎧もまた、同じ太陽であるかのように。

 そしてその黄金を犯す、深い闇色の傷跡があった。
 そこだけに宇宙の暗黒が、そのまま投影されたような、奇妙な跡が広がっていた。
 雄々しくも神々しいはずの鎧に、黒々と刻まれたその傷が、痛ましい印象を与えていた。

「………」

 閉じられていた、まぶたが開く。
 美しくも力強い、その顔立ちの瞳が開く。
 茶色い瞳はまっすぐに、こちらを見つめ返していた。

「君が――俺の、マスターか?」


 これにて全ての役者は揃った。
 序幕を彩った演者達の、全ての顔見せが終わった。

 黄金の名は、射手座(サジタリアス)星矢。
 与えられた座は、アーチャー。
 聖杯に求められることなく、それでも呼び寄せられてしまった、イレギュラーのサーヴァント。

 あり得ない役者の登板は、あり得ない役者の復活に繋がる。
 語られないままに役割を終え、ひっそりと舞台袖に消えるはずだった、一人の少女を引き寄せる。

 少女の名前は、 【鹿目まどか】 。

 あるはずのない英雄と、死すべきはずだった少女が、塔の下で巡り合った時。
 日は沈み月の光が満ちて、運命の夜が訪れる。

 ニーベルングの指輪の舞台は、たった一日では終わらない。
 次なる舞台の開演は、すぐそこまで迫っているのだ。



【クラス】アーチャー
【真名】星矢
【出典】聖闘士星矢Ω
【性別】男性
【属性】秩序・善

【パラメーター】
筋力:B 耐久:D 敏捷:A+ 魔力:A++ 幸運:E 宝具:A

【クラススキル】
対魔力:E
 魔力への耐性。無効化は出来ず、ダメージを多少軽減する。
 本来ならばBランク相当のものを持っているのだが、魔傷の影響によりランクが下がっている。

単独行動:D
 マスター不在・魔力供給なしでも長時間現界していられる能力。
 Dランクならば半日程度の現界が可能。
 本来ならばCランク相当のものを持っているのだが、魔傷の影響によりランクが下がっている。

【保有スキル】
セブンセンシズ:A++
 人間の六感を超えた第七感。
 聖闘士の持つ力・小宇宙(コスモ)の頂点とも言われており、爆発的な力を発揮することができる。
 その感覚に目覚めることは困難を極めており、聖闘士の中でも、限られた者しか目覚めていない。
 星矢の持つ莫大な魔力の裏付けとなっているスキル。

神殺し:A
 数多の神々と戦い、撃退してきた逸話に基づいたスキル。
 神性を持つ者に対して、与えるダメージが増大する。

心眼(真):B
 修行・鍛錬によって培った洞察力。
 窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す“戦闘論理”
 逆転の可能性が1%でもあるのなら、その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。

魔傷:-
 マルスとの戦いでつけられた、呪いに近い力を帯びた傷。
 小宇宙の燃焼を阻害する力を持っており、小宇宙を大きく燃やした際には、星矢の生命力さえも削ってしまう。
 星矢本人のスキルではなく、後付けで備わったバッドステータススキル。

【宝具】
『射手座の黄金聖衣(サジタリアスクロス)』
ランク:A 種別:対人宝具(自身) レンジ:- 最大補足:-
筋力:A 耐久:C 敏捷:A+ 魔力:A++ 幸運:D 宝具:A
 黄金聖闘士(ゴールドセイント)の1人・射手座(サジタリアス)の聖闘士に与えられる黄金聖衣(ゴールドクロス)。
 黄金に光り輝く鎧は、太陽の力を蓄積しており、他の聖衣とは一線を画する強度を誇る。
 またこの射手座の聖衣には、黄金の弓矢が備えられており、聖衣を一撃で貫くほどの威力を持っている。
 この聖衣を然るべき者が装着することにより、装着者の筋力・耐久・幸運のパラメーターが、上記の通り1ランクずつアップする。
 マルスとの決戦の際に、左腕部の一部パーツが損壊している。

