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夜の道を一人の女性が歩む。
かっちりとスーツで固め、利発そうな空気をまとうビジネスレディといった風貌。
彼女はこのユグドラシルと外部の物資をやり取りする商社に勤めている。
孤立したこの地では最も重要な職の一つであり、物価の調整や生活必需品などのことを話に政庁に赴くことも多い。
今日は仕事を終えて政庁から特級住宅街に続く橋を渡り、帰宅の途中、といった風だ。
そんな彼女に特級住宅街にふさわしくない剣呑な空気の男たちが群がる。
夜道を女ひとりじゃ、俺たちみたいのに絡まれて危ないぜ、などとチンピラ丸出しのセリフが出てきそうだが、この場ではそうはならない。
腰に刀を下げた男が親しげに話しかける。

「母さん(マスター)、大丈夫なのか?旗色がよくない、ってのは今朝にも言ったろ」
「状況の打破には動くことが必要です。違いますか?」
「いやそうだが……目立つぞ、この集団は」

話しながらも女性、鯨木かさねは歩みを止めない。
向かう先は仮初の自宅ではなく、この地域に流れる噂の根源。
多くの子を従え、戦闘を始めようというのだ。

「礼装を持った通り魔の噂。私たちで間違いないでしょうが、目撃者というのはまずありえません。
 サーヴァントも含めすべて対処してきた。だからこそ、私の手には4つめの令呪が宿っているのですから。
 この戦争の首謀者が広めたもので間違いない……つまりは鎮静に動くのも、潜むのもほぼ無意味でしょう」
「だからってやけになるには早いぜ。まだ策は――」
「無論。今その策を実行しようというのですから」

アヌビスを帯刀した男の顔にわずかに驚きが浮かぶ。
仕事を終えると、『子』の一人に持たされ、特級住宅街で合流するとしか聞かされていない。

「噂の報告は受けていますね?」
「ああ。この辺で妙な戦闘音のようなものがあったってやつだろう?
 おれたちと同様に広められたもの…敵だ。なんで噂になってるかはよくわからんが」

自分たちの噂が広がったのは、ある種のハンデのようなものだろう。
予選において最高の戦績を出し褒章を受けた、暫定優勝候補筆頭。
そこで消耗があればともかく、自分たちの陣営はほぼ無傷。失くしたものなど子を数人くらい。
それどころか積み重ねた戦闘で様々な技と力を『憶えた』アヌビスのステータスはすでに一級品のそれ。
凡百どころか、並み以上の三騎士ですら正面戦闘では及ばない域だ。
そのくらいの枷はわからなくもない。
あるいは戦端を加速させるのを狙ってのものか。
しかし別の主従まで、なぜ?とアヌビスはわずかながら疑問を覚えていた。

「いくつか思いつきますが、まず一つ。私たちと同様の理由で課せられたハンデの可能性」
「と言うと?」
「開幕宣言を思い出してください。ふざけた物言いでしたが、それは置いて。
 一番いい成績のものには褒章を与えるという発言、それにかかわるものを特に。
 私の記憶の限りですが、最も優れたもの『一人』に与えると明言はされていないはずです」
「……ああ、確かに!おれもそれは『憶え』がねえ!」

―最終予選通過者の中で、最も多くのマスターを倒した者―
―最終予選の戦いで、一番いい成績をあげたマスター―
―令呪をもらえた一番の人―

同率一位の可能性を否定する発言はどこにもない。

「私たちが倒したのはセイバー、バーサーカー、アサシン、ほかに詳細不明のものが一騎。
 脱落したのは23騎と言っていましたから、もう一組くらいそれと同数落としてもおかしくはないでしょう」
「だとしたらおれが言うのもなんだが、好戦的だね…そんなとこに向かってるのか」
「いくつか、と言ったでしょう。別の可能性もあります。
 大して変わりませんが、私たちに次ぐ戦績だった。
 そもそも噂になる主従はハンデなどでなく、戦端の加速のためにランダムに決めて、それが偶然私たちと噂の主従だっただけ。
 あるいは何らかの違反、それに準ずる行為をしたためのペナルティ」

話しながらも歩みは止めない。
屈強な男たちを従え堂々と闊歩するさまは民衆を導く自由の女神がごとく、まさに絵になるものだ。
迷いなく、噂のもとへと向かっている。

「違反っていうと例えば?」
「聖杯戦争の否定がすぐに思いつくものでしょう。
 戦場からの逃亡を企てる、不正参加、今の時点で聖杯に触れようとする、などでしょうか。
 サボタージュなども違反とはいえないまでも晒しあげられる原因になりえます……そうこう言っているうちに見えてきましたよ」
「ん?あ、ココを攻めるのか!?もう着いちまったのか?」

