闇に吠える氷の呀 ◆nig7QPL25k


 ユグドラシルの銃士隊と言えば、幾つか存在する部隊の中でも、優秀な隊として名が知られている。
 魔術師以外の兵で構成された部隊だが、「詠唱より早く敵を制圧する」ことを目的とした鍛錬の成果は、相当なものがあった。
 今まさに長引いた書類仕事を済ませ、自然保護区にある我が家を目指していた女性銃士もまた、その構成員の一人だった。

「……ん?」

 そんな彼女の前に、人影が見える。
 既に深夜を回ったというのに、一人でふらふらと歩いている。
 目を凝らしてみると、若い女性だ。荷物は軽装。自分のように、仕事帰りというわけでもないらしい。

「おい、そこのお前!」

 であれば、すなわち不審者だ。職務の外だが放ってはおけない。
 声を張って制止すると、すぐさま近くへと駆け寄る。
 眼鏡をかけた、ハタチそこそこの女性と、女性銃士との目が合った。

「こんな時間に出歩くとは、感心しないな。物騒な噂が広まっていることは、お前も知っているだろう?」

 とかく近頃のユグドラシルは、妙な事件の話題でもちきりだ。
 やれ人を使い魔へと変える、怪しげな辻斬り魔が徘徊しているだの。
 この近くの特級住宅街でも、妙な爆発音がたびたび聞こえているだの。
 そういう事件が起こっている今、この手の不審者に対しては、どうしても敏感になってしまう。
 ひょっとしたらこの女が、その正体なのではないのかと。

「ええ……一応、耳にはしています」
「ならば何故、こんな所にいる。自分の命が惜しくないのか」
「大丈夫ですよ。護身術は嗜んでいますから」
「そういう問題ではなかろう」

 怪しい。見るからに不審だ。
 外出理由をぼかして安全を主張し、あからさまに話を切り上げようとしている。
 こういう場合、理由を聞かせてくれた方が、まだ信用できるというのにだ。

「まさかとは思うが、お前――」
「通り魔の正体ではないのか、ですか?」
「ッ!」

 先取られたその問いかけに、銃士は顔を強張らせる。
 もう決まりだ。確保するしかない。
 こいつはこの場で取り押さえて、警察にでも引き渡す。
 いきなり銃を向けることはしない。半端な使い手であるのなら、体術だけでも取り押さえられる。
 鞄を捨てて前へと踏み込み、自由になった手を突き出した瞬間。

「遅い」

 銃士の両手は空を切り、危うく地面に転がりかけた。

「なっ……!」

 驚愕に目を見開きながらも、体は次の動作へと移る。
 懐に隠した拳銃を抜き、声のした背後へと振り返る。
 かわしたのか。今の私の手を。
 ならば手加減はできそうにない。不本意だがこちらも武器を以って、脅しをかけさせてもらうことにする。
 取り押さえられないというのなら、銃を抜き放ち突き出してでも、身動きを封じさせるまでだ――!

「ッ!?」

 されど、衝撃。
 どんっと響く鈍い音と、鋭い痛みが右手を襲う。
 くるくると宙を舞い地に落ちたのは、手に持っていたはずのピストルか。

「腕は立つようだが、その『速さ』では、到底ボクには追いつけない」

 突きつけられたのは、棒か。
 朱色に塗られたその長い棒が、右手から拳銃を弾き飛ばしたのか。
 長物を鼻先へと突き出し、眼鏡のレンズ越しにこちらを睨む、不審者の女の姿がそこにはあった。
 グラスを月光に光らせた、その先の双眸に宿された色は、目を疑うほどに冷酷なものだ。
 本性を隠していたわけか。知らず、首筋を汗が伝う。

「んっ!?」

 その時だ。
 不意に顔面を捕まれ、ぐいっと引き寄せられる感触があった。
 首が折れそうになるのを堪え、慌てて身をよじらせながら、背後から伸びた手の主を見る。
 そこにいたのは人狼だ。漆黒の体毛で全身を覆い、狼の顔を持った怪物だ。
 否、違う。そうではない。
 黒い光は毛皮ではなく、鋼鉄でできた鎧のものだ。狼のものに見えた顔も、それを象ったヘルムでしかない。

「確かによく動く。だが、この程度ではまるで足りん。俺を使えるとは思えんな」

 だが何だ、この妙な気配は。
 ただの鎧でしかないはずだ。鎧を着込んでいるだけで、中身は人間であるはずだ。
 しかしこの身を炙るような、この異様な威圧感は何だ。
 夜の闇すらも塗りつぶすような、禍々しい漆黒の気配が、目にも見えるかのようだ。
 おぞましい。
 それが恐ろしい。
 その黒々とした手に抑えられると、その爛々と光る目に見られると、身動きがまるで取れなくなる。
 体ががたがたと震えて、頬を熱い雫が伝う。
 私はこんなにも無力だったのか。
 否、そうじゃない。
 この異形が強すぎるのだ。
 闇色の鎧を纏う人狼が、あまりに恐ろしすぎるのだ。