『天翔ける希望の流星(ペガサスりゅうせいけん)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1~30 最大補足:50人
 黄金のペガサスが誇る必殺拳。
 星矢が聖闘士となったその時から、頼りにし続けてきた奥義である。
 聖闘士の拳速を最大限に発揮し、敵に連続してパンチを叩き込むというシンプルな技。
 数多の敵との戦いで用い、ペガサス星矢の名と共に語り継がれたことによって宝具化した。

【weapon】
なし

【人物背景】
88の聖闘士の中でも、最高位に位置する黄金聖闘士の1人。
元は天馬星座(ペガサス)の青銅聖闘士であり、長きに渡って地上の神・アテナを脅かす敵と戦ってきた。
数多の神々との戦いの中で培った力は、聖闘士の中でも最高クラスであり、生きながらにして伝説となっている。

本来の性格は血気盛んな熱血漢。
しかし、聖闘士を代表する黄金聖闘士となって以降は、周囲の者に示しをつけるため、落ち着いた態度を見せるようになった。
かつてはやんちゃな部分もあったが、有事の際には地上の愛と平和を守るために戦える、正義の心を宿した戦士である。

13年前、火星の軍神・マルスが決起した際には、彼もまたアテナの戦士として参戦。
神であるマルスと直接拳を交え、二度に渡る激戦を繰り広げた。
しかしその最中、星矢はマルスの闇の小宇宙に呑まれ、彼の元に幽閉されてしまう。
それはマルスが闇の神・アプスの到来を恐れ、自分が敗北した時に、代わりに戦わせるための措置だった。
囚われの身となった星矢は、新世代の聖闘士・光牙らに望みを託し、時に彼らをサポートする。
この聖杯戦争には、幽閉されている最中に召喚された。生きたまま召喚されているため、霊体化することはできない。

上述した通り、その力は聖闘士の中でも群を抜いている。
セブンセンシズに目覚めた拳は、光速(マッハ90弱)にすら到達するほど。
両肩と右前腕、左二の腕、右太もも、左足首に魔傷を負っており、13年間の幽閉生活の中で消耗しているが、
それでも小宇宙の分身を飛ばしマルスを食い止める、新世代の聖闘士達が束になってもかなわなかったアプス相手に食い下がるなどしている。
必殺技として、宝具にもなっている「ペガサス流星拳」、その拳打を一点に集中する「ペガサス彗星拳」、
敵を羽交い締めにしてジャンプし、諸共に地面に激突する「ペガサスローリングクラッシュ」を持つ。
更に先代射手座・アイオロスの技を継承したものとして、拳から小宇宙の衝撃を直射する「アトミックサンダーボルト」を使うことができる。

【サーヴァントとしての願い】
特にない。元の世界に戻り、地上を守るために戦いたい

【基本戦術、方針、運用法】
悲劇も嘆きも覆し、全ての物語に終止符を打つ者。地上の愛と正義を守り、平和を害する者を打ち倒してきた、聖闘士伝説の体現者。
まともな形で召喚されていたならば、間違いなく本聖杯戦争の中でも、最強クラスのサーヴァントとして君臨していたことだろう。
しかし残念ながら今回は、満身創痍かつ魔傷を負った状態で、強引に召喚されたため、主に防御力・持久力が大幅に低下してしまっている。
マスターも戦闘力を有していないため、慎重な立ち回りを心がけたい。



【マスター】鹿目まどか
【出典】[新編]魔法少女まどか☆マギカ 叛逆の物語
【性別】女性
【令呪の位置】左手の甲

【マスターとしての願い】
帰りたい

【weapon】
なし

【能力・技能】
なし

【人物背景】
見滝原中学校に通う2年生の少女。
生まれは見滝原市だったが、母親の仕事の都合で、つい最近までアメリカで暮らしていた。
日本に戻って以降は、クラスメイトの暁美ほむらに、何かと目をつけられている模様。

少々押しが弱いものの、優しく相手を思いやることができる少女。
本来ならばそれ以外の何者でもなく、魔法少女の戦いにも、一切無縁であるはずの存在である。
しかし高い資質を持ちながら、キュゥべえの接触を受けずにいるという、不自然さを抱えてもいる。

時折自分のいる場所が、今いるべき場所ではないと感じることがあるらしい。
それもそのはず、本来の彼女がいるべき場所とは……

【方針】
?????




