愛の叫びが聞こえるか ◆nig7QPL25k
行政地区からの距離を考えると、結構な大移動になっただろう。
それだけの道のりを律儀にトレースし、こうして住まいまで割り出したアーチャーには、素直に感謝の心すら覚える。
北西の一般住宅街で、一軒のアパートを見上げながら、湊耀子はそう思った。
《突入とか、しないんですか?》
傍らに立つアーチャーが――鹿目まどかが念話を発する。
不可視の追跡者が割り出したのは、怪しげに政庁を見つめていた、水色の髪の少女の部屋だ。
未だ目撃はしていないが、サーヴァントを連れている可能性が高い。
要するに、戦うべきマスターである可能性が、高い。
《見かけによらず、過激なことを言うのね》
《そっ、それは、湊さんがそう言うから!》
《そうね。それは私の言い方だわ》
私の意志を聞いているのだから、当然かと。
慌て気味なまどかの声に、苦笑気味な念話で返した。
英霊の割には可愛らしい子だ。何度となく浮かべた感想を繰り返す。
多くを語り合ったわけではないが、恐らくはそれほど長い期間、人生を生きたわけではないのだろう。
平和に生きてきたような、のんびりとした外見の割に、儚い生を送ったものだ。少しばかり、同情を覚えた。
《それで、結局これから……》
《そうね……貴方が落ち着きを欠いている理由を教えてくれたら、動いてあげてもいいかしら》
《……!》
図星をつかれた、といったところか。
耀子の言葉を受けたまどかが、言葉を詰まらせ沈黙する。
この場所で再会を果たした時から、まどかは妙にそわそわとしていた。
これまでには見られなかった態度だ。故にマスターとして、見過ごすわけにはいかなかった。
マスターにとってサーヴァントとは、背中以上のものを預ける存在だからだ。
《……二つ、気配を感じるんです》
おずおずと、まどかが言葉を返した。
言語化できない感覚を、何とか言葉にするように。
《一つは、魔女に似てるもの……多分それよりも、ずっと濃いものを。
もう一つは、えっと……何て言ったらいいか……なんだかどこか、懐かしい感覚というか……》
《………》
手探りに近いまどかの言葉に、耀子は耳を傾ける。
地に足のつかない不確かさは、そのままの心の表れだ。得体の知れない感覚に、心が随分と乱されている。
《……今夜はやめておきましょう》
《えっ!?》
結局、湊耀子が選んだのは、突入の中止という判断だった。
予想外の返答に、まどかの念話が微かに上ずる。
《本戦が始まったその直後……今は勝ち残ったマスター達が、一番ピリピリとしている時期よ。
心の準備ができないままに、下手に行動を起こすのは、危険だわ》
それは見過ごすことはできない。
周囲の警戒が高まった現状で、集中を欠いたまま動くことは、何よりも避けなければならない。
たとえこのままアパートに踏み込み、マスターを攻撃するにしても。
まどかの感じた気配の正体を、探りに向かうにしても、だ。
(敵マスターの所在を特定できた。今はそれだけでいい)
実を言うと、今の耀子に、水色の髪の少女を、即座に殺そうという気はなかった。
もちろんただの雑魚であればそうしただろうが、サーヴァントが優秀ならば野放しにするか、あるいは同盟を組んでもいいとも考えていたのだ。
20人以上にも及ぶライバルを、逐一相手にしていては、さしもの耀子も骨が折れる。
であれば、敢えて彼女を泳がせ、勝手に数を減らしてくれるよう仕向けるのも、それはそれでいいかもしれないと考えていたのである。
《それに……この場には、長く留まらない方がいいみたい》
《……?》
一歩、二歩と足を運びながら、耀子はまどかに向かって言う。
建物の陰に身を隠しながら、視線を促した先にあったのは、人影だ。
マスターであるかどうかなど知らない。この距離では令呪は確認できない。
されど分かることが、一つある。
それはその身から漂わせる、殺気だ。
中年の男性が放つ殺意は、歩を進ませる先にある、アパートへとまっすぐに向けられていた。
◆
眠れない。
こんな夜を過ごしたのはいつぶりだろうか。
それはガンゲイル・オンラインという枠を超え、現実の殺し合いを始めたからでもあり。
それを勝ち抜くための武器が、この手にないからでもあるのだろう。
「………」
自宅の勉強机について、デスクに置いたPDWを見下ろし、シノンは一人思考していた。
忌むべき殺戮兵器としての銃。
それでもこの戦いの場においては、貴重な生命線であるはずの銃。
そのはずなのに、その引き金を、今のシノンは引けずにいる。
自分の情けなさ故に、己の命すらも守りきれず、こうして無様を晒している。
《マスター》
アーチャーの念話が語りかけてきた。
昼間の遭遇もあり、念のため、一日霊体状態で過ごさせていたシエルだ。
《明日からのこともあります。今夜はもう休んでください》