「だったら喰え――バーサーカー」

 それが女銃士が耳にした、生涯最期の言葉になった。

「やめろぉぉぉぉぉーっ!!」

 自分自身の悲鳴ですらも、もはや彼女の両耳には、欠片も届いてはいなかった。


「見たところ、この辺りにはいないらしいな」

 蛇女子学園の抱える忍、忌夢。
 ずれた眼鏡を整えると、周囲を見渡しながら、彼女は言った。

「ならばここに用はない。次の戦場へ向かえ」

 どちらがマスターか分からない、尊大な口調で鎧が言う。
 狼を象った漆黒の鎧は、忌夢の召喚したサーヴァントだ。
 バーサーカーのサーヴァント、呀。この怨念の塊のような鎧は、血肉と屍を求めている。
 戦うべき他の敵を欲し、夜の魔術都市を闊歩し、爛々と両目を光らせている。

「分かってる。そう急かすな」

 その要求を受け止めて、忌夢はその場から歩き出した。
 こうして出歩いているのは、この地に広がった二つの噂――その片方の正体を探るためだ。
 人を操る魔剣を持った、謎の通り魔を探して、彼女は夜道をうろついている。
 相手は明らかに殺る気だ。そのためにあちこちをうろついて、呪いの刃を振り回している。
 ならばこちらから出向いてやれば、血の匂いを嗅ぎつけて、姿を現すことだろう。
 それが呀の意見だった。理性の欠片もない発想だ。
 思慮らしい思慮も巡らせず、本能だけで直感的に、その結論に行き着いたのだろう。
 積極的に目立ちにいくのは、忍らしい手ではない。
 だとしても、そうやって敵をおびき寄せなければ、埒が明かないというのも事実だ。
 その噂以外、忌夢の手元には、敵のヒントがないのだから。

「………」

 ふと、先ほどまでいた場所を、振り返る。
 そこに仰向けに倒れていたのは、汗と涙と小水で濡れた、青いショートヘアの女性だ。
 くわと見開かれた瞳には、命の光が感じられない。
 当然だ。あの女の魂は、呀に喰わせてしまったのだから。

(やはり駄目だったか)

 適当なNPCに呀を纏わせ、その技を覚えさせ戦わせる。
 それはつい先ほどまで、考えていた選択肢の一つだった。
 理性を持たない怨念である呀は、戦う技術を有していない。奴の有する戦術など、力任せに剣を振り回すことくらいだ。
 故に人間に鎧を纏わせ、その頭脳が持つ技を持たせるのが、呀の持っているスペックを、最大限発揮する方法だった。
 しかしどうやら、その辺りのNPCでは、呀の眼鏡にはかなわなかったらしい。

(また、ボクが纏うしかないのか)

 やはり呀の力を引き出すためには、自分が纏わなければならないのか。
 あのおぞましい狂気の中へと、再び飛び込まなければならないのか。
 恐ろしかった。
 奴の抱く妄執の深さが。
 ひたすらに戦うことを求め、自らの力の証明を欲する。
 己が最強の存在であると、世の全てに知らしめる時まで、決して途切れることのない殺意。
 そしてその奥底に息づく、何者かに対して抱いた憎悪。
 それらが心に入り込んでくるのが、たまらなく気味が悪かった。
 何よりその殺意に染まることに、違和感がなくなっていたことが、恐ろしくて仕方がなかった。

(このサーヴァントは、心を喰らう)

 一度纏ったからこそ分かる。
 このバーサーカーのサーヴァントは、纏う者の心を犯し、人間性を殺し尽くす。
 その深淵に踏み込むことは、自らの心を闇へ差し出し、獣へと成り果てることを意味する。
 きっと引きどころを間違えば、戦いに勝ち残ったとしても、それを自覚することはできなくなるだろう。
 聖杯を手に入れたとしても、元の忌夢の心のままで、雅緋と再会することはできないだろう。
 そう考えると、恐ろしくて、身が震えるような心地だった。

(それでも、やるんだ)

 だが、だからとてそこから目を背け、逃げ出すわけにはいかないのだ。
 たとえこの身が引き裂けてでも、この罪を贖うと心に決めた。
 たとえ心を傷つけても、ヒビの入った雅緋の心を、この手で救うと誓ったのだ。
 極力呀には体を預けず、単独で戦わせるようにする。
 それでも万が一力が及ばず、どうにもならない事態になれば、迷わずこの身を英霊に捧げる。
 きっとその覚悟がなければ、勝ち抜くことなどできないのだ。
 常勝無敗で勝ち抜けるような、都合のよすぎる結果など、そうそう訪れるものではないのだ。
 だから迷ってなどいられない。恐れは捨ててしまうべきだ。
 視線を再び行く先に戻すと、忌夢は霊体化した鎧を引き連れ、闇の奥へと消えていった。