生前のアヌビスの敗因の一つは敵の数だ。
ポルナレフを倒し、承太郎の不意を打てる状況にあっても、飛び出してきたワン公のせいで川に沈んでしまった。
はっきりと憶えている。
同じ敗因を繰り返すのは絶対にしない。
余計な敵を増やすマネは避けたかったし、動くにしても策とやらを確認しておきたかったが…

「噂が広まるのを心配していましたね。ですが言ったはずです。
 問題はない、と。鎮静に動くのも潜むのも無意味、とも。そして策はあると。
 逆に考えるんです。噂を鎮められないなら、もっと広げてしまえばいい。
 …まずはここで戦火を広げます。戦闘準備を」

特級住宅街の中でもひと際目立つ館。
それを視界に収め、目つきを鋭く…そして赤く染める鯨木。

「…ここまで来てやらないとはいわないさ、母さん(マスター)。
 しかしここで合ってるのか?この町は広いぜ、噂の元がここだって保証はあるのか…っと」

アヌビスの刀身をあらわにし、視界の隅に映った男に斬りかかる。
人外の速度に反応などできるわけなく、その男もまた目を赤くして列に加わる。

「この『子』からも聴いてみようか」
「いえ、手際はさすがと言っておきますが、その必要はありません。
 聴かずとも、聞こえています」

そういうと目を細め、己の内に響く声に耳を傾ける。

「罪歌は、より強い人間を斬(あいす)ることを望みます。
 近くに強い人間がいると騒ぐのですよ、この子たちは。
 この館にはかなりの腕利きがいます。おそらく魔術師の」
「ほう。そういえばここはどこの誰の家なんだ?おれの前の主の家なんか目じゃねえご立派な館で羨ましいね」

新たに加えた子に小さな刃物を渡しながら問う。
分からないならそれこそその辺の子にでも聞けばよさそうだ、と思っていたが襲撃対象について事前に掴んでいたために答えは返された。

「ラ・ヴァリエール。魔術都市ユグドラシルにおいても指折りの魔術師の名家です。
 なんでも時計塔に12人しかいないロードに、戦闘なら勝るとも劣らない実力者がいるとか」



♡   ♡   ♡   ♡

「…私の小さなルイズは今日も出かけたのか。こんな時間に」

白髪混じりの金髪に、片眼鏡をかけた威厳のある男性。
ラ・ヴァリエール家の今代の頭首だ。

「どこにいってるんだ…しかしカリーヌは放っておけというし……
 最近何だか生き生きとしているようだが…そもそもこの私にもカリーヌにも感知できないなど。
 あの子はそんな高等な隠匿はおろか、真っ当な魔術も危うかったというのに……」

思えばカトレアに領を分譲して家から出した時にもこんな風に落ち着かなかったか。
娘を心配し、部屋でじっとしておれずに夜の庭を散策する。

「…ん?何をしているんだあれは」

夜の庭に人影が見える。
どうやら庭師のようだ。
もう夜だというのに枝切鋏をもって作業をしようとしている。

「こんな時間に何を?」
「これは旦那様。これは母上様のご指示で」
「カリーヌの?」
「ええ。母君の、でございます」

ふむ。
昼に指示を出せばいいものをなにゆえこんな時間に。
やはり彼女も平常心ではないのか。
少し話をした方がいいかもしれんな。

「わかった。ところで彼女はどこにいるか、知っているか?」
「奥方様でしたら、先ほどまで居間で紅茶を嗜まれておりました。
 おそらくまだいらっしゃるかと存じます」
「うむ、礼を言う。
 …その腕の傷はどうした?」
「や、お恥ずかしい。暗闇での作業に手違いが生じてしまいまして」