《剣騎士(セイバー)》
葛葉紘汰@仮面ライダー鎧武 & アルファモン@DIGITAL MONSTER X-evolution
鯨木かさね@デュラララ!! & アヌビス神@ジョジョの奇妙な冒険
美樹さやか@[新編]魔法少女まどか☆マギカ 叛逆の物語 & レオン・ルイス@牙狼-GARO- 炎の刻印

《弓騎士(アーチャー)》
シノン@ソードアート・オンライン & シエル・アランソン@GOD EATER 2
湊耀子@仮面ライダー鎧武 & 円環の理@[新編]魔法少女まどか☆マギカ 叛逆の物語
東郷美森@結城友奈は勇者である & ゲルトルート・バルクホルン@ストライクウィッチーズ
鹿目まどか@[新編]魔法少女まどか☆マギカ 叛逆の物語 & 星矢@聖闘士星矢Ω

《槍騎士(ランサー)》
黒咲隼@遊戯王ARC-Ⅴ & 駆紋戒斗@仮面ライダー鎧武

《騎兵(ライダー)》
犬吠埼風@結城友奈は勇者である & 剣鉄也@真マジンガーZERO対暗黒大将軍
雅緋@閃乱カグラ SHINOVI VERSUS -少女達の証明- & ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア@コードギアス 反逆のルルーシュR2

《魔術師(キャスター)》
立花響@戦姫絶唱シンフォギアG & スバル・ナカジマ@魔法戦記リリカルなのはForce
小日向未来@戦姫絶唱シンフォギアG & パスダー@勇者王ガオガイガー
衛宮士郎@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ ドライ!! & 神崎士郎@仮面ライダー龍騎

《狂戦士(バーサーカー)》
天羽奏@戦姫絶唱シンフォギア & トーマ・アヴェニール@魔法戦記リリカルなのはForce
忌夢@閃乱カグラ SHINOVI VERSUS -少女達の証明- & 呀@牙狼-GARO-
サガラ@仮面ライダー鎧武 & 乃木園子@鷲尾須美は勇者である

《暗殺者(アサシン)》
キリト@ソードアート・オンライン & ヘルマン・ルイス@牙狼-GARO- 炎の刻印

《門番(キーパー)》
マリア・カデンツァヴナ・イヴ@戦姫絶唱シンフォギアG & エデン@聖闘士星矢Ω
両備@閃乱カグラ SHINOVI VERSUS -少女達の証明- & ハービンジャー@聖闘士星矢Ω

《製作者(クリエイター)》
憤怒のラース(キング・ブラッドレイ)@鋼の錬金術士 & アルバート・W・ワイリー@ロックマンシリーズ

《指導者(メンター)》
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール@ゼロの使い魔 & 高町なのは@魔法少女リリカルなのはシリーズ

《盾騎士(シールダー)》
羽佐間カノン@蒼穹のファフナー EXODUS & 我愛羅@NARUTO

《救世主(セイヴァー)》
暁美ほむら@[新編]魔法少女まどか☆マギカ 叛逆の物語 & 美国織莉子@魔法少女おりこ☆マギカ

《裁定者(ルーラー)》
アンドレアス・リーセ@聖闘士星矢 黄金魂 -soul of gold-(マスター不在)










 役者は揃った。ステージも整った。

 最初の舞台はこうして終わり、次の舞台がこれから始まる。

 さぁ――お楽しみはこれからだ。