【I-4/自然保護区/一日目 時間帯】

【忌夢@閃乱カグラ SHINOVI VERSUS -少女達の証明-】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]如意棒
[道具]秘伝忍法書、外出鞄、財布
[所持金]普通
[思考・状況]
基本行動方針:優勝し、聖杯を雅緋に捧げる
1.しばらく街を出歩き、『魔術礼装を持った通り魔』を誘き出す
2.呀には極力そのままで戦わせる。いざという時には、装着して戦う
3.そこらのNPCでは、呀を使いこなせないらしい。無理に代わりの体を探すことはしない
4.呀を再び纏うことに、強い恐れ
[備考]
※特級住宅街以外のどこかで暮らしています。詳細な家の位置は、後続の書き手さんにお任せします
※『魔術礼装を持った通り魔(=鯨木かさね)』『姿の見えない戦闘音(=高町なのは)』の噂を聞きました
※両備が本物であることに気付いていません

【バーサーカー(呀)@牙狼-GARO-】
[状態]健康、魔力増(一般人の魂一つ分)
[装備]魔戒剣、暗黒斬
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れる
1.戦う
2.『魔術礼装を持った通り魔』を誘き出す
[備考]
なし




 アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン少佐が、自身の部下の訃報を聞きつけたのは、それからしばらく経った後のことだった。
 寝間着から直接軍服に着替え、火災で湧く行政地区を突っ切り、自然保護区へと向かう。
 台数の少ない軍用ジープを、無理やり車庫から引っ張り出し、脇目もふらずにエンジンを噴かせる。
 そうして彼女が現着した時には、既に警邏の任についていた軍人が、状況調査に当たっているのが見えた。

「失礼!」

 野次馬や軍人をかき分け、現場の奥へと分け入っていく。
 布で覆われた人の影が、己が部下のものだと気づき、しゃがみこんで右手で剥がす。

「……ミシェル」

 落命した部下の死に顔は、悲惨極まりないものだった。
 気の強かったはずの顔には、その面影は微塵もない。
 瞳は開かれ頬は引きつり、自分を襲った何者かに対する、恐怖の一色に染まっている。
 生気の感じられない肌は、単純に殺されたからというものではあるまい。命を抜き取られたかのような、そんな気配が感じられた。

「銃士隊長の、ミラン少佐ですね」

 背後から声をかけられる。
 振り向いた先に立っていたのは、金髪の女性軍人だった。恐らくはアニエスと同じくらいの、20代半ばといったところだろうか。

「リザ・ホークアイ中尉です」

 敬礼をしながら、女性が名乗った。アニエスもまた立ち上がると、それに対して返礼をする。

「犯人の手がかりは?」
「ありません。特に争った形跡もなく、一方的に取り押さえられたようでした」
「ミシェルに外傷はないのか?」
「手を打たれた跡と、首元を掴まれた跡以外は」
「あり得ん話だ」

 顔を押さえながら、アニエスが言う。
 殺されたミシェルという女は、銃士隊の兵士の中でも、優秀な部類の人間だった。
 それが大した抵抗もできず、ほぼ無傷で無力化されるなど、到底信じられる話ではなかった。
 おまけに遺体の顔色も尋常ではない。魔術か何かを行使して、肉体に手を加えられたとしか考えられない。
 そんじょそこらの通り魔ごときに、できるような芸当ではない。

(……通り魔?)

 そこまで考えて、ふと、脳裏に過る考えがあった。

「中尉。彼女の遺体に、刀傷はなかったか?」

 再びホークアイに向き直ると、アニエスはそう問いかける。

「いえ。先ほどお話しした通り、右手と首の跡で全てです」
「そうか……例の辻斬り魔の線も、あり得るかもしれんと思ったのだがな」

 当てが外れたことを受け、アニエスは両肩を落とした。
 思い出したのは、斬った相手を操るという、謎の通り魔の噂だ。
 尋常ならざる遺体であるなら、そいつの尋常ならざる手口で、命を奪われたのかもしれない。
 そう考えたのだが、凶器が違う。斬撃の跡がないとなると、別人の手口と考えるしかなさそうだ。

「その犯人の仕業であれば、被害者はゾンビになっていなければなりません。倒れたまま、ここで放置されているはずもないでしょう」
「ならばそれとも違う、未知の存在による犯行というわけか」

 顎に手を当て、思考する。
 ミシェルを殺した犯人は、これまでの通り魔とは違う。
 そもそも奴に事件性を見出だせず、今日まで野放しにされていたのは、事件現場と思しき場所に、何も証拠がなかったからだ。
 それがここには、遺体という、最大の証拠が残されている。冷静に考えてもみれば、明らかに同一犯の手口ではない。

(どうなっているんだ、この街は)

 しばらく事件らしい事件のなかった街で、得体の知れない怪事件が、立て続けにいくつも起きている。
 その事実に、アニエスは、不穏な気配を感じずにはいられなかった。
 この魔術都市ユグドラシルで、何かが起こり始めている。
 何がというのは分からない。ひょっとしたらこの予感も、考えすぎの空振りかもしれない。
 それでも、一つだけ分かっていることがある。
 今夜この自然保護区で、自分の部下を殺した奴がいる。
 それを許しておけないというのは、間違いようもなく理解していた。


[全体の備考]
※自然保護区の警戒が強化されました
※『魂を吸い取る怪人(=呀)』の噂が、I-4を中心に流れました



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