庭師の右手の切り傷。
枝切鋏で負ったにしては妙な位置だが、本人がそういうなら強く追及はしない。

「気を付けるようにな。
 では私はカリーヌと話してくるから、それまでは一応彼女の指示通りに」

庭師に背を向け、邸内へと歩みだす。

「ええ。母上様の、ご指示の通りに」




♡   ♡   ♡   ♡

「ああ、君。カリーヌはまだ居間にいるかな?」
「はい。お茶を飲まれております」

居間に向かう途中、すれ違った女中に確認をとる。
部屋に戻ったなら訪ねようかと思ったが、間に合ったらしい。

「そうか。私にも一杯淹れてくれ。彼女と合流するから居間にまで頼む」
「かしこまりました」

ぺこり、と一礼して去ろうとする女中。
しかし彼女もまた傷を負っているのが気にかかり、問うてみる。

「その手の傷は……?」
「申し訳ありません。今朝料理長に報告はしたのですが、来客用の食器を割ってしまった時に生じたものでございます。
 給金から出すことは決まっていますが、他にも何か処罰を旦那様ご自ら下されるのでしたら謹んでお受けいたします」
「ああ、いやそこまではせん。
 今後気をつけてくれればいい。傷も含めてな」
「もったいないお言葉」

食器くらい別段取り返しのつかないものでもなし、怪我までしているのにさらに罰を与えるなどするわけがない。
そんなことより急がねばカリーヌが部屋に戻ってしまうかもしれないと考え、そそくさと目的の部屋へと改めて向かう。

「ああ、本当に…お優しい言葉ですわ、旦那様。愛おしいほどに」



♡   ♡   ♡   ♡

「おお、よかった、カリーヌ。まだいてくれたか」
「あなた…わたくしはもう戻りますよ。お茶など持ってきても一緒するつもりはありません」

鋭い目つきの女性がティーカップを片手に部屋の入り口を睨んでいた。
そこに入ってきたのが自身の夫であることを確かめると、失望のような表情を浮かべてぞんざいに対応する。

「そう言ってくれるな。かわいい娘を二人で待つのも悪くはないだろう」
「まったくあなたはいつまでもそう。厳しいのは表面だけで、甘やかして!」
「ご、ごめんなさい!」

心中のいら立ちを夫に向ける。
夫の方針に口は出さずに来たが、おかげでずいぶん我儘に育ってしまった。
…とはいえ今回のルイズの夜間外出については悪い思いだけではない。
娘ももうそろそろ自分の足で歩みだしてもいいころ。
魔術も碌に使えず、ふさぎ込むことの多かった娘が最近は時折自信に満ちた表情をするようになった。
…自分もあのくらいの歳でやんちゃしたのだから、あまり強く言える道理はない。
それでも両親に何か隠し事をしての外出というのは看過はできない。
どこかで話を聞く必要があるとこうして待っていた。
案の定というべきか、夫も嗅ぎつけてきたようだが。

………………

「…ふう。今謝ることではありません。
 ところで少し聞きたいのですが、あなた。その頬の切り傷はどうしたのです?」
「え?ああ、これか。これは、あれだ。
 シャワーを浴びながら髭をそろうとしたら失敗してしまってね」
「そうですか。それではもう一つ。
 先ほど庭先で鋏を持ってうろうろしていた彼はあなたの指示ですか?」
「いや、私は知らないな」

空になったティーカップを置き、会話に興じる。
それとともにカリーヌは懐に手を伸ばす。

「それでは最後の質問です、あなた。
 ローブの下に隠すように持っているそれは杖ではなく剣ですね?」
「……何を言っているのか、私には」
「わたくしの扱う属性は『風』。その程度の秘匿とも呼べない児戯で誤魔化せるとお思いですか?」

空気が変質する。
空気が重量感を増す。

「なあ、カリーヌや」
「何でしょうか」





「愛しているよ」






扉を蹴り開ける衝突音。
窓を突き破る破裂音。

枝切鋏を持った庭師が。
銀食器を持った女中が。
アゾット剣を持った執事が。
他様々な刃物を持ち、目を赤く血走らせた男たちが一斉に襲い掛かる。
ヴァリエール卿もまた隠し持っていた剣を抜き放ち構える。

そこに一陣の風が走る。
カリーヌが懐から杖を抜きはなつと同時に中心に立ち上った烈風が、斬りかかったすべてのならず者を弾き飛ばす。

「そうですか。噂の通り魔の一味がこの館に踏み入るのを許してしまうとは。
 ラ・ヴァリエール家末代までの恥ですね」

圧倒的な戦意とわずかな呆れを含んだ視線を剣を握る夫に向ける。
魔術師とは思えない洗練された構えと、研ぎ澄まされた殺気に、夫もまた操られているのだと確信する。

「母さん(マスター)の言ってた強者というのはおまえか。
 てっきり頭首の方かと思ったがな。
 この男も並みの魔術師なら手傷一つで撃退する程度の実力だったが、それ以上だな。
 おれは…殺人鬼ハリウッド。名を聞こうか、魔術師」
「カリーヌ・デジレ・ド・ラ・ヴァリエール。いえ、この場では烈風カリンと名乗りましょうか」