険しい顔をしていたのだろう。
おかげで気を使わせてしまったようだ。
さすがに同居人にそう言われては、いつまでも起きているわけにもいかない。
《ありがとう、アーチャー》
シエルの立つ方向に笑いかけた。
彼女にだけ戦わせている現状を、心苦しいとは思っている。
もちろん、いつか共に並び立てるよう、最大限努力をするつもりだ。
それでもせめて、今この時だけは、好意に甘えさせてもらおう。
せめてこの一晩くらいは、シエルを頼ったっていい。夜が明けて、また明日になってから、もう一度考えてみればいい。
そう考え、シノンは椅子を引き、そこから立ち上がろうとした。
「――ッ!?」
その、時だった。
がしゃん――と大きな音を立て、窓ガラスが砕け散ったのは。
「っ!」
次いで聞こえたのは、風を切る音。
反射的に銃を取り、席を立った時にはもう遅かった。
身を引いたその左手に、鋭い痛みが走ったのだ。
「うっ……!」
抑えながら、後ずさる。
出血量は大したことはない。肌を掠めただけの軽傷だ。
赤く走った一本筋は、刃物によって斬られた痕か。
「マスター!」
シエルが具現化し、神機を構える。
「………」
睨むその先に立っていたのは、包丁を握った中年の男だ。
シノンにつきっきりでいたシエルは、直感のブラッドをオフにしていた。そのことが仇となったのだ。
一階に住んでいたのであれば、ベランダから侵入されることも、予測できていたはずなのに。
「下がってください! ここは私が――!」
失点は取り戻さなければならない。シエル・アランソンが前に出て、シノンを庇うように立つ。
敵が纏うのは尋常ならざる殺気だ。されど赤く光る目には、どこか虚ろな気配すら漂う。
正気ではない。マスターかどうかは分からないが、危険な人物であることは確かだ。
シエルに言われるがまま、言葉に従い、シノンは腕を押さえながら後ずさる。
……てる
「……え?」
その時だ。
何か聞き覚えのない声を、耳にしたような気がしたのは。
……愛し て る
「何……?」
これは何だ。
この声は誰だ。
こんな声色をした人間は、この場には一人としていないはずだ。
てる る 愛 し 愛して て 愛 る 愛
「何……何なの……!?」
不気味だ。
それどころではなく恐ろしい。
愛してる てる る る 愛 て してる 愛して して て 愛 る 愛してる 愛 して 愛し 愛
この声は一体何なのだ。そもそもどこから聞こえてくるのだ。
どころか鼓膜などではなく、体に直接響いていないか。
愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる
「マスター……!?」
「あ、ああ……!」
がたがたと左手が震えた。
ぼろぼろと涙がこぼれ始めた。
目の前の男が歩み寄ってくる。体から聞こえる声がその歩みに重なる。
何だ。自分はどうなったのだ。
この体に何が起こったのだ。この体に何を取り込んだのだ。
私は誰に愛し襲われている。私は愛して誰に毒愛されている。私を愛し殺そうとする愛してるものは一体愛してる愛してる愛し愛愛愛愛愛愛愛愛愛!
「うわぁああああ――っ!!」
遂にシノンは絶叫した。
シエルの姿など目にも入らず、トリガーを引いて喚き散らした。
5年越しのトラウマをも突破し、恐怖と混乱と共に破られた軛は、鋭い銃声と共に砕け散った。
「ぐぇ……!」
だだだだだっと音が鳴る。
内なる声をかき消すように、絶やすことなく鳴らし続ける。
鈍い音がそれに続いた。飛び散る鮮血が部屋を汚した。
火薬と血液の匂いが、室内をあまさず満たした時には、既に銃の弾は尽きていた。
装填された弾数を、残らず使いきってなお、シノンが意識を取り戻すまでには、数秒の間隔を必要とした。
「はぁ、はぁ……はぁ……――ッ!」
何が起きたかを理解する。
何をやらかしたかを認識する。
瞬間既にシノンの足は、部屋からトイレへと向かっていた。
「マスター!」
シエルの声など聞こえない。
乱暴に扉を開け放ち、便座を上げて身を屈ませる。
すでに口元までせり上がっていたものを、げえげえと便器にぶちまけた。
なおも胃から逆流するものを、全て出し終えるまでの間に、気の休まる余裕などまるでなかった。
喉から強引に押し上げる痛みと、つんとする悪臭に涙を流し、ようやく全てを吐き出し終える。
げほげほとむせ返るように咳き込むと、水を流すことすらも忘れ、へなへなとシノンはへたり込んだ。
(何だったの……)
撃ってしまった。
撃ててしまった。
それは些細なことでしかない。シノンが体感した現象の、その壮絶さを語る修飾語に過ぎない。
あくまでも引き金を引けたのはこの時だけだ。
引き金を引けてしまえるほどに、シノンは追いつめられていたのだ。
(何だっていうの……!?)
愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる
声は未だに聞こえている。
いくらか落ち着いているものの、朝田詩乃の体の中では、正体不明の声が木霊している。
一体何が起きたのだ。この体はどうなってしまったのだ。
全て吐き出してしまえば、私の体に住み着いた何者かも、出ていってくれるのであればよかったのに。
耳を塞ぐように頭を抱え、体を縮こまらせながら、シノンは一人震えて、赤い瞳を涙で濡らした。
【E-2/一般住宅街・アパート・シノンの部屋/一日目 深夜】
【シノン(朝田詩乃)@ソードアート・オンライン】
[状態]罪歌の子、精神ダメージ(中)、左腕に裂傷(小)
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]ウルティマラティオ・へカートII(7/7)、H&K MP7A1(0/40)、各種予備弾丸
[所持金]普通(一人暮らしを維持できる程度)
[思考・状況]
基本行動方針:優勝し、トラウマを克服する
0.罪歌の子として、罪歌および鯨木かさねの声に従う(無自覚)
1.自分の身に起きた変化に対する恐怖
2.魔術師の魔力確保手段を調べ、実践する
3.銃のトラウマを克服し、戦えるようにする
[備考]
※罪歌の子に斬られ、罪歌の子となりました。
ただし説明を受ける前に、相手を殺してしまったため、自分に何が起きたのかを理解できていません。
※殺人鬼ハリウッドの一人を倒しました。
【アーチャー(シエル・アランソン)@GOD EATER 2】
[状態]健康
[装備]神機
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを守って戦う
1.魔術師の魔力確保手段を調べ、実践する
2.シノンがトラウマを解消する方法を探す
3.異変が起きたシノンへの心配と、それを庇いきれなかった自分への自責
[備考]
※殺人鬼ハリウッドの一人を倒しました。
◆
あの男に殺られるのであれば、その程度のマスターであっただけのこと。
そう言い放った耀子は、踵を返し、さっさと自宅への帰路についた。
当然鹿目まどかもまた、自身のマスターの後に続き、透明な姿のまま夜道を進んだ。
遠ざかってく橋の向こうの景色を名残惜しげに振り返りながら。
(何だったんだろ、あれは)
強く感じられた気配は、二つ。
呪いに近い禍々しいものと、昔から慣れ親しんだような不思議なものとだ。
前者の方は、耀子に言った通り、魔女に近い何者かが、その街に潜んでいたのかもしれない。
それでもあれは、呪いとイコールではなかった。
もっと距離が近づけば、あるいは分かったのかもしれないが、どうも呪いの持つそれよりも、もっとストレートな気配を感じたのだ。
(どっちかというと、ほむらちゃんに近い)
思い出すのは、親友の顔だ。
幾多の運命を乗り越えて、最高の友達として認め合った、暁美ほむらの顔だった。
ようやく訪れた再会の時に、自らを悪魔へと貶め、世界を引き裂いた少女の顔だった。
あれは魔女の放つ呪いよりも、悪魔が愛だと主張した、あの鮮烈な感情に近い。
それは魔女以上に力強い魔人が、あの場に潜んでいたということなのだろうか。
あるいは考えたくもないが、暁美ほむらその人が、あの街のどこかにいたのだろうか。
(それだけじゃない)
そして厄介なことに、懸念事項は、その禍々しい気配一つではない。
もう一つ感じた気配もまた、無視できないものに変わりはないのだ。
それは敵意や危険よりも、もっと曖昧な何かを、まどかに伝えていたのだが。
(あっちは結局、何だったんだろ……)
どこか懐かしい感触。
それは共に戦った、魔法少女の思い出かもしれない。
しかしそれでも満点ではない。円環の理の眷属達は、あれとはまた異なる気配で、自分に接していた気がする。
いかに嗅覚に優れていようと、人は自分自身の匂いには、他人より遥かに鈍感である。
まどかがそのことを知っていたならば、正解にも辿りつけたのだろうか。
曖昧にしか感じられない、その不思議な気配の正体が、自分の分身のものであると、気付くことができたのだろうか。
引き裂かれ卑小な存在となった、今ここにある円環の理は、その程度の感知しかできないほどに、脆く儚いものに成り果てていた。
【F-2/自然保護区/一日目 深夜】
【湊耀子@仮面ライダー鎧武】
[状態]普通
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]ゲネシスドライバー、ピーチエナジーロックシード、財布
[所持金]普通
[思考・状況]
基本行動方針:優勝し、聖杯を手に入れる
1.家に帰り、就寝する
2.水色の髪の少女(=シノン)の扱いは保留。殺してもいいし、他のマスターを掃除させてもいい
3.他のマスターを捜索する方法を考える
[備考]
※水色の髪の少女(=シノン)がマスターであると考えています
【アーチャー(円環の理)@[新編]魔法少女まどか☆マギカ 叛逆の物語】
[状態]集中力低下
[装備]ソウルジェム
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:優勝し、聖杯を手に入れる
1.家に帰り、頭を落ち着かせる
2.水色の髪の少女(=シノン)の扱いは保留
3.一般住宅街周辺で感じた、二つの気配(=暁美ほむらおよび鹿目まどか)の正体が気になる
[備考]
※暁美ほむらと鹿目まどかの気配を感じ取りました。
しかし距離が遠かったため、位置と正体までは把握していません。
※水色の髪の少女(=シノン)がマスターであると考えています
最終更新:2016年01月26日 16:51