名乗りを上げ、自身もまた杖を構えて臨戦態勢。
夫と杖を交えた経験はあるが、相手が剣というの初めてだ。

「おいおい、いいのか?一応夫婦なんだろう?」
「言ったでしょう。操られて狼藉者の侵入を許すなど末代までの恥だと。
 もしも無事に解決したとして、まったくの無傷ではこの人は憤死してしまいかねません。
 そうならないためにもわたくしの手で罰を与えておきます。たまにはいい薬でしょう」
「サーヴァントは呼ばねぇのか?」
「サーヴァント…?使い魔など不要、わたくしの手で処罰は行います」

一小節詠唱し、杖を一振り。
轟音とともに部屋の壁が一枚吹き飛ばされる。

「これ以上弱く放つのは難しいわね……ですがまあ、なんとかなるでしょう」

人質など無意味。この程度の一撃を食らう覚悟はしておけ。
そう威嚇し、再度高速詠唱。
風の槌と刃を放ち、吹き飛ばそうとする。
しかしアヌビスは不可視のその攻撃をたやすく見切って懐に入り、次の瞬間には鳩尾に柄で一撃を入れる。

「ごっ…!」
「魔術師の弱点は肺だろう?呼吸がままならなければ詠唱もできない。
 そしてェーーーー!」

一閃。
杖腕とは逆の手に小さく切り傷を作る。

「これでおまえもおれ達の仲間入りだ。マスターじゃあなかったようだが、腕利きの参加は歓迎だぜ」

咳き込みながら呼吸を整えるカリーヌ。
それが落ち着き、俯いていた顔を上げるとその目は赤く染まっており…

不意に風の槌を放ち、夫の体を吹き飛ばした。
悲鳴を上げることもできずに弾かれ、剣も取り落として意識を失うヴァリエール卿。
暫く目覚めることはないだろうと、それを確認すると癒しの呪文を唱え、カリーヌは自らの傷を治療するが


愛あなた愛愛強い愛してる肉も愛骨も愛愛心も愛好き愛
し                       愛
(…っ!うる、さい!傷を治しても黙らないか…)
る                       愛
愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛


傷口から響く声。
罪歌の本質は魂を斬ること。肉体の傷をいやしても魂に刻み付けられた声はやまない。
それに意識を持っていかれそうなのにかろうじて耐える。


愛愛しましょう愛愛愛魔術師を暗殺者を愛愛愛愛愛愛剣士を愛槍兵を弓兵愛愛愛愛愛愛
愛                                     愛
(この人も、ほかの全員もこの声で操られたいた。              
 操っている術式、あるいは礼装をどうにかしないと恐らくこの声は止まない) 
る                                     愛
愛愛愛愛して愛してる愛愛愛愛愛愛愛しててててててるるるるるるるるるる愛愛愛愛愛


敵の魔術師を探す。
そのために動き出そうとするが、部屋の外から聞こえてきた足音に警戒を強める。

「なんの音ですか、これは…!?
 母さま、本当に何があったんです!?」
「エレオノール……」

壁を吹き飛ばすほどの轟音を聞きつけ、上階から降りてきた娘。
少なくとも見える範囲に傷は見当たらない。

「噂の通り魔よ。それにここにいる全員が操られていた。
 今からその大本を探しに行くところです。
 …袖を捲って傷がないことを見せなさい、エレオノール」
「え?ああ、はい」

さすがにすべて脱がせてくまなく確認はできない。
最低限確認だけして、あとは警戒するにとどまる。

「杖を持ってここにいなさい。警戒は怠らないように」
「母さま、私も貴族です!敵がいるのに背を向けるなど――」
「かすり傷でも負えば操られます。もしそうなったらお父様のようにこうして転がすことになりますが、それでもいいと?」

厳しい物言いだが、娘を心配してのものだ。
躾としてならば厳しい対応もするが、こんなことで手を上げたくはないし、何より今は余裕がない。

「……念のために言っておきます。わたくしはすでに傷を負っている。
 もし敵の手におちたらしいと判断したらすぐに逃げなさい…できるならルイズも見つけて」
「母さ――」
「いいですね!」
「っ、はい」

頭に響く声。もはや一刻の猶予もない。
敵を見つけ殲滅。礼装を破壊し、この声をかき消す。
そのために部屋を出ようとするが

「エレオノール、何をしているのです?」

ふらふらと意識をなくした父に近づく娘の動きを見咎める。

「あ、だって凶器は奪っておいた方がいいでしょう。
 この剣、とても綺麗で…魅力的で…なんだか呼んでるような……」
「エレオノール!」

静止の声に耳を貸さず、剣に手を伸ばす。
そして落ちていたそれを拾う。
そして

目にも止まらぬ速さでカリーヌに肉薄し、剣を胸元に突き立てる。
圧倒的な力と速さに抵抗できず、その一撃を受けてしまう。

「ぐ…!何を…」
「ばかか、てめーは。鈍すぎるぜ。おれだよ、殺人鬼ハリウッドさ」

目の色は、赤くない。
しかし殺意に濁った汚い目つきは娘のそれではない。
やはり服で確認できないところに傷があったのか、あるいは傷を治した後だったのか。もしくは…?
そんな後悔よりも現状への疑念が先立つ。


愛愛愛愛愛愛愛してる愛愛してる愛してる愛愛愛愛し愛し愛し愛して愛し
愛                               て
(…おかしい。胸を貫かれているのに傷どころか痛み一つ生じない)
愛                               て
愛してる愛愛愛愛し愛愛愛愛愛愛愛してるしてる愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛


剣は胸を貫き、壁に突き刺さっている。
ダメージがないのだから抵抗しようとするが、杖腕を左手で掴まれ、向けることができない。
膂力も明らかに学者肌の娘のものではない。

「この剣は斬るものを選ぶことができてな。
 傷一つないが、その気になれば冠動脈と肺がぶった切れてくたばることになるぜ。
 詠唱しようとしたら殺す。余計な事したら殺す。くしゃみしても殺す。要求は一つだ」

娘の口から自らを殺すという言葉が薄汚い口調で吐き出されることに凄まじい嫌悪を覚える。
説教の一つもくれてやりたかったが、とにかくそれよりも現状の脱出に専念しようとする。

「罪歌の声を、受け入れろ。そうすればおまえはさらなる力を手にできる。
 風の刃によって、『子』を増やす罪歌憑き…素晴らしい。
 友達になろう、烈風カリン。お前は優れた魔術師だ、ここで殺すのはあまりに惜しい」

淡々と語りかける口調。
それはエレオノールのものではないし、恐らくはハリウッドのものでもない、誰かをまねたもの。
その静かなる口調を受けてか、うちに響く声が明確な意味を伴いだす。


【私を使いなさい!】
【誰も彼も愛してあげる!】
【だからあなたはただ私を握ればいいの!】
【私は別にあなたを乗っ取ろうなんて考えてないわ】
【ただお互いを理解しあうだけ】
【私は少しだけあなたになるし、あなたは少しだけ私になるの!】
【ああ、あなたはとても強い】
【愛してるわ】


内に響く声。
外から投げられた声。
二つに対する答えは、一つだ。

「私が愛しているのは、夫と娘たちだけ。他に愛を向けられるような阿婆擦れではありません」
「残念だ」

胸を貫いていた刃が、肺と心臓を断ち切る。
呼吸はままならなくなり、酸素の代わりにこみ上げる血を口から吐き出す。
体は脱力し、地に伏せる。

「あーあ、外れか。いや、まだ他にこの家にマスターがいるかもしれないのか…?
 だが、この魔術師は結構な腕だったしな」

少し…本当に少しだけ惜しむような発言をして己がマスターのいるであろう外に目を向ける。
呼吸ができなければ、詠唱どころか身動き一つままならない。
放っておいても死に至る。

だが魔術師という人種をアヌビスは知らなかった。
その身に受け継がれた魔術刻印は継承のために宿主を延命させようと稼働する。
カリーヌは頭首ではなく、刻印を継いではいないが、歴史を積み上げた魔術回路はその働きには十分。
わずかな延命程度なら可能だ。
そしてカリーヌは最期の言葉とともに詠唱も済ませていた。
僅かな風を起こす程度の基本中の基本術。
それを開放し、風に乗せて杖を隙のできた娘に、正確には娘の持った剣に向ける。
そしてその風で唇と声帯を無理矢理に動かし、疑似的な詠唱。
術式を行使する。
発動するのは『錬金』。
土属性の基本魔術で、物質を変質させる『変化』の亜種だ。

剣をとった時から娘の様子は目に見えておかしくなった。
もしかするとあの剣こそが、噂の礼装なのではないか。
最期にその可能性にかけ、剣を別のものに錬金してしまう。

もしこれが通ればアヌビスは本質を変えられ、リタイアとなっていただろう。
だが、彼のクラスはセイバー。
与えられたクラススキル、対魔力のランクはB。
一小節程度の詠唱で発動する魔術など彼には通用しない。
もし生前のアヌビスであったなら、ここで終わっていた。
立ちはだかるのは大きな壁。
人間では、サーヴァントに敵わない。
その現実を認識することはないままに、術の発動と同時に烈風と謳われた魔術師は永久の眠りについた。



「…今、何かされたな。生きていたか」

魔術師という存在の想像以上のしぶとさ。
それも、アヌビスはもう憶えた。
そしてもう一つ。

「たしかこんな詠唱をしていたか」

エレオノールの杖をふるい、『錬金』。
壁面の飾り金属を結集して一振りの剣を作り出す。
『錬金』に必要なのは具体的なイメージ。
達人ならば真鍮から黄金を作り出すことや、土くれから合成食品を生み出すこともできる。
アヌビスがイメージしたのは剣。
彼自身が剣であることに加え、彼を宿したスタンド使いキャラバン・サライは刀鍛冶。
明確なイメージでもって生み出されたそれは、名刀とは言わないまでも決してなまくらなどではない。

「ふむ、まあまあかな。おっとそれより。
 マスター、終わったぜ。指示通り外には一人たりとも逃がしてない」

作った剣の調子を確かめつつ、念話を送る。
そしてマスターが来るまでの無聊の慰めに新たに数本剣を『錬金』する。

「ご苦労様です、セイバー…また宿主を変えたのですか」
「おう、マスター。強敵がいてね、そこで転がってる女だ」

妙な仮面をつけて現れたマスターに何も言わず、カリーヌを顎で示す。
それにわずかながら眉を顰める鯨木。
不用意に『子』を増やすのも、挙句それを使い捨てるようにしてアヌビスに使わせ、殺すのは、あまり好みではないのだが。
それでも、聖杯を手にするにはこれが一番効率的と呑み込む。
指示を出した時点でこうなることを考えていた自分が、裁かれるべき悪党が責められるものではない。
仕事に私情をはさんでもいいことはない。

「『子』にすることはできなかったが、代わりに面白い魔術を憶えたぜ。そら」

アヌビスが作り出した剣を指し示し、さらに一本作って見せる。

「装備の質の向上はたしかに便利ですね」
「だろ?で、碌に説明もなく実行したんだ。事後だが解説を頼むぜマスター」

戦闘に巻き込まれ吹き飛んでいたテーブルと椅子を片手で軽々と元の位置に戻し、着席を促す。
倒れていた『子』ももそもそと動き出す。

「あなたたちは外への警戒と片付けを」
「はい、母さん」

『子』にそう指示を出し、アヌビスの宿主と向かい合っていったん席に着く。
刀を下げたピンクブロンドの美女と、怪物のような面をした女性が、床中に剣が突き刺さった一室で向かい合う異様な光景。

「ここを攻めた理由の一つは礼装を扱う通り魔と、特級住宅街の戦闘音を同一犯という噂を流すためです。
 我々のすべての罪と敵をこの館のマスターに引き受けてもらう」
「噂を鎮めるでなく広げるか」
「もちろんあわよくば、程度のものです。きちんと情報を洗えばおそらくはそれが誤りだと気付くものは出てくるでしょう。
 ですが、噂を聞いたものというは相応の反応を見せる。出所に向かうもの。離れようとするもの。平時と変わらないもの。
 その大半は噂を洗おうとするはず。聞き込みを中心にね。それが『子』の網にかかれば、マスターの判別ができる」

正確な噂を広められる前に、『子』によって都合のいい噂を広げる。
そのために一時的とはいえこの館を封鎖状態にした。
あとは噂に対して反応する者を『子』によって探し出す。

「噂を、与える情報をコントロールできれば敵の動きを多少は操れる。
 うまくすれば敵同士ぶつけ合わせることもできるでしょう」

噂に集まるものをぶつける。
噂から離れるものを誘導する。
直接手を下さずともできることはある。

「噂の出所と媒介を増やす必要があります。武装が潤沢になったのは幸い。明け方までにいくつか襲撃をしかけます。
 礼装を持った通り魔の居所を不明瞭にしておけば、こちらの噂の方に群がるものも増えるでしょう」
「フフッ、いいぜ。もはや魔術師なんざ敵じゃねェーからな!」
「いえ、私とあなたは帰宅します。ここは噂と罪歌の感知した強者の件があったので直接出向きましたが…少なくとも今はマスターはいないようですし。
 ほかにも罪歌で掴んでいる強者の所在も、NPCのものかもしれません」
「ぐ、ならここで待ってればマスターが来るかもしれねえじゃねえか。待ち伏せようぜ!」
「現時点でいない以上、噂に対して何らかの対応をしている可能性が高い。
 拠点を変えて戻らないことも考えられます。そもそもここではなかったかも。
 そして私たち同様、ここに襲撃を考えるものがいるかもしれません。
 罪歌によって当てをつけたように、なんらかの手段でここを攻撃対象にする者がいたとして、それと鉢合わせては無駄な消耗です。
 予定通りに動きましょう」

もとより連れてきていた『子』を呼び集め、何人かに作り出した剣を持たせる。
鯨木自身は帰宅の構えだ。

「襲撃対象は3ヶ所。予選中に確認した鎧の戦士、他二名の強者を罪歌が見つけています。
 そこを明け方までに『子』に攻めさせ、より広範囲に、同時期に噂を広めます」
「……了解したよ、マスター。ところでこいつは『子』になってないんで処置頼むよ」

しぶしぶといったようだが帰り支度を進めるアヌビス。
エレオノールの手を出して、鯨木がそこに傷を作る。
目が赤く染まったのを確認するとアヌビスを別の『子』に渡して、改めてエレオノールに指示を出す。

「敵、あるいはマスターやサーヴァントが来たら迎撃を。
 敵わないと判断したら、戦闘よりも…この土地の龍脈や魔力線の破壊を優先」
「はい…母さま」

それだけ言い含めると、新たに屋敷で作った『子』だけ残し、帰路へ。
『子』は襲撃対象へと向かわせ、鯨木とアヌビスを持った『子』だけが家路につく。
外から見ると殺し合いが起きたとは思えないほどに、粛々といつも通りに館は廻っている。

「拠点に悪くはないと思うがね、母さん(マスター)」
「さすがは名門ラ・ヴァリエール、というところでしょうか。おそらくあの土地の魔力は魅力的なものなのでしょう。
 ですがあなたはさほど消耗するサーヴァントではありませんし…この身に流れる血は、尋常ならざる魔力量を有しています。
 あの土地を手にするメリットは薄い。しかし敵の手に回したくはない。なら、いざとなれば破壊を優先します」

腕の立つ魔術師、それこそキャスターにでも落ちれば厄介。
しかしそうした知識に疎く、また魔力に困っていない自分たちには不要なものだ。
それに……

「マスターはいなくとも、何らかの手を残している可能性はある。
 ブービートラップはないにしても、監視の目などね。
 だからこそあなたには殺人鬼ハリウッドを名乗らせ、私自身はこんな怪物の特殊メイクをしていたのですよ」

館から離れ、人目が一切ないのを確信して面をとる。
仮面を鞄にしまい、眼鏡を取り出して、その美貌を久々に晒す。

「ああ、それでか。ところでハリウッドってのは何なんだ?」
「……反応の薄い。まあいいです。
 そうですね、この名は…くだらない、私の嫉妬でしょうか」

アヌビス神と名乗っても、大多数の者はエジプトの神を浮かべるだろう。
セイバーというクラス程度なら大きな情報ではないだろう。
偽名を名乗ることにさほど大きな意味はない。
にもかかわらず、この名を偽名にしたのは……

「ま、なんでもいいさ母さん(マスター)。能力がばれるのは死活問題ってのは知ってるからよ。
 その偽名、これからも名乗るのか?」
「一度使った以上、統一する方が自然です。これからの襲撃でも『子』にはそう名乗らせるつもりです」
「襲撃の対象は場所しか分かってないのか?」
「罪歌が興味を示す程度には強い、くらいですかね。
 鎧の戦士も、男か女かすら報告されていません。剣を使うか弓を使うか槍を使うか。
 サーヴァントか、マスターか、NPCか。鎧の色は橙かもしれませんし、桃色かもしれませんし、黄色や灰色かも」

居所しかつかめていない。
他二ヶ所も同様。
だが威力偵察なら十分だし、そもそも倒すのが目的ではない。

「NPCかもしれないが、だとしても烈風はかなりの腕だったし舐められんな。
 なにせあいつは罪歌の声にすら抗うほどだぜ」
「罪歌に…?」

罪歌の呪いを覆すには、傷口から響く呪いの声を凌駕する精神力が必要となる。
NPCにそれほどの個性があるものか?

「それは本当ですか?」
「ああ。わたしが愛するのは夫と子だけです、ってよ。
 母は強し、ってやつかね?なあ、母さん(マスター)?」

母の愛。
それは鯨木が受けることのなかったもの。
異形である母にすら、混血のこの身は捨てられた。
それが理由…?
いや、予選を突破しなかったマスター候補というのがいるらしい。
それが、あの魔術師だった。凄まじい精神力を持つものだった。それだけだろう。
…それだけだ。

(私も、愛してみるべきなのでしょうか)

思い浮かべるのは今日初めて会った青年、葛葉紘汰。
今頃も『子』の店で働いてるはずだ。
彼もいずれ罪歌で斬るつもりでいたが

(罪歌が惹かれる強者。同時に罪歌が戸惑う人のような人外。
 おそらく後天的に人ならざるものとなったのでしょう)

生まれついての半人外である鯨木かさねの事を彼はどう思うだろう。
事情はわからないが、人のような人でなしという意味では…共感できるところがあるのではないか。
そう、期待して。
まだ彼のことは斬っていない。
彼のあるがままの振る舞いがどうなるか、気になって。
…だがこれはあくまで私情。
もし聖杯をとるのに必要ならば。
いたずらに子を増やすのは好まないが。葛葉紘汰の自由意思を奪うことになるが。
あれを斬ることを戸惑いはしない。



「それでは、セイバー。私たちは帰りますが。殺人鬼ハリウッドが舞う、切り裂き魔の夜(リッパー・ナイト)は続きますよ」
「ああ。誰も彼もぶった斬ってやりな、母さん(マスター)」





【G-3/特級住宅街、ラ・ヴァリエール邸近く/一日目 深夜】


【鯨木かさね@デュラララ!!】
[状態] 健康
[令呪] 残り四画 
[装備] 罪歌
[道具] 仕事道具、怪物の特殊メイク
[所持金] 裕福
[思考・状況] 
基本行動方針:商品として聖杯を確保する。
0. 帰宅する。
1. 罪歌の『子』によって噂を広める。
2. 噂に反応する主従を探し、誘導や撃破など対応する。
3. 噂を広めるのと、『子』を増やすためにも明け方までに強者のいる場所に『子』を襲撃させる。

[備考] 
※外部と物資をやり取りする商社に勤めています。多少なら政庁にも顔が利きます。
※礼装を持った通り魔の噂を聞きました。自分たちの事であり、ハンデとして課された、あるいはランダムな選出の結果主催側に流されたものと考えています。
※謎の戦闘音の噂を聞きました。自分たち同様の理由か、あるいは何らかの違反者と考えています。
 ラ・ヴァリエールの強者(カリーヌ)の事と予想していましたが、NPCだったことで他にいると考えています。
※ラ・ヴァリエール邸のNPCを『子』にしました。迎撃、および敗色濃厚になった場合の設備破壊を命じています。
※罪歌の『子』を通じて三人の強者をマークしています。一人は鎧の戦士。
 明け方までにそこを殺人鬼ハリウッドを名乗る『子』が襲撃します。NPCか否かも含めて後続の方に詳細はお任せします。
※葛葉紘汰が人外であること、相応の強者であることを罪歌によって感知。興味を抱いています。
 今のところ『子』にしてはいませんが、必要なら戸惑うことはないでしょう。



【セイバー(アヌビス神)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態] 健康
[装備] NPCの男性
[道具] 『錬金』した剣数本(子に持たせている)
[所持金] なし
[思考・状況] 
基本行動方針:マスターに従い、敵を斬る。
0. マスターに従い、ひとまず帰宅する。
1. 敵は見つけ次第斬りたい。
[備考] 
※予選で倒したサーヴァントはセイバー、バーサーカー、アサシン、詳細不明の四騎。
 それに伴いステータス、技量ともに大幅に上昇しています。
※『錬金』を見切りました。魔術師の肉体を行使すれば単純な剣程度なら作れます。



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